Coolier - 新生・東方創想話

第九話『二色蓮芥瞳』 8/8

2019/04/28 19:56:03
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  ――用意できるぜ。その手段ってやつをよ





 聞こえてきたのは、大人の男の声。発音からしてネイティブの英国人。だが今そこに横たわっているエアリー氏とは違う、もっと太くて重い声だった。

「誰っ……!」

「そうだな……〝ロンドンの不死商人〟とでも名乗っておこうか」

 階段を降り切った、男の顔が露になる。手にしたランタンに照らし出された、それはスーツをびしりとキめ、ブリーフケースを提げた、スキンヘッドの中年男性だった。

「何だァ?薬屋のおっちゃんじゃアねェか」

 最初に反応したのは最も大人びた彼。

「どうしてここが分かったんだァ?」
「お前をつけていたんだよ。薬を売った日にな。この間抜け」

 ただ一人、彼だけが無防備にも武器を下ろして話し始めていた。他の皆にとっては何のことだが分からないから、余計に警戒する。

「それ以上近づかないで!」

 アリスが人形を展開した。

「おおっと待った、俺は敵じゃないぜ」

 慌てて男が両手を挙げるジェスチャーをする男。

「それに工部局でもねぇ。俺はただ、交渉しにきただけさ」
「僕達は今それどころでは……」

 僕は僕なりに強く主張したつもりなのだが、彼は引き下がる様子を全く見せなかった。

「おうおう、だから助けてやろうって言ってるんじゃないか」

 一人一人が、男の真意を見定めようとした。それを困った顔で眺める彼もまた、僕達を見定めているのだろう。誰もが武器を握っていたが、アリスが人形を引かせたのを見て、ようやく他の者たちも武器を下ろした。

「……話を聞こうかしら」
「お前らは上海から遠い何処かへ逃げたい。そうだろ?」
「正確には彼らを逃がしたい。私のことは構わないわ」

 よし、と一言。彼はいかにもそれが簡単なことであるこのようにこう言った。

「早朝に上海を出る船がある。それに乗れ」
「アんだって?」
「改めて説明する必要があったようだが、この者達はいわば指名手配犯だ」
「ど~やって船に乗るの~?」
「乗ろうとしたところで工部局に見つかっておしまいですよ……」

 男共から次々に反射的な反論が上がる。

「阿保。誰が客室に乗れと言った。デケェ箱三個ぐらい用意して、荷物としてお前らを積み込むんだよ」

 どうだ、きっとうまくいくだろう?と、得意げな顔を見せる彼。厳つさのわりに妙な愛嬌がある。それもまた、商人としての味なのだろうか。

「本当にバレないのか?」
「……なぁに、俺はこの街で何十年と〝おかしなもの〟を扱う商人をしてきた。運び屋の奴らは知り合いばかりだよ。俺が『開けるな』と言えば奴らは絶対に開けたりしない。……ま、この指示に従わなかった奴らはもれなく東シナ海に沈んだがな」
「……今回の運び屋は……ちゃんと指示を守るんでしょうね」

 アリスは皆を心配してくれているのだろうか。

「そこは安心と信頼の……」

 聞き覚えのない組織名を出される。

「何よそれ」
「俺と同じく〝おかしなもの〟を扱う運び屋だよ」

 聞いたことも無い単語を連発しておきながら、相変わらず得意げな彼。何やら素性の分からぬ危険なものと一緒の船に乗るのかもしれないと思うと、僕は尋ねずにはいられなかった。

「あの……すみません……あなたがさっきからおっしゃっている……〝おかしなもの〟とは何なのですか……」

 待ってました、と言わんばかりに、彼は指を弾いた。

「おかしいって言ったらおかしいものだよ」
「……例えば……?」

「魔術、奇術、呪術の類やら、神話、迷信、民間伝承の類にまつわる物品まで、何でもアリさ。最近しゃしゃり出てきた科学ってやつの枠から、外れたものは何でも〝おかしなもの〟扱いになる。だが俺が扱うのはそン中でもおとなしい物ばかりだ。魔法の杖やら呪術の札やら、誰もが〝作り話として知っている〟ものばかりだ。要はそれを〝本物〟として信じるか信じないかの違いだよ。そして俺は信じている。何せこの目で何度も見て、この手で何度も触ってきたからな。……ここに至る扉の鍵をすり抜けられたのも、お嬢ちゃんの人形を見たって驚かないのも、それから……お前たちのサーカスに〝魔法〟が組み込まれているのに気づけたのも……その経験があるおかげだ」

「なっ……」

 アリスの眉間に皺が寄る。

「お嬢ちゃん……きっとあんた、アリス、って名前なんだろう?お前、唯の人間じゃねぇな。それにお前ら、男共よ。彼女の元に居るお前たちもまた、信じている。否、信じざるを得ない。〝おかしなもの〟の存在ってやつをな」
「……すべてはお見通しってワケ?」

 彼女は心から驚いているようだ。

「まさか。俺はきっと、ほんの一部しか見通せていないだろう。この世界は、俺たちの知らないおかしなもので満ち溢れているんだからな。それに気づけるのは、お前たちのような特異な境遇に居る人間だけだ。俺が〝本当の商売〟をするのは、そういう奴らに対してだけだよ」

 聞いて、最も大人びた彼は笑い出した。

「成程なァ!それでおっちゃんはあんな変な薬も手に入れられたわけだ」

 自分が事件の発端であることをもう忘れているかのような余裕っぷりである。

「で?おっちゃんが望む対価は何なンだ?」
「忘れたか?坊主。お前ンところのサーカスが潰れたら、舞台道具を貰いに行くって言ったろ」

 男が指した先、そこには僕達上海アリスサーカス団の舞台道具が山積みにされている。

「何だァ?おっちゃん、サーカスでも始めるつもりか?」
「馬鹿野郎。俺は商人だと言っているだろ。買い取り相手が居るんだよ」
「そんなモン、欲しがる奴が居るのかァ?」
「居るさ。別のサーカス団が。彼らは自分たちを――」

  聞いたことも無い団体名が何度も出てくる。

「聞いて分かっただろう。世界の陰には俺以外にも〝おかしなもの〟を扱う組織がハイエナのように潜んでやがる。こうなった以上、お前らも他のハイエナにも目を付けられることになるぞ。特にヤベェ奴らは〝秘封倶楽部〟と言って……」
「へ~?なにそれ~?」
「とんでもねぇ力を持っている割には一切姿を見せねぇ。内部構造も謎だらけの組織だ」
「何故……それをわざわざ我々に?」
「俺の属する商社は国際的な組織でな、ちょうどある国に進出するつもりだったんだ。既に〝秘封倶楽部〟の奴らに先を越されたがな。それに遅れをとらぬよう、お前たちには東方進出のさきがけになってもらうぞ」

 彼のアタッシュケースから、一枚の紙が取り出される。

「奴らにやすやすと捕まってもらっちゃあ困るんだよ。俺のビジネスのためにもな」

 アリスの前に差し出されたのは契約書だった。彼女はそれをジッと見つめ、それからぷい、と背中を向けた。

「……承けましょう」
「交渉成立だな。じゃあここにサインを」
「律儀な奴ね」

 アリスは振り返ることなく、人形にペンを握らせサインをした。



    ――Alice




「おっとお嬢ちゃん、フルネームで頼むよ」
「それが私のフルネームよ」
「何だって?」
「気に食わないならあんたが勝手に付け足せば?」
「……ふむ」



    ――Alice Murgatroyd



「契約完了だ」

 契約書を丁寧に畳んで内ポケットに仕舞うと、彼はポン、と手を叩いた。

「さぁ男共。出発だ。こっそり俺について来い」

 彼が出口へ足を向けようとする。が。

「ちょっと待って、大事なことを聞き忘れていたわ」
「何だ。もう契約は完了したんだぞ?」
「良いから聞かせて。彼らが乗る船は、どこに向かうの」

 振り返りかけた彼は肩をすくめ、「アイハヴノーアイディア」の仕草を見せた。

「……さぁ。東の海に浮かぶ伝説の島、蓬莱山にでも向かうんじゃ無いのか?」
「アンタねぇ……」
「遠くに逃げたいんだろ?なら俺に従うしかないと思うぜ」

 本当に大丈夫なのだろうか。

 彼の一声に、まず付いていったのは最も好奇心の強い彼。それに最も早起きな彼、最も幼い彼が続く。この場の空気が居たたまれないのか、最も大人びた彼もそくさくと付いて行った。賢い彼も暫くは何か考え事をしていたようだが、独り合点したようにやはり歩き出してしまった。
 やがて足跡は聞こえなくなった。地下に残ったのは、最も臆病な彼と、アリス、上海人形、そしてエアリー氏と僕だ。

「君が先に行ってください」

 僕は臆病な彼を指差して言った。
 付いていくなら、自分が最後である方が都合が良い。何かあった時にすぐ引き返せるからだ。だが。
 彼は首を強く横に振った。

「何ですか……船が怖いんですか……?それともあの男が怖いんですか……?」

 彼は首を横に振り続ける。

「ではここに残って死にたいんですね……。なら置いていきます」

 さらに強く首が振られる。

「どうしたいんですか……!」
「この娘も連れて行く……!」

 そう言って彼が腕を回したのは、アリス。……ではなく……

「上海人形を?」
「だから君も、連れて行くの手伝ってよ……!」

 彼に口答えされるのは、実は初めてだった。見れば彼の細くて長い、腕も、脚も、大きく震えていた。

「何馬鹿なこと言ってるんですか。そいつは何時暴れ出すかも分からない無差別殺人鬼ですよ?そんな奴と一緒に船旅ができるわけが……」
「サミュエル」

 それが自分を呼ぶ名であると、認識するのに時間を要した。僕のことをそう呼ぶのは、今は無きサーカス団の中でただ一人、アリスだけだ。

「私からもお願いするわ。この子を連れて行って」
「君まで何を言っているんですか……」

 僕の言葉には応えず、彼女は懐から子袋を取り出した。それを臆病な彼に渡す。

「それは……」
「鎮静剤。この子が暴れ出したら使って」

 無言で受け取った彼は、それを懐に忍ばせた。

「……この子はもう、私の手には負えない。だから……」

 僕はその言葉が聞き捨てならなかった。魔法使いの手に負えない人形を、ただの人間である僕たちがどうやって制御するというのだ。

「やっぱり……君は!」
「何よ」
「……僕達を全員殺すつもりだったんですね。上海人形とかいう時限爆弾といっしょに僕達を船に乗せて、丸ごと一緒に海に沈めて……」



「言っておくけど」



 それは冷たい、少女が発するにしては冷たすぎる言葉だった

「この人形はもう、上海人形じゃないわ。……完成、しちゃったんだもの」」
「名前なんかどうだって……!」
「アンタたちは昔っから、名前ってものを軽く見すぎよ、サミュエル。あなたがこうして名付けられ、サーカス団の一員として生まれ変わったのを忘れたの?」
「それは……」
「この子に上海人形と名付けたのが間違いだった。目指すべき果てはここじゃない。もっと遠く、届かない、神聖で不可視で触れられない、果てしない高み。完全に自律を果たしたこの子が、最後に目指すべき高み。その名を冠して――」



――蓬莱人形、と、呼ぶに相応しい。



 彼女がそう告げたとき。最も臆病な彼に抱かれた人形は、ぱっくりと目を見開いた。
 左の目には、かつてと同じ、蒼く透き通った瞳。見つめていれば阿片の幻惑を流し込まれてしまいそうな、それは芥子の瞳であった。
 右の目には、新たに宿された、ブラウンの瞳。かつて彼女が好んだとされる青の瞳とは程遠いが、しかし、同時に彼女の想像を超えて眼孔を満足させるに足る代物。遍く宇宙を見渡し、見つめる者を正しく導く、それは絶対的な、絶対を司る蓮の瞳であった。

 最も美しい彼女――蓬莱人形――と目が合ったとき、僕はひどい眩暈に襲われた。これまでに味わったことのない、上海人形とは比べ物にならない強力な視線だった。

 あぁ、本当に気持ち悪い目だ。



「行ってらしゃい。サミュエル、セドリック。そして……私の可愛い蓬莱人形」



 言葉を返す暇も無く、思考力を奪われるがままに走った。臆病な彼とともに、先に行った仲間を追いかけた。出口に向かい、階段を上がり、隠し扉を蹴飛ばして。
 ――蓬莱人形は勝手についてきた。
 僕は気が気でなかった。
 しかし隣の彼は、怖がるどころか、臆病らしからぬ笑いを浮かべていた。まるでこの窮地を楽しんでいるかのような。いや、自分だけではない。周囲の人間さえも楽しませようとしているかのような……。
 僕はその、不気味な笑顔を知っている。

 それはサーカスの舞台で、彼が見せる……クラウンの笑顔、そのものだった。

 もう、この正直者たちとは、付き合っていられない。















***


















「いつから、目を覚ましていたの?」
「どこかから……運ばれていたことは覚えている」
「なら、ここでの会話を聞いてたの?」
「なんとなく……な」
「っ、そう……」
「お嬢ちゃん……名前は?」
「私はアリス」
「アリス……アリス……そうかい。すまんがアリス、私の右目を見てくれないか。左目を瞑ると、何も見えないんだ」
「……ごめんなさい。あなたの右目は、もう、無いわ」
「何だって……?」
「目を覚ます前。最後の記憶を、教えて」
「……うむ。そうだな……」

 二人だけになった地下に、静寂が流れていた。今はもう、雨音さえ聞こえてこない。

「……サーカスを観たな。上海アリスサーカス団の……そのあと食事を取ってから、ホテルに戻って床に就いた……。目を覚ましたらここだった」
「そう、なのね。分かった。ねぇエアリーさん」
「君、どうして私の名前を……」
「私がこれからする話、信じてくれるかしら」
「……内容に依るな」
「じゃあ、私が上海アリスサーカス団のオーナーだ、ってことは、信じる?」
「……証拠があれば」
「あなたが学者だっていうのは、どうやら本当のようね。いいわ、見せてあげる」

 アリスはその場を立ち、倉庫を開け、中にある檻の扉を開いた。

「この子、見覚えあるでしょう?……ほら、あいさつ」
「……ぐ、グッドモーニング……」
「あぁ、君は……ゴクラクチョウと人間の子」
「どう?信じる気になったかしら」
「そこまでして……私に話したいのはなぜだ」
「貴方を、助けたいの」

 ぎゅう、と。アリスの両手が強く握られ。彼女のスカートに皺を寄せた。

「……良い。話を聞こう」
「ありがとう、エアリー博士」
「……ただな、お嬢ちゃん。こう歳をとってくると、幼い子供の表情を見れば、だいたい何を考えているか分かってしまう」
「何が、言いたいの」
「助けてくれたんだろう、お嬢ちゃん。私の命を守ってくれた」
「っ、違う……!あなたをこんな目に遭わせたのもこの私……!」
「それも分かっている。だから、助けたい、のだろう?」
「それは、っ……」
「ならそんな顔はやめないか。これでは、助かる私の心が晴れぬ。せっかく、雨降ってばかりのクソ忌々しいロンドンから抜け出して、この東の果ての温かい港に来たんだ」







老紳士は仰向けのまま、少女の頬に手を添えた。








「どうしてまた、少女の降らす雨に濡れなきゃならぬ」
















































 
9話は終わりです。シリーズの一部として読むなら、この続きは本になります。単独の作品として読むなら、この続きは〝蓬莱人形初版〟となります。
そひか
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