午前五時、最早身体に染みついた毎日の習慣通りに目を覚ました霊夢は、今日が四月一日である事を確認し、ため息をつく。
「今年もまたこの日が来たのね……」
四月一日。村などでは前日とこの日を一つの区切りとし、寺子屋や仕事などの変更を行うため、それなりに重要な日付けとなっている。しかし、基本的に霊夢一人で管理や運営をしている博麗神社はそのようなことをする必要が無く、そのためこの日は特に用事もない――それどころか商売繁盛を願う人々で若干参拝客が増える可能性があり、喜びこそすれ嘆く理由は無い。
「――数年前までは、ね。一体、誰があんな事考えたんだか」
ここ数年、幻想郷では四月一日にとあるイベントが開かれていた。曰く、その日だけは人間であろうと妖怪であろうと、一切の区別無く嘘を吐いて良いという。勿論嘘を吐くか吐かないか、そして嘘の程度は個人の裁量に任されているが、基本的に「人を不幸にしない」という不文律が敷かれている。
しかし、この不文律が思いの外厄介で、悪戯心がありこそすれ、悪意無しで吐いた嘘は吐かれた側にすると咎めにくい。そして霊夢の知り合いには、その手のボーダーラインを見極めるのが上手い連中がごまんとおり、毎年この日は手を替え品を替え、陥れにやってくるのだ。
去年は魔理沙が飛べなくなった事を偽り、霊夢に助けて貰う流れで空を飛ばさせ、それなりの高度になった瞬間魔理沙が突如急降下を始め、落とさぬ様しっかりと手を繋いでいた霊夢はなす術なく引っ張られ、地面スレスレを引き摺られた。自分の操作が効かない状態での垂直落下の恐怖は相当なもので、その後魔理沙が全力で土下座し、とっておきの花見スポットを見せて貰わなければ今も軽く恨んでいただろう。――こちらが怒る前に謝り、お詫びまで用意している辺り、本当にタチが悪い。
「そうね……今年は少しでも嘘を吐いたら問答無用で一機もっていってやろうかしら」
そんなことを考えつつ、霊夢はいつも通りの仕事をこなしていった。
***
大体の仕事が終わり、そろそろ来ると見計らった霊夢は境内の掃除をする事で不意打ちの対策をする。
二年前は、室内でぼんやりとしていた所、境内が大変な事になっているという虚言に慌てて飛び出した所、足元が突然境界の隙間に変化し三十秒前後落下させられた挙句、魔理沙の家へと落とされた事があった。まさか紫と結託してまで私を陥れようとするとは思わなかったが、それを反省しこの日は、極力自分の見えない範囲を作らない様に心掛けていた。
「……やっぱり来たわね、今年はどんな下らない嘘を吐くのかしら」
案の定やってきた普通の魔法使いが、掃き掃除をしていた霊夢の横に着陸する。――その風圧で集めた葉っぱや埃が舞ってしまったが、いつものことなので仕方が無いと諦める。そしてそもそもそれを気にする様子が無い魔理沙は、勢い良く霊夢に話し掛ける。
「霊夢! 二人で花見しよう!」
……どういう事だろうか。だが、きっと罠だろう。――今までに無いパターンだった為、大して考えもせずにそう判断した。
「嫌よ……毎年どれだけ貴女に悩まされてると思ってるの? もしや今年は桜の花びらが全部刃になって飛んでくるとかかしら?」
どこかで聞いたことがある様な罠を想定しつつ、きっぱりと断る。迂闊に曖昧な返事をした時には押し切られるに決まっている、断言し続ければ別の案を考えるだろうと、そう考えた。
――のだが。
「霊夢……そんな事言うなよ、私は去年の桜をただ二人で見たいだけなんだ……。下見に行ったら今年は更に綺麗だったからな、嘘なんか吐くよりも、霊夢と一緒に桜が見たい」
真っ直ぐにこちらを見て魔理沙が話す。ここまで直球で来られると断るのに罪悪感が生まれてしまい――
「……分かったわよ」
結局、今年も魔理沙の口車に乗せられてしまった。せめて今年こそ罠には引っかからない様に、警戒心だけは解かないようにしておこうと、花見の準備をしつつ決心する霊夢だった。
***
去年魔理沙に案内された桜の木は、魔法の森に生えている背の高い木々によって上空からは見る事が出来ず、似たような風景の続く森を陸路で進む事でしか辿り着けない。周囲は木で囲まれ、通る光は精々木漏れ日程度だというのになぜ育つのか疑問ではあるが、その立地故に魔法の森の住人以外が来る事は基本無く、妖怪好みの派手な花見ならば他でも充分事足りる為住人ですら来ようとはしない。
しかし、だからこその魅力もあるというもの。鬱蒼とした木々の中で一本だけ生え、木漏れ日で薄く照らされている桜の木はとても幻想的で、何よりこの空間に霊夢と魔理沙の二人だけがいるという贅沢感と心地良さは、見るまでの苦労を考えても釣りが返ってくる。
――そう、返ってきてしまったのだ。霊夢の警戒を嘲笑うように順調に花見は進んでいった。桜の花びらが刃になると言うことは無く、かといってだんだん生気が失われていく、と言うことも無い。魔理沙の持ってきた酒に何か混ざっている事も無かった。それどころか、軽く酔ったのか魔理沙はまるで猫の様に霊夢へ擦り寄り、幸せそうに肩に身を預けている。
普段の魔理沙ならばここまで露骨にデレることは稀な上、そうなったときは既に酔い潰れている時くらいだ。しかし今の魔理沙はそこまで深く酔ったわけでは無い上、あまつさえ時々気持ちよさげに背中へ寄りかかり「霊夢の背中は温かいぜー」だの「幸せだぜー」だのと囁いてくる始末だ。只でさえ気を張っていた霊夢は連続した想定外の出来事――状況に対する混乱と、魔理沙の直球な言葉による恥ずかしさを前に、処理能力も限界が近い。
「魔理沙……今日は随分と気分が良さそうだけど、何か良いことでもあったの?」
「そんなのきまってる……大好きなれーむと一緒に二人で花見が出来たんだ、これいじょーのいいことなんてないさ」
微妙に回らない呂律、そして当然と言わんばかりに口に出す「大好きな霊夢」と言う言葉の前に、最早霊夢の頭脳も直感もひたすら空転と暴走を繰り返す。
「なっ――い、いきなり何を言い出してるの……貴女、少し悪酔いしてるんじゃ無いかしら……?」
辛うじて言葉をひねり出す霊夢。水を持ってくる、とこの場を離れようとする――しかし、立ち上がろうとする霊夢に魔理沙が抱きつき、止めの一言を放つ。
「なんでどこか行こうとするんだ……。――もしかして、私と花見をするのは嫌だったのか……?」
言葉に出来る物から出来ない物まで、魔理沙に対するありとあらゆる好ましい感情が頭の中を埋め尽くす。――後一秒思いつくのが遅ければ、押し倒していたかもしれないその一瞬、壊れたコンピュータがこの事態を収める暴論に等しい解を導き出した。――この魔理沙は異変の首謀者に乗っ取られている、と。
「これは異変よ、早く解決しないと――魔理沙、今助けてあげるわ……少し手荒だけど許して――「夢想封印」!」
誰が首謀者でどの程度の催眠を受けているのか分からない以上、最低でも意識は飛ばしておくべきと、混乱した思考で判断をしたためにかなり過激な選択を取る。その結果、ほぼフルパワーで夢想封印を放った。――陰陽玉が魔理沙を抉る瞬間、魔理沙が慌てたような声を出した気がするが、恐らく気のせいだろう。
***
「――何か言い訳があるのなら聞いてあげるけど?」
「そ、それはだな……」
「因みに、少しでもふざけたら埋めるわよ」
「……何もございません」
桜の木の下、まるで切腹をさせられるかの如く正座をしている魔法使いが一人と、鬼の形相で仁王立ちをし、魔法使いを睨む巫女が一人。
なぜこんなことになっているかというと、霊夢が夢想封印で魔理沙の意識を吹っ飛ばした数分後、起き上がった魔理沙が霊夢に対し「ちょっとからかっただけなのに、良くもあんな酷いことを――あっ」と、テンプレのようなネタばらしと自爆をしてしまったからである。当然からかわれた側の巫女は夜叉の如く怒り狂い、「正座するか今ここで西行――いや、霧雨妖になるか、好きな方を選びなさい」と選択権の無い二択を押し付けた。そして今に至る、と言うわけだ。
「良くもまぁ、ここまで手の込んだことするわね……」
毎年毎年罠を仕掛けられた相手に、何かを強制した時点で怪しまれるのは当然。そもそも今回に至っては行動を強制されずとも怪しんでいた。ならばと二人の関係を利用し、花見を一緒に楽しませつつ、普段使わない直接的な言葉で慌てさせ、その反応を楽しんでいたと言うことだろう。あの一言さえ無ければ、まさに策士であり、その巧妙さに怒りも収まっていく。――しかし、霊夢には一つだけ不満な点があった。
「って事は、あの時の言葉は嘘だったって事よね……その部分だけは、正直悲しいわ……」
霊夢の暴走を招いたとはいえ、あのとき魔理沙に掛けられた言葉は純粋に嬉しく、それ故に混乱してしまったのだ。それが嘘というのは、嘘が許されるといえど、流石に悲しさが残る。
「勘違いしてるようだが、あの時の言葉は嘘じゃ無いぞ」
「――えっ?」
思いもよらない魔理沙の言葉に、思わず聞き返す。
「だから、あのときの言葉は嘘じゃ無いんだって。と言うより、私は今回嘘は一切ついてない。八卦路に誓ってな」
魔理沙の告白に放心する霊夢、その視線がずっと魔理沙へと向いていたため、魔理沙が顔を赤らめながら目を逸らす。
「この日の大前提として、不幸になる嘘は決して吐かないからな、こんな事で嘘を吐いた日には、それこそ霊夢だけじゃ無く、アリスや早苗辺りにも埋められるぜ……。――って訳だ、あの時の私は素面であれを言ってたって事だ。正直、今になって相当恥ずかしくなってきた……」
台詞が続くごとにだんだん赤みが増していき、最後には茹で蛸みたいな色で耳まで真っ赤になった魔理沙。そして「まあこっちが囁いてるときの霊夢の反応を考えれば、夢想封印ぶっ込まれたのを含めてトントンってとこだな」との言葉に霊夢まで顔を紅潮させる。
「とにかく、これが今年のエイプリルフールだ。嘘を吐いて良い日に、嘘つきが敢えて嘘を吐かないのも意外と面白かっただろ?」
面白いかどうかは置いておいて、又今年もまんまと嵌められてしまった。――本当、この日だけは、魔理沙に勝てる気がしない。だが、素面の魔理沙の甘え声や、その行動に赤面する魔理沙はこんな日でも無ければ見ることは出来なかっただろう。そう考えれば、一年に一度くらいはこんな日があっても良いのかも知れない。無論、魔理沙へは言わないが。
自分が嘘つきなのを威張らない。と額を人差し指で小突く。そして残っているお酒を二つの猪口に注ぎ、魔理沙へと渡す。恐らくもう正午は過ぎただろう、ネタばらしも終わった今、やることと言えば、再び花見を再開する事だろう。――二人はお互いに目で合図をし、微笑みながら猪口を交わした。
***
――数時間後、ちょっかいをかけにきたとある妖怪が退治されたらしいが、それはまた別の話。
「今年もまたこの日が来たのね……」
四月一日。村などでは前日とこの日を一つの区切りとし、寺子屋や仕事などの変更を行うため、それなりに重要な日付けとなっている。しかし、基本的に霊夢一人で管理や運営をしている博麗神社はそのようなことをする必要が無く、そのためこの日は特に用事もない――それどころか商売繁盛を願う人々で若干参拝客が増える可能性があり、喜びこそすれ嘆く理由は無い。
「――数年前までは、ね。一体、誰があんな事考えたんだか」
ここ数年、幻想郷では四月一日にとあるイベントが開かれていた。曰く、その日だけは人間であろうと妖怪であろうと、一切の区別無く嘘を吐いて良いという。勿論嘘を吐くか吐かないか、そして嘘の程度は個人の裁量に任されているが、基本的に「人を不幸にしない」という不文律が敷かれている。
しかし、この不文律が思いの外厄介で、悪戯心がありこそすれ、悪意無しで吐いた嘘は吐かれた側にすると咎めにくい。そして霊夢の知り合いには、その手のボーダーラインを見極めるのが上手い連中がごまんとおり、毎年この日は手を替え品を替え、陥れにやってくるのだ。
去年は魔理沙が飛べなくなった事を偽り、霊夢に助けて貰う流れで空を飛ばさせ、それなりの高度になった瞬間魔理沙が突如急降下を始め、落とさぬ様しっかりと手を繋いでいた霊夢はなす術なく引っ張られ、地面スレスレを引き摺られた。自分の操作が効かない状態での垂直落下の恐怖は相当なもので、その後魔理沙が全力で土下座し、とっておきの花見スポットを見せて貰わなければ今も軽く恨んでいただろう。――こちらが怒る前に謝り、お詫びまで用意している辺り、本当にタチが悪い。
「そうね……今年は少しでも嘘を吐いたら問答無用で一機もっていってやろうかしら」
そんなことを考えつつ、霊夢はいつも通りの仕事をこなしていった。
***
大体の仕事が終わり、そろそろ来ると見計らった霊夢は境内の掃除をする事で不意打ちの対策をする。
二年前は、室内でぼんやりとしていた所、境内が大変な事になっているという虚言に慌てて飛び出した所、足元が突然境界の隙間に変化し三十秒前後落下させられた挙句、魔理沙の家へと落とされた事があった。まさか紫と結託してまで私を陥れようとするとは思わなかったが、それを反省しこの日は、極力自分の見えない範囲を作らない様に心掛けていた。
「……やっぱり来たわね、今年はどんな下らない嘘を吐くのかしら」
案の定やってきた普通の魔法使いが、掃き掃除をしていた霊夢の横に着陸する。――その風圧で集めた葉っぱや埃が舞ってしまったが、いつものことなので仕方が無いと諦める。そしてそもそもそれを気にする様子が無い魔理沙は、勢い良く霊夢に話し掛ける。
「霊夢! 二人で花見しよう!」
……どういう事だろうか。だが、きっと罠だろう。――今までに無いパターンだった為、大して考えもせずにそう判断した。
「嫌よ……毎年どれだけ貴女に悩まされてると思ってるの? もしや今年は桜の花びらが全部刃になって飛んでくるとかかしら?」
どこかで聞いたことがある様な罠を想定しつつ、きっぱりと断る。迂闊に曖昧な返事をした時には押し切られるに決まっている、断言し続ければ別の案を考えるだろうと、そう考えた。
――のだが。
「霊夢……そんな事言うなよ、私は去年の桜をただ二人で見たいだけなんだ……。下見に行ったら今年は更に綺麗だったからな、嘘なんか吐くよりも、霊夢と一緒に桜が見たい」
真っ直ぐにこちらを見て魔理沙が話す。ここまで直球で来られると断るのに罪悪感が生まれてしまい――
「……分かったわよ」
結局、今年も魔理沙の口車に乗せられてしまった。せめて今年こそ罠には引っかからない様に、警戒心だけは解かないようにしておこうと、花見の準備をしつつ決心する霊夢だった。
***
去年魔理沙に案内された桜の木は、魔法の森に生えている背の高い木々によって上空からは見る事が出来ず、似たような風景の続く森を陸路で進む事でしか辿り着けない。周囲は木で囲まれ、通る光は精々木漏れ日程度だというのになぜ育つのか疑問ではあるが、その立地故に魔法の森の住人以外が来る事は基本無く、妖怪好みの派手な花見ならば他でも充分事足りる為住人ですら来ようとはしない。
しかし、だからこその魅力もあるというもの。鬱蒼とした木々の中で一本だけ生え、木漏れ日で薄く照らされている桜の木はとても幻想的で、何よりこの空間に霊夢と魔理沙の二人だけがいるという贅沢感と心地良さは、見るまでの苦労を考えても釣りが返ってくる。
――そう、返ってきてしまったのだ。霊夢の警戒を嘲笑うように順調に花見は進んでいった。桜の花びらが刃になると言うことは無く、かといってだんだん生気が失われていく、と言うことも無い。魔理沙の持ってきた酒に何か混ざっている事も無かった。それどころか、軽く酔ったのか魔理沙はまるで猫の様に霊夢へ擦り寄り、幸せそうに肩に身を預けている。
普段の魔理沙ならばここまで露骨にデレることは稀な上、そうなったときは既に酔い潰れている時くらいだ。しかし今の魔理沙はそこまで深く酔ったわけでは無い上、あまつさえ時々気持ちよさげに背中へ寄りかかり「霊夢の背中は温かいぜー」だの「幸せだぜー」だのと囁いてくる始末だ。只でさえ気を張っていた霊夢は連続した想定外の出来事――状況に対する混乱と、魔理沙の直球な言葉による恥ずかしさを前に、処理能力も限界が近い。
「魔理沙……今日は随分と気分が良さそうだけど、何か良いことでもあったの?」
「そんなのきまってる……大好きなれーむと一緒に二人で花見が出来たんだ、これいじょーのいいことなんてないさ」
微妙に回らない呂律、そして当然と言わんばかりに口に出す「大好きな霊夢」と言う言葉の前に、最早霊夢の頭脳も直感もひたすら空転と暴走を繰り返す。
「なっ――い、いきなり何を言い出してるの……貴女、少し悪酔いしてるんじゃ無いかしら……?」
辛うじて言葉をひねり出す霊夢。水を持ってくる、とこの場を離れようとする――しかし、立ち上がろうとする霊夢に魔理沙が抱きつき、止めの一言を放つ。
「なんでどこか行こうとするんだ……。――もしかして、私と花見をするのは嫌だったのか……?」
言葉に出来る物から出来ない物まで、魔理沙に対するありとあらゆる好ましい感情が頭の中を埋め尽くす。――後一秒思いつくのが遅ければ、押し倒していたかもしれないその一瞬、壊れたコンピュータがこの事態を収める暴論に等しい解を導き出した。――この魔理沙は異変の首謀者に乗っ取られている、と。
「これは異変よ、早く解決しないと――魔理沙、今助けてあげるわ……少し手荒だけど許して――「夢想封印」!」
誰が首謀者でどの程度の催眠を受けているのか分からない以上、最低でも意識は飛ばしておくべきと、混乱した思考で判断をしたためにかなり過激な選択を取る。その結果、ほぼフルパワーで夢想封印を放った。――陰陽玉が魔理沙を抉る瞬間、魔理沙が慌てたような声を出した気がするが、恐らく気のせいだろう。
***
「――何か言い訳があるのなら聞いてあげるけど?」
「そ、それはだな……」
「因みに、少しでもふざけたら埋めるわよ」
「……何もございません」
桜の木の下、まるで切腹をさせられるかの如く正座をしている魔法使いが一人と、鬼の形相で仁王立ちをし、魔法使いを睨む巫女が一人。
なぜこんなことになっているかというと、霊夢が夢想封印で魔理沙の意識を吹っ飛ばした数分後、起き上がった魔理沙が霊夢に対し「ちょっとからかっただけなのに、良くもあんな酷いことを――あっ」と、テンプレのようなネタばらしと自爆をしてしまったからである。当然からかわれた側の巫女は夜叉の如く怒り狂い、「正座するか今ここで西行――いや、霧雨妖になるか、好きな方を選びなさい」と選択権の無い二択を押し付けた。そして今に至る、と言うわけだ。
「良くもまぁ、ここまで手の込んだことするわね……」
毎年毎年罠を仕掛けられた相手に、何かを強制した時点で怪しまれるのは当然。そもそも今回に至っては行動を強制されずとも怪しんでいた。ならばと二人の関係を利用し、花見を一緒に楽しませつつ、普段使わない直接的な言葉で慌てさせ、その反応を楽しんでいたと言うことだろう。あの一言さえ無ければ、まさに策士であり、その巧妙さに怒りも収まっていく。――しかし、霊夢には一つだけ不満な点があった。
「って事は、あの時の言葉は嘘だったって事よね……その部分だけは、正直悲しいわ……」
霊夢の暴走を招いたとはいえ、あのとき魔理沙に掛けられた言葉は純粋に嬉しく、それ故に混乱してしまったのだ。それが嘘というのは、嘘が許されるといえど、流石に悲しさが残る。
「勘違いしてるようだが、あの時の言葉は嘘じゃ無いぞ」
「――えっ?」
思いもよらない魔理沙の言葉に、思わず聞き返す。
「だから、あのときの言葉は嘘じゃ無いんだって。と言うより、私は今回嘘は一切ついてない。八卦路に誓ってな」
魔理沙の告白に放心する霊夢、その視線がずっと魔理沙へと向いていたため、魔理沙が顔を赤らめながら目を逸らす。
「この日の大前提として、不幸になる嘘は決して吐かないからな、こんな事で嘘を吐いた日には、それこそ霊夢だけじゃ無く、アリスや早苗辺りにも埋められるぜ……。――って訳だ、あの時の私は素面であれを言ってたって事だ。正直、今になって相当恥ずかしくなってきた……」
台詞が続くごとにだんだん赤みが増していき、最後には茹で蛸みたいな色で耳まで真っ赤になった魔理沙。そして「まあこっちが囁いてるときの霊夢の反応を考えれば、夢想封印ぶっ込まれたのを含めてトントンってとこだな」との言葉に霊夢まで顔を紅潮させる。
「とにかく、これが今年のエイプリルフールだ。嘘を吐いて良い日に、嘘つきが敢えて嘘を吐かないのも意外と面白かっただろ?」
面白いかどうかは置いておいて、又今年もまんまと嵌められてしまった。――本当、この日だけは、魔理沙に勝てる気がしない。だが、素面の魔理沙の甘え声や、その行動に赤面する魔理沙はこんな日でも無ければ見ることは出来なかっただろう。そう考えれば、一年に一度くらいはこんな日があっても良いのかも知れない。無論、魔理沙へは言わないが。
自分が嘘つきなのを威張らない。と額を人差し指で小突く。そして残っているお酒を二つの猪口に注ぎ、魔理沙へと渡す。恐らくもう正午は過ぎただろう、ネタばらしも終わった今、やることと言えば、再び花見を再開する事だろう。――二人はお互いに目で合図をし、微笑みながら猪口を交わした。
***
――数時間後、ちょっかいをかけにきたとある妖怪が退治されたらしいが、それはまた別の話。
だけど霊夢が可愛かったです