ああ。まただ。また“これ”か。魔法の森の薄暗さで目が覚めた私に嫌と言うほどの自覚をさせられる。
一ヶ月に一度、私がまざまざと“女”というものを感じさせられるのが来た。“これ”は嫌いだ。痛いし、なにも出来ないし、そしてなりより心細い。
私が“女”というのは分かっている。だけれど“これ”でわざわざ見せつけなくて良いじゃないか……クソッタレ。
流れ出る違和感と共に私の意識は途絶えた。
~*~*~
すん。と感じたにおいは血のにおいがした。
「……萃香、あんた怪我した? 血のにおいがするんだけど」
台所で味噌汁に入れる大根を切りながら縁側で酒を飲む萃香に問いかける。
「霊夢、鼻を悪くしたかぁ? 地獄にも行ってないのに血を流すような怪我なんかしないぞ。肉でも切ってるんじゃないのかぁ」
トントントンと切る音が響く。
「バカ言いなさいよ。今切ってるの大根よ。そもそも朝からお肉は食べないわよ。あんたが血の池地獄にでも行けば話は別」
「だから地獄に行ってないって言ったろ。行ったとしても、あんなじめじめした血の池地獄なんか行かない。私は寝る」
ドサッと、音がしたと思ったらすぐに萃香のいびきが聞こえてきた。
寝るのが早すぎる。萃香から血のにおいがしないのなら私が怪我をしたのか。昨日は魔理沙と弾幕ごっこをしたけれど私が勝った。浅い切り傷は出来たけれどすぐに塞がったと思う。
「ねー萃香ー……って寝たんだっけ」
今日の日付けを聞こうとしたけれど寝てしまっていて聞けなかった。昨日、魔理沙は帰る時に少しだけ身体を重そうに引きずっていた。それと血のにおいを感じるのは……恐らく。
味噌汁だけ作ったら魔理沙の家に行くことに決めた。
***
神社の留守番は寝ている萃香に任せて、私は魔法の森に向かう。
月末はいつも魔理沙は一週間ほど神社に来ない。家に籠っているから。いつもいつも苦しそうにしていて、私は耐えきれなくて三日目程に家に入る。ベッドに埋もれて動けなくなっている魔理沙を見ていたくはないから。
「お邪魔するわよ」
立て付けの悪い戸を引いて中に入る。家主の性格を表すかのような部屋。散乱する本やもの。それらを全て無視して二階の寝室へ。
「魔理沙、来たわよ……ってやっぱり」
ギィィと戸を開けたと同時に、においがする。月の物のあの独特の血のにおい。
「ううぅう……だれ……いたぃ……」
ベッドの中でもぞもぞと動く魔理沙。お腹が痛すぎて動くこともままならないらしい。
「魔理沙、私よ。悪いけど布団剥がすわよ」
そう言ってテキパキと掛け布団をとる。なにもせずに寝ていたんだろう、赤が散らばっていた。
「今からお湯を沸かしてくるから待ってなさい」
布団を赤に染めないように魔理沙にかける。台所に行こうとするとスカートを掴まれた。
「ゃ……いかないで……」
苦痛に顔を歪めながら、私に縋る。
「身体拭かないといけないでしょ。すぐに来るから待ってて」
「やだ……っ……」
「十分だけだから。すぐに行くから」
無理やり手を引き剥がして台所へ向かった。
***
沸かしたお湯を桶に入れて、脱衣場に干してあったタオルを三枚持っていって。
「魔理沙お待たせ。痛みはどう」
「うそつき……まったのに……おそ、い」
横たわる中で泣きそうになりながら話している。まだまだ痛そうだ。
「身体拭くから、服は脱いで。拭いたら敷布団洗うから」
そう言いながら布団を取って、ゆっくりとベッドの上に座らせて。痛いと呻く魔理沙をなだめながら、服を脱がし、タオルをお湯に濡らす。背中に回って金の髪をかき分けて身体を拭き始める。
「……あんた、また痩せた?」
「わかんな、い……」
拭くたびに痩せたように思える。ご飯は食べているんだろうか。そんなことを思いながらゆっくりと背中を拭いて、タオルを桶に置く。
「前は自分でするでしょ?」
こくん、と頷くのを見て絞り直して渡す。拭き始めるのを見て私は声をかける。
「いつもより酷そうだけどどうなの」
「……わかんない。痛すぎて何も考えられないから……」
少しだけ声は強くなったのでハッキリと聞こえるようになる。
「そっか。とりあえず布団は洗うから、ベッドに新しいの自分で敷いてよ」
そう言いながら私はベッドから立った。桶を持つ。
「……うん。それと服取ってきて欲しい……」
「わかったわよ。休んでなさい。寒かったら布団被っててよ」
桶を持って、二階から降りてぬるくなったお湯を流す。ものが散乱する部屋でも脱衣所に乾いた洗濯物が吊ってあるのは知ってる。普段の服には手をつけずにその隣に干してある黒のゆったりとしたワンピースを取って上に上がる。この服は菫子が掃除中に寝落ちしたとか何か言って魔理沙に押し付けていった服だった。本人は気に入っているらしいので何も言わないけれど。
「持ってきたわよ。布団敷き替えた?」
「うん、霊夢、ありがとう……」
服を渡して、魔理沙は着た。金の髪と黒の対比でとても大人のように見えたような気がした。普段の服と似ているように思うのになぜなんだろう。
「少し治まった?」
ベッドに座って寝転ぶ魔理沙に問いかける。
「薬飲んでないから、痛い……でも、一人でいるより、いい」
布団の中で話している。
「そうね。私布団洗ってくるわ」
「……やだ……ここにいて……」
ゆっくりと起き上がった魔理沙は私と背中合わせになるように座った。
「それなら寝てちょうだい。私はここにいるから」
魔理沙を布団にコテンと寝かせる。
「霊夢……少しだけでいいから、隣で寝てくれないか……」
「いいわよ。眠りなさいな」
隣に入ってからぽんぽんの魔理沙の身体を叩いた。痛みは余程キツかったのだろう。気が付くと魔理沙は寝てしまっていた。
***
眠る顔を堪能してから汚れた布団を外で軽く洗う。赤の色が見えなくなるまで、洗って玄関の前に干す。それがさっさと終わったら私は地面を蹴って空に飛んだ。
ギィィ……
「おや、いらっしゃい。霊夢じゃないか」
香霖堂の戸を開けるといつものように本を読んでいる霖之助さんがいる。
「こんにちは、霖之助さん。いつもの薬くれないかしら」
「それは魔理沙のかい?」
「ええそうよ」
そのやりとりで霖之助さんは本に栞を挟んで店の奥に行った。
魔理沙との付き合いは霖之助さんのほうが長い。そのため小さな時に風邪を引くと薬を煎じて飲ませるということもあったらしい。それは魔理沙からの話でしか聞いたことがない。永遠亭が開業する前からそうしているらしい。なら、なんで私はここに薬を貰いにくるのか。それはあの子が嫌がるから。“永遠亭じゃなくて香霖から痛み止めは貰ってくれ”なんて言われたら私はそれをするしかない。勝手に貰ってこればいいのに、なぜ私は言うことを聞いているんだろう。未だにそれは分からない。そんなことを考えなければいいのに、気持ちが自分で分からないのはどうしても気持ち悪いのに。そんなことを思いつつも私は考えるのをやめた。
「お待たせ。魔理沙に言っておいてくれ」
奥から出てきた霖之助さんはカウンターに薬の入った紙袋を置きながら言う。
「薬の飲むのが早すぎるってね。一週間分のものを三日で取りに来るなと。僕にはその痛みは分からないけれど、薬は飲みすぎたら効かなくなるからね。任せたよ」
カウンターに置かれた紙袋を受け取って私は香霖堂を後にした。
***
魔理沙の家について、布団を脱衣場に入れてから二階へ上がる。
「……どこ……どこにいったの、どこに……」
「どうしたのよ」
戸を開けて入ると魔理沙は私に飛びついてきた。
「どこに、いってたんだよっ……! こわかった、おいてかないで、まってくれ……!」
「私はどこにも行ってないわよ」
「うそつき……うそつきっ……!」
時々、こうやって縋りつかれることがある。魔理沙は私を非難して縋って叩いて、私はただそうやって何もしない。
「おいていかないでわたしはおまえに、そうじゃないおまえがわたしがひとりにしていくなひとりですすみつつづけるな、あいつがあのひとがおまえがああああああああぁぁぁ」
こぼれ落ちた涙はどこにも行かずに消える。暴れた魔理沙は私に縋りついたまま固まった。
「落ち着いた? とりあえず寝なさいよ」
引きずるように魔理沙をベッドに転がした。
「れいむ……ごめん……」
「忘れなさいよそんなこと。今は寝なさいな。全て忘れるといいわよ」
魔理沙の顔に手を添えて、おでこを当てるように眠った。
~*~*~
「れーむ……ありがと……めいわくばっかり……」
虚ろな頭でお礼を言ったとて、霊夢は夢の中。結局私は全て覚えているし、忘れることなんて出来ない。
一人で下りて、霊夢が香霖からもらってきてくれた薬、二日分を口に放り込んで私はもう一度眠りについた。
~*~*~
目が覚めるとあたりは真っ暗になっていた。寝てしまっていたんだろう。隣で寝る魔理沙を叩き起す。
「起きなさい魔理沙。私、帰るから」
ベッドから出て、私は魔理沙を揺さぶる。
「ぅん……なんだよ……」
あれ。声がハッキリとしている。
「……あんた薬飲んだ?」
「うん。飲んだよ。痛くない」
痛みが消えたのが嬉しいのか、ニカリと笑う魔理沙。
「ならよかったわね……あ、そうだ。霖之助さんから伝言」
「香霖から?」
不思議そうに頭を傾げている。
「薬を飲みすぎるな、だってさ。効かなくなるからやめて欲しいって」
「……流石にバレてたか。多く飲んだら効くかと思って」
目を泳がせている。自覚はあったのね。
「あんたは私より薬について詳しいと思うんだけど。分かってるのに何故か多く飲むのよ?」
「痛いのが嫌だから。耐えられない」
確かにそうなのだろうけれど薬が効かなくなってさらに悶える魔理沙は見たくない。なら私はどうすれば良いのだろう。
ひとつ、思いついた。
「あんたねぇ……そんなに言うなら薬を神社に持っていくから毎日取りに来なさいよ。それなら一日分しか飲まない。良い考えでしょ?」
ビシッと魔理沙に指をさしながら言う。
「えー、やだよ……痛いのやだもん」
眉間に皺が寄っている。よほど嫌らしい。
「ちゃんと神社に来たら渡すわ。それじゃあ私は帰るわね」
一階に降りていく。慌てたように魔理沙は私の後ろを走る。
「おいっ! 待てよ! 持ってかないでくれ!」
「やーよ。あんたがちゃんと来ればいいのよ。たまには盗まれる側になりなさい」
机の上に置いてある薬の紙袋を魔理沙が奪い返す前に取って走って逃げた。
「まて、霊夢!!!」
「ちゃんと寝なさいよー」
軽く弾幕を放たれたがひょひょいと避けて私は神社の方角に飛んだ。
「ちくしょうーーー! 霊夢、覚えとけよーーー!」
魔法の森から魔理沙の大声が響いた。
一ヶ月に一度、私がまざまざと“女”というものを感じさせられるのが来た。“これ”は嫌いだ。痛いし、なにも出来ないし、そしてなりより心細い。
私が“女”というのは分かっている。だけれど“これ”でわざわざ見せつけなくて良いじゃないか……クソッタレ。
流れ出る違和感と共に私の意識は途絶えた。
~*~*~
すん。と感じたにおいは血のにおいがした。
「……萃香、あんた怪我した? 血のにおいがするんだけど」
台所で味噌汁に入れる大根を切りながら縁側で酒を飲む萃香に問いかける。
「霊夢、鼻を悪くしたかぁ? 地獄にも行ってないのに血を流すような怪我なんかしないぞ。肉でも切ってるんじゃないのかぁ」
トントントンと切る音が響く。
「バカ言いなさいよ。今切ってるの大根よ。そもそも朝からお肉は食べないわよ。あんたが血の池地獄にでも行けば話は別」
「だから地獄に行ってないって言ったろ。行ったとしても、あんなじめじめした血の池地獄なんか行かない。私は寝る」
ドサッと、音がしたと思ったらすぐに萃香のいびきが聞こえてきた。
寝るのが早すぎる。萃香から血のにおいがしないのなら私が怪我をしたのか。昨日は魔理沙と弾幕ごっこをしたけれど私が勝った。浅い切り傷は出来たけれどすぐに塞がったと思う。
「ねー萃香ー……って寝たんだっけ」
今日の日付けを聞こうとしたけれど寝てしまっていて聞けなかった。昨日、魔理沙は帰る時に少しだけ身体を重そうに引きずっていた。それと血のにおいを感じるのは……恐らく。
味噌汁だけ作ったら魔理沙の家に行くことに決めた。
***
神社の留守番は寝ている萃香に任せて、私は魔法の森に向かう。
月末はいつも魔理沙は一週間ほど神社に来ない。家に籠っているから。いつもいつも苦しそうにしていて、私は耐えきれなくて三日目程に家に入る。ベッドに埋もれて動けなくなっている魔理沙を見ていたくはないから。
「お邪魔するわよ」
立て付けの悪い戸を引いて中に入る。家主の性格を表すかのような部屋。散乱する本やもの。それらを全て無視して二階の寝室へ。
「魔理沙、来たわよ……ってやっぱり」
ギィィと戸を開けたと同時に、においがする。月の物のあの独特の血のにおい。
「ううぅう……だれ……いたぃ……」
ベッドの中でもぞもぞと動く魔理沙。お腹が痛すぎて動くこともままならないらしい。
「魔理沙、私よ。悪いけど布団剥がすわよ」
そう言ってテキパキと掛け布団をとる。なにもせずに寝ていたんだろう、赤が散らばっていた。
「今からお湯を沸かしてくるから待ってなさい」
布団を赤に染めないように魔理沙にかける。台所に行こうとするとスカートを掴まれた。
「ゃ……いかないで……」
苦痛に顔を歪めながら、私に縋る。
「身体拭かないといけないでしょ。すぐに来るから待ってて」
「やだ……っ……」
「十分だけだから。すぐに行くから」
無理やり手を引き剥がして台所へ向かった。
***
沸かしたお湯を桶に入れて、脱衣場に干してあったタオルを三枚持っていって。
「魔理沙お待たせ。痛みはどう」
「うそつき……まったのに……おそ、い」
横たわる中で泣きそうになりながら話している。まだまだ痛そうだ。
「身体拭くから、服は脱いで。拭いたら敷布団洗うから」
そう言いながら布団を取って、ゆっくりとベッドの上に座らせて。痛いと呻く魔理沙をなだめながら、服を脱がし、タオルをお湯に濡らす。背中に回って金の髪をかき分けて身体を拭き始める。
「……あんた、また痩せた?」
「わかんな、い……」
拭くたびに痩せたように思える。ご飯は食べているんだろうか。そんなことを思いながらゆっくりと背中を拭いて、タオルを桶に置く。
「前は自分でするでしょ?」
こくん、と頷くのを見て絞り直して渡す。拭き始めるのを見て私は声をかける。
「いつもより酷そうだけどどうなの」
「……わかんない。痛すぎて何も考えられないから……」
少しだけ声は強くなったのでハッキリと聞こえるようになる。
「そっか。とりあえず布団は洗うから、ベッドに新しいの自分で敷いてよ」
そう言いながら私はベッドから立った。桶を持つ。
「……うん。それと服取ってきて欲しい……」
「わかったわよ。休んでなさい。寒かったら布団被っててよ」
桶を持って、二階から降りてぬるくなったお湯を流す。ものが散乱する部屋でも脱衣所に乾いた洗濯物が吊ってあるのは知ってる。普段の服には手をつけずにその隣に干してある黒のゆったりとしたワンピースを取って上に上がる。この服は菫子が掃除中に寝落ちしたとか何か言って魔理沙に押し付けていった服だった。本人は気に入っているらしいので何も言わないけれど。
「持ってきたわよ。布団敷き替えた?」
「うん、霊夢、ありがとう……」
服を渡して、魔理沙は着た。金の髪と黒の対比でとても大人のように見えたような気がした。普段の服と似ているように思うのになぜなんだろう。
「少し治まった?」
ベッドに座って寝転ぶ魔理沙に問いかける。
「薬飲んでないから、痛い……でも、一人でいるより、いい」
布団の中で話している。
「そうね。私布団洗ってくるわ」
「……やだ……ここにいて……」
ゆっくりと起き上がった魔理沙は私と背中合わせになるように座った。
「それなら寝てちょうだい。私はここにいるから」
魔理沙を布団にコテンと寝かせる。
「霊夢……少しだけでいいから、隣で寝てくれないか……」
「いいわよ。眠りなさいな」
隣に入ってからぽんぽんの魔理沙の身体を叩いた。痛みは余程キツかったのだろう。気が付くと魔理沙は寝てしまっていた。
***
眠る顔を堪能してから汚れた布団を外で軽く洗う。赤の色が見えなくなるまで、洗って玄関の前に干す。それがさっさと終わったら私は地面を蹴って空に飛んだ。
ギィィ……
「おや、いらっしゃい。霊夢じゃないか」
香霖堂の戸を開けるといつものように本を読んでいる霖之助さんがいる。
「こんにちは、霖之助さん。いつもの薬くれないかしら」
「それは魔理沙のかい?」
「ええそうよ」
そのやりとりで霖之助さんは本に栞を挟んで店の奥に行った。
魔理沙との付き合いは霖之助さんのほうが長い。そのため小さな時に風邪を引くと薬を煎じて飲ませるということもあったらしい。それは魔理沙からの話でしか聞いたことがない。永遠亭が開業する前からそうしているらしい。なら、なんで私はここに薬を貰いにくるのか。それはあの子が嫌がるから。“永遠亭じゃなくて香霖から痛み止めは貰ってくれ”なんて言われたら私はそれをするしかない。勝手に貰ってこればいいのに、なぜ私は言うことを聞いているんだろう。未だにそれは分からない。そんなことを考えなければいいのに、気持ちが自分で分からないのはどうしても気持ち悪いのに。そんなことを思いつつも私は考えるのをやめた。
「お待たせ。魔理沙に言っておいてくれ」
奥から出てきた霖之助さんはカウンターに薬の入った紙袋を置きながら言う。
「薬の飲むのが早すぎるってね。一週間分のものを三日で取りに来るなと。僕にはその痛みは分からないけれど、薬は飲みすぎたら効かなくなるからね。任せたよ」
カウンターに置かれた紙袋を受け取って私は香霖堂を後にした。
***
魔理沙の家について、布団を脱衣場に入れてから二階へ上がる。
「……どこ……どこにいったの、どこに……」
「どうしたのよ」
戸を開けて入ると魔理沙は私に飛びついてきた。
「どこに、いってたんだよっ……! こわかった、おいてかないで、まってくれ……!」
「私はどこにも行ってないわよ」
「うそつき……うそつきっ……!」
時々、こうやって縋りつかれることがある。魔理沙は私を非難して縋って叩いて、私はただそうやって何もしない。
「おいていかないでわたしはおまえに、そうじゃないおまえがわたしがひとりにしていくなひとりですすみつつづけるな、あいつがあのひとがおまえがああああああああぁぁぁ」
こぼれ落ちた涙はどこにも行かずに消える。暴れた魔理沙は私に縋りついたまま固まった。
「落ち着いた? とりあえず寝なさいよ」
引きずるように魔理沙をベッドに転がした。
「れいむ……ごめん……」
「忘れなさいよそんなこと。今は寝なさいな。全て忘れるといいわよ」
魔理沙の顔に手を添えて、おでこを当てるように眠った。
~*~*~
「れーむ……ありがと……めいわくばっかり……」
虚ろな頭でお礼を言ったとて、霊夢は夢の中。結局私は全て覚えているし、忘れることなんて出来ない。
一人で下りて、霊夢が香霖からもらってきてくれた薬、二日分を口に放り込んで私はもう一度眠りについた。
~*~*~
目が覚めるとあたりは真っ暗になっていた。寝てしまっていたんだろう。隣で寝る魔理沙を叩き起す。
「起きなさい魔理沙。私、帰るから」
ベッドから出て、私は魔理沙を揺さぶる。
「ぅん……なんだよ……」
あれ。声がハッキリとしている。
「……あんた薬飲んだ?」
「うん。飲んだよ。痛くない」
痛みが消えたのが嬉しいのか、ニカリと笑う魔理沙。
「ならよかったわね……あ、そうだ。霖之助さんから伝言」
「香霖から?」
不思議そうに頭を傾げている。
「薬を飲みすぎるな、だってさ。効かなくなるからやめて欲しいって」
「……流石にバレてたか。多く飲んだら効くかと思って」
目を泳がせている。自覚はあったのね。
「あんたは私より薬について詳しいと思うんだけど。分かってるのに何故か多く飲むのよ?」
「痛いのが嫌だから。耐えられない」
確かにそうなのだろうけれど薬が効かなくなってさらに悶える魔理沙は見たくない。なら私はどうすれば良いのだろう。
ひとつ、思いついた。
「あんたねぇ……そんなに言うなら薬を神社に持っていくから毎日取りに来なさいよ。それなら一日分しか飲まない。良い考えでしょ?」
ビシッと魔理沙に指をさしながら言う。
「えー、やだよ……痛いのやだもん」
眉間に皺が寄っている。よほど嫌らしい。
「ちゃんと神社に来たら渡すわ。それじゃあ私は帰るわね」
一階に降りていく。慌てたように魔理沙は私の後ろを走る。
「おいっ! 待てよ! 持ってかないでくれ!」
「やーよ。あんたがちゃんと来ればいいのよ。たまには盗まれる側になりなさい」
机の上に置いてある薬の紙袋を魔理沙が奪い返す前に取って走って逃げた。
「まて、霊夢!!!」
「ちゃんと寝なさいよー」
軽く弾幕を放たれたがひょひょいと避けて私は神社の方角に飛んだ。
「ちくしょうーーー! 霊夢、覚えとけよーーー!」
魔法の森から魔理沙の大声が響いた。
魔理沙にも頼れる人がいてよかったと思いました