「チッ」
博麗霊夢は苛立っていた。
里人から妖怪退治を請け負ったは良いが、その妖怪の気配が一向につかめずにいたからだ。
「話によればこの辺りなんだけどなぁ」
霧雨魔理沙がいつもの湖が見える森の入り口で額に手をかざし周囲を見渡す。
「黄色か金色の毛をした小さな妖怪が人里の入り口付近でイタズラをするんですよね?」
東風谷早苗が依頼内容を確認する。
「チッ」
「背後からおどかしたり、足を引っ掛けたりと大したことはやっていないようですがね」
「んで、この辺りで姿を見失うことが何回かあったんだとさ」
「でもここいらはチルノちゃんたちのテリトリーですよね」
「ああ、でもアイツらが今更人間にイタズラする理由は見あたらないぜ」
「チッ」
「証言がどれもあやふやだからなぁ」
「妖怪って元々曖昧なもんですしね」
「まーそうだけどさ」
「此度の妖怪って毛羽毛現(けうけげん)じゃありませんか?」
「あの毛むくじゃらのヤツのことか? でも毛羽毛現は黒か茶色なんだろ?」
「変種かもしれませんよ?」
「チッ」
「なあ霊夢、いい加減その舌打ちやめろよ」
「……膣」
「ぅおいっ!」
「最低オブ最低ですね。――あ」
早苗が何かに気づいた。
「どした?」
「あそこで何かふわふわした黄色いのが見えました!」
「よーし、居やがったわね! ここで仕留めてやるわ!」
「待てよ、確認が先だろ?」
「逃げられたらモコモコないわよ!」
「正しくは、元も子もない、ですね」
「確かに黄色っぽいけどあれは違うだろっ」
「背を向けている今こそが勝機だわ!」
「あ、待ってください、あれって――」
「うおぉしっ! いっくわよー!」
戦闘巫女のダブルタ●フーンが甲高いモーター音を響かせる(これはウソ)。
両足が橙色の炎に覆われ、その炎が黄色から白色に変わる(イメージとして)。
とおっ と叫んで宙に飛んだ霊夢が一回転して妖怪らしき〝それ〟の背に照準を定める(ここはホント)。
「霊夢、待て! おい、アホ! 待てって!」
「ヴイスリャー 火柱キィヤアァーーッ!」
ドボッ ズガガガーーン
豪快に蹴り飛ばされた〝それ〟は盛大に転げまくり、爆散こそしなかったが、うつ伏せのまま動かなくなった。
「えーと、今のって……ルーミアちゃん、ですよね?」
少ししてピクッピクと蠕動しだした闇妖怪。
どうやら命はあるようだ。
「おい! 霊夢! これ、どーすんだよ!」
ルーミアを指差し、激しくなじる魔理沙。
霊夢は腰を落とし蹴撃後の残心を保ちつつも、目は泳いでいる。
「…………誤チェストにごわす」
――― そーなのかー ―――
うつ伏せのルーミアの指先がダイイングメッセージを綴っていた(死んでないけど)。
「おまっ! それですむのかよっ!」
―――†―――†―――†―――
「あれは手加減したんだからね、ふんっ」
仮面ラ●ダーのなかで総合戦闘力(含キャラ濃度)は最強と謳われる●3とだいたいどっこいの強さの博麗霊夢。そのマジ蹴りを食らったとしたら小妖程度なら木っ端微塵になり再生不可能だ。手加減云々は本当なのだろう。
あの後、毛羽毛現の黄色い変異種を魔理沙が捕まえた。
『悪さしたら〝あれ〟が炸裂するからな。
毛の一本も残らないぜ、分かったか?』
霊夢を指差しながら説教する。先刻の惨劇を目の当たりにしていた毛玉妖怪はすごい勢いで頷いていたので放してやることにしたようだ。
あまり納得のいっていない戦闘巫女がメンチを切り飛ばすと足をもつれさせながらあたふたと森に逃げ込んでいって一件落着となった。
気を失っていたルーミアがようやく意識を取り戻した。
「おろ?……ここは誰? 私はどこ?」
思考が混濁しているようだ。
いや、ルーミアの場合、平常運転か。
「やっと気がついたか」
かけられた声に反応してキョロりと見渡す。
「まりさ? さなえも? ……レ●ドマン?」
「はあ? 何よレ●ドマンって」
「【赤い通り魔】と呼ばれた昔の五分間ヒーローですね」
「ふん、つまりヒーローなわけね?」
通称はともかく、ちょっと得意げに問いかける霊夢。
「特撮史上最も残虐で理不尽で容赦のないコンバットマンでしたね」
「なによそれ、ヒーローなの?」
「おい、お前たち、それはどうでもいいだろ。ルーミア、どっか痛くないか?」
「んーっと……背中が、いや、体中いたいよ。何があったのかな?」
状態の申告に対し、闇妖怪を囲むようにしゃがんでいた三人は視線を交わしながら顔色を曇らせる。
(正直に言って謝ったほうが良いと思うぜ)
(全面的に同意します)
(……不本意だわ)
(ごまかすのは無理があるだろ)
「おーーい! みんなー!」
紛糾するアイコンタクト会議を中断させたのはトラブルアクセラレータとして定評のある氷精チルノだった。
片手をブンブン振りながら近づいてくる。ちょっと遅れて専属ストッパーの大妖精がサイドポニーを揺らしながらついてきている。
「どしたんだー? あれ? ルーミアも?」
「えと、あのさ、ルーミアちゃんなんだかボロボロだね」
「あっホントだ。ねえ、まりさー、なにがあったんだ?」
「あーあのな、ちょっとした勘違いにルーミアが巻き込まれたって言うか何と言うか……」
「ふーん、かんちがい? ふーん?」
腕組みして難しい顔をして考え込むチルノ。
やがてポンッと手を打つ。
「わかった! きっとれーむが、あんましたしかめないでルーミアをぶっ飛ばしたんだな?」
「おおおおーー!」×3
九割九分九厘九毛九糸、正解だ。
あんまし(あんまり)ではなく、全く、だが。
氷精チルノ、普段はデタラメなフルスイングでOBを連発しているが、極希に真芯を喰って四百ヤード近くのドライバーショットを放つ。
虎林さんもビックリだね。
―――†―――†―――†―――
「そんな訳で、お詫びにご馳走することになったんだけどな」
「はい、だいたい理解しました」
魔理沙のざっくり説明に魂魄妖夢が応えた。
博麗神社に戻った三人組、補償対象のルーミアは回復しきっていなかったので魔理沙がホウキの後ろに乗せてきた。
魔理沙とルーミア。白いシャツと黒のジャンパースカート、艶のある金髪、どちらも黙って動かなければ美少女であり、美幼女なのは間違いないのだから重なっていると姉妹に見えないこともない(……伏線……ゲフンゲフン)。
チルノと大妖精もちょっと遅れてだが当たり前のようにやってきた。ご相伴に預かる気満々だ。
「して、ご馳走は何にするのでしょうか?」
「そこが問題なんだぜ」
妖夢が神社にいるのは命蓮寺での寅丸星との週一稽古の帰り際、菜園の主である雲居一輪からゴボウと長ネギをたくさんいただいたのでおすそ分けに立ち寄ったからだ。
西行寺幽々子から稽古の日は終日フリーを許されている妖夢はこのドタバタに付き合うことにしたようだ。
「それでー、材料は何があるんですかぁ?」
やる気十分の早苗が神社の厨房をわがもの顔で漁りまくる。
「さなえぇ! 勝手してんじゃないわよ!」
「相変わらずロクなもんがありませんね。ニンジンと……なんでニラがこんなにあるんですか、傷みやすいんですから早く食べなきゃですよ」
「だからぁ! 勝手すんなぁ!」
「台所だけに勝手ですね。へははは」
「はり倒すわよ」
「んー、ニンジンとニラがたくさん、妖夢の持ってきたゴボウと長ネギか――なんだチルノ?」
チルノが食材を確認している魔理沙をつついていた。
「はい、これ」
チルノが差し出したのは風呂敷包み。
「なにこれ」
「おそそわけだよ」
「粗相は分けて欲しくないわね」
霊夢が片眉を上げる。
風呂敷をほどいてみると一玉のキャベツだった。
「どうしたんだこれ?」
「みすちーからもらったんだよ」
ミスティア・ローレライの屋台ではヤツメウナギの串をはじめ、焼き物にはちぎったキャベツを添えている。
「多く仕入れちゃったんだって。いっこもらった」
「少し遅れたのはこれを取りに行ってたのか」
「うん、イツモオセワニナッテイマスカラ」
「なんだよその棒読みは」
「大ちゃんがそうしようって」
ぺこっとお辞儀するサイドポニーがふわりとゆれた。
「ふむ、殊勝なことね。苦しゅうないわ」
少し上を向き鼻を膨らませる霊夢。
「どうしてそんなに上からなんですか? でもこのキャベツ、瑞々しくて美味しそうですね」
「丸ごと一個か。なあ早苗」
「はい?」
「これ、何秒で食べられる?」
「はあぁ? なに言ってるんですか?」
「そうねぇ、早苗なら四十秒くらいかしら」
「そっ それはスゴいですね。恐れ入りました」
「妖夢さんっ 真に受けないでください!」
「さなえー、これ、まるかじりするのか?」
「あの、えと、切ってから食べたほうがいいと思います」
「食べませんよ! なーんで、そんな話になるんですかっ!」
―――†―――†―――†―――
「そろそろ品目を決めませんと時間が厳しくありませんか?」
妖夢が軌道修正を試みるが。
「ニラを使いたいから、ご飯を炊いてニラ玉丼かしら?」
「もうちょっと頑張ろうぜ」
「そうですよ。お詫びなんですからもっと豪勢にいきましょう」
「アンタが食べたいだけでしょ?」
なかなか決め手が出ず、難航している。
「はっけよーいっ のこったぁ」
庭から大妖精の元気な声が聞こえた。これはかなり珍しい。
「およ? アイツら、何してるんだ?」
立ち上がって庭側に移動する魔理沙。つられて三人もついて行く。
「チルノちゃんとルーミアちゃんが相撲を取っていますね」
氷精と闇妖が抱き合って押し合っていた。
「なんだか微笑ましいですねぇ」
妖夢がクスッと笑う。
「つか、ルーミアのヤツ、さっきまでグッタリしていたのに大丈夫なのかよ」
「ふん、あの闇妖怪はあの程度の攻撃、なんてことないのよ」
「霊夢さん、それってどういうことですか?」
赤巫女の意味深なセリフに緑巫女がすかさずツッコむ。
「チッ……今のはナシ、忘れて」
「え? 気になりますよー、なんなんですか」
接吻するほど接近して食い下がる早苗の顔面をガッシと掴む。
「近い! 近すぎるわよ! 忘れろって言ったでしょ! 物理的に忘れさせるわよ!」
掴んだ手の甲から筋が浮き始め、ミシりと軋音が。
「……ぷぁい ふぁかりまひたぁ」
―――†―――†―――†―――
チルノ海とルーミア山の対戦は決着がつかず、水入りとなった。
「あたいたち、ゆーぎに勝ったよ」
ひと休み中の氷精が言い放った。
「相撲でか?」
「うん、あっしょーだった」
「どーゆーこと?」
「みんなで力を合わせて押し出したんだ」
「何があったんでしょうかね?」
チルノの難解な説明を大妖精がポツポツと補うことでようやく話が見えてきた。
数日前、星熊勇儀と水橋パルスィが上白沢慧音の寺子屋に遊びに来た際、力比べの話になりそれなら相撲を、となったようだ。妖精・小妖の群をあしらいつつも最後は鬼が押し出されて軍配はチルノ組にあがったらしい。地方巡業の子供相撲のノリだ。
「そのあと、とらまるも来てゆーぎとすもうをしたんだよ」
「寅丸さんと怪力乱神の鬼の相撲ですか!」
突然、妖夢が喰いつく。
「どーしたのよ妖夢」
「あ、その、見たかったなと」
「巨乳相撲をか?」
「そうではありあません!」
幻想郷【乳八仙】の中でも質量上位の二人による組んず解れつの肉弾戦。これは見逃したくない。
だが妖夢がバイトオンしたのはそこではない。その正体は剛力無双の大妖獣である寅丸星、怪力を誇る鬼族の中でも出力最大と謳われる星熊勇儀。この二人が本気で相撲を取ったならどうなるのだろうと武道家としての純粋な好奇心からだった。
「えと、五回勝負してどちらも二回ずつ勝って一回は引き分けでした」
大妖精が結果を的確に伝えた。
「ほー、互角だったんだ」
「へー、鬼の方が強いと思ったけどね」
「相撲は単なる力比べじゃありません。武術なんですよ」
魔理沙と霊夢のボンヤリとした感想に対し妖夢がやや力を込めて言い返した。
「ちなみに勝ち星の順番はどうだったんですか?」
さらに突っ込む半妖剣士。
「じゅんばん?」
「勇儀さんが二回勝って三回目は引き分けて後の二回は寅丸さんが勝ちました」
チルノを飛び越してまたも大妖精がナイスレポートした。
「ふーーむ」
それを聞いて腕組みして考え込む。
「妖夢さん、その勝ち負けの順番って意味があるんですか?」
「はい、寅丸さんは前半で勇儀さんの力の【質】を見極めたのでしょう。いなし、流し、利用する術(すべ)を使って後半巻き返したのだと思われます。さすがです」
うむうむと満足そうにうなずく妖夢。武術の師匠でもある寅丸へのリスペクトが強い。
「でも、あたいたちの方が強いよ」
「はいはい」
話についてこれないチルノが割り込もうとするが魔理沙にあしらわれる。
「はい、は短く一回だけだよ!」
慧音に躾られているチルノが思い切り注意した。
「はいはいはーーい」
「もーー!」
地団駄を踏んで悔しがる様を見つめていた霊夢が何かに気が付いたように目を剥き、やがて口の端をキュウウと吊り上げた。
「あ、霊夢さん、ワルい顔ですね? 何を思いついたか当ててみましょうか?」
「な、何を言っているのよっ」
早苗の指摘に狼狽する悪巫女。
「ズバリ妖精相撲ですね! 小さくて可愛い妖精たちの取っ組み合い【ポロリもあるよ】これって興業として成り立つのでは?
そんなところでしょうか、ハハン? フウー」
DOYAフェイスからのYAREYARE。
「な、なな、ななななななっ」
正解です、と言っているようなモノだった。
ウェル●ム・トゥ・ザ・ジャ●グル、じゃあるまいし。
「はぁ~ しょーもないなー」
「感心できる事では無いかと……」
魔理沙と妖夢にも呆れられている。
「そ、そんなななっななっ」
―――†―――†―――†―――
「今は廃れちゃったけど、昔は神社主催の奉納相撲があったみたいよ」
動揺から立ち直った霊夢の昔語り。
「ところで相撲ってスポーツなのか?」
「元々は武道でしょ?」
「神事じゃないんですか?」
「はい、確かそのはずです」
幻想郷有数のコモンセンス、魂魄妖夢が答える。
徒手空拳での力比べや取っ組み合い、古来世界各地で行われてきた。この国では古事記や日本書紀に力比べの神話が記されている。
国譲り。国土を賭けての取っ組み合いでタケミカヅチにコテンパンにされたタケミナカタが出雲から諏訪湖まで逃げたとかなんとか。あまり突っ込むと神奈子様の機嫌がダダ下がりになるのでこのくらいで。
「足を上げてドスンって踏み潰すアレってなんだっけ?」
「四股のことですか?」
「そう、それだぜ」
「アレは簡単そうで実は奥が深いと聞きますね」
妖夢が少しだけ眉根を寄せて答える。
「私、四股、踏めるわよ」
「霊夢? そうなのか?」
「神事の一つだもの」
「私はやったことありませんけど?」
「あんたがマガいモノだからよ」
「どーしてそんなこと言うんですかっ」
「でも巫女さんは人前で相撲はしないだろ」
「当たり前でしょ。やり方を知ってるってだけよ」
「霊夢さんならマワシが似合いますよ、おっと」
掴みかかろうとした霊夢をひょいっとかわす早苗。
「昔は霊夢とも相撲したんだけどな。もうやってないぜ」
「そう言えばそうね。なんでやらなくなったのかしら?」
「お前が【がぶり寄り】を覚えたからだぜ」
忌々しそうに言う魔理沙。
「……あっ思い出した。 私、【がぶり寄り】は魔理沙にだけしか使わないって決めてたんだわ」
「はぁ? なんだよそれっ」
「あの激しい上下動、あの時これが決まり手だと私の心が吠えたのよ!」
「なっ」
「この腰のワイルドムーヴはアンタに捧げるって!」
「ちょ、まてよ」
「爆愛の発現ですね! 情熱の嵐ですね!」
「早苗! おまっ 笑いながら言うなよ!」
「えーと、お熱いですね、妬けちゃいます?」
「妖夢、無理して合わせなくていーんだよ!」
高度? な展開に氷・闇・大はポカーンとしたまま置いてきぼりだ。
「ねえ魔理沙、【がぶり寄り】嫌だったの?」
「嫌に決まってるだろ!」
がぶり寄り。若い女性が冗談半分で相撲をとったとしても、この技は使わないよね。
「お前の【がぶり寄り】はその場でユサユサするだけで進まないじゃんか!」
「そ、それって技なんですか?」
「絵面がヒドそうですね」
「ねえ魔理沙、私と相撲とろっか」
「ここで〝いいぜ〟って言ったら『話の流れに整合性がない』『キャラの性格設定に矛盾がある』ってコメントがくるぜ」
「つまりどう言うこと?」
「嫌だってことだ!」
「んー【がぶり寄り】は禁じ手にするから良いでしょ?」
「霊夢さん、他に技を持っているんですか?」
「もちろんよ。相撲は四十八手といわれているでしょ?」
「ホントはもっとあるらしいですけどね」
妖夢の指摘は外れてはいない。多種多様であることを示すそれっぽい数字で表しているだけだ。
「私の得意技はねー、松葉崩し、椋鳥(むくどり)でしょ、それから御所車かしら?」
「それってどんな技なんだ?」
「やってみようか? こっちおいで」
「すとっぷ! すとぉーっぷぅ!」
中途半端耳年増の早苗が顔を真っ赤にして割って入った。霊夢以外は訳も分からずきょとんとしていた。
―――†―――†―――†―――
「そんじゃ、見ていてね」
膝丈の短パンとTシャツに着替えた霊夢が素足で裏庭に立った。
「その服どうしたんだ?」
「いわゆる〝あちらの〟体操着ですよね」
「霖之助さんからいただいたのよ」
「ふーん、アイツの趣味なのかな?」
「意外ですね」
「これは拡散希望と言うことで良いんですかね?」
香霖堂の店主は絶食系男子と揶揄されているのに妙な風評被害が広まりそうだ。
それはともかく、四股を踏んでみせることになった博麗の巫女さんが静かに直立する。
「まず、基本の構えよ」
足幅は、肩幅よりもやや広い程度。
つま先を横に広げるために膝は左右に大きく開く。
手は両肩の力を抜いて両膝の上に軽く置く。
心持ち前傾姿勢で腰はまっすぐに深く下ろす。
顎を引き、視線は前方を見据える。
「ほう、うむむ」
妖夢が思わず声に出して感心する。今の霊夢は自然体なのに隙が見当たらない。
「んで、動作ね。右からよ」
息を吸い込みながら右足を上げていく。反動を使うのではなく、腰の力で引き上げる。この時つま先には力を入れず自然と下を向いている。そして上げた右足がピタリと静止する。
「こんとき大事なのは軸になっている左足よ。全体をしっかり支えるの。……こっから下ろすわよ」
息を吐きながら、つま先から足を下ろす。力任せに踏み下ろすのではなく、自然に足を落とす程度の力だ。同時に一つの動作の流れを止めずに腰を深く沈める。下ろす位置は元の位置よりも若干手前で、やや外に滑らせ気味にして元の位置に戻した。
「思ったより地味なんですね。あちらの土俵入りは一端足を内側に引いたり、下ろしてから腰を割ったりと色々複雑で派手だったような気がしますが」
早苗が言っているのは横綱の土俵入りの四股。あれはセレモニーのための四股踏みで、トレーニングをかねた正式な型をアレンジしたものなので仕方がない。
とすん とすん とすん とすん
早苗の茶々を無視して一心不乱に四股を踏む霊夢。
「……これは……見事です」
妖夢はいっそう感心している。
静かな型であるはずなのに踏み下ろした足、膝を押さえた手に自然と力と気が入る。呼吸二つ分ほどの間は残心を想起させ隙がない。
この四股によって地底にいる妖(あやかし)、魔(まがもの)、何かが飛び出そうものなら即座に叩き伏せてみせるとの気概を感じさせた。
さあ、出て来い! 存分に相手になってやろう!
出てこぬのなら今暫くはおとなしくしておれっ!
とすん!
古くは地鎮、土地清めの神事として四股を踏むことがあったらしい。博麗の巫女のそれは十分に説得力があった。
妖夢はもちろんのこと魔理沙、チルノたちでさえ見入っていた。
「でもー、女子が四股を踏むってどうなんですか?」
一人を除いてだが。
「アンタがやってみろって言ったんでしょうが!」
―――†―――†―――†―――
「で、ちゃんこ鍋なんだな?」
「はい、相撲で盛り上がりましたからここはちゃんこ鍋でしょう」
つい先ほど拵えたタンコブも気にしていない早苗がメニューを決定した。
「アンタ鍋物好きよね」
「鍋物はそれぞれがどんだけ食べたか分かりにくいからウルトラ大食らいの早苗には有利なんだろうぜ」
「あ、なーるね」
「うると……魔理沙さん! 訂正してください!」
「そんで、どんな鍋にすんのよ」
「一口にちゃんこと言っても色々あるらしいぜ」
「そもそも力士の食事全てをちゃんこと称すると聞きますね」
「皆さん! なんでスルーなんですかー!」
「早苗、どんなちゃんこがお勧めなんだ?」
「へ? あ……えーとやっぱりソップ炊きですかね? かの大横綱大鵬もちゃんこの基本はソップ炊きだと言っていましたし」
「スゴい立ち直りの早さね」
「無限再生する高位の軟体妖獣の如しです」
何気に妖夢の例えが苛烈だった。
ちゃんこ鍋の分類は諸説あるが、ざっくりと二種類に分けてみる。ちり鍋風(水炊き)と出し汁やスープで炊いたものだ。
ちり鍋はほとんど味付けしない水で具材を煮て各種ポン酢や調味されたタレにその都度つけて食べる。
もう一つは醤油、塩、味噌をベースにスープを作り、そこに具材を投入し基本そのまま食べるのがスープ炊き。今はカレー、トマト、キムチ、ミルクなどをベースにしても良く何でもありだ。
早苗からソップ炊きの材料を聞き出した霊、魔、妖は準備の分担を考える。---結果
・買い出しはW巫女と魔理沙、チルノとルーミア。
・留守番下準備は妖夢と大妖精。
今回の割り振りは主に魔理沙が行った。
鶏肉屋に顔の利く霊夢は買い出し班のマスト。
細かい買い物は魔理沙と早苗。ここまでは良い。問題はチルノとルーミアなのだ。
「チルノたち連れて行く必要あんの?」
「じゃあ、留守番させるのかよ」
「チルノに……それも不安ね」
「あたいのファンなの?」
久方ぶりに出た自分の名前に飛びつく。
「まー、そんなところね」
「んじゃ、サイン書こうか? あたい書けるようになったんだよ」
「ホントかよ?」
そう言って相方の妖精に顔を向ける。
「はい、慧音先生の寺子屋で教わりましたから」
「そりゃスゴイな」
「まりさ! なんで大ちゃんに聞くのさ!」
「わりーわりー、あんま気にすんなよ」
「まったくー、で、れーむ、サインはどこに書く?」
「それはまた今度お願いね。ちょっと遊んで待ってて」
チルノをいなした霊夢は魔理沙たちを部屋の隅に集めて打ち合わせを再会した。
「とにかくチルノとルーミアをフリーにしたら百発百中で面倒事を起こすぜ」
「んー、確かにね」
「だから私達と一緒に買い出し班にするべきだぜ」
「連れて行くのはチルノちゃんだけで良いのでは?」
言いながら早苗が少し首を傾げる。
「私見だけどな、ルーミアはチルノより厄介だぜ。チルノは忘れた頃に特大ホームランのトラブルをかっ飛ばすヤツだけど、ルーミアは長打こそ無いが首位打者を目指せるくらいコンスタントに小さいトラブルを起こす。守備側にとっては実にイヤな相手なんだぜ」
チルノたち妖精と小妖達との付き合いが長い魔理沙が主張する。
「守備側ってなによ」
「なんとなく分かります」
―――†―――†―――†―――
「……え」
留守番下準備組に回された大妖精はずっと困惑しっぱなしだった。
「大丈夫だ。妖夢はまともだから怖がらなくて良いぜ。
んじゃ、行ってくるぜー」
大妖精と妖夢がお留守番。下準備は妖夢がいれば大丈夫だろうが、もう一人くらいサポートがいた方が楽だろうとの配慮だった。それならチルノ組で一番使えそうな大妖精を残すことにしたのだが。
「あのー」
「はひぃ!」
「えーと……ご飯、炊いておきましょうか?」
「は、はいっ」
台所に向かう妖夢に大妖精がのろのろとついて行く。
妖夢は困っていた。この小さな妖精は自分に怯えまくっている。刀を振り回し、ちょっとアレだった頃のイメージが強く残っているのだろう。怖いモノ知らずのチルノや怖いと言う感情を正しく理解していないルーミアはともかく、一般的な妖精や小妖怪にとって元辻斬り剣士魂魄妖夢は今でもおっかない存在なのだ。
こればかりは自分のせいなのでとりあえず楼観剣と白楼剣はまとめて部屋の隅に置いているが警戒を解かせるには足りない。
「皆は一緒に遊ぶことが多いの?」
「……はい」
「ご飯を一緒に食べることも?」
「……はい」
どうにもうまくない。
会話がキャッチボールだとすれば、一応受け止めてくれるのだが球を返してくれない。一方的に手持ちの球を投げ続けるだけなのでいずれ〝弾切れ〟になってしまう。
作業が始まってしまえばほとんど会話は無かったが何故だか阿吽の呼吸でストレスなく進んでいく。
妖夢が米を探している間にザルを見つけ、米を研いでいる間には必要量の薪をかまどの前に用意する大妖精。非力ではあるが先が良く見え、気が利き好感が持てる。
米を炊き始めたら少し時間ができる。
ふわふわ揺れる大妖精のポニーテールをぼんやり見ていた妖夢は新たなコミュニケーションの術を思いついた。
つんつん
大妖精の左肩を誰かがつついている。
はっと左を向くが誰もいない。妖夢は自分の右側にいてかまどの火加減を見ている。
気のせいかな?
つんつん
またつつかれた。
今度は急いで首を回すがやはり誰もいない。
気のせいじゃない。何かがいる。
実はこのシチュエーションに慣れている大妖精。後ろから肩をつついて素早く反対側に隠れるのはチルノの定番のイタズラだからだ。なので対応策は持っている。スピードではとても敵わないので目で追うことは諦め、しつこく仕掛けてくる拍子(間隔)を測り、何度目かに先手を取るのだ。
気を抜いた様な顔をして前を向いてじっとする。
(ふぅ ふぅ ふぅ ……今!)
バッと左を向けば今にも肩をつつかんとしている白い何かがいた。
体ごと振り向けばその白いモノはひょろろと伸びていて妖夢の背中につながっていた。普段はあまり気に止めない半霊の尻尾(?)だったのだ。
「バレてしまいましたか~」
おどけた口調と仕草で満面の笑顔の半人半霊の剣士。
こんな姿はきっと誰も見たことがないのではないか。
「もー、イタズラはよしてくださいよー。……はっ」
つい、チルノたちに対するように喋ってしまい、慌てて口を噤んだ。
「うふふふー、ごめんねぇ~」
柔らかな笑顔は一向に崩れなかった。
それからは話が弾んだ。チルノの話、幽々子の話、共通点はお互い相方に振り回されて気苦労が絶えない、でも嫌じゃないんだよねー的な話で盛り上がった。
「あの、剣士さん」
「妖夢」
「へ?」
「妖夢と呼んでください」
「あ、はい。じゃあ……よーむさん」
「はい、何でしょう?」
「す、すみません、呼んでみたかっただけでした」
「うふふ、では、貴方のことは何と呼べば良いの?」
「えとえと」
妖精の真名は滅多なことでは明かされない。〝チルノ〟はアダ名であり通り名なのだ。これまで大妖精としか呼ばれてこなかったので困っている。
「大妖精さん?」
「それはちょっと」
「大ちゃん、は砕けすぎですかね。大さん……変ですね」
「はあ」
「ふむ、それではアダ名をつけても良いですか?」
「え? か、かまいませんけど」
「そうですね、可愛らしいポニーですから〝ポニさん〟と呼ぶことにしますね」
「ぽ、ぽにさん、ですか?」
「はい、いかかですか」
いささか安直ではあるが、妖夢はこのコとの特別な何かが欲しくなったのだ。
「ではポニさん、ニンジンの下茹でと他の野菜の下ごしらえをしましょうか」
「はい!」
今日一番の元気な返事だった。
―――†―――†―――†―――
博麗神社には土鍋がたくさんある。
一人用鍋が五つ、四五人用と七八人用が二つずつ。先代巫女は鍋好きだったようだ。そして霊夢自身が購った二三人用鍋、全体が淡い桜色で髪の毛のように細い金色の筋が緩やかに格子柄を描いているそれは魔理沙と二人っきりの時だけ使う特別な土鍋だ。霊夢は個人的に【愛育の鍋】と呼んでいる。見てくれはともかく中身はオッサンだが、乙女成分が死滅しているわけではないのだ。ちなみにこの土鍋、今回はもちろん出番ではないのでどうでもよろしい。
霊夢が手持ちの中で一番大きな土鍋をかまどに置いた。
「よっしゃ、今日はこれで行くわよ」
「ふーー、もうルーミアを連れて行くのはヤだぜ……」
なんだかお疲れの買い出し組の魔理沙。
「アイツ、豆腐屋で油揚げ齧ったり、八百屋でナス齧ったり、手の届くモノ片っ端から食べようとするんだ」
「それは困りものです。大変でしたね」
妖夢が同情する。
「注意すればおとなしくなるんだが、ちょっと目を離すとこっそり食っていやがるんだ。おい! ルーミアお前のことだ、分かってるのか?」
当の闇妖怪はきょとん。
「……私はお腹がすいている。そこに食べ物がある。だから食べる。私は満足する。まりさ、あんだすたーん?」
大きく目を開いて大げさに肩を竦めてみせるルーミア。
「むぐっ、ここは我慢か。言ってもしょうがないしなぁ」
「魔理沙さん大人になりましたねー」
「早苗! お前も見てたんなら止めろよ! まったくチルノの方がまだマシだぜ!」
チルノは霊夢と鶏肉、鶏ガラの買い出しに行っていたようだ。
「そうね。今回はチルノが役に立ったわよ」
「へー、どうしたんですか?」
「ウズラの玉子があってさ。チルノが『このちっちゃい玉子おいしいの? どうやって食べるの?』って熱心に聞くからお店の人が気を良くしちゃってたくさんオマケしてくれたのよ」
「ほえー、随分もらったな。四十個位あるぜ」
「茹でたら具材に良さそうですよ」
「そんじゃ、作るわよー」
霊夢の号令で作業開始。
・コンニャクは一口大に手でちぎって湯がく。
・油揚げは半分に切ったほぼ正方形に×印に刃を入れ、三角をたくさん作り湯通しして表面の古い油を落としておく。
この作業は早苗とチルノ。コンニャクをちぎるのが楽しいチルノがノリノリで働いている。
・鶏ガラ二羽を洗って水から煮立てアクが出てきたら弱火にして丁寧に掬う。
これは鶏の扱いに慣れている霊夢が行う。
・その他の具材は妖夢と大妖精が担当した。
ニンジンは下茹で済み。全部の具材を豪快にごった煮にして食べるのがお相撲さんのちゃんこだが、ごろっと切ったニンジンが柔らかく煮えるまで待っていたら一緒に入れた鶏肉は硬くなってしまう。
ゴボウは荒い笹掻きにして水にさらしておく・
ニラ、キャベツ、長ネギは口当たりの良い大きさにざっと刻む。
玉ねぎは大きめのくし型に切っておく。
メインである鶏モモ肉(二キロも買ってきた)は一口大(親指と人差し指でオーケーマークを作り、その外周くらい)に刻む。大妖精は包丁使いもなかなかだった。
・ウズラの玉子は七輪に鍋をかけ(かまどは二つ口、米とニンジンは出来上がっているが、火口が足りないので)ひたひたの水に玉子を入れる。強火にかけ、ふつふつ言出したら菜箸で転がすように混ぜる。
沸騰してから二分たったら火を止め、さらに二分放置し、その後冷水にさらす。
ここの担当は魔理沙とルーミア。茹で具合は魔理沙が担当したがここからが少々面倒なのだ。
玉子がさめたら、小鍋に入れ、蓋をする。やさしくシェイクする。二十回程度かな? 全体に細かいひびが入る。
ヒビができたら水に漬ける。薄皮と玉子の間に水が入り込み、剥きやすくなる。ウズラの薄皮はしっかりしているので剥きやすい。
ルーミアが思ったよりキチンと剥いている。これなら任せてもいいかと魔理沙はスープの調味にとりかかる。
「鶏ガラ、オッケーよ」
タイミング良く霊夢から声がかかる。
「よし、スープ作るぜ」
早苗からソップ炊きの概要を聞いていたので味付けのイメージは出来ている。
『甘塩っぱくてコクがあってしつこくなくていくらでも食べられるんです』
なんともざっくりした話だが魔理沙は自信があった。
鶏ガラが引き上げられた鍋(推定スープ量五リットル)に砂糖三百グラムドサドサ、醤油八百シーシーどぼどぼ、お酒とみりんは百ずつちょぼちょぼ。
味見をしながらうんうんと納得している魔理沙。
調味料の豪快な消費に霊夢が真っ青になっている。
「霊夢、気にすんなよ。ウマいちゃんこになるからさ」
「そ、そうね。そうだと良いわね……」
「鶏団子があるとさらに良いんですがねー」
「イヤよ、面倒臭い」
「んー、まあ今回は時間もないし省くか。代わりがウズラの茹で玉子ってところだぜ」
鶏団子は超素敵メニューなのでいずれってことで……
「さーて、ちゃんこ鍋、行くぜぃ!」
鶏モモ肉とタマネギを最初にどばどば投入。タマネギの甘味がスープに溶け出すまでじっくり煮込む。
「そろそろ良いかな?」
「良いと思います」
油揚げ、コンニャク、ニンジン、キャベツ、ニラ、長ネギを次々と投入する。
人間と同じように二本脚で立つ鶏から縁起を担ぐ意味で、肉は鶏が最も多く用いられている。かつては『四ん這い』は『手をついて負け』という連想から、牛や豚などの四足動物の肉は避けられていたが、昭和四十年頃からはこれらもよく使われるようになったそうな。
「おい、ルーミア、ウズラの玉子入れてくれよ」
「ほぐ、ほぐ、まかへへ」
「おまっ! 何で食ってるんだよ!」
ほっぺたをリスの頬袋のように膨らませたルーミアに拳骨をくれる。
「あ、ああー、二十個くらいにしかないぜ。お前、いくつ食ったんだよ」
「ほぐ、もぐもぐもぐ、うん、旨かった」
まったく悪びれてない。
「くそぉ、目を離した私の責任かよ、取り敢えずあるだけ入れろよ」
「おっけー」
ころころ、とぽとぽ、ころころ、とぽとぽ
「ここにアク取りの時に取っておいた鶏油(チーユ)を垂らすと美味しいんですけどね」
「何よ、そんなん捨てちゃったわよ」
「鶏皮を煮込んで油を煮詰めておくと色々使えるらしいのですが」
「だから今言うなっての」
「すみません、でもその油を垂らし込むと旨みがグッと上がるんです」
「たらし込むの? 魔理沙に頼めば良かったわ」
「誑し込むなら魔理沙さんですよね~ へははは」
「お前ら、人聞きが悪いぜ」
そうこうしているうちに部屋中が甘辛い香りに包まれ、グツグツとイイ感じになってきた。
「これはおいしーにおいだ! 絶対だよ!」
チルノの言に皆が頷いた。
―――†―――†―――†―――
「ごっつあんですっ」
出来上がったちゃんこ鍋に早苗が手刀(てがたな)を切った。
「なにそれ」
「ちゃんこ鍋を食べる時の正式な作法です」
博識なようでいて所々抜けていたり間違っていたりするのが早苗クオリティ。
「ふーん、作法ならやってみるか」
「こう?」
チルノがブンブンとチョップする。
「んー、ちょっと違います。順番があるんですよ」
懸賞のかかった取組の勝ち力士が勝ち名のりを受け、行司が団扇に載せて差し出す懸賞を受ける際の作法。
真ん中が天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、正面が高御座巣日神(たかみむすびのかみ)、裏正面が神産巣日神(かみむすびのかみ)で、この勝利の三神に感謝する意味で切るものとされ祝儀の上で東なら真ん中・右・左、西なら真ん中・左・右の順で手刀を切るのが正式であるらしい。
「それではよろしいですか?」
音頭を取る早苗に皆が頷く。
「ごっつあんですっ!」×6
揃って手刀を切り、ようやくいただきます、だ。
魔理沙と妖夢が皆の分を小丼にとりわけ、早苗がご飯をよそう。
「あふっ あふっ」
「チルノちゃん、少し冷まさないと」
魔理沙はまずはスープを啜った。まだ煮え始めだから甘塩っぱさが尖っているがなかなか美味しい。
(具材をどんどん追加していって時間が経てば味もまろやかになって旨みも増すに違いないぜ)
「こりゃイケるわね」
がふがふと鶏肉を頬張る霊夢。砂糖の入れすぎだと思ったが、この甘味が良い。口中に肉が残っているうちに追いご飯をかき込む。行儀が悪い。だがこれが良い。
妖夢は一つ一つ具材を噛み締め味わっている。
(鶏肉はもちろん美味しいけど、キャベツとニラのシャキシャキ、コンニャクのクニュクニュ、食感も楽しい。栄養の釣り合いも良さそうだし、大勢で食べられるのが一番かも)ここでスープを一啜り。(スープが美味しいのよね。タマネギとゴボウ、あと油揚げがスープの主役かしら?)
早苗は魔理沙が最初によそってくれた分のコンニャク、ニンジンの比率が妙に高いことに気づいたが、次は自分でよそえば良かろうなのだと前向きだった。
「これっ おーいしー! おりょ? ウズラがないぞ?」
「ルーミア! お前はさんざん食べただろ?」
「む、味のついた玉子も食べたいな」
「ダメだ」
「一個だけよ」
霊夢がルーミアの丼にぽちょっと入れた。
「お? さんきゅーさんきゅー」
霊夢のお詫びはウズラの玉子一個で終了したようだ。
「大ちゃん、あーん」
「恥ずかしいよ」
「ほほえまひーえすえー はぐはぐはぐ」
「お前、少しは遠慮しろよ」
「ポニさん、自分もしっかり食べなきゃですよ」
妖夢が大妖精におかわりをよそってやる。
「ありがとうございます、よーむさん」
「ポニさん?」
「何だそれ?」
「大ちゃんのことか?」
「つか、お前たちいつの間に仲良くなってんだよ?」
妖&大は一瞬目を合わせたあと笑ってごまかした。
三回ほど具材を炊き直し、ようやく終わりが見えてきた。もうお腹いっぱいだ。一人を除いてだが。
「さーて、シメですねー」
早苗は小丼にご飯をよそい、残り汁をダバダバぶっかけ、さらには生玉子を落とし、わしわしと豪快にかき込んでいる。旨そうだ。
皆、十分にお腹がくちくなっているが、これを見せられてはたまらない。残り汁、実はここに食材のエキス・栄養が溶け出ていているので残すのはもったいないのだ。具材の切れっ端も乙なものだし。
「もうちょっと行ってみるか」
「そうね」
「美味しそうですものね」
「ごっつあんでーす!」
「チルノちゃん、お腹大丈夫?」
「イくのか? そうなのか?」
閑な少女たちの話 了
博麗霊夢は苛立っていた。
里人から妖怪退治を請け負ったは良いが、その妖怪の気配が一向につかめずにいたからだ。
「話によればこの辺りなんだけどなぁ」
霧雨魔理沙がいつもの湖が見える森の入り口で額に手をかざし周囲を見渡す。
「黄色か金色の毛をした小さな妖怪が人里の入り口付近でイタズラをするんですよね?」
東風谷早苗が依頼内容を確認する。
「チッ」
「背後からおどかしたり、足を引っ掛けたりと大したことはやっていないようですがね」
「んで、この辺りで姿を見失うことが何回かあったんだとさ」
「でもここいらはチルノちゃんたちのテリトリーですよね」
「ああ、でもアイツらが今更人間にイタズラする理由は見あたらないぜ」
「チッ」
「証言がどれもあやふやだからなぁ」
「妖怪って元々曖昧なもんですしね」
「まーそうだけどさ」
「此度の妖怪って毛羽毛現(けうけげん)じゃありませんか?」
「あの毛むくじゃらのヤツのことか? でも毛羽毛現は黒か茶色なんだろ?」
「変種かもしれませんよ?」
「チッ」
「なあ霊夢、いい加減その舌打ちやめろよ」
「……膣」
「ぅおいっ!」
「最低オブ最低ですね。――あ」
早苗が何かに気づいた。
「どした?」
「あそこで何かふわふわした黄色いのが見えました!」
「よーし、居やがったわね! ここで仕留めてやるわ!」
「待てよ、確認が先だろ?」
「逃げられたらモコモコないわよ!」
「正しくは、元も子もない、ですね」
「確かに黄色っぽいけどあれは違うだろっ」
「背を向けている今こそが勝機だわ!」
「あ、待ってください、あれって――」
「うおぉしっ! いっくわよー!」
戦闘巫女のダブルタ●フーンが甲高いモーター音を響かせる(これはウソ)。
両足が橙色の炎に覆われ、その炎が黄色から白色に変わる(イメージとして)。
とおっ と叫んで宙に飛んだ霊夢が一回転して妖怪らしき〝それ〟の背に照準を定める(ここはホント)。
「霊夢、待て! おい、アホ! 待てって!」
「ヴイスリャー 火柱キィヤアァーーッ!」
ドボッ ズガガガーーン
豪快に蹴り飛ばされた〝それ〟は盛大に転げまくり、爆散こそしなかったが、うつ伏せのまま動かなくなった。
「えーと、今のって……ルーミアちゃん、ですよね?」
少ししてピクッピクと蠕動しだした闇妖怪。
どうやら命はあるようだ。
「おい! 霊夢! これ、どーすんだよ!」
ルーミアを指差し、激しくなじる魔理沙。
霊夢は腰を落とし蹴撃後の残心を保ちつつも、目は泳いでいる。
「…………誤チェストにごわす」
――― そーなのかー ―――
うつ伏せのルーミアの指先がダイイングメッセージを綴っていた(死んでないけど)。
「おまっ! それですむのかよっ!」
―――†―――†―――†―――
「あれは手加減したんだからね、ふんっ」
仮面ラ●ダーのなかで総合戦闘力(含キャラ濃度)は最強と謳われる●3とだいたいどっこいの強さの博麗霊夢。そのマジ蹴りを食らったとしたら小妖程度なら木っ端微塵になり再生不可能だ。手加減云々は本当なのだろう。
あの後、毛羽毛現の黄色い変異種を魔理沙が捕まえた。
『悪さしたら〝あれ〟が炸裂するからな。
毛の一本も残らないぜ、分かったか?』
霊夢を指差しながら説教する。先刻の惨劇を目の当たりにしていた毛玉妖怪はすごい勢いで頷いていたので放してやることにしたようだ。
あまり納得のいっていない戦闘巫女がメンチを切り飛ばすと足をもつれさせながらあたふたと森に逃げ込んでいって一件落着となった。
気を失っていたルーミアがようやく意識を取り戻した。
「おろ?……ここは誰? 私はどこ?」
思考が混濁しているようだ。
いや、ルーミアの場合、平常運転か。
「やっと気がついたか」
かけられた声に反応してキョロりと見渡す。
「まりさ? さなえも? ……レ●ドマン?」
「はあ? 何よレ●ドマンって」
「【赤い通り魔】と呼ばれた昔の五分間ヒーローですね」
「ふん、つまりヒーローなわけね?」
通称はともかく、ちょっと得意げに問いかける霊夢。
「特撮史上最も残虐で理不尽で容赦のないコンバットマンでしたね」
「なによそれ、ヒーローなの?」
「おい、お前たち、それはどうでもいいだろ。ルーミア、どっか痛くないか?」
「んーっと……背中が、いや、体中いたいよ。何があったのかな?」
状態の申告に対し、闇妖怪を囲むようにしゃがんでいた三人は視線を交わしながら顔色を曇らせる。
(正直に言って謝ったほうが良いと思うぜ)
(全面的に同意します)
(……不本意だわ)
(ごまかすのは無理があるだろ)
「おーーい! みんなー!」
紛糾するアイコンタクト会議を中断させたのはトラブルアクセラレータとして定評のある氷精チルノだった。
片手をブンブン振りながら近づいてくる。ちょっと遅れて専属ストッパーの大妖精がサイドポニーを揺らしながらついてきている。
「どしたんだー? あれ? ルーミアも?」
「えと、あのさ、ルーミアちゃんなんだかボロボロだね」
「あっホントだ。ねえ、まりさー、なにがあったんだ?」
「あーあのな、ちょっとした勘違いにルーミアが巻き込まれたって言うか何と言うか……」
「ふーん、かんちがい? ふーん?」
腕組みして難しい顔をして考え込むチルノ。
やがてポンッと手を打つ。
「わかった! きっとれーむが、あんましたしかめないでルーミアをぶっ飛ばしたんだな?」
「おおおおーー!」×3
九割九分九厘九毛九糸、正解だ。
あんまし(あんまり)ではなく、全く、だが。
氷精チルノ、普段はデタラメなフルスイングでOBを連発しているが、極希に真芯を喰って四百ヤード近くのドライバーショットを放つ。
虎林さんもビックリだね。
―――†―――†―――†―――
「そんな訳で、お詫びにご馳走することになったんだけどな」
「はい、だいたい理解しました」
魔理沙のざっくり説明に魂魄妖夢が応えた。
博麗神社に戻った三人組、補償対象のルーミアは回復しきっていなかったので魔理沙がホウキの後ろに乗せてきた。
魔理沙とルーミア。白いシャツと黒のジャンパースカート、艶のある金髪、どちらも黙って動かなければ美少女であり、美幼女なのは間違いないのだから重なっていると姉妹に見えないこともない(……伏線……ゲフンゲフン)。
チルノと大妖精もちょっと遅れてだが当たり前のようにやってきた。ご相伴に預かる気満々だ。
「して、ご馳走は何にするのでしょうか?」
「そこが問題なんだぜ」
妖夢が神社にいるのは命蓮寺での寅丸星との週一稽古の帰り際、菜園の主である雲居一輪からゴボウと長ネギをたくさんいただいたのでおすそ分けに立ち寄ったからだ。
西行寺幽々子から稽古の日は終日フリーを許されている妖夢はこのドタバタに付き合うことにしたようだ。
「それでー、材料は何があるんですかぁ?」
やる気十分の早苗が神社の厨房をわがもの顔で漁りまくる。
「さなえぇ! 勝手してんじゃないわよ!」
「相変わらずロクなもんがありませんね。ニンジンと……なんでニラがこんなにあるんですか、傷みやすいんですから早く食べなきゃですよ」
「だからぁ! 勝手すんなぁ!」
「台所だけに勝手ですね。へははは」
「はり倒すわよ」
「んー、ニンジンとニラがたくさん、妖夢の持ってきたゴボウと長ネギか――なんだチルノ?」
チルノが食材を確認している魔理沙をつついていた。
「はい、これ」
チルノが差し出したのは風呂敷包み。
「なにこれ」
「おそそわけだよ」
「粗相は分けて欲しくないわね」
霊夢が片眉を上げる。
風呂敷をほどいてみると一玉のキャベツだった。
「どうしたんだこれ?」
「みすちーからもらったんだよ」
ミスティア・ローレライの屋台ではヤツメウナギの串をはじめ、焼き物にはちぎったキャベツを添えている。
「多く仕入れちゃったんだって。いっこもらった」
「少し遅れたのはこれを取りに行ってたのか」
「うん、イツモオセワニナッテイマスカラ」
「なんだよその棒読みは」
「大ちゃんがそうしようって」
ぺこっとお辞儀するサイドポニーがふわりとゆれた。
「ふむ、殊勝なことね。苦しゅうないわ」
少し上を向き鼻を膨らませる霊夢。
「どうしてそんなに上からなんですか? でもこのキャベツ、瑞々しくて美味しそうですね」
「丸ごと一個か。なあ早苗」
「はい?」
「これ、何秒で食べられる?」
「はあぁ? なに言ってるんですか?」
「そうねぇ、早苗なら四十秒くらいかしら」
「そっ それはスゴいですね。恐れ入りました」
「妖夢さんっ 真に受けないでください!」
「さなえー、これ、まるかじりするのか?」
「あの、えと、切ってから食べたほうがいいと思います」
「食べませんよ! なーんで、そんな話になるんですかっ!」
―――†―――†―――†―――
「そろそろ品目を決めませんと時間が厳しくありませんか?」
妖夢が軌道修正を試みるが。
「ニラを使いたいから、ご飯を炊いてニラ玉丼かしら?」
「もうちょっと頑張ろうぜ」
「そうですよ。お詫びなんですからもっと豪勢にいきましょう」
「アンタが食べたいだけでしょ?」
なかなか決め手が出ず、難航している。
「はっけよーいっ のこったぁ」
庭から大妖精の元気な声が聞こえた。これはかなり珍しい。
「およ? アイツら、何してるんだ?」
立ち上がって庭側に移動する魔理沙。つられて三人もついて行く。
「チルノちゃんとルーミアちゃんが相撲を取っていますね」
氷精と闇妖が抱き合って押し合っていた。
「なんだか微笑ましいですねぇ」
妖夢がクスッと笑う。
「つか、ルーミアのヤツ、さっきまでグッタリしていたのに大丈夫なのかよ」
「ふん、あの闇妖怪はあの程度の攻撃、なんてことないのよ」
「霊夢さん、それってどういうことですか?」
赤巫女の意味深なセリフに緑巫女がすかさずツッコむ。
「チッ……今のはナシ、忘れて」
「え? 気になりますよー、なんなんですか」
接吻するほど接近して食い下がる早苗の顔面をガッシと掴む。
「近い! 近すぎるわよ! 忘れろって言ったでしょ! 物理的に忘れさせるわよ!」
掴んだ手の甲から筋が浮き始め、ミシりと軋音が。
「……ぷぁい ふぁかりまひたぁ」
―――†―――†―――†―――
チルノ海とルーミア山の対戦は決着がつかず、水入りとなった。
「あたいたち、ゆーぎに勝ったよ」
ひと休み中の氷精が言い放った。
「相撲でか?」
「うん、あっしょーだった」
「どーゆーこと?」
「みんなで力を合わせて押し出したんだ」
「何があったんでしょうかね?」
チルノの難解な説明を大妖精がポツポツと補うことでようやく話が見えてきた。
数日前、星熊勇儀と水橋パルスィが上白沢慧音の寺子屋に遊びに来た際、力比べの話になりそれなら相撲を、となったようだ。妖精・小妖の群をあしらいつつも最後は鬼が押し出されて軍配はチルノ組にあがったらしい。地方巡業の子供相撲のノリだ。
「そのあと、とらまるも来てゆーぎとすもうをしたんだよ」
「寅丸さんと怪力乱神の鬼の相撲ですか!」
突然、妖夢が喰いつく。
「どーしたのよ妖夢」
「あ、その、見たかったなと」
「巨乳相撲をか?」
「そうではありあません!」
幻想郷【乳八仙】の中でも質量上位の二人による組んず解れつの肉弾戦。これは見逃したくない。
だが妖夢がバイトオンしたのはそこではない。その正体は剛力無双の大妖獣である寅丸星、怪力を誇る鬼族の中でも出力最大と謳われる星熊勇儀。この二人が本気で相撲を取ったならどうなるのだろうと武道家としての純粋な好奇心からだった。
「えと、五回勝負してどちらも二回ずつ勝って一回は引き分けでした」
大妖精が結果を的確に伝えた。
「ほー、互角だったんだ」
「へー、鬼の方が強いと思ったけどね」
「相撲は単なる力比べじゃありません。武術なんですよ」
魔理沙と霊夢のボンヤリとした感想に対し妖夢がやや力を込めて言い返した。
「ちなみに勝ち星の順番はどうだったんですか?」
さらに突っ込む半妖剣士。
「じゅんばん?」
「勇儀さんが二回勝って三回目は引き分けて後の二回は寅丸さんが勝ちました」
チルノを飛び越してまたも大妖精がナイスレポートした。
「ふーーむ」
それを聞いて腕組みして考え込む。
「妖夢さん、その勝ち負けの順番って意味があるんですか?」
「はい、寅丸さんは前半で勇儀さんの力の【質】を見極めたのでしょう。いなし、流し、利用する術(すべ)を使って後半巻き返したのだと思われます。さすがです」
うむうむと満足そうにうなずく妖夢。武術の師匠でもある寅丸へのリスペクトが強い。
「でも、あたいたちの方が強いよ」
「はいはい」
話についてこれないチルノが割り込もうとするが魔理沙にあしらわれる。
「はい、は短く一回だけだよ!」
慧音に躾られているチルノが思い切り注意した。
「はいはいはーーい」
「もーー!」
地団駄を踏んで悔しがる様を見つめていた霊夢が何かに気が付いたように目を剥き、やがて口の端をキュウウと吊り上げた。
「あ、霊夢さん、ワルい顔ですね? 何を思いついたか当ててみましょうか?」
「な、何を言っているのよっ」
早苗の指摘に狼狽する悪巫女。
「ズバリ妖精相撲ですね! 小さくて可愛い妖精たちの取っ組み合い【ポロリもあるよ】これって興業として成り立つのでは?
そんなところでしょうか、ハハン? フウー」
DOYAフェイスからのYAREYARE。
「な、なな、ななななななっ」
正解です、と言っているようなモノだった。
ウェル●ム・トゥ・ザ・ジャ●グル、じゃあるまいし。
「はぁ~ しょーもないなー」
「感心できる事では無いかと……」
魔理沙と妖夢にも呆れられている。
「そ、そんなななっななっ」
―――†―――†―――†―――
「今は廃れちゃったけど、昔は神社主催の奉納相撲があったみたいよ」
動揺から立ち直った霊夢の昔語り。
「ところで相撲ってスポーツなのか?」
「元々は武道でしょ?」
「神事じゃないんですか?」
「はい、確かそのはずです」
幻想郷有数のコモンセンス、魂魄妖夢が答える。
徒手空拳での力比べや取っ組み合い、古来世界各地で行われてきた。この国では古事記や日本書紀に力比べの神話が記されている。
国譲り。国土を賭けての取っ組み合いでタケミカヅチにコテンパンにされたタケミナカタが出雲から諏訪湖まで逃げたとかなんとか。あまり突っ込むと神奈子様の機嫌がダダ下がりになるのでこのくらいで。
「足を上げてドスンって踏み潰すアレってなんだっけ?」
「四股のことですか?」
「そう、それだぜ」
「アレは簡単そうで実は奥が深いと聞きますね」
妖夢が少しだけ眉根を寄せて答える。
「私、四股、踏めるわよ」
「霊夢? そうなのか?」
「神事の一つだもの」
「私はやったことありませんけど?」
「あんたがマガいモノだからよ」
「どーしてそんなこと言うんですかっ」
「でも巫女さんは人前で相撲はしないだろ」
「当たり前でしょ。やり方を知ってるってだけよ」
「霊夢さんならマワシが似合いますよ、おっと」
掴みかかろうとした霊夢をひょいっとかわす早苗。
「昔は霊夢とも相撲したんだけどな。もうやってないぜ」
「そう言えばそうね。なんでやらなくなったのかしら?」
「お前が【がぶり寄り】を覚えたからだぜ」
忌々しそうに言う魔理沙。
「……あっ思い出した。 私、【がぶり寄り】は魔理沙にだけしか使わないって決めてたんだわ」
「はぁ? なんだよそれっ」
「あの激しい上下動、あの時これが決まり手だと私の心が吠えたのよ!」
「なっ」
「この腰のワイルドムーヴはアンタに捧げるって!」
「ちょ、まてよ」
「爆愛の発現ですね! 情熱の嵐ですね!」
「早苗! おまっ 笑いながら言うなよ!」
「えーと、お熱いですね、妬けちゃいます?」
「妖夢、無理して合わせなくていーんだよ!」
高度? な展開に氷・闇・大はポカーンとしたまま置いてきぼりだ。
「ねえ魔理沙、【がぶり寄り】嫌だったの?」
「嫌に決まってるだろ!」
がぶり寄り。若い女性が冗談半分で相撲をとったとしても、この技は使わないよね。
「お前の【がぶり寄り】はその場でユサユサするだけで進まないじゃんか!」
「そ、それって技なんですか?」
「絵面がヒドそうですね」
「ねえ魔理沙、私と相撲とろっか」
「ここで〝いいぜ〟って言ったら『話の流れに整合性がない』『キャラの性格設定に矛盾がある』ってコメントがくるぜ」
「つまりどう言うこと?」
「嫌だってことだ!」
「んー【がぶり寄り】は禁じ手にするから良いでしょ?」
「霊夢さん、他に技を持っているんですか?」
「もちろんよ。相撲は四十八手といわれているでしょ?」
「ホントはもっとあるらしいですけどね」
妖夢の指摘は外れてはいない。多種多様であることを示すそれっぽい数字で表しているだけだ。
「私の得意技はねー、松葉崩し、椋鳥(むくどり)でしょ、それから御所車かしら?」
「それってどんな技なんだ?」
「やってみようか? こっちおいで」
「すとっぷ! すとぉーっぷぅ!」
中途半端耳年増の早苗が顔を真っ赤にして割って入った。霊夢以外は訳も分からずきょとんとしていた。
―――†―――†―――†―――
「そんじゃ、見ていてね」
膝丈の短パンとTシャツに着替えた霊夢が素足で裏庭に立った。
「その服どうしたんだ?」
「いわゆる〝あちらの〟体操着ですよね」
「霖之助さんからいただいたのよ」
「ふーん、アイツの趣味なのかな?」
「意外ですね」
「これは拡散希望と言うことで良いんですかね?」
香霖堂の店主は絶食系男子と揶揄されているのに妙な風評被害が広まりそうだ。
それはともかく、四股を踏んでみせることになった博麗の巫女さんが静かに直立する。
「まず、基本の構えよ」
足幅は、肩幅よりもやや広い程度。
つま先を横に広げるために膝は左右に大きく開く。
手は両肩の力を抜いて両膝の上に軽く置く。
心持ち前傾姿勢で腰はまっすぐに深く下ろす。
顎を引き、視線は前方を見据える。
「ほう、うむむ」
妖夢が思わず声に出して感心する。今の霊夢は自然体なのに隙が見当たらない。
「んで、動作ね。右からよ」
息を吸い込みながら右足を上げていく。反動を使うのではなく、腰の力で引き上げる。この時つま先には力を入れず自然と下を向いている。そして上げた右足がピタリと静止する。
「こんとき大事なのは軸になっている左足よ。全体をしっかり支えるの。……こっから下ろすわよ」
息を吐きながら、つま先から足を下ろす。力任せに踏み下ろすのではなく、自然に足を落とす程度の力だ。同時に一つの動作の流れを止めずに腰を深く沈める。下ろす位置は元の位置よりも若干手前で、やや外に滑らせ気味にして元の位置に戻した。
「思ったより地味なんですね。あちらの土俵入りは一端足を内側に引いたり、下ろしてから腰を割ったりと色々複雑で派手だったような気がしますが」
早苗が言っているのは横綱の土俵入りの四股。あれはセレモニーのための四股踏みで、トレーニングをかねた正式な型をアレンジしたものなので仕方がない。
とすん とすん とすん とすん
早苗の茶々を無視して一心不乱に四股を踏む霊夢。
「……これは……見事です」
妖夢はいっそう感心している。
静かな型であるはずなのに踏み下ろした足、膝を押さえた手に自然と力と気が入る。呼吸二つ分ほどの間は残心を想起させ隙がない。
この四股によって地底にいる妖(あやかし)、魔(まがもの)、何かが飛び出そうものなら即座に叩き伏せてみせるとの気概を感じさせた。
さあ、出て来い! 存分に相手になってやろう!
出てこぬのなら今暫くはおとなしくしておれっ!
とすん!
古くは地鎮、土地清めの神事として四股を踏むことがあったらしい。博麗の巫女のそれは十分に説得力があった。
妖夢はもちろんのこと魔理沙、チルノたちでさえ見入っていた。
「でもー、女子が四股を踏むってどうなんですか?」
一人を除いてだが。
「アンタがやってみろって言ったんでしょうが!」
―――†―――†―――†―――
「で、ちゃんこ鍋なんだな?」
「はい、相撲で盛り上がりましたからここはちゃんこ鍋でしょう」
つい先ほど拵えたタンコブも気にしていない早苗がメニューを決定した。
「アンタ鍋物好きよね」
「鍋物はそれぞれがどんだけ食べたか分かりにくいからウルトラ大食らいの早苗には有利なんだろうぜ」
「あ、なーるね」
「うると……魔理沙さん! 訂正してください!」
「そんで、どんな鍋にすんのよ」
「一口にちゃんこと言っても色々あるらしいぜ」
「そもそも力士の食事全てをちゃんこと称すると聞きますね」
「皆さん! なんでスルーなんですかー!」
「早苗、どんなちゃんこがお勧めなんだ?」
「へ? あ……えーとやっぱりソップ炊きですかね? かの大横綱大鵬もちゃんこの基本はソップ炊きだと言っていましたし」
「スゴい立ち直りの早さね」
「無限再生する高位の軟体妖獣の如しです」
何気に妖夢の例えが苛烈だった。
ちゃんこ鍋の分類は諸説あるが、ざっくりと二種類に分けてみる。ちり鍋風(水炊き)と出し汁やスープで炊いたものだ。
ちり鍋はほとんど味付けしない水で具材を煮て各種ポン酢や調味されたタレにその都度つけて食べる。
もう一つは醤油、塩、味噌をベースにスープを作り、そこに具材を投入し基本そのまま食べるのがスープ炊き。今はカレー、トマト、キムチ、ミルクなどをベースにしても良く何でもありだ。
早苗からソップ炊きの材料を聞き出した霊、魔、妖は準備の分担を考える。---結果
・買い出しはW巫女と魔理沙、チルノとルーミア。
・留守番下準備は妖夢と大妖精。
今回の割り振りは主に魔理沙が行った。
鶏肉屋に顔の利く霊夢は買い出し班のマスト。
細かい買い物は魔理沙と早苗。ここまでは良い。問題はチルノとルーミアなのだ。
「チルノたち連れて行く必要あんの?」
「じゃあ、留守番させるのかよ」
「チルノに……それも不安ね」
「あたいのファンなの?」
久方ぶりに出た自分の名前に飛びつく。
「まー、そんなところね」
「んじゃ、サイン書こうか? あたい書けるようになったんだよ」
「ホントかよ?」
そう言って相方の妖精に顔を向ける。
「はい、慧音先生の寺子屋で教わりましたから」
「そりゃスゴイな」
「まりさ! なんで大ちゃんに聞くのさ!」
「わりーわりー、あんま気にすんなよ」
「まったくー、で、れーむ、サインはどこに書く?」
「それはまた今度お願いね。ちょっと遊んで待ってて」
チルノをいなした霊夢は魔理沙たちを部屋の隅に集めて打ち合わせを再会した。
「とにかくチルノとルーミアをフリーにしたら百発百中で面倒事を起こすぜ」
「んー、確かにね」
「だから私達と一緒に買い出し班にするべきだぜ」
「連れて行くのはチルノちゃんだけで良いのでは?」
言いながら早苗が少し首を傾げる。
「私見だけどな、ルーミアはチルノより厄介だぜ。チルノは忘れた頃に特大ホームランのトラブルをかっ飛ばすヤツだけど、ルーミアは長打こそ無いが首位打者を目指せるくらいコンスタントに小さいトラブルを起こす。守備側にとっては実にイヤな相手なんだぜ」
チルノたち妖精と小妖達との付き合いが長い魔理沙が主張する。
「守備側ってなによ」
「なんとなく分かります」
―――†―――†―――†―――
「……え」
留守番下準備組に回された大妖精はずっと困惑しっぱなしだった。
「大丈夫だ。妖夢はまともだから怖がらなくて良いぜ。
んじゃ、行ってくるぜー」
大妖精と妖夢がお留守番。下準備は妖夢がいれば大丈夫だろうが、もう一人くらいサポートがいた方が楽だろうとの配慮だった。それならチルノ組で一番使えそうな大妖精を残すことにしたのだが。
「あのー」
「はひぃ!」
「えーと……ご飯、炊いておきましょうか?」
「は、はいっ」
台所に向かう妖夢に大妖精がのろのろとついて行く。
妖夢は困っていた。この小さな妖精は自分に怯えまくっている。刀を振り回し、ちょっとアレだった頃のイメージが強く残っているのだろう。怖いモノ知らずのチルノや怖いと言う感情を正しく理解していないルーミアはともかく、一般的な妖精や小妖怪にとって元辻斬り剣士魂魄妖夢は今でもおっかない存在なのだ。
こればかりは自分のせいなのでとりあえず楼観剣と白楼剣はまとめて部屋の隅に置いているが警戒を解かせるには足りない。
「皆は一緒に遊ぶことが多いの?」
「……はい」
「ご飯を一緒に食べることも?」
「……はい」
どうにもうまくない。
会話がキャッチボールだとすれば、一応受け止めてくれるのだが球を返してくれない。一方的に手持ちの球を投げ続けるだけなのでいずれ〝弾切れ〟になってしまう。
作業が始まってしまえばほとんど会話は無かったが何故だか阿吽の呼吸でストレスなく進んでいく。
妖夢が米を探している間にザルを見つけ、米を研いでいる間には必要量の薪をかまどの前に用意する大妖精。非力ではあるが先が良く見え、気が利き好感が持てる。
米を炊き始めたら少し時間ができる。
ふわふわ揺れる大妖精のポニーテールをぼんやり見ていた妖夢は新たなコミュニケーションの術を思いついた。
つんつん
大妖精の左肩を誰かがつついている。
はっと左を向くが誰もいない。妖夢は自分の右側にいてかまどの火加減を見ている。
気のせいかな?
つんつん
またつつかれた。
今度は急いで首を回すがやはり誰もいない。
気のせいじゃない。何かがいる。
実はこのシチュエーションに慣れている大妖精。後ろから肩をつついて素早く反対側に隠れるのはチルノの定番のイタズラだからだ。なので対応策は持っている。スピードではとても敵わないので目で追うことは諦め、しつこく仕掛けてくる拍子(間隔)を測り、何度目かに先手を取るのだ。
気を抜いた様な顔をして前を向いてじっとする。
(ふぅ ふぅ ふぅ ……今!)
バッと左を向けば今にも肩をつつかんとしている白い何かがいた。
体ごと振り向けばその白いモノはひょろろと伸びていて妖夢の背中につながっていた。普段はあまり気に止めない半霊の尻尾(?)だったのだ。
「バレてしまいましたか~」
おどけた口調と仕草で満面の笑顔の半人半霊の剣士。
こんな姿はきっと誰も見たことがないのではないか。
「もー、イタズラはよしてくださいよー。……はっ」
つい、チルノたちに対するように喋ってしまい、慌てて口を噤んだ。
「うふふふー、ごめんねぇ~」
柔らかな笑顔は一向に崩れなかった。
それからは話が弾んだ。チルノの話、幽々子の話、共通点はお互い相方に振り回されて気苦労が絶えない、でも嫌じゃないんだよねー的な話で盛り上がった。
「あの、剣士さん」
「妖夢」
「へ?」
「妖夢と呼んでください」
「あ、はい。じゃあ……よーむさん」
「はい、何でしょう?」
「す、すみません、呼んでみたかっただけでした」
「うふふ、では、貴方のことは何と呼べば良いの?」
「えとえと」
妖精の真名は滅多なことでは明かされない。〝チルノ〟はアダ名であり通り名なのだ。これまで大妖精としか呼ばれてこなかったので困っている。
「大妖精さん?」
「それはちょっと」
「大ちゃん、は砕けすぎですかね。大さん……変ですね」
「はあ」
「ふむ、それではアダ名をつけても良いですか?」
「え? か、かまいませんけど」
「そうですね、可愛らしいポニーですから〝ポニさん〟と呼ぶことにしますね」
「ぽ、ぽにさん、ですか?」
「はい、いかかですか」
いささか安直ではあるが、妖夢はこのコとの特別な何かが欲しくなったのだ。
「ではポニさん、ニンジンの下茹でと他の野菜の下ごしらえをしましょうか」
「はい!」
今日一番の元気な返事だった。
―――†―――†―――†―――
博麗神社には土鍋がたくさんある。
一人用鍋が五つ、四五人用と七八人用が二つずつ。先代巫女は鍋好きだったようだ。そして霊夢自身が購った二三人用鍋、全体が淡い桜色で髪の毛のように細い金色の筋が緩やかに格子柄を描いているそれは魔理沙と二人っきりの時だけ使う特別な土鍋だ。霊夢は個人的に【愛育の鍋】と呼んでいる。見てくれはともかく中身はオッサンだが、乙女成分が死滅しているわけではないのだ。ちなみにこの土鍋、今回はもちろん出番ではないのでどうでもよろしい。
霊夢が手持ちの中で一番大きな土鍋をかまどに置いた。
「よっしゃ、今日はこれで行くわよ」
「ふーー、もうルーミアを連れて行くのはヤだぜ……」
なんだかお疲れの買い出し組の魔理沙。
「アイツ、豆腐屋で油揚げ齧ったり、八百屋でナス齧ったり、手の届くモノ片っ端から食べようとするんだ」
「それは困りものです。大変でしたね」
妖夢が同情する。
「注意すればおとなしくなるんだが、ちょっと目を離すとこっそり食っていやがるんだ。おい! ルーミアお前のことだ、分かってるのか?」
当の闇妖怪はきょとん。
「……私はお腹がすいている。そこに食べ物がある。だから食べる。私は満足する。まりさ、あんだすたーん?」
大きく目を開いて大げさに肩を竦めてみせるルーミア。
「むぐっ、ここは我慢か。言ってもしょうがないしなぁ」
「魔理沙さん大人になりましたねー」
「早苗! お前も見てたんなら止めろよ! まったくチルノの方がまだマシだぜ!」
チルノは霊夢と鶏肉、鶏ガラの買い出しに行っていたようだ。
「そうね。今回はチルノが役に立ったわよ」
「へー、どうしたんですか?」
「ウズラの玉子があってさ。チルノが『このちっちゃい玉子おいしいの? どうやって食べるの?』って熱心に聞くからお店の人が気を良くしちゃってたくさんオマケしてくれたのよ」
「ほえー、随分もらったな。四十個位あるぜ」
「茹でたら具材に良さそうですよ」
「そんじゃ、作るわよー」
霊夢の号令で作業開始。
・コンニャクは一口大に手でちぎって湯がく。
・油揚げは半分に切ったほぼ正方形に×印に刃を入れ、三角をたくさん作り湯通しして表面の古い油を落としておく。
この作業は早苗とチルノ。コンニャクをちぎるのが楽しいチルノがノリノリで働いている。
・鶏ガラ二羽を洗って水から煮立てアクが出てきたら弱火にして丁寧に掬う。
これは鶏の扱いに慣れている霊夢が行う。
・その他の具材は妖夢と大妖精が担当した。
ニンジンは下茹で済み。全部の具材を豪快にごった煮にして食べるのがお相撲さんのちゃんこだが、ごろっと切ったニンジンが柔らかく煮えるまで待っていたら一緒に入れた鶏肉は硬くなってしまう。
ゴボウは荒い笹掻きにして水にさらしておく・
ニラ、キャベツ、長ネギは口当たりの良い大きさにざっと刻む。
玉ねぎは大きめのくし型に切っておく。
メインである鶏モモ肉(二キロも買ってきた)は一口大(親指と人差し指でオーケーマークを作り、その外周くらい)に刻む。大妖精は包丁使いもなかなかだった。
・ウズラの玉子は七輪に鍋をかけ(かまどは二つ口、米とニンジンは出来上がっているが、火口が足りないので)ひたひたの水に玉子を入れる。強火にかけ、ふつふつ言出したら菜箸で転がすように混ぜる。
沸騰してから二分たったら火を止め、さらに二分放置し、その後冷水にさらす。
ここの担当は魔理沙とルーミア。茹で具合は魔理沙が担当したがここからが少々面倒なのだ。
玉子がさめたら、小鍋に入れ、蓋をする。やさしくシェイクする。二十回程度かな? 全体に細かいひびが入る。
ヒビができたら水に漬ける。薄皮と玉子の間に水が入り込み、剥きやすくなる。ウズラの薄皮はしっかりしているので剥きやすい。
ルーミアが思ったよりキチンと剥いている。これなら任せてもいいかと魔理沙はスープの調味にとりかかる。
「鶏ガラ、オッケーよ」
タイミング良く霊夢から声がかかる。
「よし、スープ作るぜ」
早苗からソップ炊きの概要を聞いていたので味付けのイメージは出来ている。
『甘塩っぱくてコクがあってしつこくなくていくらでも食べられるんです』
なんともざっくりした話だが魔理沙は自信があった。
鶏ガラが引き上げられた鍋(推定スープ量五リットル)に砂糖三百グラムドサドサ、醤油八百シーシーどぼどぼ、お酒とみりんは百ずつちょぼちょぼ。
味見をしながらうんうんと納得している魔理沙。
調味料の豪快な消費に霊夢が真っ青になっている。
「霊夢、気にすんなよ。ウマいちゃんこになるからさ」
「そ、そうね。そうだと良いわね……」
「鶏団子があるとさらに良いんですがねー」
「イヤよ、面倒臭い」
「んー、まあ今回は時間もないし省くか。代わりがウズラの茹で玉子ってところだぜ」
鶏団子は超素敵メニューなのでいずれってことで……
「さーて、ちゃんこ鍋、行くぜぃ!」
鶏モモ肉とタマネギを最初にどばどば投入。タマネギの甘味がスープに溶け出すまでじっくり煮込む。
「そろそろ良いかな?」
「良いと思います」
油揚げ、コンニャク、ニンジン、キャベツ、ニラ、長ネギを次々と投入する。
人間と同じように二本脚で立つ鶏から縁起を担ぐ意味で、肉は鶏が最も多く用いられている。かつては『四ん這い』は『手をついて負け』という連想から、牛や豚などの四足動物の肉は避けられていたが、昭和四十年頃からはこれらもよく使われるようになったそうな。
「おい、ルーミア、ウズラの玉子入れてくれよ」
「ほぐ、ほぐ、まかへへ」
「おまっ! 何で食ってるんだよ!」
ほっぺたをリスの頬袋のように膨らませたルーミアに拳骨をくれる。
「あ、ああー、二十個くらいにしかないぜ。お前、いくつ食ったんだよ」
「ほぐ、もぐもぐもぐ、うん、旨かった」
まったく悪びれてない。
「くそぉ、目を離した私の責任かよ、取り敢えずあるだけ入れろよ」
「おっけー」
ころころ、とぽとぽ、ころころ、とぽとぽ
「ここにアク取りの時に取っておいた鶏油(チーユ)を垂らすと美味しいんですけどね」
「何よ、そんなん捨てちゃったわよ」
「鶏皮を煮込んで油を煮詰めておくと色々使えるらしいのですが」
「だから今言うなっての」
「すみません、でもその油を垂らし込むと旨みがグッと上がるんです」
「たらし込むの? 魔理沙に頼めば良かったわ」
「誑し込むなら魔理沙さんですよね~ へははは」
「お前ら、人聞きが悪いぜ」
そうこうしているうちに部屋中が甘辛い香りに包まれ、グツグツとイイ感じになってきた。
「これはおいしーにおいだ! 絶対だよ!」
チルノの言に皆が頷いた。
―――†―――†―――†―――
「ごっつあんですっ」
出来上がったちゃんこ鍋に早苗が手刀(てがたな)を切った。
「なにそれ」
「ちゃんこ鍋を食べる時の正式な作法です」
博識なようでいて所々抜けていたり間違っていたりするのが早苗クオリティ。
「ふーん、作法ならやってみるか」
「こう?」
チルノがブンブンとチョップする。
「んー、ちょっと違います。順番があるんですよ」
懸賞のかかった取組の勝ち力士が勝ち名のりを受け、行司が団扇に載せて差し出す懸賞を受ける際の作法。
真ん中が天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、正面が高御座巣日神(たかみむすびのかみ)、裏正面が神産巣日神(かみむすびのかみ)で、この勝利の三神に感謝する意味で切るものとされ祝儀の上で東なら真ん中・右・左、西なら真ん中・左・右の順で手刀を切るのが正式であるらしい。
「それではよろしいですか?」
音頭を取る早苗に皆が頷く。
「ごっつあんですっ!」×6
揃って手刀を切り、ようやくいただきます、だ。
魔理沙と妖夢が皆の分を小丼にとりわけ、早苗がご飯をよそう。
「あふっ あふっ」
「チルノちゃん、少し冷まさないと」
魔理沙はまずはスープを啜った。まだ煮え始めだから甘塩っぱさが尖っているがなかなか美味しい。
(具材をどんどん追加していって時間が経てば味もまろやかになって旨みも増すに違いないぜ)
「こりゃイケるわね」
がふがふと鶏肉を頬張る霊夢。砂糖の入れすぎだと思ったが、この甘味が良い。口中に肉が残っているうちに追いご飯をかき込む。行儀が悪い。だがこれが良い。
妖夢は一つ一つ具材を噛み締め味わっている。
(鶏肉はもちろん美味しいけど、キャベツとニラのシャキシャキ、コンニャクのクニュクニュ、食感も楽しい。栄養の釣り合いも良さそうだし、大勢で食べられるのが一番かも)ここでスープを一啜り。(スープが美味しいのよね。タマネギとゴボウ、あと油揚げがスープの主役かしら?)
早苗は魔理沙が最初によそってくれた分のコンニャク、ニンジンの比率が妙に高いことに気づいたが、次は自分でよそえば良かろうなのだと前向きだった。
「これっ おーいしー! おりょ? ウズラがないぞ?」
「ルーミア! お前はさんざん食べただろ?」
「む、味のついた玉子も食べたいな」
「ダメだ」
「一個だけよ」
霊夢がルーミアの丼にぽちょっと入れた。
「お? さんきゅーさんきゅー」
霊夢のお詫びはウズラの玉子一個で終了したようだ。
「大ちゃん、あーん」
「恥ずかしいよ」
「ほほえまひーえすえー はぐはぐはぐ」
「お前、少しは遠慮しろよ」
「ポニさん、自分もしっかり食べなきゃですよ」
妖夢が大妖精におかわりをよそってやる。
「ありがとうございます、よーむさん」
「ポニさん?」
「何だそれ?」
「大ちゃんのことか?」
「つか、お前たちいつの間に仲良くなってんだよ?」
妖&大は一瞬目を合わせたあと笑ってごまかした。
三回ほど具材を炊き直し、ようやく終わりが見えてきた。もうお腹いっぱいだ。一人を除いてだが。
「さーて、シメですねー」
早苗は小丼にご飯をよそい、残り汁をダバダバぶっかけ、さらには生玉子を落とし、わしわしと豪快にかき込んでいる。旨そうだ。
皆、十分にお腹がくちくなっているが、これを見せられてはたまらない。残り汁、実はここに食材のエキス・栄養が溶け出ていているので残すのはもったいないのだ。具材の切れっ端も乙なものだし。
「もうちょっと行ってみるか」
「そうね」
「美味しそうですものね」
「ごっつあんでーす!」
「チルノちゃん、お腹大丈夫?」
「イくのか? そうなのか?」
閑な少女たちの話 了
1番様:
素早いレスポンスありがとうございます! 生きておりました、えへへへ…
思ったよりも充電期間が長くなってしまい、充電し過ぎでちょっと壊れちゃいました。
でも、もう大丈夫。ポツポツ投稿してまいりまーす。
4番様:
待っていてくれたヒトがいた。戻ってきて良かった、ホントに良かった。
気力は全く落ちておりません。次作は然程お待たせしないと思います(きっと)
それぞれの作品にキャラと料理と風俗を自分なりに丁寧に盛り込んでいるつもりです。
まだまだ書きたいアイデアはありますのでノンビリお待ちいただけましたら幸いです。
ありがとうございます。