Coolier - 新生・東方創想話

纏ったヴェールを引き剥がせ!

2018/12/05 23:18:02
最終更新
サイズ
11.98KB
ページ数
1
閲覧数
1791
評価数
6/9
POINT
660
Rate
13.70

分類タグ



 つい先程昼食を摂ったばかりだと言うのに暗がり始めた空を見上げ、彼女はため息をこぼした。刺されたように痛む肌をさすり、急ぎ足でその前まで行って戸を開け中へと潜り込む。外に比べれば幾分もマシなその場所に今度は安堵の息をこぼすも、まだ足りないと湯を求めたところで彼女は固まった。
「お先してるよ、早苗」
「たまには裸の付き合いと行こうじゃないか」
 恐らくこれから自分が入るとわかった上で、湯船で待ち構えていた二神の姿があったからだ。


 幻想郷において風呂の存在は貴重なものである。薪の調達の問題で内風呂を持つ家はほとんどなく、最近できたという温泉を除くと、人里の人間が利用出来る風呂は数軒しかない銭湯に限られる。
 そのうちの一軒に、幻想郷で数少ない『外からやって来た人間』たる東風谷早苗は訪れていた。
 こちらに来たばかりの頃、内風呂が当然のものとしてある外にいた彼女にとって幻想郷の風呂事情は驚愕に値するものであった。しかし良く言えば適応能力が高く、悪く言えば染まりやすかった彼女はすぐにそういうものと受け入れた。とはいっても実際のところ彼女が銭湯を利用したことは数える程しかない。彼女が身を置く守矢神社の境内の住まいには珍しく風呂が備え付いていたためだ。
 故に、そこに至る経緯は不本意だったものの、ドキドキとワクワクをない混ぜにした感情を胸に彼女は戸を開いた。
「あら、珍しいわね」
 そんな彼女にとって、一番に意識が向いた先が見知った巫女の顔だったというのは如何なものだったろうか。


「ここにはよく来るんですか?」
「うちにはお風呂はないからね。基本毎日来てるわよ」
 早苗は体を洗う顔見知りの巫女――霊夢の横にいそいそと腰を下ろした。何処でどうすべきかほとんど覚えていない彼女にとって、顔見知りがいることが与えた感情は何より安堵が勝っていた。
「って、あーーーー!!」
 さて次はどうすべきかと霊夢の方を伺った時、あるモノを目にし早苗は思わず声を上げる。五月蝿そうに目を細める霊夢をよそに早苗は言葉を続けた。
「それ! 石鹸! どこで買ったんですか!?」
「これ? これは――――」
「私があげたのよ」
 背後からの声に勢いよく振り向いた早苗の頬に突き出された指が刺さる。彼女の視界の端、水に濡れて刺々しさを失った艶やかな銀髪が揺れた。
「静かになさい」
「ひゃくやひゃん」
「返事は?」
「ふみまへん……」
 早苗が素直にそう答えると、彼女はよろしいとだけ言って霊夢の横に膝をついた。
「石鹸《シャボン》が欲しいなら融通するわよ。量によってはタダでとはいかないけど」
「いいんですか……! 欲しいです欲しいです……!」
 はしゃぎたい気持ちをぐっと抑え、声を殺して喜ぶ早苗に咲夜は苦笑する。しかしそのその横で霊夢は怪訝な表情を浮かべた。
「これ、そんなにいいかしら? 糠で洗うのに比べて肌が乾燥するわよ」
「それだけ綺麗になってるってことですよ!」
「嫌なら別に使わなくていいのよ?」
「勿体ないから使うわよ」
 如何にも霊夢らしい答えに咲夜と早苗は顔を見合わせて笑った。


「はぁ〜この感じ、この感覚ですよ……。欲を言えばシャンプーも欲しいですけど」
 久々に味わう石鹸の滑らかな感触と爽やかな香りに早苗は恍惚とした息を漏らす。そこでふとあることに気付いた。
「あれ? 石鹸があるってことは紅魔館にもお風呂はあるんですよね?」
 咲夜は水に濡らした布で体に残った泡を拭き取る手を止めることなく答える。
「あるにはあるけど、落ち着けないことも多いのよ」
「広すぎて、とかですか?」
 うーむと体ごと首を傾ける早苗。対する咲夜はいいえと首を横に振った。
「魔理沙がよく入りに来るの」
「何やってるのよアイツ……」
「妹様や妖精メイドの相手をしてくれるのは助かってるのよ。ただいつもいつもエスカレートして最後には大暴れ。まったく誰が掃除すると思ってるんだか」
 今まで動かし続けていた手を止め眉間に当てたことから彼女の気苦労が伺い知れた。
 しかし、と早苗は周囲をぐるっと見回した。日が落ちるまでまだ少しある時間ではあるが、少なくない人数が銭湯を利用している。だがそこに金髪の少女の姿はない。
「そういえば、魔理沙さんはここに来てないんですね」
「ここじゃ身内に合うかも知れないからね」
 彼女が親との疎遠になっているのを思い出して早苗は苦笑する。
「それで紅魔館のお風呂に行ってると……。だけど魔理沙さんならお風呂くらい魔法でなんとかなりそうですけどね」
「私もそう思ったわ。実際うちのお風呂はパチュリー様が管理しているから。だけどそれを指摘したら『そんなこと家でしたら湯気で本がダメになるだろ』って」
「別にあんたたちには関係ないんだし、追い出しちゃえばいいじゃない」
「その本の殆どがパチュリー様のものじゃなければね」
 ああ……、と霊夢は呆れたような諦めたような声を漏らす。早苗も再度苦い笑みをこぼし、その後しばらく続いた咲夜の苦労話に耳を傾けた。そのように愚痴をこぼす咲夜の姿は咲夜の目には新鮮で、距離が近づいた気がした。


「にしても早苗《あなた》。反応から察するに守矢神社にも内風呂があるんでしょう? どうして今日はここに?」
 次はお前だ、ということだろう。咲夜が早苗へと問いを投げる。早苗はあはは、と乾いた笑みをこぼした。


「そんなことでここにきたの?」
 霊夢は心底呆れたと言った風に深くため息を付いた。それを見て早苗は甲高い声を上げる。
「そんなことってなんですかそんなことってー!!」
「うるさい」
「あうっ」
 霊夢に向き合っていた早苗は背後からの手刀に気付かず、脳天直撃の緩い衝撃に喘いだ。
 患部をさすりながら早苗は数トーン落とした声で続ける。
「……そりゃ私も昔はお母さんとお風呂に入ったりしてましたよ。けどもう何年も前の話ですよ? いきなり一緒に入ろうって言われても無理ですよ……」
 心なしか小さくなったように見える早苗の姿に、咲夜は何か納得したように声を漏らした。
「ずっと体を隠してるのはそういうことだったのね」
 咲夜の視線の先、早苗の体は鎖骨のあたりから下、太腿の中ほどまで巻かれた布で隠されている。流石に体を洗っている間は外していたものの、逆に言えばそれ以外の間はずっと彼女はそれを身につけていた。
「うら若き乙女としては当然の対応ですよ!」
「別に減るものでもないじゃない」
「減るんですー! 私の、その、精神的な何かが――――あうっ!」
 三度目となれば最早口頭での注意などなく、ただ振り下ろされた手刀が早苗の頭に刺さった。


 二人に倣い大方体を洗い終え、また二人に続いて早苗が浴槽に浸かろうとしたところで霊夢に止められた。
「ちょっと早苗、手ぬぐいは湯に浸けちゃ駄目よ」
「え、そうなんですか!?」
「まぁ少なくとも、いい顔はされないでしょうね」
 咲夜も霊夢に同意する。確かに周囲の人間は一人としてそうしていない。それが銭湯の常識なのだろうと早苗は理解する。
 しかしだからといってはいそうですかと肌を晒せるのであれば早苗は今ここにいない。
 悶々と葛藤を続ける早苗。それを浴槽の中で気だるげに眺めていた霊夢が口を開いた。
「あんたそれ隠したくて付けてるんでしょうけど、周りを突き放してるって気付いてる?」
「――――え?」
 普段と変わらないトーンで放たれた言葉に、早苗は反応出来ずにただ声を漏らす。
 霊夢は気にせず続ける。
「何かを必死で隠してる奴には近付き難いし、近付いてもあんたが隠すのに必死で気付いてない」
「そんなこと――――」
 咄嗟に否定しようと口を開いたものの、最後まで紡がれることなく声は地に落ちる。
「別に隠すことが悪いとは言わないけれど、少しだけ周りを見てみたら見えてくるものもあるんじゃない?」
 肩まで深く湯に浸かり、瞼を下ろしたまま咲夜はそう付け足した。
 ――周りを?
 咲夜の言いたいところが分からず早苗はただ言葉のまま周囲を見渡した。先と同じようにそれなりの人で賑わっていて、皆それぞれ和気あいあいと言葉を交わしている。その姿を見て彼女が想起したのはあの二神のことだった。
 『近付いてもあんたが隠すのに必死で気付いてない』。霊夢はそう告げた。つまりあの人達が一緒にお風呂に入ろうとしたのにもなにか意味が? 早苗は思考する。
 早苗は誰かとお風呂に入った経験がそう多くない。故に思い起こされるのはつい先程の、咲夜の愚痴を聞いた記憶。
「――――そっか……」


 ざぶん、と波が揺れたのを感じ、霊夢は目を開いた。咲夜が水に濡らし折りたたんだ手ぬぐいを頭に載せながら問う。
「決心はついたのね」
「はい。まだ少し緊張してますけど……」
「すぐ慣れるわ」
 霊夢は再びまぶたを下ろした。

 それから三人は軽くのぼせるまで言葉を交わした。
 溶けて、混ざって、まるで自分の一部になったような。早苗は二人をそれくらい近くに感じた。
 




 
「こういう時は裸の付き合いだよ、って言ったのはアンタだろ?」
「だからといっていきなりあんな強引な方法を取るとは思わないよ」
「アンタも乗ったじゃないか」
 早苗が銭湯を訪れた翌日。守矢神社の一角にて静かな口論が繰り広げられていた。
 否、繰り広げられていると言うには沈黙の時が長い。実際二人の様子は相手を非難したいという風ではなく、自分の中で溜まった鬱憤のはけ口を見つけられないでいるといったように見えた。
 無意味だとわかっていても他に取るべき手段が分からない。何が神だと相手を、己を嘲笑う。そんなやるせない時間を二人が過ごしていると、すっと襖が開いた。
「こんなところにいらっしゃったんですか」
「……早苗」
 二人のうち帽子を被った方が声を漏らす。もう一人も同じようにこぼしそうになるが、その声でふと我に返り立ち上がった。
「どうした早苗。私たちを探していたということは、何か火急の事態か?」
「えっ? ああいえ、違います違います」
 平静を装って迎えた神の対応も、緊急の要件を想定して対応しているところに心の乱れが浮き出ていている、ともう一人の神は思う。しかし同時に早苗の様子もいつもと違うように思えた。
「どうかした? 早苗」
 後を押すように彼女も問いを重ねる。
「えっと、その……」
 早苗はもごもごとまごついた様子を見せる。しかしすぐに決心がついたのか顔を上げ、二神をまっすぐ見据えた。
「一緒にお風呂に入りませんか!?」


 守矢神社は最近になって幻想郷にやってきたのもあって、その浴室浴槽は幻想郷内の他のものに比べるとかなり現代的である。燃料であるガスを賢者に頼み込んで用意してもらう必要はあるものの、薪を使用しないガス式故に彼女たち三人が同時に気兼ねなく入浴することが実現できた。
 とはいえ当然ながらその大きさは三人での入浴を考慮したものではない。相方たる神の頭を洗う早苗の姿を浴槽から眺めつつ、神霊たる彼女は――まるで人の親のように――ぽつりとこぼした。
「本当に大きくなったねぇ」
「! ……そんなにですかね?」
「ちょっと前まで私が洗ってあげる側だったもんねぇ」
「まったく、早いもんだよ」
 早苗は顔を真っ赤にしてその手を止める。彼女の肌は今、何ものにも隠されていない。そのことへの抵抗が全て払拭できたかと言えば嘘になる。
 しかしそれでも気分は悪くなかった。悪くないと、知ることができた。


 一通り体を洗い終え、三人は段になるように湯船に浸かっていた。そこに会話はなく、三人共天井を見上げたまま湯と肌の温かさをその身に感じていた。
 そんな中、早苗が口を開いた。
「私、このままでいいのか、って思ってたんです」
 二神は何も言葉にしない。ただ早苗の次の言葉を静かに待っていた。
「確かに、確かに体は大きくなったのかも知れませんけど、やっていることは何も変わってないんです。幻想郷にきて信仰は得られました。だけどそれはお二人の力で……私は何もやってないんです」
 結局霊夢さんにもやられちゃいましたしね……、と早苗は苦い笑みを浮かべる。
「だから色々やろうと思ってたんですけど、よくわからなくて」
 言って俯く早苗を前に、神霊の彼女はゆっくりと口を開いた。
「神、あるいは神社ってのは心の支えだ。いつ参拝しても変わらずそこにあって、見守ってくれているから人々はそれを支えに生きていける。そういう意味で早苗、あんたは十分立派だよ」
 強く、優しい言葉。しかしその強いぬくもりは、じんわりと早苗を温め、溶かしていく。悩みを抱える彼女と、信頼に寄る理解を訴える彼女がずれていく。
「ですけど――「だけどね」
 口を突いて出た早苗の否定の言葉を遮るように彼女は声を被せた。
「だけどね早苗。あんたが何かやりたいことがあるんだって言うなら、私達はそれを止めたりしない」
「むしろ私達にできることがあるなら何だってするよ」
 こぼれそうになった早苗の心が四つの手のひらにそっと包まれた。水と油のように別れていた二つの心がゆるゆると混ざっていく。
「――ありがとう、ございます……っ」
 早苗は顔を隠すようにして目の前の背中にぎゅっと抱きついた。回した手の上に小さな手がそっと置かれる。そしてその二人を包むようにして後ろからも腕が伸びた。
 お湯なんかよりもずっと、ずっと温かいその温度に、早苗はしばし身を委ねていた。



 それからしばらく時が経ち、二神は早苗に呼び出された。
「何か見つけたのかい?」
「はい! とっておきですよ!!」
「それは楽しみだね」
 じゃあ聞かせてもらおうか、と二神が尋ねると早苗は得意げに胸を張った。
「守矢神社の新しいサービスは……『温泉』です!! 私がお風呂で色々と悩みを解決できたように、私達がお風呂で皆さんの悩みを解決するんです!!」
 目をキラキラと輝かせて語る早苗を遠目に小さな神は躊躇いながら声を上げる。
「あー、いやー、早苗? それはちょっと色々と……。ねぇ?」
 恐る恐るといった風に彼女が神霊の方を向くと、彼女は良く言えば肝の座った、悪く言えば諦めた笑顔を浮かべていた。
「何でもするって言ったからな」
「え、ちょっとかなk「それが早苗のためだよ。なぁ?」
 一度突き放されたような感覚から一転、早苗との距離をぐっと近づけた。何でもすると言った手前断ればまた距離が離れると思っているのか強い圧力をかけてくる神霊に、思ったより可愛いところがあるな、と思いつつ彼女は渋々同意した。
「それじゃあ、頑張りましょー!」
「「おー……」」
 それが良いのか悪いのか現状誰も知る由はないが、しかし間違いなく彼女たちはその距離を縮め、歩み始めたのだった。











 ちなみに計画は賢者によってすぐに差し止められた。


11/26がいいお風呂の日だと聞いて思いつきました。思いついたところで一日で書けるわけないだろ!!

短編書いてるTwitter→@Tenko0765
天虎
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.140簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
とても良かったです
2.70名前が無い程度の能力削除
石鹸くらいフツーに売ってると思うんすよ(19世紀末の日本の価値基準で見た場合、花王が最初に売り出した石鹸は、3個で値段が米1.5キロの4~5倍らしいですけど…)
4.100南条削除
面白かったです
霊夢たちの文化にもちゃんとなじんでいくあたり、さすが適応能力の高いと言わしめる早苗さんだと思いました
5.80名前が無い程度の能力削除
まったりほのぼのしてて和んだ
6.80モブ削除
大変楽しく読ませていただきました。ですが、個人的には作者様のもう少し長い話を見てみたいなとも感じてしまうのです。御馳走様でした
7.100大豆まめ削除
これぞザ・裸の付き合い。
温泉や銭湯は露骨にパーソナルスペースが縮まりますよね。普段身にまとってる衣装を外すことで、心の距離も縮まっていく構図がキレイで、ほのぼのして、好きでした。