Coolier - 新生・東方創想話

運命の紅魔人形

2017/12/14 05:13:16
最終更新
サイズ
26.67KB
ページ数
1
閲覧数
2211
評価数
4/13
POINT
730
Rate
10.79

分類タグ

 紅魔館のお嬢様、レミリア・スカーレットは吸血鬼であるから血を必要としている。しかし、生きていくのに必要というよりは酒や煙草のような嗜好品のほうが近いらしく、選り好みが激しかった。
一応、幻想郷の管理人から人間が配給されてはいるものの、結局それらよりも身近な美少女の血を好んで飲んでいる。



「咲夜、喉が渇いたわ」
執務室で書類仕事をしていたレミリアは、そばに控える瀟洒な従者に血を要求してみたが、
「お嬢様、昨日も一昨日もその前も召し上がったではありませんか。そんなに吸われたら干からびてしまいます」
残念なことに咲夜の返事はノーであった。
「しかし血を飲まないと私が干からびてしまうよ。私に死んでほしいのかい?咲夜はひどい仔だねえ」
レミリアは戯れで言ってみる。まさか咲夜がそんなことを謀っているとは思わないが、何考えてるのかよくわからない仔だから心の中で頭を抱える。
「別にお嬢様に死んでほしいわけではありませんわ。ただたまには私以外の血を召し上がってみてはいかがですか?」
咲夜がほかの生贄を提案してきた。咲夜の血を吸いたいと思っていたレミリアは少しすねたように、
「だって配給の人間は本当に美味しくないんだよ。それに比べ咲夜の血は五百年の吸血鬼の生でも一番においしいんだから病みつきになっちゃうのはしょうがないじゃない」
従者を褒める。時々ちゃんと褒めることが良き主君だと考えるからだ。もっとも今は従者としての働きではなくて血の味を褒めただけだが。
「お褒めにあずかり大変光栄ですが今日はもう勘弁していただきたいです。配給の人間ではなくても例えばパチュリー様の血なんかは召し上がらないのですか?」
「パチェの血も悪くはないんだけどただでさえ貧血気味なのにちょっとかわいそうじゃないか」
不健康極まりないけどなにか安心できる親友の血を思い出して、最近ご無沙汰だからまた吸おうかなあと考える。
「それでは美鈴の血はどうですか?とても健康的だとおもいますが。」
「あれはあれでいいもんだけどあっさりしすぎるからたくさん飲むものじゃないんだよ」
健康的で泥臭いけど消化によさそうな門番の血を思い出して、調子が悪いときは一番だなあと考える。
それでもレミリアが今一番欲しいのは、甘くて、舌触りがよくて、濃厚な、メイドの血である。普段は気が利きすぎるくらい主の望みをわかってるのに今日はいまいちらしい。
レミリアは仕事の手を止めると、体を従者のほうに向けて目を見つめる。ちょこっと魅了の力も込めて。
「えーと、では霊夢の血はどうでしょう。巫女の血なんて極上のものだと思いますよ」
従者としての義務感からか顔を背けたりはしないが、魅了の力には気づいたのか目を必死に泳がせている。
「あー、霊夢の血はね確かに美味しそうだけどさすがに素直に飲ませてくれないでしょう。そのうち弾幕勝負でも仕掛けて、いただこうと考えてるけど今日はまだその気分じゃないわ」
まだ吸ったことのない博麗の巫女の血を想像して、血をいただきたいけど準備が必要だなあと思案する。
「それじゃあ魔理沙とか」
「あれもまあそのうちにね」
レミリアは椅子から立ち上がると咲夜の首筋に手をかけながら、
「さてそろそろいいかしら。大丈夫明日はメイド休んでいいわよ。私が許すわ」
と楽しそうに言った。
「ちょっと待ってください。じゃあアリスなんかどうです? おいしそうですしそんな強いわけでもありませんよ」
咲夜は苦し紛れに急場しのぎの提案をした。
「アリス? ああアリスか。確かにあれなら美味しそうだな。そうか悪くないな。よしじゃあ今宵はアリスをいただくことにしようか」
レミリアはご機嫌になると咲夜から手を離し机に向かった。そして便箋を引き出しから取り出すと七色の人形遣いに向けて、ゴーレム人形が壊れたからすぐ修理しに来いと書き始めた。
「人形壊しちゃったんですか?」
咲夜が聞いてくる。
「まさか。こう書けば人形師としてのプライドが刺激されてすぐやって来るだろう」
とレミリアは返した。彼女は自分のプライドが高いだけでなく他人もそうであると考えている。
レミリアは手紙を書き終えると腕に力を入れて蝙蝠を生み出した。察しのいい咲夜はすぐに窓を開ける。その蝙蝠は主が書いた手紙を掴むと魔法の森にすむ人形遣いの家に向かって飛んで行った。



魔法の森の人形遣いの家では今日もアリスが人形の手入れに専念していたが、窓のガラスをがんがんと叩く音に集中が切れてしまった。なんだと思って目をやると、蝙蝠が手紙をもってガラスにぶつかっている。
アリスは悪い予感しかしなかったが無視するともっと悪いことになるだろうと思って渋々と窓を開け、蝙蝠から手紙を受け取った。
悪い予感の通り、手紙は紅魔館の我儘お嬢サマからの召集令状であり、それも至急とのことである。
今から紅魔館に行っては十時を過ぎてしまうので乗り気はしないが、蝙蝠はキーキー喚いて急かしてくるし、何よりマエストロとしてのプライドが自分の作品の不具合を許さない。
それにここ最近はスランプに陥ったのか新しい人形を作り出せずにいた。案はいろいろ浮かんでくるものの実際に形作ることができない。
気分転換くらいにはなるだろうと思って、仕方なさと、現状の打破への期待と、人形の整備道具をもって湖のほとりの洋館へ飛んで向かった。

紅魔館に着くといつも通り門番は寝ていて、その様子があまりにも安らかだったので起こすのも忍びないと思いこっそり門を越した。
アリスは、自分は堂々とした客であるはずなのになぜコソ泥のような真似をしなくちゃならないのかと憤ったが相手は我儘な子供だからと言い聞かせてやりきれない気持ちをなんとか収める。
紅魔館の入り口にアリスが着くと、さすがというべきかメイド長が少しの間もおかずにやってきて、
「お待ちしておりました」
と優雅に一礼をした。
「こんな時間に人を呼びつけるなんて貴族サマはなんて偉いのかしらね」
アリスは嫌味をたっぷりに言ってみたが、
「本当に申し訳ありません。お嬢様のたってのご希望でしたので」
と心底恐縮そうに言われては、こちらが被害者のはずなのに悪い気がしてくる。咲夜に連れられてレミリアの部屋まで案内されたがその間なにか様子がおかしかった。
ばつが悪そうに目をそらされ、気まずい空気が二人の間を流れる。
アリスは、悪いのはレミリアであってなぜ咲夜が申し訳なさそうにしているのか不思議に思ったが主の不始末は従者の責任とでも考えているのだろうと自分を納得させる。
レミリアの部屋の前まで来ると、咲夜は、
「お嬢様は中でお待ちです」
と言って逃げるように去ってしまった。
レミリアの虫の居所でも悪いのかと思ったが不機嫌になりたいのはこっちのほうだといいたくなる。
「レミリア? 人形の修理にきてあげたわよ」
と言いながらノックもせずに部屋に入った。



レミリアは確かに欲求不満でイライラしていた。夕食は咲夜の作った豪華な料理を堪能したものの一番に欲しいものは血であり、彼女が小食であるかわりに吸血の頻度は高かった。
魔法の森に送った蝙蝠はもう帰ってきたのでアリスはすでに出発したと思われるが、喉が渇いてしょうがないレミリアは到着をいまかいまかと待ちわびていた。
本当はベッドで横になりたいけれど、客人が来るというのに優美じゃないからソファに座ってじっと我慢する。
ノックもされずにドアが開いてアリスが顔を見せた時、レミリアの渇きは絶頂に達したが、感づかれると厄介であるし優雅でもないからなんとか抑えて、
「やあ、アリス。ノックもしないなんて礼儀がなってないな」
平然を装う。
「人への思いやりが欠片もないあなたほどじゃないわよ。つくってあげた人形はどこ? 製造者責任で直してあげるけどこの一回限りだからね。サービスよ」
「人形はそこのベッドの枕元の棚の上よ」
と獲物を部屋の奥へ誘い出す。怯えさせて逃げられては台無しだから慎重にポーカーフェイスを重ねる。
「あら、弱そうとか言ってたくせに結構大切にしてくれているのね。それでどこが壊れているの? 見た感じ変なところないけど」
油断したアリスがこちらに背を向けて人形をいじってる隙に、好機到来と確信したレミリアは、立ち上がって愛槍グングニルを生成する。そのままアリスの首筋に触れるか触れないかくらいのところに槍を突き付けて、
「手をあげろ、あげないと刺すぞ」
劇みたいに格好つけて少しおどけて脅迫する。レミリアの心の中では吸血への期待から熱い気持ちが沸き立とうとしていたがそれを隠すようにできるだけ冷静に努める。
「こんな時間に呼び出して挙句に槍を突き付けてなんと傲慢なお嬢サマなんでしょう」
アリスは精一杯の強がりなのか挑発するが、ちゃんと手をあげるあたりは好感が持てる。
「まあまあ、申し訳ないなあとは思ってるよ。でもどうしようもないんだ。ちょっと血をいただくだけさ。悪いようにはしないよ」
レミリアは少しも悪びれずに言う。アリスの血はどんな味がするんだろうと想像するだけで心が躍る。隠そうとして隠しきれない恐怖心がよい隠し味になりそうだ。
「えっ、やめて、吸血鬼なんかなりたくない!」
さすがに余裕の仮面がはがれてアリスが本気で慌てだす。その一挙手一投足に嗜虐心が刺激されてたいへん興奮する。
「大丈夫よ。吸われただけじゃ吸血鬼にならないわ。……というか吸血鬼なんかとは酷い言われようね。貧弱な魔法使いなんかよりよっぽど優れていると思うけど。まあじっとしてればすぐ終わるわ」
そういうとグングニルを首筋に押し当てて流れ出す血を絡めとる。アリスが顔をしかめるが気にしない。槍先が一通り血に浸ると、レミリアはグングニルを引っ込めそれを舐める。
瞬間、レミリアの紅い瞳は濃さを増し背中の羽は歓喜に震えた。蜜のように甘く、畏れがアクセントになっていて、なにより初めての相手の血を飲む征服感と背徳感。
アリスはこれで終わりと思ったらしく、安堵のような不服のような複雑な表情をしたが、レミリアの渇きはまだ癒されず、むしろ美味を知ったことにより物足りなさが増していった。
「アリス、ごめん。もう少しだけ」
言うが早いか、レミリアは槍を捨ててアリスにとびかかるとベッドに押し倒して首筋に噛みつき啜り始める。直接吸うのは、さっきとは比べ物にならないほど美味しくて気持ちも昂った。
「ああ、美味しい。なんで今まで食わず嫌いしてたんだろう。本当に美味しい」
吸っている間、アリスが何かに必死に耐えているようであったが、血の甘美に大満足のレミリアは意に介さない。やがて吸血も終わった。
「もう終わった? 人形は壊れてないみたいだし帰らせてもらうわよ」
「愛想がないわね。この余韻に浸るくらいの余裕はないのかしら」
「そんなもの持ち合わせてないわ。じゃあ帰るね。さようなら」
アリスは上に乗っかったままのレミリアを押しのけて帰ろうとする。
「えー、もう帰っちゃうのかよぉ。夜も遅いし一泊していけよ。豪華な部屋用意させるよ」
「絶対嫌。寝ている間に来てまた血を吸うつもりでしょう。それくらいわかるのよ」
レミリアは腕をつかんで逃がさないようにするが、アリスはその手を振り払って部屋の出口に進む。取り付く島もないなあと苦笑するが別に無理やり連れもどすつもりはない。
あっさり解放されたことに少し意外そうなアリスだが、すぐ興味をなくしたらしく、ふんと鼻をならすとドアに手をかけ今にも開けようとする。
その瞬間、全身に快感と不快感が走り体を支えられなくなった彼女はまさに糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
「えっ……レミリア! 私に何したの!」
人形じゃなくて人形遣いは精一杯の力を込めて声をあげる。
「だから言ったじゃないか。今夜は泊っていけと。腰が抜けて立てないんだろう。吸血の快感はすさまじいからな」
レミリアはベッドから立ち上がると、ドアの前でプルプルと震えているアリスの前まで来て、えいっとお姫様のように抱えた。
「きゃっ、何するのよ!」
「なにって運んであげるだけよ。……さっきから声張り上げてばっかでうるさい。淑女らしくないわ」
何ももっていないかのように軽々としながら部屋のベッドに向かっていく。アリスのいい匂いにくらくらとしそうになるが、ばれたら恥ずかしいから平然なふりをする。
よく見ると腕の中のアリスもお姫様抱っこが恥ずかしいのか顔を赤くして目を伏せている。
「私は帰りたいんだけど……、ていうか貴方と同じベッドなんてさすがにお断りよ」
「それなら泊ることは了承してくれるんだな? アリスが譲歩してくれてうれしいよ。でも私のベッドは幻想郷で一番豪華な自信があるからいい機会だと思うけどな」
「だったらここ私が使うから貴方は床で寝たらどうかしら?」
憎まれ口をたたくくらいまでは回復したようである。レミリアはアリスをベッドに横たえると、自分もその隣に寝そべった。
「それは駄目ね。床で寝るなんて優雅じゃない。仕方ないから二番目に豪華な部屋用意してあげるわ」
枕元のベルを鳴らすと咲夜がすぐにやってきたので、客室のメイクを命令する。咲夜はベッドで寝ているアリスに気に掛ける様子もなく一礼をして去った。
寝たまま命令するのは行儀が悪いとすぐに後悔したが、まあ咲夜にはそんなこと今更だしと考え直し、アリスに気づかれませんようにと祈った。
「よく考えたらベッドで二人寝て、すごい勘違いされそうなシチュエーションなんだけど」
「勘違い……、いいじゃないか。悪くない。……なあアリス、私はお前が気に入った。紅魔館に住んでみてくれないか」
「愛の告白かしら? 唐突ね。一泊するのだって不本意なのに住むなんてありえないわ」
アリスはそっけなく断ると顔をレミリアの反対側に向けてしまった。一応、さっきの失態はばれなかったようである。
「うーん愛の告白と言われるとどうなんだろう。うまくいえないけど私をより高めてくれるというか……、その金髪が青色の髪の私を際立たせてくれるというかそんな感じかなあ」
「何よそれ、装飾品扱いなんて最低最悪ね。金髪なんてたくさんいるじゃない。魔理沙とか貴方の妹とか」
「フランは妹でただの家族だし、魔理沙は気品が欠片もないからそばに置いておくにふさわしくないわ。その点アリスは上品だし端麗だし夜の王たる私にふさわしい、そう思わないか」
これは事実である。前々から気にはかけていたが血を飲んだことで、それは確信に変わった。気を引いてみたいと思ってレミリアは後ろから甘えるようにアリスに抱き着く。
「カリスマ感あること言おうとしてるくせにやってるのはかりちゅまみたいね。そんな姿紅魔館の住人に見られたら威厳だなんて保てるのかしら」
厳しいセリフとは裏腹に振りほどいたりはしないアリスに、レミリアは気をよくして、ますます惹かれていく
。なぜ今までこの魅力に気づかなかったのか、ほったらかしにしていたのか過去の自分の愚かさを悔いつつ、紅魔館の連中の顔を浮かべる。
どいつもこいつも一筋縄ではいかないけれど、だからこそ面白いのだ。アリスも加えてみたいと切に思う。
「その程度で見損なうような奴集めてないし、見損なわれるほど甘くもないよ。……別に恋人になってくれとかメイドやれとかじゃない。
単純に紅魔館の住人になってほしいんだ。魅力的なやつを集めたい、揃えたい、所有欲を満たしたい。マジックアイテムとか集めてるアリスにはわかってもらえるかと思うんだが」
「マジックアイテムと人を一緒にしないでよ。結局、物扱いってことなのね。恋人になってほしいとかのほうがまだロマンチックでよかったわ。なるつもりなんてないけど。
……そういえば咲夜遅くない?部屋の準備なんて一瞬で終わるでしょ?」
レミリアは選択肢間違えたかなあなんて思いつつ、かといってほかの気の利いたセリフも浮かばなかった。ただ、すこしでもアリスとこうしていたくて、そのため完璧なメイドのサボタージュにも感謝した。
「咲夜は主の望みをよくわかってるからな。できるだけこうしていたいという私の希望を推し量ってくれたんだろ。
なあアリス、別に血を吸ったりとか変なことしないから一つのベッドで一緒に寝たいだけよ。ダメかしら。」
レミリアの真剣な眼差しからアリスは目をそらすことができない。
「今日初めて血を吸っただけでなんでそんなに私に執着するの?過程がすっ飛ばされてる気がするんだけど」
アリスは話を変えるついでに疑問に思っていたことを聞いてみた。
「血が美味しかったってのはたしかにお前が欲しくなった決め手だけどその前から気にはしていたんだ。人形作ってくれたでしょ?
私は貴族だから、人に物をあげてばかりで、プレゼントされるって経験ほとんどないから本当に嬉しかったの。枕元に置いとくぐらい気に入って、作ってくれた貴方も気に入ったの。
それが過程。どう?ロマンチックじゃない?」
さっきアリスがロマンチックと言ってたからそれを使ってみた。今度はうまくいったのか、視線を宙に浮かして言葉を探している。レミリアはそんなアリスを愛おしく思うと首筋に顔を近づけてひと舐めする。
「ちょっと! 何するのよ!」
「ごめんよ。なんか愛しく見えてきちゃってさ。それで……、一緒に寝てくれるのかしら」
「しょうがないわね。少しかわいそうだから寝てあげるわ。でも今日だけだからね」
レミリアはそれを聞くと、犬のしっぽのように蝙蝠の羽を喜ばせた。掛け布団を持ち上げて二人でくるまる。怒られるかと思いつつアリスに抱きついてみるが、少しもぞもぞするだけで拒絶の様子はない。
「鬱陶しいから離れてくれないかしら」
「そんなこといいつつされるがままの優しいアリスが好きよ」
「別に褒めても何にも出ないわよ。……咲夜には言わなくてもいいの? 部屋の準備無駄にしちゃうけど」
「あれはちゃっかりしてるからねえ。たぶんこうなること予想して部屋の準備なんてしてないんだろうよ」
「主も主なら従者も従者ね。血吸われて疲れてるからもう寝るわよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
レミリアは腕の中の心優しい魔法使いの温かさに心地よくなりながら眠りに落ちていった。



貴族の朝は早い。
レミリアは吸血鬼なので、朝はとても弱いけれど貴族としての体面こそ大事であるから早起きを心掛けている。今日も当然五時頃には目が覚めたが、普段と違うぬくもりに首をかしげる。
腕の中ではアリスが安らかな寝顔をしながら眠っていて、眺めているだけで癒されるようだった。レミリアは、アリスの綺麗な、でも昨日の吸血の痕が少し残っている首筋を見て、吸血の欲情が沸々とわいてきた。
それでも寝ているところを襲ってアリスに嫌われてしまうのはまっぴらごめんで、本能と理性がせめぎあう。
悶々としているレミリアの気なんかしらないアリスは、かわいらしい寝がえりを一つして、窮屈さに気づいたのか小さく目を開けた。
「えっ? レミリア?」
彼女は少し寝ぼけているのかどこに泊まったか忘れたらしい。
「おはよう、アリス。ここは恐ろしい悪魔の館であなたは囚われのお姫様よ」
レミリアは劇みたいにおどけて言ってみる。
「あー、昨日は紅魔館に泊まったんだっけ。私より早く起きてたの? 吸血鬼のくせにしっかり者なのね。延々と惰眠を貪っているのかと思ってたわ」
「私は威厳とか体面とかが大事なの。寝て怠けてばっかなんてらしくないったらないわ。……ところで起き抜けの一杯がほしいわ」
「お茶がほしいなら咲夜にでも頼めばいいじゃない。私はメイドじゃないんでしょ? ていうかもう起きたいからいいかげん離れてくれない?」
レミリアはまだアリスに抱き着いたままである。
「まあいいじゃないか。せっかく悪魔の館に泊まったんだからたまには一日堕落してみるというのも。それと私が欲しいのはお茶じゃなくて血よ。血。その綺麗な首筋に牙をたてて飲みたいの」
「ぜーったい嫌。堕落するのも血を飲まれるのもどっちも嫌よ。泊るのは一日だけって言ったでしょ。もう帰りたいからいいかげん離して」
これ以上やって怒られるわけにもいかないので渋々とだが、アリスを解放する。ベッドから出て立ち上がったアリスは、軽く伸びをすると帰り支度を始めた。レミリアも布団から出てベッドに座って声をかける。
「おいおいそんなすぐ帰っちゃうのか。せめて朝食くらいは食べてけよ。いろいろ迷惑かけたしそれぐらいは主人の義務だからさ」
「迷惑かけたって自覚はあるのね。今から帰って朝の準備してなんて確かに面倒だから喜んでご馳走になるわ。でもそれっきりだからね。もう一泊もう一泊なんて言わないでね」
アリスは帰り支度の手を止めるとソファに座ってくつろぎ始める。レミリアは朝食をともにできるとわかると、羽をぱたぱたと揺らし傍目からもわかるくらい上機嫌になった。
「まさかお嬢サマ自ら料理を振舞ってくれるわけではないんでしょ? 咲夜が作るのだろうけど朝早くない?」
「貴族の朝ははやいけど従者はもっと早いからね。咲夜はもうとっくに起きて朝食の準備してるだろ。まだ命令してないけど完璧な従者だから二人分ちゃんと用意してあると思う」
タイミングを見計らったのか、完璧な従者だからか、レミリアが言い終わると同時にドアがノックされる。
「おはようございます。咲夜です」
「入れ」
レミリアが許可すると咲夜が入ってきて
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
ついでアリスも、
「咲夜おはよう」
と挨拶する。
「お嬢様、朝食がもうすぐ用意できますが今日は食堂で召し上がりますか、それともテラスにしますか?」
「うん、今日はテラスの気分。二人分お願いね」
「かしこまりました。すぐに準備します」
一礼をして咲夜が部屋から退出する。
「私、咲夜に嫌われるようなことしたかなあ。昨日からなんか避けられてるようなんだけど」
アリスが顔を曇らせて言う。
「今は、お前は主の客人だからな。よき従者としてふるまってるだけだろ」
アリスが血を吸われる羽目になったのは咲夜のせいということは隠しておく。
「うーん、それだけかなあ」
レミリアはソファに向かってアリスの隣に腰掛けると、
「そんなことよりさっき自ら料理をとかいってたけど私の手料理たべてみたいの?」
疑問をなげかけてみる。
「面白そうだから言ってみただけで貴方の手料理なんてなんか紫色してそうで、食べたくなんかないわよ」
「ひどい言われようだな」
「事実でしょ。身の回りのこと全部メイドに任せて一人じゃなんにもできなさそうなイメージがあるわ、貴族サマ?」
二人の雰囲気が少し悪くなってきた中、申し合わせたようにノックがされて、
「お嬢様、朝食の準備ができました」
咲夜の声が聞こえる。
「ああ、わかった。じゃあアリスいこうか」
レミリアはソファから立ち上がるとアリスに手を差し出す。しかし、アリスはその手は握らずに立ち上がってしまう。
「もー、雰囲気とか大事にしないの?」
「立つくらい一人でできますー。吸血鬼なのにテラスで食べるの?灰になったりしない?」
「天気のいい日にテラスで食事というのは貴族らしくてたいへんいいからな。まあ直射日光があたらないように屋根があるのが少し残念なんだが」
レミリアはアリスと一緒に部屋を出て、ドアの前で待機していた咲夜に案内されてテラスに向かう。テラスにはすでに二人分の席がむかい合せで用意されていた。
上座の方にアリスが、下座にレミリアが座る。
「なんか意外ね。まるで当然のように上座に座るかと思ってたけど」
「なんかよく勘違いされているようだけど、私はプライドが高いんじゃなくて体面を重んじているの。客を下座に座らせるなんてスカーレットの名が地に堕ちてしまうわ」
「違いがよくわからないんだけど。でも我儘なんでしょう?」
「ちょっとくらい我儘なほうが貴族らしいじゃない。でも常識とかはしっかり持ち合わせてるわよ。それよりそろそろ食事にしましょ。今日の朝食はなにかしら」
「今日はパンケーキのチョコレートソース添えになります」
咲夜が答えながら配膳を始める。
「大変結構。幻想郷じゃチョコレートは割と貴重品じゃない? こうやって裕福さを客人にアピールするのが貴族というものなのよ」
「一歩間違えるとすごい嫌味になりそうね。それと世間知らずの貴族サマに一応言っておくと、最近は幻想郷でも栽培され始めて、まだ高価とはいえ鼻高々に自慢するほどのものでもないのよ」
「あれ?咲夜、そうなの?」
「確かに、幻想郷でも流通し始めましたが気軽に手を出せるものでもありませんから、このように贅沢にソースにして使うというのは十分自慢になりますわ」
主の面目をつぶさないパーフェクトの回答をした従者は、配膳を終えると、
「では、失礼します」
と言って、退出していった。
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「いただきます」
アリスも次いで挨拶をして食べ始めた。

「美味しかったわ。ごちそうさまでした」
「いやー、客人に褒められるとやっぱりうれしいわ。ましてアリスに褒められるとなると」
二人はほぼ同時に食べ終えてフォークとナイフを置く。
「これを作った咲夜を褒めてるのであって、貴方を褒めたわけではないんだけど」
「咲夜は私のものだからな。所有物を褒められたということは所有者が褒められたも同然だ。……昨日の話に戻るけど紅魔館に住んでみないか。
別に悪いようにはしないよ。お前の家よりでかい部屋を用意してやるし、人形が作りたいならどんな材料だって準備してやる。家事も自分でする必要ない。なにが不満だっていうんだ」
「その所有物ってのが嫌なの。貴方は私を所有したくて、だから紅魔館に住んでほしいんでしょ?レミリアと比べたらちっぽけかもしれないけど私にだってプライドがあるの。
誰かに所有されてるというのが気に入らない。私は人形じゃなくて人形遣い、所有される側じゃなくてする側。それが理由、おわかりいただけたかしら」
美味しい料理を食べたからだろうか、彼女は普段より饒舌で言葉にも熱がこもっている。アリスは一息つくと紅茶を飲み干した。
レミリアはそれを見て、
「紅茶のおかわりはいかが?それともワインでも持ってこさせようかしら?」
あわよくば酔わせようかな、なんてことも考える。
「なんで朝からお酒を飲まなくちゃいけないのよ。」
「幻想郷の連中は酒が大好きだから一応勧めてみただけ。そういえば貴方はそんなに飲まないわね。いいことだわ。べろんべろんに酔うなんて品がないったらありゃしない」
「じゃあワイン頼もうかしら。品がなくなったら私に執着しないんでしょ?」
冗談めいたことを言ってくる。
「うーん、アリスが酔っ払ったら指の先を切って契約書に捺印させようかしら。悪魔との絶対の契約の」
アリスは冗談を冗談とも思えなかったのか信じられないといった顔をしている。心なしか椅子を少し引いて距離をとった。
「そんなに引かなくてもいいじゃない。まあそれが嫌ならお酒は嗜む程度にしときなさいね。で、紅茶のおかわりだっけ」
「朝食はもうご馳走になったし、それよりも帰りたいんだけど」
「まあ待て。話はまだ終わってない。さっきの話だけどアリスが所有されるのが不快だからというのは分かった。じゃあ対等な関係で、恋人とは言わないが友人として始めないか」
「まだ理解できてないようね。そりゃメイドや妖怪を使う貴方と違って、私が持っているのは人形だけど、それでも所有したいの。対等じゃなくて。紅魔館をくれるというなら考えないこともないけど?」
「ふふっ、なかなか面白いこと言うのね。でもいくらアリスのお願いとはいえさすがに紅魔館はやれんよ。これは私そのものと言っても過言じゃないからな。でもそうか、その言葉を引き出せただけ前進だよ」
レミリアはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すが、メイドを呼んだりはしない。
「貴方も飲み終えたみたいだし、そろそろお暇しましょうか。あんまり長くいるとやれ昼食も夕食もって言われそうだし」
「わかった。だけど最後にもう一度血を吸わせてくれないか。食後に必要なんだ」
「貴方、あれで最後って言ったじゃない! 吸われたらまた帰れなくなるから絶対駄目!」
「そんなこといわないでくれ。ほんとはアリスの意思を尊重したいけど、朝から美しい首筋を見せつけられて本能が爆発しそうなんだ。おとなしくすれば悪いようにはしないからさ」
レミリアは椅子から立ち上がるとフラフラしながらアリスに近づく。逃げようとしても出口は反対側だから逃げ場はない。
「せめて! せめて直接啜らないで!」
アリスはさすがにこのままではまずいと思ったのか焦りだすが、吸血の快楽を体が思い出したのか、はたまたレミリアの魅了の力のせいか椅子から立つこともできない。
「ただ血を飲むんじゃなくてその首筋に噛みつきたいんだよ」
僅かに申し訳と思いつつ、アリスに抱きかかると、首筋に牙を突き立てる。その瞬間、アリスは痛みに顔をしかめるが、気遣いをしてあげる余裕はない。
レミリアがそのまま吸血を始めると、アリスが嬌声をあげ、その声に煽られてさらに情欲が高められる。いくらか経ってレミリアが満足した顔をして離れると、アリスが息も絶え絶えになりながら睨みつけてくる。
「信じられない! 人がやめてって言ったのに」
一応語気を強めているが、威嚇というよりは愛玩動物の小さな反抗にしか見えず、庇護欲がそそられるだけである。
「なあアリス、黙んないとまた襲っちゃうぞ」
レミリアが言うと、アリスは勘弁とおもったのか慌てて手で口をふさぐ。その様子もやっぱりかわいらしいが、これ以上やって泣かれでもしたら困るので、いじるのはやめる。
アリスは慎重に手をおろすと、
「もう帰るから!」
と言って勢いよく椅子から立ち上がるが、貧血のせいか立ち眩みを起こしてへたり込んでしまった。
「ごめん、吸いすぎたかな。このまま帰ったら危ないだろう。もう一泊してきな。少しは私が悪いし破格の待遇で迎えるよ」
「そうやって繰り返して住ませる気なんでしょ」
アリスは必死に睨んでくる。
「ばれたか。まあでも、私はほんとにお前が欲しいんだ。所有欲とやらが紅魔館に住むことを邪魔するんだろ?それを満たすなにかを教えてくれないか」
レミリアはいつになく真剣な目で見つめる。こっそり魅了の力だって使い、運命を手繰り寄せ、アリスを手に入れようと尽力する。
その甲斐あってか、アリスはレミリアから視線を外して俯きながら呟く。
「じゃあさ、一応いってみるんだけど……」
「ああ、是非聞かせてほしい」
「引いたりしない?」
「アリスの望みを引いたりなんかするもんか」
「あのね、レミリアは吸血鬼だから傷とかすぐ治るよね。……髪を分けてほしいの」
「髪を?」
「そう髪。所有欲を満たしたいといっても紅魔館が欲しいとか私のものになれとか分不相応なことしたいとは思わないの。ただ髪を分けてもらってそれで人形作らせてくれたら、満足できるからどうかなーって」
「……」
レミリアが何も言わないのに不安になったのか、アリスが明らかに動揺して、
「あっ、やっぱ変よね、ごめんなさい。今のは忘れて」
なんてことを言う。
そんなアリスの様子が面白おかしくて吹き出してしまう。
「なんだそのくらいなのか。ずいぶん勿体つけるからよほどのことが飛び出すと思ってて拍子抜けしただけよ。髪をあげれば紅魔館に住んでくれるのね。お安い御用よ」
「うん……、いいの?気持ち悪がられるかと思ってた」
「人間がどうかは知らんが、私は悪魔だからね。髪を魔術的に使うのに違和感を覚えたりしないわ」
レミリアがそう言ってほほ笑むと、アリスは晴れやかに顔を明るくする。
「ありがとね」
気恥ずかしさがあるのかちょっと小さな声だがはっきりとお礼をする。
レミリアは目をぱちくりさせると、
「お礼をするのはこっちのほうだよ。善は急げというし、私も我慢できないから、日が落ちたら紅魔館総出でアリスの引っ越しを手伝おう。なあに費用はその血をちょこっとでいいわ」
「手伝ってくれるのはいいけど、また血を吸われるの?」
「アリスの嫌がることはしたくないから、駄目というなら吸わないけど、でもそう悪いもんでもなかったでしょ?」
吸血の気持ちよさを思い出したのか、顔を赤くしてそっぽを向く。でも、その目に期待の気持ちがあることを見逃しはしない。
「まあ、時々なら……吸ってもいいけど」





アリスが紅魔館に住み始めて二か月ほど経ったある日。
「レミリアー、来てー」
主の部屋の隣から、愛しき人の声が聞こえる。
レミリアは弾丸のように飛び出すと、ノックもせずにアリスの部屋に入る。
「おお、やっとできたのか。結構時間かかったな」
アリスにあげた髪の毛はもうとっくに元通り、吸血鬼の治癒能力は伊達じゃない。
「せっかくだから凝ったものにしようと思ってね。どうぞこちらが『運命の紅魔人形』よ」
人形はレミリアの髪をそのまま使った美しい青で、瞳はルビー、ピンクのフリルつきドレスを着ている。
「おおなんというか、ミニチュアの私みたいだな」
「そりゃ人形にしてみたらどうなるかなって考えながら作ったからね」
「うーんそういわれるとなんか複雑ね……」
初めて小説を書いてみました。
後半グダグダでオチも弱いですが、これから精進していきたいのでよろしくお願いします。
ジュラカース
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.390簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
4.100さくらの削除
最高でした。ご馳走様です。
強引なレミリアお嬢様にときめきました。
これからも応援しています。
5.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
8.80名前が無い程度の能力削除
キャラクターの造形がとても良くて、楽しく読めました
このレミリアとアリスのやり取りは読んでいて飽きないですね

ただ、ちょっと文章が詰まり過ぎて読み辛いかなあ……と
ある程度の区切りで空行を設けるか
段落ごとに文頭を一マス下げるかすると良いかも知れません