「天子の匂いのことなんだけど」
「はぁ……」
三人で夕食を共にした帰り、天子と別れてすぐに針妙丸が紫苑へと話を切り出した。
月明かりの下、お椀の中で神妙な顔つきを浮かべる小人に、紫苑は気の抜けた返事をする。
「針妙丸って、そんな匂いフェチだったの?」
「いやそうじゃなくて。私って小さいから、普通より他人と距離が近くなりやすいから、けっこう匂いとかに敏感になりやすいのよ」
「へぇー」
言われてみれば小さいぶん声量も小さくあるし、話し込んだりしていると普通の人を相手にするよりかは距離が縮まりやすい気がする。
「それで、天人様の匂いってあの桃の香りのこと? いつも甘くていい匂いするわよね~」
「そうそれそれ。いつもいい匂いだけどさ、たまにその下から違った臭いを感じたりするのよ」
「どんなの?」
「なんていうか、率直に言って獣臭い感じがする時がある」
天子は天人だからという理由で垢もでず汗もでず、服だって天衣無縫の不思議なもので汚れがついても水でさっと流すだけで落ちて、髪の毛だっていつもサラサラして身なりの綺麗な少女だ。
そんな天子が獣臭いと言われても普通は想像しづらそうなものだが、紫苑には原因は心当たりがあった。
天子は野生動物などは簡単に手なづけてみせる。ついでに軽く動物たちと戯れている場面を紫苑も見かけてことがあるので、そういった影響によるものだろう。
「ほぇー、そんな時もあるなんて、ちょっと嗅いでみたいかも」
「紫苑こそ匂いフェチじゃない?」
「そんなんじゃないって、多分」
「天子って動物によく懐かれるよねー、羨ましい」
「すごいわよねぇ」
天子本人は「私がすごいのは当然だけど、動物を従える程度は天人なら誰でもできるわ。まあ私はすごいけど」と鼻高々に言っていた。
だが天子の周りにいる動物たちから感じる、枷から解き放たれたような奔放さには、それだけじゃないと思わされる。
「やっぱり、動物は良い人がわかるのね」
彼は幻想郷の山に住まう勇猛な熊であった。喧嘩っ早く、それでいて賢い。動物では幻想郷に住まう妖怪を相手にしては勝てないのだから、自分が相手より下と見るとすぐに逃げに走れる、したたかさを持っていた。
そんな彼が夜の森で出会った少女は、今までに出会ったことのない部類だった。
月明かりの下、凛とした佇まいで空のような蒼髪を夜に映し、燦々と緋い瞳を光らせている。
妖怪の臭いではなかった、かと言って常人の発する気配でもなかった。程よく甘い、桃のような芳しさが鼻を突いた。
その少女と鉢あって熊は戸惑った。何も言わずこちらを見つめてくる少女にうろたえ、身体を揺らしながら睨みつけ、威嚇の唸り声を上げた。
だが少女は一切の動揺を見せなかった。これが妖怪などであれば、大抵は泥まみれの獣など莫迦にした目で見下してくる。
だが少女の瞳はそうでなかった。見下しているわけではない、しかし対等な視線でもなく、ただじっとこちらを見定めてくる、その眼は雲の上の領域に住まう真に超越した者の光を映していた。
逃げるべきかどうか、逡巡した熊は、敵意のない少女に向かい雄々しい叫び声を浴びせ、凶暴な爪でその可憐な顔をズタズタに引き裂こうと手を振るった。
「――待て」
だが、澄んだ声が少女から発せられた途端、凶暴な意思は萎え、少女の眼前で爪はピタリと止まった。
彼を止めたのは恐怖ではない、正体の掴めぬ本能に根ざした何かが彼の凶刃をおさめていた。
手を下げると、ゆっくりと瞬きをする少女と眼と眼が合った。
その眼には相変わらず敵意は宿らない、煌めきの向こうには伺いしれぬものが広がっている。
少女が手をかざすと、熊は自然と頭を垂れ、キュゥーンとらしくもない声が出た。
「良い子だ。そんなに怯えなくていいぞ、怒ってたりはしないから……多分」
少女は近づいてきて彼の頭をわしわしと撫でた。
表情を崩し人懐っこい笑みを浮かべた彼女は、大きな熊の体に抱きつき、毛の下に頬をうずめながら優しく口にした。
「今日は、あなたがお供してくれる?」
その後、少女は彼を水辺に連れていき共に身を清めると、彼の寝床に案内してもらった。
少し肌寒い夜に、洞窟の中で丸まった熊の隣で、少女は獣に抱きつき、温めてもらいながら夜を明かした。
◇ ◆ ◇
天界から追放され、比那名居天子には住む家がなかった。しかしそのことで嘆くことはなかった。
彼女は自然の中で彼女らしく自由に振る舞った。幻想郷に住まう動物を手なづけ、友達のように親しくして寝床を分けてもらうことができた。
時に犬と、時に猫と、色んな動物と一夜を共にした。
彼女は自然の中であっても自由奔放だった。
あくまで自分は人間の味方であると考える天子は、動物たちの事情にあまり頓着せず、見知らぬ動物同士が争っているなら、その結末が血と肉であろうとそれも自然なことだと思い見守った。
かと思えば、襲われているのが以前知り合った相手ならすかさず助けに入ったし、そうでなくとも気が乗れば意味もなくかばったりした。要はその時次第で如何様にも振る舞った。
弱肉強食の世界が自然であれば、それを感情に依って助けるのも助けないのもまた自然だと考え、その通りに行動していた。自分の歩いた道が天道になるのだと、本気で信じていた。
そして動物たちも、自然体でわがままな天子によく懐いた。
「あはは、くすぐったいってば。ちょっともう、きゃーっ!」
動物たちにほっぺたを舐められ、明るい悲鳴が上がる。
天子が明るいうちから山や森に行けば、彼女を知っている動物が周りに集まってきてじゃれ付くようになった。
天子の傍ではどんな動物も争いを起こさず、犬の毛づくろいを猫がしたり、熊と猪が力比べをしていたり、みな自由を満喫していた。
「お前たちは良いやつらだ、天界のつまらない連中よりよっぽど面白い」
舌を垂らして顔を近づけてきた犬を撫でくりまわしながら、そんなことを呟いた。
はるか昔に地上から天界へと上がってから、まだ幼き頃の天子が頼りにすべき天人たちは、彼女に何ももたらさなかった。
天子が何かを求めても、周りは耳障りの良い綺麗事を並べるだけで、彼女の心とぶつかってきてはくれなかった。
無価値な正論だけを与えられ、真に大切なものは何も得られないままここまで来た。
天子は土の匂いを嗅ぐとホッとする。夕焼けの地平を眺めると胸が熱くなる。雨に濡れるとはしゃぎたくなる。
天界の住人たちは誰もそんな天子の気持ちを知らない。そういった心の機微を、むしろ低俗として見下すかのようだった。
それに比べ、今このように自然の中で生きることは、天界での生活よりもよっぽど天子の心を穏やかにさせた。
そもそも自然そのものに意思はない、生命力の化身としての妖精はいるが彼女たちも意思を代弁したりはしない。
ただ自分らしいあり方を森と獣に受け入れられる生活は、天子にとって良いものだった。
◇ ◆ ◇
ある夜のことだった、天子がいつものように夜風を感じながら、月明かりを道標として歩いていると、森の一角にあるものを見つけた。
開けた草むらの上に、茶色い獣が横たわっている。手足はピクリともさせず、辛そうに浅い息を繰り返している。
狸が倒れていたのだ、天子はその小さな獣の傍へと静かに近づいた。
横たわった体を立ったまま見下ろす、外傷はない。天子が見たところ、内臓の病気のようだった。
お腹の奥に良くないものが渦巻いているのが見える。しかしこれはもう手遅れだ、もう間もなく息絶えるだろう。これを治すには、もはや死そのものを拒絶した身体にするくらいは必要だ。
天子は特に迷うことなく口を開いた。
「隣、失礼するわ」
天子は狸を左にして草むらの上に座り込んだ。閉じた膝を寝かせて横座りにして、隣の動物を見下ろす。
気持ちに押され指を伸ばす。狸の額に軽く触れたが、その小さな体が緊張でこわばったのを感じてすぐに引っ込めた。考えてみれば瀕死の体で見知らぬ相手に触れられたくはあるまい。これは軽率だった。
見たところ性別は雄、しかし雌の匂いがしない辺り番は持てなかったのだろう。歳もまだ若いほうだ。
血も残せず、こうやってひっそりと息を引き取ろうとしている彼は、果たして幸福だっただろうか?
当然、幸福だろう。何故なら自分がここに来たのだから。
天子は、なんとなく口を開いて喉を震わせた。
「――――♪ ――♪」
出てきたのは、彼女が知っていた旧い旧い子守唄だった。
今宵旅立つ小さな命へのはなむけに、歌ってやりたくなった。
はるか昔に、どこかの母親が子供に聞かせる民謡の歌。
選曲には他にも選択肢はあった。死を前にした勇者を奮い立たせる歌もあったし、それまでの歩みを尊いものとして讃える歌もあった。
だが今この時には、なんでもない子守唄を歌いたかった。
「――♪ ――――♪ ――――♪♪」
夜の森に歌声が響く。時たま吹く風が木々を鳴らして歌を彩る。
天子の隣にいるその小さな体躯に変化はない。相変わらず苦しそうに息をしている。
この体には死を前にして苦痛が絶え間なく押し寄せてきていて、歌声なぞ聞くだけの余裕がないのだろう。こんなことをしてもなんにもなるまい。
何故私はこんなことをしているんだろうなとわずかばかり疑問に思い、それでも、天子は歌っていた。
「――♪ ――♪ ――♪」
「――そこで何をしておる?」
女の声が割って入った。天子は歌声を続けたまま、前方を見やった。
木々の間から現れたのは、徳利を左手に吊るし丸眼鏡を掛けた狸の化生だ。この妖怪のことは天子も知っている、確か名は二ツ岩マミゾウ。
マミゾウは天子を睨んだ、明らかに気が立っている。
「何をしているか知らんが邪魔だ、そこを退け。儂はこれからそいつを医者に連れて行かねばならん」
「――――♪ ――♪」
苛立ちの理由はわかったし、もっともであったが、同時に無駄だ。もうただの医者にこの命は助けられない、あるいは外法の術を使えばなんとかなるようだ、そこまでして救う理由は誰にもないだろう。
だから天子は彼女の話を聞く必要はないと判断し、ただ歌い続けた。
「――♪ ――♪ ――♪」
「……っ。なんでもいいが、そやつは連れて行かせてもらう!」
焦った様子でマミゾウが隣の狸へと右手を伸ばしてきた瞬間、天子は即座に剣を握り締め、気質を凝縮した刀身でその手の前方を塞いだ。
「っ、貴様!」
「――――――♪」
逆上したマミゾウが左手の徳利に妖気を込めて叩きつけようとしてきた。
天子は緋想の剣を振るうと、こともなげに徳利を弾く。
歌声に混じって、得物がぶつかる硬い音が夜に響き渡った。
「――♪ ――――♪」
座して動かない天子へと、マミゾウの攻勢が始まった。
力を込めて徳利を振るい、いけ好かない天人を打ちのめそうとする。弱った同朋を助けねばならないが大規模な攻撃をすると巻き込んでしまう、手早く済ますための直接的な殴打だった。
二度三度、幾度となく酒の入った重い徳利を叩きつけようとする。
だがいずれもが剣に阻まれた、妖力を付与した徳利にヒビが入るのを見てマミゾウは一度退く。
「♪――――」
歌い続けるその顔に、今度は弾幕を浴びせにかかった。
マミゾウを木の葉をばら撒き、鳥を象った弾幕へと変化させると、それらを大きく広げて多方向から同時に天子へと向かわせた。
だが衝突の寸前に虚空から現れた要石が、その頑強さを以って防いだ。
「このっ!」
「――♪」
いよいよマミゾウは本腰を入れて猛攻を始める、配下である付喪神の唐傘お化けと釣瓶が天子を襲おうとするが、それらは剣で払いのけられる。
続けて飛来した蛙型の弾幕を、要石から射出した気質のレーザーで撃ち落とした。ことごとくを防がれてマミゾウは舌打ちを鳴らす。
だが、本当に天子はそこから微動だにしない。ならばとマミゾウは注意深く警戒しながら、天子の背後へとゆっくり回り込む。
思った通り、天子は背後に回り込まれても振り向ことなく歌い続けていた。
「――――――♪」
一体何を考えているのかわからない小娘だが、その意地が命取りだ。
マミゾウは煮え立つような怒りを込め、再び徳利を振りかぶり、渾身の力で天子の脳天へと打ち下ろした。
天子としてもこのような攻撃は望ましくない。
なにせ細かく防ぐことができず、大雑把な暴威で吹き飛ばすしかない。
二人の頭上から石柱状の要石が飛来して間に割り込み、天子へと叩きつけられようとしていた徳利を叩き割った。
粉砕された徳利から酒が飛び散ることに目を丸くするマミゾウは、石柱が赤く発光し気質を宿すのを見て慌てて身を引いた。
直後には針のような無数の気質が石柱から発射され、天子の後方一面に穿った。
「ぐっ……」
なんとか弾幕の大半を避けたマミゾウだったが、それでも気質の一つが彼女の左肩を突き刺さっていた。
撃たれた肩から煙を上げるマミゾウは、見境なしの反撃を受け、すごすごと天子の正面へと戻ってくる。
絶えず喉を震わす天子を憎々しげに睨みつけた。
「――♪ ――――♪」
「嫌味なやつじゃ……これならどうだ」
マミゾウが眼光を鋭くする後ろから旋風が吹きすさび、天子の周囲を取り囲んだ。
風に運ばれた木の葉が辺りを飛び回る中で、マミゾウは煙を発し、天子の前から忽然と姿を消した。
天子は歌いながら、心を沈めて気を探る。
「――♪」
天子は感心する。なるほど、この木の葉のどれかに化けているのだろうが、どれが敵か見当がつかない。
戦ってわかる、傍に弱った狸を置いた有利な状況だから圧倒できているがそれなりのやり手だ、きっと年齢だけなら自分よりも上だろう。それだけの年月を積み、せせこましく力を付けてきたのだ。
だがそれでもと天子は思う。生まれついて力を有した自分には届かないさ。
「――お前は何故邪魔をする」
辺りに妖怪の声が響く。
開けた場所なのに声が籠もって聞こえて、どこから発せられたのかわからない。
「お前は儂の同朋を見殺しにしようとしている、何が理由だ?」
何故こんなことをしているのか、実のところ天子にも自分の感情に名前を見つけられなかった。
それもそうだ、自分は自分の感情に無頓着だったから。これまで周りの大人達は見向きもしなかったから。
人はみな、最初から自分の感情に名前を持っているわけではない。渦巻く感情が怒りなのか哀しみなのかわからぬまま翻弄される。
それに対し、その人の大事な誰かが「それは怒りなんだよ」と教えてあげることで、ようやくその人は自らの感情を定義することができるのだ。
天子には、その機会はなかった。周りの天人たちはありがたい御高説を唱え、やれあれが正しい、やれこれが正しいと口さがない言葉を並べたが、誰一人として天子の心に向き合ってくれるものはいなかった。
天子は、己の感情に定義を持たない。今ここでこうしたいと思っているのは、何のためだ?
「――弱者を助けるのが道徳的だからか?」
否。他人の決めた道徳などに従う気はない。
「――死に様を愉しんで強者の優越感に浸りたいからか?」
否。そんなことせずとも、自分は最初から強い。
「――これが正しいと思っているからか?」
否。歌ったところでこの生命は助からない。ならばこんなことが正しいはずがない。
天子には、自分の感情に何一つとして答えを出せない。
だが、一つだけハッキリとしていることがある。
闇雲でいい、この死に行く命のために、自分がやれることを出し切りたいのだ。
天子の意識の間隙を突いて、姿を現したマミゾウが右の拳を鋭く叩き込んだ。
風を裂いた正拳突きが天子の右頬に突き刺さる。
だが悪手だ。どうせなら自分に構わず、この狸を連れ去れば――いや、その場合は即座に手を切り捨てていたからこれが最善で正しいか、だがどっちにしろだ。
顔を打たれ、歌を途切れさせた天子は、されど怯むことなくマミゾウの拳を左手で掴み取り引っ張る。
体を引きずり込まれたマミゾウのみぞおちに、お返しとばかりに剣を握った拳をそのまま打ち付けた。
「がっ――!?」
硬い拳を打ち込まれ、マミゾウは目を剥いて弾き飛ばされた。
天子は化け狸が草むらに尻もちを付く瞬間から視線を切り、隣の狸を見下ろして再び歌を口にした。
「――♪」
天子の前で、小さな獣の命が潰えようとしている。
その体の末端から急速に力が抜けていくのが見て取れる、一つの灯火が熱を失っていく。
狸は動かぬまま、感情を表してはくれない。天子の行動がどう響いたかは謎のまま、ただ死んでいく。
その様子を見て、何故だが天子は胸が詰まる気持ちになった。
今更になって不安が頭をもたげる。
果たして、自分はこの命のためにやれることをやれただろうか? その心を、ほんの少しでも救えただろうか?
いや、救いなどおこがましく、彼の心は死に際に居座る無遠慮な人への憎悪に濡れているのかもしれない。天子は自分の行動を信じていたが、一方でそんな益体のない気持ちを感じていた。
いずれにせよ、答えは出ない。
「――♪」
ただ天子は、他にできることが見つからないから歌い続けた。
その狸が亡くなってからも、天子は歌を止めなかった。
死を看取ってからも、鎮魂歌のつもりで歌を紡ぎ続ける。その様子をマミゾウは恨みがましく見つめていた。
やがて東の空が知らずんできた頃になり、ようやく天子は口を閉じ、静かに立ち上がった。
吹き抜けた風が、天子の足元で横たわる躯を撫でた。
「どうする気じゃ」
「月は沈んだ、私は往くわ」
頑なな天子に対して何もできなかったマミゾウは、悔しさに苦虫を噛み潰している。
天子は彼女を一瞥し、この狸をちゃんと弔うようにと忠言でもしようと思ったが、やっぱり止めた。
そんなことを言わずとも、一晩この狸に付き合ったマミゾウを信じた。
天子は歩き出す、マミゾウの隣を抜けて去っていく。
マミゾウはその少女の背を憎々しげに見送ってから、そっと躯に駆け寄って、労りながら抱え上げた。
後方から日が登り始めているのを感じながら、天子はなんとなく足を進めていた。
もうすぐ朝だ、さて何をしようかと思案しながら歩いている。
「――随分と熱心だったじゃない」
そこに耳障りな声が響いてきた。
眉をピクリと動かす天子の前に、すっと空間が開いて奥から何かが這い出てくる。
気味が悪いほど綺麗な金色の髪に白い肌。
「お前か、スキマ妖怪」
この地上において、天子が唯一敵と見定める八雲紫が目の前に降り立った。
扇子を開いて口元を隠そうとするかの妖怪を、天子は警戒して睨みつける。
「目立つ歌声でしたもの、もうちょっと慎みを持ってはいかが?」
「ふん、お前と違ってコソコソする理由がないからな……何の用よ?」
これが目的もなく現れるはずもないと、天子は疑いを持って問いかけた。
重い声調の天子に対して、紫はひょうひょうと答える。
「いやなに、最近猫たちの人気が変なのに持ってかれて私の威厳がーって、うちの可愛い式の式に泣きつかれちゃってね」
「式……あぁ、あの黒猫か」
心当たりを思い浮かべる天子に、紫が急に顔を近づけてきた。
「随分と我が物顔じゃない? 人様の庭で遊び呆けて」
吐息までかかる距離で、妖怪が瞳を覗き込んでくる。
眼と眼を合わせ、お互いの深淵を見やりながら、天子は己が心情を隠そうともせず真っ向から目を見開いた。
「まさかお前も、目障りだから私を潰しにきたのとでも?」
「……だったら、どうするかしら?」
試すような物言いだ、だがそれを天子はくだらないと鼻で笑って退ける。
「……そうね、少し、ガッカリかもしれない。その程度のやつなんてね」
大地と底に根付く命の輪はこんなにも雄大なのに、それを管理するこいつが、その器を汚すような真似をするなら、天子はそれを見下げるだろう。
だがこの大空の下では誰もが矮小だ、それはそれで構わない。
「でも、ここでやるっていうんなら。私も久々に熱くなれるかもしれない」
天子は剣を握り込み、緋想の剣の光を紫の喉元に突きつけた。
萃められた気質が凝縮し、密度を高めて緋き色彩は白に近づく。
恐ろしいまでの輝きを瞳に湛えて至近距離で見つめる天子の熱量に、紫はにっこりと笑った。
「や~だ」
「は?」
「イヤって言ったのよ。なんでそんな無駄な労力使わないといけないの」
「ふん、なんだつまらない」
挑発をあっさりかわされて、天子は悪態をつきながら刃を納める。
残念がる天子に、紫はおちゃめにウィンクを飛ばしながら話しかけた。
「ねぇ、それより今度は私のために歌ってくれないかしら?」
「はあ!?」
「徹夜であなたのこと監視してたから眠いのよ。ほら、睡眠不足は美容の天敵じゃない? 寝かしつけてくれませんこと?」
「知るか! あんたが勝手にしてたことでしょうが」
怒鳴りつけて拒絶すると、紫は「むぅ」と口をとがらせて不満げな顔を見せたが、すぐにスキマの椅子に腰掛けると、天子の隣に境界を滑らせた。
「じゃあ私が歌うわ」
「いや、どうしてそうなるのよ!?」
隣から身を寄せてくる紫に、天子も流石に困惑した声を上げた。
疑問の声を無視して紫が勝手に歌い始めるのに、天子は諦めて苦い顔をするしかなかった。
「ねーんねんころりーよー♪ おころりーよー♪」
「……それも子守唄か」
「えぇそうよ、あなたは知らない?」
「知らない」
「あらそう。まあこれは江戸時代ごろに生まれた民謡だものね、当時のあなたは天界か」
紫は再び歌を口ずさみ、ゆったりとしたメロディを聞かせてくる。
「ぼうやーはよい子ーだ♪ ねんねーしなー♪」
「……ふん、勝手なやつ」
天子には聞いてやる義理もないが、まあ自分がいなかった間の民謡というのには興味がある。しばし耳を傾けてやった。
「ぼうーやーのお守りーはどこへー行ったー♪ あの山こえーてー里へ行ったー♪」
シンプルな曲調だ、これなら誰でも覚えられて、人から人へ、親から子へと繋がっていける。
悪くない、雲が流れるような穏やかさは人の心を落ち着けるだろう。
唯一の難点は、歌ってるのがこの胡散臭い妖怪ということだが。
「里のみやーげーに何もろうたー♪ でーんでん太鼓にー笙の笛ー♪」
だが、この妖怪が歌っているにしては意外と真剣な歌声だ。
短い歌詞が繰り返される中、歌声はいっときも手を抜かずに朝焼けの空に響く。
この妖怪にしては珍しく真っ直ぐな気持ちがこもっている、素朴で、ありふれていて、それでいて温かい気持ちが届けられてくる。
なんだろうこの感覚は?
ああ、そうか、もしかしてこれが――安心、というやつだろうか。
「……あれ?」
そう自覚した時、天子は頬を流れる熱いものに気が付いて真っ白な声を上げた。
頬を指先でなぞり、拭い取った雫を見て驚く。
「どうして……私泣いて……おかしいな……?」
呆然としている間にも、天子の緋い瞳からは、宝石のような大粒の涙が次から次に溢れ出て来て、ぼたぼたと流れ落ちた。
「なんで……なんでなみだがでるのよ……ひっぐ」
わけがわからない、なんで自分が泣かなければならないのだ。
こんなのは別に、ただ自分がしたのと同じことをされているだけなのに、とめどなく流れてくる。
手の甲で拭っても拭っても止まらない何かに、天子は思考がまとまらない。
そこにそっと紫の手が天子の頭に回されて、涙で濡れる目元を細い手で覆い隠し、そのまま天子を抱き寄せた。
頭が真っ白になって力が入らなくなった天子は、スキマの上に乗せられて、紫の身体にもたれかかる。
「ねーんねんころりよー♪ おころりよ♪ ぼうやはーよい子だ♪ ねんねしなー♪」
「ひっぐ……ぐす……うぇぇ……」
登り始めた朝日に照らされながら、繰り返し、繰り返し、歌は天子の心に響き続けた。
紫の歌声は、天子の乾いた心に染み込んでいき、ひび割れた隙間を埋めていく。
未だ知らなかった衝動に天子が泣きつかれ、遅い眠りにつくまでのあいだ、紫はずっと歌い続けていた。
「おやすみなさい、愛ある人。どうか安らかに――」
「起きて下さい天人様!!」
「天子、大丈夫ー?」
ぐったりと眠っていた天子は、自分を名を呼ぶ声に目を覚ました。
開いた目に空の頂上まで登ったお日様が飛び込んできて、眩しさにギュッと瞼を閉じてから薄く開く。
そこには自分を見下ろす針妙丸と紫苑の姿があった。
「んっ……なに? おはよう?」
「うわーん! 天人様、こんなところで寝てるから死んだかと思って心配しましたよー!」
体を起こすと涙目の紫苑が抱きついてきたので、安心させようと頭を撫でてやる。
周りと見ると、どうやら草むらに寝かせられて放置されていたらしい。
針妙丸がお椀に乗って顔を覗き込んできた。
「どうしたのさこんなところで寝ちゃって。それに目腫れてるよ、泣いてたの?」
「そ、そんなわけないじゃない! いやこれはあれよ、紫のやつがあんまりにも面白いことするもんだから、ホント爆笑モノのギャグで!」
「ギャグってあれが?」
なんとかはぐらかした天子は、紫苑に離れてもらうと、立ち上がって伸びをする。
「んー! なんか久々によく寝れた気がするな」
「っていうかどうしてここで寝てたの?」
「そうですよー! 天人様、死んじゃったんじゃってー!」
「おーよしよし。死なないから安心しろ……ちょっとな、動物の面倒見てたら寝てしまっただけだ」
「へぇー、そうなんだ……あれ? でも動物の臭いしないね」
天子の言葉を聞いて、針妙丸と紫苑は鼻を近づけた。
「くんくん……ホントだー、いつもの天人様の匂いです」
「そうだろうそうだろう……って、私そんな獣臭かったりしてるの?」
「たまにちょっと臭う」
「……マジかー……」
天人だから多少汚れても大丈夫と慢心していたが、臭いと言われれば流石に少女心にショックを受ける。
「うむむ、ちょっと気になるけど、みんながじゃれてくるのを無下にするのもな……仕方ないか」
ただまあこれからは野宿の時に抱きつくのは控えようかと思い悩む。
若干落ち込みを見せる天子へと、紫苑が笑いかけた。
「えへへ、天人様優しいですから、みんなの人気者ですね」
そう言われ、天子はまるで不意を突かれたのように目をまんまるにして驚いていた。
目をしばたかせながら、確認するように問いかける。
「優しい? 私が?」
「はい!」
「意外と面倒見は良いよねー」
紫苑だけでなく針妙丸からもお墨付きをもらい、天子は胸を当てて今の言葉を反芻する。
「……そっか、私は優しいのか」
胸が熱い、気持ちが沸き上がってくる。
今まで名前を持たなかった感情の空白を埋められて、心地よい高揚感が血を巡る。
ドキドキする胸を押さえる天子に、紫苑が不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや、この大地はいい場所だなと思っただけだ」
自分の成したことを見てくれる誰かがいる、その素晴らしさをいま天子は知った。
己の感情に一つの答えを見出した天子は、ニヤリと笑って拳を振り上げた。
「よーし! それじゃあ朝ごはんでも食べに行くぞ!」
「もうお昼ご飯ですよー」
「私が朝ごはんと言ったら朝ごはんだ、異論を言うなら奢らないわ」
「朝ごはんです!」
「うわー、横暴」
「じゃあ針妙丸は奢りなしでいい?」
「朝ごはんだよ!」
「よっし、それじゃあ行こう!」
「「おー!」」
そして天子は再び歩き始める。自分の心を見つめてくれて、中身を入れてくれる友達を隣に引き連れて。
出会いを経て、それまで見過ごしてきた自分の気持ちに、少しずつ中身を入れていく。
そうした先に、まだ見ぬ自分に出会える気がして、胸の高鳴りに耳をそばだてた。
「はぁ……」
三人で夕食を共にした帰り、天子と別れてすぐに針妙丸が紫苑へと話を切り出した。
月明かりの下、お椀の中で神妙な顔つきを浮かべる小人に、紫苑は気の抜けた返事をする。
「針妙丸って、そんな匂いフェチだったの?」
「いやそうじゃなくて。私って小さいから、普通より他人と距離が近くなりやすいから、けっこう匂いとかに敏感になりやすいのよ」
「へぇー」
言われてみれば小さいぶん声量も小さくあるし、話し込んだりしていると普通の人を相手にするよりかは距離が縮まりやすい気がする。
「それで、天人様の匂いってあの桃の香りのこと? いつも甘くていい匂いするわよね~」
「そうそれそれ。いつもいい匂いだけどさ、たまにその下から違った臭いを感じたりするのよ」
「どんなの?」
「なんていうか、率直に言って獣臭い感じがする時がある」
天子は天人だからという理由で垢もでず汗もでず、服だって天衣無縫の不思議なもので汚れがついても水でさっと流すだけで落ちて、髪の毛だっていつもサラサラして身なりの綺麗な少女だ。
そんな天子が獣臭いと言われても普通は想像しづらそうなものだが、紫苑には原因は心当たりがあった。
天子は野生動物などは簡単に手なづけてみせる。ついでに軽く動物たちと戯れている場面を紫苑も見かけてことがあるので、そういった影響によるものだろう。
「ほぇー、そんな時もあるなんて、ちょっと嗅いでみたいかも」
「紫苑こそ匂いフェチじゃない?」
「そんなんじゃないって、多分」
「天子って動物によく懐かれるよねー、羨ましい」
「すごいわよねぇ」
天子本人は「私がすごいのは当然だけど、動物を従える程度は天人なら誰でもできるわ。まあ私はすごいけど」と鼻高々に言っていた。
だが天子の周りにいる動物たちから感じる、枷から解き放たれたような奔放さには、それだけじゃないと思わされる。
「やっぱり、動物は良い人がわかるのね」
彼は幻想郷の山に住まう勇猛な熊であった。喧嘩っ早く、それでいて賢い。動物では幻想郷に住まう妖怪を相手にしては勝てないのだから、自分が相手より下と見るとすぐに逃げに走れる、したたかさを持っていた。
そんな彼が夜の森で出会った少女は、今までに出会ったことのない部類だった。
月明かりの下、凛とした佇まいで空のような蒼髪を夜に映し、燦々と緋い瞳を光らせている。
妖怪の臭いではなかった、かと言って常人の発する気配でもなかった。程よく甘い、桃のような芳しさが鼻を突いた。
その少女と鉢あって熊は戸惑った。何も言わずこちらを見つめてくる少女にうろたえ、身体を揺らしながら睨みつけ、威嚇の唸り声を上げた。
だが少女は一切の動揺を見せなかった。これが妖怪などであれば、大抵は泥まみれの獣など莫迦にした目で見下してくる。
だが少女の瞳はそうでなかった。見下しているわけではない、しかし対等な視線でもなく、ただじっとこちらを見定めてくる、その眼は雲の上の領域に住まう真に超越した者の光を映していた。
逃げるべきかどうか、逡巡した熊は、敵意のない少女に向かい雄々しい叫び声を浴びせ、凶暴な爪でその可憐な顔をズタズタに引き裂こうと手を振るった。
「――待て」
だが、澄んだ声が少女から発せられた途端、凶暴な意思は萎え、少女の眼前で爪はピタリと止まった。
彼を止めたのは恐怖ではない、正体の掴めぬ本能に根ざした何かが彼の凶刃をおさめていた。
手を下げると、ゆっくりと瞬きをする少女と眼と眼が合った。
その眼には相変わらず敵意は宿らない、煌めきの向こうには伺いしれぬものが広がっている。
少女が手をかざすと、熊は自然と頭を垂れ、キュゥーンとらしくもない声が出た。
「良い子だ。そんなに怯えなくていいぞ、怒ってたりはしないから……多分」
少女は近づいてきて彼の頭をわしわしと撫でた。
表情を崩し人懐っこい笑みを浮かべた彼女は、大きな熊の体に抱きつき、毛の下に頬をうずめながら優しく口にした。
「今日は、あなたがお供してくれる?」
その後、少女は彼を水辺に連れていき共に身を清めると、彼の寝床に案内してもらった。
少し肌寒い夜に、洞窟の中で丸まった熊の隣で、少女は獣に抱きつき、温めてもらいながら夜を明かした。
◇ ◆ ◇
天界から追放され、比那名居天子には住む家がなかった。しかしそのことで嘆くことはなかった。
彼女は自然の中で彼女らしく自由に振る舞った。幻想郷に住まう動物を手なづけ、友達のように親しくして寝床を分けてもらうことができた。
時に犬と、時に猫と、色んな動物と一夜を共にした。
彼女は自然の中であっても自由奔放だった。
あくまで自分は人間の味方であると考える天子は、動物たちの事情にあまり頓着せず、見知らぬ動物同士が争っているなら、その結末が血と肉であろうとそれも自然なことだと思い見守った。
かと思えば、襲われているのが以前知り合った相手ならすかさず助けに入ったし、そうでなくとも気が乗れば意味もなくかばったりした。要はその時次第で如何様にも振る舞った。
弱肉強食の世界が自然であれば、それを感情に依って助けるのも助けないのもまた自然だと考え、その通りに行動していた。自分の歩いた道が天道になるのだと、本気で信じていた。
そして動物たちも、自然体でわがままな天子によく懐いた。
「あはは、くすぐったいってば。ちょっともう、きゃーっ!」
動物たちにほっぺたを舐められ、明るい悲鳴が上がる。
天子が明るいうちから山や森に行けば、彼女を知っている動物が周りに集まってきてじゃれ付くようになった。
天子の傍ではどんな動物も争いを起こさず、犬の毛づくろいを猫がしたり、熊と猪が力比べをしていたり、みな自由を満喫していた。
「お前たちは良いやつらだ、天界のつまらない連中よりよっぽど面白い」
舌を垂らして顔を近づけてきた犬を撫でくりまわしながら、そんなことを呟いた。
はるか昔に地上から天界へと上がってから、まだ幼き頃の天子が頼りにすべき天人たちは、彼女に何ももたらさなかった。
天子が何かを求めても、周りは耳障りの良い綺麗事を並べるだけで、彼女の心とぶつかってきてはくれなかった。
無価値な正論だけを与えられ、真に大切なものは何も得られないままここまで来た。
天子は土の匂いを嗅ぐとホッとする。夕焼けの地平を眺めると胸が熱くなる。雨に濡れるとはしゃぎたくなる。
天界の住人たちは誰もそんな天子の気持ちを知らない。そういった心の機微を、むしろ低俗として見下すかのようだった。
それに比べ、今このように自然の中で生きることは、天界での生活よりもよっぽど天子の心を穏やかにさせた。
そもそも自然そのものに意思はない、生命力の化身としての妖精はいるが彼女たちも意思を代弁したりはしない。
ただ自分らしいあり方を森と獣に受け入れられる生活は、天子にとって良いものだった。
◇ ◆ ◇
ある夜のことだった、天子がいつものように夜風を感じながら、月明かりを道標として歩いていると、森の一角にあるものを見つけた。
開けた草むらの上に、茶色い獣が横たわっている。手足はピクリともさせず、辛そうに浅い息を繰り返している。
狸が倒れていたのだ、天子はその小さな獣の傍へと静かに近づいた。
横たわった体を立ったまま見下ろす、外傷はない。天子が見たところ、内臓の病気のようだった。
お腹の奥に良くないものが渦巻いているのが見える。しかしこれはもう手遅れだ、もう間もなく息絶えるだろう。これを治すには、もはや死そのものを拒絶した身体にするくらいは必要だ。
天子は特に迷うことなく口を開いた。
「隣、失礼するわ」
天子は狸を左にして草むらの上に座り込んだ。閉じた膝を寝かせて横座りにして、隣の動物を見下ろす。
気持ちに押され指を伸ばす。狸の額に軽く触れたが、その小さな体が緊張でこわばったのを感じてすぐに引っ込めた。考えてみれば瀕死の体で見知らぬ相手に触れられたくはあるまい。これは軽率だった。
見たところ性別は雄、しかし雌の匂いがしない辺り番は持てなかったのだろう。歳もまだ若いほうだ。
血も残せず、こうやってひっそりと息を引き取ろうとしている彼は、果たして幸福だっただろうか?
当然、幸福だろう。何故なら自分がここに来たのだから。
天子は、なんとなく口を開いて喉を震わせた。
「――――♪ ――♪」
出てきたのは、彼女が知っていた旧い旧い子守唄だった。
今宵旅立つ小さな命へのはなむけに、歌ってやりたくなった。
はるか昔に、どこかの母親が子供に聞かせる民謡の歌。
選曲には他にも選択肢はあった。死を前にした勇者を奮い立たせる歌もあったし、それまでの歩みを尊いものとして讃える歌もあった。
だが今この時には、なんでもない子守唄を歌いたかった。
「――♪ ――――♪ ――――♪♪」
夜の森に歌声が響く。時たま吹く風が木々を鳴らして歌を彩る。
天子の隣にいるその小さな体躯に変化はない。相変わらず苦しそうに息をしている。
この体には死を前にして苦痛が絶え間なく押し寄せてきていて、歌声なぞ聞くだけの余裕がないのだろう。こんなことをしてもなんにもなるまい。
何故私はこんなことをしているんだろうなとわずかばかり疑問に思い、それでも、天子は歌っていた。
「――♪ ――♪ ――♪」
「――そこで何をしておる?」
女の声が割って入った。天子は歌声を続けたまま、前方を見やった。
木々の間から現れたのは、徳利を左手に吊るし丸眼鏡を掛けた狸の化生だ。この妖怪のことは天子も知っている、確か名は二ツ岩マミゾウ。
マミゾウは天子を睨んだ、明らかに気が立っている。
「何をしているか知らんが邪魔だ、そこを退け。儂はこれからそいつを医者に連れて行かねばならん」
「――――♪ ――♪」
苛立ちの理由はわかったし、もっともであったが、同時に無駄だ。もうただの医者にこの命は助けられない、あるいは外法の術を使えばなんとかなるようだ、そこまでして救う理由は誰にもないだろう。
だから天子は彼女の話を聞く必要はないと判断し、ただ歌い続けた。
「――♪ ――♪ ――♪」
「……っ。なんでもいいが、そやつは連れて行かせてもらう!」
焦った様子でマミゾウが隣の狸へと右手を伸ばしてきた瞬間、天子は即座に剣を握り締め、気質を凝縮した刀身でその手の前方を塞いだ。
「っ、貴様!」
「――――――♪」
逆上したマミゾウが左手の徳利に妖気を込めて叩きつけようとしてきた。
天子は緋想の剣を振るうと、こともなげに徳利を弾く。
歌声に混じって、得物がぶつかる硬い音が夜に響き渡った。
「――♪ ――――♪」
座して動かない天子へと、マミゾウの攻勢が始まった。
力を込めて徳利を振るい、いけ好かない天人を打ちのめそうとする。弱った同朋を助けねばならないが大規模な攻撃をすると巻き込んでしまう、手早く済ますための直接的な殴打だった。
二度三度、幾度となく酒の入った重い徳利を叩きつけようとする。
だがいずれもが剣に阻まれた、妖力を付与した徳利にヒビが入るのを見てマミゾウは一度退く。
「♪――――」
歌い続けるその顔に、今度は弾幕を浴びせにかかった。
マミゾウを木の葉をばら撒き、鳥を象った弾幕へと変化させると、それらを大きく広げて多方向から同時に天子へと向かわせた。
だが衝突の寸前に虚空から現れた要石が、その頑強さを以って防いだ。
「このっ!」
「――♪」
いよいよマミゾウは本腰を入れて猛攻を始める、配下である付喪神の唐傘お化けと釣瓶が天子を襲おうとするが、それらは剣で払いのけられる。
続けて飛来した蛙型の弾幕を、要石から射出した気質のレーザーで撃ち落とした。ことごとくを防がれてマミゾウは舌打ちを鳴らす。
だが、本当に天子はそこから微動だにしない。ならばとマミゾウは注意深く警戒しながら、天子の背後へとゆっくり回り込む。
思った通り、天子は背後に回り込まれても振り向ことなく歌い続けていた。
「――――――♪」
一体何を考えているのかわからない小娘だが、その意地が命取りだ。
マミゾウは煮え立つような怒りを込め、再び徳利を振りかぶり、渾身の力で天子の脳天へと打ち下ろした。
天子としてもこのような攻撃は望ましくない。
なにせ細かく防ぐことができず、大雑把な暴威で吹き飛ばすしかない。
二人の頭上から石柱状の要石が飛来して間に割り込み、天子へと叩きつけられようとしていた徳利を叩き割った。
粉砕された徳利から酒が飛び散ることに目を丸くするマミゾウは、石柱が赤く発光し気質を宿すのを見て慌てて身を引いた。
直後には針のような無数の気質が石柱から発射され、天子の後方一面に穿った。
「ぐっ……」
なんとか弾幕の大半を避けたマミゾウだったが、それでも気質の一つが彼女の左肩を突き刺さっていた。
撃たれた肩から煙を上げるマミゾウは、見境なしの反撃を受け、すごすごと天子の正面へと戻ってくる。
絶えず喉を震わす天子を憎々しげに睨みつけた。
「――♪ ――――♪」
「嫌味なやつじゃ……これならどうだ」
マミゾウが眼光を鋭くする後ろから旋風が吹きすさび、天子の周囲を取り囲んだ。
風に運ばれた木の葉が辺りを飛び回る中で、マミゾウは煙を発し、天子の前から忽然と姿を消した。
天子は歌いながら、心を沈めて気を探る。
「――♪」
天子は感心する。なるほど、この木の葉のどれかに化けているのだろうが、どれが敵か見当がつかない。
戦ってわかる、傍に弱った狸を置いた有利な状況だから圧倒できているがそれなりのやり手だ、きっと年齢だけなら自分よりも上だろう。それだけの年月を積み、せせこましく力を付けてきたのだ。
だがそれでもと天子は思う。生まれついて力を有した自分には届かないさ。
「――お前は何故邪魔をする」
辺りに妖怪の声が響く。
開けた場所なのに声が籠もって聞こえて、どこから発せられたのかわからない。
「お前は儂の同朋を見殺しにしようとしている、何が理由だ?」
何故こんなことをしているのか、実のところ天子にも自分の感情に名前を見つけられなかった。
それもそうだ、自分は自分の感情に無頓着だったから。これまで周りの大人達は見向きもしなかったから。
人はみな、最初から自分の感情に名前を持っているわけではない。渦巻く感情が怒りなのか哀しみなのかわからぬまま翻弄される。
それに対し、その人の大事な誰かが「それは怒りなんだよ」と教えてあげることで、ようやくその人は自らの感情を定義することができるのだ。
天子には、その機会はなかった。周りの天人たちはありがたい御高説を唱え、やれあれが正しい、やれこれが正しいと口さがない言葉を並べたが、誰一人として天子の心に向き合ってくれるものはいなかった。
天子は、己の感情に定義を持たない。今ここでこうしたいと思っているのは、何のためだ?
「――弱者を助けるのが道徳的だからか?」
否。他人の決めた道徳などに従う気はない。
「――死に様を愉しんで強者の優越感に浸りたいからか?」
否。そんなことせずとも、自分は最初から強い。
「――これが正しいと思っているからか?」
否。歌ったところでこの生命は助からない。ならばこんなことが正しいはずがない。
天子には、自分の感情に何一つとして答えを出せない。
だが、一つだけハッキリとしていることがある。
闇雲でいい、この死に行く命のために、自分がやれることを出し切りたいのだ。
天子の意識の間隙を突いて、姿を現したマミゾウが右の拳を鋭く叩き込んだ。
風を裂いた正拳突きが天子の右頬に突き刺さる。
だが悪手だ。どうせなら自分に構わず、この狸を連れ去れば――いや、その場合は即座に手を切り捨てていたからこれが最善で正しいか、だがどっちにしろだ。
顔を打たれ、歌を途切れさせた天子は、されど怯むことなくマミゾウの拳を左手で掴み取り引っ張る。
体を引きずり込まれたマミゾウのみぞおちに、お返しとばかりに剣を握った拳をそのまま打ち付けた。
「がっ――!?」
硬い拳を打ち込まれ、マミゾウは目を剥いて弾き飛ばされた。
天子は化け狸が草むらに尻もちを付く瞬間から視線を切り、隣の狸を見下ろして再び歌を口にした。
「――♪」
天子の前で、小さな獣の命が潰えようとしている。
その体の末端から急速に力が抜けていくのが見て取れる、一つの灯火が熱を失っていく。
狸は動かぬまま、感情を表してはくれない。天子の行動がどう響いたかは謎のまま、ただ死んでいく。
その様子を見て、何故だが天子は胸が詰まる気持ちになった。
今更になって不安が頭をもたげる。
果たして、自分はこの命のためにやれることをやれただろうか? その心を、ほんの少しでも救えただろうか?
いや、救いなどおこがましく、彼の心は死に際に居座る無遠慮な人への憎悪に濡れているのかもしれない。天子は自分の行動を信じていたが、一方でそんな益体のない気持ちを感じていた。
いずれにせよ、答えは出ない。
「――♪」
ただ天子は、他にできることが見つからないから歌い続けた。
その狸が亡くなってからも、天子は歌を止めなかった。
死を看取ってからも、鎮魂歌のつもりで歌を紡ぎ続ける。その様子をマミゾウは恨みがましく見つめていた。
やがて東の空が知らずんできた頃になり、ようやく天子は口を閉じ、静かに立ち上がった。
吹き抜けた風が、天子の足元で横たわる躯を撫でた。
「どうする気じゃ」
「月は沈んだ、私は往くわ」
頑なな天子に対して何もできなかったマミゾウは、悔しさに苦虫を噛み潰している。
天子は彼女を一瞥し、この狸をちゃんと弔うようにと忠言でもしようと思ったが、やっぱり止めた。
そんなことを言わずとも、一晩この狸に付き合ったマミゾウを信じた。
天子は歩き出す、マミゾウの隣を抜けて去っていく。
マミゾウはその少女の背を憎々しげに見送ってから、そっと躯に駆け寄って、労りながら抱え上げた。
後方から日が登り始めているのを感じながら、天子はなんとなく足を進めていた。
もうすぐ朝だ、さて何をしようかと思案しながら歩いている。
「――随分と熱心だったじゃない」
そこに耳障りな声が響いてきた。
眉をピクリと動かす天子の前に、すっと空間が開いて奥から何かが這い出てくる。
気味が悪いほど綺麗な金色の髪に白い肌。
「お前か、スキマ妖怪」
この地上において、天子が唯一敵と見定める八雲紫が目の前に降り立った。
扇子を開いて口元を隠そうとするかの妖怪を、天子は警戒して睨みつける。
「目立つ歌声でしたもの、もうちょっと慎みを持ってはいかが?」
「ふん、お前と違ってコソコソする理由がないからな……何の用よ?」
これが目的もなく現れるはずもないと、天子は疑いを持って問いかけた。
重い声調の天子に対して、紫はひょうひょうと答える。
「いやなに、最近猫たちの人気が変なのに持ってかれて私の威厳がーって、うちの可愛い式の式に泣きつかれちゃってね」
「式……あぁ、あの黒猫か」
心当たりを思い浮かべる天子に、紫が急に顔を近づけてきた。
「随分と我が物顔じゃない? 人様の庭で遊び呆けて」
吐息までかかる距離で、妖怪が瞳を覗き込んでくる。
眼と眼を合わせ、お互いの深淵を見やりながら、天子は己が心情を隠そうともせず真っ向から目を見開いた。
「まさかお前も、目障りだから私を潰しにきたのとでも?」
「……だったら、どうするかしら?」
試すような物言いだ、だがそれを天子はくだらないと鼻で笑って退ける。
「……そうね、少し、ガッカリかもしれない。その程度のやつなんてね」
大地と底に根付く命の輪はこんなにも雄大なのに、それを管理するこいつが、その器を汚すような真似をするなら、天子はそれを見下げるだろう。
だがこの大空の下では誰もが矮小だ、それはそれで構わない。
「でも、ここでやるっていうんなら。私も久々に熱くなれるかもしれない」
天子は剣を握り込み、緋想の剣の光を紫の喉元に突きつけた。
萃められた気質が凝縮し、密度を高めて緋き色彩は白に近づく。
恐ろしいまでの輝きを瞳に湛えて至近距離で見つめる天子の熱量に、紫はにっこりと笑った。
「や~だ」
「は?」
「イヤって言ったのよ。なんでそんな無駄な労力使わないといけないの」
「ふん、なんだつまらない」
挑発をあっさりかわされて、天子は悪態をつきながら刃を納める。
残念がる天子に、紫はおちゃめにウィンクを飛ばしながら話しかけた。
「ねぇ、それより今度は私のために歌ってくれないかしら?」
「はあ!?」
「徹夜であなたのこと監視してたから眠いのよ。ほら、睡眠不足は美容の天敵じゃない? 寝かしつけてくれませんこと?」
「知るか! あんたが勝手にしてたことでしょうが」
怒鳴りつけて拒絶すると、紫は「むぅ」と口をとがらせて不満げな顔を見せたが、すぐにスキマの椅子に腰掛けると、天子の隣に境界を滑らせた。
「じゃあ私が歌うわ」
「いや、どうしてそうなるのよ!?」
隣から身を寄せてくる紫に、天子も流石に困惑した声を上げた。
疑問の声を無視して紫が勝手に歌い始めるのに、天子は諦めて苦い顔をするしかなかった。
「ねーんねんころりーよー♪ おころりーよー♪」
「……それも子守唄か」
「えぇそうよ、あなたは知らない?」
「知らない」
「あらそう。まあこれは江戸時代ごろに生まれた民謡だものね、当時のあなたは天界か」
紫は再び歌を口ずさみ、ゆったりとしたメロディを聞かせてくる。
「ぼうやーはよい子ーだ♪ ねんねーしなー♪」
「……ふん、勝手なやつ」
天子には聞いてやる義理もないが、まあ自分がいなかった間の民謡というのには興味がある。しばし耳を傾けてやった。
「ぼうーやーのお守りーはどこへー行ったー♪ あの山こえーてー里へ行ったー♪」
シンプルな曲調だ、これなら誰でも覚えられて、人から人へ、親から子へと繋がっていける。
悪くない、雲が流れるような穏やかさは人の心を落ち着けるだろう。
唯一の難点は、歌ってるのがこの胡散臭い妖怪ということだが。
「里のみやーげーに何もろうたー♪ でーんでん太鼓にー笙の笛ー♪」
だが、この妖怪が歌っているにしては意外と真剣な歌声だ。
短い歌詞が繰り返される中、歌声はいっときも手を抜かずに朝焼けの空に響く。
この妖怪にしては珍しく真っ直ぐな気持ちがこもっている、素朴で、ありふれていて、それでいて温かい気持ちが届けられてくる。
なんだろうこの感覚は?
ああ、そうか、もしかしてこれが――安心、というやつだろうか。
「……あれ?」
そう自覚した時、天子は頬を流れる熱いものに気が付いて真っ白な声を上げた。
頬を指先でなぞり、拭い取った雫を見て驚く。
「どうして……私泣いて……おかしいな……?」
呆然としている間にも、天子の緋い瞳からは、宝石のような大粒の涙が次から次に溢れ出て来て、ぼたぼたと流れ落ちた。
「なんで……なんでなみだがでるのよ……ひっぐ」
わけがわからない、なんで自分が泣かなければならないのだ。
こんなのは別に、ただ自分がしたのと同じことをされているだけなのに、とめどなく流れてくる。
手の甲で拭っても拭っても止まらない何かに、天子は思考がまとまらない。
そこにそっと紫の手が天子の頭に回されて、涙で濡れる目元を細い手で覆い隠し、そのまま天子を抱き寄せた。
頭が真っ白になって力が入らなくなった天子は、スキマの上に乗せられて、紫の身体にもたれかかる。
「ねーんねんころりよー♪ おころりよ♪ ぼうやはーよい子だ♪ ねんねしなー♪」
「ひっぐ……ぐす……うぇぇ……」
登り始めた朝日に照らされながら、繰り返し、繰り返し、歌は天子の心に響き続けた。
紫の歌声は、天子の乾いた心に染み込んでいき、ひび割れた隙間を埋めていく。
未だ知らなかった衝動に天子が泣きつかれ、遅い眠りにつくまでのあいだ、紫はずっと歌い続けていた。
「おやすみなさい、愛ある人。どうか安らかに――」
「起きて下さい天人様!!」
「天子、大丈夫ー?」
ぐったりと眠っていた天子は、自分を名を呼ぶ声に目を覚ました。
開いた目に空の頂上まで登ったお日様が飛び込んできて、眩しさにギュッと瞼を閉じてから薄く開く。
そこには自分を見下ろす針妙丸と紫苑の姿があった。
「んっ……なに? おはよう?」
「うわーん! 天人様、こんなところで寝てるから死んだかと思って心配しましたよー!」
体を起こすと涙目の紫苑が抱きついてきたので、安心させようと頭を撫でてやる。
周りと見ると、どうやら草むらに寝かせられて放置されていたらしい。
針妙丸がお椀に乗って顔を覗き込んできた。
「どうしたのさこんなところで寝ちゃって。それに目腫れてるよ、泣いてたの?」
「そ、そんなわけないじゃない! いやこれはあれよ、紫のやつがあんまりにも面白いことするもんだから、ホント爆笑モノのギャグで!」
「ギャグってあれが?」
なんとかはぐらかした天子は、紫苑に離れてもらうと、立ち上がって伸びをする。
「んー! なんか久々によく寝れた気がするな」
「っていうかどうしてここで寝てたの?」
「そうですよー! 天人様、死んじゃったんじゃってー!」
「おーよしよし。死なないから安心しろ……ちょっとな、動物の面倒見てたら寝てしまっただけだ」
「へぇー、そうなんだ……あれ? でも動物の臭いしないね」
天子の言葉を聞いて、針妙丸と紫苑は鼻を近づけた。
「くんくん……ホントだー、いつもの天人様の匂いです」
「そうだろうそうだろう……って、私そんな獣臭かったりしてるの?」
「たまにちょっと臭う」
「……マジかー……」
天人だから多少汚れても大丈夫と慢心していたが、臭いと言われれば流石に少女心にショックを受ける。
「うむむ、ちょっと気になるけど、みんながじゃれてくるのを無下にするのもな……仕方ないか」
ただまあこれからは野宿の時に抱きつくのは控えようかと思い悩む。
若干落ち込みを見せる天子へと、紫苑が笑いかけた。
「えへへ、天人様優しいですから、みんなの人気者ですね」
そう言われ、天子はまるで不意を突かれたのように目をまんまるにして驚いていた。
目をしばたかせながら、確認するように問いかける。
「優しい? 私が?」
「はい!」
「意外と面倒見は良いよねー」
紫苑だけでなく針妙丸からもお墨付きをもらい、天子は胸を当てて今の言葉を反芻する。
「……そっか、私は優しいのか」
胸が熱い、気持ちが沸き上がってくる。
今まで名前を持たなかった感情の空白を埋められて、心地よい高揚感が血を巡る。
ドキドキする胸を押さえる天子に、紫苑が不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや、この大地はいい場所だなと思っただけだ」
自分の成したことを見てくれる誰かがいる、その素晴らしさをいま天子は知った。
己の感情に一つの答えを見出した天子は、ニヤリと笑って拳を振り上げた。
「よーし! それじゃあ朝ごはんでも食べに行くぞ!」
「もうお昼ご飯ですよー」
「私が朝ごはんと言ったら朝ごはんだ、異論を言うなら奢らないわ」
「朝ごはんです!」
「うわー、横暴」
「じゃあ針妙丸は奢りなしでいい?」
「朝ごはんだよ!」
「よっし、それじゃあ行こう!」
「「おー!」」
そして天子は再び歩き始める。自分の心を見つめてくれて、中身を入れてくれる友達を隣に引き連れて。
出会いを経て、それまで見過ごしてきた自分の気持ちに、少しずつ中身を入れていく。
そうした先に、まだ見ぬ自分に出会える気がして、胸の高鳴りに耳をそばだてた。
ゆかりん...あかんニヤニヤが止まらんぐへへ
こういうゆかてんもまた一つのゆかてんですね
マミゾウさんの助けたいという意思をもう少し語ってもよかったかもしれません。
また天子ちゃんがマミゾウさんを阻む理由も前半で語った自然の在り方に少し反するかな、と。同時に気まぐれも語られているので……何とも言い難いです。
まるで嵐のよう。
幻想郷というものは紫の愛する地であり紫の愛の結晶である。とすればこれは立派にゆかてんなのでは?
からつい考えてしまって、散文的な文章になります
天子の、自分にできることをしたいという愛は確かに尊いもので、でも上述のように、押し付けのような側面もある
それは天子らしい一面で好きではあるんだけど、少し危ういかなと
幻想郷はある意味「妖怪のみんなを無理やりにでも幸せにする」ための世界だから、それを作った紫と今回の天子は少し似てはいる気がします
天子ちゃんが泣いたのは何故だろう
なんとなくわかる気がしたけど言葉にはできなかった
自分の行動を紫が理解してくれたから?
自分の行動が正しいか不安だったけど紫が肯定してくれたから?
というのがすぐに浮かんだけど、ちょっと違う気がする
天子は子守唄を聴いて何を感じたか
天子は何のために子守唄を歌ったのか
天子は母から子守唄を聴かされた
なら紫の子守唄からも母を感じたんじゃないだろうか
それはつまり母のような愛を感じたということで
それでラブソングっていうタイトルなんですね
今気づきました。ほんとよく出来てると思います。少し鳥肌です
天子ちゃんは愛に飢えていて、それは愛されたいだけじゃなくて愛したいということでもあるから、死にかけの狸に、ひとりでいる狸に、最後の瞬間まで愛で包んであげたかったのかなと、自分の中で納得がいきました
考えてみるとすごく透明感のある綺麗なお話だなと思います。良い作品をありがとうございます
マミゾウが噛ませ気味で終わってしまうかなあと思いきやしっかりフォローもされていて良かったなと。
紫も紫で、天子に限らず幻想郷の全てをいつも見守ってるんだろうなーってのが良く伝わってきますね。そのあたりの解釈、やっぱり好みですね。
有難う御座いました。
傍若無人に見えても自分はこれで良いのか、って常に道理と比べているのが天子の才気を感じさせているのも良かったです
ただ個人的にはマミゾウの描写がしっくり来ず、何というか比較対象・やられ役として登場させられている様な引っかかりを感じてしまいました。
氏の過去作では対等になれないからと天子自身に否定されてたけど、こうして見てみると実に良いものですね。
呆れるほど奔放な天子なのに紫が来た時だけ警戒しだすところが本当にゆかてんでした