「ねえお母――」
共に人里に物見遊山に出掛けるその道中、己の方を振り返りながらそう言葉を発した博麗霊夢を見返しながら、八雲紫の心中は驚愕と感動に包まれていた。
(えっちょっと待って霊夢があの霊夢が)
0.2秒が経過した。
その時点で紫の脳内に浮かんでいたのは幼き日の霊夢のことである。
長命の妖怪である紫にとってはつい昨日のことのように思い返すことのできる記憶でもあった。
人里の孤児であった霊夢の霊的素質を見抜き、博麗の巫女として教育を施したのは他ならぬ紫である。
紫は霊夢を引き取ってすぐにその想像を遥かに越えるほどの天賦の才に驚いた。歴代の博麗の巫女でも最高峰と言っていいほどの才能であった。
ついでにその可愛さにも驚いた。
というより紫にとってはそちらの方が重要であった。
藍はとっくに親離れしてしまい、橙も自分を主として深く敬ってくれてはいるもののそれが原因で娘としては扱いづらい。
当時の紫はその幻想郷全体を包み込まんばかりの母性を持て余していた。
そこに現れたのが人形のように整った容姿と鈴の鳴るような声を持った可憐な少女である。
(この子にお母さんと呼ばれたい!)
紫は世話を焼いた。
それはもう甲斐甲斐しく世話を焼いた。
霊夢は口数の少なく意思表示も薄い子だったので、自分に甘えてくることなど無かったがそれでも世話を焼き続けた。
ある日風呂上がりの霊夢に膝枕をしてあげているときに紫は満を持して声をかけた。
『うふふ、霊夢。お母さんの膝は気持ちいいかしら?』
霊夢はそれを聞いてぱっと目を見開いて暫く呆けたように紫の顔を眺めた後、そそくさと紫の膝から立ち上がると無愛想に言い放った。
『何がお母さんよ。バカじゃないの?』
部屋を去っていく霊夢の、風呂上がりだからか赤く火照った顔が遠ざかっていくのを呆然と見送った後に、紫はスキマに閉じ籠って泣いた。
あまりに泣きすぎて次にスキマから出てきたのは三日後で、おまけに身体が幼女サイズにまで縮んでしまっていて藍は腰を抜かした。
とまあこういった経緯があったために紫は霊夢にお母さんと読んでもらうことは素直に諦めて、友人とも師弟とも呼びがたい奇妙な関係を築いていた。
霊夢にとって自分がどのような存在なのかを確かめるのが少し怖くなってしまったというのも理由のひとつではある。
だからこそこの日にそんな霊夢の口から発せられた『お母――』という言葉に、紫の心は激しく揺り動かされた。
それは紫にとってみれば、道端を歩いていると突然空から三億円分の札束が降り注いできたかのごとき天よりの福音であった。
だがそんな紫にとっての至福の時間もすでに0.5秒目を迎えようとしていた。
すでに『お母さん』の『さ』までは発音が終了してしまっていて、もはや最後は『ん』の発音を待つばかりであった。
紫は海馬内の超重要機密フォルダ――博麗大結界の構成言語などが保存されている――に今の光景を詳細に32K画質で保存していた。
表情は変わらないまま、しかし心中は二時間の大傑作映画を見終わった後のような清々しさと感動に包まれている紫の目が、霊夢の瑞々しい唇が『ん』を形作るのを捉えた。
紫は脳内でスタンディングオーベーションをした。
ありがとう。
ありがとう。
その後紫はその後0.5秒もの長い間感慨に浸っていたが、そこで霊夢の表情に更なる変化が訪れる。
それは冬の朝、一面真っ白な銀世界に、一条の曙光が差し込むように、霊夢の白磁のように透き通った肌にすっと朱が差した。
ああ、なんと言うことだろう、この子のこんな表情まで見られるなんて私はなんと幸運なのだろう、と紫は幸福のあまり飛びそうになる意識をどうにか留めながら更に追加で超重要機密フォルダに霊夢の表情を保存した。ここで1.5秒が経過した。
霊夢がうっすらと羞恥の涙を浮かべながら懐から札と針を取り出そうとするのを目視して、紫は名残惜しさを覚えながらもスキマを開いて一言呟いた。
「霊夢……もう一回言って?」
「忘れろぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
1.8秒が経ち、空中に弾幕の華が咲いた。
その後、紫の記憶はなんやかんやで記録媒体へと保存され、大型テレビで心行くまでリピート再生されたことをここに追記しておく。
共に人里に物見遊山に出掛けるその道中、己の方を振り返りながらそう言葉を発した博麗霊夢を見返しながら、八雲紫の心中は驚愕と感動に包まれていた。
(えっちょっと待って霊夢があの霊夢が)
0.2秒が経過した。
その時点で紫の脳内に浮かんでいたのは幼き日の霊夢のことである。
長命の妖怪である紫にとってはつい昨日のことのように思い返すことのできる記憶でもあった。
人里の孤児であった霊夢の霊的素質を見抜き、博麗の巫女として教育を施したのは他ならぬ紫である。
紫は霊夢を引き取ってすぐにその想像を遥かに越えるほどの天賦の才に驚いた。歴代の博麗の巫女でも最高峰と言っていいほどの才能であった。
ついでにその可愛さにも驚いた。
というより紫にとってはそちらの方が重要であった。
藍はとっくに親離れしてしまい、橙も自分を主として深く敬ってくれてはいるもののそれが原因で娘としては扱いづらい。
当時の紫はその幻想郷全体を包み込まんばかりの母性を持て余していた。
そこに現れたのが人形のように整った容姿と鈴の鳴るような声を持った可憐な少女である。
(この子にお母さんと呼ばれたい!)
紫は世話を焼いた。
それはもう甲斐甲斐しく世話を焼いた。
霊夢は口数の少なく意思表示も薄い子だったので、自分に甘えてくることなど無かったがそれでも世話を焼き続けた。
ある日風呂上がりの霊夢に膝枕をしてあげているときに紫は満を持して声をかけた。
『うふふ、霊夢。お母さんの膝は気持ちいいかしら?』
霊夢はそれを聞いてぱっと目を見開いて暫く呆けたように紫の顔を眺めた後、そそくさと紫の膝から立ち上がると無愛想に言い放った。
『何がお母さんよ。バカじゃないの?』
部屋を去っていく霊夢の、風呂上がりだからか赤く火照った顔が遠ざかっていくのを呆然と見送った後に、紫はスキマに閉じ籠って泣いた。
あまりに泣きすぎて次にスキマから出てきたのは三日後で、おまけに身体が幼女サイズにまで縮んでしまっていて藍は腰を抜かした。
とまあこういった経緯があったために紫は霊夢にお母さんと読んでもらうことは素直に諦めて、友人とも師弟とも呼びがたい奇妙な関係を築いていた。
霊夢にとって自分がどのような存在なのかを確かめるのが少し怖くなってしまったというのも理由のひとつではある。
だからこそこの日にそんな霊夢の口から発せられた『お母――』という言葉に、紫の心は激しく揺り動かされた。
それは紫にとってみれば、道端を歩いていると突然空から三億円分の札束が降り注いできたかのごとき天よりの福音であった。
だがそんな紫にとっての至福の時間もすでに0.5秒目を迎えようとしていた。
すでに『お母さん』の『さ』までは発音が終了してしまっていて、もはや最後は『ん』の発音を待つばかりであった。
紫は海馬内の超重要機密フォルダ――博麗大結界の構成言語などが保存されている――に今の光景を詳細に32K画質で保存していた。
表情は変わらないまま、しかし心中は二時間の大傑作映画を見終わった後のような清々しさと感動に包まれている紫の目が、霊夢の瑞々しい唇が『ん』を形作るのを捉えた。
紫は脳内でスタンディングオーベーションをした。
ありがとう。
ありがとう。
その後紫はその後0.5秒もの長い間感慨に浸っていたが、そこで霊夢の表情に更なる変化が訪れる。
それは冬の朝、一面真っ白な銀世界に、一条の曙光が差し込むように、霊夢の白磁のように透き通った肌にすっと朱が差した。
ああ、なんと言うことだろう、この子のこんな表情まで見られるなんて私はなんと幸運なのだろう、と紫は幸福のあまり飛びそうになる意識をどうにか留めながら更に追加で超重要機密フォルダに霊夢の表情を保存した。ここで1.5秒が経過した。
霊夢がうっすらと羞恥の涙を浮かべながら懐から札と針を取り出そうとするのを目視して、紫は名残惜しさを覚えながらもスキマを開いて一言呟いた。
「霊夢……もう一回言って?」
「忘れろぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
1.8秒が経ち、空中に弾幕の華が咲いた。
その後、紫の記憶はなんやかんやで記録媒体へと保存され、大型テレビで心行くまでリピート再生されたことをここに追記しておく。
クロスレビューの五点からはゆかれいむ妄想が無限に広がっていっておいしかったですね
つんでれいむは素晴らしいものだ。
いいですね
いいゆかれいむですよこれは
喜ぶ紫がとても良い……
素晴らしいゆかれいむでデトックスできました
この子にお母さんと呼ばれたい、その一心の紫に共感して微笑みながら読んでしまう