Coolier - 新生・東方創想話

ご注文は漬けものですか

2019/05/19 00:55:44
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 私の誤算は着実に野次馬が増えていくという形で現れていた。増える人数の量が、彼女がタダの歴史の番人ではなく、私と正面切って立ち向かえば事がどうなるかを予感する人が多いということであり、端的にいって私と彼女は決して相まみえては行けない相手だったことを物語っている。
 眼の前の彼女もああだこうだと思案を重ねている事がわかる、が、これだけ野次馬が多い中で、一体どうこの私と言う天敵をあしらうのか。
 私はもはや先手は取れない。ここから動けば私は負けを認めざるを得ず、この穢土へ来るための信仰に傷が付くのはなんとしても避けたかった。

 茶の一杯と彼女の苦悩と何方が重いのか?
 良い質問だ。すまないが、そこは私の嗜む茶を採らせていただく。

 だが、向こうさんは私より本気だった。本気でこの私という厄災から幻想郷を守るつもりで居る。正直済まない。私の茶のために犠牲になってほしい。
 彼女のまわりには見えない苦虫が空気中にたくさん湧いているのか、さっきから口元がわなわなと、ぴくぴくと、しこたま動くのは見ていて楽しい。愉悦だ。変な趣味が起きそうだ。
 とはいえこっちとて微動だに出来ない状況はずっと続いている。もはや良い日というより、変な日に突っ込んでいるから事態はこれ以上悪化しない気もしてきた。
 私は再び周りを見渡した。夕刻の鐘を過ぎたせいか、人が更に増えて……なんで博霊の巫女までここにいるのか。それほどまでに大事か、これは。
「あ……あの……」
 眼の前の慧音、と申す家主がワナワナと震えながら口を開く。
「流して頂いていいですが、私は歴史を書き記すことも、書き換えることも出来ます……お察しの通り、私と貴方はとても……会ってはまずい」
 私は、やはりそうかと頷いた。
「貴方が何故動かないのか、ずっと考えていました……貴方は私からなにか言わないと、帰れないのですね?」
 私は再び、うんと頷いた。
「……そうでしたか……」
 彼女は顔をぴくぴくさせながら腕を組んだ。多分彼女が考え事をするときはいつもああやるのだろう。
 そこからまた、数分が経った。彼女は座ったまま上下方向に少々の伸び縮みするゆっくりした振動を始めた。何が起ころうとしているのか。私も、周りも、振動はしているが沈黙している彼女から目線をそらす事が出来なかった。そして、あたりが青く、暗く染まりだした頃、彼女の沈黙が破れる時がついにやってきた。
「ぶ………」
 彼女がつぶやくように言った。
「ぶぶ漬け、食べていきますか」

 !…………? えっ?
 ぶぶ漬け?
 ぶぶ漬けって何?

 私はその言葉の意味は解らなかったが、多分正解は……

「結構です」

 そりゃ、そんなこと言われても、たとえどんな秘宝でも、心底そんなものいらないし。

……すると、向こうの表情がぱあっと明るくなったではないか。

 そうか、正しかったんだ。多分これで帰れる。そうだ。帰ろう。
 私が軒先に向かうと、誰も止めようとしなかった。さあっと人の垣根が切り開かれ、私の通る道が出来た。
 私は悠然とそこを通り、帰路についた。
 はあ、えらい目にあった。足がまだしびれてるじゃない。

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