香霖堂の新たな住民として改めて迎え入れられたライカは、元気に店内を走り回ったり、道具に乗っかったりしている。
外見がロボットである事以外、普通の子犬と何ら変わらない動きを繰り広げていた。
……いや、もう一点、異なる点がある。
「動き自体は可愛いけどさ、やっぱ声が無いとちょっと不気味よね」
椅子に座り、頬杖を突きながら、菫子はそう言った。
「僕も困っているんだよ。鳴る音といえば、動作音ぐらいだから、どこに居るのかも分かりづらい。もし勝手に変な隙間に入られては、最悪気づかずそのままになってしまう可能性が……」
「だったら、霖之助さんが店内を綺麗に整理整頓すればいいじゃない」
頭を抱える霖之助に対し、霊夢が冷静なツッコミを入れる。
「いや、これは確かに一見すると無造作に置かれているように見えるが、或る一定の規則や法則に則っていて――」
「マリサッチが似たような事を言ってたけど、やっぱり霖之助さんが元ネタだったのねー」
回りくどい言い訳を展開する霖之助を見ながら、菫子は苦笑した。
「こんなに元気なのに、声は出せないって事は、元となっている機械の体が原因って事なんじゃない?」
霊夢は霖之助の長台詞を無視し、店内で暴れ回るライカを捕まえ、その場でしゃがみつつ頭を撫でながらそう言った。ライカは暫く彼女の胸の中で暴れていたが、やがて観念したのか、静かになり、彼女のされるがままとなっている。
「では、それを修理しないと。うぅん、機械なら河童か、外の情報にアクセスできる菫子君に頼むか……」
急に頼られた菫子は、肩を落としながら答えた。
「私-? 一応理系だけど、機械工学は正直自信ないわ。技術の時間で半田付けした程度だし」
「なら河童か」
「あいつらはだめ! 何するか分かったもんじゃ無いし!」
霊夢はライカをぎゅうと抱きしめながら、そう反論する。彼女の河童に対する当たりの強さは、どこから来ているのだろうか。霖之助は改めて気になったが、今はそれどころでは無いと流す。
「それだと、どうにもならないじゃ無いか。困ったなぁ」
「そもそもさ、修理するって事は、この子のお腹を切り開くって事なんだよ? 人間で言うなら、麻酔無しの手術をするようなものよ? いいの?」
「ぐ、そう表現されると途端に残酷な気がしてき……いや、そもそも菫子君だってライカの蓋を開けてバッテリーとやらを外したじゃ無いか」
「あれは、だってそういう仕組みなんだし、あの時は普通のロボットが暴れている物だと思ってたし……」
語尾が小さくなり、終いには口籠もってしまった。
相手が人間であれ道具であれ、思い入れが強まってしまうと、接し方は変わってしまう。それは、菫子も例外では無かった。
結局良い案が思い浮かぶことは無く、三人ともうんうんと唸り、頭を捻っていた。
暫くすると、菫子があっと呟きながら立ち上がった。
「霖之助さん、何か紐みたいな物はある?」
「今手元にある物だと…サテンリボンなら」
「それでいいわ。ちょっと持ってきてくれる?」
「あ、ああ」
いきなりどうしたのかと困惑しながらも、霖之助は指示に従うため、席を離れる。
菫子は彼の様子を横目で見つつ、手持ちのバッグから何かを引っ張り出していた。
「んっと……。あったあった」
彼女が目的の物を探し当てると同時に、霖之助が戻ってくる。手には、真っ赤なリボン用の紐が握りしめられていた。
菫子はそれをひったくると、霊夢によって抱きかかえられているライカの前にしゃがみ、何やら作業を始めた。
「これを、こうして、っと……。よし、完成!」
彼女は徐に立ち上がり、大げさに手を広げてみせた。
「あ、なるほどね……」
「うーん、機械の体という事実に縛られすぎていたな」
霊夢が感嘆の声を漏らし、霖之助がライカにつけられたそれに触れる。
彼の首には、首輪のようなリボンが巻かれ、その中心には鈴が付けられていた。鈴は、恐らく菫子の私物だろう。
「犬と言えば、首輪だったね」
ライカは霊夢の傍を離れると、先ほどと同じように動き回りだした。最初こそ首元のリボンが気になって、前足ではずそうとしていたものの、自分が大げさに動くと鈴が鳴るという事実を学習し、以降は気にせず、むしろわざと鳴らしているかのように、より一層元気に動いていた。
「そういえば、あの子ってオスなの? メスなの? リボン付けちゃったけど」
元気そうなライカの様子を見ながら、菫子は今更な事実を霖之助に問いかけた。
「うーん、僕にもそれは分からない。まあ、それはどちらでもいいじゃないか。機械の体なのだし。いずれ分かることに越したことは無いが、今は無性という事にしておいた方が良いだろう。支障はなさそうだし」
それもそうか。と菫子は納得する。
「……にしても、あの様子を見ていると、誰かを思い出すのよね……」
唐突に霊夢がうめき出す。霖之助は少し逡巡してから、その誰かを察した。
「ああ、彼女か。貸本屋の……」
「うーん、言われてみると、確かにあの子っぽい……」
菫子も小さく頷き、肯定した。
……香霖堂に、小さいが元気いっぱいな鈴の音が鳴り響く。手に入れたそれを、自らの声だと主張するかのように。
その無邪気な様が、おてんばでトラブルメーカーな本居小鈴と被って見えた三人は、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
外見がロボットである事以外、普通の子犬と何ら変わらない動きを繰り広げていた。
……いや、もう一点、異なる点がある。
「動き自体は可愛いけどさ、やっぱ声が無いとちょっと不気味よね」
椅子に座り、頬杖を突きながら、菫子はそう言った。
「僕も困っているんだよ。鳴る音といえば、動作音ぐらいだから、どこに居るのかも分かりづらい。もし勝手に変な隙間に入られては、最悪気づかずそのままになってしまう可能性が……」
「だったら、霖之助さんが店内を綺麗に整理整頓すればいいじゃない」
頭を抱える霖之助に対し、霊夢が冷静なツッコミを入れる。
「いや、これは確かに一見すると無造作に置かれているように見えるが、或る一定の規則や法則に則っていて――」
「マリサッチが似たような事を言ってたけど、やっぱり霖之助さんが元ネタだったのねー」
回りくどい言い訳を展開する霖之助を見ながら、菫子は苦笑した。
「こんなに元気なのに、声は出せないって事は、元となっている機械の体が原因って事なんじゃない?」
霊夢は霖之助の長台詞を無視し、店内で暴れ回るライカを捕まえ、その場でしゃがみつつ頭を撫でながらそう言った。ライカは暫く彼女の胸の中で暴れていたが、やがて観念したのか、静かになり、彼女のされるがままとなっている。
「では、それを修理しないと。うぅん、機械なら河童か、外の情報にアクセスできる菫子君に頼むか……」
急に頼られた菫子は、肩を落としながら答えた。
「私-? 一応理系だけど、機械工学は正直自信ないわ。技術の時間で半田付けした程度だし」
「なら河童か」
「あいつらはだめ! 何するか分かったもんじゃ無いし!」
霊夢はライカをぎゅうと抱きしめながら、そう反論する。彼女の河童に対する当たりの強さは、どこから来ているのだろうか。霖之助は改めて気になったが、今はそれどころでは無いと流す。
「それだと、どうにもならないじゃ無いか。困ったなぁ」
「そもそもさ、修理するって事は、この子のお腹を切り開くって事なんだよ? 人間で言うなら、麻酔無しの手術をするようなものよ? いいの?」
「ぐ、そう表現されると途端に残酷な気がしてき……いや、そもそも菫子君だってライカの蓋を開けてバッテリーとやらを外したじゃ無いか」
「あれは、だってそういう仕組みなんだし、あの時は普通のロボットが暴れている物だと思ってたし……」
語尾が小さくなり、終いには口籠もってしまった。
相手が人間であれ道具であれ、思い入れが強まってしまうと、接し方は変わってしまう。それは、菫子も例外では無かった。
結局良い案が思い浮かぶことは無く、三人ともうんうんと唸り、頭を捻っていた。
暫くすると、菫子があっと呟きながら立ち上がった。
「霖之助さん、何か紐みたいな物はある?」
「今手元にある物だと…サテンリボンなら」
「それでいいわ。ちょっと持ってきてくれる?」
「あ、ああ」
いきなりどうしたのかと困惑しながらも、霖之助は指示に従うため、席を離れる。
菫子は彼の様子を横目で見つつ、手持ちのバッグから何かを引っ張り出していた。
「んっと……。あったあった」
彼女が目的の物を探し当てると同時に、霖之助が戻ってくる。手には、真っ赤なリボン用の紐が握りしめられていた。
菫子はそれをひったくると、霊夢によって抱きかかえられているライカの前にしゃがみ、何やら作業を始めた。
「これを、こうして、っと……。よし、完成!」
彼女は徐に立ち上がり、大げさに手を広げてみせた。
「あ、なるほどね……」
「うーん、機械の体という事実に縛られすぎていたな」
霊夢が感嘆の声を漏らし、霖之助がライカにつけられたそれに触れる。
彼の首には、首輪のようなリボンが巻かれ、その中心には鈴が付けられていた。鈴は、恐らく菫子の私物だろう。
「犬と言えば、首輪だったね」
ライカは霊夢の傍を離れると、先ほどと同じように動き回りだした。最初こそ首元のリボンが気になって、前足ではずそうとしていたものの、自分が大げさに動くと鈴が鳴るという事実を学習し、以降は気にせず、むしろわざと鳴らしているかのように、より一層元気に動いていた。
「そういえば、あの子ってオスなの? メスなの? リボン付けちゃったけど」
元気そうなライカの様子を見ながら、菫子は今更な事実を霖之助に問いかけた。
「うーん、僕にもそれは分からない。まあ、それはどちらでもいいじゃないか。機械の体なのだし。いずれ分かることに越したことは無いが、今は無性という事にしておいた方が良いだろう。支障はなさそうだし」
それもそうか。と菫子は納得する。
「……にしても、あの様子を見ていると、誰かを思い出すのよね……」
唐突に霊夢がうめき出す。霖之助は少し逡巡してから、その誰かを察した。
「ああ、彼女か。貸本屋の……」
「うーん、言われてみると、確かにあの子っぽい……」
菫子も小さく頷き、肯定した。
……香霖堂に、小さいが元気いっぱいな鈴の音が鳴り響く。手に入れたそれを、自らの声だと主張するかのように。
その無邪気な様が、おてんばでトラブルメーカーな本居小鈴と被って見えた三人は、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
シンプルにまとまっていて良いですね。お見事でした。
綺麗にまとまっていて素敵でした。
良かったです。