近頃、神社に住み着く妖怪が増えたと博麗霊夢は思う。
紅霧異変以前では腐れ縁の霧雨魔理沙しか足を運んで来なかったと云うのに今となっては否定が出来ぬほどに妖怪神社である。
先ず目覚めると「あっ!」と云う狛犬の遠吠え……遠吠えなのか? まあ大きな声で目覚めて、「う~ん」と両腕を大きく伸ばして凝り固まった体を解す。そのまま食欲をそそる味噌汁の香りに誘われるように夢見心地の重い体を引きずって居間を目指した。
寝起きに縁側を歩くのは実に寒い、う~、と呻きながらぶるりと身を震わせる。少しでも体温を奪われないために自分の体を抱き締めながら居間の襖を開くと、不快な臭いが鼻を突いた。見れば、朝っぱらから酒盛りをしている小鬼が一人、見覚えのある黒い椀で酒を啜っており、それを見た小人が針を振り回して威嚇しているところであった。
朝から元気なことである。とりあえず、お祓い棒を片手に握り締めて、小鬼の脳天に叩き込んだ。そのまま何食わぬ顔で卓袱台へと入り込み、酒臭くなった椀を手にした小人に熱い茶の一杯を要求する。
小人は嬉しそうに頷くと、とたとた、と可愛らしい足取りで台所の方へと向かって行った。
恨めしそうに見つめて来る小鬼は無視だ、人の家で朝から酒盛りを始める人間失格者に与える慈悲はない。妖怪に人間の道理は通用しないかもしれないが、此処は私が管理する神社である。つまり私が法だ、よって異論は認めない。古来より神々は独裁的に人民を統治してきた、故に博麗神社は民主主義よりも独裁を採用する。境内にある守矢神社の分社が何か言いたげにしている気がするが無視を決め込んだ。此処は博麗神社であって、守矢神社ではない。守矢の神が博麗神社の方針に口出しするのは、えっと、そうだ。内政干渉と云うのに抵触する。
まだ眠気で上がらない瞼を擦りつつ、膝元が寂しくなる季節にそろそろ炬燵を出す必要があるかと思案する。しかし出すのが面倒くさい、それに出してしまえば炬燵から抜け出せなくなってしまうのだ。
やる気が出ない、私にやる気スイッチとやらがあるのならば誰か押してはくれないか。
そんなことを考えていると、チョンと膝に何かが触れる感覚がした。卓袱台の下を覗き込めば、尻尾が二つに分かれた黒猫が居た。にゃあん、と黒猫が鳴くと私の膝の上に乗っかるのである。なんと不躾な奴なのだろうか、しかし人肌よりも温かく感じられる猫肌に追い払うことも出来ず、冷たくなった手を温めるために猫の背中を撫でる。
毛並みは良く、しっかりと体は洗ってある。少し前、この黒猫が泥塗れのまま家に上がり込んだ時に符と針で躾けた効果がしっかりと出ているようだ。やはり動物と云うのは躾けなくてはならない。地霊殿の主も相手の心を読むばかりでなく、こういう礼儀から躾けて欲しいものである。いや、あれは引き籠りだから他家に遊びに行く時の礼儀を知らないだけなのかもしれない。そもそも、あそこは室内でも土足だったし、靴を脱ぐと云う文化がないのかもしれない。
そのような下らないことを考えながら膝上に乗る湯たんぽの代替品を撫でていると小鬼がにんまりとした笑みを浮かべて近寄ってくる。わきわきと手を動かす仕草が丸っきり悪酔いした親父である。仕方ないので眉間に針を突き立てた。それにしてもこの湯たんぽ、温かいのは良いが少し重いのが難点である。此処に来てから太ってしまったのではないだろうか、「ダイエットかしらね」とつい口から零すと黒猫が唖然とした顔で私を見上げて来た。
そんなこんなしていると小さな体で大きな丸盆を頭上に抱えた小人が部屋へと上がり込んできた。丸盆に乗せられているのは急須と湯呑みが五つ、五つ? ひー、ふー、みー……と居間にいる人数を改めて確認していると、ピシャリと障子が開け放たれた。
「あっ!!」
と云う大きな声、耳から耳に突き抜ける声量に頭の中が真っ白になる。障子の先に居たのは我が神社に居着く狛犬である。何かを期待するような視線で私を見つめて来る狛犬に私は状況がいまいち掴めず、右へ左へと視線を泳がせた後、ああそうだったわね、と彼女が望むことに思い至った。
「……うん」
「おはよーっ!! ぎゃふんッ!」
天真爛漫な笑顔を浮かべた狛犬が元気よく土足のまま居間に上がり込もうとしたのを見て、その顔に符を投げつける。そのまま庭まで放り出され、受け身も取らずに頭から地面に落ちてしまったが――まあ妖怪なので大丈夫だろう。
小人が用意してくれた急須を傾けて、白い湯気の立つ茶を湯呑に注ぎ入れる。その湯呑の温かい感触を両手に包み込み、縁に口を付けて静かに傾ける。ちょっと渋みを利かせた味わいに体の内側から温まる感覚、思わずふぅっと人心地の付いた嘆息が零れた。
それにしても障子を開け放っているせいで外の寒気が部屋に入り込んで肌寒い、閉めようかな、と思ったところで黒猫が膝上を占拠しているせいで動けないことに気付いた。いや別にどかせば良いだけの話なのだが、この温もりを肌身から離すのは実に心苦しい。どうやらこの黒猫は人を駄目にすることに長けた湯たんぽのようである、やる気スイッチは何処に行った。
そうこうしていると縁側の下から顔半分だけを出して、恨みがましそうに見つめて来る砂塗れの狛犬の姿があった。
少なくとも今のままでは部屋に上げることはできない。
「砂を落として玄関から入り直してきなさい。ああ、その前に手足はきちんと洗うことね」
「えー嫌だなぁ。もう水も冷たいんですよぉ?」
聞き分けのない子は面倒臭い。しかし放っておいても勝手に居間へと上がり込んで来るだろうから思案する。
「ちゃんと手足はきちんと洗うこと、分かった? あっ!」
「うんっ! ……はッ!」
「ほら、さっさと行きなさい」
手で追い払うような仕草をしてやると狛犬は悔しそうに玄関の方へと走って行った。
実に元気なことである。近頃の怠けた犬共は雪が降ると炬燵で丸くなるが、彼女に関しては雪が降っても元気に駆け回ってそうである。尤もマヨヒガの猫又は雪の中でも駆け回るため、あの童謡の話に信憑性はないか。いや、膝上に居座る湯たんぽは冬でも炬燵で丸まってそうだ。
いつの間にか私の隣まで身を寄せて来た小鬼は、狛犬が駆けて行った後を意地悪そうな笑みを浮かべて見つめていた。
個人的な印象では狛犬も小鬼も五十歩百歩、まだ素直な分だけ愛嬌がある狛犬の方が可愛らしい。小人に渡された湯呑に酒を注ぎ入れようとしていたため、その額を思い切りお祓い棒で叩いてやった。従順な分だけ狛犬の方が遥かにましだ。
良い気味だ、小人が楽しそうに笑っていた。メルヘンも糞もない。
「さて、御飯の準備でもして来ようかしらね。針妙丸、何処までできてるの?」
「御飯と味噌汁はもう出来てるよ。漬物は石が動かせなかったから取り出せなかった」
「上等よ。お燐も食べていくわよね?」
にゃあん、と黒猫が鳴いて、膝上から降りる。
「あ、私も私も!」
「さて、あうんの分も含めて……三人と小人分で足りるかしら?」
「ちゃんと多めに焚いておいたよ。何時も増えるからね」
さて頑張りましょうか、と腕を捲りながら台所へと足を運ぶ。
「え、あ、あれ? 私……も? 霊夢、私の分もお願いします!」
「酒飲みはツマミがあれば良いのでしょう? 戸棚に煎餅が入ってるわ」
「霊夢ぅ~っ!!」
小鬼が同情心を煽るように身を摺り寄せて来るが、その身から放たれる酒臭さが全てを台無しにする。
どうしてやろうかしらね、とスキマ妖怪を真似た嫌らしい笑みを浮かべてやると、どすん、と反対側から誰かが抱き締めて来た。
「霊夢、聞いてよっ! 神奈子も早苗も酷いんだよっ! もう絶交だよ、あんな奴等っ!!」
目玉の付いた独特な帽子を被る蛙神が私の腰にしがみつき、涙目で私のことを見上げて来る。
また痴話喧嘩だろうか。正直なところ、ちょっといい加減にして欲しい。彼女の右手に握り締めている手土産が無ければ、神社からたたき出しているところである。形からして持ってきたのは羊羹だろうか、食事を終えた後に切り分けるとしよう。羊羹に合うのは渋めの茶である、酒ではない。異論は認めない、博麗神社は独裁です。
二方向から抱き締められながら蛙神の御土産に思いを馳せていると縁側から元気の良い足音が聞こえて来る。
「霊夢、ちゃんと手足を洗ってきたよー……って、何してるの!? 楽しそうッ!」
「え、あ、ちょっと待っ……」
狛犬が有無も言わせず卓袱台を飛び越えて私に向けて飛び込んできた。その衝撃を受け止められずはずもなく、小鬼と蛙神も巻き込んで畳の上に仰向けで倒れ込んだ。
「いたた……もう、何をしてるのよ。……本当に何がしたいのよ、貴方達」
両脇を小鬼と蛙神に取られて、胸元に狛犬が乗っかっている状況を見下ろしてくるのは人化した黒猫の姿とその肩に乗る小人である。
黒猫はまるで獲物を見つけたかのように目を見開いており、小人はとても楽しそうな嬉しそうな笑顔を浮かべている。無論、私は身動きが取れない。いくら博麗の巫女であろうとも、単純な膂力では妖怪には到底に敵わないのだ。
俎板の鯉とは、このことだろうか。赤いし、目出度いし――今は上手いことを言ってる場合ではない。
「いやあ、とても楽しそうだねぇ、と。ね?」
「ねー♪」
「……後で覚えておきなさいよ?」
この状況から逃れられないと観念して、全身の力を抜いた。
まあ悪いことはされないだろうと全幅の信頼を寄せて、為すがままとなる。後で小鬼には神社での晩酌を禁じて、黒猫には猫姿のままで風呂に入れて、蛙神には守矢神社の神に報告を入れて、狛犬は境内の掃除を言い渡す。小人はまあ朝食の用意をしてくれたから多めに見てやるとしよう。
どさり、と黒猫が狛犬の隣に割り込むようにして倒れ込み、胸元を小人が占拠する。
これで手も足も出なくなった。流石に五人に組み敷かれるこの状況からこの面子を相手にしては博麗の巫女としても勝てる気がしない。このまま彼女らが食べる気を起こしてしまえば、きっと私は為す術もなく食べられてしまうに違いない。それでも恐怖が込み上げて来ないのは何故だろうか。むしろ彼女等の体に温められて眠くなってくるほどだ、このまま眠ってしまったらどうなるのだろうか。スキマ妖怪に不用心過ぎると怒られてしまうのかもしれない。流石に四人と小人一人を体に乗せてはちょっと重苦しいが、それよりも心地よさが勝ってしまう。
このまま眠ってしまいたい、あと五分、あと十分、出来ることなら永遠に、この温もりをずっと感じていたいな、と博麗の巫女らしかぬことが脳裏に過る。
「あやややややっ! これは大スクープですよ! 博麗の巫女、妖怪に押し倒される!? というか私もあやかりたいですね、文だけに!」
慌てた素振りを見てながら容赦なくシャッターを切る文屋に対して、霊術のみを用いて陰陽玉を放つが文屋の方が一手早く、風と同じ速度で境内から逃げ出してしまった。
唖然とする妖怪一同、明日の新聞の一面が決まってしまったな、と私は大きく息を吐き捨てる。もう何もする気が起きない。
「ほら、どうしたのよ? 温めなさいよ、寒いじゃない」
このまま寝よう、そうしようと自暴自棄になりながら目を伏せる。
出来る事なら永遠に今の温もりが続けば良いのに、とそう思った。
紅霧異変以前では腐れ縁の霧雨魔理沙しか足を運んで来なかったと云うのに今となっては否定が出来ぬほどに妖怪神社である。
先ず目覚めると「あっ!」と云う狛犬の遠吠え……遠吠えなのか? まあ大きな声で目覚めて、「う~ん」と両腕を大きく伸ばして凝り固まった体を解す。そのまま食欲をそそる味噌汁の香りに誘われるように夢見心地の重い体を引きずって居間を目指した。
寝起きに縁側を歩くのは実に寒い、う~、と呻きながらぶるりと身を震わせる。少しでも体温を奪われないために自分の体を抱き締めながら居間の襖を開くと、不快な臭いが鼻を突いた。見れば、朝っぱらから酒盛りをしている小鬼が一人、見覚えのある黒い椀で酒を啜っており、それを見た小人が針を振り回して威嚇しているところであった。
朝から元気なことである。とりあえず、お祓い棒を片手に握り締めて、小鬼の脳天に叩き込んだ。そのまま何食わぬ顔で卓袱台へと入り込み、酒臭くなった椀を手にした小人に熱い茶の一杯を要求する。
小人は嬉しそうに頷くと、とたとた、と可愛らしい足取りで台所の方へと向かって行った。
恨めしそうに見つめて来る小鬼は無視だ、人の家で朝から酒盛りを始める人間失格者に与える慈悲はない。妖怪に人間の道理は通用しないかもしれないが、此処は私が管理する神社である。つまり私が法だ、よって異論は認めない。古来より神々は独裁的に人民を統治してきた、故に博麗神社は民主主義よりも独裁を採用する。境内にある守矢神社の分社が何か言いたげにしている気がするが無視を決め込んだ。此処は博麗神社であって、守矢神社ではない。守矢の神が博麗神社の方針に口出しするのは、えっと、そうだ。内政干渉と云うのに抵触する。
まだ眠気で上がらない瞼を擦りつつ、膝元が寂しくなる季節にそろそろ炬燵を出す必要があるかと思案する。しかし出すのが面倒くさい、それに出してしまえば炬燵から抜け出せなくなってしまうのだ。
やる気が出ない、私にやる気スイッチとやらがあるのならば誰か押してはくれないか。
そんなことを考えていると、チョンと膝に何かが触れる感覚がした。卓袱台の下を覗き込めば、尻尾が二つに分かれた黒猫が居た。にゃあん、と黒猫が鳴くと私の膝の上に乗っかるのである。なんと不躾な奴なのだろうか、しかし人肌よりも温かく感じられる猫肌に追い払うことも出来ず、冷たくなった手を温めるために猫の背中を撫でる。
毛並みは良く、しっかりと体は洗ってある。少し前、この黒猫が泥塗れのまま家に上がり込んだ時に符と針で躾けた効果がしっかりと出ているようだ。やはり動物と云うのは躾けなくてはならない。地霊殿の主も相手の心を読むばかりでなく、こういう礼儀から躾けて欲しいものである。いや、あれは引き籠りだから他家に遊びに行く時の礼儀を知らないだけなのかもしれない。そもそも、あそこは室内でも土足だったし、靴を脱ぐと云う文化がないのかもしれない。
そのような下らないことを考えながら膝上に乗る湯たんぽの代替品を撫でていると小鬼がにんまりとした笑みを浮かべて近寄ってくる。わきわきと手を動かす仕草が丸っきり悪酔いした親父である。仕方ないので眉間に針を突き立てた。それにしてもこの湯たんぽ、温かいのは良いが少し重いのが難点である。此処に来てから太ってしまったのではないだろうか、「ダイエットかしらね」とつい口から零すと黒猫が唖然とした顔で私を見上げて来た。
そんなこんなしていると小さな体で大きな丸盆を頭上に抱えた小人が部屋へと上がり込んできた。丸盆に乗せられているのは急須と湯呑みが五つ、五つ? ひー、ふー、みー……と居間にいる人数を改めて確認していると、ピシャリと障子が開け放たれた。
「あっ!!」
と云う大きな声、耳から耳に突き抜ける声量に頭の中が真っ白になる。障子の先に居たのは我が神社に居着く狛犬である。何かを期待するような視線で私を見つめて来る狛犬に私は状況がいまいち掴めず、右へ左へと視線を泳がせた後、ああそうだったわね、と彼女が望むことに思い至った。
「……うん」
「おはよーっ!! ぎゃふんッ!」
天真爛漫な笑顔を浮かべた狛犬が元気よく土足のまま居間に上がり込もうとしたのを見て、その顔に符を投げつける。そのまま庭まで放り出され、受け身も取らずに頭から地面に落ちてしまったが――まあ妖怪なので大丈夫だろう。
小人が用意してくれた急須を傾けて、白い湯気の立つ茶を湯呑に注ぎ入れる。その湯呑の温かい感触を両手に包み込み、縁に口を付けて静かに傾ける。ちょっと渋みを利かせた味わいに体の内側から温まる感覚、思わずふぅっと人心地の付いた嘆息が零れた。
それにしても障子を開け放っているせいで外の寒気が部屋に入り込んで肌寒い、閉めようかな、と思ったところで黒猫が膝上を占拠しているせいで動けないことに気付いた。いや別にどかせば良いだけの話なのだが、この温もりを肌身から離すのは実に心苦しい。どうやらこの黒猫は人を駄目にすることに長けた湯たんぽのようである、やる気スイッチは何処に行った。
そうこうしていると縁側の下から顔半分だけを出して、恨みがましそうに見つめて来る砂塗れの狛犬の姿があった。
少なくとも今のままでは部屋に上げることはできない。
「砂を落として玄関から入り直してきなさい。ああ、その前に手足はきちんと洗うことね」
「えー嫌だなぁ。もう水も冷たいんですよぉ?」
聞き分けのない子は面倒臭い。しかし放っておいても勝手に居間へと上がり込んで来るだろうから思案する。
「ちゃんと手足はきちんと洗うこと、分かった? あっ!」
「うんっ! ……はッ!」
「ほら、さっさと行きなさい」
手で追い払うような仕草をしてやると狛犬は悔しそうに玄関の方へと走って行った。
実に元気なことである。近頃の怠けた犬共は雪が降ると炬燵で丸くなるが、彼女に関しては雪が降っても元気に駆け回ってそうである。尤もマヨヒガの猫又は雪の中でも駆け回るため、あの童謡の話に信憑性はないか。いや、膝上に居座る湯たんぽは冬でも炬燵で丸まってそうだ。
いつの間にか私の隣まで身を寄せて来た小鬼は、狛犬が駆けて行った後を意地悪そうな笑みを浮かべて見つめていた。
個人的な印象では狛犬も小鬼も五十歩百歩、まだ素直な分だけ愛嬌がある狛犬の方が可愛らしい。小人に渡された湯呑に酒を注ぎ入れようとしていたため、その額を思い切りお祓い棒で叩いてやった。従順な分だけ狛犬の方が遥かにましだ。
良い気味だ、小人が楽しそうに笑っていた。メルヘンも糞もない。
「さて、御飯の準備でもして来ようかしらね。針妙丸、何処までできてるの?」
「御飯と味噌汁はもう出来てるよ。漬物は石が動かせなかったから取り出せなかった」
「上等よ。お燐も食べていくわよね?」
にゃあん、と黒猫が鳴いて、膝上から降りる。
「あ、私も私も!」
「さて、あうんの分も含めて……三人と小人分で足りるかしら?」
「ちゃんと多めに焚いておいたよ。何時も増えるからね」
さて頑張りましょうか、と腕を捲りながら台所へと足を運ぶ。
「え、あ、あれ? 私……も? 霊夢、私の分もお願いします!」
「酒飲みはツマミがあれば良いのでしょう? 戸棚に煎餅が入ってるわ」
「霊夢ぅ~っ!!」
小鬼が同情心を煽るように身を摺り寄せて来るが、その身から放たれる酒臭さが全てを台無しにする。
どうしてやろうかしらね、とスキマ妖怪を真似た嫌らしい笑みを浮かべてやると、どすん、と反対側から誰かが抱き締めて来た。
「霊夢、聞いてよっ! 神奈子も早苗も酷いんだよっ! もう絶交だよ、あんな奴等っ!!」
目玉の付いた独特な帽子を被る蛙神が私の腰にしがみつき、涙目で私のことを見上げて来る。
また痴話喧嘩だろうか。正直なところ、ちょっといい加減にして欲しい。彼女の右手に握り締めている手土産が無ければ、神社からたたき出しているところである。形からして持ってきたのは羊羹だろうか、食事を終えた後に切り分けるとしよう。羊羹に合うのは渋めの茶である、酒ではない。異論は認めない、博麗神社は独裁です。
二方向から抱き締められながら蛙神の御土産に思いを馳せていると縁側から元気の良い足音が聞こえて来る。
「霊夢、ちゃんと手足を洗ってきたよー……って、何してるの!? 楽しそうッ!」
「え、あ、ちょっと待っ……」
狛犬が有無も言わせず卓袱台を飛び越えて私に向けて飛び込んできた。その衝撃を受け止められずはずもなく、小鬼と蛙神も巻き込んで畳の上に仰向けで倒れ込んだ。
「いたた……もう、何をしてるのよ。……本当に何がしたいのよ、貴方達」
両脇を小鬼と蛙神に取られて、胸元に狛犬が乗っかっている状況を見下ろしてくるのは人化した黒猫の姿とその肩に乗る小人である。
黒猫はまるで獲物を見つけたかのように目を見開いており、小人はとても楽しそうな嬉しそうな笑顔を浮かべている。無論、私は身動きが取れない。いくら博麗の巫女であろうとも、単純な膂力では妖怪には到底に敵わないのだ。
俎板の鯉とは、このことだろうか。赤いし、目出度いし――今は上手いことを言ってる場合ではない。
「いやあ、とても楽しそうだねぇ、と。ね?」
「ねー♪」
「……後で覚えておきなさいよ?」
この状況から逃れられないと観念して、全身の力を抜いた。
まあ悪いことはされないだろうと全幅の信頼を寄せて、為すがままとなる。後で小鬼には神社での晩酌を禁じて、黒猫には猫姿のままで風呂に入れて、蛙神には守矢神社の神に報告を入れて、狛犬は境内の掃除を言い渡す。小人はまあ朝食の用意をしてくれたから多めに見てやるとしよう。
どさり、と黒猫が狛犬の隣に割り込むようにして倒れ込み、胸元を小人が占拠する。
これで手も足も出なくなった。流石に五人に組み敷かれるこの状況からこの面子を相手にしては博麗の巫女としても勝てる気がしない。このまま彼女らが食べる気を起こしてしまえば、きっと私は為す術もなく食べられてしまうに違いない。それでも恐怖が込み上げて来ないのは何故だろうか。むしろ彼女等の体に温められて眠くなってくるほどだ、このまま眠ってしまったらどうなるのだろうか。スキマ妖怪に不用心過ぎると怒られてしまうのかもしれない。流石に四人と小人一人を体に乗せてはちょっと重苦しいが、それよりも心地よさが勝ってしまう。
このまま眠ってしまいたい、あと五分、あと十分、出来ることなら永遠に、この温もりをずっと感じていたいな、と博麗の巫女らしかぬことが脳裏に過る。
「あやややややっ! これは大スクープですよ! 博麗の巫女、妖怪に押し倒される!? というか私もあやかりたいですね、文だけに!」
慌てた素振りを見てながら容赦なくシャッターを切る文屋に対して、霊術のみを用いて陰陽玉を放つが文屋の方が一手早く、風と同じ速度で境内から逃げ出してしまった。
唖然とする妖怪一同、明日の新聞の一面が決まってしまったな、と私は大きく息を吐き捨てる。もう何もする気が起きない。
「ほら、どうしたのよ? 温めなさいよ、寒いじゃない」
このまま寝よう、そうしようと自暴自棄になりながら目を伏せる。
出来る事なら永遠に今の温もりが続けば良いのに、とそう思った。
冬も近づいた近頃は人肌や動物の体温が心地いいですよね。これからの季節の博麗神社の日常はこんな感じに続いていって、もう少し季節がたけていけば鍋でも囲むのだろうと想像できて、とてもほっこりしました
朝からよきものを読めました、ありがとうございました
誤字報告です↓
毛並みは良く、しっかりと身体は現れている→洗われて
また、体・身体・躰の表記揺れもみられましたが意図してだったらごめんなさい汗
ほんわかした気持ちになりました。
とてもほっこりしました。
誤字報告。
永遠に今が温もりが続けば良いのに → 今の
だと思われます。
のんびりとした雰囲気で良かったです