異変はこれで幕を閉じる。呆気ない終わり方であったが、それでも、やれるだけの事はやった。後悔はない。
私はこの異変の首謀者として幻想郷中から追われる羽目になったが、針妙丸の方は情状酌量の余地ありという事で、現在は博麗神社で保護されている。全てが理想通りという訳ではないが、針妙丸を良いように利用した挙句、物のように捨てた私に、今更文句を言う資格はない。
私は生きているのではない。
私は生かされているんだ。
その事実は鎖のように冷たく、確かな重みとなって私の首を絞めつける。その加虐は決して私を死へ導く事はない。せいぜい上手く息が出来なくなるほどの微弱な力で私を押さえつけるだけだ。……だからこそ感心する。
これ以上ないほどに「適切」な拷問だよな。
当初は死罪も覚悟していた。事実、私は逃亡中に何度も命を狙われた。しかし、何故か幻想郷の管理者は私の事を「結果的に」見逃した。理由は不明だが、おそらく私如きの命など取るに足らないと思われたのだろう。
その日以来、私は今日まで身分を隠し、人目を避けて生きている。
幻想郷から抜け出す方法も模索したがそれは徒労に終わった。まるで飼い殺しのように、何処にも逃げ道が無いのだ。これじゃあ、解放されているのか閉じ込められているのか分からないじゃないか。
秋、異変が終わり、幻想郷の四季は一巡した。夏の暑さが名残惜しそうに風に吹かれ、徐々に冷たい秋の風が野山に流れてくる。日暮れの時間も早くなり、緑色の木々も少しずつ暖かな色へと変わり始めている。
そこで何となく、我が生涯へと想いを馳せた。
どうしてここまで惨めな結末になった? 何処で歯車がズレた?
考えるだけ虚しくなる。本当はもっと上手くやれた筈なのに。
しかしまぁ、今になって思えば随分とエライ事をしでかしたもんだ。ありとあらゆる神や妖怪が犇めくこの幻想郷で、私は、一時的だけど異変を起こした。こんな、何の力も持たない弱小妖怪がだぞ? こんなに愉快な話はないよな。
人気のない丘にて、私は幻想郷の日没をぼうっと眺めていた。
虚しい。虚しいよ。栄光も、喜びも、幸福も、一瞬で過ぎ去ってしまった。
後に残る物と言えば、呆気なく敗れ去った夢、「私」という傷痕だけだ。
朦朧とする意識、気怠さに、私はその場に倒れ込む。
もう、十分だ。
もう動けない。
これまで、幾度も幻想郷の強者に襲われ、その度に命からがら生き延びてきたが、それも限界だった。
それは、肉体的に消耗しているからではない。
私は復讐と下克上、不屈の妖怪、天邪鬼――もう、この幻想郷に私の居場所はない。
だって見てみろよ。この世界はどう足掻いたって正常だ。
ここはまさに理想郷そのものだろう。
私は、楽園では生きていけない。
目を閉じ、終わりが来る瞬間を待ち続ける。全身の力が徐々に抜けていく。
これは「死」ではない。天地返しは、広く深い虚無によって終わりを告げる。
でも、きっとこれでいいんだ。
反逆(わたし)が不要な世界ってのは、つまり、何て言うか、平和って事で、誰も泣く必要がなくて……理想で溢れていて、それが、正しくて……。
……。
疲れた。
疲れたよ、もう。
……。
……。
『いいよ、正邪、ぜんぶ、許してあげる』
……。
「……」
……何でかな……?
別にそんな事、求めてた訳じゃないのに……。
って言うか。
何でまだ私はここにいる?
もう、とっくの昔に終わってる筈なのに。
もう、何も出来ない筈なのに。
そっと目を開けてみる。
そこには、先ほどと変わらない景色が広がっていた。
腹の奥にほんの少しだけ残った力を振り絞り、寝返りを打つ。
空と地面が逆さになる。
「はは……っ、見てみろよ。『全部』が逆さまだ」
あの時見た景色だ。
あの子と見た世界だ。
……。
……。
思い出した。
思い出したよ。
「針妙丸……あの子の名前は、針妙丸……」
あの子は最後に何て言った?
「……疲れた。痛いよ。全身が痛い」
信じたと、言ってくれた。
「動けないよ……もう」
信じたと、叫んでくれた。
「無理だよ、もう何もできない」
私の事を、認めてくれた。
「今更、もう遅いよ。もう間に合わない」
それだけで、私は――。
「畜生、何でだよ。畜生……」
終わった筈の身体が徐々に熱を帯びていく。
終わった筈の魂が怒りに満ちていく。
目に映る景色が、熱い涙のせいでおぼろげになっていく。
この世界は、幻想郷は、いつまで経っても正常なままだ。
私は、この世界では生きていけない。
他でもない自分が一番分かっている。それなのに――。
ああ、どうして世界はこんなにも美しい?
「畜生……! どうして世界はこんなに正気なんだ……!」
枯渇した筈の力が少しずつ身体に戻っていく。祭りが終わった後の静けさのように、私はすっかりカラになった筈だが……。
どうやら、このまま終わるわけにもいかないらしい。
共犯者に、「信じた」と言われたのだ。
思っていたより厳しい状況だが、彼女の言う通り、「私達」の天地返しはまだ完遂していない。
その時が来るまで、私は終わってはならない。このまま消えてはならない。
少名、針妙丸……あの子がきっと泣いている。
世界が正しい(おかしい)と、そう言いながら、泣いている。
世界は正気なままだ――。いつか、いつとは言えないが。
『弱者が見捨てられない楽園』で、彼女と再会出来る日を願って――。
それが私の、天地返しだ。
私は天邪鬼、鬼人正邪。
誰かが流した悔し涙が辿り着く先で生まれた妖怪だ。
その「天地返し」がいつか成し遂げられますように。
これからグリウサとかに続いていくのだと思うと、それだけで胸熱
せいしんはいいものだ……
少年漫画のような暑さがある
こう言うのずるいですよね ずるい
ずるいってことは 最高ってことです
噛み合っているようで噛み合っていなくて、でもちょっと噛み合っているそんな二人がよかったです
最後に再会するか否かは人によって好み出そうだけど、個人的には果たされてほしかったなぁ
本質を失ってしまっては妖怪は生きていけないので、それを繋ぎ止めた針妙丸の記憶というものは正邪にとって本当の意味の救いだったのだと思います。