八雲紫は冬眠する、最初にそれを聞いた時はそりゃあ驚いたわ。熊かっての。
でもホントに驚くくらいスヤスヤ眠ってる。静かすぎてまるで死人みたいに横たわってる。
まあ、それだけならまだいいのよ。でもあいつが酒の席で、冬の間ずっと夢の中にいないといけなくて寂しいって、幽々子のやつに愚痴ってたのを聞いちゃった。
ならもう、私は行動するしかない。
すぐに私は天界中の本棚をひっくり返して、夢に渡る方法を探し出した。
夢の支配者に対して交渉し、ある程度の権限を譲渡してもらい、一部だが他人の夢に渡航することができるようになった。
そして私は、満を持して冬眠中の紫の夢にやってきた――!
「私、八雲紫16歳、幻想高校に通う華の高校二年生☆」
「おい」
「去年は忙しくって部活動に入れなかったんだ。今年からは部活も遊びもいっぱいしちゃう! でも一番期待してるのは、レ・ン・ア・イ☆」
「おいこらババア」
「どんな出会いがあるのかなあ。高校の裏には寂れた神社があって、そこで告白したカップルは永遠に……」
「……全人類の緋想天!」
――夢の中は煩悩でいっぱいだった!
「正座」
「ハイ」
夢の中、コンクリートの道路で仁王立ちした天子が、セーラー服姿の紫を睨みつけて命令を下した。
膝だしルーズソックスの脚で正座して、紫はごまかすような苦笑いを浮かべている。
「て、天子さんは何故ここにいらっしゃるので……」
「私ね、紫が寂しいって言うから頑張って夢の中入れるようにしたのよ。ドレミーのやつのために色んなとこに頭下げて、黄昏新作に出れるよう融通したり」
「それでPVにいたのね彼女」
まさかの事実と天子の頑張りに紫としても驚くばかりだ。
「で……ねえ? 何してるのこれ?」
「夢の中身改造して遊んでました……」
「これあれよね、学園生活を通して女の子とキャッキャウフフしたりするようなやつよね」
「そ、それはその」
「よね?」
「はいその通りです……」
紫としては内心「自分の夢だしどう扱ってもいいじゃない……」と思っていたが、それを言ったところでどうにもなるわけでもないので、大人しく天子に頭を下げていた。
天子の努力は嬉しいし、彼女が来るとわかっていたのなら相応の準備もしていたのだが、サプライズでこんな場面に来られるとはなんと間が悪いことか。
まあ冬眠中は毎回こうやって遊んでるので間が悪くない時がないのだが。
「いやその何ていうかね、最初は違ったのよ」
「ほおー、どういうこと?」
「冬の間、なにもせずずっと寝っぱなしっていうのも時間の無駄じゃない? だから昔から明晰夢を利用して、現実世界のシミュレーションをやってたのよ。幻想郷の行く末について探ってみたりとか」
「ふうん」
「でもほら、最近はもう幻想郷も安定してて昔ほど手間がかからなくなったし、そうするとやっぱり暇になっちゃってだからその外界のゲームをインプットしてみたりして」
「暇つぶしに女の子をたぶらかそうとしてたわけだ」
「ごめんなさい」
なんとか言い訳をこねようとするのだが、天子の一睨みに妖怪の賢者は平謝りするばかりだった。
天子としても寂しさを埋めるのに、擬似的なコミュニケーションが取れるような夢を見たいという気持ちはわかる。
わかるけれど、選択肢が酷い。
「はあ~。寂しいって聞いてたから苦労して夢の中までやってきたっていうのに、やってるのがギャルゲー……」
「っていうか天子もギャルゲー知ってるのね」
「早苗ん家でね、神奈子がロリキャラばっかのゲームやってたの見たわ」
「何やってるのあの神様……ゲームなんかしてないでリアルで求めればいいのに」
「お前もな」
現実にこんな雲の上にいるような絶世の美少女がいるのに何やってんだと天子が冷たい目で睨む。
別にこの二人は告白して愛を通じ合わせたわけでもないのだが、普段からべったりしてお互いに好意はわかってるはずだし、まあなんだ察しろバーローという中途半端に甘々な関係だ。浮気というわけでもないのだが、これから他の仮想人物とイチャコラしようとしてるのには普通に腹立つ。
普段からよく嫉妬しているくせして、自分だけ裏で女侍らせて楽しもうなぞ言語道断。衣玖と仲良くしてると嫉妬して割り込みかけてきてるの知ってるんだぞこっちは。
「まあいいわ。優しい私はこのことは水に流してあげる」
「初っ端に最大火力ぶち込んでくるなんて、涙が出そうなくらい優しいわね」
「うっさい。とにかく、くだらないことやってないで遊びましょうよ! せっかく夢の中に来たんだもの、海作って泳ぎ回ったりさー、ランダムダンジョンでも行ったり!」
「せっかく来てくれて嬉しいんだけど。ごめんなさい、無理です」
「はい?」
「ゲームのエンディング見るまで冬眠から覚めれないの。夢の内部もクリアまでロックされたままだし、だからまずゲームで誰かと結ばれてクリアしないとだめ」
「はあー!?」
せっかく紫とのひと冬のアバンチュールを期待していた天子だったが、無情にも言い渡された内容に声を荒げた。
「何よそれ!? 私の前で紫が別の女とイチャコラするの見てろってこと!?」
「お、怒られてもこればっかりはどうにもならないわよ! 私でもゲームクリアまで変更は無理!」
「ぐぬぬぬぬぬ」
天子としては怒鳴り散らしたい気持ちでいっぱいだったが、それで解決するわけでもないしこらえた。
口端を引きつらせながら、努めてニッコリと笑顔を貼り付ける。
「それで、この女誑しババアはどんないたいけな女の子を貪るつもりなのかしら?」
「……て、天子、怒ってる?」
「怒ってないわよ、私キレさせたら大したもんよ」
怖い笑顔の少女を前にして、紫は肩を竦ませる。
やだわー、天子をキレさすなんて私ったらさすが妖怪の賢者大したもんだわー、ってこのバカ! と内心で一人ツッコミしながら紫は立ち上がり踵を返した。
「これは外界の学校に通う中で恋人を作るシミュレーションゲームよ。今はまだゲームのオープニングで、これから学校に向かうところ。この道を進めばゲームが進行してイベントが発生するわ」
「はいはいわかったわ、とっとと終わらせて遊んでよね」
天子は不機嫌なのを抑えて、前を行く紫について歩いた。貴重なセーラー服姿の紫が、金色の長髪を揺らして軽やかに歩く姿に怒りが和らいでしまうのが、それはそれでムカつく。
いつもはババアババアと憎まれ口を言ってるが、やっぱり綺麗だなと考えていると、目の前の紫が曲がり角で誰かとぶつかって転げた。
『いったぁーい! どこ見て歩いてんのよ!』
角の向こうから聞こえた声に、何か不思議なものを感じて天子が覗き込んでみると、そこにいた人物に思わず声が出た。
尻もちをついていた少女は空を映したような青い髪、燃えるような緋色の瞳。
紫と同じくセーラー服を身にまとっているが、これはいつも鏡に映る姿と見紛うことなき。
「わ、私と同じ顔がいる……!?」
「どうせ夢を見るんだもの、ゲームのキャラをちょいちょいっと現実に重ねてるわ」
てっきり外界のゲームをそのままなぞると思っていた天子だったが、そうではなかったのだ。
天子の目の前で、再現されたゲームの天子が立ち上がって腰の砂を払うと紫を睨みつけた。
『あー! あんたパンツ覗き見したでしょ! サイッテー!』
「やはり天子にはリボン付きがパンツ似合うわ……ナイスよね!」
『死ね変態!』
「死ね変態!」
天子とハモったゲームキャラは、紫の横っ面を引っ叩くと学校に遅れると慌てて走り出した。
紫は赤くなった頬を押さえながら、冷静に今の少女について説明する。
「この娘はメインヒロインのツンデレ天子ね」
「……そっかぁ、私がメインヒロインか、へへへ」
紫の疑似恋愛の相手が自分だと知るやいなや、天子はすっかり機嫌を良くしたらしく嬉しそうに頬をニヤつかせていた。
「喜んでいただたようでなによりだわ」
「喜んでなんかないし! でもまあ、本来なら無断でこんなことに私を使うなんて許さないけど、今回は特別に許してあげるわ!」
『あれ? どうしたのゆかりん、こんなところで立ち止まって』
「ん?」
またもや妙な声が聞こえて天子が振り向いてみると、またそこには自分と同じ顔の少女がいた。ただしこっちはポニーテールだ。
『早くしないと学校遅刻しちゃうよ……って、わっ!? どうしたのその顔真っ赤!?』
「え? さっきツンデレの私が先行ったわよね?」
「あぁ、こっちは幼馴染で何かと世話を焼いてくれるデレデレ天子よ」
『アーッハッハッハ。土臭い妖怪が、こんなところでうずくまって何をしているの?』
「こっちはお金持ちキャラで傲慢なことばっかり言ってる高飛車天子。髪型はツインテール」
『おぉ、八雲さんね。今度の練習試合の件、考えてくれた?』
「こっちは部活仲間の剣道部天子。ちなみに短髪」
『こらそこ! 何をたむろってるの、始業式に遅れるわよ!』
「こっちは生徒会長だけど裏で頑張ってる努力家天子。長髪だけどこっちは眼鏡よ」
「私しかいないじゃないの!?」
ぞろぞろと交差点に集まってくる同じ顔のキャラクターに天子はゾッとして声を荒げた。
青い顔をするリアル天子に、紫はわかってないなあと鼻で笑うと、自分を囲む仮想天子を示すように両腕を広げた。
「何言ってるの、これこそ私の理想郷。様々な解釈の天子を味わい尽くせるてんこメモリアルよ!」
「はたから見てて狂気だわ!!」
嬉しいけども! 嬉しいけどももうちょっと手加減ってものがあるだろ! と全力投球過ぎる賢者に天子が吐き捨てた。
「こ、これからゲーム終了までずっと私と同じ顔を眺めないといけないとか……正気度保つのかしらこれ」
「大丈夫よすぐ慣れるわ。私は見てて飽きないわよ?」
「そりゃあんたはね!」
冒頭のキャラ紹介を手早く済ませると、一同は学校へ向かい始業式に参加する。
辟易するような長話の中、紫がパイプ椅子に座ってるのを仕方なく天子は付き添った。
「あー暇。なんでお偉いさんの話ってどこも長ったらしいのかしら」
「とか言いつつ前の席の背中蹴るの止めてあげなさい」
「いいじゃないの、こいつら私のこと見えてないみたいだし。蹴られるっ方も何事もないって顔してるじゃないの」
どうやらイレギュラーである天子はいない扱いになってるらしい、紫以外には誰にも見向きもされない。
今しがた蹴ってるのだってあくまで椅子の背もたれであり、そこに座った高校男子を蹴り飛ばそうとしても足はすり抜けるだけだった。
「でもこれだけ無視されると逆に面白くなってくるわね。この建物を全部緋想の剣でぶっ飛ばしてみようかしら」
「止めなさいそんなこと。それより演台に裸で乗り出してびっくりするほどユートピアって叫びまわるのをおすすめするわ」
「私のが止められるのはわかるけど、あんたのもおかしいでしょ!?」
その後、ツンデレ天子が転校生としてやってくるなどのイベントを終え、クラスのモブキャラが帰り支度を始める中で天子が机に腰掛けながら紫に問い掛けた。
「で、とりあえずここからどうするのよ」
「ゲームなんだから、当然好きなキャラを攻略するだけよ」
「簡単なやつに絞ってさっさとクリアしなさいよ」
「……寄り道しちゃダメ?」
「ダメ!!」
恋愛対象が仮想の自分ということで天子は納得したが、それはそれとして早く二人でしっぽり遊びたいのだ。
「こんなままごとはすぐに終わらせなさいよ!」
「うぅ、わかったわ。それじゃ時間を進めて期間が過ぎれば、自動的にエンディングになるからそうしましょう」
「よしよし、それでいいのよ」
天子が頷いていると、直帰しようとした紫の前にまた新しい人物が顔を出した。
『こんにちは紫、新学期早々転校生に恨まれて大変ね』
今度は天子顔ではないのだが、この少女の桜色ゆるふわウェーブも見覚えがあった。
いつもみたいに三角頭巾をあしらった帽子をかぶってないからわかりづらいが、このキャラは西行寺幽々子の流用キャラだ。
「あっ、幽々子もいるんだ」
「えぇ、攻略キャラの好感度を教えてくれる親友役よ。ちなみに誰ともくっつかなかった場合、彼女とくっつくエンドに入るわ」
それを聞いた天子は、帰ろうとしていた紫の両肩に手を置いて、一度顔を俯かせてから剣呑な表情を浮かべて紫と目を合わせた。
「……紫、絶対誰か攻略クリアしなさいよ。時間稼ぎとか軟弱なこと許さないから」
「目が怖いわよ天子ったら」
今にも背後にいる紫の親友役に斬りかかりそうなくらい殺気立っている。
理由は言わずともわかろうものだ。
「や~ん、天子から愛されすぎてゆかりん嬉しい」
「うっさい! 喜んでないでこんな茶番さっさと終わらせろ変態ババア!!」
暢気に喜ぶ紫のケツを、天子が蹴飛ばした。
こうなっては何が何でも正規のヒロインを攻略してもらわねば本物の構ってちゃんが暴れかねない。
『ゆーかり! 学校終わったし一緒に帰ろ!』
「さて、放課後になったから幼馴染天子が誘ってきたわね」
「私と同じ顔のやつが媚びた声出してるところは見てて辛いわね」
「割りとこんな感じになってること多いわよあなた」
「ウソマジで!?」
驚く天子の前で、紫が幼馴染天子の手を取るかのように、自らの右手を伸ばそうとした。
「普通に考えればこの私が一番攻略しやすそうね」
「その通り、幼馴染天子は最初から好感度が高めに設定されてるわ」
「それじゃあこの私と仲良くしなさいよ」
「えぇ、それじゃあ幼馴染と一緒に下校……を蹴って女子トイレにダイブ!!」
「なんでえ!?」
突然猛スピードで走り出した紫が、教室の扉をぶっ飛ばして手近なトイレに飛び込んだ。
「腹痛でトイレに駆け込んだら、うっかり鍵を閉め忘れてた生徒会長天子のところに突撃するラッキースケベイベント回収ー!」
『キャー!? 何してるのよあなた!!』
「うきゃー!!?」
パンツが半分くらい脱ぎかけた生徒会長天子が涙目でいるのを見て、本物の天子も我が身のように悲鳴を上げてニヤける紫を拳で叩いた。
「アホ! バカ! ヘンタイ!!! バカじゃないの!? バカじゃないの!?」
「ふふふ、褒め言葉だわ」
「リアルじゃいつもへたれて逃げるくせに、なんで急に明後日の方向にアグレッシブになるのよあんたは!?」
「だってこれ夢ですしお寿司。何をしても私の自由よ!」
「死ね! 生徒会長の私にも思いっきり蔑んだ目で見られてるじゃないの!!」
件の生徒会長天子がイベントの途中でパンツを見せびらかしたまま固まっている中、冷たい視線を放っているのを指差す。
しかし紫はわずかに鼻血を垂らしながら、なんともないようにぐっと親指を立てた。
「大丈夫よ、若干好感度は下がったけど、これで裏ルートの生徒会長の隠れM属性開花ルートが開放されるから。てんこメモリアルはいかなる属性の天子も網羅しているわ」
「やめろバカ、せっかく魔理沙の広めた噂が収まってきたのに蒸し返すな!?」
いつもは面倒くさがり屋のくせして、妙なところに本気出し過ぎなグータラ妖怪に天子は頭痛が痛いとかバカな一文を考えてしまう。
しかし紫はそれを無視して十分に生徒会長天子のパンツを堪能してから、涙目のキャラに上履きの底で蹴り飛ばされてトイレから出た。
「さて、やることやったし暇になったわね。とりあえず高飛車天子の胸を突っつきに行きましょうか」
「とりあえずで私にセクハラしに行くのやめろ、ケツの穴に緋想の剣ぶっ刺すわよ」
「これを一定回数繰り返すと巨乳化てんぱいフラグが立つの」
「……許す!」
その後、紫はまともにヒロインたちを攻略する……ということは当然ありえず、性懲りもなくセクハラ好意を繰り返した。誤字にあらず。
「剣道部が終わった後の天子のシャワールームに乱入!」
『きゃあ!? 何しにきたの八雲さん!?』
「うわー! まだ汗臭いんだから止めてよ!!」
「幼馴染天子が包丁で指を切ったのをすかさず舐め回す!」
『ちょっ、止めてよ紫。やだ、こんなとこで……!?』
「家庭科の授業中に舐めだすのがパないわね」
「生徒会長のくせに私にテストの点数で負けて、ねえどんな気持ち? どんな気持ち?」
『くぅ、悔しい……でも何なのこの胸のときめき……!』
「自分の発情顔見るのは恥ずかしすぎる……」
毎日どこかしらで騒ぎを起こしヒロイン天子たちの精神をいたぶる様子は、暇潰して神社を倒壊させた天人もびっくりと言うかドン引きだった。
そしてゲーム内の年月で半年あまりが経過した。
『紫、これが今のあなたの好感度よ』
教室で幽々子がどこからかパネルを持ち出して紫の机に音を立てて置いてみせた。
パネルに描かれた各天子たちの横には赤い文字で"宿敵"だとか"憎しみしか無い"だとか"ゴキブリと混ぜて油で煮てそのまま捨てたい"だとか書かれていた。
「おいこらババア、全員の好感度がマイナスぶっちぎってるんだけど」
「あ、あらー? おかしいわね……?」
こんなはずじゃなかったと、思わず紫も冷や汗を垂らしたくなるような惨状だった。
「あんなデレデレだった幼馴染まであんたのこと涙目で避けるようになってるじゃないの、"消し飛ばしたい黒歴史"とか書かれてるし」
「ついついことあるごとに肢体を貪ってしまったわ……リアルでは味わえない汗ばんだ脇の下は最高だった」
「完全M化したはずの生徒会長なんかあんたのこと見下した目で見てくるわよ、相当よこれ」
「引き際を誤って父親から貰ったペンダントを涎まみれにしたのがマズかったわね、ファザコン属性なの忘れてたわ」
これだけやれば当然の結果であるが、それで天子は納得できようはずがない。
「どうすんのよここまできて!! 幽々子ルートなんて見せられるのはイヤよ!?」
「安心して天子、ここから逆転できる裏技ルートが一つ残されてるわ。見なさい、普段あんまり構わなかったツンデレ天子の高感度がマイナスでカンストしてるでしょ」
「"お前の何もかも真っ黒に焼き尽くしたい"とか書かれてるわね。それがどうしたのよ天子種の天敵さんよ」
「このキャラは少々特殊でね、他のキャラの好感度の平均値がツンデレ天子にも足されていくから、本来は全キャラを同時攻略しないといけない難関ヒロイン。でも好感度が最低の時に勝負で勝つと好感度が反転する仕様になってるのよ」
「また面倒くさいのかチョロいのかよくわからない仕様ね……」
「リアルのあなたそっくりでしょ」
「無念無想の右ストレートぉ!!!」
「ご褒美ですっ!」
ムカついたからとりあえず殴っておいたが、むしろ紫は清々しい顔をして両手を上げている。
もうこいつはここで息の根を止めたほうが良いんじゃないかと天子がゲンナリしながら尋ねた。
「それで勝負って何よ?」
「それはもちろん――」
――ところかわって、放課後の学校の校庭で立ちすくむ二人の頭上で緋色の極光が瞬く。
校舎の上に浮かび上がっていたツンデレ天子が、掲げていた緋想の剣を振り下ろし、特大の気質の塊を紫に目掛けて撃ち下ろした。
「弾幕ごっこよ!」
「やっぱりね!」
自分と紫が対決となればこれしかあるまいと、天子も冷静に受け止めながら気質の波から慌てて距離を取った。
地面に激突した気質が校庭に巨大なクレーターを作り上げ、土砂を待ち切らす。
土煙をかぶりながら、天子は拳を握りしめて紫を応援した。
「よおーし、やっちゃえ紫! 私が負けるのは腹立つけどいつも通りノシちゃいなさい!!」
「ええ当然、どんな世界でも天子には負けられないわ」
「やだ、ちょっとカッコいい……」
そう言って紫はスカートを揺らしながら空に飛び上がる。
ツンデレ天子が続けざまに攻撃を仕掛けてくるのを避けながら、スキマから取り出した傘で素早く狙いをつけ、必中の光線を撃ち込んだ。
観戦していた天子もうなるほど正確な一撃、だがしかし、ツンデレ天子は紙一重で見をかわし剣を振り上げた。
「あ、あら……?」
『天啓気象の剣!』
そのまま緋想の剣が振り落とされ、するどい気質の光線が紫に目掛けて飛び込んでくる。
ギリギリでのけぞって避けた紫だったが、鼻先をかすめて肉が焼ける臭いがした。
「あっぶなぁー!!?」
「あれ? ツンデレの私、強くない? 動きの無駄の無さとか、いつもと違って超絶本気モードなんだけど」
本来の天子は戦いに勝つよりも楽しむことを優先するため無駄な動きが多い。
だがこのツンデレ天子の動作は洗練されており一切の無駄がなく、漲った闘気は天子以上だろう。
「し、しまったわ! そういえば今回は対天子の練習も兼ねて、本気の天子にアレンジを加えて最高難易度に設定してたんだった!!」
「あっ、ズル!! 私と戦うのにそんなことしてたの!?」
裏でこっそりそんなトレーニングを重ねていたとは、天子は寝耳に水だ。
「このツンデレ天子は剣術は時斬りレベル、身体機能は鬼を超え、先読み能力は私並。欠点は胸と性格だけのパーフェクトてんこよ」
「誰が喋らなきゃ可愛い残念美少女よ!」
『アッハッハッハッハ、遅いわよ、勇気凛々の剣!!!』
狼狽える紫に向けて、ツンデレ天子が気質を放出する。
剣先から伸びた気質は校庭どころかその向こうの街にまで及び、中の人ごと建造物をふっ飛ばして平和な日常を蹂躙した。
「ま、街がぁー!? 人死に出てるでしょこれ!?」
「大丈夫、あくまでゲームだからNPCは傷付かない設定よ」
「当たり判定から無くしなさいよ、死ななくてもキャラが思いっきり吹っ飛んでるんだけど!? 関節グニャグニャで思いっきり頭から墜落してるわよ!!?」
ハボック神よろしく、空から降る瓦礫と人の群れに天子は顔を青くする。
だがツンデレ天子はそんなことを気にすることもなく、再び気質を緋想の剣に集中させた。
「第二波が来るわ! 紫避けて!」
「……ふふ、そう慌てないの、あなたらしくもない」
心配する天子に紫は軽く返すと、目を薄めて神経を集中させ、次の攻撃を読み取る。
空から降りかかる攻撃的な緋い雨を前にして、水が流れるような動きで身をかわし、砂埃を傘で防ぎながら空のツンデレ天子を睨んだ。
「何度あなたと争ったと思ってるの? 強かろうと天子は天子。遊びたがりで無駄が多い、凌ぐことは出来るわ」
『へえ、やるじゃない。その余裕がどこまで保つかしら!』
校庭から飛び立つ紫、それに対してツンデレ天子は攻撃の手を休めず、二人の間で激戦が繰り広げられる。
本物の天子は、校庭の隅でその様子を眺めていた。
「流石は紫ね、すっごいわ……あんな激しい攻撃を全部いなしてる……」
悔しいが、このツンデレ天子は技量だけなら本物より勝るだろう、それどころかその戦闘技術は幻想郷のあらゆる存在を凌駕していると言っていい。
しかしそれに対して紫は一歩も引かずに戦い続けている、彼女をライバル視している天子であるが、その戦いぶりには敬意と畏怖を抱かざるをえない。
だがそれでもツンデレ天子が優勢であった。
紫がスキマから奇襲するも、ツンデレ天子はすべてを読んで捌き切り、即座に反撃に転じている。それどころか開きかけたスキマを剣で切り裂き無効化までしている始末だ。
両者は互角なものの、ツンデレ天子の反応速度は尋常ではなく、このまま行けば紫のほうが先に崩れる可能性があった。
「見てるだけなんて不甲斐ない。できることはないの……?」
こんな事態に陥ったのは紫の自業自得だが、それでも彼女が頑張るというのなら天子は手伝いたいと思う。
かと言って天子にはこのゲームのキャラクターを傷つけることはできない。
だがこの比那名居天子に、歯がゆさにじっとしているなど、それこそできるはずがない。
「紫! こんなとこで私の偽物に負けてるんじゃないわよ、あんたは私の手で直接ぶっ飛ばすんだから!」
頭上で苦戦する紫に向かって叫び声が届けられた。
天子は懐から緋想の剣を取り出すとそこにありったけの気質を込め、緋色の刀身を輝かせる剣を上空へと投げ放つ。
紫は天子の声からその意図を無意識に悟り、驚きながらも傘から手を離して、代わりに飛んできた剣を掴み取った。
「緋想の剣!?」
「夢の中なら使えるでしょ、貸したげるわ!」
言葉を返す暇もなく空から次の攻撃が来る、特大の気質が集められ紫に向けられて放たれる。
紫は咄嗟に剣を構えると、いつも見てきた天子の軌跡をなぞった。
『全人類の緋想天!!』
「全妖怪の緋想天!!」
二つの極光が煌めくと学校の上空で激突し、飽和した気質が波紋となって広がる。
大気を揺らす閃光は拮抗したままやがて消え去り、訪れた静寂にツンデレ天子は目を見張った。
『相殺された!?』
「ふふ、良い剣じゃない。今しか使えないのが勿体無いわ」
紫が確かめるように緋想の剣を握り直す。
やけっぱち染みた難易度設定の戦いだが、届けられた思いを手にしたいま負ける気がしない。
『なら質より数よ! 行け、カナメファンネル!!』
力押しが駄目となるや、戦法を切り替えてきたツンデレ天子が無数の要石を作り出し、紫の周囲を取り囲もうとした。
だが地上から撃ち上げられた同等の要石が横合いからぶつかり、包囲網をを粉砕する。
『要石が!?』
「物なら干渉できるって証明済みよ!」
ツンデレ天子が驚愕し隙を晒す瞬間を狙い、紫が空間に開いたスキマに身を投げ込み姿を消した。
その直後、ツンデレ天子は自らの背後で空間が揺らぐのを敏感に察知した。
『転移なんてさせない!』
振り向きざまに一閃、夢という仮想空間で再現された神域の剣技は開きかけたスキマをその中身ごと両断した。
薄まって消え去るスキマから見えたのは、何でもないただの標識。
その意味を理解し、再三目を丸くしたツンデレ天子の右側で、静かに開いたスキマから紫の上半身が現れた。
「フェイクよ、本物よりあっさり引っかかりすぎね」
ようやく動き出したツンデレ天子がもう一度剣を振るおうとするその右手を、紫は左手に持つ閉じた扇子を突き出して押さえ込んだ。
筋肉が動き出して力が込められる直前のもっとも弱い瞬間、その者を知り尽くさなければ成し得ない完璧なタイミングでそれを封じる。
「時空間すら斬る剣術に、鬼を越える腕力も、呼吸を読んで出掛かりを潰せばそれでお終い」
次いで紫が右手に持った緋想の剣を下から斬り上げ、相手の手首を刃が通り抜けた。
現実とは違いダメージ表現に制限があるため手は繋がったままであったが、ツンデレ天子の持つ緋想の剣は衝撃で手放される。
ツンデレ天子が痛みに顔を歪めながら咄嗟に飛び退こうとするのを、スキマから這い出した紫は逃さず手に持った剣で喰らいついた。
緋色の刀身が胸の中心に突き立てられ、そのまま心臓を狙って振り抜かれる。
対戦相手が短い悲鳴を上げ地上に落ちるさまを、剣の輝き振りまいて空に立つ紫が見下ろした。
「ゲームのあなたは私のことを知らないけれど、私は比那名居天子のことをよく知っているのよ」
威風堂々、敵を下す紫の姿を本物の天子は地上から見上げながら安堵のため息を吐きながらこう思った。
――ああ、セーラー服姿じゃなきゃカッコついたのになぁ。
まあしかし、なんにせよ勝ちは勝ちだし喜ぼう。
空から降りてきた紫の傍に駆け寄って、勝利の余韻と浸る彼女に声を掛けた。
「へへっ、まずまずよ、紫」
「そっちこそ。」
お互いに言わずとも腕を突き出して、拳の先をコツンと当てた。
緋想の剣を返してもらいながら、こういうのもたまには悪くないなと思う。
「まあ力を貸してあげた私のお陰なんだけどね!」
「何を言ってるのでしょうか、余計な真似しなくたって架空の天子くらい私一人で倒せてましたわ」
「素直じゃないわね」
「あなたに言われたくないわ」
どっちもどっちだとわかりながら軽口を叩いていると、先に落下していたツンデレ天子が立ち上がり二人の方へ歩み寄ってきた。
服はボロボロだし切り払われた右手を押さえているが、あくまで夢のキャラクターであるため酷い外傷はない。
『負けたわ……強いのねあんた……』
悔しそうだが、邪気が払われたような清々しい声だ。
ツンデレ天子の顔に恨みはなく、勝者への賞賛と敬意の視線が紫に向けられる。
『嫌な奴だって思ってたけど、私と真正面からぶつかってくれたのなんてあんたくらいよ』
「それはどうも、お眼鏡にかなったかしら?」
『……ふん! 少しくらいは認めてあげるわ』
けれどやっぱり素直にはなりきれず、すぐに腕を組んで紫から顔をそらした。
『けど今日のはたまたま。これで私より上だなんて思わないことね! 次やる時には私が勝つんだから、首を洗って待ってなさい!』
「うーむ、こうして冷静に見ると見事なまでな負け犬の遠吠えムーブね……」
「私は好きよ、この面倒臭さが癖になるの」
「面倒くさいとか言うな」
ともかくギリギリ首の皮一枚でゲームが繋がった。
こうしてツンデレ天子ルートを開拓した二人は、攻略を彼女に絞って学園生活を駆け抜けた。
『さあ紫、今日はバスケで勝負よ!』
「体育の授業……ブルマ……輝かしい太もも……な、舐め、舐めた……ぃ……」
「おさえろババア、ようやく好感度がプラマイゼロに戻ったのパーにする気か」
『別に習い事なんて興味ないんだけど、お父様がしろっていうから歌も踊りも覚えちゃった。私ってセンス良いのよね』
「わかるわかる、やる気なくたってちょっと教えてもらえばちょっと優秀程度の芸は身に付くのよね」
「自分の写し身を見て慎みとか覚えないの?」
『きょ、今日はその、お弁当……作ってみてきたのよ……美味しい? あは、良かった』
「見てみて天子! 天子が笑ったわ天子が!!」
「あーはいはい、落ち着きなさいって。私の時はなんにもなかったくせにこいつ」
「あら、あなたが初めて笑ってくれた時も嬉しくって、一日中天子の笑顔が頭から離れなかったのよ?」
「うわ何それ、衝撃の事実。今更こんなとこで言わないでよね」
「……顔赤いわよ」
「う、うるさい!」
そしてついに、ゲーム開始から一年が経過した。
二年生の終わりにツンデレ天子に呼び出された紫は、学校裏の寂れた神社にまでやってきていた。
『……ねえ、ここまで着いてきてくれてありがとう』
「ここまで長かったわ……いいシナリオだったわね……」
「うん……まさかこのツンデレの私が大昔の勇者の生まれ変わりで、夜な夜な学校のみんなのために戦ってたなんてね……」
「異世界まで巻き込んだ大戦争だったわ……テキスト保存したら1000KBはくだらない内容ね……」
「最後に世界の業を背負って犠牲になろうとするツンデレの手を引っ張るところは泣けたわ……」
どこぞの東方創想話なら文句なしの万点クラスの愛と勇気のラブストーリーだった。
『ここに呼び出した理由ってのはさ……なんとなく予想は付いてるとは思うんだけどね……』
「念願のエンディングね、ここまで楽しめたわ」
「私としちゃ半分くらい悪夢だったけどね」
『この神社で……キス、した二人は永遠に結ばれるっていう』
「…………は?」
聞き捨てならない台詞に天子が真顔になった。
「さあ待ちに待ったラストシーン。藍、橙、私……幸せになるわー!」
「まてまてまてーい!!!」
頬を緩ませてご褒美に飛びつこうとした紫の首根っこを、天子が慌てて掴み取る。
「コラー!! ここまでの変態行為は見過ごしてきたけどさすがに許さないわよ! キスなんて! よりにもよってキスなんて!!」
「止めないで! せっかく今日のためにさくらんぼの枝で練習してきたのよ、いま私の目の前に桃源郷が!」
「止めるわバカー!!」
セクハラならまでしも、いくらなんでもキスシーンまで見せつけられるなんて冗談ではないと天子が食って掛かる。
しかし紫は眉を正すと、一歩も引かずに鋭い視線を返した。
「何故止めるのかしら、私があなたとまだ恋人関係でない以上、私がどこで誰とキスしようが勝手では?」
「うっ、そうだけど……って、いや! 私の顔じゃない! 目の前で自分と同じ顔にキスされるのは嫌なんだけど!?」
「ならばそのあいだ目を閉じておいて、あるいは今からでもツンデレヒロインを振って幽々子ルートに行くことも可能よ。その場合は幽々子とキスすることになるわ」
「う……うぅ……」
進退窮まった天子が苦しそうな声を漏らして後ずさりする。
その心の隙間を狙って目を光らせた紫が天子の腕を掴んだ。
「それも嫌なら裏技として……!」
「わっ!?」
そのまま本物の天子を引っ張って、ゲームキャラのツンデレ天子にぶつけようとした。
思いもよらぬ行動に一瞬慌てる天子だったが、二人の天子は衝突することなくすり抜け、輪郭が重なり合う。
「ラストシーンくらいなら、このヒロインの虚像をあなたにかぶせて代わりにしてもらうくらいは出来るわよ」
天子はいつのまにかセーラー服を来ていた自分を見下ろして意図に気づくと、恨めしげに下から紫の顔を見上げた。
「……意地悪、ドS、あんた最初からそのつもりだったわね」
「そうかもしれないわね、どうする?」
紫が薄く微笑んで天子の顎を指先でなぞった。
くすぐったさに少女の体がビクリと震えたが、紫の指先に力がこもって顎を持ち上げるのに天子は抵抗しない。
頬が紅潮し、瞳を震わせながら、天子は一言だけ呟いた。
「……やってよ」
そして唇が緩く結ばれる。
天子がゆっくりと瞳を閉じるのを眺めながら、紫は耳を真っ赤にしながら肩をブルブルと震わせていた。
――キタキタキタキター!!! 計画通り!!
自分でも意地悪すぎて断られるかと思ったけど上手く行ったわ! 何、どちらにせよ問題ないわ、ここでの出来事も所詮は夢。夢に潜ることに不慣れな天子の記憶をあやふやにするくらい簡単なこと。
つまり、後腐れなくキスできる!
このスキマ妖怪、何千年も生きてるくせしてウブで肝心なところでへたれて攻めきれない乙女だった。
そのためこれまで機会があっても、天子との触れ合いはせいぜい抱き合う程度で、決定的な一線を越えられずにいた。
だが、どうせ覚えていないんだからと考えれば思いっきりはっちゃけられる!
紫は緊張で全身震わせながらも、とうとう決断した。
「さ、さあ天子。覚悟は良い?」
――嗚呼、念願の天子の唇。夢の存在じゃない、夢の中だけど本物の天子とキス!
しかし紫が恐る恐る唇を近づけようとしたその時、天子の足が爪先立ちになり唐突に両者の距離をゼロに縮めた。
「――――!!!!!?!?!??!!?」
いきなり視界いっぱいを占領した天子の顔と、唇から伝わってくる未知の感触に、紫が目を飛び出さんほど丸くしていると、その身体に天子の腕が回されてガッチリホールドする。
不意を継いて紫を拘束した天子は一度顔を離し、真っ赤な顔で混乱しまくる紫を上目遣いで見つめた。
「へっ??? へっ!??? へっ!!!??? て、天子、てんし!?」
「練習してたのは、あんただけじゃないんだからね」
そう言うと天子は暑い吐息を紫の首筋に漏らし、唇の奥から湿った舌を覗かせてもう一度顔を近づけた。
「もう、我慢なんてできないんだから。責任取って――――」
紫は逃げることもできず、唇を重ねられた上に、舌まで口の中に捩じ込まれ存分にねぶられた。
その後は、たっぷり日が暮れるまで寂れた神社に水気のある音が響くこととなった。
紫はただ求められるまま、天子がしていたという練習の成果に蹂躙されることとなる。
ただ支離滅裂に混濁した紫の思考を表すと――しあわせ、の一言だった。
――――――――
――――
――
「――ハッ、なんかとんでもない夢を見てた気がする」
夢から覚めた天子は、寝ている紫の隣で起き上がった。
そして夢の世界で何があったのか思い出し、思わず唇を手で押さえてから、今度は緩んだ頬を支える。
「そっかぁ……夢の中だけど、私とうとう紫と……えへへへへ……」
夕暮れに染まる神社で、紫を押し倒して延々唇を貪ったあの時間は、至福の一時だった。
思い出しただけで湧き上がってくる幸福感に浸っていると、その隣で冬眠していたはずの紫が唸り声を上げて起き上がった。
「ううん……」
「あれ? 紫おはよう……まだ春じゃないけど起きれるの?」
紫の様子はどこかおかしい。
うつろな目で天子を見向きもしないままボーっとしている。
「メモリーに深刻な障害が発生しました」
「へっ?」
「ピーピーガガガガガガメモリーから犯罪的なリップクリームを検出しました、説明書からお花を選択して三時間煮て下さささささい」
「ちょっ、紫!? 紫!!?」
「幻想郷保全の観点から少女の使用を推奨しままます、漬物石の在り処から推測して最終フェーズからららら、お爺さんとお婆さんがががががレボリューションしています、最後に手に入れた桃をお尻から標識にしててててててててててて、ぜんじんるいのひそうてーん!!!」
「らーん! 紫が壊れたー! 何もしてないのに壊れた、ちょっと来てらーん!!!」
でもホントに驚くくらいスヤスヤ眠ってる。静かすぎてまるで死人みたいに横たわってる。
まあ、それだけならまだいいのよ。でもあいつが酒の席で、冬の間ずっと夢の中にいないといけなくて寂しいって、幽々子のやつに愚痴ってたのを聞いちゃった。
ならもう、私は行動するしかない。
すぐに私は天界中の本棚をひっくり返して、夢に渡る方法を探し出した。
夢の支配者に対して交渉し、ある程度の権限を譲渡してもらい、一部だが他人の夢に渡航することができるようになった。
そして私は、満を持して冬眠中の紫の夢にやってきた――!
「私、八雲紫16歳、幻想高校に通う華の高校二年生☆」
「おい」
「去年は忙しくって部活動に入れなかったんだ。今年からは部活も遊びもいっぱいしちゃう! でも一番期待してるのは、レ・ン・ア・イ☆」
「おいこらババア」
「どんな出会いがあるのかなあ。高校の裏には寂れた神社があって、そこで告白したカップルは永遠に……」
「……全人類の緋想天!」
――夢の中は煩悩でいっぱいだった!
「正座」
「ハイ」
夢の中、コンクリートの道路で仁王立ちした天子が、セーラー服姿の紫を睨みつけて命令を下した。
膝だしルーズソックスの脚で正座して、紫はごまかすような苦笑いを浮かべている。
「て、天子さんは何故ここにいらっしゃるので……」
「私ね、紫が寂しいって言うから頑張って夢の中入れるようにしたのよ。ドレミーのやつのために色んなとこに頭下げて、黄昏新作に出れるよう融通したり」
「それでPVにいたのね彼女」
まさかの事実と天子の頑張りに紫としても驚くばかりだ。
「で……ねえ? 何してるのこれ?」
「夢の中身改造して遊んでました……」
「これあれよね、学園生活を通して女の子とキャッキャウフフしたりするようなやつよね」
「そ、それはその」
「よね?」
「はいその通りです……」
紫としては内心「自分の夢だしどう扱ってもいいじゃない……」と思っていたが、それを言ったところでどうにもなるわけでもないので、大人しく天子に頭を下げていた。
天子の努力は嬉しいし、彼女が来るとわかっていたのなら相応の準備もしていたのだが、サプライズでこんな場面に来られるとはなんと間が悪いことか。
まあ冬眠中は毎回こうやって遊んでるので間が悪くない時がないのだが。
「いやその何ていうかね、最初は違ったのよ」
「ほおー、どういうこと?」
「冬の間、なにもせずずっと寝っぱなしっていうのも時間の無駄じゃない? だから昔から明晰夢を利用して、現実世界のシミュレーションをやってたのよ。幻想郷の行く末について探ってみたりとか」
「ふうん」
「でもほら、最近はもう幻想郷も安定してて昔ほど手間がかからなくなったし、そうするとやっぱり暇になっちゃってだからその外界のゲームをインプットしてみたりして」
「暇つぶしに女の子をたぶらかそうとしてたわけだ」
「ごめんなさい」
なんとか言い訳をこねようとするのだが、天子の一睨みに妖怪の賢者は平謝りするばかりだった。
天子としても寂しさを埋めるのに、擬似的なコミュニケーションが取れるような夢を見たいという気持ちはわかる。
わかるけれど、選択肢が酷い。
「はあ~。寂しいって聞いてたから苦労して夢の中までやってきたっていうのに、やってるのがギャルゲー……」
「っていうか天子もギャルゲー知ってるのね」
「早苗ん家でね、神奈子がロリキャラばっかのゲームやってたの見たわ」
「何やってるのあの神様……ゲームなんかしてないでリアルで求めればいいのに」
「お前もな」
現実にこんな雲の上にいるような絶世の美少女がいるのに何やってんだと天子が冷たい目で睨む。
別にこの二人は告白して愛を通じ合わせたわけでもないのだが、普段からべったりしてお互いに好意はわかってるはずだし、まあなんだ察しろバーローという中途半端に甘々な関係だ。浮気というわけでもないのだが、これから他の仮想人物とイチャコラしようとしてるのには普通に腹立つ。
普段からよく嫉妬しているくせして、自分だけ裏で女侍らせて楽しもうなぞ言語道断。衣玖と仲良くしてると嫉妬して割り込みかけてきてるの知ってるんだぞこっちは。
「まあいいわ。優しい私はこのことは水に流してあげる」
「初っ端に最大火力ぶち込んでくるなんて、涙が出そうなくらい優しいわね」
「うっさい。とにかく、くだらないことやってないで遊びましょうよ! せっかく夢の中に来たんだもの、海作って泳ぎ回ったりさー、ランダムダンジョンでも行ったり!」
「せっかく来てくれて嬉しいんだけど。ごめんなさい、無理です」
「はい?」
「ゲームのエンディング見るまで冬眠から覚めれないの。夢の内部もクリアまでロックされたままだし、だからまずゲームで誰かと結ばれてクリアしないとだめ」
「はあー!?」
せっかく紫とのひと冬のアバンチュールを期待していた天子だったが、無情にも言い渡された内容に声を荒げた。
「何よそれ!? 私の前で紫が別の女とイチャコラするの見てろってこと!?」
「お、怒られてもこればっかりはどうにもならないわよ! 私でもゲームクリアまで変更は無理!」
「ぐぬぬぬぬぬ」
天子としては怒鳴り散らしたい気持ちでいっぱいだったが、それで解決するわけでもないしこらえた。
口端を引きつらせながら、努めてニッコリと笑顔を貼り付ける。
「それで、この女誑しババアはどんないたいけな女の子を貪るつもりなのかしら?」
「……て、天子、怒ってる?」
「怒ってないわよ、私キレさせたら大したもんよ」
怖い笑顔の少女を前にして、紫は肩を竦ませる。
やだわー、天子をキレさすなんて私ったらさすが妖怪の賢者大したもんだわー、ってこのバカ! と内心で一人ツッコミしながら紫は立ち上がり踵を返した。
「これは外界の学校に通う中で恋人を作るシミュレーションゲームよ。今はまだゲームのオープニングで、これから学校に向かうところ。この道を進めばゲームが進行してイベントが発生するわ」
「はいはいわかったわ、とっとと終わらせて遊んでよね」
天子は不機嫌なのを抑えて、前を行く紫について歩いた。貴重なセーラー服姿の紫が、金色の長髪を揺らして軽やかに歩く姿に怒りが和らいでしまうのが、それはそれでムカつく。
いつもはババアババアと憎まれ口を言ってるが、やっぱり綺麗だなと考えていると、目の前の紫が曲がり角で誰かとぶつかって転げた。
『いったぁーい! どこ見て歩いてんのよ!』
角の向こうから聞こえた声に、何か不思議なものを感じて天子が覗き込んでみると、そこにいた人物に思わず声が出た。
尻もちをついていた少女は空を映したような青い髪、燃えるような緋色の瞳。
紫と同じくセーラー服を身にまとっているが、これはいつも鏡に映る姿と見紛うことなき。
「わ、私と同じ顔がいる……!?」
「どうせ夢を見るんだもの、ゲームのキャラをちょいちょいっと現実に重ねてるわ」
てっきり外界のゲームをそのままなぞると思っていた天子だったが、そうではなかったのだ。
天子の目の前で、再現されたゲームの天子が立ち上がって腰の砂を払うと紫を睨みつけた。
『あー! あんたパンツ覗き見したでしょ! サイッテー!』
「やはり天子にはリボン付きがパンツ似合うわ……ナイスよね!」
『死ね変態!』
「死ね変態!」
天子とハモったゲームキャラは、紫の横っ面を引っ叩くと学校に遅れると慌てて走り出した。
紫は赤くなった頬を押さえながら、冷静に今の少女について説明する。
「この娘はメインヒロインのツンデレ天子ね」
「……そっかぁ、私がメインヒロインか、へへへ」
紫の疑似恋愛の相手が自分だと知るやいなや、天子はすっかり機嫌を良くしたらしく嬉しそうに頬をニヤつかせていた。
「喜んでいただたようでなによりだわ」
「喜んでなんかないし! でもまあ、本来なら無断でこんなことに私を使うなんて許さないけど、今回は特別に許してあげるわ!」
『あれ? どうしたのゆかりん、こんなところで立ち止まって』
「ん?」
またもや妙な声が聞こえて天子が振り向いてみると、またそこには自分と同じ顔の少女がいた。ただしこっちはポニーテールだ。
『早くしないと学校遅刻しちゃうよ……って、わっ!? どうしたのその顔真っ赤!?』
「え? さっきツンデレの私が先行ったわよね?」
「あぁ、こっちは幼馴染で何かと世話を焼いてくれるデレデレ天子よ」
『アーッハッハッハ。土臭い妖怪が、こんなところでうずくまって何をしているの?』
「こっちはお金持ちキャラで傲慢なことばっかり言ってる高飛車天子。髪型はツインテール」
『おぉ、八雲さんね。今度の練習試合の件、考えてくれた?』
「こっちは部活仲間の剣道部天子。ちなみに短髪」
『こらそこ! 何をたむろってるの、始業式に遅れるわよ!』
「こっちは生徒会長だけど裏で頑張ってる努力家天子。長髪だけどこっちは眼鏡よ」
「私しかいないじゃないの!?」
ぞろぞろと交差点に集まってくる同じ顔のキャラクターに天子はゾッとして声を荒げた。
青い顔をするリアル天子に、紫はわかってないなあと鼻で笑うと、自分を囲む仮想天子を示すように両腕を広げた。
「何言ってるの、これこそ私の理想郷。様々な解釈の天子を味わい尽くせるてんこメモリアルよ!」
「はたから見てて狂気だわ!!」
嬉しいけども! 嬉しいけどももうちょっと手加減ってものがあるだろ! と全力投球過ぎる賢者に天子が吐き捨てた。
「こ、これからゲーム終了までずっと私と同じ顔を眺めないといけないとか……正気度保つのかしらこれ」
「大丈夫よすぐ慣れるわ。私は見てて飽きないわよ?」
「そりゃあんたはね!」
冒頭のキャラ紹介を手早く済ませると、一同は学校へ向かい始業式に参加する。
辟易するような長話の中、紫がパイプ椅子に座ってるのを仕方なく天子は付き添った。
「あー暇。なんでお偉いさんの話ってどこも長ったらしいのかしら」
「とか言いつつ前の席の背中蹴るの止めてあげなさい」
「いいじゃないの、こいつら私のこと見えてないみたいだし。蹴られるっ方も何事もないって顔してるじゃないの」
どうやらイレギュラーである天子はいない扱いになってるらしい、紫以外には誰にも見向きもされない。
今しがた蹴ってるのだってあくまで椅子の背もたれであり、そこに座った高校男子を蹴り飛ばそうとしても足はすり抜けるだけだった。
「でもこれだけ無視されると逆に面白くなってくるわね。この建物を全部緋想の剣でぶっ飛ばしてみようかしら」
「止めなさいそんなこと。それより演台に裸で乗り出してびっくりするほどユートピアって叫びまわるのをおすすめするわ」
「私のが止められるのはわかるけど、あんたのもおかしいでしょ!?」
その後、ツンデレ天子が転校生としてやってくるなどのイベントを終え、クラスのモブキャラが帰り支度を始める中で天子が机に腰掛けながら紫に問い掛けた。
「で、とりあえずここからどうするのよ」
「ゲームなんだから、当然好きなキャラを攻略するだけよ」
「簡単なやつに絞ってさっさとクリアしなさいよ」
「……寄り道しちゃダメ?」
「ダメ!!」
恋愛対象が仮想の自分ということで天子は納得したが、それはそれとして早く二人でしっぽり遊びたいのだ。
「こんなままごとはすぐに終わらせなさいよ!」
「うぅ、わかったわ。それじゃ時間を進めて期間が過ぎれば、自動的にエンディングになるからそうしましょう」
「よしよし、それでいいのよ」
天子が頷いていると、直帰しようとした紫の前にまた新しい人物が顔を出した。
『こんにちは紫、新学期早々転校生に恨まれて大変ね』
今度は天子顔ではないのだが、この少女の桜色ゆるふわウェーブも見覚えがあった。
いつもみたいに三角頭巾をあしらった帽子をかぶってないからわかりづらいが、このキャラは西行寺幽々子の流用キャラだ。
「あっ、幽々子もいるんだ」
「えぇ、攻略キャラの好感度を教えてくれる親友役よ。ちなみに誰ともくっつかなかった場合、彼女とくっつくエンドに入るわ」
それを聞いた天子は、帰ろうとしていた紫の両肩に手を置いて、一度顔を俯かせてから剣呑な表情を浮かべて紫と目を合わせた。
「……紫、絶対誰か攻略クリアしなさいよ。時間稼ぎとか軟弱なこと許さないから」
「目が怖いわよ天子ったら」
今にも背後にいる紫の親友役に斬りかかりそうなくらい殺気立っている。
理由は言わずともわかろうものだ。
「や~ん、天子から愛されすぎてゆかりん嬉しい」
「うっさい! 喜んでないでこんな茶番さっさと終わらせろ変態ババア!!」
暢気に喜ぶ紫のケツを、天子が蹴飛ばした。
こうなっては何が何でも正規のヒロインを攻略してもらわねば本物の構ってちゃんが暴れかねない。
『ゆーかり! 学校終わったし一緒に帰ろ!』
「さて、放課後になったから幼馴染天子が誘ってきたわね」
「私と同じ顔のやつが媚びた声出してるところは見てて辛いわね」
「割りとこんな感じになってること多いわよあなた」
「ウソマジで!?」
驚く天子の前で、紫が幼馴染天子の手を取るかのように、自らの右手を伸ばそうとした。
「普通に考えればこの私が一番攻略しやすそうね」
「その通り、幼馴染天子は最初から好感度が高めに設定されてるわ」
「それじゃあこの私と仲良くしなさいよ」
「えぇ、それじゃあ幼馴染と一緒に下校……を蹴って女子トイレにダイブ!!」
「なんでえ!?」
突然猛スピードで走り出した紫が、教室の扉をぶっ飛ばして手近なトイレに飛び込んだ。
「腹痛でトイレに駆け込んだら、うっかり鍵を閉め忘れてた生徒会長天子のところに突撃するラッキースケベイベント回収ー!」
『キャー!? 何してるのよあなた!!』
「うきゃー!!?」
パンツが半分くらい脱ぎかけた生徒会長天子が涙目でいるのを見て、本物の天子も我が身のように悲鳴を上げてニヤける紫を拳で叩いた。
「アホ! バカ! ヘンタイ!!! バカじゃないの!? バカじゃないの!?」
「ふふふ、褒め言葉だわ」
「リアルじゃいつもへたれて逃げるくせに、なんで急に明後日の方向にアグレッシブになるのよあんたは!?」
「だってこれ夢ですしお寿司。何をしても私の自由よ!」
「死ね! 生徒会長の私にも思いっきり蔑んだ目で見られてるじゃないの!!」
件の生徒会長天子がイベントの途中でパンツを見せびらかしたまま固まっている中、冷たい視線を放っているのを指差す。
しかし紫はわずかに鼻血を垂らしながら、なんともないようにぐっと親指を立てた。
「大丈夫よ、若干好感度は下がったけど、これで裏ルートの生徒会長の隠れM属性開花ルートが開放されるから。てんこメモリアルはいかなる属性の天子も網羅しているわ」
「やめろバカ、せっかく魔理沙の広めた噂が収まってきたのに蒸し返すな!?」
いつもは面倒くさがり屋のくせして、妙なところに本気出し過ぎなグータラ妖怪に天子は頭痛が痛いとかバカな一文を考えてしまう。
しかし紫はそれを無視して十分に生徒会長天子のパンツを堪能してから、涙目のキャラに上履きの底で蹴り飛ばされてトイレから出た。
「さて、やることやったし暇になったわね。とりあえず高飛車天子の胸を突っつきに行きましょうか」
「とりあえずで私にセクハラしに行くのやめろ、ケツの穴に緋想の剣ぶっ刺すわよ」
「これを一定回数繰り返すと巨乳化てんぱいフラグが立つの」
「……許す!」
その後、紫はまともにヒロインたちを攻略する……ということは当然ありえず、性懲りもなくセクハラ好意を繰り返した。誤字にあらず。
「剣道部が終わった後の天子のシャワールームに乱入!」
『きゃあ!? 何しにきたの八雲さん!?』
「うわー! まだ汗臭いんだから止めてよ!!」
「幼馴染天子が包丁で指を切ったのをすかさず舐め回す!」
『ちょっ、止めてよ紫。やだ、こんなとこで……!?』
「家庭科の授業中に舐めだすのがパないわね」
「生徒会長のくせに私にテストの点数で負けて、ねえどんな気持ち? どんな気持ち?」
『くぅ、悔しい……でも何なのこの胸のときめき……!』
「自分の発情顔見るのは恥ずかしすぎる……」
毎日どこかしらで騒ぎを起こしヒロイン天子たちの精神をいたぶる様子は、暇潰して神社を倒壊させた天人もびっくりと言うかドン引きだった。
そしてゲーム内の年月で半年あまりが経過した。
『紫、これが今のあなたの好感度よ』
教室で幽々子がどこからかパネルを持ち出して紫の机に音を立てて置いてみせた。
パネルに描かれた各天子たちの横には赤い文字で"宿敵"だとか"憎しみしか無い"だとか"ゴキブリと混ぜて油で煮てそのまま捨てたい"だとか書かれていた。
「おいこらババア、全員の好感度がマイナスぶっちぎってるんだけど」
「あ、あらー? おかしいわね……?」
こんなはずじゃなかったと、思わず紫も冷や汗を垂らしたくなるような惨状だった。
「あんなデレデレだった幼馴染まであんたのこと涙目で避けるようになってるじゃないの、"消し飛ばしたい黒歴史"とか書かれてるし」
「ついついことあるごとに肢体を貪ってしまったわ……リアルでは味わえない汗ばんだ脇の下は最高だった」
「完全M化したはずの生徒会長なんかあんたのこと見下した目で見てくるわよ、相当よこれ」
「引き際を誤って父親から貰ったペンダントを涎まみれにしたのがマズかったわね、ファザコン属性なの忘れてたわ」
これだけやれば当然の結果であるが、それで天子は納得できようはずがない。
「どうすんのよここまできて!! 幽々子ルートなんて見せられるのはイヤよ!?」
「安心して天子、ここから逆転できる裏技ルートが一つ残されてるわ。見なさい、普段あんまり構わなかったツンデレ天子の高感度がマイナスでカンストしてるでしょ」
「"お前の何もかも真っ黒に焼き尽くしたい"とか書かれてるわね。それがどうしたのよ天子種の天敵さんよ」
「このキャラは少々特殊でね、他のキャラの好感度の平均値がツンデレ天子にも足されていくから、本来は全キャラを同時攻略しないといけない難関ヒロイン。でも好感度が最低の時に勝負で勝つと好感度が反転する仕様になってるのよ」
「また面倒くさいのかチョロいのかよくわからない仕様ね……」
「リアルのあなたそっくりでしょ」
「無念無想の右ストレートぉ!!!」
「ご褒美ですっ!」
ムカついたからとりあえず殴っておいたが、むしろ紫は清々しい顔をして両手を上げている。
もうこいつはここで息の根を止めたほうが良いんじゃないかと天子がゲンナリしながら尋ねた。
「それで勝負って何よ?」
「それはもちろん――」
――ところかわって、放課後の学校の校庭で立ちすくむ二人の頭上で緋色の極光が瞬く。
校舎の上に浮かび上がっていたツンデレ天子が、掲げていた緋想の剣を振り下ろし、特大の気質の塊を紫に目掛けて撃ち下ろした。
「弾幕ごっこよ!」
「やっぱりね!」
自分と紫が対決となればこれしかあるまいと、天子も冷静に受け止めながら気質の波から慌てて距離を取った。
地面に激突した気質が校庭に巨大なクレーターを作り上げ、土砂を待ち切らす。
土煙をかぶりながら、天子は拳を握りしめて紫を応援した。
「よおーし、やっちゃえ紫! 私が負けるのは腹立つけどいつも通りノシちゃいなさい!!」
「ええ当然、どんな世界でも天子には負けられないわ」
「やだ、ちょっとカッコいい……」
そう言って紫はスカートを揺らしながら空に飛び上がる。
ツンデレ天子が続けざまに攻撃を仕掛けてくるのを避けながら、スキマから取り出した傘で素早く狙いをつけ、必中の光線を撃ち込んだ。
観戦していた天子もうなるほど正確な一撃、だがしかし、ツンデレ天子は紙一重で見をかわし剣を振り上げた。
「あ、あら……?」
『天啓気象の剣!』
そのまま緋想の剣が振り落とされ、するどい気質の光線が紫に目掛けて飛び込んでくる。
ギリギリでのけぞって避けた紫だったが、鼻先をかすめて肉が焼ける臭いがした。
「あっぶなぁー!!?」
「あれ? ツンデレの私、強くない? 動きの無駄の無さとか、いつもと違って超絶本気モードなんだけど」
本来の天子は戦いに勝つよりも楽しむことを優先するため無駄な動きが多い。
だがこのツンデレ天子の動作は洗練されており一切の無駄がなく、漲った闘気は天子以上だろう。
「し、しまったわ! そういえば今回は対天子の練習も兼ねて、本気の天子にアレンジを加えて最高難易度に設定してたんだった!!」
「あっ、ズル!! 私と戦うのにそんなことしてたの!?」
裏でこっそりそんなトレーニングを重ねていたとは、天子は寝耳に水だ。
「このツンデレ天子は剣術は時斬りレベル、身体機能は鬼を超え、先読み能力は私並。欠点は胸と性格だけのパーフェクトてんこよ」
「誰が喋らなきゃ可愛い残念美少女よ!」
『アッハッハッハッハ、遅いわよ、勇気凛々の剣!!!』
狼狽える紫に向けて、ツンデレ天子が気質を放出する。
剣先から伸びた気質は校庭どころかその向こうの街にまで及び、中の人ごと建造物をふっ飛ばして平和な日常を蹂躙した。
「ま、街がぁー!? 人死に出てるでしょこれ!?」
「大丈夫、あくまでゲームだからNPCは傷付かない設定よ」
「当たり判定から無くしなさいよ、死ななくてもキャラが思いっきり吹っ飛んでるんだけど!? 関節グニャグニャで思いっきり頭から墜落してるわよ!!?」
ハボック神よろしく、空から降る瓦礫と人の群れに天子は顔を青くする。
だがツンデレ天子はそんなことを気にすることもなく、再び気質を緋想の剣に集中させた。
「第二波が来るわ! 紫避けて!」
「……ふふ、そう慌てないの、あなたらしくもない」
心配する天子に紫は軽く返すと、目を薄めて神経を集中させ、次の攻撃を読み取る。
空から降りかかる攻撃的な緋い雨を前にして、水が流れるような動きで身をかわし、砂埃を傘で防ぎながら空のツンデレ天子を睨んだ。
「何度あなたと争ったと思ってるの? 強かろうと天子は天子。遊びたがりで無駄が多い、凌ぐことは出来るわ」
『へえ、やるじゃない。その余裕がどこまで保つかしら!』
校庭から飛び立つ紫、それに対してツンデレ天子は攻撃の手を休めず、二人の間で激戦が繰り広げられる。
本物の天子は、校庭の隅でその様子を眺めていた。
「流石は紫ね、すっごいわ……あんな激しい攻撃を全部いなしてる……」
悔しいが、このツンデレ天子は技量だけなら本物より勝るだろう、それどころかその戦闘技術は幻想郷のあらゆる存在を凌駕していると言っていい。
しかしそれに対して紫は一歩も引かずに戦い続けている、彼女をライバル視している天子であるが、その戦いぶりには敬意と畏怖を抱かざるをえない。
だがそれでもツンデレ天子が優勢であった。
紫がスキマから奇襲するも、ツンデレ天子はすべてを読んで捌き切り、即座に反撃に転じている。それどころか開きかけたスキマを剣で切り裂き無効化までしている始末だ。
両者は互角なものの、ツンデレ天子の反応速度は尋常ではなく、このまま行けば紫のほうが先に崩れる可能性があった。
「見てるだけなんて不甲斐ない。できることはないの……?」
こんな事態に陥ったのは紫の自業自得だが、それでも彼女が頑張るというのなら天子は手伝いたいと思う。
かと言って天子にはこのゲームのキャラクターを傷つけることはできない。
だがこの比那名居天子に、歯がゆさにじっとしているなど、それこそできるはずがない。
「紫! こんなとこで私の偽物に負けてるんじゃないわよ、あんたは私の手で直接ぶっ飛ばすんだから!」
頭上で苦戦する紫に向かって叫び声が届けられた。
天子は懐から緋想の剣を取り出すとそこにありったけの気質を込め、緋色の刀身を輝かせる剣を上空へと投げ放つ。
紫は天子の声からその意図を無意識に悟り、驚きながらも傘から手を離して、代わりに飛んできた剣を掴み取った。
「緋想の剣!?」
「夢の中なら使えるでしょ、貸したげるわ!」
言葉を返す暇もなく空から次の攻撃が来る、特大の気質が集められ紫に向けられて放たれる。
紫は咄嗟に剣を構えると、いつも見てきた天子の軌跡をなぞった。
『全人類の緋想天!!』
「全妖怪の緋想天!!」
二つの極光が煌めくと学校の上空で激突し、飽和した気質が波紋となって広がる。
大気を揺らす閃光は拮抗したままやがて消え去り、訪れた静寂にツンデレ天子は目を見張った。
『相殺された!?』
「ふふ、良い剣じゃない。今しか使えないのが勿体無いわ」
紫が確かめるように緋想の剣を握り直す。
やけっぱち染みた難易度設定の戦いだが、届けられた思いを手にしたいま負ける気がしない。
『なら質より数よ! 行け、カナメファンネル!!』
力押しが駄目となるや、戦法を切り替えてきたツンデレ天子が無数の要石を作り出し、紫の周囲を取り囲もうとした。
だが地上から撃ち上げられた同等の要石が横合いからぶつかり、包囲網をを粉砕する。
『要石が!?』
「物なら干渉できるって証明済みよ!」
ツンデレ天子が驚愕し隙を晒す瞬間を狙い、紫が空間に開いたスキマに身を投げ込み姿を消した。
その直後、ツンデレ天子は自らの背後で空間が揺らぐのを敏感に察知した。
『転移なんてさせない!』
振り向きざまに一閃、夢という仮想空間で再現された神域の剣技は開きかけたスキマをその中身ごと両断した。
薄まって消え去るスキマから見えたのは、何でもないただの標識。
その意味を理解し、再三目を丸くしたツンデレ天子の右側で、静かに開いたスキマから紫の上半身が現れた。
「フェイクよ、本物よりあっさり引っかかりすぎね」
ようやく動き出したツンデレ天子がもう一度剣を振るおうとするその右手を、紫は左手に持つ閉じた扇子を突き出して押さえ込んだ。
筋肉が動き出して力が込められる直前のもっとも弱い瞬間、その者を知り尽くさなければ成し得ない完璧なタイミングでそれを封じる。
「時空間すら斬る剣術に、鬼を越える腕力も、呼吸を読んで出掛かりを潰せばそれでお終い」
次いで紫が右手に持った緋想の剣を下から斬り上げ、相手の手首を刃が通り抜けた。
現実とは違いダメージ表現に制限があるため手は繋がったままであったが、ツンデレ天子の持つ緋想の剣は衝撃で手放される。
ツンデレ天子が痛みに顔を歪めながら咄嗟に飛び退こうとするのを、スキマから這い出した紫は逃さず手に持った剣で喰らいついた。
緋色の刀身が胸の中心に突き立てられ、そのまま心臓を狙って振り抜かれる。
対戦相手が短い悲鳴を上げ地上に落ちるさまを、剣の輝き振りまいて空に立つ紫が見下ろした。
「ゲームのあなたは私のことを知らないけれど、私は比那名居天子のことをよく知っているのよ」
威風堂々、敵を下す紫の姿を本物の天子は地上から見上げながら安堵のため息を吐きながらこう思った。
――ああ、セーラー服姿じゃなきゃカッコついたのになぁ。
まあしかし、なんにせよ勝ちは勝ちだし喜ぼう。
空から降りてきた紫の傍に駆け寄って、勝利の余韻と浸る彼女に声を掛けた。
「へへっ、まずまずよ、紫」
「そっちこそ。」
お互いに言わずとも腕を突き出して、拳の先をコツンと当てた。
緋想の剣を返してもらいながら、こういうのもたまには悪くないなと思う。
「まあ力を貸してあげた私のお陰なんだけどね!」
「何を言ってるのでしょうか、余計な真似しなくたって架空の天子くらい私一人で倒せてましたわ」
「素直じゃないわね」
「あなたに言われたくないわ」
どっちもどっちだとわかりながら軽口を叩いていると、先に落下していたツンデレ天子が立ち上がり二人の方へ歩み寄ってきた。
服はボロボロだし切り払われた右手を押さえているが、あくまで夢のキャラクターであるため酷い外傷はない。
『負けたわ……強いのねあんた……』
悔しそうだが、邪気が払われたような清々しい声だ。
ツンデレ天子の顔に恨みはなく、勝者への賞賛と敬意の視線が紫に向けられる。
『嫌な奴だって思ってたけど、私と真正面からぶつかってくれたのなんてあんたくらいよ』
「それはどうも、お眼鏡にかなったかしら?」
『……ふん! 少しくらいは認めてあげるわ』
けれどやっぱり素直にはなりきれず、すぐに腕を組んで紫から顔をそらした。
『けど今日のはたまたま。これで私より上だなんて思わないことね! 次やる時には私が勝つんだから、首を洗って待ってなさい!』
「うーむ、こうして冷静に見ると見事なまでな負け犬の遠吠えムーブね……」
「私は好きよ、この面倒臭さが癖になるの」
「面倒くさいとか言うな」
ともかくギリギリ首の皮一枚でゲームが繋がった。
こうしてツンデレ天子ルートを開拓した二人は、攻略を彼女に絞って学園生活を駆け抜けた。
『さあ紫、今日はバスケで勝負よ!』
「体育の授業……ブルマ……輝かしい太もも……な、舐め、舐めた……ぃ……」
「おさえろババア、ようやく好感度がプラマイゼロに戻ったのパーにする気か」
『別に習い事なんて興味ないんだけど、お父様がしろっていうから歌も踊りも覚えちゃった。私ってセンス良いのよね』
「わかるわかる、やる気なくたってちょっと教えてもらえばちょっと優秀程度の芸は身に付くのよね」
「自分の写し身を見て慎みとか覚えないの?」
『きょ、今日はその、お弁当……作ってみてきたのよ……美味しい? あは、良かった』
「見てみて天子! 天子が笑ったわ天子が!!」
「あーはいはい、落ち着きなさいって。私の時はなんにもなかったくせにこいつ」
「あら、あなたが初めて笑ってくれた時も嬉しくって、一日中天子の笑顔が頭から離れなかったのよ?」
「うわ何それ、衝撃の事実。今更こんなとこで言わないでよね」
「……顔赤いわよ」
「う、うるさい!」
そしてついに、ゲーム開始から一年が経過した。
二年生の終わりにツンデレ天子に呼び出された紫は、学校裏の寂れた神社にまでやってきていた。
『……ねえ、ここまで着いてきてくれてありがとう』
「ここまで長かったわ……いいシナリオだったわね……」
「うん……まさかこのツンデレの私が大昔の勇者の生まれ変わりで、夜な夜な学校のみんなのために戦ってたなんてね……」
「異世界まで巻き込んだ大戦争だったわ……テキスト保存したら1000KBはくだらない内容ね……」
「最後に世界の業を背負って犠牲になろうとするツンデレの手を引っ張るところは泣けたわ……」
どこぞの東方創想話なら文句なしの万点クラスの愛と勇気のラブストーリーだった。
『ここに呼び出した理由ってのはさ……なんとなく予想は付いてるとは思うんだけどね……』
「念願のエンディングね、ここまで楽しめたわ」
「私としちゃ半分くらい悪夢だったけどね」
『この神社で……キス、した二人は永遠に結ばれるっていう』
「…………は?」
聞き捨てならない台詞に天子が真顔になった。
「さあ待ちに待ったラストシーン。藍、橙、私……幸せになるわー!」
「まてまてまてーい!!!」
頬を緩ませてご褒美に飛びつこうとした紫の首根っこを、天子が慌てて掴み取る。
「コラー!! ここまでの変態行為は見過ごしてきたけどさすがに許さないわよ! キスなんて! よりにもよってキスなんて!!」
「止めないで! せっかく今日のためにさくらんぼの枝で練習してきたのよ、いま私の目の前に桃源郷が!」
「止めるわバカー!!」
セクハラならまでしも、いくらなんでもキスシーンまで見せつけられるなんて冗談ではないと天子が食って掛かる。
しかし紫は眉を正すと、一歩も引かずに鋭い視線を返した。
「何故止めるのかしら、私があなたとまだ恋人関係でない以上、私がどこで誰とキスしようが勝手では?」
「うっ、そうだけど……って、いや! 私の顔じゃない! 目の前で自分と同じ顔にキスされるのは嫌なんだけど!?」
「ならばそのあいだ目を閉じておいて、あるいは今からでもツンデレヒロインを振って幽々子ルートに行くことも可能よ。その場合は幽々子とキスすることになるわ」
「う……うぅ……」
進退窮まった天子が苦しそうな声を漏らして後ずさりする。
その心の隙間を狙って目を光らせた紫が天子の腕を掴んだ。
「それも嫌なら裏技として……!」
「わっ!?」
そのまま本物の天子を引っ張って、ゲームキャラのツンデレ天子にぶつけようとした。
思いもよらぬ行動に一瞬慌てる天子だったが、二人の天子は衝突することなくすり抜け、輪郭が重なり合う。
「ラストシーンくらいなら、このヒロインの虚像をあなたにかぶせて代わりにしてもらうくらいは出来るわよ」
天子はいつのまにかセーラー服を来ていた自分を見下ろして意図に気づくと、恨めしげに下から紫の顔を見上げた。
「……意地悪、ドS、あんた最初からそのつもりだったわね」
「そうかもしれないわね、どうする?」
紫が薄く微笑んで天子の顎を指先でなぞった。
くすぐったさに少女の体がビクリと震えたが、紫の指先に力がこもって顎を持ち上げるのに天子は抵抗しない。
頬が紅潮し、瞳を震わせながら、天子は一言だけ呟いた。
「……やってよ」
そして唇が緩く結ばれる。
天子がゆっくりと瞳を閉じるのを眺めながら、紫は耳を真っ赤にしながら肩をブルブルと震わせていた。
――キタキタキタキター!!! 計画通り!!
自分でも意地悪すぎて断られるかと思ったけど上手く行ったわ! 何、どちらにせよ問題ないわ、ここでの出来事も所詮は夢。夢に潜ることに不慣れな天子の記憶をあやふやにするくらい簡単なこと。
つまり、後腐れなくキスできる!
このスキマ妖怪、何千年も生きてるくせしてウブで肝心なところでへたれて攻めきれない乙女だった。
そのためこれまで機会があっても、天子との触れ合いはせいぜい抱き合う程度で、決定的な一線を越えられずにいた。
だが、どうせ覚えていないんだからと考えれば思いっきりはっちゃけられる!
紫は緊張で全身震わせながらも、とうとう決断した。
「さ、さあ天子。覚悟は良い?」
――嗚呼、念願の天子の唇。夢の存在じゃない、夢の中だけど本物の天子とキス!
しかし紫が恐る恐る唇を近づけようとしたその時、天子の足が爪先立ちになり唐突に両者の距離をゼロに縮めた。
「――――!!!!!?!?!??!!?」
いきなり視界いっぱいを占領した天子の顔と、唇から伝わってくる未知の感触に、紫が目を飛び出さんほど丸くしていると、その身体に天子の腕が回されてガッチリホールドする。
不意を継いて紫を拘束した天子は一度顔を離し、真っ赤な顔で混乱しまくる紫を上目遣いで見つめた。
「へっ??? へっ!??? へっ!!!??? て、天子、てんし!?」
「練習してたのは、あんただけじゃないんだからね」
そう言うと天子は暑い吐息を紫の首筋に漏らし、唇の奥から湿った舌を覗かせてもう一度顔を近づけた。
「もう、我慢なんてできないんだから。責任取って――――」
紫は逃げることもできず、唇を重ねられた上に、舌まで口の中に捩じ込まれ存分にねぶられた。
その後は、たっぷり日が暮れるまで寂れた神社に水気のある音が響くこととなった。
紫はただ求められるまま、天子がしていたという練習の成果に蹂躙されることとなる。
ただ支離滅裂に混濁した紫の思考を表すと――しあわせ、の一言だった。
――――――――
――――
――
「――ハッ、なんかとんでもない夢を見てた気がする」
夢から覚めた天子は、寝ている紫の隣で起き上がった。
そして夢の世界で何があったのか思い出し、思わず唇を手で押さえてから、今度は緩んだ頬を支える。
「そっかぁ……夢の中だけど、私とうとう紫と……えへへへへ……」
夕暮れに染まる神社で、紫を押し倒して延々唇を貪ったあの時間は、至福の一時だった。
思い出しただけで湧き上がってくる幸福感に浸っていると、その隣で冬眠していたはずの紫が唸り声を上げて起き上がった。
「ううん……」
「あれ? 紫おはよう……まだ春じゃないけど起きれるの?」
紫の様子はどこかおかしい。
うつろな目で天子を見向きもしないままボーっとしている。
「メモリーに深刻な障害が発生しました」
「へっ?」
「ピーピーガガガガガガメモリーから犯罪的なリップクリームを検出しました、説明書からお花を選択して三時間煮て下さささささい」
「ちょっ、紫!? 紫!!?」
「幻想郷保全の観点から少女の使用を推奨しままます、漬物石の在り処から推測して最終フェーズからららら、お爺さんとお婆さんがががががレボリューションしています、最後に手に入れた桃をお尻から標識にしててててててててててて、ぜんじんるいのひそうてーん!!!」
「らーん! 紫が壊れたー! 何もしてないのに壊れた、ちょっと来てらーん!!!」
ラストの展開が計算通りとはさすが妖怪の賢者
そしてやられっぱなしじゃ終わらないのがなんとも天子らしい
初心に帰ってみるのはいい息抜きになったのでしょうか?
藍様は主の情操教育をしっかりするべき
ありがとうございますゆかてんヒャッホイ。
>Yuyaさん
ありがとうございますゆかてんバンザイ。
>コメント3さん
ありがとうございますゆかてんブラボー。
>コメント5さん
ここのところ、そそわに投稿するのは想いが重いゆかてんばっかりでしたからねー、久しぶりにギャグで一作仕上げたのは楽しかったです。
重いゆかてんを書いてるとだんだんおバカなゆかてんが恋しくなり、おバカなゆかてんを書いてると重いゆかてんが欲しくなり。
持ちつ持たれつ陰と陽、ゆかてん巡るよどこまでも。
目指せゆかてん悟りの境地、ゆかてんの輝きが世界を救うと信じて――!!
このゆかりん絶対アホだ…w いや計算尽くでキスまで持っていくあたりさすがなんだけど、やっぱり残念賢者すぎるwww
笑かされてばかりだったのに、ギャグの流れを忘れさせてくるバトル描写とテンポの良さが相変わらずで唸るばかりです。……ほんとセーラー服じゃなければさまになるのにw
ちょこちょこ挟まれるメタネタも面白かったです。(1000kbの大作、見たいですねぇ……)
バグったゆかりんが治るのか気になりますが、きっと現実世界での目覚めのキッスで天子ともども緋想天してくれるでしょう
とても楽しめました、ありがとうございました
夢の中行ったらゆかりんがセーラー服着てギャルゲーでハッスルしてたとか、そんな設定ずるい、絶対面白いもん。
ゆかてんばっか書いて、ネタが尽きるどころかますます冴え渡る筆さばきはすごいっす。
面白かったです。
イチャコラ成分が多過ぎて、読んでいて終始、頬が緩んでしまいますね。
良いゆかてんでした!
触れてはいけない乙女の秘密を見てしまった天子のリアクションが良かったです
強烈なゆかてんでした