「こりゃ痛快だわ。ムラサ、来てみなさいよ」
そう言うのはいつも全快な命蓮寺の修行僧、雲居の一輪です。
豪快な和尚、 白蓮が居ない時の命蓮寺などは皆の心が軽快になるもので、一輪は普段禁止されている明快ではない天狗の偏った新聞片手に煮物をつついたり、茶碗のごはんをかきこんだりと鬼の居ぬ間を愉快に楽しんでおりました。
ムラサことキャプテンは、一輪の台詞は聞こえてはいたものの、今ハマっているボトルシップ作り(作り終えたら瓶もろとも沈没させます)に集中しており
聞こえないふりをしてピンセットで次の部品を掴んだり摘んだりしていましたが
一輪は単に聞こえていないだけだと思ったのか、なおも声を上げ続けます。
「ムラサ、来てってば面白いのよほらほら。なんか変な大会が開催されるんだって」
そのうち一輪は自分の片側の太ももをぱんぱんと叩きキャプテンの気を引き始めます。
これをやられちゃあ、とキャプテンはしぶしぶ重い腰を上げて一輪の元へと歩いていきました。
太ももをぱんぱんとするくらい一輪の気分は爽快でいい気分なので、こういう時に機嫌を損ねてしまっては面倒だと長年の勘が告げているのです。
警戒しながら一輪のもとへ行ってみると、やっぱり大したことない三流の新聞の記事で笑い転げているだけでした。
ですがキャプテンは一輪を理解しているので、不快を押し殺し一緒に軽快に笑ってやるのでした。
「こりゃ難解だ。仕方ない。みんなに頼むか」
ナズーリンは人差し指と親指でブイの字を作りあごにやりそう呟きました。
何を隠そう、さくじつ白蓮和尚にメリケンサックを探すよう頼まれたのです。
白蓮和尚くらいならメリケンサックに頼らずに人、妖怪、神程度なら殺せるのにとも思いましたが
ともかくそれくらいのもの、部下を頼らずダウジングも使わず自分一人で探してやろうとはりきっておりました。
ですが、ダウジングと部下が居ないナズーリンはただのネズミ。中々メリケンサックは見つかりません。
少しだけ悔しさを感じながらも、手をぱんぱんと叩いて部下のネズミを呼び出しました。
「和尚のメリケンサックを探してきてくれ。これだけ探してないんだから、警戒すべきはご主人の部屋。あそこは異次元だ」
そう言って部下のネズミの幾つかに命令したのですが
結局ナズーリンがいつもしっぽで下げているバスケットからメリケンサックが見つかり
ナズーリンは自分の不甲斐なさに落胆するのでありました。
まさにチューい不足です。ネズミだけに。
「こりゃ爽快です。うーん、こんな日は外に出ましょう」
さて、本日は晴天。
天然な星はいい天気ですねえとのんのんのんのんと頭からのんきを醸し出しておりました。
そうだと思いつくは安穏な考え。
星がぱんぱんと両手を叩くと、門前の響子が「ぱんぱん」と言いながら走ってきました。
「響子、私は天気がいいので日なたぼっ……ええと、庭で日光を浴びながら目をつむっていますので聖が帰ってきたら教えてください」
「わかりました! でも、なぜそんなことをするのですか?」
「ええと……気持ちよさそうだから、じゃなくてあれです、あれ。そう修行です。修行のそれです」
「わかりました! 瞑想というわけですね」
「それです。そのそういうそれです。そう言おうとしていました」
「わかりました! わかりました!」
元気な響子の返事を聞き、星はうんうんと頷き、響子のあごをくしゃくしゃと撫でてやります。
そして、満足そうに命蓮寺の庭の一番ふかふかで日光がほかほかな場所であぐらをかきました。
最初はぽかぽかを感じていましたが、このいい天気、どうしても眠くなってごろごろしはじめ、そのうちやっぱりすやすやしてしまうのでした。
響子は、最初は真面目に瞑想してすごいなあと星に津々と尊敬の眼差しを向けていましたが、星が鼻ちょうちんを膨らませ始めた頃には、次第にそれが羨ましくなってきます。
そのうち門前の掃き掃除もほっぽりだして、一緒に横に並び鼻ちょうちんを膨らませることにしました。
もちろん、白蓮和尚が帰ってきた時に一緒に怒られるはめになりますが、それはまた、別の日の別のお話です。
そう、今回のお話はそれらの様子を全て遠くから眺めていた面霊気、こころの視点から始まります。
こころは様々な面々をかむりながら先程の面々を見て「すごいっすわー」と感嘆の声を上げるのでした。
「こりゃ奇奇怪怪。手をぱんぱんとしたり、太ももをぱんぱんするだけで自分の元へ誰かがやってくるのか。
手を叩くという行為にはそんな力が眠っていたなんて!
ぱんぱんとして人が寄って来るならすごく簡単に能楽のお客さんが集められるぞ」
そうすれば楽にお金が稼げてハッピー! という子どもみたいな発想に陥りました。
こころは駆け出しの踊り子で、登場した初期の頃は宴会や催しの盛り上げ役として引っ張りだこでしたが
最近はその熱も落ち着き、縁側でお茶を飲んで過ごす時間が多くなりました。
なのでここらで一丁盛り返さないと、と焦っていたのです。
せっかく文々春新報であずまあや先生に可愛く挿絵を書いてもらったものの、結局発禁になってしまったので意味はありません。
こころはまずは実験だ、と正体不明のぬえの部屋に行くことにしました。
部屋にはぐーたらしながら東方儚月抄を読みつつ笑い転げている正体不明がいたので
先程の一輪よろしく、自分の太ももをぱんぱんと叩いてみることにしました。
「なんだ急に」
「何でもないですよ。ぱんぱん」
「おい、私の部屋でほこりを落とすなよ」
「え、そういうつもりはないけどごめんなさい」
「来たついでだ。冷蔵庫にガリガリ君の梨味が入ってたから持ってきてくれ」
「自分で行ってはどうです?」
「やだよ。めんどうだ。動きたくない」
ガリガリ君のすいか味のはずれ棒をしゃぶりながらそう言うぬえに、こころは失望して部屋を出ていきました。
落ちたのはこころの服のほこりだったのか、自堕落なぬえの大妖怪としての誇りだったのかは分かりません。
ぬえに怒れる忌狼の面(牙でぬえをガリガリやってくれるのでガリガリ君です)をぶち込み、 こころはマミゾウ親分の部屋へと向かうことにしました。
「失礼します」と言ってマミゾウ親分の部屋に入り、電動あんまで肩をほぐしていた親分に向かって、膝をぱんぱんと叩いてみました。
「ほう」
親分は納得したようにそう言ったので、こころは真意が伝わったと喜び、舞の準備をして投げ銭を入れてもらうための缶を取り出しました。
ですが、当の親分はどこからともなく、あるものを取り出してこころに手渡しました。
こころは親分の行動がよくわかりませんでしたが、流れに身を任せるゆとり世代の妖怪なので、なすがままにそれを受け取るのでありました。
「正座して、もう一度同じことをやってみよ」
「うん?」
こころは言われるままにそれを片手に正座して、もう一度、一方の手でぱんぱんと太ももを叩いてみました。
そうするとマミゾウ親分は大げさそうに。
「やや、悪いのう」
と言ってこころの太ももを枕に横になり始めたのです。
親分がこころに持たせたのはふわふわの付いている耳かきであったのです。
こころは流されるままに親分の大きな耳の掃除をさせられることになりました。
両方の大きな耳をピカピカにし終わった時にはもう日が暮れる頃です。
「やあ助かった。また頼むぞ」
「はっ、もしや私は騙されたのか。もうやらないよ!」
こころは般若の仮面を被って親分の部屋を出ていくのでありました。
親分に一杯食わされたこころは、何やら一杯食いたくなったので、巷で評判の夜雀の屋台に行ってみることにしました。
むしゃくしゃした時にはむしゃむしゃするのが一番、というのがこころの自論であり持論だからです。
気分的には一人でじっくり飲食するよりも、誰かとどんちゃんしたほうが気分は晴れそうなので、しばらくふうむと頭をひねったあと、頭からLED電球を出しました。
こころはそのあたりに生えている大きめの木に目を伏せ、「だーるーまーさーんーが」とゆっくり大きな声で唱え始めます。
しばらく間を開けて、「ころんだ」と言って後ろを振り向くと、思った通り。
そこにはスペルカード宣言時みたいな変なポーズで固まっている古明地こいしがおりました。
うまくこいしを召喚したこころは、そのまま固まったこいしを持ち上げて夜雀の屋台にせっせと運んでいきます。
「だるまさんがころんだはもう終わり?」
「もう終わり。しかし古明地こいし、まさか本当にいるとは思わなかった」
「私はいつでも後ろにいるよ」
「サボテンダーみたいなやつめ」
「ところでこころちゃん、どこに向かっているの?」
「屋台に行ってご飯を食べて、お酒を飲もう。さっきぬえの部屋からクーポン券を盗んできたから安く飲めるぞ」
「やったーい」
二人は屋台につくとすぐさまとりあえずのポン酒とあん肝を頼み、かちんとおちょこをぶつけて雑談に花をさかし始めました。
「ということで簡単にお客さんを呼びたいのです。最近は人の集まるところで舞をしても小銭が数枚集まるだけであんまり懐があったかくないの」
「そんな売れないシンガーソングライターみたいなことしてたのね」
「もっと売れたい!」
「なるほどーこころちゃんは手を鳴らしたらお客さんが寄ってくるようにしたい。でもその具体的な方法がわからない」
「うん。お客を苦労して集める時代はもう終わり。時代は手をたたくだけ。お金もがっぽり。私は頭がいいんです。
でも適当にやったら アイスをもってこいとパシリにされそうになったり、耳掃除をさせられる羽目になった。どうすればうまく出来るかな。多分きっとうまいやり方があると思うんです」
「なるほどねえ」
こいしはこの小説の冒頭を読み返して、うーんと唸ってからお酒をあおり、デザートのあずきバーを二人分頼みつつ続けます。
「一輪とキャプテンなんかは熟年の夫婦みたいなもんだし、ナズーリンのネズミは誠実な部下。
響子は星に憧れている節が有るし、お客さんを呼ぶ云々とは違うんじゃないかなあ」
「そうなのかー」
「それに昔から言うじゃない。『果報は寝て待て、安地は初期位置』って。自分から慌てて動くよりもじっくり腰を据えていた方がかえって良い結果が生まれるかもしれないよ。ほら、意外に初期位置で避けたほうが楽な弾幕もあるし」
「うーん」
エイヒレを摘んでいたこころは、それを熱い燗で流し込み、マイルドセブンの煙をぷかりとあげました。諦めるしか無いのかな。虚空を見つめてそう呟きました。
「お客さんは地道に集めようよ。そのほうがきっと良いよ」
「そうだけど……むう。こいしは私が困っている時、手伝ってくれると思っていた」
「確かに私はこころちゃんのやりたい事はなるべくやらせてやりたいって思ってるからね」
「じゃあ良いじゃないか! 手伝って下さいな」
「でもねこころちゃん。こういうのってちゃんとお客さんの心を掴まないとダメだと思うな。あんまり小手先の技術に頼ってばかりだと、軽い踊り子だと思われちゃうかもしれないし、本当の実力で評価されてこそフアンは根付くものだよ。ツイッターでフォロワーを増やしても上がるのはポイントとレートばかりで小説の実力は上がらないのと一緒だよ」
「……それは良くない。私は尻軽じゃない。体は売っても魂は売ってない」
「でしょ?」
「……むう」
珍しく真面目な事を言うこいしの正論と思わしき発言に、こころは黙らざるを得ませんでした。
「そうとわかってもやる? 私は無駄かなーって思うよ。果報は寝ながら手を叩いてたらそのうち来るって」
「……わ、私は」
「うん?」
「どうしても、お金を稼がなくちゃいけなくて……」
「え、どうしたの。なんで?」
「……それは、言えない」
こころは狐のお面をかむり、俯いてしまいました。
そんなこころの様子を見て、こいしはおちょこを勢い良くテーブルに叩きつけます。
自分の愛するフィアンセ(自称)がこんなにも困っている。これはいけない。私がなんとかしないと。
そう思いこころの頬を両手でがっしり掴みます。
「こころちゃん!」
「ひゃ、ひゃい」
「私がなんとかする! こころちゃんの為にいい案を考えるよ!」
「え!! 楽にお金を稼ぐ方法を!?」
「出来らあ!」
ここで諦めるほど地底のわがままぶりっこちゃんことこいしではありません。
親友もとい悪友もとい宿敵もといフィアンセ(自称)のためなら一緒に頭を捻ってやるなんて事は当たり前です。
こいしはうっすら「なんか小狡いキャバ嬢に貢ぐダメ男みたいだなあ」と思いながらこころを見て頷きました。
「こいしが手伝ってくれるなら百人力だ!」
「うん! 一緒に考えよう!」
「いい案は思いついたかこいし?!」
「いきなり人任せだね! でも一個思いついたよこころちゃん」
早速案が思いついたようで、こころは驚きながらこいしの頭を撫ぜてやりました。
こいしはまんざらでもない様子でにこにことしながら続けます。
「パブロフの犬っていうお話があるんだけど知ってる?」
「猫を箱に入れて死んでるか生きてるかっていうあれ?」
「それはヘンペルのカラスだよ。パブロフの犬っていうのは条件反射のお話でね。説明宜しく」
はい。
パブロフの犬とはどこかの国のパブロフさんが行った、条件反射を説明するのに便利なお話のことです。
パブロフさんは犬に餌を上げる際に、必ずベルの音を聞かせるようにしました。
しばらくその習慣を続けると、犬は餌がなくともベルの音を聞くだけでヨダレが分泌される、という最近覚えた作家が多用しそうな実験のことなのです。
粉塵爆発とか不確定性原理くらい多用しそうなそれの事です。
「サンキュー!」
「つまり白蓮和尚の『ただいま』という声を聞くと、戒律を破っていないときでもそわそわしたり、耳がぴんとなっちゃうみたいなあれのこと?」
「そんな感じ! だからそれを利用しよう」
「どういうこと?」
「こころちゃんがまず里に行ってゲリラ能楽をするでしょ」
「げりらのうがく」
「その時に大きく手をぱんぱんと叩いてから踊り始めるんだよ」
「ふむふむ」
「それを続けていくと、次第に手をぱんぱんとするだけで能楽をするんだってみんなわかるじゃない?
ぱんぱんという音をこころちゃんのアイデンティティにしちゃえば良いんだよ。そうしたら別の人がぱんぱんとしただけで無意識に心の中にこころちゃんが存在するようになる。そしたらそれは根っからのフアンになるってことよ!
名付けてアイデンティティパブロフぱんぱん計画!」
「古明地こいし……お前というやつは、天才か? 神ってレベルじゃない。神の上か?」
「ニコニコ動画のコメントみたいに褒めないでよ照れるー」
「はいあずきバーと熱燗おまち」
二人は酒臭い息を吐きながら再びとっくりをかちんとぶつけて (もうおちょこととっくりの区別すらつきません)また乾杯しました。
明日はその計画をきっと成功させる。二人はがっしりと握手します。
その握手は二人が食べているあずきバーくらい硬かった、と後に店主の夜雀は語っていました。
こうして絆を深めた酔っぱらいの夜は更けていくのでした。
◆◇◆
さてさて次の日、こころは前日とは裏腹にどよんとした雰囲気を纏い「どよん」と言いながら「どよん」と書いてある面を付けてどよどよ歩いておりました。
「ダメだったね」
「うん……よよよ」
今度は姥とアノニマスのお面を交互に付けながらよよよと泣き崩れます。
完璧だと思っていた計画は全くもって失敗に終わったのです。
というのも、こころの今日のゲリラ能楽は里のど真ん中。人が多そうなお昼頃に行われたのですが、その頃の里というのは、不幸にも「ぱんぱん」という音がよく鳴り響いていたのです。
「八百屋さんはぱんぱんしながら野菜を売るし」
「お肉屋さんはコロッケが揚がったよーってぱんぱん叩いてたね」
「お豆腐屋さんはぱんぱんとプィーの波状攻撃だった」
「バナナの叩き売りってそういう意味じゃないと思うけどぱんぱん叩いてたね」
これでは、どのぱんぱんがこころの能楽の始まりの合図かわかりません。
こころのアイデンティティパブロフぱんぱん計画は不発に終わってしまいました。
こいしは再び頭をひねります。
こころのやりたいことはなるべくやらせてやりたいと思っているこいしはようく考えに考えます。
「それにしても、今日は商店街に人が少なかったような気がするなあ。どこかで催しでもやってるのかな?」
「こいし、今度は私が良いことを思いついたぞ」
「え、なになに?」
こころは大して立派ではない胸をえへんとやって鼻息荒くふんぞり返っています。
どうやらこころはいい案を考えたようですが、こいしはわりと客観的な視線をもっていますので「きっとダメだろうな」と言いながら(どんな案か聞かせてよ!)と思いました。
「まず私の踊りを見るお客さんに会員登録をしてもらう」
「もう一瞬でダメだとわかる」
「もちろん会員料を取るぞ。月額か舞放題が選べるんだ。二年縛りもつけよう」
「よし、逆に最後まで聞いてみることにしよう」
「見た人は最低五人に私の踊りの凄さを説明する義務を作る。そしたらちょっとご褒美をあげてもいいかも」
「説明する義務」
「そしたら口コミが広がってお客さんが増えるでしょ? 同じことをもう一回やれば一人のお客さんから……五かける五で二十五人のお客さんがあつまる! もう 一回やれば百二十五人のお客さんが来るのでは?! がっぽがっぽ!」
「がっぽがっぽ! じゃないよ」
こころについているアヘ顔ダブルピースのお面を剥ぎ取り、ウィキペディアの「無限連鎖講」の項目を読ませて落ち着かせます。
「なるほど。これはいけないことなのか。ありがとうこいし、私は罪を犯すところでした」
「全く。こころちゃんが犯していいのは罪じゃなくて私だけなんだから」
「ノーコメント」
「うーん何かダメな思考のるつぼにハマっている気がするから話を整理しよう」
「あいわかりました」
「まずこころちゃんの目的は?」
「ええと、お金を集めること」
「うん、更には固定のフアンをつけることだね。それこそこころちゃんが手を叩いたらすぐ来るような」
「ぐすん。そんな変わったやつきっと居ないよ。……よよよ」
「すっかり自信を失くしちゃってもう。まあ良いや。
じゃあこころちゃんは『お金』と『固定フアン』がほしいわけね」
「そゆことです」
こいしは昨日、こころがお金が欲しい理由を渋っていたことを思い出しました。
「なんでお金が必要なのかは、あんまり聞いちゃいけない? 言いづらい?」
「ちょっと言いづらい……かも」
「そっか。ならいいけどね。どんな理由であれ私は手伝うから」
「……こいし」
「なあに?」
「たまに、お前がわからなくなる」
こいしが振り向くと、こころは狐の面で顔を全て覆っているのが見えました。彼女の面は表情そのもの。こころは今真剣なんだということがわかります。
先ほどまでのおふざけの空気は放り出して、真剣に面の奥のこころの瞳を見つめました。
「私は単純明快だよこころちゃん」
「なんでお前はいつも私を助けてくれるの?」
「こころちゃんが好きだからだよ」
「……別に好かれることはしていないのに」
「好きっていうのは自然で無意識に生まれる感情だから理由なんていらないんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
こころは狐のお面を両手で強く握ります。更に頭上から猿のお面も降ってきました。困惑しているのが見て取れます。
「そんなこと言われても私はそういうのわからないし」
「こころちゃんは恋愛下手っぽいからね」
「からかってるのか!」
「違うよ。その純粋さがいいなって言ってるの」
「そうなの?」
「そうなの」
こころは少しだけ黙った後、面を外し、真っ直ぐにこいしを見つめる大きな目をゆっくりと閉じました。
「じゃあ……そんなこいしになら言ってもいい……かな。……笑わない?」
「笑わないよ! 笑うもんか!」
こいしは「よし好感度アップイベント成功」と思いながらこころの手を握りました。
「……うん。ありがとう、こいし」
こいしの手を握る、そのこころの真剣な目を見てこいしは深く頷きました。
こいしは前々から、こころの事を好く思っています。
それはこころのおかげで希望の力を得られたとか、失われていた感情を思い出すことが出来たとか、スカートから見える足がエロいとか、ちょっと阿呆っぽいところがドチャクソ可愛いとかそういう複雑な想いではなく、もっと単純なことです。
自身に足りないものを自覚し、積極的に勉強し、日々成長を続けるこころのその姿が生き物としてとても美しく、羨ましいとこいしは感じていたのです。
自分には持っていないその純粋でまっすぐな心をもつこころ。
その心を持っていれば自分の第三の目はもしかして、なんて不毛な事を思ったこともありました。
だからこそ、こいしは彼女に興味を持ち、好いていたのです。
そんな、純粋なこころがお金を求める意味。
それがどんな理由であれ、こいしはこころを肯定しようと思っていました。
たとえ どんなに汚い欲望であっても、それがエゴであっても。
自分の手で精一杯包んで応援してあげよう、そんな覚悟を持っていました。
それほどにこいしは、こころの純粋さを信じていたのです。
「実はPS4とモンハンが欲しくて」
「まじかよ」
先程の十行くらいの覚悟を返して欲しいと思いながら、こいしは包んであげるための手でこころの頬をつねりました。
「いひゃいいひゃい。何するんだ!」
「ごめん、久しぶりに怒りとか呆れとかそういうものを思い出して。第三の目開きそう。トラウマえぐってやりたくなった」
「こいしも買おう。一緒にキノコを集めたり、薬草を取ったり、害のないモンスターを囲んで惨たらしく殺したりするんだ! 二人だからきっと楽しい!」
「……はあ、そだね。やろっか。あはは」
こいしは脱力して目をつむりました。
自分は本当にこころに甘い、そう思います。
惚れた弱みというやつでしょうか、こいしはこんな理由でも自分は無意識にこころに協力してやろうと思ってしまっているのです。
自嘲気味に笑うこいしを見て、こころは両手を上げます。
「笑わないって言ったのに!」
「笑ってない、笑ってないよ。あはは。はーくだらない」
「また笑った!」
それに、自分と一緒に遊ぶためにお金が欲しい、という理由に少し可愛さを感じてしまったので、しばらくこいしの笑いと、こころの頭を撫ぜるその手の動きはおさまらなかったのです。
ともあれいい案が思いつかないので、二人は命蓮寺に向かいました。
外は寒いですし、里のお茶屋もレンタルルームもラブホテルも休憩するにはお金がかかります。
なので、命蓮寺にいってそこそこのお茶をタダで飲みながら作戦会議でもしようか、という考えです。
門前の響子は寅丸と昨日に引き続きすやすや寝ていたのでそのままにしておき、居間に入り込みました。
「あれ、白蓮和尚居ないね? しょうがない自分でお茶淹れるかあ」
「こいしはどこの家でも我が物顔ですね」
「一応修行してる身だしいいでしょ」
居間ではキャプテンが黙々とボトルシップを作っているだけだったので二人は好き勝手にお茶を淹れて好き勝手にようかんなどを取り出して食べていました。
寅丸の手作りのようかん、通称「寅屋のようかん」はたいへん美味だと評判なのです。
「このようかん美味しいよこころちゃん」
「ほんとだ。もっと食べよう」
「 水蜜さんも食べる?」
キャプテンはこいしを見ずに首を横にふりました。
表情は真剣です。
実はこのキャプテン、昨日の一輪とのやりとりから、寺に人が居ないのをいいことにずっとボトルシップを作り続けているのです。
彼女は船幽霊、沈没における情熱は人一倍です。
このボトルシップを完成させた後は、水の中に入れて沈没させ、その様をうっとり見つめながらウイスキーを味わうために、キャプテンは今日も頑張ります(命蓮寺はお酒禁止です)
そんな情熱を唯一知っている (心綺楼の勝利台詞参照)こいしはキャプテンの姿を見てうんうんと頷きました。
そういえば、とこいしはあたりを見渡します。
いつもはこのキャプテンと一緒にいる、騒がしい入道使いの姿が見当たりませんでした。
「あれ、これ一輪が笑い転げてた新聞だ」
「もくもく」
こいしは一輪が読んでいた天狗の新聞を拾い上げ、一面を読み始めました。
すっかりようかんに夢中でもくもくしているこころの横で黙々と新聞を読み進めます。
「このようかんは餡がいい。美味しい。シブいお茶にも合う。いい仕事していますね」
「……なるほど、この案でいこう!」
「どの餡?」
「この案!」
こいしはこころに向けて 新聞を大きく広げました。
しばらくぽかんとしていたこころでしたが、新聞を読み終えるとすぐさま「にやり」と書いてあるひょっとこの面を取り出して「にやり」と言いながらにやりと笑いました。
そう、今日は第一回チキチキ妖怪の山バーリトゥード選手権大会の開催日だったのです!
/*
※ウィキペディア より引用 ここから
バーリトゥード
ポルトガル語で「何でもあり」を意味し、20世紀においてブラジルで人気を博すようになった、最小限のルールのみに従って素手で戦うフルコンタクト方式の格闘技イベントの名称である。
※ウィキペディア より引用 ここまで
*/
◆◇◆
キャプテンに寺を預け、二人は妖怪の山へとやってきました。
守矢神社の境内には 多くの人間、妖怪が集まっています。
どうやら先程、里で人間を見かけなかったのはこの大会を見に山に来ていたからのようです。
守谷のロープウェイは今日も順調に作動して守矢神社の財布をあたためております。(往復650円)
「こいし、いっぱいの人だ。妖怪もいる」
「そうだねー」
「あっちには河童がこの人だかりに乗じてコーラ味のきゅうりを売りつけてる。
そっちは竹林の兎。誰が優勝するか予想する、場外勝バーリトゥード券を売ってる。
こっちは緑の巫女。何やら怪しい御札を配ったり人々を洗脳しようと呪文みたいなことを言ってる」
「みんなやりたい放題だねえ」
「だから私も乗じて踊るぞ! 小銭を入れてもらう為の 缶 缶を出して、と」
「よし、頑張って! あれ? ねえ見てよこころちゃん」
「どったの?」
こいしとこころがリング上を見るとそこには見覚えの有る顔が見つかりました。
その顔は苦痛に満ちている非常に痛々しい表情です。
「一輪!」
こころが叫ぶと同時、リングの周りの観客からわっと歓声があがりました。
その一輪の対戦相手、一角の鬼の頭突きがクリーンヒットしたのです。
「うわ、もし当たったのが雲山じゃなかったら……」
「あぶなかったね、ちょっと創想話に投稿できない作品になったかもしれない」
二人は心綺楼から憑依華と三作も一輪とゲーム内の時間を過ごした仲です。額に穴の空いた一輪は見たくありません。関係ない話ですが、いくらバーリトゥードとはいえ雲山と共に戦う一輪は反則だと二人は感じましたが、とりあえず置いておきます。
「リング外からタオルが投げられたぞ、試合は終わりだ」
「白熱してたねー、でも星熊さんの圧勝だったみたい」
「こいし、一輪の対戦相手を知ってるのか?」
「知らないわけないよ。地底で一番強いのを連れてこいって言われたら間違いなく星熊さんを選ぶもん。優勝して当たり前だよ」
二人はすっかり舞で稼ぐことなんて忘れて試合の感想からの東方強さ議論を始めました。
本来犬走椛の耳があるかどうかくらい荒れる話題ですが、それはこいしが有ることを気づくことで終止符が打たれます。
「こころちゃん、今の試合準決勝だったんだって!」
「なに! 更に熱い試合が見れるのか! 一体誰があの鬼の対戦相手なんだろう?」
「行ってみようよ!」
二人はリングの元へと走っていきました。もうすっかり舞で稼ぐことや、フアンを獲得する事は忘れています。
リング周りの観衆を押しやって、長い行列の末にたどり着いたのは妙なマスクをした人物でした。その人物の顔はマスクをしているためわかりませんが、ところどころ飛び出している髪の毛は紫であったり茶色であったり金色ぽくもあったり、二次創作のイラストレーター泣かせなグラデーションをしています。
あと背中に「ナムサン」と書いてありました。
「なるほどこころちゃん、星熊さんの相手は白蓮和尚だったみたい」
「納得ですね」
「あの、私は白蓮和尚ではありませんよ。このマスクが見えませんか?」
「じゃあこころちゃん、私は星熊さんの所にも挨拶に行ってくるよ。白蓮和尚、頑張ってね!」
「ありがとうございます。でも私は白蓮和尚じゃありませんよ」
必死に否定する覆面和尚を無視してこいしは星熊さんの元へと行ってしまいました。
残されたこころは不器用ながらも和尚を応援します。
「あっちの鬼も強いみたいだけど私は白蓮和尚が最強だと思ってるよ!」
「ありがとうこころさん。でも私は白蓮和尚ではありません」
「今から頑張って欲しい舞を踊るから見てて」
そう言って、こころは優雅な舞を踊りました。ゆったりゆっくり優雅にゆるやかに。
その素晴らしい出来のリラクゼーションダンスは決勝戦の前で緊張していた白蓮和尚が少しだけ眠くなってしまうほどの効果がありました。
「ありがとうこころさん。まるで蝶のように綺麗で雅。とくこうととくぼうとすばやさが上がった気がします」
「それはよかった! あ、踊って思い出した。 私は稼ぎに来たんだった」
「どういうことです?」
「実はさっき手をぱんぱんと叩いてお客さんを呼んでモンハンを買おうとしたんだけど上手くいかなくて、白蓮和尚が居たからやっぱり見てみたいのでこっちにきて応援しようと思ったんです 」
「……なるほど?」
興奮しているこころが何を言いたいのかわかりませんでしたが、手をぱんぱん叩きながら踊るこころが楽しそうだったので、頭を撫ぜてやりました。
「そろそろ試合が始まるようです」
「頑張ってね白蓮和尚!」
「白蓮和尚ではないですが頑張ってきます。一輪のかたきは必ず」
試合直前ということで、会場はリングを中心に大いにヒートアップしていました。
こころはこいしと合流し、右手にポップコーン、左手にコーラを持てば準備は万端です。
レフェリーが二人の間に入って説明を始めます。
「えールールは準決勝と変わりません。幻想郷バーリトゥードはなんでもあり。
やっていけないのは相手を殺すことだけ。
相手にまいったを言わせるかリング外へだしたら勝ち。良いですね?」
「ええ」
「もちろん」
「それでは……ファイッ!」
さあさあ、地上と地底の本気の殴り合いの始まりです。
ゴングが鳴ると同時、二人は一気に距離を詰め組み合います。まずは握力比べ。
こいしとこころは最初はそのリアルな熱気に圧倒されていましたが、その内周りに流されて少しずつ声を出すようになりました。
周りの歓声と共に「がんばれー」だの「まけるなー」など言ってるだけでもお祭りは楽しいものなのです。
「あ、こいし! 和尚が相手を倒したぞ!」
「さすが白蓮和尚! いけー、そのままやっちゃえー!」
「いや、違うな」
二人の会話を横で聞いていたある者が二人の会話に入り込みました。
「あ、お面屋さん (解説役みたいな入りだな)」
「雑貨屋さんだー (解説役みたいな入りだな)」
「バーリトゥードでは馬乗りになっている側が有利とは言えないんだ。馬乗りまではいわゆる『定石』。あそこからやっと勝負の駆け引きが始まるんだ」※ウィキペディア 調べ
お面屋さんこと雑貨屋さんこと谷河童のにとりは手元のビール味のきゅうりをしゃくりとやって解説を続けます。
「勇儀さんを倒すなんてものすごい馬鹿力だけど、力だけじゃあ鬼には勝てない。あと必要なのは『心』と『技』」
「こいし、この河童、急に解説を始めたぞ」
「こういう時にしか出番がないんだよきっと。レフェリーの天狗と一緒。無視しようよこころちゃん」
「にしたって力の勇儀があんなに簡単に倒されるなんて……」
二人はにとりの解説を聞き流しリングに視線を向けます。
馬乗りになっていた白蓮和尚は胸の間から有るものを取り出します。
そうです、幻想郷のバーリトゥードは本当になんでもあり。武器の使用すら許可します。
「あれはメリケンサック! ……マスクドナムサンめ。遠慮がない」
「こいし、 マスクドナムサンだって」
「隠す気ないね」
にとりは冷や汗をたらりと垂らして唾をごくりと飲み込みきゅうりをしゃくりとやりました。
「ナムサンもそれほど本気だということか……全く熱い試合だ。きゅうりが捗るぜ」
「ええ、勇儀さんを認めた上での武器の使用でしょう。
姐さん……いえ、ナムサンが武器を使ったというより、相手に武器を使わされた、と考えるほうが正しいわね。
戦った私が言うんだから間違いないわ 」
先程勇儀にボロボロにされた一輪がさり気なく解説に参加してきたので、とうとうこいしとこころは喋ることがなくなってしまいました。
「馬乗りしているナムサンの拳は確かに勇儀さんに当たっている。しかし」
「ええ、体重が乗っていないからダメージは通っていない。ナムサンも警戒しているのでしょう。……雲山を殺ったあの技を」
滝のごとく降り注ぐナムサンのメリ拳をすべて受け止め、勇儀はナムサンの両腕を捉えました。
ナムサンは必死にもがきますが、怪力乱神の握力は半端じゃありません。
勇儀はそのまま腕を思い切りひき、自身は百二十八個に割れている腹筋を駆使して起き上がります。
瞬間、神社の外の鳥たちが一気に飛び立ちました。
「出た……あれは!」
「神をも殺す地獄の一突き、鬼の頭突きだ!」
マスクドナムサンは後に、記者にこう語ります。
――あの時、どうしてあのような行動を取ったのでしょうか
「それは……あまり覚えていないのが正直なところです。ただ、間違いなく恐怖はそこに存在していました。
なのであれは自然と体が動いた結果です」
――「マウントを取っている」という圧倒的な有利を取っている状況でした。ですがあの必殺技を受けてしまったわけですが。
「勇儀さんは狙っていたのでしょう。スピードでは私に勝てない、だから私を馬乗り『させた』のです。組み合ってしまえばスピードは関係ありません」
――さすが最強の鬼といったところでしょうか。
「鬼……力の勇儀と呼ばれている彼女は、単に馬鹿力なだけではありません。肉体はもちろん、センス、勘、そして状況判断に決断力。全てにおいて『最強』だと感じました」
――あやや、貴重なお話、ありがとうございました。
「こちらこそ。そんな私率いる命蓮寺は出家者を募集しています。
興味の有る方は今から言う妖怪ツイッターIDにDMを」
―― あ、そういうんじゃないんで勝手に宣伝しないで下さい。
そう、放たれた堅牢な深紅の角に対し、ナムサンは逃げるのではなく、あえて 「迎え撃った」のです。
ありったけの魔力を額に集中させ、鬼の頭突きを頭突きで返しました。
観客も、レフェリーも、実況も、VIP席にいるあんまり格闘技に興味のない芸能人もそのナムサンの行動に愕然としています。
ですがやはり、一番驚愕したのは対戦相手の勇儀でしょう。
反動でナムサンの身体は大きく打ち上げられ、二人の距離は離れます。状況はにらみ合いに戻りました。
勇儀は首をぐるりと回します。
そして、つきまとう違和感に密かに汗を流しました。
ナムサンを叩いた頭突きの反動は、勇儀の首へ確実にダメージを与えていたのです。
「まさか、こんな形で返されるとは」
「とてつもない一撃でした。さすがは鬼です」
「そこは鬼を褒めるんじゃなくて私を褒めてほしいもんだね」
「失礼、素晴らしい一撃でしたよ勇儀さん」
「は、いつまで笑顔でいられるかな」
ナムサンは額から流れる血を拭いもせず口元だけ笑いながら勇儀を睨みつけました。
さすがのナムサンの魔力でも、鬼の攻撃を無力化する事はかないません。ぽたり、ぽたりとリングに血が染みていきます。
「あんたを倒すのは骨が折れそうだ。次の一撃に賭ける」
「わざわざ宣言するなんて馬鹿正直な方ですね。ならば私も応えましょう」
「いくぞ」
そう言い放った勇儀に闘志が、気が、力が溜まっていくのをナムサンはもちろん、この試合を見ている全ての者が感じました。
「あれは……」
解説役のにとりがきゅうりを握りしめました。
「うわあ、三歩必殺だ!」
「お面屋さん、三歩必殺とはあの!」
「そう! あのよく決め技で使われるあの!」
「雑貨屋さん、三歩必殺とは二次創作で星熊さんの必殺技としてよく使われるあの!」
「それ! そのあの!」
にとりはこころとこいしに乗るようにリングに向かって叫びました。
彼女は勇儀の元部下、かの必殺技、三歩必殺の恐怖は知っています。
地霊殿EXボスと心綺楼ラスボス、更には他の観客が目を爛々と輝かせる中、にとりや彼女を知る山の連中は恐怖におののいていました。
ちなみにレフェリーの射命丸はとっくに逃げていました。(頭突きのあたりで)
一歩。
鬼が地面を踏み鳴らしました。。
更に勇儀の力は増していき、その瞬間に近くの野生動物は逃げ、妖力の弱い観客は身体が溶けていきました。(戸愚呂弟が80%の力を出した時のあれです)
「ひゅいい! リングなんて吹っ飛んじゃうよこれじゃあ!」
「大丈夫、きっと白蓮和尚が迎え撃つはず!」
「よし、私は応援の舞を踊るぞこいし!」
こころは圧に吹き飛ばされないように踏ん張りながら闇雲に情熱的な舞を踊り始めました。
その踊りのおかげか、先程溶けた妖怪は復活し、再びリングの二人を応援し始めます。
二歩。
更に勇儀の力は莫大なものになっていきます。
一番近くでそれを感じているナムサンは、額の血と共に冷や汗を流します。
これほどの力、味わったことなど一度もない。
恐怖と期待の気持ちが混じり合い、ナムサンを頬を緩ませます。
ぜひ、味わってみたい。
だが、ただでは済まない。
そんな葛藤すら心地よく、ナムサンはあくまで冷静に、呼吸を整えて鬼の全てを味わうべく構えを取りました。
三歩。
光が辺りを包みました。
その光は決して優しいものではない、熱と風圧、そして暴力にまみれていました。
リングを囲んでいた者たちは全員吹き飛ばされ、あたりの出店は吹き飛び、兎は飛び交い、そしてもちろん守矢神社は崩壊しました。
しばらく辺りは静寂で満ちていました。
守矢神社の瓦礫の隙間からこころとこいしはなんとか顔を出します。
「……な、何が起きたの?」
「こいし、あれを!」
こころが指差した先……煙が立ち込むリングには二人の影が残っていました。
「白蓮和尚!」
「星熊さん!」
二人はリングにもたれかかり、なんとか立っている状態でした。
三歩目で全てをぶつけた勇儀、それを弾き返したナムサン、両者ともに満身創痍で息をするだけでも辛そうに見えます。
そして、まったくもって余談ですが、もうこの時点での最強はまだ原型を保っているリングだということがわかります。
「……はあ、なんて暴力的な、はあ、はあ。力でしょう……ふふふ」
「そちらさんこそ……まさか、弾き返されるとは……愉快だ……あはは、愉快だなあ!」
息切れ切れに笑う二人を見て、こころとこいし、にとりを含む観客は引いていました。
血だらけで傷だらけで笑う二人のその姿は狂気そのもの。
誰もが吹き飛ばされた状態のまま呆然と狂気の戦士を見つめていました。
たった一人、彼女を除き。
「……はあ、はあ。い、一輪、何を、するつもりですか」
「……もう、駄目ですよ姐さん」
そう、唯一正気だったのは、リングの側でタオルを握りしめている一輪だけだったのです。
それを投げれば試合は終わり、勇儀の勝利で幕が降ろされます。
一輪は、もうナムサン……白蓮がこれ以上傷付くのを見てられなかったのです。
「もう辞めにしましょう、姐さん。私は……!」
「いいえ、辞めません。私は勇儀さんに勝たなくてはいけないのです」
「こんなに傷ついてもですか!」
「そう、こんなに傷ついても」
「なぜですか、なぜそんなに……」
「それはね……」
白蓮は息を吐き、一輪を見つめその理由を語ります。
「なんか最強的な称号が欲しくて」
「なんか最強的な称号が欲しくて?」
バズってるツイートみたいな反応をしてしまった一輪ですが、その至極当たり前でバカ正直な理由に息を吐いてしまいます。
結局の所、我が姐さんも戦闘狂なのだ。
鬼を見て、血が騒いで仕方がないのだ、と。
「はあ。ならば、絶対に勝って下さい」
「私を誰だと思ってるの、一輪」
肩を揺らしながら笑う白蓮を、一輪は美しいと思いました。
我が姐さんは、こんなにも美しい。
服ははだけ、肌は汚れ、髪はみだれ、だけれども美しい。
これが聖白蓮。彼女の魅力をあらためて思い知らされました。
「それじゃあ……そろそろ下がってなさい。出来るだけ遠くに。急いで」
リングに体を預けていた白蓮は、勇儀の方へ体をあらためます。
今、この場で「それ」に気付いていたのは白蓮だけでした。
「……!」
一輪は「それ」を見て、息を呑み、一目散にその場から離れました。
リングの隅、白蓮と向き合う「それ」は腰を深く下げ、拳を結び、息を長く細く吐き呼吸を整えています。
そう、勇儀は既に新たな「二歩目」を踏みしめていたのです。
白蓮は思い知らされました。
これが、これが鬼なのだと。
鬼とはなんと力強く、美しい。
真っ直ぐに白蓮を見つめる鬼の目は、それはそれはまっすぐで濁りがない。
そしてその目は、ひどく期待に満ち溢れているのです。
勇儀の体はきっと限界のはずです。
その証拠に、生み出す力に体は耐えきれず、勇儀の身体からは血が溢れ止まりません。
痛みも苦しみもあるはず。
だけど勇儀はそれ以上の楽しさを感じているからこそ、二歩を踏みしめることが出来たのです。
「本当でしたら、付き合ってあげたいのですが……」
もう一度彼女の力を受け止めるのは不可能です。
純粋な力では最強にはかなわない。白蓮はそれに気付いていました。
ならばどうするか、白蓮は三歩目が来る前に考える必要がありました。
刹那に手を合わせ、目をつぶります。
手を合わせ念じる彼女にとって一瞬なんて時間は長過ぎる。考える時間はたっぷりあるのです。
まずは三歩必殺について。
鬼の奥義ということで白蓮は直接攻撃だと思っていましたが、その正体は鬼の攻撃的な気が圧縮された大量のエネルギー弾の事でした。
「必殺」とはよく言ったもので、圧倒的な量のエネルギーは避けよう思っても、とても避けられる量ではありません。
更にここは空間が制限されたリングの上。攻略するのは絶望的です。
先程白蓮の行った「魔力を纏い、全身を以て弾き返す」は一見無謀ながら、理にかなった対応だと言えるでしょう。
尤も、それは白蓮の様な大魔法使いの魔力をもってしてやっと出来る策なのですが。
白蓮は更に思考を働かせます。耐える魔力はない。避けようにも量が多い。
ならば安全地帯、いわゆる安地を見つけなければいけません。
「果報は寝て待て。安置は初期位置」なんて言葉がありますが、それは一回目の三歩必殺でわかりました。
この場合の安地は決して初期位置ではない。
そして、三歩目が発動してしまった時点で、安地なんてものは存在しないということを。
では三歩目が発動する前の今、そこで勇儀を迎え撃たなくてはいけません。
そして意外にも、この三歩必殺の安地は簡単に見つかりました。
それは、勇儀のいる場所。
勇儀とて、 自身のエネルギー弾の影響を受けたら今度こそただでは済みません。
そのために勇儀の一歩目で展開される弾は比較的小さく、二歩、三歩と歩む度に大きく凶悪にしているのです。
ならば。
白蓮は続けて考えます。
もし、三歩目が展開される前の今、勇儀の懐に潜り込めたら勝機は見えてきます。
二歩目までの弾だったら今の魔力でもなんとかなるはずです。
ですが、それには時間が足りなすぎる。
刹那で思考は働きますが、身体は付いてきてくれません。
白蓮が今すぐ動き出してもリングの隅、対極の位置にいる勇儀に届くかどうか。
届く前に三歩目が来てしまったらその時点でアウトです。リング上はグロ注意になります。
それに賭けるかどうか、悩んでいる時間はありません。
悩んでいる時間があったなら、今すぐにでも動き出さないといけない。
しかし、間に合うかはわからない。
どうする、どう動けば間に合うか。
もし、どうにか勇儀が自ら動いて「こちらに来て」くれたら……。
その時、白蓮は七十五分の一秒の間にある記憶を思い返しました。
それは試合前にこころが放った一言です。
『実はさっき手をぱんぱんと叩いてお客さんを呼んでモンハンを買おうとしたんだけど上手くいかなくて、白蓮和尚が居たからやっぱり見てみたいのでこっちにきて応援しようと思ったんです』
その記憶を掘り返したと同時、白蓮は合わせた手をゆっくりと放し、勇儀の元へダッシュで飛び込みました。
そして、こちらも同タイミング。
勇儀が三歩目の足を上げたのです。
ぱんぱん。
「なっ……」
本来ならば、勇儀はその場で足を踏み鳴らし、凶悪で最強の三歩目のエネルギー弾を辺にぶちまけられるはずでした。
しかし、それはかないません。
勇儀は自分が宙に浮いていることに気付きました。
何が起きた?
勇儀は一瞬ほど前、こちらへ向かってくる白蓮がぽつりと何かをつぶやいたのを思い出しました。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
それは勇儀が最強である鬼がゆえの弱点でした。
手を鳴らされた鬼は、自分でも気付かない、そう、『無意識』の間に白蓮の方へ体が動き
白蓮は自分の方へ傾く勇儀の足を拾い、リングの外へと放り投げたのです。
勇儀がそれを理解した時には、地面はもう目前です。
どしんと背中に衝撃が走ります。
勇儀は投げ出されたまま、大の字で空を見上げました。
最初はぽかんとしていましたが、背中の痛み、太陽の光が自分の目にかかり、やっと状況を理解することが出来ました。
自分は、負けたのだ。
ゆっくりと目を細めました。
肩が揺れる呼吸を繰り返し、涼風を心地よいと感じながら、勇儀は頭上の人物へ投げかけます。
「楽しかったなあ」
こうして、第一回チキチキ妖怪の山バーリトゥード選手権大会の勝者が決まりました。
マスクドナムサン、もとい聖白蓮です。
観客の居ないリングの上で、彼女は手を合わせ、勝利を噛み締めました。
「ええ、楽しかった。とても」
◆◇◆
「それでずごーんって凄い音がしたと思ったら私達は吹っ飛んでて、なんか狂ったように笑ってる白蓮和尚と鬼が居たんだ。なあこいし」
「そうそう、すごかったよー すごすぎてもうなんかこのお話がどこに行くか不安だったよもう」
命蓮寺、今は夜。
大会の様子を興奮しながら説明するこころとこいしに興味津々なのは、白蓮和尚が大会に出ると知らなかった命蓮寺の面々です。
ぬえやマミゾウ親分なんかはそういう血なまぐさい事が大好物なもので、その話を肴に酒などをやっています。
本来ならば、飲酒などというものは命蓮寺では大罪ですが、今日は特別なので許されます。
今から数十分前、こんな事があったのです。
--
「いやあ悪いな食事なんて」
「いえいえ、死闘を遂げた対戦者同士、楽しみましょう」
「そうだな。それであんたはこれはやらないのか?」
「申し訳ないですがお酒は遠慮します」
「なに本当か? 鬼の酒だぞ? ほら匂いだけでも嗅いでみろ。滅多に味わえない最高級品だ」
「いえ、匂いもいりま……あ、大変香ばしく魅力的で魅惑的で蠱惑的でエキゾチックな香りですね。
くたくたで温泉上がりの私にはもう麻薬のそれに違いありません。あれです、危険ドラッグです危険ドラッグ」
「ほら、お弟子さん達は飲むだろ? 鬼の酒だ」
「星、一輪、ムラサ。いけませんよ。不飲酒戒、忘れたわけではありませんね……勇儀さん、そんなに押し付けないで下さい」
「まあまあ口に触れるだけでもいいから、な?」
「いえいえ本当にお酒は飲んでもためにならないので……いや本当にもう唇を湿らせるだけですよ?
対戦相手である勇儀さんに最大限の敬意を示すために私はこのような行為をするのであって」
「あ、一輪一輪! 姐さん飲んだ!」
「私も見たわムラサ! 飲んだ! ということは私達もいいのね!」
「こ、こら二人共」
「おーいつまみ持ってきたぞー」
「ぬえ!」
--
こんな事がありましたので、白蓮和尚が勇儀の相手をしている間、命蓮寺はお酒を解禁されたのです。
ムラサは完成したボトルシップをうっとり見つめながら丸い氷の入ったウイスキーを傾けていますし
一輪は実質三位なのでそれを星や響子に自慢しながら武勇伝を語り酒を口に入れています。
「それにしても、結局ダメだったねこころちゃん」
「うん?」
こころはお酒をぐびぐびと飲みながら、あん肝などを食べつつ、猿のお面を付けました。
「なんのこと?」
「もう、今日の目的を忘れてる」
「あ、そうだった。私はモンハンと固定フアンを得るべく今日も奮闘したんだった」
こころはこの小説の中盤くらいを読み直して当初の目的を思い出しました。
「決勝戦のインパクトがすごすぎて忘れてた」
「まあすごかったからね」
「でもこいし、今日はこれでよかったと思う」
こころは顔を赤くして勇儀と盛り上がる白蓮和尚を指さして続けます。
「私の踊りがヒントで白蓮和尚が勝利をおさめた! これって凄くない?」
「確かにすごいけど。うーんこころちゃんの手柄かな?」
「きっと私の手柄だ!」
「結局モンハンも固定フアンも手に入れてないけどね」
「いいの!」
主張していない胸を主張して、こころはえっへんとやります。
こいしは白蓮和尚を見やります。
ほんのりと頬を赤らめ(命蓮寺はお酒禁止です)鬼の盃を口につけて(命蓮寺はお酒禁止です)鬼と楽しく話す姿を見ると、確かにこれで良かったのかなと思ってしまいます。(命蓮寺はお酒禁止です)
「まあいいか。宴会エンドで」
「そうだそうだ。うんうん」
こころは納得したように頷きながらエイヒレを酒で流し込みます。
そんな時、外からあややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややという奇妙な鳴き声がしました。
やの数からこころを呼んでいるのがわかります。
「あれこころちゃん、いま何か聞こえなかった?」
「きっとぬえか何かだろう」
「あ、こころさん、宴会中お邪魔します。マスクドナムサンさんいます?」
レフェリーの天狗がナムサンさんを訪ねてきました。
こころはべろんべろん(何にべろんべろんかは秘密です)な白蓮和尚を指さしました。
天狗は鬼が居たので心底嫌そうな顔をしましたが、こころの面を一枚借りて他人のふりをしてごまかしています。
しばらく和尚と会話していましたが、そのうちこころのもとへ戻ってきました。
「どしたの天狗さん」
「いや、風のうわさではマスクドナムサンさんが優勝したと聞いたのでここに来たんですけど」
「レフェリーの台詞だと思えない」
「優勝賞品持ってきたんですが、いらないのでこころさんに上げてくれって。
なんでもこころさんのおかげで勝てたからそれでいいとアルコール臭を撒き散らしながら上機嫌で言ってました」
「あ、本当? やったぜ」
「はいじゃあこれ。スポンサーの守矢神社から、最近手に入った最新機器だそうです」
「え?」
「どうしました?」
「え、こ、こここ、こここここ」
「にわとりですか?」
「どうしたのこころちゃん」
「ここここここれは?! こいし、これを見ろ!」
こころの手元にある『最新機器』を見て、こいしは吹き出しました。
結局の所、今日のこころとこいしの行動は全て空回りだったのです。
「良かったねえこころちゃん。果報が舞い込んできたね」
「ここここいし、これは私が貰って良いのだろうか! 私達は三歩必殺にふっ飛ばされて寝ていただけなのに!」
「和尚が良いって言ったからいいの。それに言ったでしょ。果報は寝ながら手を叩いてたらそのうち来るって」
笑うこいしの顔を見て、こころは「うおー」と叫び手を上げました。
逆転勝利、こころの勝ちです。
そのまま舞い踊る気分で舞を踊ります。
そんな喜ぶこころを見て、こいしも笑いました。
よく分からないですが、盛り上がっているので他の命蓮寺の面々も笑います。
こうして更けていく命蓮寺の夜を、しっかり天狗はファインダーにおさめていました。
これにて宴会エンド。この小説は終わりです。
◆◇◆
「こりゃ痛快だわ。ムラサ、来てみなさいよ」
そう言うのはいつも全快な命蓮寺の修行僧、雲居の一輪です。
ムラサは今ハマっている戦艦の模型作り(当たり前ですが作り終えたら慈悲もなく沈没させます)に集中しており、面倒だと思ったので聞こえないふりをしました。
「ムラサ、来てってば面白いのよほらほら。こないだの大会あとの宴会の記事」
そのうち一輪は自分の片側の太ももをぱんぱんと叩きキャプテンの気を引き始めます。
これをやられちゃあ、とキャプテンはしぶしぶ重い腰を上げて一輪の元へと歩いていきました。
太ももをぱんぱんとするくらい一輪の気分は爽快でいい気分なので、こういう時に機嫌を損ねてしまっては面倒だと長年の勘が告げているのです。
警戒しながら一輪のもとへ行ってみると、『命蓮寺、酒池肉林?!』という洒落にならない記事が出ています。
「そんな訳ないのにね。私達はともかく姐さんがお酒を飲むなんて有り得ないのに」
すっかりお酒で記憶を無くし禁戒した一輪は、やっぱり軽快に笑っています。
若干記憶の残っているキャプテンは事の重大さに気付きながらも、現実から逃れるように一緒に笑ってやるのでした。
「こりゃ難解だ。……うーん、どうしよう」
ナズーリンは人差し指と親指でブイの字を作りあごにやりそう呟きました。
何を隠そう、さくじつ白蓮和尚の行ったことが天狗の記事になってしまったことで悩んでいるのです。
先程、白蓮和尚は賢将と言われるナズーリンにこの噂が消える方法が無いかと相談しにきたのでその方法を考えていますが、なかなかいい案は出てきません。
何をやったのかは秘密ですが(命蓮寺はお酒禁止です)そういう噂が立つのは非常によくありません。
「人の噂も七十五日というが、うーん」
探しものが得意なナズーリンですが、「方法」を探してくれなんて依頼は初めてです。
結局この噂は記事にしたのがあの文々。なので数日のうちに廃れるのですが
単純明快な答えは見つからず、しばらくナズーリンの気が休まることはありませんでした。
「こりゃ限界そうです……ええと、聖。元気を出して」
天狗の新聞が里に出回ったせいで、白蓮和尚は天気の良いにもかかわらず曇り顔です。
事実かどうかはともかく、宗教家にとってこういう事が記事にされてしまうこと自体が良くないのです。
「ええと、ええと。どうしましょう。そうだ、響子ー」
星が手をぱんぱんと叩くといつも全快、ヤマビコ妖怪が「ぱんぱん」と言いながら全速力で走ってきました。
いつも元気なヤマビコに大きな声で元気の出る言葉を投げてもらおえば白蓮和尚も元気が出るだろうという寸法です。
「ほら響子、どんより曇り空の聖に元気の出る言葉を送って下さい」
「わかりました! えーと……『火のないところに煙は立たず』!」
百パーセント逆効果の言葉に、白蓮和尚の気持ちは一層落ち込み、そのうち天気は雨模様になってしまいました。
その後、必死に星はフォローしますが、結局名誉は挽回できず
弁解ばかりであわあわする星は聖の信用も響子の尊敬もなくしてしまいますが、それはまた別のお話です。
「こりゃ爽快。モンハン楽しい!」
そして、今回のお話のおまけはそれらの様子を全然眺めていない面霊気、こころの視点で終わります。
こころはくだんの宴会からずっとゲームをして過ごしています。
部屋には空のペットボトルや吸いきったウィダーインのごみが散らかっており
そして中身が何かはわかりませんが、黄色い液体が入ったペットボトルがいくつか転がっています。
こころはすっかりゲームの虜です。
「うーん、でもこのクエストはむつかしい。一人じゃきついかも」
こころはコントローラーを投げ出して人差し指を立てます。
「モンハンやるものこの指とまれ」
「はーい」
そう言うとどこからともなくこいしが飛び出してきました。
こいしはいつも後ろに居るのです。
そして、もちろんゲーム機もソフトも持参しています。
「よし、来たなこいし。一緒にこのクエストをクリアしよう!」
「うわ、汚いこころちゃん。何この部屋」
「いいからやるぞ!」
すっかりモンハンジャンキーなこころをやれやれと言った表情で眺めて、コントローラーを手に持ちます。
やっぱりこころには甘いこいしです。
「これが終わったら掃除だよ」
「んあー」
「その返事は肯定なの否定なの」
「……暫定?」
「……まあいいけど」
二人はしばらく真剣に画面を見つめます。
ゲームは真剣であれば真剣で有るほど面白いと、弾幕ごっこ経験者の二人は知っているのでこういう所も真剣です。
「あ、こいし、強いやつがそっちいったぞ」
「うわ、助けて。回復してー」
「よし、回復」
「ありがとー」
「あ、今度はこっちが危ない」
「はいはい今行きますよー」
こいしは画面を見つめ、コントローラーをかちゃかちゃしながら続けます。
「今行きますよーで気付いたんだけどさ」
「んー?」
「私ってすぐこころちゃんの所行くじゃない」
「この間も今日もすぐ来てくれたな」
「そんでもって、こころちゃんのフアンでもあるよ」
「いつも感想を言ってくれるのはこいしだけです。いつも感謝しています」
「だよねー」
こいしはゲームの中でモンスターを追っかけながらも、そのことについて考えます。
一つ目の目的は達成できました。
二人で罪もないモンスターを慈悲無く殺すのはとても楽しいです。
そして、二つ目の目的。
こころの踊りが大好きで、こころが手をぱんぱんと鳴らしたらすぐ駆けつける『固定フアン』。
「あれ? それって私のことじゃ。いつも後ろにいるし、こころちゃんラブだし。既に目的は達成されてたんじゃ」
「こいし、後ろ!」
「へ?」
その瞬間、こいしの操作キャラクターはモンスターにハントされてしまいました。
ゲームオーバーの文字が画面に映し出されます。
「あっちゃあ」
「あーゲームオーバーだ」
「何か悔しくなってきた。こころちゃんもう一回やるよ!」
「あれ、部屋の掃除では?」
「そんなんあとあと! 早くもう一回!」
「お、おう」
こいしが気付きかけた「何か」は画面の中のモンスターへの怒りですっかり抜けてしまいました。
二人は再び真剣に画面を見つめます。
全ては元の通り、結局何も進歩していない二人は同時にスタートボタンを押しました。
「うおーこいし、私ピンチ! 早くこっち来て!」
「はいはい、今行きますよー」
『Come here』
おわり
こいここでCome hereって解釈するのはウィットに富んでいて素敵でした。
誤字報告です。
一箇所だけ安地が安置になっているところがありました。
作中のこいしちゃんよろしくこのお話どこに向かうのかなと思いましたが「ぱんぱん」のシーンで繋がって、最後にこころちゃんがモンハン手に入れるとこでストンと収まった感じがしました。和尚が叩けばこころが儲かる。
あと所々のメタな皮肉とか、語彙力がアレになっちゃった星ちゃんとかも良かったです。
どのシーンだっけ、ほらあれ、あのあれ