Coolier - 新生・東方創想話

アンクル・トガズ・キャビン 第二話 恐るべき姉妹たち

2018/07/01 13:15:46
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 花雲の魔女ことパチュリー・ノーレッジは、ぼんやりと、桜も雲も見えやしない中空を眺めていた。クリアーなフロートガラスの向こうには群青色の雲り空が浮かんで見える。
 上空の鉄骨に嵌められた三千枚のガラス窓はオールウェザーカバーなどと安直な名前であるらしい。
 下から眺めた限りではトラス構造の粗笨な鉄筋という印象であるが、その片隅に誰ぞが手放した緋色の風船が溜まっているのを見ると、どこか微笑ましいような気がせぬでもなく……するでもない。

 ラグタイムなBGMに身を弾ませて、古き良き時代のアメリカン・スタイルが模されたアーケードを闊歩するのは、吸血鬼のレミィと、それに付き従う妹のフランである。
 二人の間で握られている手を率先して結んでいるのは、主に、姉のようだ。
 ワゴンタイプのキオスクに並べられた菓子に見とれているのも、主に、姉のようだ。
 どれにするのか浮かれ立ってキャアキャア騒いでるのも、主に、姉のようだ。
 フランは勝手にチョコレートクランチの缶を取って食べている。はしゃぐ姉をなおざりにしている気もするが、ともあれ彼女とて楽しんでいるに違いない。

 一方のパチュリーはといえば、吸血鬼姉妹に自分を必要以上に意識させぬよう、少しだけ離れたベンチに座っていた。姉妹水入らずの邪魔にならぬよう気を利かせて、である。
 何せ、このひとときは、レミィ達にとって大切な時間なのだ。

 ことの発端は今朝のこと、館主としての業務で埋まっているレミィのスケジュールに相手方の都合によるキャンセルが生じた。
 じゃあ御姉様らしくフランと遊んであげようと、カリスマ的な気紛れと言えば身も蓋もないが、その寸暇を姉妹で団らんする時間として充てることとなったのだった。
 そうと決まれば、レミィの親友であるパチュリーとしては、可能な限りのことをせねばなるまい。二人きりで存分に姉妹愛を温めてもらおうと、外界で最もメジャーな遊園地に連れてきたのだ。そうなのだ。
 色々と不安もあるのだが、今のところフランも大人しくしてくれているので、順調に進んでいると判断して良いだろう。

 やがて二人は黄色い店構えのゲームセンターに入っていった。もちろん介添役のパチュリーもこっそりと後を追う。
 この可愛らしい吸血鬼どもときたら、目を離したスキに、一体何をしでかすか分かったものではないのだ。

 その建物の敷居をまたぐと、屋内でこもったBGMが仄かに低音調へ変化して、アップテンポだったはずの曲調がどこかシットリとした印象を受けるものとなった。
 天井の四面に並んだ電球が明滅して、まるで光が流れているように見せていた。鈴蘭の形をしたシャンデリアが吊られた、その部屋には、ピンボールやクレーンゲームなど幾つものアーケード・ゲームが置かれている。
 レミィはフランに何枚かの銅貨と白銅貨を渡しながら言った。

「さあ、フラン、ここではこれで遊ぶのよ。無くなっちゃったら御姉様に言ってね」
「……わあい、嬉しい。何度でもコンティニューできるんだね」

 てんで楽しそうでもないが、かといって逆らうでもなく、コインを受け取ったフランは羽をはためかせてフヨフヨと浮かび、部屋のゲーム筐体を見回しながら離れていった。
 せっかくの水入らずなのだから、テーブル・フットボールなど二人でも楽しめる筐体で遊べば良いのに――と、そう思わぬではないが、岡目に口喧しく提言するのも憚られる。
 パチュリーにはレミィの親友という堂々とした自負があり、そうであるからこそ姉妹の絆を軽々しく跨ごうとは思わない。多少のモヤモヤには目を瞑ってでも、彼女達の親睦は彼女達の模索に任せるべきなのだ。

 さて、そんな親友のヤキモキを知らぬレミィであるが、さっそく昔懐かしいピンボールに熱中している。ああいう古典的なゲームに没頭できるのは、余程と娯楽に飢えている証左であろう。
 ここ最近は色々あったので、さしものレミィも、やはりストレスを感じているのかもしれない。

「ああ、バカバカッ! ちぇ、もっかい!」筐体をペチペチしながら、レミィが言う。

 ……或いは素である。もとい、素である確率のが高そうかもしれぬ、あのレディは。

 一方、フランはどうやらミニウサギ人形が景品のクレーンゲームで遊んでいた。
 ただし巷間のものとは異なり、キャッチャーを動かすボタンがない。するとコインの投下で勝手に動き出し……勝手に取り逃すという有様で、彼女は不興げに唇を尖らせている。
 ふと、フランがこちらを見た。あまり姉妹の団らんに介入はしたくないのだが、自分に御用があるらしい。

「ねえ、ちょっと、パチュリー。何とかしてよ、これ。景品が手に入んないじゃん」
「むきゅむきゅうむきゅう、むきゅむきゅ」流暢な魔界語! パチュリーは優雅にフランの我儘を窘めた。何でもかんでも魔法で解決など、およそ淑女のすることではない。
「言いたいことは分かるけど、何もしてくれないならこの筐体のガラス割っちゃうよ。ガラスが割れたらね、ここからウサギが溢れ出すのよ、それも可愛らしいと思わない?」

 そうも脅かされてしまっては仕方がない。ここはまだ遊園地の入口であるし、二人の時間も始まったばかりだ。こんなところで問題を起こして全てを台無しにするのは最悪だ。
 渋々と、パチュリーは指を鳴らした。フランの手に、ポフッとミニウサギが乗った。

「ありがと」指でウサギ人形の鼻をくすぐりながら、フランは別の筐体に移動した。

 フウと溜息を吐くパチュリーに、今度はレミィが手を引いてくる。

「パチェ、パチェ、見てこれ! すごいわ!」
「むきゅ?」

 親友に連れてこられたのは、手を差し出したアンクル・サムの胸像の前であった。
 彼の胸には丸いメーターが埋め込まれており、数字や単位などの代わりに性格診断の単語とランプが円周上に並んでいる。――傍らの看板によると、これは占いマシンだ。
 どうやら人形の彼と握手することで診断が開始され、あのランプが回転した結果によりプレイヤーの性格が卜されるという、科学的にも魔術的にもチープな子供だましだ。
 今は『Expert on Everything』のランプが点灯しているが、察するに、これはレミィがアンクル・サム人形に占ってもらった結果であるらしい。

「どうよ!」子供だましの結果を、このレディは、鼻息を荒くして自慢している。
「むっきゅうん」端的な魔界語! パチュリーは優雅にあしらった。
「なによ、なら御自分でもどうぞ、大先生!」

 そう言って、レミィはコインをチャリンとさせた。……やらないというのは許されそうにない。
 パチュリーは心して、そのアンクル・サム人形の差し出す手を握った。するとランプの光がデケ、デケ、デケとマヌケな音をたてながら回転する。
 いつの間にか、フランもレミィのそばに戻ってきていた。どうやらここのゲームで遊ぶよりも、児戯に振り回される知人を観察していたほうがまだ面白いと、そう結論したのだろう。
 恥ずかしいと思わぬでもないが、別にそういう好奇の目で見られたって良いのだ。彼女の姉の親友としては。
 やがてランプの止まった場所は『Jealous』と、魔女に相応しいような、大してそうでもないような――ともあれレミィの興には入ったらしい。

「おやおや、パチェは誰に嫉妬してるのかしら」
「むきゅう?」呆れを隠さない魔界語! パチュリーは首を振った。
「んじゃあ次、私ね」

 その結果は、フランの興にも入ったようで、彼女はチャリンと硬化を入れた。
 そうして彼の手をぎゅっとして、デケデケ――やがて出たフランの結果は『Romantic』だった。
 もちろん悪い結果ではない。満更でもない様子で相好を崩したフランに、正直なところパチュリーは安堵し、目配せしてくるレミィも明らかにホッとしている御様子であった。

「さあ、フラン。気分も良くなったところで、次はお食事よ」
「まだ来てからそんな経ってないのに」
「でももうランチの時間だもの。案内してパチェ」
「むきゅ」

 かくしてゲームセンターを出て、パチュリーは姉妹をレストランへと先導した。
 白い上品なアーチに嵌め込まれたようなその扉には33というマークが記されていた。その右手には金板の覆いに隠されたインターフォンがあるので、来訪を知らせる。
 すると頭に白い花冠を乗せた白黒メイド服の妖精が扉を開け、三人を迎え入れてくれた。
 ロビーは小奇麗な造りであった。天井の大きなシャンデリアが赤いリース模様の壁紙を照らしている。フロアは乱尺模様と市松模様、ワックスの磨きがとても強い。
 入口の正面には受付があり、その隣りには赤絨毯の敷かれた階段がある。受付のメイド曰く、食事するテーブルは上階であるそうな。

「行くわよ、フラン! 競争よ!」

 などと、我らがレミィは張りきって階段を駆け上がっていったが、その直後に階段隣りのエレベーターの扉が開いた。
 エレベーターガールの妖精がバツの悪い表情をこちらに向けてくる。

「むきゅ」と、動かない大図書館のパチュリーは当然ながらエレベーターに乗った。
「あ、私も」と、フランも乗ろうとした。
「むきゅうん、むきゅう」たしなめの魔界語! パチュリーは慌てて妹君を押し戻した。
「ええ……でもパチュリーがそう言うなら、分かったよ」フランは渋々と、レミィの後を追って階段を昇っていった。「待ってよ、御姉様、待って」

 二階は広々とした高級ラウンジになっていた。
 目の届く限りであるが、調度品の一つ一つがスマートな印象で、足を弾ませる絨毯の踏み心地も良く、遠目に映るバーカウンターや暖炉などのデザインも極めて優雅な造りだ。
 ただ、このラウンジ全体のコンセプトを分析するなら、それら絢爛さは表面上の輪郭でしかない。見かけの華美などより、もっと重視されているのは機能面での配慮である。
 例えば、椅子だ。ビロードのソファ、トラッドなシェルチェア、梅柄の低椅子に単純な白椅子、等々、やたらとバラエティに富んでいるが、この多様性からはゲストの持つ潜在ニーズへの腐心が窺える。
 つまりレストランという特性上、ゲストの体型だの習慣だのが一律であるはずもない。しかしそれでも充分なおもてなしが可能となるよう、なるたけ無辺際に、その手段を用意しているというわけだ。
 何と洗練された姿勢であろう。流石は外界一と謳われる遊園地のレストランである。

 とはいえそこで待たされることもなく、三人は素通りで食事スペースへと案内された。まあ当然といえば当然で、あくまでも『この』レストランについては、レミィやフラン以外の誰かが使うべくもない場所なのだ。

 そうして部屋の中央、白いテーブルクロスの敷かれた四角形のテーブルに、姉妹は向かい合わせで着席した。遊園地のアトモスフィアにあてられてか、どちらも心なしか和やかだ。
 その仲睦まじい様子に安心したパチュリーは、当初の第三者としての立場に戻ろうとして、前もって用意させておいた隅っこの別席に退こうとした。
 ところが――。

「ちょっとパチェ、どこ行くのよ」
「そうだよ。せっかくなんだから一緒に食べればいいじゃん」
「むきゅ?」

 などと、姉妹双方から慰留されたため、末席側の側面に着席することとなった。
 やがて白黒メイド服の、おそらく給仕の係の者が歓迎の言葉を告げた。

「皆様、当レストランへようこそです」

 そう瀟洒に口上する彼女は、生憎とその顔に見覚えがない少女であった。
 たぶん、ここ最近にでも、紅魔館で雇ったメイドなのだろう。

「そうです。けど今はメイドさんじゃないですよ、ここクラブ33のウェイトレスです」
「あらあら……ふうん、クラブ33っていうのね、ここ」
「そうですとも、御嬢様――あっ、いえ、御客様ですね」

 彼女は少しばかりボロを出しかけて、しかしすぐに自身の台本へと戻った。

「当レストランには2つほどルールがございまして、一つは窓を開けないこと、一つは写真をSNSなどインターネットにあげないことです。この二つだけ守って頂き、楽しいお食事の時間と致しましょう」
「窓は別に良いんだけど、えすえぬえすってなに?」レミィが当然の疑問を呈した。
「むきゅきゅ、むきょっきゅ」ごまかしの魔界語! 実際、パチュリーも外界の同レストランに行ったことがあるわけではないので、どういう意図があるかなど分からないのだ。
「うーん、パチュリーがそう言うなら、まあ良いんだけどさ」

 唇をモニュモニュさせつつ、レミィはメイドの差し出したメニューを手にした。

「この一番高いコースをお願いするわ」
「了解です。お飲み物はいかが致しますか?」
「ええと、じゃあ……このワインリストで不自然なくらいオススメされてるシルヴァラード・ヴィンヤーズのカベルネで――産地は、カリフォルニア? アメリカン・ワインね」

 かくして注文を終え、皆のグラスにワインが注がれたところで、レミィは乾杯の挨拶をしようとした。
 しかしマイペースを貫くフランが、姉の挨拶なんぞに構わず飲み始めてしまったので、なし崩し的に乾杯とだけ宣言し、パチュリーとレミィもワインを口にした。

「ううん、なんて深い味わいかしら! カリフォルニアの大地が目に浮かぶわね!」
「……御姉様ってカリフォルニアに行ったことあるの?」
「ないわ!」レミィはサムズ・アップをしてカリスマティックに言った。
「なあによ、それ」フランは呆れたように息を吐き、ただ口の端で少しだけ笑った。

 パチュリーは会話の邪魔にならぬよう黙っていた。
 姉妹の交流にも仄かな和らぎが出てきたことに、内心、欣喜しながら。

 ところが好事魔多しとはよく言ったもの。
 先程のメイドが瀟洒さなどどこへやらといった様相で、ダイニングに駆け込んできた。

「あのあのあのあの、御嬢様!」
「なあに、騒々しいわね」
「あの、そのう、御客様が……」
「やあやあ、これはまた立派なフレンチ・レストランですね」

 と、そう言って許可も得ずにカランカランと高下駄で入り込んできたのは、妖怪の山の天狗であった。
 文々。新聞の発行者、最近はジャーナリストを自称している鴉天狗・射命丸文である。
 この不測の客に、我らが館主は眉をひそめて不機嫌を露わにした。

「……ブン屋。今、私達は久方ぶりの水入らずで食事中だ。少し遠慮して頂きたいものだが」などと、レミィは大上段に構え、カリスマ的な態度で相手を威圧した。
「ええ、ええ、仰られることは分かります」文は相手をいなすような、カリスマをカリスマとも思わぬ応対で、続けた。「ですが、私も、此度は上司の命令で罷り越しまして」
「むきゅうん、むきゅう」たしなめの魔界語! パチュリーもこの闖入者の無作法を非難した。
「あはは、ゴマアザラシみたいですね」

 ともあれ文は居住まいを正して、その要件とやらを告げた。

「今朝、一旦は中止となった『第十三回、絵画コンクール・イン・守矢神社』の打ち合わせなのですが、やはり本日に行われることになりました」
「なんだと?」レミィは顔色を悪くさせた。「確か、そちらの風祝が風邪を引いたとかでキャンセルになったんだろう。早い時分、白狼天狗が伝えてきたぞ」
「八坂様の独断による連絡でしたが、早苗さん当人としては打ち合わせを中止にするほど重くはなく、わざわざ打ち合わせのためにスケジュールを組んで下さったゲスト審査員の方々に申し訳ないとのことでして」

 どうも雲行きが怪しくなってきた、とパチュリーも内心で動揺した。

 その『第十三回、絵画コンクール・イン・守矢神社』というのは、その名の通り守矢神社が主催する絵画コンクールである。最優秀賞に選ばれれば奇跡の米が三俵、その他の受賞者には一俵ずつが送られる。
 楽しいこと好きな幻想郷住人の創作意欲を刺激する、なかなか盛況な催しなのであるが、絵画のテーマとして提示されるのは守矢神社の風祝と二名の招待審査員であり、今回のゲストはレミィと命蓮寺の住職であった。

「……今日の、いつだって?」
「できれば今すぐにも出立していただければ、と。単純なタイムテーブルの確認だけではなく、他にも色々となさって頂きたいことが多いものでして」

 レミィは白いテーブルクロスに肘をつき、掌を組み合わせて沈思の姿勢を取った。口の端に見えた牙に、苦悶が滲み出ている。
 せっかくの姉妹の水入らずが、この鴉天狗のおかげでグシャグシャになってしまった。
 居たたまれなくなり、パチュリーは思わず直訴した。

「むきゅむきゅ、むっきゅっきゅ」
「……えっと、だから、ごめんなさい。私、魔界語ダメなんですよ」
「レミィの代わりに自分が打ち合わせに行くんじゃダメか、だってさ」ワイングラスの縁を指でなぞりながら、フランが端的に通訳した。
「ああ、ええとですね、写真撮影がありまして。テーマとして巷間に配布するための絵画モデル用ポートレートのほか、広告ポスター用スチル写真なども含め、沢山撮るのです。だから御本人でなければ困ります」

 事務的な、しかしどこか感情を逆撫でするような声音である。
 この状況を見れば、レミィがどういう状況にあるか、この鴉天狗にも分かりそうなものであるのだが……彼女には団らんを揺さぶって愉しんでいるようなきらいがある。
 或いは、単純に、彼女の受け答えへの苛立ちが、そういう印象を文に帰結させているだけかもしれないが。

「分かった、連絡は受け取った」
「……今すぐ出立して下さるのでしょうか?」
「出立するにしても、今すぐは不可能だ。こちらにとて都合がある。日中を気楽には出歩けないんだ、吸血鬼というものは。相応の準備の時間を頂くが異論はあるまいね」

 そう言って、レミィは鴉天狗を睨めつけた。美しくも気高い真紅の目が鋭く歪む。

「おお怖い怖い。ただ一つ、これだけ最後に――神社でも、ランチの準備は完了しているそうです」と、文は殆んど逆ねじの文脈で告げた。「それでは、これにて」

 フワと浮かび、中空で道化めいた一礼を呈して、そのまま文は幻想風靡の早業で姿を消した。鴉の生臭い羽だけを残して。
 飛ぶ鳥に後を濁されるかたちとなり、場には重苦しい空気が残った。

 レミィの苦悩が、パチュリーには良く分かっていた。
 今回、彼女は、前々からの予定を突然キャンセルされて、これをまたすぐに撤回されるという身勝手な理不尽を味わわされたわけだが、それでもここで邪険にすれば互いの陣営に軋轢が生ずるだろう。
 あの烏天狗などはスクープと称してレミィの記事を書き立てるに違いない。『カリスマはワガママの代名詞?! レミリア・スカーレットが守矢との約束をすっぽかす!!』とでも。

 結局、フランとの事情は内々のことに過ぎないのだ。一方でコンクールの打ち合わせは紅魔館の外のことであり、どうしても衆目を向けられうる館主としての公務である。
 打ち合わせを放って妹との遊興を優先させたというのは、いくらなんでも体裁が悪い。

 それに紅魔館の主として、カリスマとして、信義に悖る行為には自戒が必要だ。
 相手がいかに無作法で、乱れた報連相を押し付けてきても、可能な限りは対応せねばならない。その真当な態度こそが自尊というカリスマとしての矜持を裏打ちするからだ。

「ねえ、フラン」と、レミィは遂に切り出した。「御姉様ね、ちょっと出かけなくちゃいけなくなっちゃったんだけど、帰ってきたらまた遊びましょう」
「良いよ、別にそんなの」フランがレミィのほうに目も向けぬまま告げた。「行けばいいじゃん、別に私に気兼ねすることもないし」
「……あらあら、口先でこそ納得してくれてるみたいだけど、何だかあまり納得してくれてないみたいね。御姉様と遊べなくなっちゃって哀しくなっちゃったのかしら」

 レミィは御姉様らしく、妹を揶揄するような言葉を告げた。
 そのからかいは、しかし、フランの燻っていた火に油を注ぐ形となったらしい。

「うるさいな。じゃあ、私がここで行かないでって言い出したらどうするつもりよ」
「それは――」
「私が涙でも流してさ、御姉様ァとか甘えるみたく言っちゃって、その裾に縋って駄々をこねて見せたら、あんたここに居てくれるってわけ?」

 そこでようやくフランが視線をレミィに向けた。姉のそれに良く似た目――姉に向ける目と、妹に向ける目で、その硬質さがこれほど異なるのも珍しいのではないか。
 パチュリーは現実逃避ぎみに、そんなことを考えていた。……油断していた。
 そう、油断だ。せっかくの姉妹の団らんが崩れてしまったショックから、第三者の意識を保つはずが気分を落ち込ませてしまい、状況判断の敏捷さを欠いてしまっていたのだ。

「ねえ、フラン。もし本当に行って欲しくないのなら、私ね、紅魔館の主としての立場よりも貴女の御姉様としての立場を優先させるわ。だから――」

 フランの、その挙動の気配に、レミィは気付いていただろう。パチュリーもそれが行われる寸前には気付いたのだから、彼女ほどの妖怪が前もって気付かなかったはずもない。
 その小さな手に掴まれたワイングラスが振るわれ、赤ワインが飛んだ。幻想郷風に喩えるならば、それは弾幕となってレミィを襲った。
 レミィは避けようとせず、ただ唇を結んだまま、その妹の癇癪を甘んじて受け入れた。
 一瞬の悲劇である。
 その麗しい青髪も、いつもの服も、火に焼け爛れた瘡痕のような、薄暗い紅色に汚れてしまった。グラスの中では鮮やかだが一度しぶけば不浄なシミだ。

「そんな優しい言葉、あんたの口から出たところで気休めにしか聞こえないのよ」フランは静かに言葉を紡いだ。「どうぞカリスマとして公務を執行なされませ、御姉様」

 侮辱である。屈辱である。およそカリスマにとって寛容すべからぬ愚弄である。
 だがレミィは、その明白な悪意を糾弾しようとせず、ただジッと妹を見つめていた。
 ポタポタと、その前髪から水滴が落ちていた。それどころか額を通じ、眉にまで水気が溜まり――そのうちの一滴が右目に通じ、そのままホロリと頬へと流れた。

「ええ、そうね、もう行くことにするわ」椅子から立ち上がり、レミィは食い縛った歯の隙間から放言した。「こんな気の触れた妹なんて相手にしてらんない」
「……むきゅう?」とりなしの魔界語! パチュリーは仲裁の言葉を告げた。
「良いのよ、パチェ。それよりこの茶番を、幻燈を消してちょうだい」

 有無を言わせずという、八つ当たりめいた語勢の強い声調子である。
 パチュリーは全てが台無しになったことを無念として、その薄い唇を少しだけ尖らせたが、こうなってしまえば是非もなく、各所に通じさせていた幻惑の魔法陣を解除した。
 視覚情報の混乱は汚濁した明暗となるも、やがて明は明にして、暗は暗として、たちまちに識れた。辺りは今やフレンチ・レストランではなく、単なる地下の一室と化していた。――否、戻ったのだ。

 本当は、これまでの遊園地の情景は、全てパチュリーが施していた幻燈であったのだ。
 あのワールド・バザールも、あのペニー・アーケードも、ここクラブ33も。

 幻燈、それは束の間の空想である。
 当初は、地下に幽閉されているフランを慰めるための、心ばかりな戯れであった。
 外に出られない彼女の、その心を今にも食い破ろうとする深刻な一室を、パチュリーは様々な空想で飾り立てようとしたのだ。そうすれば地下生活もいくらかはマシになるだろうと、そう願って。
 そうしたら、やがて楽しいこと好きのレミィが、これに食事やらキャストやらの実際を加えれば一層に現実的になると提起して、最近ではフランの部屋のみならず地下全体の空間を広くして用いるようになった。
 空想は束の間でありながらも奥行きを持つ、幻燈世界となったのだ。

 ともあれ全ては空想の産物であり、それは魔法が解けてしまえばもはや茶番に過ぎない。
 ここは前述の通り、少しばかり広めな地下の一室である。飾り立てられていた調度品も殆どは幻で、唯一パチュリー達の配されたテーブルの一式だけが実際であった。
 本来ならば、キャストがここに本物の食事が運んで、空想とはいえ視覚的に確かな世界観をバックに食事を楽しむという、そういうVR的な楽しみを科学ではなく魔術で行うものであったのだが……全て御破算である。

 地下の天井に潰されかねぬ弱々しさで、レミィはしばらく立ち尽くしていたが、やがて同じように立ち尽くしていた白黒メイド服のキャストに湯船と着替えの準備を命じた。
 その陰鬱な場から離れる許可を得た彼女は駆足に部屋を去っていった。

「じゃあ、御姉様は行くからね。あんたは地下で大人しくしてなさい」

 そう言って、レミィは立ち去ろうとした。
 思わず、バネに弾かれたがごとく、パチュリーは彼女を追おうとした。彼女の、きっと傷ついたに違いない精神を少しでもケアするためにである。
 けれど、そうして駆け寄ったものの、他ならぬ親友に首を振られてしまった。

「パチェ、私じゃない」口早に、ボソリと、レミィはささやいた。
「むきゅ……」
「お願い、分かるでしょ、パチェ。今、ケアが必要なのは私じゃないのよ――」

 時として加害者の心は、被害者の心に与えた以上の傷を負うことがある。その行為が発作的なものでかつ未熟な精神が起こしたものであれば、その可能性はより高くなる。
 レミィはそれを仄めかした。――妹を優先させたのだ、立派な御姉様として。

「それに、パチェ。私は全く平気なのよ。だって、赤ワインを浴びるって行為は、ビールかけみたいなもので一種の景気付けになるかもしれないでしょう。だからね、良いのよ」

 哀しみをうやむやに、精一杯の強がりを示して、ワインにまみれた館主は堂々と部屋を去っていった。

 その一方では無表情の、つまり相手取るには最も難しい表情をしたフランが、先程からずっと同じ椅子に座り込んでいた。
 ワイングラスの縁を、何が楽しいのか、指で爪弾いている。キンキンと、金質な音が部屋に響き、なぜだかパチュリーにはそれが彼女の歌のようにも悲鳴のようにも聞こえた。

 パチュリーとて、フランの気持ちは、痛いくらいに分かる。
 つい先程まで三人で仲良くワインに舌鼓を打っていたのが、もはや白昼夢だ。
 破綻した団らんの、それが風化しきった跡地に、パチュリーもまた囚われていた。
 先程までの幻燈が余韻として瞬いている気がした。祭りの後の寂寞に似た、その雰囲気が、感傷が、もう取り返しのつかぬ破綻へのやたらな後悔に引きずり込もうとしてくる。
 だが、パチュリーなどよりずっと残酷な情動の渦中に居たであろうレミィは、それでも毅然とした態度を崩さなかったのだ。
 彼女の親友を自負する魔女が、ここでどうして無様なメランコリーになど沈んでいられようか。

 さあ、まずは例の地下室だ。フランの部屋まで彼女を連れて行くのだ。

「むきゅむきゅ、むっきゅんきゅ」優しく促す魔界語!
「……うん」

 パチュリーの呼びかけに応じて、フランはどこか億劫そうに立ち上がった。

 今の彼女の精神状態は、今にも噴火しそうな活火山のごとく不安定だ。そこいらのメイドに任せるのも不憫であり、その意味で、パチュリーにしか対応が利かぬ任務である。
 尤も、レミィがパチュリーに託したことは、そんな道案内などと単純な事柄ではないのであろうが。

 幸いなことに、フランは反抗するでもなく素直に自室へと戻った。
 薄暗いその部屋で唯一の灯りであるローソクの火は、二人が入室する際のドアの小さな開閉にさえ煽られて揺れていた。
 フラフラと寝台に座り込んだ彼女を、パチュリーは言葉を尽くして慰めることにした。

「むきゅうん、レミィ、むっきゅう、むっきゅっきゅう、むっきゅん、むきゅん」
「良いわよ、そんなの言わなくたって」

 彼女は脱力するように寝台の枕へと頭を落とした。その弾みで帽子が外れ、金色の髪がだらしなく乱れた。どうやら、幻燈とはいえ外を歩いたりしたことで、疲れてしまったようだ。
 姉と似た凛々しい目は、今や放心めいた半開きで、どこを見ているのかも分からない。また上唇がふっくらと膨れて、下唇に被さっていた。眠気をこらえているのだろう。

「むきゅ、むきゅん」
「……ん。そう、ね」

 殆んど、寝言の領域の返事をして、フランは目を閉じた。すぐさま寝息、リズミカルになったところで、ようやくホッとすることができた。彼女は眠ったのだ。

 パチュリーはスツールに腰を降ろし、つくづくと地下室を見回した。いつもと何ら変哲のない部屋だ。
 ここで最も目を引くであろう家具は、フランの体には大き過ぎる天蓋寝台である。姉妹の、その母堂が生前に使っていたものだそうで、つまり形見であるそうな。
 その寝台の下に敷かれているのは赤いペルシャ絨毯だ。熟練した縫工の手縫いなので丈夫である、はずなのだが、ふと見やればズタズタに引っ掻かかれた傷があり、その入念に繕われた筋糸がはみ出してしまっていた。
 パチュリーは口早に「むきゅむきゅ」と詠唱し、その解れを指先で撫でた。すると魔の力が伝わり、操られた繊維が自ずからツツイと互いに結び合った。これで元通りである。
 さて壁側に目をやると、古びた本棚がある。図書館から持っていったのだろう、様々なジャンルの本が並んでいる。――存外、綺麗に扱ってくれているようだ。どこぞの白黒には見習って欲しい。
 その隣りで目を引くのが、ぬいぐるみの並ぶシェルフで、その棚下には棚に乗り切らないぬいぐるみがこんもりと山になっている。全てを含めると、一体いくつあるのだろう。
 ――と、そこにウサギ人形が投じられた。それは哀れにも、そのぬいぐるみの山にポンと身を弾ませて、その山を微かに崩しながらその雪崩に飲み込まれて消えてしまった。

 パチュリーが投擲元に向き直ると、寝ていたはずのフランが目をさましていた。
 先程までとは少しだけ違う表情をしている。爛々と目を大きく見開いて、少女というより獣めいた表情だ。
 寝台の上で四つん這いとなり、吸血鬼の牙をまるで猫科動物のそれのように見せつけながら、鼻息を荒くしている。

「私、雌獅子」
「むきゅ?」パチュリーは首を捻った。
「百獣の女王なのよ、ガオー」

 そう言って、フランは両手をネコの手の形にして顔横に並べ、口をカッと開いた。
 だがパチュリーは目をパチパチと瞬かせるばかりだ。何しろ、フランの動向が良く理解できなかったのだ。今の状況下で、そんなママゴトに誘われても意味が分からない。
 もっと遊びたいということだろうか。だとしても、どうして雌獅子なのだろう。
 そんなパチュリーの困惑をよそに、フランは雌獅子を続けた。

「私に従いなさい、魔女め」
「むきゅ?」自分の顔を指さして、また首を捻る。

 従う、とは。はてさて、彼女は具体的に何を望んでいるのだろうか。
 そもそもパチュリーは紅魔館の居候であり、レミィの親友であるという縁故から図書館の管理を任せて貰っている、謂わば雇われ者である。
 館主であるレミィの性格が性格であるから、表立って部下のような扱いをされることはないが、それでも事実上そういう上下関係があるのは確かで、少なくともフランより立場は下だ。
 だからこそパチュリーも、普段からフランのことを妹様と呼んでいるのではないか。

「むっきゅう?」
「違うの。もっとね、私を立てて、私の言うことに従うのよ。命令とかね、全部聞くの」
「むっきょっきょっきょ」上品な笑声・フロム・魔界! ――魔界では皆こう笑うのだ。

 その子供じみた要求に、思わずパチュリーは笑ってしまった。実に可愛らしい主張だ。その御所望から紐解いて彼女の心理を察するに、フランはやはり後悔しているのだろう。
 先程の横暴な態度で、フランはパチュリーが、延いてはレミィが、乱暴な自分を見捨ててしまうのではないかと不安になり、だからどうにかして自分の元に繋ぎ止めようと、こうして雌獅子になったのだ。
 コミュ力の拙い者にはありがちな反応といえよう。嫌われることを怖れるあまり大げさに道化けて見せることで、自分ですらそうだとは気付かない不器用な阿諛を図っている。
 だとすれば優しい包容こそ、今の刺々しい彼女には最適なケアとなるだろう。

 なので、パチュリーはガオガオ言ってる妹君の頭を優しく撫でてやった。それこそ、母猫の尻尾に牙を立ててしまった仔猫のネガティブな興奮を、優しく包み込むように。
 すると、その反応はフランの意に沿わなかった御様子で、彼女は脅迫の言葉を吐いた。

「あんた、またなんか勘違いしてるでしょ! 私を定義するな! 私を見下すな!」
「むっきょっきょっきょ」お腹がよじれる。この子ときたら、また変なことを言っている。

 確かに、それなりの定義付けをしているかもしれない。しかし、それは自分が次に取る行動の正当性を保つ理由付けであり、相手を見下すための桎梏であろうはずがない。
 そもそもパチュリーは、フランのことが、親友のレミィと同じくらい大好きなのだ。

「噛み付いちゃうわよ、今の私は逆上しているんだから!」
「むきゅ、むきゅん」パタパタ、と促してマットレスをたたいた。
「どうしてそうなるのよ。嫌よ、寝ないわ」

 先程の寝台に横たわっていた様子からして、フランに疲労があるのは間違いない。
 今の高揚はその疲れによるもの、彼女はタイヤード・ハイの状態にある。色々あって草臥れた夜にこそ何だか寝付けなくなってしまう、アレだ。
 ならば、もう無理にも寝てしまって、鬱々とした気分を少しでも楽にするべきだ。

 パチュリーはスツールから腰を上げて、シルク製ベッドカバーを掴み、それをフワリとさせた。四つん這いの雌獅子は足を取られてコロリと寝台の上で転んだ。

「なにすんのよ!」
「むっきょっきょっきょ――コホン。むきゅ、むきゅん」
「嫌よ、そんなに言うなら自分が寝れば良いでしょ!」

 案外それも悪くないかもしれない、とパチュリーは素直にそう思った。
 子供というのは、誰かが何かをしていると、それが気にならずにはいられないものだ。
 ことに女の子なんて生き物は、周囲から自分が最も注目されていないと我慢ならないもので、それこそ意識する相手の行動なんてものには追従するようになる。
 寝顔を見せていれば、そのうち自分も寝ようという気分になるだろう。

 なのでパチュリーは、そのベッドカバーを開けたところに、自分の身を差し入れた。

「ええ……なんでえ?」
「むきゃぐう、むきゃぐう」上品なイビキ・フロム・魔界! ――魔界では皆こう寝る。

 どうやらパチュリーがこういう態度で来ることはフランも予想していなかったらしい。
 あからさまに演技的ないびきをかくパチュリーに、フランは悪口をぶつけた。

「なによ、眠るなんて。起きなさい、雌獅子の命令よ!」
「むきゃぐう、むきゃぐう」

 雌獅子の咆哮など知らぬ顔で、パチュリーは嘘寝を継続した。

「あんたって、なんて嫌な女なのかしら。バカにして、狸寝入りなんて止めなさいよ!」
「むきゃぐう、むきゃぐう」
「ちぇ、この紫バカダヌキめ、カチカチ鍋にして食べちゃうわよ!」
「むっきょっきょっきょ」

 ムキになったフランの破れかぶれな罵倒に、パチュリーはとうとう吹き出してしまった。

 すると、意によらず笑わせてしまった妹君のほうも、その減らず口が辛辣というよりは滑稽であったことに気付いたようだ。およそ雌獅子らしからぬ息遣いで、丹田を揺らした。
 そうして、その魔界的な笑声につられたこともあってか、しまいにはコロリと転げて、くすぐりに免疫のない少女のごとくコロコロと笑った。

 こうなっては寝たふりを続けるのも無意味だろう。やおら、パチュリーは目を開いた。
 すぐ近くには、とうに少女の体裁で転げているフランのお怒り半分な表情があった。

「やっと目をさましたのね。良いかしら、パチュリー。私はあんたを今ここで破壊することだって――」
「フラン」
「ん……」

 その示威表明はきっと勇ましくて素敵だろうから、最後まで聞くのも一興だったろう。
 しかし、雌獅子が転げているのなら、容赦なく首毛を摩るべきだ。パチュリーは彼女の名前を呼び、もはや薄く笑ってしまっている相手の頬を撫ぜることで口上を制止した。
 すると虚を突かれたとばかりに、フランは、自分の名を呼ぶ魔女を見つめた。普段から妹様と呼ばれていたゆえに、ここで直接的に名前を呼ばれ、驚いてしまったらしい。
 パチュリーは桔梗色の光が沈んだ瞳でジッと妹君を眺め、また「フラン」と呼んだ。

「フラン。むきゅ、むきゅん」
「……でも」
「フラン」

 呼びかけを繰り返すことで、我を押し通そうとしたのではない。ただ相手の耳にソッと届かせるような、そういう羽の揺らぎめいた声音で、パチュリーはフランの名を呼んだ。
 往々にして、緊迫した心の天秤を傾けさせるのは、ただひとひらの羽である。ならば、たった一片、届けば良い。その舞い降りた羽の愛撫はフランの苦悩を安んずるだろう。
 二人はしばらく見つめ合っていた。
 やがて根負けした雌獅子は、どこか悄然としつつ、パチュリーの隣りのベッドカバーを擡げさせた。そうしてそこに身を滑り込ませ、精一杯に大人っぽい溜息を深々と吐いた。

「……あのね、パチュリー。もしこの地下室を蓋してんのがあんたじゃなかったら、私、二百年くらい前には全部ぶっ壊していたんだろうなあって、心からそう思うわ。本当よ」
「むっきょっきょっきょ」

 ほら、やはり、フランは怯えていただけなのだ。この言葉に、表れているではないか。
 その不安とて、姉の親友のこの呑気な態度で、少しは解消できたはずだ。
 きっと後で、レミィにも謝罪の言葉――は難しいかもしれないが、それに類する素直な態度で、妹君の狂乱を何よりも誰よりも怖れている姉君の気鬱を晴らすに違いない。
 これまで、そうしてやってきたのだ。
 これからだって、それでやっていけるはずだ。
 パチュリーは莞爾と笑い、また目を閉じた。フランに寝顔を示してやるためである――。

 そのまま五分ほど、さして長くもない間を置いて、パチュリーはパチリと目を開いた。
 眠る雌獅子を横目に見れば、彼女は睫毛のヴェールにその目を閉ざし、穏やかな寝息をたてていた。ゆるゆるとしたお腹の上下運動が彼女の安眠を保証している。

 吸血鬼の大抵がそうであるように、フランの寝顔は水のごとく蒼白かった。
 ただ薄桃色のシーツが色彩を少女の頬に反射させて、それはいかにも彼女に血が通っているような、そういう荒唐無稽な錯覚を見る者に与えていた。
 ――そう見せるために、その色のシーツなのだ。フランの頬には桃色が似合う。

 そもそも吸血鬼に、血など、まともに通っているはずがないのだ。巷間で知られている通り、心臓以外のどこを刺しても血の一滴さえ吹き出ないのだから、彼女らは。
 それでも、その顔にまるで人間のような血色を求めてしまうのは、きっと冷血ならざる温情を持っていて欲しいと、そういう彼女自身の深層心理から来ているのだろう。
 仮に、この心理をカリスマであるレミィに言えば、くだらないと、一笑に付されてしまうに違いない。あんただって魔女のくせに、と。
 されどもパチュリーの、それこそ同じくして冷徹たるべき魔女の脳漿においてさえも、その願望の存在は荘厳であるに違いなかった。少なくとも、彼女はそれを疑わなかった。

 そうして諸君、これは、私もまたそう思うのです。

 むきゅフウと一つ、パチュリーは息を吐いた。吐息を押し出す胸が重い、なぜだか心が疼いている。
 普段ならば、彼女の寝顔を前にしても、今ほど鋭敏な感傷など持たないのであるが……そう思わずにはいられない、暗く晴れないワケがある。

 最近のこと、フランは興奮の末、紅魔館の門番を負傷させるに至った。
 詳細については思い出したくもない。パチュリーが制止した時にはもう遅かったのだ。
 あの時は、フランの新しい趣味について、門番が益体もないことを語っていた。
 やがて、そこに訪れたフランは酷く興奮の状態で、特にメイド長の咲夜に意趣があったらしく、その破壊衝動をぶつけようとし、それを庇った美鈴が左肩から先を喪失することとなった。
 幸い、竹林の薬師によって門番の左肩は元通りとなったが、それでも悲劇があったことは消えない。パチュリーの監督が不行き届きだった過失も、忸怩も、心からは拭えない。
 もう随分と長いことフランの目付役を務めてきたが、こんな失態は初めてだった。
 あの後、この事態について自分なりの解釈を得ようと聞き込みをしたのだが、咲夜には多忙を理由に放置され、被害者の美鈴は多くを語ろうとせず、フランも意識が曖昧だった御様子で、何一つ理解に至っていない。
 彼女らの反応からして、自分が彼女らに信用されていないというワケでもなさそうなのだが、それでも事件のあらましは知れずじまいの迷宮入りに傾いてしまっている。
 パチュリーにだって、考えても考えても、やっぱり分からないことはあるのだ。

 あんまり考えすぎたのか、アクビが一つ……耐えがたい眠気に纏わり付かれた。
 沈思から戻ったパチュリーは、眼前のフランを両腕で抱き寄せ、眠ることにした。
 フランは野辺のタンポポの芳香がした――ダンデライオンだ、実に雌獅子に相応しい。



 ふと、目覚めがけに、パチュリーは肌の焼け付くような視線を感じた。
 まどろむ目を薄らと開いて、そちらを見れば、グシャグシャに乱れた髪に紛れるような蒼白の顔が浮かび、ジッと穴が空くほどにこちらを見据えている。
 ――否、見据えるなどと生半可なものではない。今にも相手を射殺さんばかりの睥睨である。

 ローソクはとうに消え、地下室には闇黒の帳が降りていた。その光の届かない世界で、その血を滴らせるような緋色だけ照っていた。眼球の奥底より発せられる魔の煌めきだ。
 それがレミィだと、親友だと、そう気付きつつも、パチュリーはビクリと体を震わせてしまった。こんな表情は、およそカリスマな彼女らしくもない。

「むきゅ?」魔法でローソクを新たにし、火を灯して、親友の様子を伺った。
「……ああ、ごめん、起こすつもりはなかったんだけど」彼女自身、そこでようやく我に返ったように、いつもの調子に戻った。「悪かったね、フランのこと任せちゃって」

 ヒソヒソと、今もなお眠るフランを気遣ってか、この御姉様は小声で疎明した。

「むっきゅん、むきゅ?」
「……そんなに怖い顔してた?」
「むっきゅうん」
「そう? えっとね、まあアレよ、親友が妹を抱いて寝てたんで嫉妬しちゃったのよ。私がひっくり返ったってフランにさせてもらえないことを、パチェがしてるんだもの」

 歯に衣着せず、子供のようなヤッカミを口にして、レミィはツンと唇を尖らせた。

「パチェだから良かったわよ。もし、これがパチェじゃなかったなら、私はそれこそ嫉妬ってヤツに狂ってそいつを殺しちゃってたかもしれない」
「む、むきゅうん」
「冗談よ」深々と溜息を吐いて、彼女は寝台の傍らのスツールに座った。

 ひとときの軽口か。それにしても軽はずみな冗談だ。こんな言葉を迂闊に口走ってしまうのだから、彼女は山で天狗らを相手にマヌカンを演じて余程の苦労があったのだろう。
 だったら――と。パチュリーの頭にレミィを癒やす名案が浮かんだ。嫉妬してしまうと言うのであれば、彼女自身こそがその役目を担えば良いのだ。
 貧弱な腹筋で上体を起こし、自分の胸に掻き抱いていたフランを枕元に降ろした。彼女はぐっすり寝入っている。これならば同衾者が入れ代わっても白河夜船に違いあるまい。

「むきゅ」パチュリーは小さく、親友を悪戯に誘うように差し招いた。
「え、でも……」
「むっきょっきょ」

 パチュリーは妹君の熟睡を確認しつつ、その寝床から身を抜け出させた。空いた隙間に逡巡しているレミィを引っ掴んで押し込み、自分は寝台の傍らのスツールに腰を下ろす。
 初めこそ、寝入った赤子を任せられた幼い姉のごとく、レミィはその状況に戸惑い慄くばかりであった。だがやがて時間の経過により肝が座ってくると、自分の腕と胸をゆりかごに、愛しい妹君を自身の袂へと迎えた。
 この涙ぐましい変遷を知りもせず、フランは安穏と眠るばかりであった。

「フラン……」

 腕の中で眠る妹を、館主の責務という荷の降りた表情で、レミィは見つめた。

 四九五年。過ぎ去ったその莫大な時間の流れに、この姉妹は今もなお隔てられている。
 当初は、フランがその危険極まりない能力を制御できるようになるまでの御両親による一時的な隔離であったらしい。だが結局、開放の許可が出ることはなく、やがて姉であるレミィが紅魔館を引き継いだ。
 フランは、紅魔館の実権を得た姉が、すぐにも開放してくれることを期待したそうだ。
 ところが、それこそ運命の悪戯か、この姉君は運命を操る程度の能力を持っていた。
 レミィの目には見えていた。出生して以降、幽閉されて育ったフランは情操教育を経ておらず、その精神の未熟さの上に立つ破壊の能力は、どのように運命を操作しても不幸に帰結してしまう代物であった。不用意な開放はトラウマを作り出し、その強迫観念は姉の手の届かない境地へと彼女を連れ去ってしまう。……つまり、発狂である。その運命を避けるには、彼女の精神が従心の高みに至るまで、地下室にて管理するよりなかった。
 レミィはそれをフランに可能な限り敷衍した。けれども彼女は反駁し、激昂した。その運命とやらは、姉の目にこそ確かだが、妹の目には胡乱な世迷い言でしかなかったのだ。
 妹に理解されぬまま、幽閉は続いた。姉は妹を確かに愛していたが、妹は姉を憎んだ。
 七十年をとうに超えても、これでは従心に至るはずもなく、ついには四九五年。

 幻想郷に来てから弾幕ごっこという模擬闘争を覚え、能力の加減も巧みとなり、やっと段階的な開放に漕ぎ着けられるかと思いきや、つい先日の一大事――目付役のパチュリーとしては汗顔の至りである。

 後聞によると、この大事件も一番マシな運命をレミィが選んでのことで、本来ならば、やはり咲夜は死んでいたそうだ。そうしてフランはその罪業により、博麗の巫女の怒りに触れて退治される――そういう運命だった。
 レミィが変えた。運命の道筋を弄ったのだ。
 これはある意味、災厄を美鈴に押し付けたともいえるが、それゆえ、この一件の内情については、パチュリー立ち会いのもとでレミィ自身が彼女に偽りなく表白した。
 すると彼女は主人の選択を最良と認め、却って主人が苦悩せぬよう勇気付ける言葉を告げた。……ちゃらんぽらんな女と思いきや、その実、なかなか忠順な精神の妖怪である。

 ともあれ、こんな御姉様の心労をフランが知るよしもない。
 今の彼女に省察の気概があるとしても頭に浮かぶのはせいぜい美鈴への罪悪感であり、御姉様の能力に救われていたなどとは万に一つも思い浮かべないであろう。
 仮にパチュリーが懇切丁寧に事情を説明しても、彼女は御姉様の救済など認めたがらないに違いない。四九五年間の鬱積は彼女をナイーブにし、また意固地にもしてしまった。
 フランの小さな小さな地下室にのみ留まる視野、その価値観において、レミィは悪い姉でしかないのだ。

「ごめんね、フラン――」

 夢境へは届きえぬと知りながら、ささやくようにして、レミィが言った。
 事件の始末や、今日の団らんから中座したことなども含め、彼女なりに、こらえていた感情があったのだろう。殆んど鼻声でうめき、レミィは妹の頭に自分の鼻を擦り付けた。
 およそ、カリスマらしくない姿だ。妹君との間の姉妹愛に、耽溺している。
 でもそれで良い。少しくらい苦労が報われねばレミィが可哀想だ。だから、良いのだ。

 レミィは、ひとしきりの陶酔の後で、親友とはいえ第三者の目があることを思い出したらしい。バツが悪そうに、ただこの親友ならばからかいはすまいと、その信頼があってのことか、いかにもカリスマな表情をキリリと繕ってみせた。

「あまり見られていると恥ずかしいんだけれど、大先生?」
「むっきゅうん」

 パチュリーは上機嫌にスツールから腰を上げた。当初より、水入らずを邪魔するつもりはない。

 全てを察して立ち去ろうとする親友に、レミィは照れ隠しな調子で告げた。

「後は、そう、この子が実は起きてるとかだったならサイコーなのにね……なんちゃって、わはは!」
「……むきゅ?」本の虫食いを見たときのような、ヒヤリとした怖気が背筋に走った。
「冗談よ、大先生。この子は起きないわ。このまま夢を見るって、そういう運命みたい」
「む、むっきょっきょっきょ」

 そう付言されてようやく、レミィの冗談に、パチュリーはお腹を抱えて笑ってみせた。
 けれども、やはり、フランが起きてしまったら大変だ。彼女は四九五年と本日の意趣を殊更に口にして、せっかくの御姉様の愛情を振り払うだろう。或いはその抱擁を、暴力をもってしてでも組み伏せるだろう。
 彼女の心は堅氷に閉ざされ、四九五年分の氷結はまだ溶けるに至っていない。
 だが、その凍結も、いつかきっと氷釈しよう。運命こそはレミィの味方なのだから。

 花雲の魔女ことパチュリー・ノーレッジの念願は、この愛すべき姉妹の救済である。
 今日という一日は、その長き道程の欠片に過ぎないが、されど確かな一歩たらん。



 パ……パチュ……パチュリー……パチュリー、聞こえていますか。地の文です。私は、地の文です。いま、直接あなたの脳内に話しかけています……あなたは大きな勘違いをしています……気付いて下さい……。

 などと、もちろん聞こえやしないわけで、パチュ公は図書館への地下道を歩いていた。その足取りが軽いのは、たぶん一仕事を終えたっていう自負心からなのかもしれないね。
 もしくは今日が日曜日だからだよ。諸君はどうお過ごしでしょうか。

 こっちはね、なんか前作のコメントにプロット云々と御助言を頂いていたので、さっき自分の作ったプロットを読み返してみたんだけど、もうビックリだよ。
 俺が用意しておいたプロットと、あのSSって、全く違う内容だったんだ! ガビン!
 本来はメーフラが紅魔館のみんなのためにパンケーキを作る話だったんだけど、それがどうしてかあんな『金髪の子かわいそう』的な内容になったわけで……これは、明らかに外的要因が作用したとしか思えない。

 つまり前作の俺は不思議な力によって操られていたんだよ! メーフラの睦まじさを嫉妬した何者かにね!
 そんで、むちゃくちゃに書かされた結果、ああいう、キャラクターをただ記号に還元しただけの、まさしくドストエフスキーの悪癖的な作品になっちまったわけだよ! ごめんなさいね!
 全く、俺を操ったやつ、許すまじ! その、どうしようもなく根腐れした性根、許すまじ!
 これに関して個人的に怪しいのは、えっと……アレ? ああ、そうそう、咲夜さんが怪しいね! フランに嫉妬したんだ、きっと! 彼女、美鈴が好きだったみたいだからね!
 時間を操る程度の能力のほかに、なんかそういう、この世界のストーリーを好き勝手に変えてしまうような能力を持っていたに違いないぞ、彼女は!

 俺は、なんとかそれをパチュ公に教えてやりたいんだけど、地の文の言葉は狂人にしか届かないんだよ(後付け)。
 例えば、トリストラム・シャンディとか、熊のプーさんとか、ハックルベリー・フィンみたいな連中にしか、こういう地の文の言葉は聞こえないんだ。なんてこったい。

 このままじゃ俺が書きたいようなSSが書けない、つーか、こんな方向性が読者さんに理解されそうにもないストーリーラインだと、俺のSSの評価がヤバいことになるぞ。
 幻想郷に、頭のお狂いなるおかたはいらっしゃいませんか! 地の文の言葉が聞こえる、気の触れたおかたはいらっしゃいませんか、フラン以外で!
 あ、お客さんは狂ってないので聞こえません、あしからず。

 そんで誰からも返事がなくて、後輩を飲みに誘おうとしたら全員いびきかいてた時みたいな一抹の淋しさに沈む俺をよそに、パチュ公は自分の図書館に辿り着いたみたいだね。

 スタッコ装飾の扉を開くと、漂うは本の芳香、そこは紅魔館自慢の大図書館だった。広々としたフロアと西洋画の描かれた天井との間には、バルコニー型のメザニンが存在しており、フロアのみならず中二階にもロココ調の本棚が詰め込まれて並んでいる。無論、それぞれの本棚の、アカンサスの葉を模したガラス装飾の向こうには、多様多言語の本が並べられており、その蔵書の総数は少なく見積もっても五十万を下ることはないだろう。
 そうして大扉の真正面には、パチュ公お気に入りのフェミニンな読書空間がある。トラッドで優美な造りのデスクに、海辺に跳ねる水しぶきが足元に装飾された一人用ソファ、そこに座っている小悪魔――。

「むきゅう?」
「あ、パチュリー様」

 その女はパチュ公のソファに座ってカップ焼きそばを啜っていた。今も啜っているよ。
 彼女はこの図書館で司書として使役されている小悪魔なんだ。そうなんだ。
 髪はストレートロングの赤毛で悪魔的な羽と尻尾があり、他は極々一般的なゲルマン人女性の容貌をしている。フォークで焼きそばを啜る異文化的な作法を除けば、いたってどこにでも居そうな女性だよ。
 
 パチュ公は、全く当然のことながら、自分の居場所でカップ焼きそばを食べている小悪魔を見て不機嫌になった。せっかくの空間がソース臭くなってしまうじゃないか、ってね。

「むっきっき、むきゅ、むっきっき」
「その命令って。もしや、カップ焼きそば食べ終わることより優先すべきことですか?」
「むっきょむきょにしろ! むっきょむきょにしろ!」
「小悪魔がものを食べてるんですよ。そんなヤジらないで下さい、議員じゃあるまいし」

 フォークを口に咥えたまま、小悪魔は主人を嗜めるように言ったんだ。

「むきいいい!」これね、怒った時の魔界語。……お猿みたいだね。
「すぐに食べ終わりますから、そこいらの下らない御本でも立ち読みして下さいね」

 徹頭徹尾こんな感じで、彼女の性格はマイペースなわけだけど、それ以外に特筆すべきところはないね。魔界に氾濫している無茶な悪魔どもと比べりゃあ、およそ無個性だし、ジミという言葉に尽きるだろうね。
 まあ小悪魔は悪魔じゃないわけだからね、こんなもんだよ。こんなもんなんだよ。

「ほんで、遊園地はどうでした? 私の集めた情報データはお役にたちました?」
「むき……むきゅ、むきゅむきゅむきむき」

 不意に幻燈の話を始めた小悪魔に戸惑いつつ、パチュ公は遊園地自体は巧く行っていたこと、ただおぜうが中座したのでそれきりとなって終了してしまったことを説明したよ。

「ええ? じゃあ、最初のエリアだけじゃないですか。もったいないなあ」
「むきゅ?」
「そうですよ。あの遊園地には他にもエリアがあるんです。個人的には、レミリア様には是非ともイッツ・ア・スモールワールドを訪れて欲しかったのですが、残念です。きっとお似合いだったのに」

 はてな、そのアトラクションは子供向けじゃねえのか――などと、そういうツッコミを小悪魔の頭に叩き込む寸前、パチュ公は誰かの足音を耳にしたんだ。
 そっちを見れば、一人の金髪メイドが、極のチャルメラ・バリカタ麺・濃厚とんこつを片手に長机・長椅子セットのオープンな閲覧席に腰を下ろすところだったよ。
 フタを取るや否や、湯気がフワッ、匂いがムワッ、図書館は豚骨スメルに支配された。

「むきょう!」
「んえ、私?」バリカタを箸で啜りながら、メイドが言う。「大丈夫、美味しいですよ」
「良いじゃないですか豚骨の匂いくらい」弁解らしい弁解をしないメイドに代わり、抗弁したのは小悪魔だった。「自分ばっかクラブ33で美味いもん食べて、そんな下々のカップ麺に目くじら立てないで下さいよ」
「むきい!」

 こちとら何も食べてねえんだと、そう怒鳴り散らさんばかりに、パチュリーはぷんぷんした。

「ええ……あのデリシャスなフレンチも食いっぱぐれてるんですか?」小悪魔は、もはや呆れ顔となった。「ここにはカップ麺しか無いんですよ? ……食べます?」

 小悪魔はフォークをカップに置き、上質なマジックの手練で、その平坦な懐からカップヌードル・シーフードを取り出してみせた。
 けどパチュ公の御気には召さず、彼女は首を振ったよ。そりゃデリシャスなフレンチを逃したのは辛いわけだけど、だからってカップ麺を食べるような気分ではなかったんだ。

「まあ、なんて我儘な魔女なんでしょ、ニシンのパイを嫌がる小娘みたい!」
「私あのパイ苦手なのよね」金髪メイドが豚骨臭い口で相槌を打った。
「でも、やっぱりペコペコなのは可哀想なので、つまらないものですがこれでもどうぞ」

 そう言って、次に取り出されたのは陶器のコップに入った白湯だった。
 まあこれなら――と、そう思って、パチュ公は受け取り、そのまま口に含んだよ。
 そうしたらね、妙に油っこい匂いみたいなものがね、感じられたんだ。その風味が何を由来するものなのか分からなくて、さすがのパチュ公も首を捻っちゃったよ。

「むきゅ?」
「カップ焼きそばの湯切り水です」
「ぶはあ――!」

 パチュ公はテツロウ・デガワみたいに見事なリアクションをした。これ、マジなやつ。
 お食事中の読者さんも居るかも知れないからアレだけども、まあ口から零しちゃったんだね。

「むぎゃおおお!」吼えた、パチュ公が吼えた!
「ダメですよ、そんな汚い言葉を使っては。それに北の大地には焼きそば弁当なんてものが――まあ、これは違いますけど」
「むぎいいい!」吼えてる、パチュ公が吼えてる! でも暴力はしない、ほんわかッ!
「おやおや、お気の毒ですねえ」

 メイドは大して不憫とも思っていない表情で、バリカタなヌードルを啜っていた。
 この厚顔なメイド、顔貌こそテュルク族の面影を持つ東スラヴ系だけど、アルトゥルの出身なんだってさ。んで、おぜう直々に拾われた、謂わば抜擢組のメイドなんだ。
 奇縁あって小悪魔とは盟友の仲であり、図書館に頻りと顔を出しているため、パチュ公も彼女と顔なじみなんだけど、なぜだか未だに自己紹介の類いをされた覚えがないよ。
 しろよ! と、パチュ公はいつも思ってるんだ。

 それだけならまだしも、このパチュ公、小悪魔の名前すら知らない。使い魔として召喚した際、その真名?を問いただしたところ、えっち!と言われてしまい、ショックを受けてそれきりとなってしまっているんだ。
 名前を聞くのは小悪魔にとって色事に関連するのか。パチュ公はこれについて長いこと疑念を感じており、まあパチュ公に分からないことなんて地の文にも分からないのさ。

 ともあれ、かくも愉快な図書館の方々のことはさておき、話を本題に戻すんだけどさ。
 何を書いてもクソSSって、それはそれとしてだね、俺はフランと美鈴がパンケーキを作るメーフラを書きたいんだ。だけど筆を執ったハシから操られちゃうみたいでさ、どうにも書かせてもらえない。
 書きたいSSが書けないなんてさ、そんなん地獄じゃないかね。
 俺だって創想話では作家だしね、そういう自由な精神くらい持ち続けたいわけだよ。

 そんなわけで、このまんま何もしないでいるよりも、とにかく何かをしたほうが良いと思ったわけだ。だから操られる前に――と思って、プロットを書いておいたんだけど……今朝、何者かにクレヨンでグジャグジャにされてた。
 軽くもないホラーだよ。机の上のメモ書きが緋色のクレヨンで塗り潰されてんだから。
 現実への侵食! テイバン・ホラー! ヘルプ・ミー!

 しかし精巧なプロットだったんだけどね。もうグジャグジャになったから増上慢を言うけれど、もうこれをそのまま書けば五万点くらいは間違いないってくらいの傑作だった。もうグジャグジャだけどね(強調)。

 ただ、もう全部がダメになったわけじゃなくて、一文だけ辛うじて判別できたんだ。
 厚く塗り重ねられた緋色の蝋は、まるでローソクの燃え尽きた残渣みたいでね。そこをちょいと削ってみたんだけど、辛うじて現れたのは『パチュリーに『恐るべき子供たち』を投げ付けろ!』って一文だった。

 ……なぜだか命令調だし、ぶっちゃけ意味分かんないね。
 このメモを残した時、何を考えてたんだろう、俺。

 けど俺は作家なんだ。諸君を楽しませるのが仕事なんだよ。
 この書き置きだって、諸君を楽しませようとして綴ったものに違いない。
 だから、深いこと考えないで、これを実行しようと思う。

 さて、どうやってぶつけようか。
 何も、ピタゴラスイッチ的に複雑なギミックは必要ないんよ。これは物語なんだから。どこからか飛んできた文庫本をパチュ公にぶつけてやれば良い。
 そう、それこそ、ダルジュロスの雪玉みたいにだよ。
 もっと事態を突き詰めるなら、ぶつけた詳細な描写も必要ないんだ、ただ『ぶつけた』という事実さえあれば良い。あとは、そう、可愛らしい悲鳴とか漏らしてもらえればね。

「むぎゅん!」

 サンキュー。ほらね、これで充分なのさ。
 中空の『何もない』ところから生じた本はパチュ公の頭にバサと被さり、そのままその足元に落ちたんだよ。目眩を起こす一撃だったって、ただそれだけの出来事だ。

「何、今の」と、メイドが目を丸くした。「何もないところから本が出た。超常現象?」
「ははあ、パチュリー様の魔法実験の残滓が誤作動したかな」小悪魔は物珍しげに言った。「飛び散った魔力カスも時には掃除せねばいけませんね。メイド長じゃ、そういう魔力の粒子みたいのは片付けられないんですから」
「むきうう……」痛む頭を抑えながら、パチュ公は恨みがましく上方を確認しているよ。そこにはもちろん何もないんだけどね。

 そんで、その本が床上で偶然に開いたページには次のような文面があったんだ。

『――悪魔め! 穢らわしい悪魔め!』

 全てが明らかになった時の、ポールの罵声だね。それと彼の末期の譫言でもある。
 実に迫力があるじゃないか。その台詞には、およそ全ての感情が詰まっている。怨嗟、驚愕、癇癖、恐怖、懊悩、激怒、迷妄、放心、そうして筆舌に尽くしがたい姉への愛情。
 刷り込まれた己の運命が辿る悲劇こそは虚無への確信された階段なんだろう(ドヤア)。やがて昇って行く、姉に手を引かれてね、二人きりで、二人きりでこその、その陶酔を。
 つまり、それはとっても大切な『受諾』の言葉なわけだよ。

 床に転げた本は重力の悪戯に揺らぎ、ページを閃かせつつもそのページを保っていた。
 ……こっちとしては、この文面をパチュ公が見ることを期待していたんだけどね。

 ふと、その本に、小さな手が伸びた。フリルのリストバンドを巻いた、可憐な左手。
 取り上げて、パラパラと捲って、パタンとさせる。もう、その本は閉じられちゃった。

「大丈夫、パチェ?」と、心配そうに声をかけたのは、もちろんおぜうだったよ。
「むきゅ?」上ばかり見てたパチュ公は親友の登場に目を丸くさせた。「むっきゅ?」
「あのね、いくら私だって、あの子が起きちゃうまで好き勝手に抱きしめてるわけがないでしょ。それより、ちょっと見せてよ、コブはないみたいだけど……痛まない?」

 そう言って、おぜうは本を長机にポーンとよけて、パチュ公の頭を撫でてやったよ。
 全く献身的さ、おぜうはパチュ公がよっぽど大切なんだろう。……パチュ公は秘鑰で、仮に疑われでもしたら大変なことになるって、ちゃんと知っているんだよ、おぜうは。
 とうのパチュ公は何も知らず、上機嫌に「むっきょっきょっきょ」と笑うばかりさ。

 かく睦まじい東方少女のふれあいを前にして、複雑な事情なんぞ考えもしない脳天気な二人の召使は手元のヌードルを啜りながら銘々に好き勝手なことを口にしていた。

「神出鬼没というかなんというか、いつ図書館に入ってきたのかしら、レミリア様」
「まるでペナルティー・エリアに入り込んだC.ロナウド選手みたいですね」
「……パチュリー様、すっかり上機嫌になったわ。私達に対する態度とは大違い。あんたもさ、次からは優しい言葉の一つでもかけるようにしたら良いんじゃないの」
「私は善良を演じませんよ。所詮、リトル・デビルですからね」小悪魔は笑ってみせた。「本物のデビルの特権なんですよ。そういう、上ッ面だけの善良を装って誑かすのはね」

 賢しら顔で言ってのける小悪魔に、パチュ公は厳しい視線を向けたよ。
 まるで、スカーレット・デビルの優しさを腐すみたいな言いかただったからね。自分の使い魔がそんなこと言ったら、おぜうの手前、叱ってみせなくちゃいけないよね。

「むきゅ!」
「……おや、まさか。今のが誰ぞへの皮肉だなどと、そんなことはございません。よもやパチュリー様は、今の私の戯言などで、誰か親しき御仁を連想なさったのでしょうか?」
「むきゅうん……」

 小悪魔との舌戦を忌避して、パチュ公は申し訳なさそうに視線をおぜうに戻したよ。
 けれど、おぜうは気にもせず、小悪魔の小賢しさを鼻で笑ってみせたんだ。

「良いのよ、パチェ。有象無象の言葉なんて、カリスマの耳には入らないものよ」
「むっきゅ」
「そうそう。私とフランにはね、パチェさえ居てくれれば良い。パチェだけで良いのよ」
「むっきゅうん」

 パチュ公、照れてるみたいだ。おぜうのたなごころは、すごく心地が良いんだろうね。コロコロ転がされてるよ、もうコロッコロだね、コロッコロだよ、コロッコロ。
 まるでサッカーボールみたいだあ。

「あっ、そうだ」と、おぜうが思い出したみたいに話題を変えたよ。「昼のフレンチね、今からでも用意できるみたいよ。おゆはんってことで、二人で食べない?」
「むっきょっきょっきょ」もちろんパチュ公に異存があるはずもないね。依存なら向けられてるけど。

 ただ、不服ってか、その御都合主義的な展開が不愉快だったヤツも居たみたいでね。
 何を思ったのか、小悪魔が、さっきおぜうが長机に放った本を開いて朗読したんだ。

「『――ええ、ええ、その通りよ。私、嫉妬したの。あんたが奪われるんじゃないかって』」

 全てを白状した際の、エリザベートの台詞だね。同時に彼女の遺言でもある。
 彼女はね、世界の支配者でありたかったんだよ。そのベッドでの、その部屋での、その幻燈での、支配者としてね。そこは宝箱で、全てが自分達の宝物だって信じていたんだ。
 だからこそ、いろとが有象無象の小娘に恋心を抱いたことに憎悪にも似た激しい嫉妬を覚えたんだ。ただ正確には、これは嫉妬じゃない。ルール違反を犯そうとしたもう一人の自分への義憤だったんだよ。

 策謀家な彼女は忠実なる下僕(笑)を操って、小娘と下僕を結婚(爆笑)させるに至った。もちろん色々と揺らいだけれどもね、そんでも抱きかかえてやることで、二人きりの暗い幻燈世界は保たれたんだ。
 でもね、もちろん悪いことは続かないもんでね、やがて委曲を尽くした愁嘆場が演じられた。追い詰められた彼女は自白し――頭にピストルをきゅっとしてドカーンする。
 この際に、彼女を昇天に導いたのはね、こめかみへの銃弾なんざじゃなかった。自分の分身の神秘的な本能だった。彼女は成功したんだ、『己の運命の受諾』させることにね。

 刷り込まれた己の運命が辿る悲劇こそは虚無への確信された階段なんだろう(二度目)。やがて昇って行く、その手を引いてやって、二人きりで、二人きりでこその、その陶酔を。
 つまり、さっきのと併せて、それはとっても大切な『運命』へのいざないなんだよ。

 ともあれ、大した理由もないはずなのに、小悪魔はその一節を声にしたんだ。
 このSSと何の関係があるんだろうね(すっとぼけ)。

 そうしたらね、おぜうが凄い表情をして小悪魔を睨んだんだ。睥睨ってやつさ。
 小悪魔はキャアとばかりに仰け反った。まるでピポ・ゴンザレスにディフェンスされたネイマール.Jrみたいにね。別に押されたりしたわけじゃないのに、良くやるもんだ。

 だけどおぜうはそれ以上は何も言わなかったのさ。一応、こんなんでも小悪魔は親友の使い魔だからね。あんまり乱暴なふるまいに出るわけにはいかないんだよ。
 それに、パチュ公がさ、自分の使い魔の代わりに申し訳なさそうな表情で見てくるもんだからさ、おぜうとしてはやっぱり穏便に済ませたかったんじゃないかな。
 すぐにスマイルを浮かべたのさ、カリスマティックに、堂々とね。

 かくして、二人は仲良く去っていってしまった。
 図書館には司書とメイドのアホ二人が残されたってわけだね。

「ああ、行っちゃった……御嬢様はこうしていつもパチュリー様を独占するんです」と、小悪魔はアヒルみたいに唇を尖らせて言ったよ。
「あんた今更そんなん言うなら、自分も連れてけってねだれば良かったんじゃないの?」
「うーん、これでもギリギリのラインを攻めてるつもりなんですよ。これ以上ムリに進めば、遠からずして、運命という怪物に牙をむかれてしまうでしょう。……ああ、いや、来てますね、これ。来てます、来てます――」
「……?」

 訝しむ顔のメイドをよそに、小悪魔はパチュ公の席へふわりと跳ねた。ソファのマットレスに弾むと染み込んだパチョリの芳香がフワッと溢れ、小悪魔はそれに身を浸らせた。
 善を不善として、不善を善とする、そんな小悪魔にとってさえ――いや、小悪魔であるからこそかな――そのアロマは罪業を潔斎する浄化へのいざないで、心身の蕩けるような甘美な錯覚を堪能させてくれた。
 小悪魔はあえかに舌を露わとさせ、自らの唇を舐った。べにの要らぬ紅唇が艶かしくも照り返り、光沢は艶をなして、舌に撓んだ下唇は果実のように瑞々しく弾けた。
 味わいはソースと青のりと、巡りめく官能の恍惚。口端から溢れた唾液はきちゃない。

 一方、メイドはそんな小悪魔の変質を気にもせずに、ヌードルを啜っていたんだ。
 それこそ図書館中に響き渡るくらい、無遠慮で、生々しいミュージックみたいだった。
 やがて正気に引き戻されたんだろうか、ふと小悪魔が吹き出すように笑ったよ。醜態に対する彼女の無頓着に、その気安さに、淫れた迷妄から理性を蘇らせて、ようやっと感謝を覚えたんだよ。

「しかし飽きないですよね、御嬢様方も」と、口にするそれは、殆んど照れ隠しの言葉だった。「もう百年くらいこんなことを繰り返してきて、でも変わらないじゃないですか。80年代のホーム・コメディみたい」
「そういう心理的な足踏みを、この国の文学ではこういうんでしょ?」メイドは汁の滴る箸をクイクイさせて言った。「『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』だっけ?」
「あっはっは、そうね、御上手!」小悪魔はソース焼きそばの臭いがする口で哄笑した。その上で、皮肉の一つでも重ねてみせるかって思いきや、らしくもなく、ただ笑うばかりだったんだ。

 さて、ここでクエスチョン。小悪魔みたいな生き物が嫌味も言わず、ただひたすら笑うときってどんなときだろう。
 それはね、自分よりも格上の悪魔に追従しているときなんだよ。
 俺達には聞き得ない悪魔の笑い声が耳に痛いくらいだったからね、あの一睨みで小悪魔は、おぜうへの迂闊な嘲弄を後悔するよりなかったんだ。ちょっぴり罰も下されたしね。
 え? 悪魔の与える罰が何かって? ……そりゃあ聖書を読んでちょうだいよ。或いは吸血鬼=悪魔を定義した、ブラム・ストーカーって作家の作品でも良いけどね。

 ともあれ、ここからはもうたぶん何を書いてもずっとこういう流れにされちゃうだろう。
 こうなったら、いっそ俺も追従してみようかしらん。

 おぜう半端ないって、もぉー! あいつ半端ないって!
 後ろ向きのストーリーでめっちゃトラップかけてくるもん!
 そんなんできひんやんフツー、そんなんできる?
 言っといてや、できるんやったら!

 ……下らないね、止めよう。どうせ『借り物の言葉』を用いるのなら、次のような言葉が相応しかろうよ。
『折角皆で頑張ってフランドールを真っ当な人格に戻そうとして、最近は良い兆候だったのに。台無しにするなんてサイテイだな』

 そうして諸君、これは、俺もまたそう思うんだ。本当にね、そう思うんだよ。
 点数が低くなる運命もね、もう甘んじて受け入れよう。
 所詮、アマチュアだからね。評価されないのは哀しいが、それも仕方がない。
 どうせ全てが創想話の肥やしで、クソSSにはお似合いだろう。フンぞり返って居直れば、雪隠大工ならぬ雪隠作家くらいにはなれるのではなかろうか。なかろうか。

 ならば解決しょう。とにかく、まずはやってみよう。
 これよりのSSの本質は、イディオットなこの地の文が、おぜうと喧嘩してでもその運命に抗うこと、そんでフランドールを狂気から救済することである! ババーン!
『私はもちろん運命を信じています。さもなくば、大嫌いな、唾棄すべき者どもが成功するのをどう納得しろというのですか』
「そう言いたい気持ちは分かるんですけどね。じゃあ、もし仮に、運命を操れるなあんてヤツがいたら、あんたどうするんだって話でしてね――」

 かいてわかったけど、運命をあやつるキャラクターってかくのむつかしいですね。はたして、ちゃんと等身大のおぜうをかけているんだろうか。
 パチュリーはね、うまいことかいたつもりだよ、ことば以外は。日曜日のパチュリーはきっと調子がいいんだよ、ロイヤルフレアとかね。

 シリーズタイトルが付いてないのはね、もう気付いている人もいそうだけど、そのタイトルを乗っけちゃうとネタバレになるから自粛しているんだよ。
 ほんとはいっきにかきあげたいけど、しごとしてるとじかんがなくてねえ。ええ、ええ。

8/16
 1000点、むきゅむきゅだね。ありがとう、みんな。

 ジャン・コクトー(1889-1963)
 パリ近郊メゾン=ラフィットの出身、詩人。15歳で家を出て、19歳で自身初の詩集『アラジンのランプ』を自費出版する。マルセル・プルーストやアンドレ・ジッドの知遇を得て詩才を磨き、一躍パリ市民達の寵児となり『浮かれ王子』や『ソフォクレスの踊り』など次々に詩集を発表する。また、畑違いではあるもののエリック・サティやパブロ・ピカソと親交を結び、1917年には三人共同で前衛バレエ『パラード』を手がけるに至る。1918年、若き作家レイモン・ラディゲの才を見出すも、彼に早逝され、悲嘆して阿片に手を出す。この時期『大股びらき』や『山師トマ』を上梓する。その後、阿片中毒のためサナトリウムに送られ、入院中、三週間で執筆されたのが『恐るべき子供たち』である。その後、エディット・ピアフの助けもあって阿片中毒を克服し、1945年には映画作品『美女と野獣』を監督、評価を得る。1963年10月、エディットの訃報を聞き、そのショックによる心臓発作のため急死。詩、小説、劇作、映画、およそ全ての分野で評価されていたが、当人はただ幻想を知る詩人として呼ばれることを望んだ生涯であった。

 堀口大學(1892-1981)
 東京都出身、詩人。当時はまだ大学生であった父・九萬一の長男として出生。中学卒業後に上京し、父の知己であった与謝野鉄幹・晶子夫妻に師事する。慶應義塾大学文学部に入学後、永井荷風や佐藤春夫と意気投合して『三田文学』で詩歌を発表するようになる。ただし翌年、外交官となった父のメキシコ赴任に伴い、同大学を中退した。父の後妻がベルギー人であり、家庭の通用語がフランス語であったため、その修練に没頭、習得する。帰国後は荷風の勧めもあり、1917年、訳詩集『昨日の花』を自費出版。1919年には処女詩集『月光とピエロ』を上梓する。1925年、日本詩壇史上における傑作『月下の一群』を上梓し、コクトー、ヴェルレーヌ、ランボーらの日本での地位を向上させ、新感覚派運動を勃興させる。1931年にはレイモン・ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』の名訳を上梓し、三島由紀夫や横光利一、堀辰雄など後進に多大な影響を与えた。戦時中は幽棲するも、1947年には『悪の華』を全訳するなど活動再開し、1959年『夕の虹』にて第10回読売文学賞を受賞。1981年3月、肺炎により葉山の自宅にて死去。詩壇に理知と情動の新しい風を吹かせ、近代詩の基盤を確立させた、誰に憚らぬその功労者である。
お客さん
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
いつも通りむちゃくちゃですが、自分の予想を大幅に外して頂けて嬉しかったです
こういう話だったんですね
実に楽しませて頂きました

もう一人の新しく雇われたメイドというのは、つまり彼女ということですよね
その活躍が楽しみです

もちろん次回も読ませて頂きます
2.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
4.100名前が無い程度の能力削除
君ハイセンス
5.100名前が無い程度の能力削除
トガってんな

ってか、あんた戸隠好きすぎてウケる
6.100名前が無い程度の能力削除
まともなコメントしたら負けな気がする……
7.100名前が無い程度の能力削除
よくできてる
おもしろかったです
8.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず妖精要塞Kだということは分かった
戸隠をどう出すのかが楽しみ
9.90名前がない程度の能力削除
この狂気に溢れたクレイジーさ!地の文が読めるということは、私達もクレイジー。
13.100名前が無い程度の能力削除
面白い!