小人の夢は、たいていの人間より大きく、素晴らしいものなのだ!ただ、どうにも儚くて―――
小人の喜び
うーん、退屈。人間と同じ時間を過ごせば、私の方が鼓動が早い分落ち着かないはずなのに、この神社の軒下だとむしろ人間を心配したくなるぐらいだ。
「そういやあんた最近、やれ下克上がーやれ小さきものの声がーって言わなくなったわね」
ちょっと前に、霊夢にこんなことを言われてしまった。抗わない小人はただの小さい人よ――そんな顔をしながら。
弱者が見捨てられない楽園を築くのだ、と意気込んで私は異変を起こした。アマノジャクに利用されていたと分かった時はがっくり来たけれど、私にとってはおおいに価値のある異変だった。
巫女の驚く顔が、私に活力を与えたのだ。小人であることを、活かす力。
私は自分の体が小さいことに、甘んじていた。それをはっきりと自覚できた。
人に勝るところは、人ではないという事実そのものなのだ。私はそう考えて、最後まで突き進んだはずだ。それ故、体がさらに小さくなってしまったことに全く後悔していない。
……考えれば、考えるほど、私は今も野心的でいいはずじゃないか。でも、今はこう、温かい軒下でお茶の香りに包まれている時間が一番長く感じるのだ。
「唐突に、筆を執りたくなることがあってそれがスランプ脱出の機会になるのですよ」
そんな言葉を、天狗の口から聞いたっけ。私は今、打ち出の小槌を手に取りたい?……微妙なところだ。そもそも、目的がはっきりしないからかもしれない。
いや、反骨精神はしっかりあって、それに任せて振り回せばいいだけに決まっている。けれど、具体的に何をしてやろう、と思いつかない。
神社の奥から足音が聞こえてきた。霊夢の掃除が一段落ついたみたいだ。
息をつきながら隣に座る霊夢。少しの沈黙。
「……霊夢は殊勝だね。掃除に時間を費やすなんて」
「開口一番皮肉?……ってわけじゃなさそうね。なんか時間を無駄にしたような顔してるわ」
ううん、そんなところ……じゃない、はず。じゃないけど、なんだかむなしくなって口が滑った。
「霊夢はさ、やっぱり巫女の立場があるから神社を掃除するんだよね?」
「もちろん。神様に敬意を払うために掃除しているわ。でも、それだけが理由じゃない。箒があるから掃除をするってのも、理由の一つね」
「箒があるから、掃除をする?……道具を大切に思っているってことだね。やっぱり殊勝だ。」
「ええ。だから、あんたもそんな顔してないで大切にされるようなことをしなさい。ってわけで早速、神棚の上を――」
そう、道具は使われてこそ。使い手の人間によって、活きるし、腐りもするのだ。私が腐っているのは――て、腐っていると自分で思ったらおしまいじゃないか。
「ちょっと、聞いてる?人の役に立てば心は晴れるものよ。ほら」
「……うあ」
霊夢にいきなり持ち上げられて、間の抜けた声が出てしまった。思考の渦から、引っ張り出される。
「えっと、何するの?」
「言ったじゃない。神棚を掃除してもらうの」
間もなく、私は霊夢の手から埃っぽい神棚に放たれてしまった。
「そこに小さい布切れがあるでしょ。それを使って端から端までからぶきしてね」
「布切れが乗せられるならそのまま霊夢一人でできるんじゃないの?」
「んー、出来ても、あんたがやったほうが綺麗になるって私は思ったの」
別に、掃除が嫌なわけじゃない。ただ、私を使う必要がそこまでないような。そんなことを考えながら布を広げている間、霊夢はずっとこっちを見ていた。
―――小さくなっているとはいえ、私が動き回れるなんてずいぶん大きい神棚だなあ。流石神社の神棚って感じ。いや、でもなんで神社に神棚があるんだろう。表の神様よりもっとえらい神様だったりするのかな。埃がなくなってきたら、なんだかお酒の匂いが強くなってきたな。この扉の奥にあるのは、もしかしたら秘蔵の生酒だったりして―――
気まずいとか、恥ずかしいとか、そんな気持ちはないはずだけど、何故かこっちを見る霊夢と一度も顔を合わせようと思わなかった。頭を、自分の思考で埋め尽くすようにして。
「うん、綺麗になったみたいね。どう?人助けして気分は晴れた?」
「まあ、まあかな」
私は霊夢に再び持ち上げられ、軒下に戻ってきた。霊夢は少しの間中に戻って、お茶を持ってきた。
「ねえ、霊夢。私は人助けをしたのよね」
「そうよ。まだまだ序の口だけどね」
霊夢がこう言っても、正直人助けをした自覚がない。序の口とかなんとか、程度の問題じゃないような気がする。私はただ、なんとなく連れてこられた神棚の上を綺麗にすることを、悪くないなと思って、掃除しただけ。
私が思って、私がやっただけ。それ以上でも以下でもない。庭先を見つめながらぼーっと考えていた私は、思考が一段落してからようやく霊夢の視線に気づいた。
顔を向けると、霊夢はため息を吐きながら口を開いた。
「……あんたね、私が何か言い忘れてる、とか思わないの?きょとんとしているのを見ると、いまいちわかってないみたいね」
「え?うーん、なんだろ」
「道具の喜びと、人の喜びの何が違うかって、あんたには分かる?」
道具の喜びは、大切に使ってもらうこと。それだけじゃない。使った人に感謝されること。人の喜びはいっぱいあるけれど、でも―――
「私には、人の喜びにならない道具の喜びなんてないように思えるよ」
「それはあんたが人と道具を同一視しているから。なら人間は、道具と人間の違いを何だと思ってるかしら?それが気に食わなくて、あんたは下克上未遂をしたんでしょ」
「声の大きさ……だから、感情の強さ、とか」
「んじゃ、はっきり言うわ。今のあんたは、感情がとても弱い。人間の私から見ればただの道具。だから、ああいう扱いをした。人助けなんて謳ってね」
「……それなら、私だって人助けしたつもりなんてさらさらない!けど、使われたとも思ってない。私は、あそこに連れてこられたって偶然があっただけで、あとは霊夢のことなんか少しも考えないで、私の思うままに掃除をした!」
ぼーっとしていたけど、お前はただの道具だ、なんて言われたら、やっぱり私はカチンときた。反骨精神ここにあり!
「確かにあんたは掃除している間、私の顔を伺うようなことは一度もしなかった。でも、結果的には私の思い通り、神棚は綺麗になった。つまりね、私からすればあんたに感情があろうがなかろうが、あったとしてどう思っていようが、関係なかったの。」
「そんなこと!じゃあ、もし私が神棚の上でやる気を出さなかったらどうだったの?神棚は綺麗にならないはず」
「やる気を出さないようなら、そもそも神棚の上に乗せないわ。先の割れた箒で掃除をしないようにね」
打ち出の小槌で道具の声を聴いたから、私は知っているのだ。声が届いていないだけで、道具だって黙っちゃいないんだって。それで、声を形に出来れば、それがそのまま反逆になるんだって。
でも、霊夢の話じゃあ、声が届いたところでなにも意味がないじゃないか。私は、意味もないことに突っ走っていたのか?……そんなことはない!
「……私は、道具と人が平等に笑える日が来ると信じているわ。だから異変を起こした。それで、霊夢も道具の声を少しは知ったでしょ?その時、何も思わなかったの?」
「んー、何か、特別に思うことは無かったかな。別に、私ははなから道具を差別してたわけじゃないからね」
「え?」
――ああ、そうか。霊夢は異変が起きたから、道具が暴れたから、それを解決した。別にそれだけだから、まだ深く考えていないのか。それなら。
「そうだったね。それなら私は、道具の声をいっぱい聞いて、それで決まった私の夢を貫くよ。霊夢が何と言おうが、ね」
「小人の本懐を保つってことね。まあ、私はあんたがまた異変を起こしたらぱぱっと解決して、もっと道具の何たるかを叩き込んでやるだけだわ」
少しやる気が出てきた。霊夢はさっき私がどう思っていようがいまいが関係ないなんて言ったけれど、私には霊夢も、異変を起こす者も、互いに感化し合っているからこそやる気が出て異変が起こるように思える。
さあ、打ち出の小槌を――えっと……そうだ!
「ねえ、霊夢が今一番感謝しているものって何?やっぱり道具の神様?」
「そうね、普段から色々な道具を使っているから、道具の神様には感謝しているわ」
うんうん思った通り。あの神棚の神様はやっぱり―――
「なるほど。それじゃ霊夢、ちょっとあれを取ってくるから待っててね」
「馬鹿ね。打ち出の小槌はもう使えないでしょう?そんな小さい体でどうやって動かすのよ」
「一振りだけでいいのよ。たった一振り。だから、霊夢もそれくらいならって思うでしょ?」
「その一振りを、何か神具に使うつもりなのね。却下よ」
「えー!お祓い棒とか、お賽銭箱とか、そんなちゃちなものじゃ無いから、霊夢も感動すると思うんだけどなー」
「お賽銭箱は別に神具じゃないし、ちゃちでもないわ。何にせよ、神具には触らせないわ」
よし。やっちゃあいけない事ができた。準備完了。
「残念だなあ……今日のところは諦めるよ」
「明日になっても何も変わらないわよ」
そうそう。明日やろうは馬鹿やろうなのだ。思い立ったが吉日!
私は湯呑を片しに行く霊夢を尻目に、魔法の森へ急いだ。
夢中で森まで駆けたけれど、やはり夕方になってしまった。でも、これで正解、ちょうど魔理沙が帰ってくる時間帯だ。
空を見上げていると、魔理沙が箒にまたがって飛んできた。長い影を作っていて、それが私に覆いかぶさった。
「魔理沙さーん!」
私は精いっぱいの声を出して、跳ねる。
「ん?コロポックル?じゃないな、日本語じゃないもんなー」
何かぶつぶつ言いながら、私の前に魔理沙が降りてきた。
「お前かー霊夢のところから家出したのか。そりゃしたくもなるよな、あんなところ」
魔理沙は家出をして通ってるくせに。じゃなくて。
「魔理沙さん、お願いがあるんです!ちょっと……」
箒で招かれ、私は魔理沙の家に入りながら、先ほど思いついた作戦を話した。
「なるほど、そりゃあ面白いな。ぜひ協力しよう!ただ、本当にやばいことになった時には……その時はその時だな」
魔理沙はニッと一笑いして、魔法が書かれた札と、八卦炉をいくつか持ってきた。
「これだけあれば、大丈夫だろ。霊夢もいるしな」
「ありがとうございます!」
明日、きっと霊夢は自分の道具への粗暴さに気づくことだろう。神棚があれだけ汚れていたんだから、神様はさぞお怒りだろうな。楽しみ楽しみ。
魔理沙の手入れの行き届いた箒に挟まって、私はわくわくしながら眠りについた。
翌朝、魔理沙が箒を持ち上げた振動で、私は目を覚ました。
「善は急げだ。下克上が、霊夢個人を待っている!」
私に劣らず、魔理沙もかなり元気だ。私たちの乗った箒が地面を離れると、瞬く間に森が小さくなっていった。
魔理沙は霊夢が痛い目見るかも、と期待しているみたいだけれど、私は別に痛い目を見てもらいたいわけじゃない。
当たり前を、しっかりと認識してほしいだけなのだ。
昨日は半日かかったのに、箒で飛べば四半刻とかからずに森から神社に移動できた。軒下に、いつものように霊夢が湯呑をもって座っている。
「よし。じゃあまず、私がお前を抱えて霊夢の隣に降りるから、降りたらすぐに小槌に向かってくれ。私は適当に話して時間を稼ぐから、それが終わった頃あいを見て、神具をいじってくれ」
「了解!」
私が身を縮めると、魔理沙の手の中に何とか納まった。間もなく、軒下に降り立つ。
「よう霊夢ー!なんか浮かない顔してんな。無くし物でもしたか?」
霊夢に話しかけながら、魔理沙は後ろに回した手を開いて、私を襖の隙間に放った。
札を抱え、小槌のある場所へ急ぐ。
「物じゃないんだけどね、あれがいないのよ」
「ん?ああ、虫かごなんかで飼うからだろうに。家出もしたくなるだろうな」
「別にずっと虫かごに入れてたわけじゃないわ……」
会話が大分遠のいたところ、台所の収納の一角に、小槌がしまってある。私はその上に、魔理沙から貰ったお札を置く。
忽ちお札が発光して、熱を帯びた。私が目を閉じて、わずかに手を離した間に、お札の模様は「封」の字の意匠から小槌の絵に変化した。すぐに服の中に隠す。よし。
私は神棚のそばに移動する。次の狙いは神棚……の、すぐ下に置いてあるお祓い棒だ。少し待っていると、霊夢たちの会話が聞こえてきた。
「やっぱり神棚のところにいると思うぜ」
「私が持ち上げなきゃ上がれないんだから、神棚に行きたいなら私のところに来ると思うんだけど……」
二人が部屋に差し掛かる直前に、私はお祓い棒を蹴り倒した。木が畳に鈍い音を響かせると同時に、先に付いた紙がわしゃわしゃと音を鳴らした。
「あそこだ!」
魔理沙の叫びとともに、霊夢がずかずかと入ってくる。
「……あんた、どこにいってたかと思えばずっと悪戯するタイミングを計って、隠れていたのね」
霊夢の顔が少しひきつっている。
「えっと、いやあ……」
私が口籠っていると、魔理沙がすぐに口を開いた。
「懲りないなあこいつは。でもまあ、未遂なわけだし、今回は掃除させるので勘弁してやらないか、霊夢?」
「そうね、今日は箪笥の裏にでも潜ってもらおうかしら」
「ああ、いや、私は今日も神棚の上を掃除してもらいたい。さっきの話で見たくなってな」
「それなら、どっちもやって貰うまでよ。ほら、聞いてたよね?」
「……はい……」
しょぼくれた演技のあと、魔理沙にさりげなく目くばせする。魔理沙はすぐに私をつまみ上げて、神棚の上に乗せた。
「偶然、今日はちょうどいいものを持っているんだ。掃除が面倒くさいから開発した、一拭きで99%の埃が取れる札だ。ほれ、今渡したのがそれだ」
私は魔理沙の手から放たれると同時に、懐から先ほどの札を取り出した。
「一拭きって、ただこれで乾拭きすればいいの?」
「そうさ。摩擦の熱が魔法の発動のトリガーになる。多少熱くてもしっかりと拭いてくれ」
私たちの茶番に、霊夢は怪訝そうな視線を向けた。
「それ、本当にきれいになるのよね?間違って傷つくようなことがあったら本当に困るのよ?」
「大丈夫だ。もううちの家具で実証済みだからな」
大切にする心がけがあるなら、自分でしっかり掃除すればいいのに。そういうところを、これから説教して貰うのだ。
「それじゃ、拭くよ。……やあ!」
雑巾がけの要領で札を思い切り地面に擦り付ける。すると、札から再び光が湧いて――手に、打ち出の小槌が握られた。
ズシリと重い感触が、すぐに腕を強制的に降ろさせた。たった一振り。その一振りが、神棚の中央の小部屋に向けて振り下ろされた。轟音とともに、足に振動が伝わってくる。
「あっ、ちょっと……」
私は、重さから解放されて直立する。私に目を向けた霊夢がわずかに口を開いた。が、すぐに閉じてしまった。なぜか落ち着いた様子で、霊夢が口を再び開いた。
「……よく分からないけど、そういうことね。99%取れるってのは」
「へ?」
魔理沙の方を見ると、少し考えた後に、突然笑い出した。
「あははは、そうなったか!神様ってのはほんとに謎だなあ」
何か、横に気配を感じて顔を向ける。
そこには私が、まったく同じ顔をした私が、立っていた。
「二人で掃除すれば99%なるって……あれ?魔理沙の家の家具もこいつが掃除したの?」
「違うぜ霊夢、もうネタ晴らししていいよな?」
「あ、うん?」
何が起こったか飲み込めなくて、生返事になってしまった。魔理沙は私に構うことなく解説を始めた。
「実はな、今の札は掃除用じゃなくて召喚術用の札なんだ。それに今回は、打ち出の小槌を閉じ込めてみた」
「……それを、なぜ針妙丸に?」
「いやな、実は昨日こいつが家出したあと私のところに来てな、神棚に祭られている神様はきっと道具の神様だから、それに打ち出の小槌の力を使って喋れるようにして、霊夢に説教して貰いたいと言って来たんだ。それで私は霊夢が説教されるところが見たくて、提案に乗ったんだ」
「別に、説教されるようなことはしてないわよ。……で、なんで針妙丸が二人いるのよ」
「これは私の推理だが……その神棚の中身って、確か鏡だろ?私は供え物の酒を拝借しようとして、一度のぞいたことがあったんだ。さっき思い出した」
「あんたね……」
「それでな、鏡の力か神様の力か分らんが、打ち出の小槌の力を鏡が反射したんだろう。それで、打ち出の小槌の力が打ち出の小槌にかかって――」
「ふーん。じゃあ、小人は、打ち出の小槌の付喪神だったってことね」
霊夢と魔理沙が、私たちに目線を向ける。私は混乱して、言葉が出ない。固まっていると、小槌から生まれた私が、不意に口を開いた。
「いいえ。私は、確かに小槌の力を受け取った、博麗神社の神です。話しやすい形をとるために、打ち出の小槌に憑依し、話しているわけです」
「小人は、イタコもできるのか!」
魔理沙が驚いているが、驚きたいのは私の方だ。
「わざわざ小人の姿をとったのは、針妙丸、あなたと話すためです」
「はい?私は……」
なぜか、体が竦む。それからじわじわと、神に小槌を振ったことがおこがましく思えてきた。
「あなたが私に小槌を振るったのは、色々飛ばして言うと、神棚を綺麗に保つためでしょう?大変、殊勝な心がけです。なので、私から言いたいことはただ一つ。昨日、掃除をしてくれてありがとうね」
「え?えっと……はい!」
戸惑っていた心が急に晴れて、明るくなった。まったく、単純なことだった。
「それでは、霊夢、今後は掃除を怠らないように。供え物には感謝しています。では……」
再度光を放ったもう一人の私は、一瞬でその姿を札に変えて、神棚の下にひらひらと落ちていった。
「……もっと、乱神を祭っていたら面白かったのに」
「魔理沙、なんか言った?」
「いや、何も」
霊夢が札を拾い上げた。私は、魔理沙に乗り床に降りる。
「これは、札のまま預かっておくことにするわ」
「うーん……わかった」
「それで、ようやく分かったんじゃないかしら?道具の喜びと、人の喜びの違いが。神様に感謝されて、あんたはどう思った?」
「単純に、嬉しかった。それで、小槌で説教してやろうとか、どうでもよくなったわ」
「そうね。感謝されて、喜びを感じるのが人よ。それで、それを分かっていて感謝されたいと思って行動するのが、人ってものよ」
「……私は、別に感謝されたくて掃除をしたわけじゃない」
「自分が掃除をしたかったからってあんたは言ったわね。でもそれは、掃除を良いことだと思っているからよね」
「ええ。掃除をすれば、道具からも感謝されるからね」
霊夢が静かに、少し口角をあげた。私は、自分の言ったことにハッとした。
「あんたが道具と人を同一視してるってのは、そのことよ。あんたは、道具から感謝されたがっている、人よ」
私は、もともとどちらの者だったか。人か、物か。私は……あくまで、使役する側、人じゃないか。
道具の声を知っている分だけ、物の側について平等を目指した、人。それが私。だから。
「私は……感謝されたかった。物から。道具に、ああも主張があると知ったら、それを代弁して……感謝されたくなった。私のエゴ。それが、掃除や、異変の一番大きな動力源だった」
「別に、それでいいじゃないか。霊夢や私を倒せなくても、道具たちはお前のおかげで一暴れできたんだから、エゴでもいいことじゃないか」
魔理沙の言葉に、霊夢が頷く。
「いい、針妙丸?あんたはもっと、感謝されたがりなさい。気持ちが沈むようなら、人らしくいること、感謝されるためには何をすればいいか考えればいいの」
「ま、当たり前のような気がするけど退屈ならそれが一番かもな。ほんとに退屈した時なら」
「そうか……そうだね。わかった。私は、道具や人、全てから感謝されるために、もっと大きなことをして見せるわ!」
そうだ。私の夢は、人と道具が平等に笑える世界をつくること。私がしたことで、道具も、人も笑うようになったら、それで夢が叶うんだ。まったく単純なこと。それをすればいい。
「さあ、感謝されるぞ!」
「よろしい。ではさっそく、私から感謝されるために、箪笥の裏を掃除して頂戴な」
「え?あっ」
問答無用で、埃の中に投げ込まれてしまった。ああ、昨日以上にひどい。色々と。でも、不思議と気分がいい。
「珍しくいいこと言うと思ったら、油断も隙もないな霊夢は」
「これでちゃんと掃除しなかったら、あんたが加担した悪戯にいよいよ意味がなくなるわ。その時は覚悟しなさいね」
「あー、まあそりゃないだろうからいくらでも受けて立つぜ、それじゃ」
魔理沙はそそくさと立ち去ってしまった。
「買い物をしてくるから、帰ってくるまでに綺麗にしておいてね」
「わかったわ。けど霊夢、しっかりと終わらせるから……」
「分かってるわ。楽しみにしてなさい」
霊夢は多く語らず、魔理沙のあとに続くようにすぐに飛び去っていった。さて。
言葉でも、お土産でも、それが楽しみで仕方ない。人らしい気持ちが、掃除をする腕を加速させる。
人の喜びとは、素晴らしいものだな!
小人の喜び
うーん、退屈。人間と同じ時間を過ごせば、私の方が鼓動が早い分落ち着かないはずなのに、この神社の軒下だとむしろ人間を心配したくなるぐらいだ。
「そういやあんた最近、やれ下克上がーやれ小さきものの声がーって言わなくなったわね」
ちょっと前に、霊夢にこんなことを言われてしまった。抗わない小人はただの小さい人よ――そんな顔をしながら。
弱者が見捨てられない楽園を築くのだ、と意気込んで私は異変を起こした。アマノジャクに利用されていたと分かった時はがっくり来たけれど、私にとってはおおいに価値のある異変だった。
巫女の驚く顔が、私に活力を与えたのだ。小人であることを、活かす力。
私は自分の体が小さいことに、甘んじていた。それをはっきりと自覚できた。
人に勝るところは、人ではないという事実そのものなのだ。私はそう考えて、最後まで突き進んだはずだ。それ故、体がさらに小さくなってしまったことに全く後悔していない。
……考えれば、考えるほど、私は今も野心的でいいはずじゃないか。でも、今はこう、温かい軒下でお茶の香りに包まれている時間が一番長く感じるのだ。
「唐突に、筆を執りたくなることがあってそれがスランプ脱出の機会になるのですよ」
そんな言葉を、天狗の口から聞いたっけ。私は今、打ち出の小槌を手に取りたい?……微妙なところだ。そもそも、目的がはっきりしないからかもしれない。
いや、反骨精神はしっかりあって、それに任せて振り回せばいいだけに決まっている。けれど、具体的に何をしてやろう、と思いつかない。
神社の奥から足音が聞こえてきた。霊夢の掃除が一段落ついたみたいだ。
息をつきながら隣に座る霊夢。少しの沈黙。
「……霊夢は殊勝だね。掃除に時間を費やすなんて」
「開口一番皮肉?……ってわけじゃなさそうね。なんか時間を無駄にしたような顔してるわ」
ううん、そんなところ……じゃない、はず。じゃないけど、なんだかむなしくなって口が滑った。
「霊夢はさ、やっぱり巫女の立場があるから神社を掃除するんだよね?」
「もちろん。神様に敬意を払うために掃除しているわ。でも、それだけが理由じゃない。箒があるから掃除をするってのも、理由の一つね」
「箒があるから、掃除をする?……道具を大切に思っているってことだね。やっぱり殊勝だ。」
「ええ。だから、あんたもそんな顔してないで大切にされるようなことをしなさい。ってわけで早速、神棚の上を――」
そう、道具は使われてこそ。使い手の人間によって、活きるし、腐りもするのだ。私が腐っているのは――て、腐っていると自分で思ったらおしまいじゃないか。
「ちょっと、聞いてる?人の役に立てば心は晴れるものよ。ほら」
「……うあ」
霊夢にいきなり持ち上げられて、間の抜けた声が出てしまった。思考の渦から、引っ張り出される。
「えっと、何するの?」
「言ったじゃない。神棚を掃除してもらうの」
間もなく、私は霊夢の手から埃っぽい神棚に放たれてしまった。
「そこに小さい布切れがあるでしょ。それを使って端から端までからぶきしてね」
「布切れが乗せられるならそのまま霊夢一人でできるんじゃないの?」
「んー、出来ても、あんたがやったほうが綺麗になるって私は思ったの」
別に、掃除が嫌なわけじゃない。ただ、私を使う必要がそこまでないような。そんなことを考えながら布を広げている間、霊夢はずっとこっちを見ていた。
―――小さくなっているとはいえ、私が動き回れるなんてずいぶん大きい神棚だなあ。流石神社の神棚って感じ。いや、でもなんで神社に神棚があるんだろう。表の神様よりもっとえらい神様だったりするのかな。埃がなくなってきたら、なんだかお酒の匂いが強くなってきたな。この扉の奥にあるのは、もしかしたら秘蔵の生酒だったりして―――
気まずいとか、恥ずかしいとか、そんな気持ちはないはずだけど、何故かこっちを見る霊夢と一度も顔を合わせようと思わなかった。頭を、自分の思考で埋め尽くすようにして。
「うん、綺麗になったみたいね。どう?人助けして気分は晴れた?」
「まあ、まあかな」
私は霊夢に再び持ち上げられ、軒下に戻ってきた。霊夢は少しの間中に戻って、お茶を持ってきた。
「ねえ、霊夢。私は人助けをしたのよね」
「そうよ。まだまだ序の口だけどね」
霊夢がこう言っても、正直人助けをした自覚がない。序の口とかなんとか、程度の問題じゃないような気がする。私はただ、なんとなく連れてこられた神棚の上を綺麗にすることを、悪くないなと思って、掃除しただけ。
私が思って、私がやっただけ。それ以上でも以下でもない。庭先を見つめながらぼーっと考えていた私は、思考が一段落してからようやく霊夢の視線に気づいた。
顔を向けると、霊夢はため息を吐きながら口を開いた。
「……あんたね、私が何か言い忘れてる、とか思わないの?きょとんとしているのを見ると、いまいちわかってないみたいね」
「え?うーん、なんだろ」
「道具の喜びと、人の喜びの何が違うかって、あんたには分かる?」
道具の喜びは、大切に使ってもらうこと。それだけじゃない。使った人に感謝されること。人の喜びはいっぱいあるけれど、でも―――
「私には、人の喜びにならない道具の喜びなんてないように思えるよ」
「それはあんたが人と道具を同一視しているから。なら人間は、道具と人間の違いを何だと思ってるかしら?それが気に食わなくて、あんたは下克上未遂をしたんでしょ」
「声の大きさ……だから、感情の強さ、とか」
「んじゃ、はっきり言うわ。今のあんたは、感情がとても弱い。人間の私から見ればただの道具。だから、ああいう扱いをした。人助けなんて謳ってね」
「……それなら、私だって人助けしたつもりなんてさらさらない!けど、使われたとも思ってない。私は、あそこに連れてこられたって偶然があっただけで、あとは霊夢のことなんか少しも考えないで、私の思うままに掃除をした!」
ぼーっとしていたけど、お前はただの道具だ、なんて言われたら、やっぱり私はカチンときた。反骨精神ここにあり!
「確かにあんたは掃除している間、私の顔を伺うようなことは一度もしなかった。でも、結果的には私の思い通り、神棚は綺麗になった。つまりね、私からすればあんたに感情があろうがなかろうが、あったとしてどう思っていようが、関係なかったの。」
「そんなこと!じゃあ、もし私が神棚の上でやる気を出さなかったらどうだったの?神棚は綺麗にならないはず」
「やる気を出さないようなら、そもそも神棚の上に乗せないわ。先の割れた箒で掃除をしないようにね」
打ち出の小槌で道具の声を聴いたから、私は知っているのだ。声が届いていないだけで、道具だって黙っちゃいないんだって。それで、声を形に出来れば、それがそのまま反逆になるんだって。
でも、霊夢の話じゃあ、声が届いたところでなにも意味がないじゃないか。私は、意味もないことに突っ走っていたのか?……そんなことはない!
「……私は、道具と人が平等に笑える日が来ると信じているわ。だから異変を起こした。それで、霊夢も道具の声を少しは知ったでしょ?その時、何も思わなかったの?」
「んー、何か、特別に思うことは無かったかな。別に、私ははなから道具を差別してたわけじゃないからね」
「え?」
――ああ、そうか。霊夢は異変が起きたから、道具が暴れたから、それを解決した。別にそれだけだから、まだ深く考えていないのか。それなら。
「そうだったね。それなら私は、道具の声をいっぱい聞いて、それで決まった私の夢を貫くよ。霊夢が何と言おうが、ね」
「小人の本懐を保つってことね。まあ、私はあんたがまた異変を起こしたらぱぱっと解決して、もっと道具の何たるかを叩き込んでやるだけだわ」
少しやる気が出てきた。霊夢はさっき私がどう思っていようがいまいが関係ないなんて言ったけれど、私には霊夢も、異変を起こす者も、互いに感化し合っているからこそやる気が出て異変が起こるように思える。
さあ、打ち出の小槌を――えっと……そうだ!
「ねえ、霊夢が今一番感謝しているものって何?やっぱり道具の神様?」
「そうね、普段から色々な道具を使っているから、道具の神様には感謝しているわ」
うんうん思った通り。あの神棚の神様はやっぱり―――
「なるほど。それじゃ霊夢、ちょっとあれを取ってくるから待っててね」
「馬鹿ね。打ち出の小槌はもう使えないでしょう?そんな小さい体でどうやって動かすのよ」
「一振りだけでいいのよ。たった一振り。だから、霊夢もそれくらいならって思うでしょ?」
「その一振りを、何か神具に使うつもりなのね。却下よ」
「えー!お祓い棒とか、お賽銭箱とか、そんなちゃちなものじゃ無いから、霊夢も感動すると思うんだけどなー」
「お賽銭箱は別に神具じゃないし、ちゃちでもないわ。何にせよ、神具には触らせないわ」
よし。やっちゃあいけない事ができた。準備完了。
「残念だなあ……今日のところは諦めるよ」
「明日になっても何も変わらないわよ」
そうそう。明日やろうは馬鹿やろうなのだ。思い立ったが吉日!
私は湯呑を片しに行く霊夢を尻目に、魔法の森へ急いだ。
夢中で森まで駆けたけれど、やはり夕方になってしまった。でも、これで正解、ちょうど魔理沙が帰ってくる時間帯だ。
空を見上げていると、魔理沙が箒にまたがって飛んできた。長い影を作っていて、それが私に覆いかぶさった。
「魔理沙さーん!」
私は精いっぱいの声を出して、跳ねる。
「ん?コロポックル?じゃないな、日本語じゃないもんなー」
何かぶつぶつ言いながら、私の前に魔理沙が降りてきた。
「お前かー霊夢のところから家出したのか。そりゃしたくもなるよな、あんなところ」
魔理沙は家出をして通ってるくせに。じゃなくて。
「魔理沙さん、お願いがあるんです!ちょっと……」
箒で招かれ、私は魔理沙の家に入りながら、先ほど思いついた作戦を話した。
「なるほど、そりゃあ面白いな。ぜひ協力しよう!ただ、本当にやばいことになった時には……その時はその時だな」
魔理沙はニッと一笑いして、魔法が書かれた札と、八卦炉をいくつか持ってきた。
「これだけあれば、大丈夫だろ。霊夢もいるしな」
「ありがとうございます!」
明日、きっと霊夢は自分の道具への粗暴さに気づくことだろう。神棚があれだけ汚れていたんだから、神様はさぞお怒りだろうな。楽しみ楽しみ。
魔理沙の手入れの行き届いた箒に挟まって、私はわくわくしながら眠りについた。
翌朝、魔理沙が箒を持ち上げた振動で、私は目を覚ました。
「善は急げだ。下克上が、霊夢個人を待っている!」
私に劣らず、魔理沙もかなり元気だ。私たちの乗った箒が地面を離れると、瞬く間に森が小さくなっていった。
魔理沙は霊夢が痛い目見るかも、と期待しているみたいだけれど、私は別に痛い目を見てもらいたいわけじゃない。
当たり前を、しっかりと認識してほしいだけなのだ。
昨日は半日かかったのに、箒で飛べば四半刻とかからずに森から神社に移動できた。軒下に、いつものように霊夢が湯呑をもって座っている。
「よし。じゃあまず、私がお前を抱えて霊夢の隣に降りるから、降りたらすぐに小槌に向かってくれ。私は適当に話して時間を稼ぐから、それが終わった頃あいを見て、神具をいじってくれ」
「了解!」
私が身を縮めると、魔理沙の手の中に何とか納まった。間もなく、軒下に降り立つ。
「よう霊夢ー!なんか浮かない顔してんな。無くし物でもしたか?」
霊夢に話しかけながら、魔理沙は後ろに回した手を開いて、私を襖の隙間に放った。
札を抱え、小槌のある場所へ急ぐ。
「物じゃないんだけどね、あれがいないのよ」
「ん?ああ、虫かごなんかで飼うからだろうに。家出もしたくなるだろうな」
「別にずっと虫かごに入れてたわけじゃないわ……」
会話が大分遠のいたところ、台所の収納の一角に、小槌がしまってある。私はその上に、魔理沙から貰ったお札を置く。
忽ちお札が発光して、熱を帯びた。私が目を閉じて、わずかに手を離した間に、お札の模様は「封」の字の意匠から小槌の絵に変化した。すぐに服の中に隠す。よし。
私は神棚のそばに移動する。次の狙いは神棚……の、すぐ下に置いてあるお祓い棒だ。少し待っていると、霊夢たちの会話が聞こえてきた。
「やっぱり神棚のところにいると思うぜ」
「私が持ち上げなきゃ上がれないんだから、神棚に行きたいなら私のところに来ると思うんだけど……」
二人が部屋に差し掛かる直前に、私はお祓い棒を蹴り倒した。木が畳に鈍い音を響かせると同時に、先に付いた紙がわしゃわしゃと音を鳴らした。
「あそこだ!」
魔理沙の叫びとともに、霊夢がずかずかと入ってくる。
「……あんた、どこにいってたかと思えばずっと悪戯するタイミングを計って、隠れていたのね」
霊夢の顔が少しひきつっている。
「えっと、いやあ……」
私が口籠っていると、魔理沙がすぐに口を開いた。
「懲りないなあこいつは。でもまあ、未遂なわけだし、今回は掃除させるので勘弁してやらないか、霊夢?」
「そうね、今日は箪笥の裏にでも潜ってもらおうかしら」
「ああ、いや、私は今日も神棚の上を掃除してもらいたい。さっきの話で見たくなってな」
「それなら、どっちもやって貰うまでよ。ほら、聞いてたよね?」
「……はい……」
しょぼくれた演技のあと、魔理沙にさりげなく目くばせする。魔理沙はすぐに私をつまみ上げて、神棚の上に乗せた。
「偶然、今日はちょうどいいものを持っているんだ。掃除が面倒くさいから開発した、一拭きで99%の埃が取れる札だ。ほれ、今渡したのがそれだ」
私は魔理沙の手から放たれると同時に、懐から先ほどの札を取り出した。
「一拭きって、ただこれで乾拭きすればいいの?」
「そうさ。摩擦の熱が魔法の発動のトリガーになる。多少熱くてもしっかりと拭いてくれ」
私たちの茶番に、霊夢は怪訝そうな視線を向けた。
「それ、本当にきれいになるのよね?間違って傷つくようなことがあったら本当に困るのよ?」
「大丈夫だ。もううちの家具で実証済みだからな」
大切にする心がけがあるなら、自分でしっかり掃除すればいいのに。そういうところを、これから説教して貰うのだ。
「それじゃ、拭くよ。……やあ!」
雑巾がけの要領で札を思い切り地面に擦り付ける。すると、札から再び光が湧いて――手に、打ち出の小槌が握られた。
ズシリと重い感触が、すぐに腕を強制的に降ろさせた。たった一振り。その一振りが、神棚の中央の小部屋に向けて振り下ろされた。轟音とともに、足に振動が伝わってくる。
「あっ、ちょっと……」
私は、重さから解放されて直立する。私に目を向けた霊夢がわずかに口を開いた。が、すぐに閉じてしまった。なぜか落ち着いた様子で、霊夢が口を再び開いた。
「……よく分からないけど、そういうことね。99%取れるってのは」
「へ?」
魔理沙の方を見ると、少し考えた後に、突然笑い出した。
「あははは、そうなったか!神様ってのはほんとに謎だなあ」
何か、横に気配を感じて顔を向ける。
そこには私が、まったく同じ顔をした私が、立っていた。
「二人で掃除すれば99%なるって……あれ?魔理沙の家の家具もこいつが掃除したの?」
「違うぜ霊夢、もうネタ晴らししていいよな?」
「あ、うん?」
何が起こったか飲み込めなくて、生返事になってしまった。魔理沙は私に構うことなく解説を始めた。
「実はな、今の札は掃除用じゃなくて召喚術用の札なんだ。それに今回は、打ち出の小槌を閉じ込めてみた」
「……それを、なぜ針妙丸に?」
「いやな、実は昨日こいつが家出したあと私のところに来てな、神棚に祭られている神様はきっと道具の神様だから、それに打ち出の小槌の力を使って喋れるようにして、霊夢に説教して貰いたいと言って来たんだ。それで私は霊夢が説教されるところが見たくて、提案に乗ったんだ」
「別に、説教されるようなことはしてないわよ。……で、なんで針妙丸が二人いるのよ」
「これは私の推理だが……その神棚の中身って、確か鏡だろ?私は供え物の酒を拝借しようとして、一度のぞいたことがあったんだ。さっき思い出した」
「あんたね……」
「それでな、鏡の力か神様の力か分らんが、打ち出の小槌の力を鏡が反射したんだろう。それで、打ち出の小槌の力が打ち出の小槌にかかって――」
「ふーん。じゃあ、小人は、打ち出の小槌の付喪神だったってことね」
霊夢と魔理沙が、私たちに目線を向ける。私は混乱して、言葉が出ない。固まっていると、小槌から生まれた私が、不意に口を開いた。
「いいえ。私は、確かに小槌の力を受け取った、博麗神社の神です。話しやすい形をとるために、打ち出の小槌に憑依し、話しているわけです」
「小人は、イタコもできるのか!」
魔理沙が驚いているが、驚きたいのは私の方だ。
「わざわざ小人の姿をとったのは、針妙丸、あなたと話すためです」
「はい?私は……」
なぜか、体が竦む。それからじわじわと、神に小槌を振ったことがおこがましく思えてきた。
「あなたが私に小槌を振るったのは、色々飛ばして言うと、神棚を綺麗に保つためでしょう?大変、殊勝な心がけです。なので、私から言いたいことはただ一つ。昨日、掃除をしてくれてありがとうね」
「え?えっと……はい!」
戸惑っていた心が急に晴れて、明るくなった。まったく、単純なことだった。
「それでは、霊夢、今後は掃除を怠らないように。供え物には感謝しています。では……」
再度光を放ったもう一人の私は、一瞬でその姿を札に変えて、神棚の下にひらひらと落ちていった。
「……もっと、乱神を祭っていたら面白かったのに」
「魔理沙、なんか言った?」
「いや、何も」
霊夢が札を拾い上げた。私は、魔理沙に乗り床に降りる。
「これは、札のまま預かっておくことにするわ」
「うーん……わかった」
「それで、ようやく分かったんじゃないかしら?道具の喜びと、人の喜びの違いが。神様に感謝されて、あんたはどう思った?」
「単純に、嬉しかった。それで、小槌で説教してやろうとか、どうでもよくなったわ」
「そうね。感謝されて、喜びを感じるのが人よ。それで、それを分かっていて感謝されたいと思って行動するのが、人ってものよ」
「……私は、別に感謝されたくて掃除をしたわけじゃない」
「自分が掃除をしたかったからってあんたは言ったわね。でもそれは、掃除を良いことだと思っているからよね」
「ええ。掃除をすれば、道具からも感謝されるからね」
霊夢が静かに、少し口角をあげた。私は、自分の言ったことにハッとした。
「あんたが道具と人を同一視してるってのは、そのことよ。あんたは、道具から感謝されたがっている、人よ」
私は、もともとどちらの者だったか。人か、物か。私は……あくまで、使役する側、人じゃないか。
道具の声を知っている分だけ、物の側について平等を目指した、人。それが私。だから。
「私は……感謝されたかった。物から。道具に、ああも主張があると知ったら、それを代弁して……感謝されたくなった。私のエゴ。それが、掃除や、異変の一番大きな動力源だった」
「別に、それでいいじゃないか。霊夢や私を倒せなくても、道具たちはお前のおかげで一暴れできたんだから、エゴでもいいことじゃないか」
魔理沙の言葉に、霊夢が頷く。
「いい、針妙丸?あんたはもっと、感謝されたがりなさい。気持ちが沈むようなら、人らしくいること、感謝されるためには何をすればいいか考えればいいの」
「ま、当たり前のような気がするけど退屈ならそれが一番かもな。ほんとに退屈した時なら」
「そうか……そうだね。わかった。私は、道具や人、全てから感謝されるために、もっと大きなことをして見せるわ!」
そうだ。私の夢は、人と道具が平等に笑える世界をつくること。私がしたことで、道具も、人も笑うようになったら、それで夢が叶うんだ。まったく単純なこと。それをすればいい。
「さあ、感謝されるぞ!」
「よろしい。ではさっそく、私から感謝されるために、箪笥の裏を掃除して頂戴な」
「え?あっ」
問答無用で、埃の中に投げ込まれてしまった。ああ、昨日以上にひどい。色々と。でも、不思議と気分がいい。
「珍しくいいこと言うと思ったら、油断も隙もないな霊夢は」
「これでちゃんと掃除しなかったら、あんたが加担した悪戯にいよいよ意味がなくなるわ。その時は覚悟しなさいね」
「あー、まあそりゃないだろうからいくらでも受けて立つぜ、それじゃ」
魔理沙はそそくさと立ち去ってしまった。
「買い物をしてくるから、帰ってくるまでに綺麗にしておいてね」
「わかったわ。けど霊夢、しっかりと終わらせるから……」
「分かってるわ。楽しみにしてなさい」
霊夢は多く語らず、魔理沙のあとに続くようにすぐに飛び去っていった。さて。
言葉でも、お土産でも、それが楽しみで仕方ない。人らしい気持ちが、掃除をする腕を加速させる。
人の喜びとは、素晴らしいものだな!