「あれー?」
「あん? なんだ、お前か」
「まりさだー」
ふよふよと寄ってきた黒い球体の中から姿を表したルーミアに、魔理沙は片手を上げて会釈した。
一方ルーミアは、いつもののほほーんとした顔でふよふよ寄ってくる。
「なにしてるのー」
「見りゃわかるだろ。マジメな魔理沙さんは今日も今日とて研究に勤しんでるんだ」
「わー、きのこがいっぱいー」
魔理沙の傍らに置いてあるバスケットに満載されたきのこを、ルーミアは珍しそうに眺めている。
「まりさはきのこが大好きなのかー」
「まーな。魔法使うのにも必要な材料だし、魔法の森は魔素を含んだ特殊なのが……」
魔理沙の説明を聞いているのかいないのかルーミアはバスケットの中をあさり始めた。
「くんくん。おいしそーな匂いがするー」
「まあそりゃ、お前ら妖怪にとっちゃ高濃度の栄養食みたいなのもあるかもな」
「ねー、食べてもいーい?」
「あっバカ! 素人が勝手に……」
「あーん、ぱっくん」
静止も聞かず、ルーミアは手にしたきのこを食べてしまった。
「……おい、ルーミア?」
明らかにアウトな色のきのこを見事ひと口で完食したルーミアは、しばし沈黙。
凝視する魔理沙。
「きゅーっ」
「あーやっぱダメだったか……」
ルーミアは「X_X」みたいな顔でぽてんと倒れてしまった。
傍若無人で通る悪名高い普通の魔法使いも、さすがにこれを放置するのは後味が悪かったらしく、ため息ひとつ、草むらの上に伸びている宵闇の妖怪を抱え上げた。
「……ふにゃ?」
「お、気がついたか」
ベッドの上でのろのろと体を起こしたルーミアの目に、魔女の黒装束の背中が映る。
厨房だか研究室だかよくわからない部屋で大きな釜の中身をかき混ぜていた魔理沙は、ルーミアの方に歩いてきて、おでこに手を当てる。
「熱はないみたいだな。まったく見境なしになんでもかんでも食べやがって……。あれ、けっこうヤバいやつだったんだぜ? ま、それで平気な顔してるってあたり、お前も曲がりなりにも妖怪ってとこだな」
「んー……るーみゃ、きのこ食べて気絶しちゃったんだっけ」
「ああ。それで私がわざわざ自分ちまで運んできてやったんだぜ? 感謝しろよ」
「んみー……」
まだ意識がはっきりしていないのか、ルーミアはふにゃふにゃ言っていたが、突然思い出したように叫んだ。
「るーみゃにらんぼーする気なのかー! えろどーじんみたいに! えろどーじんみたいに!」
「お前それ意味分かって言ってる?」
「えへへー、わかんないー。ゆってみただけー。えろどーじんてなにー?」
「お前なあ……。で、体の方は大丈夫なのか?」
「んー、たぶんだいじょぶー……」
危なっかしい足取りでベッドから降りたルーミアだが、まだ調子がおかしいのか、そのままふらふらぺたんと座り込んでしまった。
「ふあー、ふにゃー……」
「あーもうおとなしく寝てろって……」
苦笑しつつ、魔理沙はルーミアを抱え上げる。
「えへへへー♪」
「なにへらへら笑ってるんだよお前。まだ毒でも残ってるのか?」
「お姫さまだっこだー♪」
「……っ」
のんきな笑顔でそんなことを言うルーミアに、魔理沙は思わず赤面してしまった。
両手がふさがった状態でなんとかそれを隠そうと、魔理沙は顔を背けながらルーミアをベッドに寝かせる。
「いいからもうおとなしくしとけよ? まったく……」
ぶつぶついいながら隣の部屋に戻って行く魔理沙。
肩越しに視線をやると、ルーミアはもうベッドの中で寝息を立てている。
それに、妙に嬉しい気がして、魔理沙は小さく笑みを漏らした。
そして、しばらくして。
「……んみ?」
「はは、このくいしんぼめ。匂いに釣られて起きてきたか」
もぞもぞとベッドの上に体を起こしたルーミアに、湯気を立てる鍋を持った魔理沙がいたずらっぽく笑いかける。
部屋の真ん中に置かれたテーブルに鍋を置くと、魔理沙はルーミアを手招きした。
「食べてもいいいのー?」
「人食い妖怪に食べられちゃかなわんからな。魔理沙さんの手料理だ、ありがたく思えよー?」
「わーい! ごはんー!」
満面の笑みでベッドから出てくるルーミア。
魔理沙の向かいの席にちょこんと座って、お行儀よく手を合わせる。
「いただきまーす!」
「へえ、野良妖怪のわりには礼儀知ってるじゃないか」
「お食事はねー、いっつもカンシャして食べてるのー。えらいでしょー」
そう言ってルーミアは、ぺったんこな胸をそらしてふんぞり返ってみせる。
その様子がおかしくて、魔理沙は苦笑を漏らした。
「おいしー、しあわせー♪」
ルーミアは不器用な手付きながらも、おいしそうに魔理沙の作った料理を食べている。
そのようすに、魔理沙は知らず、頬を緩めるのだった。
さも幸せそうに料理を食べているルーミアを見ていると、自分まで幸せな気持ちになってきて、魔理沙は思わず頬を緩めた。
「へへへー♪ まりさのお料理はー、おいしいなー♪」
ルーミアはのんきなにこにこ顔で、またたく間に料理を平らげてしまった。
「ごちそうさまでしたー!」
「おう、おそまつさまだぜ」
行儀よく手を合わせるルーミアに、魔理沙も笑って返す。
食器を片付けながら、魔理沙は我知らず、鼻歌が出ているのに気づく。
なんだか今日は、妙に機嫌がいい。
それはやはり――。
背中越しに、後ろに視線をやる。
ルーミアは魔理沙のベッドの上で寝転んで、読めるのか読めていないのか、そこらへんの本を手にとってぱらぱらめくっている。
この、くいしんぼの不意の来客のせいだろうか。
いつぶりだろう。この家で、誰かといっしょに食事をするのは。ふとそんなことを思う。
思えば、魔理沙が誰かと食事をするときは、いつも自分の家以外の誰かの家だった。
霊夢の神社に押しかけたり、アリスの家に招かれたり、パチュリーの図書館に乱入したり。
「へへ……」
後ろのルーミアにばれないように、魔理沙はこっそり、笑いを漏らした。
自分の家に誰かがいるのが、なんだか不思議で、くすぐったくて。
「まりさー」
と、背中にルーミアの声がかかった。
「……な、なんだ?」
うっかり声が上ずってしまわないようにしたつもりだったが、どもってしまった。
しかしルーミアの方は魔理沙のそんなようすにまったく気づいていないようすで、手にしていた本を閉じた。
「るーみゃ、そろそろ帰るねー。ごはんありがとー」
「……あ、ああ。気をつけて帰れよ」
ぴょんとベッドから飛び降りて、てこてことドアの方に歩いていくルーミアの背中に、魔理沙は無意識に手を伸ばしかけた。
と、ルーミアがドアノブに手をかけて開けた途端、バケツを引っくり返したような大雨が降ってきた。
「うわー、降ってきちゃったのかー……」
「な、なあ」
「んみ?」
「今日お前、泊まっていけよ。この雨じゃ帰れないだろ?」
「いいのー?」
「さすがにこの雨の中帰らせるのは人道にもとるからなー」
とか言いながら、魔理沙は内心ホッとしているのだった。
それから魔理沙は、実験の続きや資料の整理などをして過ごした。
それをルーミアは、ちょこちょこついてまわりながら覗き込んでいる。
「ねー、これなーに?」
「ああ、それはだな……ってお前、なに食おうとしてるんだ!」
そんなふうに騒ぎながらも、自分の家でこんなに長い時間誰かと過ごすのはずいぶんと久しぶりで、魔理沙は嬉しくなった。
そうしているうちに日は暮れ、窓の外には夜の帳が降りてきていた。
本来なら日が落ち、月の昇るこの時間からがルーミアたち妖怪の時間のはずなのだが……。
「ふにゃー……ふにゃー……」
ベッドの上に座ったルーミアは、ふにゃふにゃ言いながら船を漕いでいる。
「なんだお前、妖怪のくせしてもうおねむか?」
「んみー、ねむーい……へんなの食べたからかなー……」
などと言いながらふらふらしていたルーミアだが、やがてベッドの上にぽてんと横になって寝てしまった。
「あーもう寝ちまいやがった……。ベッド一つしかないんだぞ」
ベッドを占領されてしまった魔理沙は、ぶつぶつ文句を言いながらも寝る準備を始めた。
その間もルーミアは、すやすやとのんきな寝息を立てている。
ベッドからどかすのはさすがに気が引けたので、魔理沙はルーミアを抱え上げ、起こさないようにそっと移動させると、その横に潜り込んだ。
「ふにゃー……すかぴー……」
「まったくのんきに寝こけやがって」
などと悪態をつきながら、ルーミアのおでこをつついてみる。
その罪のない寝顔を見ていると、妙に優しい気持ちになってくるのを、魔理沙は感じていた。
思えば、こうやって誰かと一緒に寝るのも久しぶりのような気がする。
そっと手を伸ばし、頭をなでてやる。
ふわふわの金髪が手に心地よい。
その感触がふと、魔理沙にある記憶を思い出させた。
そう、すっかり忘れていたけれど、前にもこういうことがあった。
――もっとも、立場は逆だったけれど。
(かあさま……)
だが、それはもう、記憶の奥底に埋もれた出来事でしかない。――もう、かなわないことなのだ。
「……くそっ。イヤなこと思い出させやがって」
そう言ってぷにぷにしたほっぺたをつついてやると、ルーミアは無責任にむにゃむにゃと寝言を漏らした。
「……寝るか」
横になって、シーツを頭から被り、目を閉じる。
そのとなりでは、ルーミアがすやすやと寝息を立てているのがわかった。
と、ルーミアがもぞもぞみじろぎする。
「んー、みー……」
子猫のようにみぃみぃ言いながら、ルーミアは魔理沙の胸の上に覆いかぶさってきた。
「お、おい……」
すっかりねぼけているのか、ルーミアは魔理沙の胸の上にちょこんと両手を置いて、また寝息を立て始めた。
胸元にかかる吐息がくすぐったい。
子供の見た目をしているからか、ルーミアは体温が高い。胸に乗ったその体温は、じわりと沁みるように暖かかった。
その体温に惹かれるようにして、魔理沙は小さな背中に手を伸ばした。
ぎゅっと抱きしめる。
「みー……みぅーん……みふふふ……♪」
くすぐったいのか、ルーミアは魔理沙の腕の中でくすくす笑う。
もぞもぞと両手を伸ばし、魔理沙にぎゅっと抱きついてきた。
擦り寄せられたほっぺたが、やわらかい。
「ねー、まりさー……」
「ひゃ……!?」
その声は耳元すぐ近くで聞こえて、魔理沙は思わず声を上げてしまった。
「お、起きてるのか……!?」
すぐ近くにあるルーミアの顔はぽやーっとしていて、起きているのか寝ているのかよくわからない。
ルーミアは、その顔のまま言葉を続ける。
「まりさはー、さみしいのー……?」
「……!」
その言葉が、魔理沙の中の、なにか致命的な部分を刺激して――。
うっかり、やってしまった。
ぽろり、と。
涙を、こぼしてしまった。
あわてて涙を拭う。
「な、なんだよお前、変なこというなよ……」
「まりさー……」
ぽやーっとした顔のまま、ルーミアが顔を近づけてきた。
そして、魔理沙の頬に残った涙を、ぺろんと舐めた。
「へへへー、しょっぱいー」
いつもの顔でふにゃふにゃ笑って、ルーミアはぎゅっと抱きついてくる。
「んー……はみっ」
「ひゃうんっ!」
いきなり耳たぶを甘噛され、魔理沙は全身をはねさせてしまった。
「ね、寝ぼけてるのか!? いきなりなにするんだよ!」
魔理沙の抗議が聞こえているのかいないのか、ルーミアは魔理沙の首筋に顔を埋める。
「ねー、まりさー……」
やわらかい唇の感触が首筋をなぞり、魔理沙は体をふるわせる。
「今夜はー、るーみゃがいるからねー……さみしくないよー……」
そう言って笑いかけるルーミアの顔に、魔理沙はひどく懐かしい面影を見た。
寂しい夜には、必ずいっしょにいてくれた、自分と同じ、金色の髪の――。
「さみしくないよー……」
ルーミアはもう一度そう笑って、魔理沙の頬に唇を寄せた。
「ちゅ」
唇を触れさせただけの、拙いキス。
それでも魔理沙は、もう涙を堪えることができなくなっていた。
「えへへ、ちゅーしちゃった」
涙でぼやけた視界の中、ルーミアの顔がまた近づいてくる。
「もっと、するー……?」
魔理沙は応える代わりに手を伸ばして、開きっぱなしだったカーテンを閉めた。
「あん? なんだ、お前か」
「まりさだー」
ふよふよと寄ってきた黒い球体の中から姿を表したルーミアに、魔理沙は片手を上げて会釈した。
一方ルーミアは、いつもののほほーんとした顔でふよふよ寄ってくる。
「なにしてるのー」
「見りゃわかるだろ。マジメな魔理沙さんは今日も今日とて研究に勤しんでるんだ」
「わー、きのこがいっぱいー」
魔理沙の傍らに置いてあるバスケットに満載されたきのこを、ルーミアは珍しそうに眺めている。
「まりさはきのこが大好きなのかー」
「まーな。魔法使うのにも必要な材料だし、魔法の森は魔素を含んだ特殊なのが……」
魔理沙の説明を聞いているのかいないのかルーミアはバスケットの中をあさり始めた。
「くんくん。おいしそーな匂いがするー」
「まあそりゃ、お前ら妖怪にとっちゃ高濃度の栄養食みたいなのもあるかもな」
「ねー、食べてもいーい?」
「あっバカ! 素人が勝手に……」
「あーん、ぱっくん」
静止も聞かず、ルーミアは手にしたきのこを食べてしまった。
「……おい、ルーミア?」
明らかにアウトな色のきのこを見事ひと口で完食したルーミアは、しばし沈黙。
凝視する魔理沙。
「きゅーっ」
「あーやっぱダメだったか……」
ルーミアは「X_X」みたいな顔でぽてんと倒れてしまった。
傍若無人で通る悪名高い普通の魔法使いも、さすがにこれを放置するのは後味が悪かったらしく、ため息ひとつ、草むらの上に伸びている宵闇の妖怪を抱え上げた。
「……ふにゃ?」
「お、気がついたか」
ベッドの上でのろのろと体を起こしたルーミアの目に、魔女の黒装束の背中が映る。
厨房だか研究室だかよくわからない部屋で大きな釜の中身をかき混ぜていた魔理沙は、ルーミアの方に歩いてきて、おでこに手を当てる。
「熱はないみたいだな。まったく見境なしになんでもかんでも食べやがって……。あれ、けっこうヤバいやつだったんだぜ? ま、それで平気な顔してるってあたり、お前も曲がりなりにも妖怪ってとこだな」
「んー……るーみゃ、きのこ食べて気絶しちゃったんだっけ」
「ああ。それで私がわざわざ自分ちまで運んできてやったんだぜ? 感謝しろよ」
「んみー……」
まだ意識がはっきりしていないのか、ルーミアはふにゃふにゃ言っていたが、突然思い出したように叫んだ。
「るーみゃにらんぼーする気なのかー! えろどーじんみたいに! えろどーじんみたいに!」
「お前それ意味分かって言ってる?」
「えへへー、わかんないー。ゆってみただけー。えろどーじんてなにー?」
「お前なあ……。で、体の方は大丈夫なのか?」
「んー、たぶんだいじょぶー……」
危なっかしい足取りでベッドから降りたルーミアだが、まだ調子がおかしいのか、そのままふらふらぺたんと座り込んでしまった。
「ふあー、ふにゃー……」
「あーもうおとなしく寝てろって……」
苦笑しつつ、魔理沙はルーミアを抱え上げる。
「えへへへー♪」
「なにへらへら笑ってるんだよお前。まだ毒でも残ってるのか?」
「お姫さまだっこだー♪」
「……っ」
のんきな笑顔でそんなことを言うルーミアに、魔理沙は思わず赤面してしまった。
両手がふさがった状態でなんとかそれを隠そうと、魔理沙は顔を背けながらルーミアをベッドに寝かせる。
「いいからもうおとなしくしとけよ? まったく……」
ぶつぶついいながら隣の部屋に戻って行く魔理沙。
肩越しに視線をやると、ルーミアはもうベッドの中で寝息を立てている。
それに、妙に嬉しい気がして、魔理沙は小さく笑みを漏らした。
そして、しばらくして。
「……んみ?」
「はは、このくいしんぼめ。匂いに釣られて起きてきたか」
もぞもぞとベッドの上に体を起こしたルーミアに、湯気を立てる鍋を持った魔理沙がいたずらっぽく笑いかける。
部屋の真ん中に置かれたテーブルに鍋を置くと、魔理沙はルーミアを手招きした。
「食べてもいいいのー?」
「人食い妖怪に食べられちゃかなわんからな。魔理沙さんの手料理だ、ありがたく思えよー?」
「わーい! ごはんー!」
満面の笑みでベッドから出てくるルーミア。
魔理沙の向かいの席にちょこんと座って、お行儀よく手を合わせる。
「いただきまーす!」
「へえ、野良妖怪のわりには礼儀知ってるじゃないか」
「お食事はねー、いっつもカンシャして食べてるのー。えらいでしょー」
そう言ってルーミアは、ぺったんこな胸をそらしてふんぞり返ってみせる。
その様子がおかしくて、魔理沙は苦笑を漏らした。
「おいしー、しあわせー♪」
ルーミアは不器用な手付きながらも、おいしそうに魔理沙の作った料理を食べている。
そのようすに、魔理沙は知らず、頬を緩めるのだった。
さも幸せそうに料理を食べているルーミアを見ていると、自分まで幸せな気持ちになってきて、魔理沙は思わず頬を緩めた。
「へへへー♪ まりさのお料理はー、おいしいなー♪」
ルーミアはのんきなにこにこ顔で、またたく間に料理を平らげてしまった。
「ごちそうさまでしたー!」
「おう、おそまつさまだぜ」
行儀よく手を合わせるルーミアに、魔理沙も笑って返す。
食器を片付けながら、魔理沙は我知らず、鼻歌が出ているのに気づく。
なんだか今日は、妙に機嫌がいい。
それはやはり――。
背中越しに、後ろに視線をやる。
ルーミアは魔理沙のベッドの上で寝転んで、読めるのか読めていないのか、そこらへんの本を手にとってぱらぱらめくっている。
この、くいしんぼの不意の来客のせいだろうか。
いつぶりだろう。この家で、誰かといっしょに食事をするのは。ふとそんなことを思う。
思えば、魔理沙が誰かと食事をするときは、いつも自分の家以外の誰かの家だった。
霊夢の神社に押しかけたり、アリスの家に招かれたり、パチュリーの図書館に乱入したり。
「へへ……」
後ろのルーミアにばれないように、魔理沙はこっそり、笑いを漏らした。
自分の家に誰かがいるのが、なんだか不思議で、くすぐったくて。
「まりさー」
と、背中にルーミアの声がかかった。
「……な、なんだ?」
うっかり声が上ずってしまわないようにしたつもりだったが、どもってしまった。
しかしルーミアの方は魔理沙のそんなようすにまったく気づいていないようすで、手にしていた本を閉じた。
「るーみゃ、そろそろ帰るねー。ごはんありがとー」
「……あ、ああ。気をつけて帰れよ」
ぴょんとベッドから飛び降りて、てこてことドアの方に歩いていくルーミアの背中に、魔理沙は無意識に手を伸ばしかけた。
と、ルーミアがドアノブに手をかけて開けた途端、バケツを引っくり返したような大雨が降ってきた。
「うわー、降ってきちゃったのかー……」
「な、なあ」
「んみ?」
「今日お前、泊まっていけよ。この雨じゃ帰れないだろ?」
「いいのー?」
「さすがにこの雨の中帰らせるのは人道にもとるからなー」
とか言いながら、魔理沙は内心ホッとしているのだった。
それから魔理沙は、実験の続きや資料の整理などをして過ごした。
それをルーミアは、ちょこちょこついてまわりながら覗き込んでいる。
「ねー、これなーに?」
「ああ、それはだな……ってお前、なに食おうとしてるんだ!」
そんなふうに騒ぎながらも、自分の家でこんなに長い時間誰かと過ごすのはずいぶんと久しぶりで、魔理沙は嬉しくなった。
そうしているうちに日は暮れ、窓の外には夜の帳が降りてきていた。
本来なら日が落ち、月の昇るこの時間からがルーミアたち妖怪の時間のはずなのだが……。
「ふにゃー……ふにゃー……」
ベッドの上に座ったルーミアは、ふにゃふにゃ言いながら船を漕いでいる。
「なんだお前、妖怪のくせしてもうおねむか?」
「んみー、ねむーい……へんなの食べたからかなー……」
などと言いながらふらふらしていたルーミアだが、やがてベッドの上にぽてんと横になって寝てしまった。
「あーもう寝ちまいやがった……。ベッド一つしかないんだぞ」
ベッドを占領されてしまった魔理沙は、ぶつぶつ文句を言いながらも寝る準備を始めた。
その間もルーミアは、すやすやとのんきな寝息を立てている。
ベッドからどかすのはさすがに気が引けたので、魔理沙はルーミアを抱え上げ、起こさないようにそっと移動させると、その横に潜り込んだ。
「ふにゃー……すかぴー……」
「まったくのんきに寝こけやがって」
などと悪態をつきながら、ルーミアのおでこをつついてみる。
その罪のない寝顔を見ていると、妙に優しい気持ちになってくるのを、魔理沙は感じていた。
思えば、こうやって誰かと一緒に寝るのも久しぶりのような気がする。
そっと手を伸ばし、頭をなでてやる。
ふわふわの金髪が手に心地よい。
その感触がふと、魔理沙にある記憶を思い出させた。
そう、すっかり忘れていたけれど、前にもこういうことがあった。
――もっとも、立場は逆だったけれど。
(かあさま……)
だが、それはもう、記憶の奥底に埋もれた出来事でしかない。――もう、かなわないことなのだ。
「……くそっ。イヤなこと思い出させやがって」
そう言ってぷにぷにしたほっぺたをつついてやると、ルーミアは無責任にむにゃむにゃと寝言を漏らした。
「……寝るか」
横になって、シーツを頭から被り、目を閉じる。
そのとなりでは、ルーミアがすやすやと寝息を立てているのがわかった。
と、ルーミアがもぞもぞみじろぎする。
「んー、みー……」
子猫のようにみぃみぃ言いながら、ルーミアは魔理沙の胸の上に覆いかぶさってきた。
「お、おい……」
すっかりねぼけているのか、ルーミアは魔理沙の胸の上にちょこんと両手を置いて、また寝息を立て始めた。
胸元にかかる吐息がくすぐったい。
子供の見た目をしているからか、ルーミアは体温が高い。胸に乗ったその体温は、じわりと沁みるように暖かかった。
その体温に惹かれるようにして、魔理沙は小さな背中に手を伸ばした。
ぎゅっと抱きしめる。
「みー……みぅーん……みふふふ……♪」
くすぐったいのか、ルーミアは魔理沙の腕の中でくすくす笑う。
もぞもぞと両手を伸ばし、魔理沙にぎゅっと抱きついてきた。
擦り寄せられたほっぺたが、やわらかい。
「ねー、まりさー……」
「ひゃ……!?」
その声は耳元すぐ近くで聞こえて、魔理沙は思わず声を上げてしまった。
「お、起きてるのか……!?」
すぐ近くにあるルーミアの顔はぽやーっとしていて、起きているのか寝ているのかよくわからない。
ルーミアは、その顔のまま言葉を続ける。
「まりさはー、さみしいのー……?」
「……!」
その言葉が、魔理沙の中の、なにか致命的な部分を刺激して――。
うっかり、やってしまった。
ぽろり、と。
涙を、こぼしてしまった。
あわてて涙を拭う。
「な、なんだよお前、変なこというなよ……」
「まりさー……」
ぽやーっとした顔のまま、ルーミアが顔を近づけてきた。
そして、魔理沙の頬に残った涙を、ぺろんと舐めた。
「へへへー、しょっぱいー」
いつもの顔でふにゃふにゃ笑って、ルーミアはぎゅっと抱きついてくる。
「んー……はみっ」
「ひゃうんっ!」
いきなり耳たぶを甘噛され、魔理沙は全身をはねさせてしまった。
「ね、寝ぼけてるのか!? いきなりなにするんだよ!」
魔理沙の抗議が聞こえているのかいないのか、ルーミアは魔理沙の首筋に顔を埋める。
「ねー、まりさー……」
やわらかい唇の感触が首筋をなぞり、魔理沙は体をふるわせる。
「今夜はー、るーみゃがいるからねー……さみしくないよー……」
そう言って笑いかけるルーミアの顔に、魔理沙はひどく懐かしい面影を見た。
寂しい夜には、必ずいっしょにいてくれた、自分と同じ、金色の髪の――。
「さみしくないよー……」
ルーミアはもう一度そう笑って、魔理沙の頬に唇を寄せた。
「ちゅ」
唇を触れさせただけの、拙いキス。
それでも魔理沙は、もう涙を堪えることができなくなっていた。
「えへへ、ちゅーしちゃった」
涙でぼやけた視界の中、ルーミアの顔がまた近づいてくる。
「もっと、するー……?」
魔理沙は応える代わりに手を伸ばして、開きっぱなしだったカーテンを閉めた。
すごいのろけでした