ここは此岸。生と死の境界線。
死者はここから三途の川を超え、彼岸に渡る。そこで閻魔にいままでの人生の全てを暴かれ、それに基づいて、相応の判決が下される。ある者は地獄に。ある者は天国に。ある者は新しい命を授かり第二の生を謳歌するだろう。
そして、いまここに、まだこの世の闇すら知らなそうな幼い少女の魂が、現実世界から流れてきた。
少女はここが何処か分からず、顔は困惑の色に染まっている。
「おぉ、仕事しようと思ったら丁度いた」
そんな中、三途の川の霧の奥から赤髪の着物を来た女性が、船を漕ぎながら颯爽と現れた。
「またまたこれは年が若いことで。まぁ話は乗りながら聞こう。お駄賃を出しな」
「えぇ、あの私、お金なんか。それにどうして私はここに」
少女は両手をしっかり広げて、何も持ってないことを死神にアピールする。
「お駄賃は持ってるよ。胸に手当ててみ。
そして、あんたは死んだのさ。だからここに来た。で、あたいはお迎えにあがった死神さ。名は小野塚小町。短いけどよろしくな」
「あの、この川泳げたりするんですか」
「泳げないことは無いが、ここにはそういう奴らを始末するための怪物が潜んでいるからね。2度目の死はオススメしないよ」
「別に未練なんてありませんから、戻ったりしませんよ」
少女は淡白に言いのける。まるでそれが
自然の摂理とでも言わんばかりに。
「どうして死んじまったんだい? お駄賃の量からして、
そんなに悪いこともしてないみたいだが」
小町は船を漕ぎながら少女に問うた。
まるで世間話を切り出すような気軽さで。
「そうなんでしょうか。あっ、理由は交通事故です」
少女はいま蘇ってきたとばかりの記憶を理解し、自分の死因を呟いた。
「それはまた運が悪かったなぁ。それともただの不注意かい?」
「不注意ですね」
「そうかそうか。まぁこんなところまで来て死の話題だけ喋るなんて、風情もあったもんじゃない。何か楽しい事でも話しておくれよ、さぁ!」
小町は努めて明るい雰囲気を作ろうとした。
彼女の裏表ない性格と陽気さは、どんな死者でも自然と楽しく喋れる場をもたらしてくれる。彼女が死者から人気の要因だ。
「特に無いです」
「えっ!!」
残酷にも小町がつくった良い感じの雰囲気は、少女の一言で見事に破壊された。
あまりにもびっくりして、小町は船から転げ落ちそうになった。
「ふぅぅ危なかった。いやまさか何も無いと言われるとは。あたいも長くこの仕事してるけど、かなり珍しいよ。本当に無いんかい?」
「はい。ありません」
少女は全く思案する様子すらなく、ドライにいい捨てる。そんなもの全く無いと目の奥の瞳が語っていた。
「またこれは難儀だな。うーん、恋は?」
「してません」
「青春は?」
「まったく」
「親との愛情とか?」
「いません」
「友達は」
「いません」
「ちょっと本気!?」
いろんな角度から投げてみるが、まったく帰ってこない。帰ってくるのは無。これでは小町の楽しく喋るという目標が達成されることは先ずないだろう。
「たぶんあんたが初めてだよ。こんなにも光るものがないのは。逆に気になってきたよ。
あんたがどんな人生を歩んできたのか。
良かったら、聞かせてくれないか?」
「私の無意味だった人生ならいくらでも」
少女は一呼吸置いて語り出した。
「私、生まれた時にはもう両親はいなかったんです。母親は他界。父親は浮気で逃げました」
「男って本当懲りないなー」
小町は漕ぐのをやめて、腰を落とし、あぐらをかいて、話を聞いていた。
「そんなもんですって。それで私は行くあてがない子供が住む孤児院に預けられたんです。まぁそこでも結構苦労しまして」
「苦労ってのは」
「その時、私しか女の子がいなかったんです。だから男の子に凄いやられましたね。皆んな辛いから、私みたいな弱い人間を痛めつけて安心したかったんだと思います。まぁそれでいじめが酷くて、女の子も途中から入ってきたんですけど、まぁ仲良くなんか出来ません。
みんなの苦しみの受け皿としてもう確立されていましたかしら。
なので確か15歳の時にはもう働きにでました。たまたま人手不足の機械整備工場で作業も簡単なんで私でも働けたんですけど、ミスとかしたら給料無しとか普通にあって」
少女は黙々と語り続ける。その無表情な顔とは裏腹に、その口から出てくる事実は悲惨さを帯びている。
「凄いボロくてに狭い家の中で一人で暮らして、朝から夜まで働き詰め。私は最低限の仕事しかできないんで、必然と貰えるお金は一般に比べて、かなり減ってしまいます。
だから、毎日が生きるか死ぬかの戦いで、もう辛いとか楽しいとか考える暇すらなかった。何というか今更ですが、よく今までやってこれたなって思います。
仕事してから2年当たりでしょうか。
その日は雨で、仕事終わりに道を歩いていると、小犬が道路の真ん中に倒れてたんです。
とても弱っていて、助けなきゃって思って道路に飛び出て、子犬を抱えた瞬間にはもう‥」
「そっか、どうしてそんなに犬を助けようと思ったんだい?」
「なんでしょうね、多分自分を見ているようで悲しかったのかったんだと思います
結局あの子犬は助かったんでしょうか?」
「じゃあ行きますか」
小町はただ頷き、何か合点が行ったのか、急に立ち上がり、船をまた漕ぎ始めた。
急に立つもんだから、船が左右に揺れ、少女は右往左往している。
「あんた、非の打ち所がない不幸人間だよ。でも大丈夫だ。あんたは必ず天国に行けるし、また別の人生も歩むことも出来る。
あんたの歩んだ先にはそれ相当の幸福が待っているはずだから。
あんたと同じぐらいの人間の女の子を二人知っているんだ。そいつら、あんたなんかよりもダメ人間だけど、毎日楽しそうに生きてる。こっちが妬いてしまうぐらい。
だから心配を不要だよ」
小町は少女のほうを見ず、一方的に言葉を紡ぐ。その彼女の肩は小刻みに震えている。
「そう言っていただけると少し嬉しいです。小町さん、ちょっとお願いがあるんです」
少女は意を決して、小町に問いかける。
彼女は振り返らず、次の言葉を待っている。
「その良かったら、抱きしめてくれませんか?少しでいいんです。こうやって小町さんに話してたら、心残り出来ちゃって。
今思えば、一度も親に抱きしめられてない‥‥」
小町は少女の話を遮り、触れれば折れてしまいそうな華奢な体を深く強く抱きしめた。少女はこういう形で体温を確かめ合うのは初めてで、もたらされる暖かさを噛みしめるように味わっている。
「‥とても心がポカポカします。私、最後にこんな大事なもの貰っていいんでしょうか?」
「本当は誰もが貰っているものだ。別に何もバチも当たらない。だから好きなだけすれば良い」
「‥じゃあお言葉に甘えさせてもらいます‥」
二人は静かに抱き合っていた。
それは時間にすれば、数秒
でもそこから生まれた熱量は彼女の17年の人生を暖めるには十分すぎるほどだった。
「じゃあ、閻魔様の所に行っておいで。いまは一人じゃ無いだろ」
「はい、本当にありがとうございまました!
絶対今度は幸せになってやります。じゃあ行こ!」
「ワン!」
一人の少女と一匹の子犬が彼岸の地平を超えていく。もう戻れない事象の地平線。彼女らは無事それを超えた。もう姿は見えない。
「じゃあサボタージュ開始ですかね」
たぶん彼女はいま自分の能力-距離を操る程度の能力-に感謝しているかもしれない。
これがあったから、あの少女は幸福な門出を迎えられただろうから。
「あんたが始めてだったよ。そんなに自分の人生を俯瞰しているのは。やるせないねー。
不幸な子供をたくさん作り出す向こうの世界はどんな地獄なのやら」
死神は独白は三途の川に木霊する。
深い霧の奥に消えていく彼女の背中はどこか悲哀に満ちていた。
死者はここから三途の川を超え、彼岸に渡る。そこで閻魔にいままでの人生の全てを暴かれ、それに基づいて、相応の判決が下される。ある者は地獄に。ある者は天国に。ある者は新しい命を授かり第二の生を謳歌するだろう。
そして、いまここに、まだこの世の闇すら知らなそうな幼い少女の魂が、現実世界から流れてきた。
少女はここが何処か分からず、顔は困惑の色に染まっている。
「おぉ、仕事しようと思ったら丁度いた」
そんな中、三途の川の霧の奥から赤髪の着物を来た女性が、船を漕ぎながら颯爽と現れた。
「またまたこれは年が若いことで。まぁ話は乗りながら聞こう。お駄賃を出しな」
「えぇ、あの私、お金なんか。それにどうして私はここに」
少女は両手をしっかり広げて、何も持ってないことを死神にアピールする。
「お駄賃は持ってるよ。胸に手当ててみ。
そして、あんたは死んだのさ。だからここに来た。で、あたいはお迎えにあがった死神さ。名は小野塚小町。短いけどよろしくな」
「あの、この川泳げたりするんですか」
「泳げないことは無いが、ここにはそういう奴らを始末するための怪物が潜んでいるからね。2度目の死はオススメしないよ」
「別に未練なんてありませんから、戻ったりしませんよ」
少女は淡白に言いのける。まるでそれが
自然の摂理とでも言わんばかりに。
「どうして死んじまったんだい? お駄賃の量からして、
そんなに悪いこともしてないみたいだが」
小町は船を漕ぎながら少女に問うた。
まるで世間話を切り出すような気軽さで。
「そうなんでしょうか。あっ、理由は交通事故です」
少女はいま蘇ってきたとばかりの記憶を理解し、自分の死因を呟いた。
「それはまた運が悪かったなぁ。それともただの不注意かい?」
「不注意ですね」
「そうかそうか。まぁこんなところまで来て死の話題だけ喋るなんて、風情もあったもんじゃない。何か楽しい事でも話しておくれよ、さぁ!」
小町は努めて明るい雰囲気を作ろうとした。
彼女の裏表ない性格と陽気さは、どんな死者でも自然と楽しく喋れる場をもたらしてくれる。彼女が死者から人気の要因だ。
「特に無いです」
「えっ!!」
残酷にも小町がつくった良い感じの雰囲気は、少女の一言で見事に破壊された。
あまりにもびっくりして、小町は船から転げ落ちそうになった。
「ふぅぅ危なかった。いやまさか何も無いと言われるとは。あたいも長くこの仕事してるけど、かなり珍しいよ。本当に無いんかい?」
「はい。ありません」
少女は全く思案する様子すらなく、ドライにいい捨てる。そんなもの全く無いと目の奥の瞳が語っていた。
「またこれは難儀だな。うーん、恋は?」
「してません」
「青春は?」
「まったく」
「親との愛情とか?」
「いません」
「友達は」
「いません」
「ちょっと本気!?」
いろんな角度から投げてみるが、まったく帰ってこない。帰ってくるのは無。これでは小町の楽しく喋るという目標が達成されることは先ずないだろう。
「たぶんあんたが初めてだよ。こんなにも光るものがないのは。逆に気になってきたよ。
あんたがどんな人生を歩んできたのか。
良かったら、聞かせてくれないか?」
「私の無意味だった人生ならいくらでも」
少女は一呼吸置いて語り出した。
「私、生まれた時にはもう両親はいなかったんです。母親は他界。父親は浮気で逃げました」
「男って本当懲りないなー」
小町は漕ぐのをやめて、腰を落とし、あぐらをかいて、話を聞いていた。
「そんなもんですって。それで私は行くあてがない子供が住む孤児院に預けられたんです。まぁそこでも結構苦労しまして」
「苦労ってのは」
「その時、私しか女の子がいなかったんです。だから男の子に凄いやられましたね。皆んな辛いから、私みたいな弱い人間を痛めつけて安心したかったんだと思います。まぁそれでいじめが酷くて、女の子も途中から入ってきたんですけど、まぁ仲良くなんか出来ません。
みんなの苦しみの受け皿としてもう確立されていましたかしら。
なので確か15歳の時にはもう働きにでました。たまたま人手不足の機械整備工場で作業も簡単なんで私でも働けたんですけど、ミスとかしたら給料無しとか普通にあって」
少女は黙々と語り続ける。その無表情な顔とは裏腹に、その口から出てくる事実は悲惨さを帯びている。
「凄いボロくてに狭い家の中で一人で暮らして、朝から夜まで働き詰め。私は最低限の仕事しかできないんで、必然と貰えるお金は一般に比べて、かなり減ってしまいます。
だから、毎日が生きるか死ぬかの戦いで、もう辛いとか楽しいとか考える暇すらなかった。何というか今更ですが、よく今までやってこれたなって思います。
仕事してから2年当たりでしょうか。
その日は雨で、仕事終わりに道を歩いていると、小犬が道路の真ん中に倒れてたんです。
とても弱っていて、助けなきゃって思って道路に飛び出て、子犬を抱えた瞬間にはもう‥」
「そっか、どうしてそんなに犬を助けようと思ったんだい?」
「なんでしょうね、多分自分を見ているようで悲しかったのかったんだと思います
結局あの子犬は助かったんでしょうか?」
「じゃあ行きますか」
小町はただ頷き、何か合点が行ったのか、急に立ち上がり、船をまた漕ぎ始めた。
急に立つもんだから、船が左右に揺れ、少女は右往左往している。
「あんた、非の打ち所がない不幸人間だよ。でも大丈夫だ。あんたは必ず天国に行けるし、また別の人生も歩むことも出来る。
あんたの歩んだ先にはそれ相当の幸福が待っているはずだから。
あんたと同じぐらいの人間の女の子を二人知っているんだ。そいつら、あんたなんかよりもダメ人間だけど、毎日楽しそうに生きてる。こっちが妬いてしまうぐらい。
だから心配を不要だよ」
小町は少女のほうを見ず、一方的に言葉を紡ぐ。その彼女の肩は小刻みに震えている。
「そう言っていただけると少し嬉しいです。小町さん、ちょっとお願いがあるんです」
少女は意を決して、小町に問いかける。
彼女は振り返らず、次の言葉を待っている。
「その良かったら、抱きしめてくれませんか?少しでいいんです。こうやって小町さんに話してたら、心残り出来ちゃって。
今思えば、一度も親に抱きしめられてない‥‥」
小町は少女の話を遮り、触れれば折れてしまいそうな華奢な体を深く強く抱きしめた。少女はこういう形で体温を確かめ合うのは初めてで、もたらされる暖かさを噛みしめるように味わっている。
「‥とても心がポカポカします。私、最後にこんな大事なもの貰っていいんでしょうか?」
「本当は誰もが貰っているものだ。別に何もバチも当たらない。だから好きなだけすれば良い」
「‥じゃあお言葉に甘えさせてもらいます‥」
二人は静かに抱き合っていた。
それは時間にすれば、数秒
でもそこから生まれた熱量は彼女の17年の人生を暖めるには十分すぎるほどだった。
「じゃあ、閻魔様の所に行っておいで。いまは一人じゃ無いだろ」
「はい、本当にありがとうございまました!
絶対今度は幸せになってやります。じゃあ行こ!」
「ワン!」
一人の少女と一匹の子犬が彼岸の地平を超えていく。もう戻れない事象の地平線。彼女らは無事それを超えた。もう姿は見えない。
「じゃあサボタージュ開始ですかね」
たぶん彼女はいま自分の能力-距離を操る程度の能力-に感謝しているかもしれない。
これがあったから、あの少女は幸福な門出を迎えられただろうから。
「あんたが始めてだったよ。そんなに自分の人生を俯瞰しているのは。やるせないねー。
不幸な子供をたくさん作り出す向こうの世界はどんな地獄なのやら」
死神は独白は三途の川に木霊する。
深い霧の奥に消えていく彼女の背中はどこか悲哀に満ちていた。
ちょっと悲しい感じの中で暖かい気持ちになれるところが好みです きちんと自分の持ってる能力使ってやる時はやる小町姉貴…
小町はそれを助けたと言うかお仕事をしたと言うか。
それでも報われる部分があってとても良かったです。