Coolier - 新生・東方創想話

掴んだ温もり

2019/12/24 21:55:44
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 目が覚めた。まず見えたのはいつも見慣れた木製の天井。仰向けの体を起こすと、霊夢がミカンを剥いていた。

「タイミング良いじゃない」
「‥‥あー、いま何時?」
「十時」
「まだそんなか」
 
 二時間ぐらい寝たと思っていたが、実際は半分らしい。寝起きだから、頭はぼーとしていた。
 
「来てそうそうコタツに入って寝るとか人の家をなんだと思ってるわけ?」
「ふあぁーー‥‥別にいいだろ、いつものことだし。冬は寒いんだ。わざわざ重い腰をあげて来てあげてんだから、それぐらい許してくれよ」
 
 そう言うと霊夢は剥いたミカンの皮を私の顔面に投げつけて来た。すぐ隣にミカンの皮が入ったゴミ箱があるのに。
 私はゴミ箱じゃねぇと着弾した皮をあいつの隣のゴミ箱に思いっきり投げた。お、入った入った。
 
「別に誰も来てなんて言ってない。あと間違えた」
「どうせ暇だろ」
「否定はしない」
「なら良いだろ。あと間違えるな」
 
 仕返しに手を伸ばして取ったミカンの皮を霊夢の顔面目掛けて投げると、霊夢は目もくれず片手で弾き、弾かれたそれは見事にゴミ箱に入った。直接的ではないが、間接的に最高級の煽りを受けた気がした。
 
「ほら、ミカン食べる?」
 
 たぶんこの手に関しては勝てる気がしないので大人しく諦めよう。ミカンもくれることだし。
 
「お、サンキューな」
 
 もらったミカンを食べる。歯で潰すと甘味が口の中に広がる。ゆっくり味わいながら、残りもしっかり噛んで飲み込み、余韻を味わう。
 やはりコタツでミカンを食べるという行為は堕落的だが最高だ。冬はこれに限る。
 ミカンを食べ終えると、それを見た霊夢が「もう一個いる?」と聞いて来た。もちろん私は頷いた。そうして霊夢は新しいミカンを手に取り、中央に親指で穴を開け、そこから徐々に、丁寧に皮を剥いていく。
 どうしてかは分からないが、私にはその一連の動作があまりにも様になっているように思えた。
 子供にミカンを剥いてとせがまれ、はいはいと笑顔で承諾してミカンを剥き始める母親とそれを見て自分で剥きたくなる子供。母親はそれを見て途中でやめて、やってみる?と言い、子供は目を輝かせて剥き始める。
 そんな家庭の温もりじみたものを霊夢の動作に覚えていた。
 
「お前、将来良い母親になりそうだな」
「急に何言い出すのよ、ほれ」
「おっ、さんきゅ」
 
 ミカンを食べる。食べながら、霊夢が築くであろう家庭を想像する。それは先ほどのこともあってか、ありありと思い描くことが出来た。
 怖いけど優しくて、美人な嫁さんになりそうだ。
 
「で、何で急にそんな話になるのよ」
「さぁな。気分だ。お前は結婚とかしたいと思うか?」
「別に」
「何だよ乙女じゃないな」
「今はそういう気分じゃないだけよ。そういう気分になったら結婚するわ」
「いつだよ」
「さぁね。いつかかもしれないし、永遠に来ないかもね。私は気の向くままに生きたいの」
 
 気の向くまま。確かにそれは常に自分に従い自由奔放に生きる霊夢らしい言葉だった。
 
「あんたはどうなの?結婚とか」
「したいと思ってるぜ。まぁ、いつになるかは知らんが」
「何でそう思うんだろうね」

 霊夢は真剣な顔つきをしていた。確かに私も気になってはいる。しかしいくら考えてみても、【憧れ】という言葉しか探す事は出来なかった。
 
「さぁな、私はよく分からん」
「誰か知ってそうなのは‥‥早苗?」
「お前それは最終手段」
 
 たぶんあいつに聞いたら、【えっ、魔理沙さん!!誰か好きな人でも出来たんですか!!誰ですか誰ですか!!】と勝手にエンジン全開になって面倒くさい事になるのは目に見えている。本当に最終手段だ。
 
「あっ、紫はどうだ」
「あんたね、あいつは真面目に答えると思う?それこそ最終手段よ。‥‥あっ、霖之助さんは?
「あー香霖か。無駄に私達より生きてそうだし、それっぽい事教えてくれるかもな」
 
 帰りに寄ってみよう。
 
「じゃあ宜しくね」
「へーい。あっ、ミカン追加で」
「いやそろそろ自分で剥きなさいよ、まぁいいけど」
 
 ここの雰囲気はどことなく安らぎがあるような気がした。でも確かな実感があるわけではない。
 空気のように掴めないけど、そこにある、そんな感じ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 たてつけが悪いドアをなんとか開けると、心地よい薄暗さの中、商品棚に並んでる多くの物が目に入る。そして、奥の左手にある作業机に香霖がいた。
 
「誰かと思えば魔理沙か」
「ちょっと用があってな。あとここの扉たてつけ悪くないか?」
「いつか直そうと思ってるんだけど面倒くさそうだから後回しにしてる。機械とかの修理の方が優先だからね。ほら、ここに座るといい。飲み物はココアでいいかい?」
「それで頼む」
 
 そう言って香霖は店のカウンターの裏へ姿を消した。私も作業机の前にある丸太の椅子に腰掛けた。そこは右からの石油ストーブの熱でとても暖かい。少し石油臭いが。
 何秒か経って、香霖が裏から出て来た。「ありがと」と言って、出来てたのココアを受け取った。手袋はしていたものの、手はしっかり冷えていて、カップの熱は氷を溶かすように心地よいものだった。
 
「で、何の用だい」
「あー、えーと、それはだな」
 
 特に恥ずかしい話題では無かったが、いざ話すとなると緊張している自分がいる。
 ココアを飲んだ。美味しくて、少し落ち着いた。
 
「なぁ、なんで人は結婚をするんだ?」
 
 それは聞いた香霖は一瞬目を見開いて、クスッと笑った。何が面白いんだか。
 
「あっごめんごめん。ちょっと微笑ましくてね」
「何がだよ!」
「君もちゃんと女性として成長していると思ったら感動してね。良かった良かった」
 
 香霖はとても嬉しそうだった。何が良かったのかさっぱりだ。
 
「君ぐらいの歳の女の子はそういう事を考え始めるんだよ」
「そうなのか」
「そう。で、その時期になったら両親がある大切な事を教えるんだが、まぁ君の場合は僕が教える事になるね。その為にここにいるのかもしれない」
 
 妙に子供扱いをされてる気がして、少しだけ気恥ずかしかった。
 香霖はココアを飲みながら聞いてくれと言って、話を始めた。
 
「さっきも言った通り、君ぐらいの歳の女の子、男の子は急に恋人やら結婚やらを意識し始めるんだ。でも君達が想像していることってたぶん殆どが具体的なんだ。形だけを意識しすぎて、その本質を理解していないことの方が多い。君もそうじゃないのか?」
 
 そう言われて私は「うん」と頷くほかなかった。
 
「本質は至ってシンプル。それは、自分の居場所を探すことだ」
「自分の居場所?」
「そう。人間も妖怪も皆、自分だけの居場所を探すんだ。恋人も結婚も、特定の形に自分達を落とし込むことによって、唯一の居場所を作ってるだけなんだ。その延長線上に子供や家庭があるんだ。まぁそういうのを求める心を一般的に【愛】なんて言ったりするんだけどね」
「ふーーん」
 
 ちょうど良い温度になったココアを啜りながら考える。
 自分の居場所を探す。
 実感は湧かなかった。
 
「たぶん分かってないだろうけど、それで良いんだ。いつか分かる時が来る。だから覚えているだけで良いんだ」
「いつかっていつだ」
「明日かもしれないし、明後日かもしれなし、明々後日かもしれない。でも必ず分かる時が来る」
 
 香霖の目には自信というか、ぶれない信念みたいなものがある気がした。
「本当かな」って聞くと、香霖は「魔理沙みたいな人間なら尚更だよ」と言って来た。
 
「なぜ?」
「君は本当に大事な事は隠す質だろ」
「‥‥そんなことないぜ」
 
 当たっていた。
 
「‥‥そういう人はね、ただひたすら努力するんだ。思い通りの結果が出るまるでひたすら。それこそ、自分の身体なんか気にしない。ボロボロになっても、周りには大丈夫な風を平然と装うんだ。そして最後には‥‥」
 
 言わなくて、その先は簡単に予想がついた。
 香霖は全部お見通しらしい。
 
「でももし、自分だけの居場所があれば、話は全然違うんだ。相手は男だろうと女であろうと関係ない。いつでも自分が一緒に居ていい誰かがいればそれだけであまりにも違うんだ。‥‥空気を入れすぎた風船は空に飛び立つ前に破裂するんだ。だから適度に空気を抜かなきゃいけない」

なぜか香霖の顔が悲しそうに見えた。どこか遠いとこに感情が向けられているような、そんな感じ。

「ふーーん」
 
 ココアを飲み干した。最後の一滴まで、残さず。
 空のコップを見つめた。でも逃げ道はそこになかった。
 外を見るともう暗くなっていた。
 
「大事な人。そこが大事な居場所になる。明日はクリスマスイブ。大切な人と過ごす日だ。まぁ今日言った事を片隅に置いて、楽しむと良い。あっ、ちなみに明日は店はやってないよ。僕は僕の事情があるからね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 朝、起きるつもりなんて無かったけど、目が勝手に覚めた。昨日言われた事を考えても、それらしい答えは頭に浮かび上がってこなかった。
 魔法の練習をしていると、雪が降って来た。その冷たさは腕の傷口によくしみた。
 終わっても、心の曇りは晴れる事は無かった。これは火力で解決する事は難しそうだった。 
 自然と足はいつもの場所へ向かっていた。だから気がつけば私は博麗神社の前に立っていた。
 
「あっ魔理沙」
 
 赤い羽織しているから、ちょうど出かけようとしていたのだろう。
 雪の中の霊夢は綺麗だった。
 
「よう。出かけるのか?」
「えぇ、人里に買い出しに。あんたも来る?どうせゆっくりするつもりだったんでしょ。今までの使用料ちゃらにしてあげるから、一緒に来て」
「おいおい、使用料なんていつ出来たんだよ」
「言わなかったけど、元からあったの」
「絶対いま作っただろ!!‥‥あはは、それでちゃらになるなら手伝ってあげるかな」
「じゃあ行きましょ!」
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 買い出しが終わったのは始めてから、だいたい一時間ぐらいだろうか。
 私達は最後に寄った和菓子屋の前で帰る準備をしていた。
 
「あっこれ私持つから、あんたこれ宜しく」
「へいへい。あっ、ちょっと待って。手がすごくかじかんでる」
「はやく手袋つけなさいよ」
 
 今更手が寒さに悲鳴をあげたらしい。緩慢な動きでポケットを探るが、どうにも手袋らしきものは見当たらない。もしかして忘れて来たのかも。
 あーやらかした。
 
「‥‥忘れた」
「もうー何やってんのよ。それじゃまともに荷物持てそうにないじゃない‥‥」
 
 霊夢が顎を手に置いて考え始めた。
 何秒か後、「あっ」と何か閃いたような声を上げ、私に寄ってきた。
 
「ねぇこれつけられる?」
 
 それは霊夢がつけていた赤い手袋だった。何故か右手のほうだけ渡してきたので、「えっもう一個持ってるから貸してくれるとかじゃないの」と聞くと、「はやくつけなさいよ!」と催促された。
 よく分からなかったけど、ひとまず手袋をつけた。そうするとすぐ右手が温まってきた。あまりのはやさにびっくりした。
 
「この手袋凄いな」
「でしょ。私が霊力を込めながら作った特注手袋なんだから」
「それは分かったんだが左手は?」
「‥‥ほら」
 
 霊夢は右手を差し出してきた。よーく見ると、さっきの手袋が霊夢の左手についていた。
 うん?
 
「はやくほうきを袋にいれて!じゃなきゃ手を繋げないでしょ!」
 
 そこまで言われてやっと理解した。でもまだ少し戸惑っていた。
 
「いやこれだと飛んで帰れないじゃん」
「急に風強くなってるし、雪で視界悪いし、大事な荷物あるしでどっちにしても飛べないわよ。だから歩くしかないの」
 
 そう言って、「ん」と霊夢はもう一度手を差し出してきた。向けられた白い手の平はとても魅力的に思えた。それは寒さでいまにも赤く染まりそうで、だから、手を重ねるしかなかった。
 重ねた瞬間、「冷た!」と霊夢が小さく叫んだ。たぶん私の手と霊夢の手ではかなり温度の違いがあったに違いない。でも霊夢はこちらを向いて微笑んだ。
 
「じゃあ行こっか」
「‥‥おう」
 
 それは初めて掴めた温もりだった。ずっと好きだった温もりだった。よく分からないけど、そこが好きだった。
 あぁ、そういう事だったのか。
 香霖の言葉はもう喉を通り過ぎていた。心も綺麗に晴れていた。そうして、私は本当の意味で見つけたらしかった。居場所を。
 
「あーあ、今日は珍しくインナーとか着てるくせにどうして手袋忘れるかなー」
「そ、それはべ‥‥しょうがないだろ。忘れてたんだし」
「もしかして何か隠してるでしょ。言わないと今までの勝敗の記録、私が全勝したことにするから」
「おいおいそれはないだろ。良い感じに引き分けてるんだから」
「じゃあ後で二人でクリスマスイブ宴会しながら洗いざらい喋ってもろうわよ!」
 
 あー、そういえば今日はそういう日だったな。
 自然と笑みが溢れていた。
 
「何急に笑ってんのよ。今日の魔理沙何か変よ」
「‥‥あはは、あぁそうなんだよ霊夢。私、今日はなんか変なんだよ。誰かさんのせいでな」
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
3.100名前が無い程度の能力削除
霖之助の語りが良かったです。
5.100ヘンプ削除
結婚のことについて考える二人が良かったです。
みかんの食べるところが面白かったです。
6.100サク_ウマ削除
構築が丁寧で良いなと感じました。優しい話だと感じます。お見事でした。
9.100終身削除
3人の関係のバランスが良かったと思います 家を飛び出してきたので立ち振る舞いとかを霖之助に心の支えを霊夢に家庭で得るはずの欠けてるところをこうして埋めてもらえてきたようで指摘されてた居場所がちゃんとあるんだと感じました
10.100こしょ削除
クリスマスの日のふたりがよかったです