名前は、ある。
『多々良小傘』という立派な名前が。
けれどこの名前がどこから来たのか自分には分からない。
捨てられ、雨に打たれ、寒さに震えていたら。
気づけばこんな姿になっていた。
そしてこんな姿の自分を見て、なんとなく思ったのだ。
「私の名前は、『多々良小傘』だ」
…ってね。
なんでそう思ったのか、今でも分からない。
こうなってからそれなりに永く生きた今でも分からないんだから、もう一生分かる事はないんだろうなぁ。
…ねぇ、君なら分かる?
「何ですか藪から棒に」「んー?ああ、えと、“そんざいいぎ“の話?」「なによそれ」
それまでずっと洗い物をしていた今の自分の持ち主にそんなことを言ってみる。その美しき芸術品のような顔に疑問を浮かべつつ一笑に付されるけれども。
…まあ前後の繋がりも何もなくそんな事を言えばそりゃ何を言うかよりまず先に疑問に思われるに決まってるよねぇ。
だから、少し直球を投げてみる。
「早苗はさ」「何ですかさっきから」「わたしがなんで小傘なのか分かる?」「…へ」
お、いい感じに豆鉄砲に打たれたみたいな顔してる。
ふふふ、驚いた?驚いた?
………そこからわたしの望む答えが返ったら、言うことなしなんだけどな。
望みすぎかな?それは。
「…ま、わかんないよね。ごめんごめん。忘れて?」「忘れないわよ」「え」「忘れないって。言ってんのよ」「なにを」「なんであんたが『小傘』なのかなんて、私には分かりませんよ。あなた自身が分からないって言うなら、そんなの私には分かりっこないですから。
けど、私にとっての『多々良小傘』は。
バカで、怖がりで、驚かす事以外無駄に器用な唐傘おバカなんですよ。要はそういう事じゃないんですか?」「それ褒めてないよね?ていうかバカって二回言ってるよね?」「黙って聞きなさいよ。
…だから唐傘おバカなんでしょうが」
そう言いながらわたしが後ろから羽織われるような体勢で洗い物を切り上げた早苗が抱きついてきた。
こういう抱き方、どこかで聞いたことあるなあ。確か『あすなろ抱き』って言ったっけな?それこそ早苗が言ってた気がする。
それにしても珍しいな。こんな距離感近いことするなんて。
「…どうしたの?酒でも飲んだ?」「だーから黙って聞きなさいったら。かっこつかないでしょ。
いいですか?さっきも言いましたけど、私の中での『多々良小傘』は何も変わりません。
何も変わらないし、何も変わらせない。
少なくとも私の目の黒いうちは小傘さんを忘れ傘なんて呼ばせませんよ。
だって私が忘れないから。小傘さんを」
「…ほんとに?」「ええ。例え世界中、幻想郷中の誰もが小傘さんを忘れたって私だけは忘れない。
どんなに小さくてか弱い存在になったって絶対に見つけてあげますよ。だって小傘さんは私だけの大事な大事な持ち物だから」「…ほんとにお酒飲んだ?」「…あんたって傘はほんっっとに…」
呆れられた。
いや、しょうがないじゃん!
普段あれだけ自由なこと言っといて今みたいなよくわからない時に限って素直になられても正直ちょっと反応に困るよ!
…まぁ、話題振ったのわたしなんだけどさ!
「はぁ、なんでこーんな人の気持ちも分からない朴念仁傘を持ち物にしちゃったのかしらねえ。私のバカ」「うーん、人並みには人間の気持ちは理解できるつもりなんだけどな。
…でも、まあ、嬉しいよ。ありがとう」
「朴念仁呼ばわりに対してですか?」「違うよ!その前のとこ!わたしを忘れないって言ってくれたとこだよ!」「ああそっち?」
「早苗だけに言わせないからね!
……わたしね。さっきまで何考えてたかって言うとさ。わたしって存在はどこにいるんだろうって、ずぅーっと考えてたんだ。
誰かに使われなければ傘は傘じゃなくなる。
誰も驚かせないなら、怖がらせられないなら。妖怪は妖怪じゃなくなる。
それならどっちでもないわたしは何なんだろうってさ。
『多々良小傘』はどこにいるんだろうって。それを見つけるために色々やってはみるけど結局なーんにも分かんなくて。
なんか色々ぐちゃぐちゃになって、よくわかんなくて、わたしの存在意義って、存在証明ってどこにあるんだろうってずっと考えてた」「どこにあるって」「うん。それを早苗が言ってくれた。わたしという存在を、持ち物として証明してくれた。傘として使ってくれるし、たまーに、ほんとにたまにだけど驚いてくれるし。
だからさ。わたしも早苗の存在を証明したいんだ。持ち主としての早苗の存在を、わたしの持ち主はここにいるんだって事を」「それなら、…とっくの昔に証明されてますよ」「へ?」
早苗の抱く力が強くなる。
早苗の体温や吐息をより近くに感じる。
…ああ、やっぱあったかいなあ。早苗は。
「あなたが、『多々良小傘』がここにいることそれその物が、『持ち主・東風谷早苗』の証明になるんです。だからそんなに逸らなくてもいいんですよ」「そっか。そうなんだ。…それってさ。
つまりわたしと早苗は切っても切れない間柄って事?」「ええ。私がいなくなれば持ち物としてのあなたもいなくなるし、あなたがいなくなれば持ち主としての私も消えてなくなるんです。
…もしそうなったとしても、いや」
「「そうはさせない(させません)けどね」」
声が被る。
やっぱ変なとこで息合うよねぇ。わちき達ったら。
なんだかおかしい気持ちになる。
「…ぷっ」「くっ」
「「あははははははははは!!!!」」
二人でひとしきり笑う。
げらげら、げらげらとそれはもう。
やっぱりわたし達にああいう変に真面目な空気は似合わないよね。こうやって馬鹿みたいにげらげら笑い合ってる方がいくらかマシだ。
「あはは…はぁー、何が面白いのよ」「ひぃー、何が面白いのかよくわかんないけど面白かったぁ…お腹痛い」
ひとしきり笑った後でお互い向き合う。
あの抱き方も悪くないけど顔が見えないのがちょっぴり嫌なんだよねえ。
「…ねえ、早苗」「何です?」「わたしも忘れないから。早苗がわたしを忘れないように、わたしも早苗を絶対忘れないから」
「…うん」
わちきは傘である。
名前は、ある。
『多々良小傘』という立派な名前が。
どこから来たのかはわからないけれど、今思いつく理由があるとしたらそれは。
「早苗」「何ですか?小傘さん」
「…ううん、なんでもない!」「何ですか。変なの」
きっと、この人に名前を呼んでもらうためだ。
ああそうだ。
さでずむだし、素直じゃないし、口は悪いし。
はっきり言ってロクでもない人間だ。
けれど、失くしたくない、失くしてほしくない大切なひと。大切な持ち主。
『持ち物・多々良小傘』という存在を証明してくれるたった一つの存在。
…“そんざいいぎ“の話をしていたんだよね。
きっとそれを言うなら、わたしの存在意義はこのひとにあるのだろう。
そんな事を思う、なんでもない一日の昼下がりなのであった。
『多々良小傘』という立派な名前が。
けれどこの名前がどこから来たのか自分には分からない。
捨てられ、雨に打たれ、寒さに震えていたら。
気づけばこんな姿になっていた。
そしてこんな姿の自分を見て、なんとなく思ったのだ。
「私の名前は、『多々良小傘』だ」
…ってね。
なんでそう思ったのか、今でも分からない。
こうなってからそれなりに永く生きた今でも分からないんだから、もう一生分かる事はないんだろうなぁ。
…ねぇ、君なら分かる?
「何ですか藪から棒に」「んー?ああ、えと、“そんざいいぎ“の話?」「なによそれ」
それまでずっと洗い物をしていた今の自分の持ち主にそんなことを言ってみる。その美しき芸術品のような顔に疑問を浮かべつつ一笑に付されるけれども。
…まあ前後の繋がりも何もなくそんな事を言えばそりゃ何を言うかよりまず先に疑問に思われるに決まってるよねぇ。
だから、少し直球を投げてみる。
「早苗はさ」「何ですかさっきから」「わたしがなんで小傘なのか分かる?」「…へ」
お、いい感じに豆鉄砲に打たれたみたいな顔してる。
ふふふ、驚いた?驚いた?
………そこからわたしの望む答えが返ったら、言うことなしなんだけどな。
望みすぎかな?それは。
「…ま、わかんないよね。ごめんごめん。忘れて?」「忘れないわよ」「え」「忘れないって。言ってんのよ」「なにを」「なんであんたが『小傘』なのかなんて、私には分かりませんよ。あなた自身が分からないって言うなら、そんなの私には分かりっこないですから。
けど、私にとっての『多々良小傘』は。
バカで、怖がりで、驚かす事以外無駄に器用な唐傘おバカなんですよ。要はそういう事じゃないんですか?」「それ褒めてないよね?ていうかバカって二回言ってるよね?」「黙って聞きなさいよ。
…だから唐傘おバカなんでしょうが」
そう言いながらわたしが後ろから羽織われるような体勢で洗い物を切り上げた早苗が抱きついてきた。
こういう抱き方、どこかで聞いたことあるなあ。確か『あすなろ抱き』って言ったっけな?それこそ早苗が言ってた気がする。
それにしても珍しいな。こんな距離感近いことするなんて。
「…どうしたの?酒でも飲んだ?」「だーから黙って聞きなさいったら。かっこつかないでしょ。
いいですか?さっきも言いましたけど、私の中での『多々良小傘』は何も変わりません。
何も変わらないし、何も変わらせない。
少なくとも私の目の黒いうちは小傘さんを忘れ傘なんて呼ばせませんよ。
だって私が忘れないから。小傘さんを」
「…ほんとに?」「ええ。例え世界中、幻想郷中の誰もが小傘さんを忘れたって私だけは忘れない。
どんなに小さくてか弱い存在になったって絶対に見つけてあげますよ。だって小傘さんは私だけの大事な大事な持ち物だから」「…ほんとにお酒飲んだ?」「…あんたって傘はほんっっとに…」
呆れられた。
いや、しょうがないじゃん!
普段あれだけ自由なこと言っといて今みたいなよくわからない時に限って素直になられても正直ちょっと反応に困るよ!
…まぁ、話題振ったのわたしなんだけどさ!
「はぁ、なんでこーんな人の気持ちも分からない朴念仁傘を持ち物にしちゃったのかしらねえ。私のバカ」「うーん、人並みには人間の気持ちは理解できるつもりなんだけどな。
…でも、まあ、嬉しいよ。ありがとう」
「朴念仁呼ばわりに対してですか?」「違うよ!その前のとこ!わたしを忘れないって言ってくれたとこだよ!」「ああそっち?」
「早苗だけに言わせないからね!
……わたしね。さっきまで何考えてたかって言うとさ。わたしって存在はどこにいるんだろうって、ずぅーっと考えてたんだ。
誰かに使われなければ傘は傘じゃなくなる。
誰も驚かせないなら、怖がらせられないなら。妖怪は妖怪じゃなくなる。
それならどっちでもないわたしは何なんだろうってさ。
『多々良小傘』はどこにいるんだろうって。それを見つけるために色々やってはみるけど結局なーんにも分かんなくて。
なんか色々ぐちゃぐちゃになって、よくわかんなくて、わたしの存在意義って、存在証明ってどこにあるんだろうってずっと考えてた」「どこにあるって」「うん。それを早苗が言ってくれた。わたしという存在を、持ち物として証明してくれた。傘として使ってくれるし、たまーに、ほんとにたまにだけど驚いてくれるし。
だからさ。わたしも早苗の存在を証明したいんだ。持ち主としての早苗の存在を、わたしの持ち主はここにいるんだって事を」「それなら、…とっくの昔に証明されてますよ」「へ?」
早苗の抱く力が強くなる。
早苗の体温や吐息をより近くに感じる。
…ああ、やっぱあったかいなあ。早苗は。
「あなたが、『多々良小傘』がここにいることそれその物が、『持ち主・東風谷早苗』の証明になるんです。だからそんなに逸らなくてもいいんですよ」「そっか。そうなんだ。…それってさ。
つまりわたしと早苗は切っても切れない間柄って事?」「ええ。私がいなくなれば持ち物としてのあなたもいなくなるし、あなたがいなくなれば持ち主としての私も消えてなくなるんです。
…もしそうなったとしても、いや」
「「そうはさせない(させません)けどね」」
声が被る。
やっぱ変なとこで息合うよねぇ。わちき達ったら。
なんだかおかしい気持ちになる。
「…ぷっ」「くっ」
「「あははははははははは!!!!」」
二人でひとしきり笑う。
げらげら、げらげらとそれはもう。
やっぱりわたし達にああいう変に真面目な空気は似合わないよね。こうやって馬鹿みたいにげらげら笑い合ってる方がいくらかマシだ。
「あはは…はぁー、何が面白いのよ」「ひぃー、何が面白いのかよくわかんないけど面白かったぁ…お腹痛い」
ひとしきり笑った後でお互い向き合う。
あの抱き方も悪くないけど顔が見えないのがちょっぴり嫌なんだよねえ。
「…ねえ、早苗」「何です?」「わたしも忘れないから。早苗がわたしを忘れないように、わたしも早苗を絶対忘れないから」
「…うん」
わちきは傘である。
名前は、ある。
『多々良小傘』という立派な名前が。
どこから来たのかはわからないけれど、今思いつく理由があるとしたらそれは。
「早苗」「何ですか?小傘さん」
「…ううん、なんでもない!」「何ですか。変なの」
きっと、この人に名前を呼んでもらうためだ。
ああそうだ。
さでずむだし、素直じゃないし、口は悪いし。
はっきり言ってロクでもない人間だ。
けれど、失くしたくない、失くしてほしくない大切なひと。大切な持ち主。
『持ち物・多々良小傘』という存在を証明してくれるたった一つの存在。
…“そんざいいぎ“の話をしていたんだよね。
きっとそれを言うなら、わたしの存在意義はこのひとにあるのだろう。
そんな事を思う、なんでもない一日の昼下がりなのであった。
相思相愛が微笑ましい、甘い話でした。唐傘おバカってフレーズ、地味に好き。
作品の最初と最後における小傘の対比を強調する書き方もよかったと思います