もっと強くなりたい。
もっと強くなって、袿姫様をお守りできるようになりたい。
袿姫様は私の体を創り出し、杖刀偶磨弓という名を与えてくれた。
私はそんな袿姫様への忠誠心と共に強くなる。
しかし、あの時一度敗北を知って以来、私はずっと悩んでいた。
生みの親である袿姫様に忠誠を誓うのは当然であり、今まではそれが理由で十分だと思っていたのだ。
そう、あの夢のような人間達に会うまでは。
それは彫刻刀を叩く袿姫様を警護中の、突然の言葉だった。
「休暇……ですか?」
「その通り。うちはブラック企業じゃないからね。休みはきっちり取りましょう」
ブラックでは無いがホワイトな仕事とも言えない。そもそも我々は企業ではない。
「袿姫様、我々に休息など必要ありません。私は偶像なのですから」
「オフコース。それでも貴方には休憩が必要だと判断したのよ。今は畜生達も内輪揉めしていてしばらくは動いてこないでしょう? 本格的な抗争が再開する前に英気を養ってもらいたいの」
確かに、現在は小競り合いこそあれど畜生共との大規模な戦闘は起きていない。
袿姫様曰く、『隔岸観火』と言う兵法らしい。放置しておけば奴ら同士で争いだすので静かに眺めていればいいのだ。
「ですが、休めと言われても私にはどうすればいいか……」
「そうねえ、貴方をお堅く作ってしまったのは私だものねえ。困ったものだわ」
「はい、申し訳ございません……」
我々にとっての『休む』とは、機能を停止してその場に立ち止まっている事だ。しかし袿姫様はそのように言いたいわけではないだろう。
「そうねえ……それならこうしましょう。貴方に『お届け物』を頼むことにするわ。それが終わったらその場で好きにしなさい。これでどうかしら?」
「はっ、輸送の任務ですか。それならば!」
袿姫様はぴしっと直立した私に苦笑する。
「そんなに構えなくていいから。ほら、これを持ってお行きなさい」
棚に並べていた作品を二つ、袿姫様はそれを風呂敷に包んで私に手渡した。
「渡す相手はね……」
袿姫様が告げた名前は、まさに私の悩みの発端となった者達であった。
◇
──掃いても掃いてもまだ降り止まぬ。
毎年恒例の落ち葉かきとはいえ、いくらなんでも限度がある。今年は良くも悪くも秋の神に恵まれてしまったらしい。
そんな黄土色にうんざりしていた彼女の下に、同系色の磨弓が来てしまったのは間が悪かったとしか言いようがない──
私の顔を見た彼女は分かりやすく面倒そうな表情を見せた。
「ああん? これまた珍しい奴が来たもんだわ……参拝、なわきゃないわよね」
「ええ、私が崇める神は袿姫様ただ一人ですから」
博麗神社の博麗霊夢。これが私が命じられた最初の目的であった。
「何しに来たってのよ。まさかこの前あんたのお仲間をぶっ壊した報復ってんじゃないでしょうね。それなら受けて立つわよ?」
落ち葉集めに使われていた箒がこちらに向けられた。箒で戦うのは黒い方だったはずだが。
「兵士など袿姫様にかかればいくらでも作り出せるのに恨むものですか。私は届け物があってここに来たのです。それに霊夢さんと親睦を深めてこいとも」
「はあ、親睦……」
霊夢が怪訝な表情を浮かべている。どうやら疑われているようだ。
「本当です。はい、これをどうぞ。袿姫様の手作りですよ」
二つある風呂敷包みの片方を霊夢の前にぶら下げる。
霊夢はそれをしばらく睨み付けていたが、引ったくるように奪って中身を確認した。
「……湯呑みぃ~?」
何を期待していたのか、霊夢は明らかに落胆した。
「こんなもの余ってるわよ。あんたのとこの神様はこれでご機嫌を取ろうってのかしら」
「埴安神様の作品です。本来なら願っても手に入らない貴重品なのですが。それが不足だと言うのですか?」
本当にこれが神に仕える巫女なのかと疑念が湧いてきた。私はこんな不遜な人物に負けてしまったのかと。
私の憧憬に亀裂が走り出した、ちょうどその時だった。
「よ~う霊夢! 落ち葉は集まってるかー……って、何だか珍しい奴がいるじゃないか。参拝なわけないよな」
箒に跨がって飛んで来たのは私の目標その二の霧雨魔理沙。奇しくも反応まで全く同じである。
「魔理沙ったらやっと帰ってきたわ。面倒なところは全部私任せで行っちゃうんだから!」
「食材の調達だって立派な仕事だろ? 焼き芋パーティーなんだからイモがないと始まらないじゃないか」
「何言ってんのよ。葉っぱが無かったら焼き芋にならないじゃない。焼き芋の主役は落ち葉なの。だいたい偉そうなこと言って、その芋だって盗んできたんでしょー?」
「心外だな。これはちゃんとした報酬だぜ。秋の……名前は忘れたけど目立つ方を退治した、な」
「はいはい、強奪したのね。名前は思い出せないけどかわいそうに。罰が当たっても知らないわよー」
「自分の神社の神も知らないお前に言われたくないぜ。で、お前は霊長園に居た磨弓だったよな。何でここまで来たんだ?」
どうやら私をほったらかす気では無かったようで安堵した。
「私は貴方達二人に袿姫様からの贈り物を届け、親睦を深める為に来たのです。はい、魔理沙さんの分もありますよ。しかしながら霊夢さんには疑われてしまって困っていたところでした」
「ほう、贈り物。私は只なら何でも貰ってやるぜ……って!?」
魔理沙は霊夢の手にある湯呑みを見て目を剥いた。
「お前、これ! もしかしなくても埴安印の湯呑みか!?」
「その通りです。なのに霊夢さんは、湯呑みは余ってるからいらないなど……」
こちらの白黒は物の価値が判るようで助かった。鑑定眼の持ち主とは思えないのに、人は見かけによらないものだ。
「ちょ、ちょっと待って。魔理沙?」
霊夢は魔理沙と肩を組んで後ろを向いてしまった。
(……なにこれ……もしかしてお宝なの?)
(埴安といえば伝説の陶芸家だぜ。昔実家で見たことがあってな、その時の値段はたしか零がひー、ふー、みー、よー……)
しばし密談の後、霊夢はくるりと振り返る。
「よく来てくれたわね~! お茶飲んでかない? 焼き芋食べてく? ゆっくりしていっていいわよ!」
彼女は信じられないほどの笑顔を振りまいていた。
巫女とは思えない現金さだが、話が先に進んだ事に感謝しよう。
「私に食事の必要はありません。気持ちだけ受け取っておきます」
「ま、親睦って言ってたよな。私もお前の仕組みには興味がある。芋は食えなくても参加してっていいぜ」
「食べないならなおさら大歓迎よ。私の分は減らないからね!」
霊夢は赤子の如く大事に湯呑みを抱えて神社に引っ込んでしまった。
魔理沙が呆れ半分の笑顔を浮かべる。
「意外だったか? 戦うときは鬼のようだけどな、異変が無い時のあいつはあんな感じなんだよ」
「そうですね。しかし生き生きとしています。私が今まで見たくても見られなかった顔です」
「……へえー」
意外そうに私の横顔を見つめる魔理沙に促され、私は落ち葉の山を望む縁側に腰掛けた。
◇
「いやぁ、労働の後のお茶はおいしいわね~」
枯れ葉から昇る煙を縁側で眺めながら、霊夢はしみじみと呟いた。
「あんだけはしゃいでたのにさっきの湯呑みは使わないんだな」
「当たり前じゃない! 使っちゃったら価値が下がるでしょう!?」
「分かってないなあ。どんな道具だって使わなきゃ無価値なんだぜ。香霖の店もどきを見ろよ。本人だけは値打ち品だと思い込んでるゴミ山じゃないか」
「そんなゴミ山に住む男性の所に好き好んで押し掛けてる女に言われたくないわねー」
魔理沙は照れ臭そうに笑い、霊夢はそれを鼻で笑った。
霊夢と魔理沙はずっとこんな調子で軽口を叩きあっている。私はそれを横で眺めていた。
「……失礼、一つ聞いていいでしょうか。お二人はどういう関係なのですか?」
「決まってるだろ。宿命のライバルだぜ」
「違うわよ」
霊夢の反応はそっけない。しかし魔理沙は気にせずに喋り続ける。
「出会ってから何年だか何十年だかはもう覚えてないけどな、私たち二人はずっと異変解決で大活躍だったんだぜ」
「私の仕事なのにあんたが勝手に首を突っ込んで来てるんじゃない。二人で行こうなんて一度も言った覚えはないのに」
「はあ、つまり魔理沙さんの一方的な思い込みと」
魔理沙はむっと、霊夢はくすりと、それぞれの顔をした。
「私が勝手にやらないと霊夢は駄目なんだよ! 戦闘力は高いくせに生活力はゼロでな、私が様子を見に来なかったら何度も餓死してるんだぜ?」
「だってー、私の神社は貧乏神にも大人気だから仕方ないしー? 何もしなくても誰かがご飯を持ってきてくれるしー?」
魔理沙は頬杖とため息の両方をついた。
「な? これと来たよ」
「何となく分かりました。人の生活とはままならぬものですね」
戦った時は一分の隙もない人間と思ったのだが、完全無欠の人間など居やしないのだ。
居るとすればそれは人では無く神なのだから。
そういえばと、魔理沙は思い出したように私に尋ねてきた。
「それで結局、何でお前の主は親睦を深めてこいなんて言い出したんだ。自分で来ればいいのにさ」
「その通りですね。実際の所、私の息抜きの為に袿姫様が遣わしたのですよ。こうでもしないと私は休まないからと」
「確かにお前、生真面目そうだもんなあ。霊夢に半分くらい分けてやってくれないかねー」
「こそ泥のあんたにだけは真面目とか言われたくないわよー」
二人は互いの悪口を流して話を進めた。
「それに、今は袿姫様がお二人にまた会ったという事実を作りたくないのです。我々が何か企んでいると疑われれば奴らはまた団結してくるかもしれませんので」
「はいはい、政治的判断ってわけねえ。大人の世界は大変だわあ」
博麗の巫女と言えばたった一人で幻想郷のバランサーとなっている要だったはずだが、この発言である。
「ですがこれだけは言わせてください。ここに来たのは命令ですが、私自身も貴方たちをもっと知りたいと思っていました。私も望んでいたことだったのです」
霊夢と魔理沙は二人揃って私の顔を見た。
「夢だったのです。貴方達のような人間に会うことが」
「へえ……」
魔理沙が楽しげに微笑んだ。
「ふむ、芋も良い具合に焼けたのではないですか? 食べながらでいいから聞いてもらえますか」
まだまだ素手では触れない芋を、読んだ形跡のない新聞紙で包んで両端から力を込める。
真ん中から綺麗に割れた断面は美しい黄金色だ。
二人は湯気で顔を赤く染めながら、火傷しないよう慎重に芋の端にかじりついた。
「……私は見ての通り、他の埴輪と違って人に精巧に似せて作られていますよね」
「それな。触っても分からないけど陶器なんだよなお前。凄いよなー」
魔理沙が芋を口の中で転がしながら空いた手で頬をぺたぺたと触る。
「ほんと。ぷにぷにだわー」
霊夢も便乗で私のもう片方の頬を突っつく。
「しゃへりにくいからやえへふらはい……はい。つまり私は兵長として、人間霊が崇拝するアイドルとして、袿姫様が特別に作られているわけです」
「アイドルってこんなんだっけか? 菫子のスマホで見たのだと、もっとフリフリで露出度の高い服着てたぞ」
「私をそういう男に媚を売る為なら自分を捨てるような輩と一緒にしないでください。ともかく、私は信仰を集め、ひいては創造者である袿姫様を崇め、お守りするのが役目なのです」
「まあ、巫女みたいなものかしらねえ。畜生界らしく歪んじゃってるけど」
畜生に宗教の概念はない。今回は我々がそれを偶然にも持ち込んだ形とも言えるだろう。
「しかしです。見たと思いますが畜生界の人間は強者に搾取されるだけの奴隷ですから、私は悩んでいたのです。私はこんな者達に似せて作られたのか、そんな私が袿姫様をお守りする強さを持ち得るのかと。そんな時……貴方たちが現れて、私には光明が差したように見えたのですよ」
霊夢も魔理沙も、芋から口を離して私の言葉に耳を傾けていた。
「言ってしまえば単純な話です。弱い人間しか知らない私は本物の強い人間に夢を持っていた。だから知りたい。貴方達はどうやってその強さを手に入れたのか」
霊夢はうんざりした顔で語る。
「そりゃあんた、修行よぉ。私は博麗の巫女だからね、修行しろ修行しろって紫色のとか桃色の女がうるさいんだもん」
「お前はそうしないとぐーたら間抜け面を晒すからだろー」
魔理沙が私を通り越して霊夢の頬を引っ張る。間延びした嫌な顔をする霊夢を確認して笑うと手を離し、また一口芋をかじった。
「ま、霊夢は戦闘に関しちゃ随一だろうさ。気に入らないけど天才肌ってのはこれの事だろうな。その代わり、さっきも言ったが計画性が皆無で生きる才能無しだ。だから私が居てやらないとダメなんだよ」
「さっきから何よ、調子に乗っちゃってえ!」
霊夢が私を挟んだまま反撃に出た。
「生活力とか偉そうに言うけどあんたの家なんて盗んだ物だらけのゴミ屋敷じゃない。よくもまあ霖之助さんを馬鹿にできたもんよね。しばらくうちに来ないと思ったら研究だとか言って引き込もってて、あんた私が見に来なかったらお風呂にも入ってなかったじゃない! そんなんじゃどこぞの男にも幻滅されるわよ?」
「変な事言うな! ちゃんと入ってたっつーの! その……三日に一度くらいは」
「乙女の入浴回数じゃないわ!」
「不衛生はいけませんね。袿姫様はどれほど製作が難航しても入浴は欠かしませんよ。アイディアというのは湯の中で垢と共に浮かぶとよく仰ってます」
ちなみに私は入浴も必要ない。むしろ湿気は大敵だ。
「それより魔理沙殿は引きこもるタイプなのですか。全くそう見えませんが……」
「そうよ、魔理沙は魔法は使うけど魔女じゃなくて人間だからね。だから魔法を使うにはキノコとか、魔力以外もいろいろと使うのよ。材料を煮込んだりなんだりを何日もかけてやってんの。湿っぽいったらありゃしないわ」
「魔法の森のキノコは気まぐれで毎回違った反応をするから面白いんだぜ。お前が思ってるほど辛気臭いもんじゃないぞ」
没頭した結果、身体が臭ってる者が言っても説得力が無い。
「なるほど……努力家なのですね、魔理沙殿は」
「そんなんじゃないさ。私には霊夢を追い抜くっていうでっかい目標があるからな。その為ならいくらでも突っ走る! それだけの話だよ」
「だったらさあ、万が一私を追い抜いちゃったらどうすんのよ?」
「万が一ってなんだよ、いくらなんでももっと五千倍くらいは可能性あるだろうが!」
一万分の五千。つまり二つに一つ。
二人のどちらにも負けた私が言うのもなんだが半々は流石に盛りすぎだと思う。
「どうするかなんて決まってるだろ。霊夢は凄いスピードで追いつくに決まってる! だから私は抜かれないようにずっと走り続けるんだ!」
「永遠に走り続ける気でいるのですか……」
「疲れる生き方してるわねーあんた。まあ、魔理沙らしくて安心するけど」
私には早死にしそうで安心とは思えないが。
「……いや、だからこそ星のように輝いて見えたのでしょうね」
霊夢は私の言葉の意味をしばらく噛み締めていた。
「そう、ね。魔理沙にはそういう人間であり続けて欲しいわ」
『人間』の一言に重みのある言い方だった。
その理由はおそらく、土偶である私には理解できないのだと思う。
「ありがとう。ほんの少しだけど貴方達の事を知れて良かったです」
「もういいのか? まだまだ私の武勇伝なんかいくらでもあるのに」
「……あったかしら?」
「あーるーよ!」
この二人は互いに足りないものを埋めあっている。
相互保管と切磋琢磨、私にはどちらも得られない。
「私は二人のように競いあって強くはなれないのでしょうね」
「なんだよ、そんな寂しい言い方するなよ。そんなにライバルが欲しいんならご主人様に作って貰えばいいんじゃないか? 第二兵長とかさあ」
私以外の新しい兵長。
私は思い描く。私以外の似たような者が同じように信任され、袿姫様を敬愛する姿を。
「それは……何故でしょうか。私の身体の真ん中の辺りに何かがいるようで……袿姫様の行いは正しいはずなのに、不安になる」
霊夢は面白いものを見つけた顔で私を見た。
「……そりゃあんた、焼きもち焼いてるのよぉ。自分以外の特別が出来るのが嫌なんじゃないの? はいはいご馳走さまってもんだわ」
そう言いつつ、霊夢は焼き芋を大口で頬張った。
魔理沙も同調する。
「取られるんじゃないかって不安になるぐらい好きなんだろ? だったらそいつの為に強くなる! それも立派な理由だぜ。今までのお前のやり方で十分だよ」
「そうよねえ。あんたさあ、魔理沙のレーザー食らった? あの技の名前は『恋符』なのよ。あの八卦炉ってオトコからの貰い物なんだけどね、それで放つ技にそんな名前を付けちゃうオンナなのよ、この子ったら」
「なんだよー悪いかよー。私はいつでも恋い焦がれてるんだぜ。いろいろと」
「べっつにぃ~」
霊夢の食事スピードが早まった。
なるほど、つまりこれも嫉妬の一つなのだろう。また一つ学んだ。
「まー、無理してぶっ壊れないように気を付けなさいよ。いくら直せるっていっても埴安神だってあんたのバラバラ死体を何度も見たくはないでしょうしね」
「ありがとう、肝に命じておきますよ。もっとも、私に肝は無いのですけどね」
「お、ハニワジョークだな」
私達は小さく笑い合った。
「暇がお有りでしたらまた霊長園に来てくれると嬉しいです。私はこう見えて料理も得意なので、畜生界の名物料理でおもてなししますよ」
「……気持ちは嬉しいけど、それって人間が食べても大丈夫なのかしら」
「そりゃ畜生が好きそうな味がするんだろうなあ」
以前食べに来た人間からは『想像を絶する味だ』と称賛していただいた。きっと気に入って貰えるだろう。
「そうだわ、あんた焼き芋持っていきなさいよ。まだ余ってるからあんたの主人にもあげるわ。そっちなら食べられるでしょ?」
霊夢は山の中でまだ眠っていた芋を一つ掘り出した。
「感謝します。貴方からの贈り物なら袿姫様もお喜びになるでしょう」
「帰る頃には冷めちまってるだろうけどな。それじゃ焼き芋じゃなくてただの芋だぜ」
「あら、焼けてしまったのは覆らないのだから焼けてた芋ぐらいにはなるわよ」
その辺の問答は正直、どうでもいい。
しかし芋が冷める対策ならば私に備わっていた。
「芋なら任せてください。お二人には特別に見せますが……これは乙女の秘密なのであまり言いふらさないでね?」
私はそう言って、甲冑の留め具に手をかけた。
◇
「袿姫様! 仗刀偶磨弓、ただいま帰還致しました!」
「お帰りなさい、磨弓。ちゃんと仲良くお話できた?」
袿姫様はろくろを回しながら私を迎えた。
「贈り物は確かに届けて参りました。霊夢の方は最初疑っていたのですが、魔理沙に価値を教えられてからは目の色を変えて歓迎してもらいまして」
「へえ、あの子らしいわねえ」
袿姫様は私の語りを楽しそうに聞いている。
「それで、磨弓の心のもやもやは晴れたのかな?」
やはりか。袿姫様は私の心中などお見通しだったのだ。
「……ええ。私はあの二人のようにはなれないとよく分かりました。私は別のやり方で強くなるしかないようです」
「それはそうよお。貴方、中身はがらんどうだけど、あの子達みたいに頭からっぽには作ってないもの。でも今ね、磨弓専用のアタッチメントを考えているところなのよ。完成すれば貴方のパワーは従来の三倍! 磨弓はまだまだ強くなる! まあ……理論上だけどね」
袿姫様はいたずらに舌をぺろりと出した。
しかしアタッチメントとは、今でもそれなりに重装備なのだが私はどうなってしまうのだろうか。
それはともかく、まだ一つ残っている届け物を先に済ませてしまおうか。
「袿姫様、実は二人から返礼があるのです。贈り物というよりお裾分けですが」
私は再び鎧を脱ぎ、腹部に付けられたつまみを回した。
「あら、焼き芋じゃない! しかもまだ温かい!」
袿姫様は私の腹部を開いて歓喜の声をあげた。
そう、私のがらんどうの胴体は収納スペースになっているのだ。しかも遠赤外線効果による保温機能付きである。
「ちょうど甘いものが欲しかったのよねえ。おつかいご苦労様、磨弓」
「いえ、それが私の役目ですから」
腹を閉じ、鎧を素早く着直す。
幸せそうに芋をかじる袿姫様の姿も、手前味噌だが愛おしくて素晴らしい。
「ん~! いいお芋だわ。きっと神の加護が込められてるに違いないわねえ」
「ええ、秋の神から奪ったと言っていましたよ」
「それは罰当たりだこと。あの子たちらしいけどね」
「さて、袿姫様。私の次の任務は何でしょうか? 今なら何でもやれそうな気分ですよ!」
私には効果など無いと思っていたが、気分転換が大事というのは本当だったようだ。
お風呂、おやつ、お昼寝、お散歩と、あの手この手で気分転換をしていた袿姫様は決してだらけているわけではなかったのだ。反省しようと思う。
「次ぃ? おやおや、磨弓は何を言ってるのかなぁ?」
袿姫様は私の額を小突いた。
「……へっ?」
「最初に言ったでしょ。今日の貴方は休暇なの! まだ今日は終わってないんだから、貴方の好きなように過ごせばいいのよ」
「好きなように、ですか?」
「そう。好きなように、なんでもすればいいわ」
ならば、私のやりたい事は決まっている。
「では、お言葉に甘えまして……」
今まで決して、命令されなかったからやれなかった、しかしずっとそうしたいと夢見た事だ。
「失礼します、袿姫様」
私は袿姫様の体に腕を回した。
「それが……磨弓のしたかった事?」
抱きしめられた袿姫様は、私の頭を優しく撫でた。
「はい。大事な人にはこうするものだと、以前人から聞いたのです」
「磨弓にそんな入れ知恵をするなんて、人間霊も案外侮れないものねえ」
聞いた時には意義が分からなかったが、今こうして実践して初めて分かったことがある。
「……不思議です。先程まで芋を入れていた時も何ともなかったのに、私の中はがらんどうのはずなのに、今は何故だかとっても温かいんです」
袿姫様も、私をぎゅっと抱きしめ返した。
「私だって温かいわ。何故だか分かるかしら。それは私も、貴方が大事だから」
今度は目の所が熱くなるのを感じた。今ほど私が水分を持たない埴輪で悔しいと思ったことはない。
「私の大事な磨弓、これからも私を守ってね」
感じるはずのない袿姫様の温もりを肌で感じながら、私は誓いの言葉を口にした。
「……はい。私はこれからもずっと、袿姫様のお側に仕えます」
言葉と共に、今まで無かった力が私の中に漲るのを感じた。
もっと強くなって、袿姫様をお守りできるようになりたい。
袿姫様は私の体を創り出し、杖刀偶磨弓という名を与えてくれた。
私はそんな袿姫様への忠誠心と共に強くなる。
しかし、あの時一度敗北を知って以来、私はずっと悩んでいた。
生みの親である袿姫様に忠誠を誓うのは当然であり、今まではそれが理由で十分だと思っていたのだ。
そう、あの夢のような人間達に会うまでは。
それは彫刻刀を叩く袿姫様を警護中の、突然の言葉だった。
「休暇……ですか?」
「その通り。うちはブラック企業じゃないからね。休みはきっちり取りましょう」
ブラックでは無いがホワイトな仕事とも言えない。そもそも我々は企業ではない。
「袿姫様、我々に休息など必要ありません。私は偶像なのですから」
「オフコース。それでも貴方には休憩が必要だと判断したのよ。今は畜生達も内輪揉めしていてしばらくは動いてこないでしょう? 本格的な抗争が再開する前に英気を養ってもらいたいの」
確かに、現在は小競り合いこそあれど畜生共との大規模な戦闘は起きていない。
袿姫様曰く、『隔岸観火』と言う兵法らしい。放置しておけば奴ら同士で争いだすので静かに眺めていればいいのだ。
「ですが、休めと言われても私にはどうすればいいか……」
「そうねえ、貴方をお堅く作ってしまったのは私だものねえ。困ったものだわ」
「はい、申し訳ございません……」
我々にとっての『休む』とは、機能を停止してその場に立ち止まっている事だ。しかし袿姫様はそのように言いたいわけではないだろう。
「そうねえ……それならこうしましょう。貴方に『お届け物』を頼むことにするわ。それが終わったらその場で好きにしなさい。これでどうかしら?」
「はっ、輸送の任務ですか。それならば!」
袿姫様はぴしっと直立した私に苦笑する。
「そんなに構えなくていいから。ほら、これを持ってお行きなさい」
棚に並べていた作品を二つ、袿姫様はそれを風呂敷に包んで私に手渡した。
「渡す相手はね……」
袿姫様が告げた名前は、まさに私の悩みの発端となった者達であった。
◇
──掃いても掃いてもまだ降り止まぬ。
毎年恒例の落ち葉かきとはいえ、いくらなんでも限度がある。今年は良くも悪くも秋の神に恵まれてしまったらしい。
そんな黄土色にうんざりしていた彼女の下に、同系色の磨弓が来てしまったのは間が悪かったとしか言いようがない──
私の顔を見た彼女は分かりやすく面倒そうな表情を見せた。
「ああん? これまた珍しい奴が来たもんだわ……参拝、なわきゃないわよね」
「ええ、私が崇める神は袿姫様ただ一人ですから」
博麗神社の博麗霊夢。これが私が命じられた最初の目的であった。
「何しに来たってのよ。まさかこの前あんたのお仲間をぶっ壊した報復ってんじゃないでしょうね。それなら受けて立つわよ?」
落ち葉集めに使われていた箒がこちらに向けられた。箒で戦うのは黒い方だったはずだが。
「兵士など袿姫様にかかればいくらでも作り出せるのに恨むものですか。私は届け物があってここに来たのです。それに霊夢さんと親睦を深めてこいとも」
「はあ、親睦……」
霊夢が怪訝な表情を浮かべている。どうやら疑われているようだ。
「本当です。はい、これをどうぞ。袿姫様の手作りですよ」
二つある風呂敷包みの片方を霊夢の前にぶら下げる。
霊夢はそれをしばらく睨み付けていたが、引ったくるように奪って中身を確認した。
「……湯呑みぃ~?」
何を期待していたのか、霊夢は明らかに落胆した。
「こんなもの余ってるわよ。あんたのとこの神様はこれでご機嫌を取ろうってのかしら」
「埴安神様の作品です。本来なら願っても手に入らない貴重品なのですが。それが不足だと言うのですか?」
本当にこれが神に仕える巫女なのかと疑念が湧いてきた。私はこんな不遜な人物に負けてしまったのかと。
私の憧憬に亀裂が走り出した、ちょうどその時だった。
「よ~う霊夢! 落ち葉は集まってるかー……って、何だか珍しい奴がいるじゃないか。参拝なわけないよな」
箒に跨がって飛んで来たのは私の目標その二の霧雨魔理沙。奇しくも反応まで全く同じである。
「魔理沙ったらやっと帰ってきたわ。面倒なところは全部私任せで行っちゃうんだから!」
「食材の調達だって立派な仕事だろ? 焼き芋パーティーなんだからイモがないと始まらないじゃないか」
「何言ってんのよ。葉っぱが無かったら焼き芋にならないじゃない。焼き芋の主役は落ち葉なの。だいたい偉そうなこと言って、その芋だって盗んできたんでしょー?」
「心外だな。これはちゃんとした報酬だぜ。秋の……名前は忘れたけど目立つ方を退治した、な」
「はいはい、強奪したのね。名前は思い出せないけどかわいそうに。罰が当たっても知らないわよー」
「自分の神社の神も知らないお前に言われたくないぜ。で、お前は霊長園に居た磨弓だったよな。何でここまで来たんだ?」
どうやら私をほったらかす気では無かったようで安堵した。
「私は貴方達二人に袿姫様からの贈り物を届け、親睦を深める為に来たのです。はい、魔理沙さんの分もありますよ。しかしながら霊夢さんには疑われてしまって困っていたところでした」
「ほう、贈り物。私は只なら何でも貰ってやるぜ……って!?」
魔理沙は霊夢の手にある湯呑みを見て目を剥いた。
「お前、これ! もしかしなくても埴安印の湯呑みか!?」
「その通りです。なのに霊夢さんは、湯呑みは余ってるからいらないなど……」
こちらの白黒は物の価値が判るようで助かった。鑑定眼の持ち主とは思えないのに、人は見かけによらないものだ。
「ちょ、ちょっと待って。魔理沙?」
霊夢は魔理沙と肩を組んで後ろを向いてしまった。
(……なにこれ……もしかしてお宝なの?)
(埴安といえば伝説の陶芸家だぜ。昔実家で見たことがあってな、その時の値段はたしか零がひー、ふー、みー、よー……)
しばし密談の後、霊夢はくるりと振り返る。
「よく来てくれたわね~! お茶飲んでかない? 焼き芋食べてく? ゆっくりしていっていいわよ!」
彼女は信じられないほどの笑顔を振りまいていた。
巫女とは思えない現金さだが、話が先に進んだ事に感謝しよう。
「私に食事の必要はありません。気持ちだけ受け取っておきます」
「ま、親睦って言ってたよな。私もお前の仕組みには興味がある。芋は食えなくても参加してっていいぜ」
「食べないならなおさら大歓迎よ。私の分は減らないからね!」
霊夢は赤子の如く大事に湯呑みを抱えて神社に引っ込んでしまった。
魔理沙が呆れ半分の笑顔を浮かべる。
「意外だったか? 戦うときは鬼のようだけどな、異変が無い時のあいつはあんな感じなんだよ」
「そうですね。しかし生き生きとしています。私が今まで見たくても見られなかった顔です」
「……へえー」
意外そうに私の横顔を見つめる魔理沙に促され、私は落ち葉の山を望む縁側に腰掛けた。
◇
「いやぁ、労働の後のお茶はおいしいわね~」
枯れ葉から昇る煙を縁側で眺めながら、霊夢はしみじみと呟いた。
「あんだけはしゃいでたのにさっきの湯呑みは使わないんだな」
「当たり前じゃない! 使っちゃったら価値が下がるでしょう!?」
「分かってないなあ。どんな道具だって使わなきゃ無価値なんだぜ。香霖の店もどきを見ろよ。本人だけは値打ち品だと思い込んでるゴミ山じゃないか」
「そんなゴミ山に住む男性の所に好き好んで押し掛けてる女に言われたくないわねー」
魔理沙は照れ臭そうに笑い、霊夢はそれを鼻で笑った。
霊夢と魔理沙はずっとこんな調子で軽口を叩きあっている。私はそれを横で眺めていた。
「……失礼、一つ聞いていいでしょうか。お二人はどういう関係なのですか?」
「決まってるだろ。宿命のライバルだぜ」
「違うわよ」
霊夢の反応はそっけない。しかし魔理沙は気にせずに喋り続ける。
「出会ってから何年だか何十年だかはもう覚えてないけどな、私たち二人はずっと異変解決で大活躍だったんだぜ」
「私の仕事なのにあんたが勝手に首を突っ込んで来てるんじゃない。二人で行こうなんて一度も言った覚えはないのに」
「はあ、つまり魔理沙さんの一方的な思い込みと」
魔理沙はむっと、霊夢はくすりと、それぞれの顔をした。
「私が勝手にやらないと霊夢は駄目なんだよ! 戦闘力は高いくせに生活力はゼロでな、私が様子を見に来なかったら何度も餓死してるんだぜ?」
「だってー、私の神社は貧乏神にも大人気だから仕方ないしー? 何もしなくても誰かがご飯を持ってきてくれるしー?」
魔理沙は頬杖とため息の両方をついた。
「な? これと来たよ」
「何となく分かりました。人の生活とはままならぬものですね」
戦った時は一分の隙もない人間と思ったのだが、完全無欠の人間など居やしないのだ。
居るとすればそれは人では無く神なのだから。
そういえばと、魔理沙は思い出したように私に尋ねてきた。
「それで結局、何でお前の主は親睦を深めてこいなんて言い出したんだ。自分で来ればいいのにさ」
「その通りですね。実際の所、私の息抜きの為に袿姫様が遣わしたのですよ。こうでもしないと私は休まないからと」
「確かにお前、生真面目そうだもんなあ。霊夢に半分くらい分けてやってくれないかねー」
「こそ泥のあんたにだけは真面目とか言われたくないわよー」
二人は互いの悪口を流して話を進めた。
「それに、今は袿姫様がお二人にまた会ったという事実を作りたくないのです。我々が何か企んでいると疑われれば奴らはまた団結してくるかもしれませんので」
「はいはい、政治的判断ってわけねえ。大人の世界は大変だわあ」
博麗の巫女と言えばたった一人で幻想郷のバランサーとなっている要だったはずだが、この発言である。
「ですがこれだけは言わせてください。ここに来たのは命令ですが、私自身も貴方たちをもっと知りたいと思っていました。私も望んでいたことだったのです」
霊夢と魔理沙は二人揃って私の顔を見た。
「夢だったのです。貴方達のような人間に会うことが」
「へえ……」
魔理沙が楽しげに微笑んだ。
「ふむ、芋も良い具合に焼けたのではないですか? 食べながらでいいから聞いてもらえますか」
まだまだ素手では触れない芋を、読んだ形跡のない新聞紙で包んで両端から力を込める。
真ん中から綺麗に割れた断面は美しい黄金色だ。
二人は湯気で顔を赤く染めながら、火傷しないよう慎重に芋の端にかじりついた。
「……私は見ての通り、他の埴輪と違って人に精巧に似せて作られていますよね」
「それな。触っても分からないけど陶器なんだよなお前。凄いよなー」
魔理沙が芋を口の中で転がしながら空いた手で頬をぺたぺたと触る。
「ほんと。ぷにぷにだわー」
霊夢も便乗で私のもう片方の頬を突っつく。
「しゃへりにくいからやえへふらはい……はい。つまり私は兵長として、人間霊が崇拝するアイドルとして、袿姫様が特別に作られているわけです」
「アイドルってこんなんだっけか? 菫子のスマホで見たのだと、もっとフリフリで露出度の高い服着てたぞ」
「私をそういう男に媚を売る為なら自分を捨てるような輩と一緒にしないでください。ともかく、私は信仰を集め、ひいては創造者である袿姫様を崇め、お守りするのが役目なのです」
「まあ、巫女みたいなものかしらねえ。畜生界らしく歪んじゃってるけど」
畜生に宗教の概念はない。今回は我々がそれを偶然にも持ち込んだ形とも言えるだろう。
「しかしです。見たと思いますが畜生界の人間は強者に搾取されるだけの奴隷ですから、私は悩んでいたのです。私はこんな者達に似せて作られたのか、そんな私が袿姫様をお守りする強さを持ち得るのかと。そんな時……貴方たちが現れて、私には光明が差したように見えたのですよ」
霊夢も魔理沙も、芋から口を離して私の言葉に耳を傾けていた。
「言ってしまえば単純な話です。弱い人間しか知らない私は本物の強い人間に夢を持っていた。だから知りたい。貴方達はどうやってその強さを手に入れたのか」
霊夢はうんざりした顔で語る。
「そりゃあんた、修行よぉ。私は博麗の巫女だからね、修行しろ修行しろって紫色のとか桃色の女がうるさいんだもん」
「お前はそうしないとぐーたら間抜け面を晒すからだろー」
魔理沙が私を通り越して霊夢の頬を引っ張る。間延びした嫌な顔をする霊夢を確認して笑うと手を離し、また一口芋をかじった。
「ま、霊夢は戦闘に関しちゃ随一だろうさ。気に入らないけど天才肌ってのはこれの事だろうな。その代わり、さっきも言ったが計画性が皆無で生きる才能無しだ。だから私が居てやらないとダメなんだよ」
「さっきから何よ、調子に乗っちゃってえ!」
霊夢が私を挟んだまま反撃に出た。
「生活力とか偉そうに言うけどあんたの家なんて盗んだ物だらけのゴミ屋敷じゃない。よくもまあ霖之助さんを馬鹿にできたもんよね。しばらくうちに来ないと思ったら研究だとか言って引き込もってて、あんた私が見に来なかったらお風呂にも入ってなかったじゃない! そんなんじゃどこぞの男にも幻滅されるわよ?」
「変な事言うな! ちゃんと入ってたっつーの! その……三日に一度くらいは」
「乙女の入浴回数じゃないわ!」
「不衛生はいけませんね。袿姫様はどれほど製作が難航しても入浴は欠かしませんよ。アイディアというのは湯の中で垢と共に浮かぶとよく仰ってます」
ちなみに私は入浴も必要ない。むしろ湿気は大敵だ。
「それより魔理沙殿は引きこもるタイプなのですか。全くそう見えませんが……」
「そうよ、魔理沙は魔法は使うけど魔女じゃなくて人間だからね。だから魔法を使うにはキノコとか、魔力以外もいろいろと使うのよ。材料を煮込んだりなんだりを何日もかけてやってんの。湿っぽいったらありゃしないわ」
「魔法の森のキノコは気まぐれで毎回違った反応をするから面白いんだぜ。お前が思ってるほど辛気臭いもんじゃないぞ」
没頭した結果、身体が臭ってる者が言っても説得力が無い。
「なるほど……努力家なのですね、魔理沙殿は」
「そんなんじゃないさ。私には霊夢を追い抜くっていうでっかい目標があるからな。その為ならいくらでも突っ走る! それだけの話だよ」
「だったらさあ、万が一私を追い抜いちゃったらどうすんのよ?」
「万が一ってなんだよ、いくらなんでももっと五千倍くらいは可能性あるだろうが!」
一万分の五千。つまり二つに一つ。
二人のどちらにも負けた私が言うのもなんだが半々は流石に盛りすぎだと思う。
「どうするかなんて決まってるだろ。霊夢は凄いスピードで追いつくに決まってる! だから私は抜かれないようにずっと走り続けるんだ!」
「永遠に走り続ける気でいるのですか……」
「疲れる生き方してるわねーあんた。まあ、魔理沙らしくて安心するけど」
私には早死にしそうで安心とは思えないが。
「……いや、だからこそ星のように輝いて見えたのでしょうね」
霊夢は私の言葉の意味をしばらく噛み締めていた。
「そう、ね。魔理沙にはそういう人間であり続けて欲しいわ」
『人間』の一言に重みのある言い方だった。
その理由はおそらく、土偶である私には理解できないのだと思う。
「ありがとう。ほんの少しだけど貴方達の事を知れて良かったです」
「もういいのか? まだまだ私の武勇伝なんかいくらでもあるのに」
「……あったかしら?」
「あーるーよ!」
この二人は互いに足りないものを埋めあっている。
相互保管と切磋琢磨、私にはどちらも得られない。
「私は二人のように競いあって強くはなれないのでしょうね」
「なんだよ、そんな寂しい言い方するなよ。そんなにライバルが欲しいんならご主人様に作って貰えばいいんじゃないか? 第二兵長とかさあ」
私以外の新しい兵長。
私は思い描く。私以外の似たような者が同じように信任され、袿姫様を敬愛する姿を。
「それは……何故でしょうか。私の身体の真ん中の辺りに何かがいるようで……袿姫様の行いは正しいはずなのに、不安になる」
霊夢は面白いものを見つけた顔で私を見た。
「……そりゃあんた、焼きもち焼いてるのよぉ。自分以外の特別が出来るのが嫌なんじゃないの? はいはいご馳走さまってもんだわ」
そう言いつつ、霊夢は焼き芋を大口で頬張った。
魔理沙も同調する。
「取られるんじゃないかって不安になるぐらい好きなんだろ? だったらそいつの為に強くなる! それも立派な理由だぜ。今までのお前のやり方で十分だよ」
「そうよねえ。あんたさあ、魔理沙のレーザー食らった? あの技の名前は『恋符』なのよ。あの八卦炉ってオトコからの貰い物なんだけどね、それで放つ技にそんな名前を付けちゃうオンナなのよ、この子ったら」
「なんだよー悪いかよー。私はいつでも恋い焦がれてるんだぜ。いろいろと」
「べっつにぃ~」
霊夢の食事スピードが早まった。
なるほど、つまりこれも嫉妬の一つなのだろう。また一つ学んだ。
「まー、無理してぶっ壊れないように気を付けなさいよ。いくら直せるっていっても埴安神だってあんたのバラバラ死体を何度も見たくはないでしょうしね」
「ありがとう、肝に命じておきますよ。もっとも、私に肝は無いのですけどね」
「お、ハニワジョークだな」
私達は小さく笑い合った。
「暇がお有りでしたらまた霊長園に来てくれると嬉しいです。私はこう見えて料理も得意なので、畜生界の名物料理でおもてなししますよ」
「……気持ちは嬉しいけど、それって人間が食べても大丈夫なのかしら」
「そりゃ畜生が好きそうな味がするんだろうなあ」
以前食べに来た人間からは『想像を絶する味だ』と称賛していただいた。きっと気に入って貰えるだろう。
「そうだわ、あんた焼き芋持っていきなさいよ。まだ余ってるからあんたの主人にもあげるわ。そっちなら食べられるでしょ?」
霊夢は山の中でまだ眠っていた芋を一つ掘り出した。
「感謝します。貴方からの贈り物なら袿姫様もお喜びになるでしょう」
「帰る頃には冷めちまってるだろうけどな。それじゃ焼き芋じゃなくてただの芋だぜ」
「あら、焼けてしまったのは覆らないのだから焼けてた芋ぐらいにはなるわよ」
その辺の問答は正直、どうでもいい。
しかし芋が冷める対策ならば私に備わっていた。
「芋なら任せてください。お二人には特別に見せますが……これは乙女の秘密なのであまり言いふらさないでね?」
私はそう言って、甲冑の留め具に手をかけた。
◇
「袿姫様! 仗刀偶磨弓、ただいま帰還致しました!」
「お帰りなさい、磨弓。ちゃんと仲良くお話できた?」
袿姫様はろくろを回しながら私を迎えた。
「贈り物は確かに届けて参りました。霊夢の方は最初疑っていたのですが、魔理沙に価値を教えられてからは目の色を変えて歓迎してもらいまして」
「へえ、あの子らしいわねえ」
袿姫様は私の語りを楽しそうに聞いている。
「それで、磨弓の心のもやもやは晴れたのかな?」
やはりか。袿姫様は私の心中などお見通しだったのだ。
「……ええ。私はあの二人のようにはなれないとよく分かりました。私は別のやり方で強くなるしかないようです」
「それはそうよお。貴方、中身はがらんどうだけど、あの子達みたいに頭からっぽには作ってないもの。でも今ね、磨弓専用のアタッチメントを考えているところなのよ。完成すれば貴方のパワーは従来の三倍! 磨弓はまだまだ強くなる! まあ……理論上だけどね」
袿姫様はいたずらに舌をぺろりと出した。
しかしアタッチメントとは、今でもそれなりに重装備なのだが私はどうなってしまうのだろうか。
それはともかく、まだ一つ残っている届け物を先に済ませてしまおうか。
「袿姫様、実は二人から返礼があるのです。贈り物というよりお裾分けですが」
私は再び鎧を脱ぎ、腹部に付けられたつまみを回した。
「あら、焼き芋じゃない! しかもまだ温かい!」
袿姫様は私の腹部を開いて歓喜の声をあげた。
そう、私のがらんどうの胴体は収納スペースになっているのだ。しかも遠赤外線効果による保温機能付きである。
「ちょうど甘いものが欲しかったのよねえ。おつかいご苦労様、磨弓」
「いえ、それが私の役目ですから」
腹を閉じ、鎧を素早く着直す。
幸せそうに芋をかじる袿姫様の姿も、手前味噌だが愛おしくて素晴らしい。
「ん~! いいお芋だわ。きっと神の加護が込められてるに違いないわねえ」
「ええ、秋の神から奪ったと言っていましたよ」
「それは罰当たりだこと。あの子たちらしいけどね」
「さて、袿姫様。私の次の任務は何でしょうか? 今なら何でもやれそうな気分ですよ!」
私には効果など無いと思っていたが、気分転換が大事というのは本当だったようだ。
お風呂、おやつ、お昼寝、お散歩と、あの手この手で気分転換をしていた袿姫様は決してだらけているわけではなかったのだ。反省しようと思う。
「次ぃ? おやおや、磨弓は何を言ってるのかなぁ?」
袿姫様は私の額を小突いた。
「……へっ?」
「最初に言ったでしょ。今日の貴方は休暇なの! まだ今日は終わってないんだから、貴方の好きなように過ごせばいいのよ」
「好きなように、ですか?」
「そう。好きなように、なんでもすればいいわ」
ならば、私のやりたい事は決まっている。
「では、お言葉に甘えまして……」
今まで決して、命令されなかったからやれなかった、しかしずっとそうしたいと夢見た事だ。
「失礼します、袿姫様」
私は袿姫様の体に腕を回した。
「それが……磨弓のしたかった事?」
抱きしめられた袿姫様は、私の頭を優しく撫でた。
「はい。大事な人にはこうするものだと、以前人から聞いたのです」
「磨弓にそんな入れ知恵をするなんて、人間霊も案外侮れないものねえ」
聞いた時には意義が分からなかったが、今こうして実践して初めて分かったことがある。
「……不思議です。先程まで芋を入れていた時も何ともなかったのに、私の中はがらんどうのはずなのに、今は何故だかとっても温かいんです」
袿姫様も、私をぎゅっと抱きしめ返した。
「私だって温かいわ。何故だか分かるかしら。それは私も、貴方が大事だから」
今度は目の所が熱くなるのを感じた。今ほど私が水分を持たない埴輪で悔しいと思ったことはない。
「私の大事な磨弓、これからも私を守ってね」
感じるはずのない袿姫様の温もりを肌で感じながら、私は誓いの言葉を口にした。
「……はい。私はこれからもずっと、袿姫様のお側に仕えます」
言葉と共に、今まで無かった力が私の中に漲るのを感じた。
磨弓の心にあった言いようのない迷いが晴れていく様にほっこりしました
霊夢たちの関係もさることながら、磨弓に対する袿姫の親心も素敵でした
磨弓は前よりもずっと強くなれたんだろうなと思います