夜をみた。
星を見た。
月をみた。
影を見た。
星々にあまねく光。幻想を照らす月夜、あるいは百熱の太陽。
これらすべてを人々は、あるいは「人々」とは呼べない者たちが享受する。
直昇飛行機の音が聞こえる。/少女たちが空を飛ぶ布の音が聞こえる。
そして少女らは今日も、不思議の楽園にて過ごすのだった。
*********************
「ねぇ蓮子、私たち、国籍をアメリカ合衆国に変えてみない?」
「いやよ、あんな銃だらけの国。いつシューティングゲームが始まってもおかしくないようなところじゃない。私はまだ道の左側を歩いていたいわ。」
「それは普段から蓮子が日本刀でも携帯してるからかしら。道の右側なんか歩いていたら、日本刀と日本刀がこっつんこして、切り合いになってしまうものねぇ。あー、こわいこわい。」
「持ち歩いていません。勝手に私を武士にするな。」
武士さんには、アメリカ国籍は取得できそうにないわね、とメリーがぼやく。
「そもそもどうしたのよ、ヤブから棒に。そんなに『ゆないてっどすていつおぶあめりか』に憧れちゃったわけ?急に?」
「なんなら『えげれす』でもいいわよ。外国籍を取得するって、なんだか憧れない?」
「そもそもメリー、あなた今籍をどこに置いてるのよ。日本じゃないことは確かでしょう…って、私の思いすごし?」
「どこでもいいじゃない。なんなら、古代ギリシャにでも移籍しようかしら。」
今度は蓮子がやれやれ、と声をつく。
酉京都駅近郊。キャンパス近くのカフェ。
直昇飛行機の音を聞きながら、秘封倶楽部の二人は、ありえそうな、ありえなさそうな、ふわふわと浮かぶような会話を楽しんでいた。
時刻は、夕方の4時を指している。
*********************
ねぇ妖夢?ちょっと西瓜を取ってきてはくれないかしら?
そんな主からの提案で、魂魄妖夢は空を飛んでいた。
空を飛んでいると、楼観剣と白楼剣がかつり、かつりとお互いにぶつかり合い、音を立てる。
妖夢はときどき、それが「刀を痛めているのではないか」と気になり、飛ぶ際は短い白楼剣を背中でなく腰の横に据えて飛行していたりする。
人が見ると、それがあたかも抜刀寸前の様子に見えて、妖夢が人里に買い物に出るたびに、一回あたり数度、「辻斬り」と声をかけられたりする。迷惑な。
斬れぬものなど、あんまり無いのは楼観剣の方だ。私が白楼剣を腰に移動させた程度で「辻斬り」などと呼ばないでほしいのだが…
「すみません、親方、西瓜一つ」
妖夢がお願いする。
「承知、嬢ちゃん、銅貨3枚だ。」
「わかりました」
「ああ、そうだ、ついでに妖夢ちゃん、こっちの西瓜、真っ二つに綺麗に斬ってくれないか?そこの巫女様と魔女が半分ずつほしいんだと。」
妖夢が右に目をやると、赤と黒がほぼ同時に「あ、庭師」「あ、辻斬り」と声を上げた。
ちがいます。妖夢は言おうとしたが、半分は正解だったので声を出すに出せず。
「はい、辻斬りじゃないほうです。庭師です。お二人はどうして此処へ?」と質問する。
「博麗神社の縁側で西瓜でも、と思ってな。ささ、はやく半分に斬ってくださいな、辻切り様。」
魔理沙が言う。
「だから、辻斬りじゃありません。む~」
頬を膨らましながら妖夢は抜刀する。そして西瓜を1/2。その間、コンマ9秒。
「おーさすが、ほんとちょうどいいところに来てくれたな!」
ちっこい魔女がちっこい庭師の肩をぽんぽん叩く。
「やめてください黒魔女。あなたまで切りますよ」
「ほらやっぱり辻斬りじゃないか」
「ちーがーいーまーすー!」
そんなやりとりを終えた後、銅貨6枚と引き換えに、西瓜を1個と1/2個×2個、それぞれ手に持って、赤、黒、緑が左右へと分かれて飛んでいった。
赤い巫女は、タダで西瓜をカットしてもらって、そこそこ上機嫌だったご様子だ。
はたはたと袴をたなびかせ、夕刻の空を飛んでいった。
*********************
夜になった。
蓮子は、今日の昼間にメリーが言った「国籍をアメリカにしよう」という言葉の意味を捉えかねていた。
どうしてそんなことを聞いたのか考えている時、メリーからメールが届いた。
「蓮子へ。今日、不思議な境界を発見したの。場所は戌神戸の近く。明日、一緒に来てくれない?」
この短いメールは、蓮子を驚かせるには十分な内容だった。
メリーには時々一人でどこかにふらっと出かける癖がある。
戌神戸ということは、大学が終わり、二人でカフェで会話をして分かれてから、わざわざ自宅に帰らず戌神戸まで出かけたということだ。
酉京都から戌神戸までは20分程度だが、距離にすると70キロほどある。
「ふらっと」出かけられる距離ではないのだが…
しかし、境界を見つけた、ということは、メリーの第六感が当たったということでもあるのだろう。
現在、22時25分45秒。
今は星が出ている「私の時間」だ。
…よし、間に合う。
そうつぶやいた蓮子は、携帯をメールモードから通話モードに切り替え、即座にメリーに連絡を取った。
*********************
「あー酔った酔った!もう飲みきれないぜ」
「バカ魔理沙。いっつもすぐ飲んですぐ潰れて。放り出すわよ」
赤と黒が、食べられた西瓜を器に酒を飲んでいた。
この二人が酒を飲めば、周りには自然と妖怪どもが集まってくる。
「よぉ!霊夢!その酒わけてくれないか!」
萃香。
「あらあら、楽しそうなことしてるのねぇ」
紫。
「お酒、ちょっとください」
針妙丸。
ミニ宴会のスタートというわけだ。
夜をみた。
星を見た。
月をみた。
影を見た。
そんな幻想郷の風景を、影から見る二人の人物が居た。
「…22時57分45秒」
金髪の少女と黒髪の少女が、「境界」をまたぎ、影として「楽園」を見つめる。
「ねぇ、蓮子、私が今日国籍を変えよう、って言ったの、覚えてる?」
「うん、覚えてる。」
「国なんて、どこでも良かったの。確認したかったのは、『今』の、境界を踏み越えた私たちと、いつもの日本にいるときの私たちとの連続性。『今』の私たちは、本当に酉京都で倶楽部を結成している私たちなのかしらって、疑問に思ったの。カフェに居るときから、目が『今日は境界が開く』って言ってる気がして、謎掛け代わりにあんな質問をしたの。蓮子、覚えてる?私が挙げた国。」
「アメリカ、イギリス、ギリシャね。間違いなく、覚えてるわよ。」
「じゃあ今、目の前の神社で酒を飲んでいるのは?」
「巫女、魔女、鬼、一寸法師。あ、いま緑の剣士が空から飛んできた。」
「オーケー、バッチリ覚えたわ。境界が閉じないうちに、戻って今の風景を書き留めましょう。秘密を暴く秘封倶楽部として。」
「おい紫!私の酒を取るんじゃない!」
「いいじゃない、今日は小さな影法師のお客様がいらっしゃってるのだいし。」
「影法師?夜に影はできないぜ。どうかしちまったのか、紫」
「そうねぇ、あの頃の私はどうかしていたかも知れないわね。時速210キロほど、ね。」
「なんだそりゃ、まぁいいや、辻斬りも来たみたいだし、もっと飲んで飲んで飲みまくるぞ!」
「辻斬りじゃありません!」
そういいながら、魂魄妖夢はコンマ9秒でお猪口を飲み干していった。
「さっきまでもう飲めないって言ってたのはどこの誰よ。それに、挨拶もなしにいきなりお猪口を開けないで頂戴」
神社の主が忠告するが、あまり効果は無いようだ。
博麗神社では、今夜も飲み会が続く。
ただ一人以外は、影から客人が来ていることに気が付かぬまま。
*********************
【秘封倶楽部活動日誌】
パスワードは、アメリカ、イギリス、ギリシャ。
私たちが私たちであることを確認するために、XXXX年XX月XX日22時46分21秒、境界を目の前にして、私たち宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは、互いにまるで初対面であるかのような挨拶をして、境界に飛び込んだ。
オカルトの記録などによると、境界に飛び込んだ際に記憶などを喪失してしまう場合もあるという。私たちはそれを恐れていた。
しかし、今回の境界探索では、そのようなことは起こらなかった。
メリーが事前に仕込んでおいたパスワードを、蓮子はしっかりと覚えていた。
「あの世界」とこの今私達が生きる世界は連続性を持っている、と、今回の探索結果から言えるだろう。
私たちが持ち帰った情報は、「神社、巫女、魔女、鬼、一寸法師、緑の剣士。」
これらの景色から、該当する資料の探索に当たろうと思う。
次回の境界探索がいつになるかは、天のみぞ知ることだが、次の世界も「あの世界」であるかどうかを照合するためには、これらの情報を記録、記憶しておく必要があるだろう。
「あの世界」で、写真などのデータを取っても、こちら側に持って帰ることができない理由は、現在調査中である。
以上、XXXX年XX月XX日 秘封倶楽部 調査記録
星を見た。
月をみた。
影を見た。
星々にあまねく光。幻想を照らす月夜、あるいは百熱の太陽。
これらすべてを人々は、あるいは「人々」とは呼べない者たちが享受する。
直昇飛行機の音が聞こえる。/少女たちが空を飛ぶ布の音が聞こえる。
そして少女らは今日も、不思議の楽園にて過ごすのだった。
*********************
「ねぇ蓮子、私たち、国籍をアメリカ合衆国に変えてみない?」
「いやよ、あんな銃だらけの国。いつシューティングゲームが始まってもおかしくないようなところじゃない。私はまだ道の左側を歩いていたいわ。」
「それは普段から蓮子が日本刀でも携帯してるからかしら。道の右側なんか歩いていたら、日本刀と日本刀がこっつんこして、切り合いになってしまうものねぇ。あー、こわいこわい。」
「持ち歩いていません。勝手に私を武士にするな。」
武士さんには、アメリカ国籍は取得できそうにないわね、とメリーがぼやく。
「そもそもどうしたのよ、ヤブから棒に。そんなに『ゆないてっどすていつおぶあめりか』に憧れちゃったわけ?急に?」
「なんなら『えげれす』でもいいわよ。外国籍を取得するって、なんだか憧れない?」
「そもそもメリー、あなた今籍をどこに置いてるのよ。日本じゃないことは確かでしょう…って、私の思いすごし?」
「どこでもいいじゃない。なんなら、古代ギリシャにでも移籍しようかしら。」
今度は蓮子がやれやれ、と声をつく。
酉京都駅近郊。キャンパス近くのカフェ。
直昇飛行機の音を聞きながら、秘封倶楽部の二人は、ありえそうな、ありえなさそうな、ふわふわと浮かぶような会話を楽しんでいた。
時刻は、夕方の4時を指している。
*********************
ねぇ妖夢?ちょっと西瓜を取ってきてはくれないかしら?
そんな主からの提案で、魂魄妖夢は空を飛んでいた。
空を飛んでいると、楼観剣と白楼剣がかつり、かつりとお互いにぶつかり合い、音を立てる。
妖夢はときどき、それが「刀を痛めているのではないか」と気になり、飛ぶ際は短い白楼剣を背中でなく腰の横に据えて飛行していたりする。
人が見ると、それがあたかも抜刀寸前の様子に見えて、妖夢が人里に買い物に出るたびに、一回あたり数度、「辻斬り」と声をかけられたりする。迷惑な。
斬れぬものなど、あんまり無いのは楼観剣の方だ。私が白楼剣を腰に移動させた程度で「辻斬り」などと呼ばないでほしいのだが…
「すみません、親方、西瓜一つ」
妖夢がお願いする。
「承知、嬢ちゃん、銅貨3枚だ。」
「わかりました」
「ああ、そうだ、ついでに妖夢ちゃん、こっちの西瓜、真っ二つに綺麗に斬ってくれないか?そこの巫女様と魔女が半分ずつほしいんだと。」
妖夢が右に目をやると、赤と黒がほぼ同時に「あ、庭師」「あ、辻斬り」と声を上げた。
ちがいます。妖夢は言おうとしたが、半分は正解だったので声を出すに出せず。
「はい、辻斬りじゃないほうです。庭師です。お二人はどうして此処へ?」と質問する。
「博麗神社の縁側で西瓜でも、と思ってな。ささ、はやく半分に斬ってくださいな、辻切り様。」
魔理沙が言う。
「だから、辻斬りじゃありません。む~」
頬を膨らましながら妖夢は抜刀する。そして西瓜を1/2。その間、コンマ9秒。
「おーさすが、ほんとちょうどいいところに来てくれたな!」
ちっこい魔女がちっこい庭師の肩をぽんぽん叩く。
「やめてください黒魔女。あなたまで切りますよ」
「ほらやっぱり辻斬りじゃないか」
「ちーがーいーまーすー!」
そんなやりとりを終えた後、銅貨6枚と引き換えに、西瓜を1個と1/2個×2個、それぞれ手に持って、赤、黒、緑が左右へと分かれて飛んでいった。
赤い巫女は、タダで西瓜をカットしてもらって、そこそこ上機嫌だったご様子だ。
はたはたと袴をたなびかせ、夕刻の空を飛んでいった。
*********************
夜になった。
蓮子は、今日の昼間にメリーが言った「国籍をアメリカにしよう」という言葉の意味を捉えかねていた。
どうしてそんなことを聞いたのか考えている時、メリーからメールが届いた。
「蓮子へ。今日、不思議な境界を発見したの。場所は戌神戸の近く。明日、一緒に来てくれない?」
この短いメールは、蓮子を驚かせるには十分な内容だった。
メリーには時々一人でどこかにふらっと出かける癖がある。
戌神戸ということは、大学が終わり、二人でカフェで会話をして分かれてから、わざわざ自宅に帰らず戌神戸まで出かけたということだ。
酉京都から戌神戸までは20分程度だが、距離にすると70キロほどある。
「ふらっと」出かけられる距離ではないのだが…
しかし、境界を見つけた、ということは、メリーの第六感が当たったということでもあるのだろう。
現在、22時25分45秒。
今は星が出ている「私の時間」だ。
…よし、間に合う。
そうつぶやいた蓮子は、携帯をメールモードから通話モードに切り替え、即座にメリーに連絡を取った。
*********************
「あー酔った酔った!もう飲みきれないぜ」
「バカ魔理沙。いっつもすぐ飲んですぐ潰れて。放り出すわよ」
赤と黒が、食べられた西瓜を器に酒を飲んでいた。
この二人が酒を飲めば、周りには自然と妖怪どもが集まってくる。
「よぉ!霊夢!その酒わけてくれないか!」
萃香。
「あらあら、楽しそうなことしてるのねぇ」
紫。
「お酒、ちょっとください」
針妙丸。
ミニ宴会のスタートというわけだ。
夜をみた。
星を見た。
月をみた。
影を見た。
そんな幻想郷の風景を、影から見る二人の人物が居た。
「…22時57分45秒」
金髪の少女と黒髪の少女が、「境界」をまたぎ、影として「楽園」を見つめる。
「ねぇ、蓮子、私が今日国籍を変えよう、って言ったの、覚えてる?」
「うん、覚えてる。」
「国なんて、どこでも良かったの。確認したかったのは、『今』の、境界を踏み越えた私たちと、いつもの日本にいるときの私たちとの連続性。『今』の私たちは、本当に酉京都で倶楽部を結成している私たちなのかしらって、疑問に思ったの。カフェに居るときから、目が『今日は境界が開く』って言ってる気がして、謎掛け代わりにあんな質問をしたの。蓮子、覚えてる?私が挙げた国。」
「アメリカ、イギリス、ギリシャね。間違いなく、覚えてるわよ。」
「じゃあ今、目の前の神社で酒を飲んでいるのは?」
「巫女、魔女、鬼、一寸法師。あ、いま緑の剣士が空から飛んできた。」
「オーケー、バッチリ覚えたわ。境界が閉じないうちに、戻って今の風景を書き留めましょう。秘密を暴く秘封倶楽部として。」
「おい紫!私の酒を取るんじゃない!」
「いいじゃない、今日は小さな影法師のお客様がいらっしゃってるのだいし。」
「影法師?夜に影はできないぜ。どうかしちまったのか、紫」
「そうねぇ、あの頃の私はどうかしていたかも知れないわね。時速210キロほど、ね。」
「なんだそりゃ、まぁいいや、辻斬りも来たみたいだし、もっと飲んで飲んで飲みまくるぞ!」
「辻斬りじゃありません!」
そういいながら、魂魄妖夢はコンマ9秒でお猪口を飲み干していった。
「さっきまでもう飲めないって言ってたのはどこの誰よ。それに、挨拶もなしにいきなりお猪口を開けないで頂戴」
神社の主が忠告するが、あまり効果は無いようだ。
博麗神社では、今夜も飲み会が続く。
ただ一人以外は、影から客人が来ていることに気が付かぬまま。
*********************
【秘封倶楽部活動日誌】
パスワードは、アメリカ、イギリス、ギリシャ。
私たちが私たちであることを確認するために、XXXX年XX月XX日22時46分21秒、境界を目の前にして、私たち宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは、互いにまるで初対面であるかのような挨拶をして、境界に飛び込んだ。
オカルトの記録などによると、境界に飛び込んだ際に記憶などを喪失してしまう場合もあるという。私たちはそれを恐れていた。
しかし、今回の境界探索では、そのようなことは起こらなかった。
メリーが事前に仕込んでおいたパスワードを、蓮子はしっかりと覚えていた。
「あの世界」とこの今私達が生きる世界は連続性を持っている、と、今回の探索結果から言えるだろう。
私たちが持ち帰った情報は、「神社、巫女、魔女、鬼、一寸法師、緑の剣士。」
これらの景色から、該当する資料の探索に当たろうと思う。
次回の境界探索がいつになるかは、天のみぞ知ることだが、次の世界も「あの世界」であるかどうかを照合するためには、これらの情報を記録、記憶しておく必要があるだろう。
「あの世界」で、写真などのデータを取っても、こちら側に持って帰ることができない理由は、現在調査中である。
以上、XXXX年XX月XX日 秘封倶楽部 調査記録