多々良小傘はよくベビーシッターをする。最初は不気味がられ嫌われていたが、どういうわけだか最近は人里に行くと人間たちから可愛がってもらえて、そこからどういうキッカケで頼まれるようになったのやらわからないが、ちょっと母親が買い物に行ったり井戸端会議をしている間に、赤ん坊の面倒を見てやるようになった。たぶん、趣味の悪い傘はさておき、それを持っている小傘自身は可愛らしくて、どう見ても人畜無害であることが大きいのだろう。それに小傘も赤ん坊は大好きだった。餌として。なにしろ、両手で顔を隠した後でべろべろばーと面白い顔をして両手を開いてみせるだけですっごく驚いてくれるのだから、簡単すぎた。小傘という妖怪はそれだけで驚きの感情でお腹が満たされるのだから、どっちかというとチョロいのは小傘の方だったのかもしれない。
ただ、厄介なことに小傘には上昇志向があり、もっと大人からちゃんと驚きの感情を得たいとか、難しいほど価値がある、などと考えているようである。そこでどうにかと頭を捻っていると、ひとつ、誰もが……でもないかもしれないが、結構驚いてくれるかもしれない話を考えた。思いついた時は私って頭がいいーと思ったりもしたものの、考えてみると誤解されかねない話でもあった。それはとても困るのだが、それでも思いついてしまった以上、それを誰かに試してみようと思った。
第一の知り合いとして、東風谷早苗という、人間というにはちょっとはみ出した人間に会いに来た。彼女は守矢神社の風祝である。
「あら、小傘さん。参拝ですか?」
と早苗がのんきに声をかけてくる。小傘はそののんきさを驚きの顔にしてやると内心ほくそ笑んだ。
「早苗、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「いいですよ、上がってください、お茶を出しますから」
お茶とお菓子を出してもらい、小傘は一口ずつ口にしてとてもおいしいと思った。でも、これでは本当の小傘の胃は満たされないのだ。
「あのね、早苗」
「はい。なんですか?」
早苗は機嫌良さげに聞き返してくる。小傘はゆっくりと話し始めた。
「傘って、誰でも使ったことあると思うんだけど、盗まれる傘ってあるじゃない? 盗みたいほど大事にしてくれるって、その方が傘は幸せなのかもって思ったりするんだけどどうかなあ?」
ぶっと早苗が吹き出した。すごく驚いてくれた。満足満足。
「な、な、何を言ってるんですか、小傘さん! 盗まれた人のことを考えたことがないんですか! 犯罪ですよ、犯罪!」
「やっぱりそうかな?」
「だいたい、盗んだやつが物を大事に使うわけがないじゃないですか。せいぜい用が済んだらその辺に投げ捨てるのが関の山ってもんですよ。大切なお金を出して買う、っていう、だからこそ大切にするんじゃないですか」
「でも、それならなんで置き忘れちゃうんだろう」
そういう考えに話が進むと急に小傘も悲しい顔になった。
「……それは……好きで忘れるんじゃないんですよ。雨が降ったり止んだりするから、気がつけば取りに帰ったりもするし……人間の弱さっていうと大げさですけど、忙しすぎるんですよ、きっと。電車の中に忘れたらもう取り戻しようがないですしね……いえ、ないわけじゃないけど。……そうですね、取りに行くのもまた面倒くさいって思っちゃうんですよね……」
慌てて弁護するうちにみるみるうちに落ち込んでいく早苗を気の毒に思って、小傘は一転して明るく言った。
「あはは、冗談だよ、早苗! 盗まれた方がいいなんて思うわけないじゃん! 誰にでも使われさえすればいいって思ってるわけじゃないんだから。一番最初に手にとってくれた人のことをいつだって一番大事に思ってるんだよ!(まあ、だからこそ忘れられることがつらいんだけど)」
「そ、そうですか……そう言われると余計にかえってすまない気持ちがでてきますね……」
どうやら早苗も傘を忘れたことがあるらしかった。
「ごちそうさまでした。びっくりさせてごめんね。また今度は遊びに来るね!」
「遊びにじゃなくて参拝に来てください」
はは……と苦笑いする早苗の元を去って、次はどこに行こうかなと考えて小傘が空を飛んでいると、ひまわり畑に風見幽香の家を見た。さすがに幽香を驚かすのは冒険すぎるかなとも思いつつも、話をするだけだから、とそこに降りた。ちょうど幽香も外に出て花壇に水をやっているところだった。まだ残暑が厳しいから、油断するとすぐに植物も暑さにやられて枯れてしまう。幽香が優しい少女だというのはそこに植えられた花がみんな生き生きしているのを見てもすぐにわかるというものだ。
「あら小傘ちゃん、どうしたの?」
しゃがんでいた幽香が、持っていた日傘を傾けて小傘を見た。彼女はその傘をとても大事にしているようで、いつも身につけている。だから小傘は幽香が好きだった。
「こんにちは、幽香さん、今日も暑いですね」
「そうよね。これじゃひまわりですらお日様から顔をそむけちゃう」
だが、それはそれとして、小傘は彼女の本体たる雨傘を持った手を後ろに組みながら、
「実はねー……ちょっと聞いた話なんだけどー……」
と言って、早苗にしたのと同じように、物というのは盗まれるほど求めてる人のところに行った方が幸せなのかもという話をした。
それを聞いて幽香は確かに驚いた。その驚きは小傘を非常に満足させたが、同時に気温が数℃は下がったような感覚を与えた。
「そうね、確かにそういう考え方もあるのかもしれないけど……」と幽香は笑顔で語る。「……例えば、私の日傘を盗んだ人がいたとしましょう」
「うん」
「必ず取り返して、絶対に謝らせるわ」
「ああよかった、優しい」
もっと怖いことを言われるかと思った。
小傘は今日の最後に霧雨魔理沙に会いに行った。魔理沙は魔法使いで、もしかしたら傘にまたがって空を飛ぶこともできるかもしれないけど、普通は箒を使っている。似てるけどちょっと方向性が違う。でもさすがに、雨が降ったら傘を差すんじゃないかと小傘も思うが、なんとなくだが濡れることをあんまり気にしないようなイメージもなくもない。魔理沙は家の中、薄暗い中でなにやら化学っぽい実験をしていた。小傘がどうにか床の隙間に座れる場所を見つけると、魔理沙の背中がせかせかと動いているのが見える。
「悪いな、今忙しくて、なんの構いもできなくって」
と魔理沙が手を止めずに言う。
「いいよいいよ。ところで、ねえ、魔理沙」
「んー……?」
「傘って、盗まれた傘の方が本当に大事に使ってくれてる人のところに行けたってことになるのかなあ?」
と小傘は慎重にそう尋ねてみた。
「へっ?」
魔理沙はビクリと手を止めて静かになった。急に音を止めたレコードのようだった。それからすごい勢いで立ち上がって、窓の外を確かめ、カーテンを閉めた。まるで勝手に追い詰められたネズミみたいに壁を背にして、彼女は言う。
「なんだなんだ! 小傘、お前、誰に言われて来たんだ? 言っておくけど、私は傘は盗んでいないぜ! 本のことなら、あれだって盗んでるわけじゃない。パチュリーからは借りているだけだからな」
いい感じに驚きの感情が伝わってきて快感だったが、小傘の方まで驚いてしまった。
「い、いや、私はちょっと聞いた話を……」
「誰に聞いたんだよ! どうしてもっていうなら、わかった、すぐに返すから、あいつにはそう言っておいてくれよ」
「はあ……」
「まったくなんなんだよもー、いきなりだもんなー。小傘に驚かされるなんて」
ぶつくさ言いながら実験を続ける魔理沙。対象的に小傘ときたら満面の笑みで、ほんっとうに来てよかった、という感じだった。
……しかし、後日彼女がパチュリーから紅魔館に招待を受け感謝されてしまうようになると、照れながらもそれはそんなつもりじゃなかったというか、あの日を振り返って、そもそもこんな話で驚かせるなんて良くなかったなと反省した。その時に、振る舞われた夕食をひっくり返したら驚くかなと思ったけど、小傘はいい子なのでそれができなかった。ただし、素でひとつコップをひっくり返してしまった。
ただ、厄介なことに小傘には上昇志向があり、もっと大人からちゃんと驚きの感情を得たいとか、難しいほど価値がある、などと考えているようである。そこでどうにかと頭を捻っていると、ひとつ、誰もが……でもないかもしれないが、結構驚いてくれるかもしれない話を考えた。思いついた時は私って頭がいいーと思ったりもしたものの、考えてみると誤解されかねない話でもあった。それはとても困るのだが、それでも思いついてしまった以上、それを誰かに試してみようと思った。
第一の知り合いとして、東風谷早苗という、人間というにはちょっとはみ出した人間に会いに来た。彼女は守矢神社の風祝である。
「あら、小傘さん。参拝ですか?」
と早苗がのんきに声をかけてくる。小傘はそののんきさを驚きの顔にしてやると内心ほくそ笑んだ。
「早苗、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「いいですよ、上がってください、お茶を出しますから」
お茶とお菓子を出してもらい、小傘は一口ずつ口にしてとてもおいしいと思った。でも、これでは本当の小傘の胃は満たされないのだ。
「あのね、早苗」
「はい。なんですか?」
早苗は機嫌良さげに聞き返してくる。小傘はゆっくりと話し始めた。
「傘って、誰でも使ったことあると思うんだけど、盗まれる傘ってあるじゃない? 盗みたいほど大事にしてくれるって、その方が傘は幸せなのかもって思ったりするんだけどどうかなあ?」
ぶっと早苗が吹き出した。すごく驚いてくれた。満足満足。
「な、な、何を言ってるんですか、小傘さん! 盗まれた人のことを考えたことがないんですか! 犯罪ですよ、犯罪!」
「やっぱりそうかな?」
「だいたい、盗んだやつが物を大事に使うわけがないじゃないですか。せいぜい用が済んだらその辺に投げ捨てるのが関の山ってもんですよ。大切なお金を出して買う、っていう、だからこそ大切にするんじゃないですか」
「でも、それならなんで置き忘れちゃうんだろう」
そういう考えに話が進むと急に小傘も悲しい顔になった。
「……それは……好きで忘れるんじゃないんですよ。雨が降ったり止んだりするから、気がつけば取りに帰ったりもするし……人間の弱さっていうと大げさですけど、忙しすぎるんですよ、きっと。電車の中に忘れたらもう取り戻しようがないですしね……いえ、ないわけじゃないけど。……そうですね、取りに行くのもまた面倒くさいって思っちゃうんですよね……」
慌てて弁護するうちにみるみるうちに落ち込んでいく早苗を気の毒に思って、小傘は一転して明るく言った。
「あはは、冗談だよ、早苗! 盗まれた方がいいなんて思うわけないじゃん! 誰にでも使われさえすればいいって思ってるわけじゃないんだから。一番最初に手にとってくれた人のことをいつだって一番大事に思ってるんだよ!(まあ、だからこそ忘れられることがつらいんだけど)」
「そ、そうですか……そう言われると余計にかえってすまない気持ちがでてきますね……」
どうやら早苗も傘を忘れたことがあるらしかった。
「ごちそうさまでした。びっくりさせてごめんね。また今度は遊びに来るね!」
「遊びにじゃなくて参拝に来てください」
はは……と苦笑いする早苗の元を去って、次はどこに行こうかなと考えて小傘が空を飛んでいると、ひまわり畑に風見幽香の家を見た。さすがに幽香を驚かすのは冒険すぎるかなとも思いつつも、話をするだけだから、とそこに降りた。ちょうど幽香も外に出て花壇に水をやっているところだった。まだ残暑が厳しいから、油断するとすぐに植物も暑さにやられて枯れてしまう。幽香が優しい少女だというのはそこに植えられた花がみんな生き生きしているのを見てもすぐにわかるというものだ。
「あら小傘ちゃん、どうしたの?」
しゃがんでいた幽香が、持っていた日傘を傾けて小傘を見た。彼女はその傘をとても大事にしているようで、いつも身につけている。だから小傘は幽香が好きだった。
「こんにちは、幽香さん、今日も暑いですね」
「そうよね。これじゃひまわりですらお日様から顔をそむけちゃう」
だが、それはそれとして、小傘は彼女の本体たる雨傘を持った手を後ろに組みながら、
「実はねー……ちょっと聞いた話なんだけどー……」
と言って、早苗にしたのと同じように、物というのは盗まれるほど求めてる人のところに行った方が幸せなのかもという話をした。
それを聞いて幽香は確かに驚いた。その驚きは小傘を非常に満足させたが、同時に気温が数℃は下がったような感覚を与えた。
「そうね、確かにそういう考え方もあるのかもしれないけど……」と幽香は笑顔で語る。「……例えば、私の日傘を盗んだ人がいたとしましょう」
「うん」
「必ず取り返して、絶対に謝らせるわ」
「ああよかった、優しい」
もっと怖いことを言われるかと思った。
小傘は今日の最後に霧雨魔理沙に会いに行った。魔理沙は魔法使いで、もしかしたら傘にまたがって空を飛ぶこともできるかもしれないけど、普通は箒を使っている。似てるけどちょっと方向性が違う。でもさすがに、雨が降ったら傘を差すんじゃないかと小傘も思うが、なんとなくだが濡れることをあんまり気にしないようなイメージもなくもない。魔理沙は家の中、薄暗い中でなにやら化学っぽい実験をしていた。小傘がどうにか床の隙間に座れる場所を見つけると、魔理沙の背中がせかせかと動いているのが見える。
「悪いな、今忙しくて、なんの構いもできなくって」
と魔理沙が手を止めずに言う。
「いいよいいよ。ところで、ねえ、魔理沙」
「んー……?」
「傘って、盗まれた傘の方が本当に大事に使ってくれてる人のところに行けたってことになるのかなあ?」
と小傘は慎重にそう尋ねてみた。
「へっ?」
魔理沙はビクリと手を止めて静かになった。急に音を止めたレコードのようだった。それからすごい勢いで立ち上がって、窓の外を確かめ、カーテンを閉めた。まるで勝手に追い詰められたネズミみたいに壁を背にして、彼女は言う。
「なんだなんだ! 小傘、お前、誰に言われて来たんだ? 言っておくけど、私は傘は盗んでいないぜ! 本のことなら、あれだって盗んでるわけじゃない。パチュリーからは借りているだけだからな」
いい感じに驚きの感情が伝わってきて快感だったが、小傘の方まで驚いてしまった。
「い、いや、私はちょっと聞いた話を……」
「誰に聞いたんだよ! どうしてもっていうなら、わかった、すぐに返すから、あいつにはそう言っておいてくれよ」
「はあ……」
「まったくなんなんだよもー、いきなりだもんなー。小傘に驚かされるなんて」
ぶつくさ言いながら実験を続ける魔理沙。対象的に小傘ときたら満面の笑みで、ほんっとうに来てよかった、という感じだった。
……しかし、後日彼女がパチュリーから紅魔館に招待を受け感謝されてしまうようになると、照れながらもそれはそんなつもりじゃなかったというか、あの日を振り返って、そもそもこんな話で驚かせるなんて良くなかったなと反省した。その時に、振る舞われた夕食をひっくり返したら驚くかなと思ったけど、小傘はいい子なのでそれができなかった。ただし、素でひとつコップをひっくり返してしまった。
特に前二人の台詞からどこか励ましというか優しさにようなものを感じて心が温かくなりました。
夕食にお呼ばれされてちゃんと行くところもいい子でかわいい
ものとしての視点がいいですね
評価します
小傘の感情の変化が好きです
思いついたことを積極的に試していこうとする小傘の向上心にときめきました
早苗や幽香もさることながら、魔理沙の反応がとてもよかったです
オチもキレてました
最後の文に繋がるのがとてもいいと思いました
同じ手口でも反応が三者三様なのがいいですね