Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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挑戦者求ム!
ついにあたい達は地上最強のドッジボールチームを結成した!
地上最強のメンバーはあたいことチルノ、大ちゃん、サニーにルナにスターだ。
このフェアリーミックスに勝てるチームなんていないね!
だがしかぁし、一方的に宣言してもお前達の中に腕に自信のある奴がいるだろう。
私のほうが最強だと鼻息荒い奴もいるだろう。
だからこのあたいは三日後に地上最大のトーナメントを開くことにした。
さあ、全力でかかってこい。お前達全員を倒して地上最強を示してやるぞ。

日時 〇月×日 10:00から (雨天順延)
場所 霧の湖の人里側

ドッジボールルール
1.能力使用制限なし
2.顔面セーフ適用
3.五人一チーム
4.相手を泣かせた奴はアウト
以下略
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 チルノに渡された紙の内容を要約するとこんな感じだ。
 影狼がどうでもいい物を見る目で紙を眺めている。ちょうど人里での買い出し最中に声をかけられたのだ。
「でさ、影狼はもちろん出るよな?」
 「出ない」と言ったら目に見えて落胆するんだろうなと思いながら思考を巡らせる。
 どうしようか? 出場メンバーが五人ならすぐに集められる。
 弱体化しているサリエルとか針妙丸にはちょうどいい大会だと思う。
「ど、どうかな?」
 一向に返事のない影狼を不安そうな顔でチルノが覗き込んでくる。
こんな小さい子のお願いを足蹴にするわけではないのだが、一応みんなに参加したいかを聞いて回らないといけない。
「う~ん、ちょっとみんなに聞いてみてからでいいかな?」
 チルノの顔が一気に明るくなる。こんな楽しいことを拒絶する奴がいるわけないって顔だ。さも、参加が決まったと言わんばかりの笑顔になる。
「〇月×日 10:00からだからな! 待ってるからな!」
「ちゃんとみんなに聞いてからだよ」
「大丈夫だよ。絶対みんな参加したがるよ。あたいが保証する」
 影狼が見ていた紙をすっと取り上げる。話を聞けばほかの連中も誘うそうだ。一応念のため、この後、声をかけるメンバーを聞いてみる。
「え~っと、リグルだろ、みすちーだろ、ルーミアに、橙に……そうだ。白蓮と永琳も誘うぞ」
 ……まあ、白蓮なら平気か、永琳も加減はお手の物だろう。この二人はぶっちぎりで強いとはいえ、脅威ではない。別段、勇儀やフランドールみたいに手加減が頭からなくなってしまいそうな奴がいなければそれでいい。
「そういえばフランドールは? 呼ぶの?」
「あ~フランか……今回は昼間だし……日傘持ってたらできないんじゃないかなぁ。でも一応声はかけてみるけど」
 う、ちょっと藪蛇だった。でもよく考えてみればその通りだ。吸血鬼が日差しのもと日傘を片手に全力は出せるものじゃない。……唯一の懸念は曇り空だが……針妙丸に“〇月×日は晴れ”と小槌に願ってもらえばいい。
 卑怯かもしれないが、戦術だということで納得してほしい。強者を封じる弱者の知恵だ。
 笑顔でチルノを見送る。影狼はサリエルや針妙丸の反応を想像しながら家路についた。

……

「……でさ、どう? 出るだろ?」
 チルノの前には橙、リグル、ルーミアがいる。みんな楽しそうに話を聞いている。誰を誘ってこのトーナメントに出るかを考えている。
「誰を誘ってきてもいいの?」
「もちろん、誰が相手でも受けて立つさ! そして誰が相手でも勝つ!」
 チルノの啖呵を橙はキラキラした目で見ている。リグルはニヤッと笑う。ルーミアは……いつも通り笑っている。
 チルノはこれらの視線を大会参加の意思と汲み取った。
「じゃあ〇月×日、待ってるからな。霧の湖だからな。絶対に来いよ!」
 全員が頷く。
 チルノが次の目的地に飛び去った後で三人でチーム編成を考える。
「チームメンバーはどうしようか? ミスティアは誘うとして……あとはメディスンかな?」
「これで五人だね。じゃあみんなで集まったら特訓しようか?」
「ボールはどうするのだー?」
 三人はそこで頭を悩ませてしまった。そういえばドッジボールのボールなんて誰も持っていない。
「私、紫様に聞いてみる。だから、リグルとルーミアはメンバーを集めてよ」
 二人はそれで頷くとメンバーを探しに出発した。集合場所は人里の中央広場……三人はそれぞれの目的地に向かって飛び立っていった。

……

 八雲藍がチルノを見かける。いつもの行動パターンと照らし合わせてテンションが高いことを察知した。
 大体、こういう時はいたずらを思いついた時の行動だ。
 何かトラブルを起こす前に今この場で止めてしまおう。
 手前に先回りして声をかける。
「随分楽しそうだね」
「おおっと! 藍じゃん。流石に耳がいいよな。これこれドッジボールトーナメントを考えたんだけどさ。出るか?」
 藍はあまりの事態に顔を覆う。自分の知らないことをさも知っているかのように話しかけてきた。まあ、故意に馬鹿にしているわけではないから別に構わないのだが……ドッジボールトーナメントか……ははん、なるほど、この間の紅魔館の話だ。勝ったから味を占めたのかな?
「ドッジボールトーナメントねぇ、実は初耳なんだけど?」
 この言葉にチルノが堂々と自らの計画を話し出す。手書きの挑戦状も誇らしげに掲げて説明する。そしてとどめは「当然出るよな?」だ。
「チルノちゃん。私が出たらハンデありすぎじゃないかな?」
 はっきり言ってフェアリーミックスぐらいなら五対一で完勝できる。そしてなぜかチルノは当然のように頷いている。
「言いたいことはわかってる。流石に五対一でやるつもりはないよ。やるなら正々堂々五対五だ」
 藍はこの言動でチルノがとんでもない勘違いをしていることに気が付く。私(藍)が一人で出たら弱すぎるから“ハンデ”がありすぎと解釈したらしい。……私が強すぎて“ハンデ”がありすぎなのだが……目を閉じたまま、五対一で完勝できるんだけど?
「まあ、さっき橙にも声をかけたから一緒に出るといいんじゃないかな」
 う~ん、橙が出るなら、一応出る価値はあるのだけれど……そうなるとメンバーは誰がいいだろうか? 
 紫様はこういうことに興味なさそうだし、私が声をかけられそうなのは……まさかいない!?
 自分でも久しぶりにちょっといい考えが浮かばない。まあ、子供の大会だから出ないって言うのは簡単なのだが、橙が気にならないと言えばうそになる。
 しばらく沈黙して考え込んでいるとチルノに顔を覗き込まれた。
「あれ? 出れないの?」
 不覚にも自分の思考を読まれたようだ。別段一人でも戦力的に十分なのだが……五人という制約ができるととたんに参加が難しくなる。……露骨にそこらの妖精を三匹捕まえてくるわけにもいかないし……そうだ、橙の友達を誘ってもらえば……!
 そのチームを想像する。きっとルーミアにリグルにミスティア……そのメンバーに自分が入ったら不釣り合いもいいところだ。無理やり混ぜてもらった感が半端ではない。
 頭を振ってその考えを否定する。どうやらこの大会に自分は参加できないようだ。せめて審判役でも買って出て様子を見させてもらおう。
「チルノちゃん、残念だけど私は出れないみたい。だからせめて審判役で混ぜてもらえないかな。公平にジャッジするからさ」
 チルノがはたと手を打つ。「そういえば審判がいなかった!」と目の前で言っている。……子供の考えたことだし、あきれたとか言わない、大目に見よう。
「じゃあ藍は残念だけど審判役で」
 それを了承する前に声がかかる。橙が藍を探し当てて近づいてきた。
「やっと見つけた。藍様、あの、紫様にドッジボールを出してもらいたくて」
 このお願いにしばし話を中断して紫に連絡を取る。目をつむって小声で紫に話しかける。寝ているようなので少し音量を上げる。寝ぼけているのでさらに音量を上げる。
 “そんなこと”なんていわれたのでちょっと怒りが入る。だって橙のおねだりは久しぶりだ。良い顔をしたい。
 珍しく目的を聞きなおしてきたのでイライラが助長される。最初の話を聞いていなかったな!? 思わず怒鳴り声になる。「ボールを寄こせ!!」と。
 はっとして目を開ける。紫がスキマの果てでキレた。
 ついうっかり、紫の都合を考え忘れた。そりゃ寝ている途中でたたき起こされて自分の従者に怒鳴りつけられたら、主人として示しがつかない。それに紫自身、上下関係にはうるさい。
 慌てて目の前の二人を逃がそうとする。紫は暴れ方をわきまえている分、フランドールや萃香なんかよりたちが悪い。ターゲットとしてロックオンされたら逃げきれないのだ。
 自分の視界が一気に暗転する。
 ……なるほど、ターゲットは私一人か……ちょっとやりすぎたな。
 スキマに飲み込まれたことを自覚すると逆に妙に安心した。橙が巻き込まれなかっただけ上出来だ。
「ら~ん、あなたの主人は誰だっけ?」
「八雲紫ですが?」
「そう思っているなら敬称をつけろ。それに従者が主人に怒鳴っていいと思ってんの?」
「申し訳ありません。つい感情的になりすぎました」
 紫が目の前であからさまにあきれている。
「もう一回プログラムしなおすか」
「どうかそれだけは、勘弁してください」
 藍は必死に頭を下げる。流石に感情を再プログラミングされたら……橙に対するこの心は失いたくない。
 一方で、紫の中ではこれで従者と主人の上下関係は明確になった。そうすれば次はたたき起こされた原因を探る。
「……ま、いいわ。
 で? 再確認のためにもう一回聞くけどなんでドッジボールのボールが必要なの?」
 “再確認じゃなくて聞いていなかったんだろ?”と言ってしまいたい気持ちを殺して答える。
「チルノがドッジボールトーナメントを開催するそうです。そうすると正式なボールがどうしても欲しくて……ほら、そういうものは空気入れから必要になりますし、香霖堂だと品ぞろえに時間がかかるものですから」
「ドッジボールトーナメントねぇ……まあ、子供のやることならいいか。チルノはどこにいるの? 一応釘だけさしておくわ」
 藍がさっきの場所で話していたと答えると、暗黒空間に光が差す。
 スキマ空間から一気に吐き出された。そしていつものように足がスキマに引っかかる。
 ちょうど私がつんのめって手をついた先に紫が出現している。こういうところはあざといというか、芸が細かいというか。ちょうど手をついて主人を迎えているような格好だ。
「うおっ!? ゆ、紫か!?」
 チルノは驚いているが、橙は慣れてしまったのだろう。すぐに私を助け起こそうとしてくれている。
 それを手で制する。立ち上がるのは紫の話が終わった後だ。私の見上げた先に視線を誘われて橙も紫を見る。
 全員の注目を集めてようやく紫が口を開く。
 威厳の維持ってのも大変な作業だ。
「チルノちゃん、ドッジボールトーナメント開くんだって? 私に一言相談してくれればよかったのに、協力は惜しまないわよ?」
 優しいお姉さんを演じているであろうことはこちらにはよくわかる。私(九尾の狐)を従えるほどの実力者が優しく言葉をかける。こういう扱いを受けたら、普通の奴なら舞い上がるだろうな。
 しかし、相手はチルノだった。藍も紫も想定外の言葉が直に飛び込んでくる。
「えっ? だってお前、運動嫌いだろ? 出るの? ドッジボールにさ」
 笑いを抑えることがここまで高難易度だとは思わなかった。紫が普段の“出不精”を一発で見抜かれて続く言葉が出ない。
 流石に氷の妖精、紫“様”ですら出合い頭に瞬間凍結か……こういうところは私の及ぶところではないな。
 紫の前に藍が立つ。背中でようやく言葉の衝撃を飲み込んで怒りで震えている紫を隠す。何を隠そうこのための大面積のしっぽだ。
「チルノちゃん、紫様はいつも頑張っておられるからね。普段見かけないからと言って寝ているわけではないよ」
 若干、“寝ている”のところが声が大きくなってしまった。あっ、さらに主人のイライラが増したのがわかる。
 この状態の主人は子供の前には出せないな。
「紫様はとても忙しくてねドッジボールなんてしている暇はない――」
 さっさと話を切り上げようとしたが、すさまじい殺気を感じる。背中に手を置かれた。無駄口叩くなってことかな?
「藍? せっかくの招待をむげに断るほど私は冷たくはないわよ?」
 藍の横からすさまじい笑顔で紫が顔を出す。
「じゃあ出るんだ?」
「もちろん、藍も橙も一緒にね」
 橙が何か言いたげに紫を見るが、笑顔で視線を向けられて沈黙を守った。流石に私の式は優秀だ。場の空気の読みなら私よりも上かもしれない。
「じゃあ、〇月×日に霧の湖でやるからな」
「ああ、じゃあちょっとそれ、挑戦状を見せてくれる? 私も目で確認しておきたいわ」
 絶対に介入する気だ。自分たちに有利に働くようにルールを改造するのが簡単に予想できる。
「能力制限なし、全力可、手加減しろ……か、あとは審判と試合時間かな。ねぇそうだチルノちゃん、この挑戦状 私がちょっと書き直していいかな? 幻想郷中にばらまいてあげるからさ。
 あと最後に日付だけ〇月△日にしてもいい? 審判に四季映姫さんを呼ぶし、ボールを用意するのに少し時間が欲しいから」
 この申し出に一も二もなく同意しているチルノ……かわいそうだ。無自覚に紫に喧嘩を売って、もうトーナメントのコントロールを奪われてしまった。
 せめて紫のチームと当たったら紫の手が下る前に私が即座に離脱させてあげよう。
「じゃあ明日、清書した挑戦状をばらまくからね。それでボールの引き渡し場所とかちょっと細かいルールとかわかるようにするからね」
 ダメだこの主人は、ルールを書き換える気満々だ。多分チルノが意識していなかった詳細な勝敗の決め方、トーナメントの組み方、そもそものドッジボールのルールすら変えるつもりだ。
「紫様……あまり無茶苦茶は……」
「何? 藍? 私がそんなことをすると思っているの?」
 ダメだこりゃ、絶対やらかすつもりだ。大体、巻き込まれて橙も出場するというのに……はぁ、止める手立てが思い浮かばない。
 良い考えが浮かばないうちに紫の合図で私と橙を連れてスキマで消え去る。
 あとにはチルノだけが残される。
 余りに元気よく「待ってるからなー」と言われ胃が重くなった。

……

 目の前で藍が頭を下げている。珍しくも九尾の狐が来たかと思えば、話の内容はドッジボールトーナメントに出てほしいということだった。
 理由を聞こうとしたら察してくれとだけ言われた。ならば……原因は紫だな? 自分の従者に気苦労させて自分で暴れていたら世話はない。
 呆れた顔で「どうしようかしら?」と藍をあおってみる。その一言で藍の態度が決まる。
「やはりここにきて正解でした。流石の洞察力、すべてを任せるわけではないですが、橙の抜けた穴のカバーをお願いしますよ。では、これにて失礼」
 こっちが「はぁ!? なめてんのか!?」と声を荒げる前に姿を消される。
 いいように使われてやる気は一切ないのだが、こっちが首を突っ込むに足るだけの情報をぶちまけて勝手に帰っていった。
 ああ、クソ、全くこの風見幽香様に向かって頭を下げただけで許されるとでも思ってんのか?
 しかし、もうここまで情報を投下されたら動くしかない。ドッジボールという準肉体言語のジャンルで紫が暴走している。主催者がチルノ、橙の抜けた穴のカバー……簡単に予想できる。
 メディスンたちが、かなりの高確率で自分たちだけ……子供だけのチームで参加しているのが予想できる。紫のチームには藍すらいるというのに、戦力差がありすぎて目も当てられない惨敗を喫するだろう。
 外でスズランの香りをたどる。メディスンはスズランの毒の塊だ。匂いはたどれないが花の香なら自分でも追跡できる。
 目的の人物というかチームがひと固まりになって人里近くにいた。チームの後ろから声をかける。
「メディスン、何をしているの?」
 即座にミスティアが飛び上がって私を確認している。目が大きく見開かれて全身が緊張している。
「ミスティア、緊張しなくていいよ。幽香の目的は喧嘩じゃないから」
 フォローを入れてくれたのがメディスンだ。ただもうちょっと口の利き方を考えてほしい。話の大本が紫の責任だから、はっきり言って気乗りがしない。子守りなんて柄じゃないのだ。
「ゆ、幽香さん」
「幽香、何しに来たのだー?」
 間延びしたほうがルーミアで、ちょっとどもったのがリグルだ。
 完全に想定内のメンバー、どうしてこんなメンツで挑もうと思ったのか。対戦相手は怪物だらけだというのに。
「みんな揃ってドッジボールの話かしら? 私にもその話を聞かせてくれる?」
 全員が頷いている。そして話の内容も想像の域を出ていない。紫に橙を引き抜かれてメンバーが足りなくなったらしいのだ。
 ため息が出る。サポートしてやってもいいが、はっきり言ってバランスが悪すぎる。橙なら式神貼り付けてパワーアップしても大丈夫だったのだが、私が入ったらねぇ……誰かいないかな。私が顎で使える奴で紫が相手でも大丈夫な奴……妖忌か?
 頭の中で考えてもろくなことにならない。下手すると代償として体を要求されるかもしれないし、コートの中で前みたいなスカートめくりにいそしまれたら八つ裂きにしても足りない。だめだな、あいつは使えない。
 紫に対抗できるという条件を付けると……だめだ、私しかいない。妖忌がクソの役にも立たない以上、私が出るしかないのか。
 ただ、一緒に出たいとは言いづらい。さっきも考えたがバランスが悪い。私との力関係を考えてもお願いされる立場なのだ。こちらから「仲間に入れてね」とは言えない。
 薄っぺらいプライドだと思う。保護者なら笑顔でこの輪に土足で上がり込むものなのだが……
 ふと顔を上げる。メディスンが真剣な目でこちらを見ている。そしてリグルに耳打ちしている。何の相談をしているのか?
 リグルの顔が驚いた顔になるがメディスンが無理に背中を押したらしい。迷ってドギマギしたリグルが私の前に立つ。
「あ、あの、幽香さん。よ、よかったらチームリーダに……な、なってもらえませんか?」
 リグルの顔が緊張で赤い。しかし視線は外さない。大妖怪に対するあこがれみたいなものだろうか?
 リグルのお願いに答えずに視線だけ動かしてメディスンを見る。
 メディスンは鼻を鳴らして小馬鹿にしたような目だ。“どうせそれが望みでしょ”って顔だ。腹立たしいが、こいつらのためにも乗ってやらないと。
 リグルに視線を戻せば、不安そうな顔だ。答えてあげなくてはいけないが、じらしてもみたい。いじわると言われようとこれは私の性質だ。誰にも文句は言わせない。
 不安と緊張でリグルの開きかけた口にかぶせるようにこちらから要求を出す。
「ま、いいわよ。
 但し、条件があるけどね」
 メディスンが白けた目で見ている。ほかの二人は緊張で唾をのむ。そしてルーミアはすでに興味を失って明後日の方角を見ていた。
 私の条件というのは簡単だ。好きにさせてもらうということ。これが成立できないのなら出る気にならない。リグルとミスティアは激しく頷いている。
「なら出てあげる。ま、紫とか藍は私に任せなさいな。橙とかチルノは譲ってあげるからさ」
 この言葉に二人は安どの表情をしている。強い奴だけ引き受けて弱い子を相手にする気がないことが伝わったようだ。
 強い奴だけしか相手にしない……というよりはそのぐらいのレベルの奴じゃないと釣り合わない。弱い奴が相手だと下手をすれば、私の意図しないところで必殺してしまう。例えばフェアリーミックスに投球したらたった一球で退場する羽目になる。そんなことは私の望みじゃないし、少しぐらいは手ごたえが欲しい。
 そのあとトーナメント当日までの予定を簡単に話して解散する。帰り道はメディスンと一緒だ。


「幽香、何あの態度、上から目線すぎじゃない?」
「私はこれが普通だからね。私にはあんたのほうが信じられない態度よ。私ならともかくほかの大妖怪に、あの態度はとらないようにね」
 メディスンの態度をたしなめるが、あんまり強くは言えない。大体かつての私はこれ以上の態度と性格だった。そして比較対象が私しかいないからこの態度が悪いってことしかわからない。
 どうしようかと頭を悩ませていれば、この話題が自分にとって得策でないことを感づいたらしい。別の話題を振ってきた。
「ねぇ、なんでいきなり参加しようとしたの?」
「じゃあ質問だけど、八雲紫のチームと遭遇して欠片でも勝率がある? 私抜きのあんたたちだけのチームでさ」
 メディスンがちょっと考えて「いや、勝てるよ」と言ってきた。思わず吹き出してしまう。ルーミア、ミスティア、リグル、メディスンの四人 対 紫一人で十秒以内に決着する。
 紫は能力使用可能なら、ボールをスキマ転送するだろう。この四人には紫が命中確度を計算したボールをよけられるとは到底思えない。
「よけられるの? 紫のボールが?」
「当たらないよ。ルーミアがコートを全部闇で覆うからさ」
 ああ、ダメだ。全然わかってない。視界全ロスト程度では紫の攻撃精度は落ちない。大体部下の藍は音だけで居場所を探知できる。逆に何をされているかわからないまま全員撃墜されるだろう。
 攻撃はどうするのよ? と聞けば、暗闇の中に全力投球、「見えないんだからキャッチできないでしょ?」なんて言葉が返ってくる。
 本格的に紫と藍の実力がわかってない。あの連中は自分を基準にして 出来る、出来ない を考えてはならない。相手の動作音からボールの軌道を確実に読み取って完全捕球をこなす。肝心かなめの捕球をさせないだけの威力がメディスンたちに出すことができないのだ。
 仕方ない子守りをしてやるか。
 幽香はため息つきながら参戦しなければと思いを新たにした。

……

 地霊殿では一匹の猫が寝ていた。地霊殿のロビーからまっすぐにつながる中央の大階段の真ん中である。
 地霊殿においてこの態度を取れる猫は一匹しかいない。長い年月をかけ妖怪化し、力も地霊殿内部で上位に入る。他の動物たちに対する調整役も兼ねたペットの中の大幹部だ。
 そのお燐の耳が足音をとらえる。ふと、顔を上げてあたりを見渡すが姿がない。しかし確実に自分のもとへ近づいてくる。
 ……こいし様だ。
 慌てて道を開ける。例え大幹部といえど主人には逆えない。人型を取り膝をついて通過を待つ。
「あ、お燐見っけ♪」
 ……終わった。通り過ぎてくれればいいのに~。しかも声からしていつもよりテンションが高い。絶対何か無茶苦茶なことが降ってくる。
 素早く首筋に手が伸びてくる。
 い、痛ぇ……早く猫型に戻らないと!
 手元で縮んだ私を抱きかかえるとこいし様はお空の部屋へと突撃する。
 お空は開け放たれた扉にも気が付かずに人型で爆睡中……
「お空、起っきろ~」
 容赦なく顔に手が伸びる。
 見てはならない。絶対に、どんな惨劇が……たとえ額に「肉」と書かれようと、斬新な口紅アートが描かれようと。
 お燐は友人に行われた主人の残虐行為が収まるまでの五分間、目をそらすことしかできなかった。
「やっと起きた~」
 その声で残虐行為が終わったことが告げられる。
 思わず見てしまったその顔面は……ダメだ抑えきれない。
「ぎゃはははははは、お空 何、その顔~。は、腹痛い、おなか痛い! 内臓がよじれる!!」
 こいし様がすかさず「盲腸?」と聞いてくるが問題はそこじゃない。12色の油性ペンで描かれた現代アートの破壊力は並ではない。
 おなかの痙攣が収まるまで床をバンバン叩き、お空に至っては鏡を見て大爆笑し、それが自分の顔だとわかると突然泣き出したりした。
 それらが収まるまで軽く三十分がかかった。
 ぬるま湯と石鹸水で顔を洗い、ほとんどすべての色を落としたお空、涙目で訴えているがこいし様には多分通じていない。芸術家と化したこいし様はだれにも止められない。
「お燐、来てたなら起こしてよ」
「あたいにこいし様の邪魔はできないなぁ。早く起きろとは思っていたけど」
「はいはい、二人ともこっち注目~。実は二人に集まってもらったのは理由があります。
 じゃ~ん、実は地上でドッジボール大会が開かれるのです」
 現代アートの話はあっという間に流されてしまった。そして聞き捨てならない単語を聞いた。ドッジボール大会!?
 ……それって、どんなものだろう? いきなりこいし様に言われてもこっちは人間の球技を全部知っているわけではない。
「こいし様、それはどういうものですか?」
 よし、お空、流石だ。良い質問、私も中身が知りたい。
「え~っとねぇ……五対五で……顔は狙っちゃダメで……そうそう、能力に制限がないんだって」
 その言葉に目を輝かせているお空、全力を出してもいいということしか頭に入っていない。
「それはいつやるのですか!?」
 思いっきり身を乗り出してこいし様に聞いている。
「〇月×日だって、ああ、そうだ。相手を泣かしたら負けだって言ってた」
 五対五の戦い……能力使用可能で、相手を泣かしたらダメで? あれ? 勝負方法が全然わからない。
「こいし様、あの、それ以前にどうやって相手を倒すのですか?」
「ボールをぶつけるんだって」
 ボール……ボールかあ、野球ボールは大好きだけど……まあいいか楽しそうだし。
 お空はこいし様の手をつかむと、「早速地上に行きましょう!!」と興奮した様相でしゃべっている。
 そんなお空の頭に空手チョップを落とす。
「お空、今日は何日?」
「うにゅ? ◇日!!」
 ダメだこいつ……早く何とかしないと。
「×日まであと三日もあるでしょ! こいし様の話をちゃんと聞かないとだめじゃないか!」
「あっ、お燐ごめん」
「私じゃなくてこいし様に謝るの!!」
「こいし様、話を聞いていなくて申し訳ありません」
「ん? 別にいいよ。その代わり大活躍してね」
「はいっ!! この霊烏路空、全力で相手をぶっ飛ばします!!!」
 ルールは相手を泣かしたらダメって言ってた気がするけど、まあいいか。それじゃ後はさとり様に話して……あと一人チームメンバーは誰がいいかなぁ。
「じゃあこれで参加メンバーは私とお空とお燐で決定だね。あと二人はキスメとヤマメでいいかなぁ」
 え!? 今、なんとおっしゃいましたか? お空も首をかしげている。
「こ、こいし様、さとり様は?」
「あ~、お姉ちゃんにはナイショ。優勝トロフィーをさ、いきなり持って帰ってびっくりさせてあげようよ」
 こいし様が笑っている。動物の勘だが、こいし様にはさとり様を参加させる意図がない。でも、一言、さとり様には参加を聞いたほうがいいと――!
 目の前にこいし様が“出現”する。顔が異常に近い、至近距離で心が壊れた瞳に見つめられる。
 思わずのけぞった体の曲線にすら合わせてくる。
「ねぇ、お燐、もしかして、お姉ちゃんに言う気?」
 いやでも、勝手な行動をとるわけにはいかないと思いますが!?
 こいし様の手が広がる。一瞬で脇の下に手を入れられた。
「もう一度言うけど、お姉ちゃんにはナイショ、分かった?」
 ここで納得しないと、くすぐり殺される。笑い死に……妖怪として復活すら憚れる死に方をしてしまう。笑死妖怪なんて名乗れたものじゃない。
「わ、分かりました。だからその、手、手をや、やめ――」
 降参の意思を伝えたにもかかわらず、手が動いている。しばらく大爆笑をさせられて、窒息する寸前で手を放してもらう。
 私の友人はこいし様を止めることなく、声を上げて馬鹿笑いをしていた。
 しばらく、床で痙攣しながら、必死に体を落ち着かせている。
 ……! 足音が聞こえる。思わず耳が立つ。この足音は……さとり様だ! 騒ぎすぎて恐らくこいし様の帰還に気が付かれた。
 扉が開け放たれる。
 地霊殿の主の登場である。寝たままってのはまずいのだが、まだ回復しきらない。お空は助け起こすこともしないで膝をついて顔を伏せている。
 そして醜態さらしている私も、忠誠を示しているお空をも無視して当人はこいし様めがけて一直線だった。
「こいし! 帰ってきたなら“ただいま”ぐらい言って!」
「ああ、ごめんね。お姉ちゃん、またすぐ出かけるつもりだったから」
「そんなこと言わないで、一緒にご飯にしましょう」
 さとり様がこいし様を抱きとめている。私でも、“ああ、絶対に離さない気だ”っていうのがわかる。
 しばらくこいし様を抱きしめてようやく落ち着いた後、私たちを一望する。
 この状況はまずい。お空はいい、多分ドッジボールの話なんてもう頭から吹っ飛んでいるだろう。あいつの優先順位はさとり様、こいし様、私だ。そして三つ覚えるのでほぼ限界……、冷汗が噴き出る。
 さとり様が私から第三の目を外してくれない。そして、顔の視線が重なる。さとり様は心を読めるのだ。ドッジボール大会への参加……もうばれちゃったかなぁ?
「却下。
 ――と、言いたいところですが。こいし、本気でドッジボール大会に出る気ですか?」
 こいし様はちょっと首をかしげてなぜ秘密がばれたのか考えていたようだが、私の心からばれたことを推測すると、こちらに顔を向けて手をワキワキと動かす。
 く、くすぐり殺される!
 すかさずペチッとさとり様がこいし様の額を叩く。
「こいし、お燐をいじめてはいけませんよ。どうやら本気で参加するようですね。
 ……はあ、ちょっと待っていなさい。お空、こいしをこの部屋から出ないように見張っていなさい。本を持ってきます」
 パタパタと急ぎ足で部屋を出ていくさとり様……そして振り返ればこいし様がとっても素敵な笑顔をしている。
「お燐~♪ 覚悟はいいよね? ナイショの計画にするつもりだったのに」
 これを止めてくれたのはお空だ。後ろからこいし様を羽交い絞めにしている。流石のこいし様も体格に勝るお空に捕まったら振りほどけない。八咫烏を取り込んだから、やたらパワーだけはあるのだ。
 しばらくお空とこいし様のやり取りが続いたが、こいし様があきらめてくれたようだ。その様子を戻ってきたさとり様も気づく。
「何を……ああ、そうですか。こいし、いじめてはダメと言ったでしょう?」
 頭に手を置くぐらいの速度で叩いて……それって叩くっていうかなぁ? 撫でているようにしか見えない。
 怒るに怒れない姉の弱みを私に読み取られたことを読み取ったのかさとり様の顔が少し赤い。
「と、とりあえず。これがドッジボールの一般的なルールです。あなたたちはどうもルールがわかっていないようなのでこれを読んで少し勉強なさい」
 え? ということは、参加を認めてくれたってこと?
 地霊殿ではこれが初めてのチームバトルになる。これは勝たなければならない。さとり様とこいし様の名誉にかけて!
「あ~、お燐、今回、私は出ないのであなたたちだけで遊んできなさい」
 浮ついた気分に冷や水を浴びせられる。なんでっ!? さとり様でないの?
「そうですよ。お燐、私は出ないので、こいし、後はあなたの好きになさい」
 こいし様は両手を上げて喜んでいる。早速、本を開いてドッジボールがどういうものか詳細をお空と確認し始めた。
 私はさとり様に手招きされて別室に移動する。どうしても疑問符ばかりが浮かぶ、さとり様が出れば百人力なのに……。
「……お燐、私はあまり外で遊ぶのが好きではないのですよ。だからコートの内側の戦いはあなたたちに任せます。私はコートの外からアドバイスを送りますよ。相手チームの心の声を聴いて、戦術を筒抜けにさせます。要するにチームの監督で参加しますよ」
 なるほど、それならば千人力だ。チームメンバーとしてカウントしない外部の力を手に入れたことになる。参戦以上の力添えだ。
 さとりの深い思慮に首を垂れる。
 この後はどのように作戦を伝えるかという話になり、ジェスチャーを一通り決めていく。
 六対五、これであれば圧倒的にこちらが有利、私の頭の中にはもう勝利しかなかった。

……

 旧都の一角、飲み屋の個室で二人の妖怪が話をしている。
「え~、何々、挑戦状……これ本気か? チルノの奴だぞ? いいのかよ 紫?」
 ドッジボールの参加案内を読んでいるのは萃香だ。頬をかきながら流し読みをしている。目の前にはスキマから身を乗り出した紫がいる。
「もちろん、ちょっと生意気なあの子にお仕置きも兼ねてね。ぜひ参加してくれないかしら?」
「別に構わねぇけどよ。お前とは組まないぞ。私は私の組みたい奴と出る。策略に巻き込まれたら思う存分全力が出せないからな」
「もちろん、あなたはそれで構わないわ。対戦相手を力のままに薙ぎ払って頂戴。私は私のチームで出るから」
 紫は参加意思を聞いただけで次の目的地に向かうようだ。そんな後ろ姿に萃香が一言かける。
「例え一回戦でお前ンとこと当たっても叩き潰すからな?」
「ええ、構いませんわよ?」
 振り返った紫が笑っている。そっちがその気ならこちらもその気でという笑顔だ。久しぶりに紫の妖怪としての顔を見た気がする。
 そのまま紫はスキマに消えたが、萃香の背筋はぞくぞくしたままだ。
「――いい顔するじゃねぇか。久しぶりに暴れられそうだ」
 余りの酒を一気にあおる。そうして背中の感覚をも一気に飲み込む。
 参加が決まりとなれば、後はメンバー集めだ。
 すっくと立ち上がり、一路勇儀のもとへ。あいつはどんなことでも勝負事なら必ず乗ってくる。
 勇儀が捕まれば残りのメンバーは山で天狗を拾えばいい。
 ま、勇儀と私がいれば残りは案山子でも構わない。二対五であろうと圧勝できるさ。
 ……一時間後に萃香のチームが完成する。メンバーは鴉天狗が二匹に白狼が一匹、残りは鬼で構成されたいつも通りのチームメンバーだった。

……

 永遠亭では永琳がチルノの訪問を受けている。ドッジボールに参加してほしいとのことだが、あまり乗り気ではない。永琳自身の興味が持てない。まあ、たまには姫を外で運動させるのは悪くないかな程度の感覚だ。
「いっつも控えじゃつまんないだろ?」
「ふふ、そうでもないわよ? 私的には裏方があってるんだけど。まあいいかな。家の姫様に聞いてみてもし“出たい”ってなったら出場するわ」
「いっとくけど二人じゃだめだからな。五人だからな」
 普通に応対している永琳に対してチルノは念押ししている。チルノにはこんなに楽しいイベントに乗り気じゃないのが信じられないらしい。
 しかし、そういうもので一喜一憂するには年を取りすぎた。
 改めて内容を考える。もし、姫が不参加であれば、医者として活躍する。擦り傷、打ち身、なんでもござれだ。
 ちょっと考えなければならないのは姫が参加の場合だ。そうすると、五人か……改めて考えると、私、姫、鈴仙、てゐ……あと一人足らないな。でも、まあいいか、依姫でも呼べば。チーム名はそうねぇ……「ゲット(月都)だぜ!」で、いいかしら?
「△日にやるからな」
 その言葉に頷く。まあ、姫の意思を確認して、今夜、地上に来るよう依姫に連絡を取れば、十分に間に合うだろう。
 チルノには明日参加、不参加の連絡をすると約束して別れる。

……

 博麗霊夢が紫の差し出した紙を見ている。
 そして、紫を見る目が完全に冷え込んだ。
「あんた、ドッジボール異変を起こすつもり?」
「まさか! 単に、博麗の巫女様にイベント告知をしに来ただけですよ」
「私が許可するとでも思ってんの?」
「許可せざるを得ないと思ってるわよ? すでに紅魔とか、守矢とかはやる気満々だし、人里にも告知済みです。里の人たち楽しみにしてますわ。まさかイベントを休止して四方から非難を浴びたくはないでしょう?」
 霊夢のこめかみに青筋が浮かぶ。……このクソ妖怪、私を一番最後にして情報を持ってきたな!? 外堀を全部埋めてから認可せざるを得ない状況を作ってきやがった。
「博麗の巫女様も“出不精”はよくないわ」
 紫が自分自身を差し置いて、私の職務怠慢を……日ごろ神社でごろごろしているその事実を的確に攻撃する。
 常日頃から情報収集してないからそういう風になるのだと薄ら笑って馬鹿にしてくる。
 この態度にカチンとくる。
 参戦して、妖怪退治して暴れてやる。
「じゃあ、私も参加して大会を監視することにするわ」
「? それは構いませんが……五人集められます? 先に言っておきますが、咲夜は紅魔、妖夢は私のチーム、早苗さんは守矢チームで参戦してますよ?」
「五対一だろうと私一人で十分でしょ?」
 紫が口元を隠して失笑する。
「そういう輩を排除するための五人という制限ですよ。それに気が付いていない人が大多数ですが、チームメイトの実力も加味していないと……例えば狭いドッジボールのコート内でレミリアやフランドールの全力解放に真横の咲夜さんが耐えられますかね? 守矢もそうだし、幽香のチームもそう……下手な仲間を引き入れると自爆しますわよ?」
 霊夢が参加要領書(チルノの挑戦状)をよく見る。
 項目四に“ピチュらせたらアウト”とある。元の文は“相手を泣かせた奴はアウト”という記述だった。紫がわかりやすいようにと書き換えた部分でその実、“相手”という単語を削除し、解釈上敵味方を問わずという読み方ができるようにいじった部分である。
 つまり、弱い味方がごく至近距離にいる条件下で強者に本来の実力を出させないための策だ。
 その実、紫のチームはメンバーが幽々子、妖夢、藍、橙という極悪仕様になっている。橙には強力な式神を張り付け底力の引き上げ、妖夢は半霊を出場させればさほどの致命傷にはならない。要するに自分のチームだけ圧倒的な総戦力が引き出せる状況を作った。
 そして試合時間も紫の策、タイムアップの場合の詳細な勝敗の決め方は次の様になっている。

チームの残り人数の多いほうが勝ち
残り人数が互角の場合はチーム大将が生き残っているほうの勝ち、
人数互角、両大将が生き残っている場合はチーム代表同士の一騎打ちで決する。

 当然のように紫のチームは大将が紫、非道なこのチーム構成に加えて最後まで紫が立ちふさがるようなルールになっている。
 霊夢はこれらのことから紫が勝たせる気がないということを直感で悟ると逆に闘志を燃やす。こんな妖怪に跳梁跋扈させるわけにはいかない。そんなことを博麗の巫女としてさせてはならない。
 紫に対して「あんたのチームは私がつぶすわ」と宣戦布告をする。
 珍しくやる気になった巫女をみて紫が不敵に笑う。「幻想最強を体感するのは悪いことではない」と肯定してスキマに消える。
 今、霊夢は一人神社でメンバーを考えている。
「まずは魔理沙にアリス。あとは……各勢力から孤立している実力者……妹紅かな? 最後は……そうだ! 天子がいたか! ふふふふ、見てなさい紫、勝つのは私たちヒロインユニオンズ(人類連合)よ!」
 五人のメンバーのめどが立てば、早く魔理沙のところに出かけよう。きっと魔理沙も喜んで参加してくれるに違いない。

……

「急に呼び立てて申し訳ありません」
「別に構いませんよ。それにまさか紫がこんなことを企てているとは思わなかったので……こちらとしても、大会に潜り込めてありがたいです」
 華扇と神子の会話である。
 神子のチームは“一人でセンニン”、メンバーは神子、布都、屠自古、芳香、華扇で決まっている。
 青娥は自分が動くことにあまり意義を見出せなかったようだ。自分の代わりに芳香を参戦させてそれで良しとしてしまった。そのおかげで華扇の協力を仰ぐことになったのだが。
 華扇は意外なほどに協力的で、今、神子と連携についての話し合いをしている。ルールも確認した。
 “一人でセンニン”としては想像以上のベストメンバーで組めた。堅実な戦いさえできれば上位入賞も射程に入る……この考えが想像以上の甘さであることに気が付いたのはほかの参加チームの様相を確認してからである。

……

 フランドールが鼻歌交じりで暴れている。正確に言えばドッジボールの練習……とのことだが、紅魔館の一角が見るも無残な廃墟と化している。
 紫が持ってきたチルノの挑戦状を見て姉を上回る速さで快諾した。
 当然のように紫も出るっていうし、守矢にも声をかけるのだそうだ。
 ……やばい、△日を待てない。守矢へのリベンジがこんなに早くになるとは思わなかったし、チルノのチームをまとめてコンマ一秒で倒して……勝利宣言……背中がぞくぞくする。
 思わず力の入った投球でパチュリーが作成した最後のゴーレムが崩壊する。
 体が勝手に発熱している。運動で少しは発散しないと日にちを待たずに各地のチームを破壊してしまいそうだ。
 そんな様相を紅魔の主とその友人が屋外に設けた日よけパラソルの元、テーブルと椅子に腰かけて確認している。
「随分、妹様は元気だこと」
「いうな、パチェ。フランは興奮しっぱなしで恐らく大会が終わるまであのままだろうな」
 パチュリーが手を上げれば、それに連動して、魔法核を中心にゴーレムが体を再構成する。
 再び起き上がった五体のゴーレムが全滅するまでわずか十秒……パチュリーがあり得ないものを見る目でその様子を観察している。
「アホくさ……ボールでレンガの塊を粉砕する? 貫通ってどういうことよ?」
「魔法のプロテクトだろ、ボールの硬度を一気に引き上げてあとは素の速度だ」
 パチュリーがお手上げという形で両手を上げれば、再度ゴーレムが起き上がる。
 フランドールが遊んでいる周囲にはレミリアが結界を構築している。それでも余波というものが駄々洩れしている。
「レミィ、分かってると思うけど私もゴーレムにプロテクトぐらいかけてるのよ?」
「だから言うな。あれぐらい魔力を使わないと興奮が静まらないんだろうさ。先に言っとくがあれが信じられないんだったら絶対にドッジボールに出たいって言うなよ? 守矢の神はあのレベルで出場してくるからな」
 パチュリーが「絶対に言わないから安心して」とあきれた態度で示す。ほんの僅か会話をしている最中にゴーレムが崩れ落ちている。
 いくら何でも早すぎだ。ため息が出る。パチュリーが思わずフランドールに声をかけている。
「妹様、少し休憩したら?」
「うん? 私、ぜんっぜん行けるよ? ゴーレムの数もっと増やしてもいいよ?」
「フラン、少しは言葉の意図を読め。パチェは魔力使いっぱなしで少し休憩がいるのさ」
 フランドールがなるほどと手を叩く。姉の結界をわざわざ力業でこじ開けると、仕方がないかなと姉の横の椅子に座る。
「……! 馬鹿、結界から出るなら言え!」
「ごめんね。姉さまぐらいの奴じゃないと手ごたえがなくてさ」
 てへぺろっていう顔なのだろうがレミリアからしてもあきれるしかない。残念ながらエネルギーが有り余っている。放っておくと道場破りをしかねない。
「……で、メンバーはどうする?」
「私、姉さま、美鈴、小悪魔…………あとは、咲夜かなぁ」
 フランドールはパチュリーを見ている。これだけ凝視しても手元で×を作って視線を合わせないってことは参加拒否だ。
 姉は参加用紙に今言われた名前を書き込むとフランドールにそれを渡す。
「今回はお前が参加を決めた。お前が出場申請してこい。今回に限り紅魔の代表はお前だ」
 フランドールが名簿に視線を落とす。大将の欄には自分の名前が書いてある。
 姉がこういうことをするのは初めてだ。代表をこなす……いいのかなぁ?
「私が今まで好き勝手していたようにお前がお前のやりたいようにやればいい。なんといってもお前の友人の挑戦だろう? 私が口を出すわけにはいかないさ」
 ちょっと顔が赤くなる。それならば早く挑戦を受けることを宣言しないと……姉に頭を下げて、素早く翼を展開する。

 パチュリーが瞬きする間に姿が消えた。あとには飛び去った余波が吹き抜けるのみである。
「レミィ、どうする気?」
「別に何もしないさ、ただ、暴走しそうなら私が体を張って止める。まあ、もうそんなことはないだろうがな」
 レミリアは軽く笑うと用意されていた紅茶を飲む。今回は体調はばっちり、紅魔の全戦力を持って優勝……違うか、勝利も負けもフランが決める。私は口出ししない。
 パチュリーはレミリアのその様子を“ご満悦”と評価している。妹様がレミィの手の内を超え始めた。姉として嬉しくて仕方ないのだろう。

……

 命蓮寺の一室で白蓮が泣いている。
 どうしましょう? チルノの訪問時に二つ返事で大会参加を決めてしまった。その時伝えた参加メンバーは白蓮、寅丸、村紗、小傘、響子……、その時はまだよかったのだ。しかし、つい先日紫の参戦を知った。
 大慌てでマミゾウに調査依頼をだした。結果、紫のチームは脅威の一言、誰一人とっても寅丸以下は存在しない。
 そして予想以上の参戦状況だった。「ついでに調べた」というマミゾウが参加チームの現状を伝えてくれた。紅魔館、地霊殿、永遠亭、旧都の怪物、幽香に守矢……お、終わった。妖怪を危険視している仙人チームがお話にもならないレベルで危ない。
 一人突っ伏して考えているがよい考えが浮かばない。
「おい! 白蓮、ついに俺様が役に立つ時が来たな!!」
 大声とともにぬえがふすまを蹴倒して入ってくる。
「ぬ、ぬえ……私は、い、いったいどうしたら」
「任せろ! マミゾウとも話したが対策はばっちりだ。俺とマミゾウが小傘と響子に化けてやる。
 けーけっけっけ、今度は嫌とは言わせないぞ」
 白蓮は首を縦に振れない。紫のチームや鬼ならそれでいいし、そうしたい。だが逆に浮きに浮きまくっているフェアリーミックスが大問題になる。弱すぎるのである。一方的な五対ゼロなどという状況が簡単に発生する。
「……それだとチルノちゃんのチームと当たったら」
「そんときゃ小傘と響子をそのまま出せばいいんだよ。お前が弱い者いじめが嫌いなのは知ってるからな。俺を出すか小傘を出すかはお前が決めればいい。マミゾウとも話したがわからないほうがマヌケだ」
 “悪いようにはならないぜ?”とぬえが耳元でささやいている。
 白蓮はこの悪魔のささやきに手を伸ばしそうになる。
 ……ダメだ。小傘や響子になんて言えばいい? それに紫相手にならいざ知らず、チルノにも嘘をついたことになる。自分たちだけ安全圏に逃げ込むことに限りないうしろめたさを感じている。
 フェアリーミックスなんて五対一で完勝できる連中がごろごろいる。チルノがけちょんけちょんにやられた傍で、実は命蓮寺のチームにはぬえが入ってましたなんて言えない。
 ふるえる心でぬえの提案を蹴る。
「ぬえ、ありがとう。そしてごめんなさい。その提案は受けられません」
「……お前は馬鹿か……。まあ、しかたねぇ、白蓮がそう言うなら今回は無しだ」
 駅伝の時と比べて随分とあっさりぬえが撤退する。
 それがおかしいと思えないほどに白蓮は憔悴していた。
 覚悟を決めてチームのメンバーを提出する。
 どこかふらふらと紫の元へ出かけて行った。


「あの馬鹿は、俺様の提案を蹴りやがった」
「まあ、仕方ないかのう。そうでなければ白蓮を慕うものがこんなに集まったりせん。お主も含めてな」
「まあな、だから、次の手を打つ。白蓮がだめなら、直接、小傘と響子を脅すだけだ」
「ほっほ、脅すなんて言葉を使うでない。わしらは緊急用の保険じゃ、二人が危ないと思った時の交代要員じゃからな。それ以上に手を打つ必要はないぞい」
「あ~、もう。手を焼かさないで欲しいぜ。」
 呆れるぬえの傍らにマミゾウがいる。二人で酒を飲みながらこのチームの行く末を想像する。
 弱いチームには弱く、強いチームには強く、どんなチームが相手でも相応に対応できる。全参加チーム中最高の柔軟性を持つチームだ。
「ま、白蓮がどう考えていようが、家のチームにけが人はださせねぇよ」
 ぬえのつぶやきのような決意にマミゾウは笑いながら献杯した。

……

 今日は×日、快晴である。照り付ける太陽の元、全チームの代表が霧の湖に集結している。チルノが最初に開催日と宣言した日で、そのまま紫がボールを配る日に利用したのだ。
 影狼の胃が新種の潰瘍に侵されている。
 何この状況? 化け物がこんなに大群で集結してるとかありえないんだけど?
 騒ぎ声だけで連中がドッジボール参加者なのは明らかだ。
 はっとして振り返ればチームメンバーの赤蛮奇の目が「お前を殺す」って言っている。
 まだ、まだ大丈夫なはず、そう、今からでも遅くはない、逃げてしまえばいいのだ。
「あっ、あそこに影狼がいる! これで全部じゃないかな?」
 チルノの声がしている。今までこれほどチルノが憎いと思ったことはない。一斉に怪物たちの視線がこちらに向く。もはや逃げられない。
「……藍? もしかして連絡漏れ?」
「そうです。まあ、彼女に限って言えば、意図的に“連絡漏れ”しました。だって連絡したら絶対に参加しなかったですよ?」
 紫もそれで納得する。参加チームが多いに越したことはない。が、この会話が聞こえている影狼は発狂しそうだ。意図的にはめられたのだからそれも当然である。
「練習用のボールを配りますからどうぞこちらに」
 藍の声が聞こえているが、受け取る気にならない。
 かつてないほどに自分がわからない。格上とはいえ藍にかみついてしまいそうだ。
 影狼をかわしてボールに手を伸ばしたのはサリエルだ。珍しい物を見る目で紫がそれを見ている。
「あら? サリエル、小っちゃくなった癖に出るの?」
「そうだけど? 実はこの三日間……待つのが楽しみで仕方なかった。
 影狼、大丈夫だよ。言ってもドッジボールだ。楽しめればそれでいいじゃないか」
 その言葉に紫が薄ら笑う。ボールの配布は藍に任せて、集結した化け物共に向かって「開催は△日ですから」と宣言する。
「今回は私も真剣に出場しますわ。相撲の時みたく暗躍は無し……全力でコテンパンにして差し上げます」
 明るい声、楽しそうな口調でさらりと爆弾発言をしている。
 この宣戦布告に歓声を上げたのが五チーム、鼻で笑ったのが三チーム、胃がよじれているのが三チーム……白蓮に神子に影狼だ。
 そしてこの日最後の大イベント、くじ引きが行われる。
 対戦相手がこのくじによって確定する。何しろ参加が十二チーム、一回戦を四試合行い、二回戦からシードの四チームを組み込んだトーナメントになっている。
 シードチームは各チームメンバーの登場ステージ数の合計で多い方から順に四チームである。紫が自分のチームを確実にシード化するために作ったルールだ。このあおりを受けたのは依姫と華扇……全くステージ数がわからずゼロポイント扱いである。そして最も恩恵を受けたのは……。
「え゛!? サリエル、二十ポイント!? 一人で!? 紫さんだって八ポイントだよ!?」
「そうだよ。昔はこれでも強かったんだ。今はチルノに負けるぐらいだけどね」
 チームメイトの見る目が一気に変わる。他のチームの強豪三人分のポイントを一人でたたき出したのだから当然と言えば当然である。
 紫はそれを見ていたが“現在の実力”と書き忘れた以上自分のミスと割り切った。どのみち自分のチームがシードなのに変わりはない。第一シードが取れなかっただけだ。
 他のシードチームは“命蓮寺”、“白雲”、“紅魔”である。影狼にとってはこれらのチームと緒戦で当たらなかっただけ奇跡だ。
 そしてシードと残りでそれぞれ別のくじ引きが行われる。各チームが次々とくじを引き終える。最終的なトーナメントは次のように決まった。(左側が一回戦、点線より右側がシードチームである。)

フェアリーミックス
アンダーグラウンド
・・・・・・・・・・・・草の根友の会
一人でセンニン
お花屋さん
・・・・・・・・・・・・命蓮寺
アンリミテッドパワーズ
ヒロインユニオンズ
・・・・・・・・・・・・紅魔
アルティメットゴッズ
ゲット(月都)だぜ!
・・・・・・・・・・・・白雲
 
 トーナメント決定後はそれぞれの顔合わせと、設営予定のコート、および具体的なルールが示される。
 特に大事なのはボール、藍曰く“特注”とのことで各術、魔法などが非常に浸透しやすく、弾力と固さを両立した物だった。
「試合にはこのボールを使用します。チームでいろいろ術を試しておいてください。あと破裂、破損による苦情は一切受け付けませんのでよろしく」
 言外にボールを大事にしろと言っている。
 これで今日の話はお終いだ。一回戦同士顔を突き合わせているところもあれば早々に消えたチームもある。
 そして影狼のチームは内輪もめを始めていた。
 赤蛮奇が影狼に突っかかっている。それを止めたのは藍だ。苦虫をかみつぶした表情の赤蛮奇に必勝法を小声で伝える。
 途端に赤蛮奇の態度ががらりと変わる。「なるほど! それなら私は無敵じゃないか!」とのことだが……影狼は藍にそそのかされているのを見抜いている。しかし対策がないのは事実……このまま成り行きに任せることにした。

……

 いつもより早く起きた。朝日がまぶしい。すっごく気分がいい。なぜなら今日はドッジボール大会が開かれる日だ。
 フランも蛙も巫女も白蓮もみんなみんな集まってくる。絶対楽しいことが待っている。さあ大活躍してやるぞ!
 霧の湖ではすでに藍の姿が見える。手を振って自分が来たことを伝える。
「やあ、おはよう。君のチームだと一番早くに来たね」
 やっぱり一番ってのは気持ちがいい。Vサインと笑顔で言葉に答える。
「もう少ししたらコートとか救急所のテントとかの準備が終わるから、それまで友達を待ってるといいよ」
 そうに言われてぺこりと頭を下げる。やっぱり藍がいると全然違う。こういう細かいことは全然考えてなかった。紫なんかよりもずぅ~と、ずぅ~と頼りになる。橙が大好きって言っていたのがすごくよくわかる。
 思いっきり伸びをして準備運動をする。はっきり言ってやる気十分、今日は思いっきり遊ぶのだ。
「くふ、随分隙だらけだね」
 いきなり真後ろから声がする。振り向けば、赤黒い瞳にきつい弧を描いた口……あ~、え~っと、こいつは蛙だな? いつも通りどことなく危険な感じがする。そして返事をする前に蛇がいきなり現れた。
「馬鹿か、諏訪子、子供相手にそんな顔するんじゃない!」
 帽子がひん曲がるほどの拳骨が目の前で炸裂している。慌てて自分のことのように頭を抑えた。
「とと、ごめん。ちょっとこの大会が楽しみでね、昨日からテンションが高くて……コラ、逃げるな諏訪子!」
 こちらに気を取られた隙に蛙がするりと蛇の拘束を抜ける。蛇が一度頭を下げてすぐに蛙を追いかけて行った。
 次に会ったのは白蓮だ。「本日はご招待いただきましてありがとうございます」なんてすごい固い挨拶をされた。誰にでも丁寧で優しいってのはすごく素敵なことだと思うんだけど、こんな風にされたらボールをぶつけ辛い。
 挑発してくれたらわかりやすいのに、こっちも頭を下げるしかない。う~ん、固い。もっとさ、わかりやすく楽しむものだと思うけどなぁ。
 白蓮をさっさと流して振り返れば神子が来ている。こっちは遠目にペコリと頭を下げたきり近づいてくる気配もない。
 不意に風を感じた。突風みたいなのが吹き抜ける。
「きゃははははは、本日はお招きいただきありがと! お礼に全力で叩き潰してあげるよ!」
 フランドールだ。相も変わらず楽しそうで何よりだ。
 答える代わりにとびっきりの笑顔をつけて親指で“お前が下だ”と指し示す。
 フランドールはこれを見て小刻みに震えだした。必死に笑いをこらえているようだが、ついに爆発する。
「きゃははははははははははははは! もういいかな!? もういいよね!! 私もう、我慢できないよ!」
 あれ? フランドールが消えた?
 後ろから首筋付近でいきなりガラスが割れたような、金属のシャッターが勢いよく閉まったような音がした。
「馬鹿、いきなり大会をぶち壊すような真似する奴があるか」
 音の方向に振り返れば萃香がフランドールの首根っこをつかんでいる。
「ちょ、ちょっと萃香、止めないでよ。私すっごく今、乗ってたのに」
 萃香がフランドールの声を無視して今来たばかりのレミリアに向かってぶん投げる。
「レミリア! 自分の妹ぐらいちゃんと見張ってろ! 主催者 食い殺すところだったぞ!
 おい、勇儀、こっちでこれのお守りを頼む、大会始まる前に主催者が死んだら全部おじゃんだ!」
 萃香のあまりの言い方に少しムッと来る。
 だれがいつ危なかったって? 答えてもらおうじゃないか。
 萃香の胸倉つかみに行こうとしたら急に首が閉まる。それに文句を言おうとしたら、めちゃくちゃ酒くせぇ!
 思わず両手で鼻を抑える。
 赤ら顔の一本角は星熊勇儀だ。
「こらこら大人しくしてな。準備はもうすぐ終わるからさ」
 しゃべんなよ、酒の匂いが……うっぷ。
「そうそう、大人しくしてりゃ、じきに始まるさ。そしたら思いっきりやればいいさ」
 しばらく勇儀に捕まったまま、藍や神奈子たちの準備作業を眺めることになる。
 こいつアホみたいに力があって振りほどけない。それに酒飲んでるせいか熱い。体温が高すぎる。おまけに気持ちいいとか言って抱き着いてくる。
 これ以上密着していたらこいつの体温のせいでのぼせてしまう。
 それを見計らったかのように幽香が助けに来てくれた。
「そろそろ離してあげなさいよ」
「ん? っと、幽香か。そうだな、ちょっと代わってもらおうか」
 勇儀がようやく放してくれた。
 ちょっとフラフラだ。勇儀は熱すぎる。
 幽香が座ったところに倒れこむ。頭がくらくらするのだから膝枕ぐらいがちょうどいい。本当はレティのほうが涼しくていいんだけど今日は幽香で我慢しよう。
「……本当にガキねぇ」
「そう言うお前は案外手馴れているな」
 幽香は日傘で日光を遮ってくれる。手元で成長させてくれたでっかい葉っぱは団扇代わりだ。
 気分が落ち着くまで横になっていよう。


「……馬鹿か、本当に寝やがった」
「言うな。気持ちよかったんだろうさ。お前、柔らかそうだしな」
 その言葉に瞳が細く引き絞られる……が、チルノが脚の上で寝ている。立ち上がることができない。
「ま、いいわ。決勝で当たったらぶっ殺してあげるから」
「おっ、言うね~。楽しみにしてるよ」
 勇儀が挑発に対してにこやかに答える。
 視界の先には永琳が映る。救急所の内装を手伝いに勇儀も離れていった。
 少しため息をつく。開幕まで二時間か……仕方ない。いつぞやの借りを返すと考えれば、膝を貸すぐらいどうってことないのだ。

……

 開幕三十分前、ようやく博麗の巫女がお出ましだ。
「呆れた。こんなに人を集めたの?」
「人里に告知したと言ったでしょう? 人間も妖怪も妖精も楽しいことが大好きな者が全員来ますわ」
 霊夢の見た先で影狼と白蓮が妖怪に対して専用の観客席を案内している。
「博麗の巫女様も里の人を案内したらどう? 人間専用は南の白色の区画ですから」
 観客席の南が白で北が黒、真ん中の黄色は妖精用か……なるほどわかりやすい。
 これ以上とやかくと言われたくないと霊夢は魔理沙を連れて案内役に加わる。
 八雲紫も観客席を見る。はっきりと敷かれた境界線……いつか、この境界すらなくなって人妖が織り交ざった観客席というものを見てみたいものだ。
 だが、今日は仕方ない。久しぶりにやる気になった。たまには全力というものを見せつけておく必要がある。妖怪というものは“本質的に怖いもの”だと叩き込んでおかないといけない。
 心のどこかでそれをふまえて乗り越えてくれる人がいることを期待して……。

開幕五分前

 博麗神社の方角が騒がしくなる。こちらに向かってくる一団が見えた。
 ドッジボール大会参加、最後のチーム……初戦を飾るチーム『アンダーグラウンド』だ。
 これにてすべての役者がそろう。
 全チーム、全メンバーに対してアナウンスが入る。「観客席の前に集合」と。
 四季映姫による開幕宣言が行われ、直後にチルノによる選手宣誓が行われる。
「あたいは普通の選手宣誓はしない。これはここにいるみんなへのあたいの宣戦布告だ。
 選手諸君、時はきた!
 すべての力を開放し、望むがままの戦略を行え!
 勝利のために生命を燃やすのだ!
 さあ、愚かにして勇敢なる挑戦者どもよ!
 最強への見果てぬ夢を抱いて、我が前に散れ!
 すべてを超えてあたいが最強だ!」

 チルノの戦言(せんげん)に観客席のすべてが凍り付く。
 「やっちまった」との声すら聞こえない。観客席から見た参加者は強者であるほど顔を伏せて震えている。
 それを涼しい表情で流してチルノが引っ込む。
 参加者は大半が笑いをこらえるのに必死だった。観客席が想像していたような“安い挑発に怒った”わけではない。
 全力を出したらチルノは一体何秒持つだろうか? そんな実力で喧嘩を売ったそのクソ度胸だけは高く評価する……というのが多数派だ。
 この後第一試合が行われる。そのために全チームが分かれた。
 ボールが土を固めたコートの中央に置かれている。
 審判の合図で中央に置かれたただ一つのボールを奪い合う。空中でボールを投げるスタイルだと幻想郷の場合では、選手が全員飛べるので意味がない。
 コートの壁は神奈子と紫の合作結界だ。戦いの余波は外に漏れない。
 広さは大体十五メートル四方となる。これが自陣だ。相手コートを合わせれば十五×三十メートル、外の世界のコートよりも広い。
 上空には制限がない。幻想郷の住人にあわせたルール改正だそうだ。
 いよいよドッジボール大会が開幕する。コートに入場しているのは二チーム。
 両チームともに入場を完了した。これよりプライドをかけた決戦が幕を上げる。

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