「やっべえ……」
顔面蒼白、びくびくがくがく、正座で畳の上に座り込んで震えているあわれな狛犬、それが私こと高麗野あうんです、どうもこんにちは。え? あんた誰だっけ? 嫌だなあ、二度と開かないようその口を縫い付けてやろうか。
ここは博麗神社。その畳の間に座り込んで冷や汗の海に溺れているのは、当然、訳があります。
その理由とは――。
「これ、絶対怒られる奴ですよね……」
私の目の前に無造作に置かれている、赤い衣服。
霊夢さんの巫女服です。とてもキュートです。一張羅に見えて、毎シリーズごとに微妙に意匠を変えてきてるのもよいですね。うーん狛犬ポイント15点。
そして、その巫女服に転々とつけられた、丸っこい模様。それはどうみても犬の肉球の形で、どうやらどこかの狛犬が、投げ出された巫女服に気付かずとてとて踏んづけていったもよう。
この巫女服こそ、東方新作・鬼形獣用に新たに設えられたおニュー巫女服でした。
昨日だって霊夢さんったら、「見て見てあうん。これ、霖之助さんに新しく作ってもらったの! 似合うかしら」って言いながらうきうきしながら鏡の前でくるって回ってみたりして、あっあっ可愛い、想像だけでカールアップアンドダイしそう。狛犬ポイント50点。
だと言うのに。
「……」
思い出に浸るのもつかの間、目を開けば畳の上には、昨日とは打って変わって、てんてんてん、とどこかの無礼な狛犬の足跡がこびりついた、哀れな巫女服が。
ああ! 私が、ちゃんと足を洗って部屋に上がってくれば、こんなことにはならなかったのに! いつも霊夢さんに上がるときは足を拭いてから上がれと、口を酸っぱくして言われてたのに! ばかばか! あうんってほんとばか!
洗ったら落ちるかなあ。でも大丈夫かな。水洗いイケる系の巫女服? これ。
服をまさぐり、タグを探します。そもそも、巫女服にタグあるんけ?
あせる狛犬、あうんです。このままでは、霊夢さんがお怒りゲージMAXに。お怒り霊夢さんときたら般若もかくやの鬼の形相、具体的には茨華仙コメディ回の霊夢さんから、鈴奈庵シリアス回の霊夢さんくらいの豹変ぶり。怖い! 頭を割られる!
「ふっ。お困りのようだな!」
「はっ! その声は!」
私が振り向くと、その先にいたのは、へべれけ小鬼の伊吹萃香さんではありませんか!
萃香さんと言えば、その態度の横柄さと口の悪さで博麗ペット界隈のトップの座に君臨しているとんでもねえ鬼です。しばらく天界に行ったり桃色仙人様にちょっかい出しに行ったりで、博麗神社でのエンカウント率はそれなりに下がりましたが、かつては博麗神社の居候の名をほしいままにしていた時代もあったとかなかったとか。その博麗ワンニャンランドのボスが今ここに!
小さな大物、萃香さんはその手を私の肩に起いてうんうんと二度深く頷き。
「霊夢の下着しまってる場所、探してんだろ?」
「いえ、違います! その、私、霊夢さんの巫女服を、そのっ」
「巫女服の方が欲しいってか。がははは! 巫女服フェチだ、あっははは!」
あっやべえただの酔っぱらいだ!
「ういー。仕方がない。どれ、私の能力で萃めたろうかね」
「やめてくださいそんな下らない能力の使い方!」
「ミッシングパープルおえええええ」
「ぎゃあああ! 博麗神社の畳に萃香さんの煉獄吐息(※)が!」
※各方面に配慮した表現。あうんの細かい気遣いが光る。ようはゲロのこと。
大惨事。大惨事です。地獄の闘争はここにあった!
とっさに、巫女服を取り上げます。セーフ! 巫女服は、萃香さんの煉獄吐息(ゲロ)に被弾してはいない!
そこで、がらりと引き戸を開く音。見れば、そこにいたのは博麗神社の主、博麗霊夢その人。
「なんかうるさいと思ったら、あんたたちねえ……」
「あっ、霊夢さん! 見てくださいよ、ほらほら! 私、巫女服を死守したんですよ! 萃香さんの鬼畜弾幕から! 誉めてください! あうんは誉められて延びるタイプの狛犬ですので! さあさあ! 存分に!」
思わず条件反射で尻尾を降って駆け寄りましたが、何かを忘れている気がします。はて、何か霊夢さんが帰ってくるまでにやっておかねばならぬ重要案件があったような……?
たっぷりフリーズ10秒の間。助けてプリーズ萃香さんの絶叫。そのまま霊夢さんにボコられて重石つけて正座させられる萃香さんをぼんやり眺めて、やっと思い出します。
あっ巫女服やっべえ。
「で、あうん?」
「は、はひっ」姿勢を正して、思わず巻き巻き犬尻尾。
「その手に持ってる私のおニュー巫女服だけど。昨日となんか見た目違わない?」
「や、それはその」
コマ犬頭脳大回転。この場を切り抜ける、最善の一手を探します。
一秒、二秒と時間が経つに連れて、彼女の持ってるお払い棒がなんか十センチくらいずつ伸びていきます。え、何それ伸びるの? 怖……。
「言い残すことは?」
「……ふぁ」
「ふぁ?」
「ファッションです!」
ええい、ままよ!
「今のトレンドは、けものと友達です! 動物可愛いアピールです! 紅白巫女服のアクセントに犬の肉球、次の流行はこれです!」
霊夢さん沈黙。私の背中に、たらり冷や汗。
正座しながらいびきをかく萃香さん。重石、重くないんでしょうか。やたら器用ですね……。
やがて、霊夢さん、上目遣いでもじもじし始めます。
「……ホントに?」
「ホントです。ひゃーその巫女服の霊夢さんめんこい!」
「インスタに自撮り上げたらバズる?」
「もうバズりまくりの出会い厨からクソリプ来まくり! えっへっへ」
「そっかーえへへ」
やったー霊夢さんちょろい!
「でもちょっと、ダサくない?」
「ダサくないです!」
こうなったら、押せ押せムードで畳み掛けます!
「もし誰かにダサいって言われようものなら、もう、あれです! この高麗野あうんが犬の真似して三回回ってワンって鳴いて、目でピーナッツを噛んでから妖精大戦争Lunaノーアイスクリアして見せますよ! なんならそのあと西行妖の木の下に埋めてもらっても構いませんよ!」
胸を張って力説します。
霊夢さんは、その言葉に納得すると、満足げに頷きました。
――よし! 切り抜けた!
霊夢さんは私の手から巫女服(狛犬足跡ver.)を受け取ると、いそいそと着替えます。それからクルっと回って、ポーズ。んはぁあん可愛い! ええい狛犬ポイント8901点! 持ってけドロボー!
私の反応に満足したのか、神社の奥の方にとててて、と駆けていく霊夢さん。私は慈愛の目でそれを見送ります。
明日、霊夢さんは異変解決へと赴きます。きっと、その道のりは楽なものではないでしょう。私は、ここで、霊夢さんの帰りを待つしか出来ません。だからせめて。私の足跡が霊夢さんへのお守りになってくれたりしたらいいなあ、なんて。ちょっと都合良すぎますかね?
私は、そっと博麗神社の名も知らぬ神様に願います。
それはたったひとつの、シンプルな願掛け。
――どうか、霊夢さんが無事に帰ってきますように。
――それから、魔理沙さんあたりから服がダサいって言われませんように。
――ついでに、魔理沙さんのレーザーが貫通しますように。
済みません、追加注文入りました。
「あうん? 暇だったら夕飯作るの手伝ってよー」
「あ、はーい!」
お台所から霊夢さんの声がします。私は、意気揚々、とたてとててて、と駆けていきます。
私がたどり着くと、霊夢さんはくるりと振り向きます。その巫女服のスカートの裾に、狛犬謹製足跡模様がはためいていました。
<鬼形獣に続く>
顔面蒼白、びくびくがくがく、正座で畳の上に座り込んで震えているあわれな狛犬、それが私こと高麗野あうんです、どうもこんにちは。え? あんた誰だっけ? 嫌だなあ、二度と開かないようその口を縫い付けてやろうか。
ここは博麗神社。その畳の間に座り込んで冷や汗の海に溺れているのは、当然、訳があります。
その理由とは――。
「これ、絶対怒られる奴ですよね……」
私の目の前に無造作に置かれている、赤い衣服。
霊夢さんの巫女服です。とてもキュートです。一張羅に見えて、毎シリーズごとに微妙に意匠を変えてきてるのもよいですね。うーん狛犬ポイント15点。
そして、その巫女服に転々とつけられた、丸っこい模様。それはどうみても犬の肉球の形で、どうやらどこかの狛犬が、投げ出された巫女服に気付かずとてとて踏んづけていったもよう。
この巫女服こそ、東方新作・鬼形獣用に新たに設えられたおニュー巫女服でした。
昨日だって霊夢さんったら、「見て見てあうん。これ、霖之助さんに新しく作ってもらったの! 似合うかしら」って言いながらうきうきしながら鏡の前でくるって回ってみたりして、あっあっ可愛い、想像だけでカールアップアンドダイしそう。狛犬ポイント50点。
だと言うのに。
「……」
思い出に浸るのもつかの間、目を開けば畳の上には、昨日とは打って変わって、てんてんてん、とどこかの無礼な狛犬の足跡がこびりついた、哀れな巫女服が。
ああ! 私が、ちゃんと足を洗って部屋に上がってくれば、こんなことにはならなかったのに! いつも霊夢さんに上がるときは足を拭いてから上がれと、口を酸っぱくして言われてたのに! ばかばか! あうんってほんとばか!
洗ったら落ちるかなあ。でも大丈夫かな。水洗いイケる系の巫女服? これ。
服をまさぐり、タグを探します。そもそも、巫女服にタグあるんけ?
あせる狛犬、あうんです。このままでは、霊夢さんがお怒りゲージMAXに。お怒り霊夢さんときたら般若もかくやの鬼の形相、具体的には茨華仙コメディ回の霊夢さんから、鈴奈庵シリアス回の霊夢さんくらいの豹変ぶり。怖い! 頭を割られる!
「ふっ。お困りのようだな!」
「はっ! その声は!」
私が振り向くと、その先にいたのは、へべれけ小鬼の伊吹萃香さんではありませんか!
萃香さんと言えば、その態度の横柄さと口の悪さで博麗ペット界隈のトップの座に君臨しているとんでもねえ鬼です。しばらく天界に行ったり桃色仙人様にちょっかい出しに行ったりで、博麗神社でのエンカウント率はそれなりに下がりましたが、かつては博麗神社の居候の名をほしいままにしていた時代もあったとかなかったとか。その博麗ワンニャンランドのボスが今ここに!
小さな大物、萃香さんはその手を私の肩に起いてうんうんと二度深く頷き。
「霊夢の下着しまってる場所、探してんだろ?」
「いえ、違います! その、私、霊夢さんの巫女服を、そのっ」
「巫女服の方が欲しいってか。がははは! 巫女服フェチだ、あっははは!」
あっやべえただの酔っぱらいだ!
「ういー。仕方がない。どれ、私の能力で萃めたろうかね」
「やめてくださいそんな下らない能力の使い方!」
「ミッシングパープルおえええええ」
「ぎゃあああ! 博麗神社の畳に萃香さんの煉獄吐息(※)が!」
※各方面に配慮した表現。あうんの細かい気遣いが光る。ようはゲロのこと。
大惨事。大惨事です。地獄の闘争はここにあった!
とっさに、巫女服を取り上げます。セーフ! 巫女服は、萃香さんの煉獄吐息(ゲロ)に被弾してはいない!
そこで、がらりと引き戸を開く音。見れば、そこにいたのは博麗神社の主、博麗霊夢その人。
「なんかうるさいと思ったら、あんたたちねえ……」
「あっ、霊夢さん! 見てくださいよ、ほらほら! 私、巫女服を死守したんですよ! 萃香さんの鬼畜弾幕から! 誉めてください! あうんは誉められて延びるタイプの狛犬ですので! さあさあ! 存分に!」
思わず条件反射で尻尾を降って駆け寄りましたが、何かを忘れている気がします。はて、何か霊夢さんが帰ってくるまでにやっておかねばならぬ重要案件があったような……?
たっぷりフリーズ10秒の間。助けてプリーズ萃香さんの絶叫。そのまま霊夢さんにボコられて重石つけて正座させられる萃香さんをぼんやり眺めて、やっと思い出します。
あっ巫女服やっべえ。
「で、あうん?」
「は、はひっ」姿勢を正して、思わず巻き巻き犬尻尾。
「その手に持ってる私のおニュー巫女服だけど。昨日となんか見た目違わない?」
「や、それはその」
コマ犬頭脳大回転。この場を切り抜ける、最善の一手を探します。
一秒、二秒と時間が経つに連れて、彼女の持ってるお払い棒がなんか十センチくらいずつ伸びていきます。え、何それ伸びるの? 怖……。
「言い残すことは?」
「……ふぁ」
「ふぁ?」
「ファッションです!」
ええい、ままよ!
「今のトレンドは、けものと友達です! 動物可愛いアピールです! 紅白巫女服のアクセントに犬の肉球、次の流行はこれです!」
霊夢さん沈黙。私の背中に、たらり冷や汗。
正座しながらいびきをかく萃香さん。重石、重くないんでしょうか。やたら器用ですね……。
やがて、霊夢さん、上目遣いでもじもじし始めます。
「……ホントに?」
「ホントです。ひゃーその巫女服の霊夢さんめんこい!」
「インスタに自撮り上げたらバズる?」
「もうバズりまくりの出会い厨からクソリプ来まくり! えっへっへ」
「そっかーえへへ」
やったー霊夢さんちょろい!
「でもちょっと、ダサくない?」
「ダサくないです!」
こうなったら、押せ押せムードで畳み掛けます!
「もし誰かにダサいって言われようものなら、もう、あれです! この高麗野あうんが犬の真似して三回回ってワンって鳴いて、目でピーナッツを噛んでから妖精大戦争Lunaノーアイスクリアして見せますよ! なんならそのあと西行妖の木の下に埋めてもらっても構いませんよ!」
胸を張って力説します。
霊夢さんは、その言葉に納得すると、満足げに頷きました。
――よし! 切り抜けた!
霊夢さんは私の手から巫女服(狛犬足跡ver.)を受け取ると、いそいそと着替えます。それからクルっと回って、ポーズ。んはぁあん可愛い! ええい狛犬ポイント8901点! 持ってけドロボー!
私の反応に満足したのか、神社の奥の方にとててて、と駆けていく霊夢さん。私は慈愛の目でそれを見送ります。
明日、霊夢さんは異変解決へと赴きます。きっと、その道のりは楽なものではないでしょう。私は、ここで、霊夢さんの帰りを待つしか出来ません。だからせめて。私の足跡が霊夢さんへのお守りになってくれたりしたらいいなあ、なんて。ちょっと都合良すぎますかね?
私は、そっと博麗神社の名も知らぬ神様に願います。
それはたったひとつの、シンプルな願掛け。
――どうか、霊夢さんが無事に帰ってきますように。
――それから、魔理沙さんあたりから服がダサいって言われませんように。
――ついでに、魔理沙さんのレーザーが貫通しますように。
済みません、追加注文入りました。
「あうん? 暇だったら夕飯作るの手伝ってよー」
「あ、はーい!」
お台所から霊夢さんの声がします。私は、意気揚々、とたてとててて、と駆けていきます。
私がたどり着くと、霊夢さんはくるりと振り向きます。その巫女服のスカートの裾に、狛犬謹製足跡模様がはためいていました。
<鬼形獣に続く>
霊夢さんはやっぱり可愛いということが証明されてしまったようだ。
もちろんあうんちゃんも!
文体も諧謔的でいいですね
狛犬ポイント75点
暖かいですよこれは
あうんの慌てようがとても好き
二次創作自由形って感じにコミカルでとてもよかったです
あうんちゃん渾身の言いくるめが光っていて最高でした