Coolier - 新生・東方創想話

外界の半人前と初めての冥界

2017/10/20 20:41:22
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 冥界にも四季はある。
 冬は冷え込み、春は見事な桜が咲き誇り、夏は程々に暑く、秋は涼しい。
 夏の暑さはとうに消え去り、右肩下がりな気温は桜の木の葉を色づかせ始めている。
 そんな木々が生えている庭に囲まれている白玉楼。コの字に建てられている本殿の中庭、余りにも広い枯山水にて、二人の少女が相対していた。
 片方は、白玉楼の剣術指南役兼庭師である魂魄妖夢。重心を少し落とし、背負っていた楼観剣を腰のあたりに移動させ、鞘と柄をそれぞれの手で握りしめて、真正面に構える少女を睨みつけている。
 もう片方は、宇佐見菫子。真剣な表情を浮かべながら、もうすぐ鳴らされるであろう戦いの合図を静かに待っていた。
 菫子はどうして白玉楼にいるのか。発端は、少し前に遡る。

 ◆

 博麗神社。四季はあれど、ここに住まう人間のやることはそう変わらない。
 博麗霊夢は今日も、巫女としての仕事や、巫女として必要のない仕事などを適度にこなした後、座布団を枕にして縁側でごろりと横になっていた。
 九月も終盤。空は秋晴れと呼ぶに相応しい晴天。肌寒くなってきた昨今であるが、日向にいると丁度よい具合に暖かく、昼寝をするには絶好のコンディションで。その魔力は、博麗の巫女たる彼女であっても、逆らえるようなものではない。
 そんなこんなで、霊夢は午後の陽気に包まれながら、それはもう気持ちよさそうにすやすやと寝ていた。
 寝顔はとても幸せそうで、ここが極楽であると言わんばかり。口元からは涎が垂れている。食べ物の夢でも見ているのだろうか。
 普段であれば、陽が傾いて日向の位置が変わり、気温が下がる頃合いまで眠りこけていた事だろう。……が、今日はそうではないらしい。
 突如、神社の奥からドテドテと何かが早足で歩く音が聞こえたかと思うと、今度は戸棚を開け閉めしては中身をひっくり返すような雑音がしてきたのだ。
 静かでほのぼのとした午後に相応しくない騒々しさ。運悪く睡眠が浅い状態になっていた為か、この音のせいで半ば霊夢の意識が夢から現へと引きずり出されてしまう。
 彼女は騒音の原因を探ることよりも睡眠を優先し、もぞもぞと寝返りを打って耳が隠れるように座布団を動かし、再び眠ろうとした。邪魔者がさっさと何処かへいってしまいますように、と願いながら。
 けれど霊夢の儚い思いは届くこと無く、またもドタバタと耳障りな足音が彼女の意識を叩く。しかもその音は不運なことに、霊夢の元へと近づいているようだった。
 足音が止まり、引き出しを開けては中身を弄り、閉じる。その騒音は鳴り止むこと無く霊夢の耳元で大合唱を続け、睡眠を妨害する。
 彼女は、我慢の限界だった。
「あぁんもう! 五月蝿い!」
 バネのように跳ね起きつつ、鬼気滲む怒声をあげながら雑音の原因をキッと睨みつける。
「ヒッ!」
 蛇に睨まれた蛙は、小さく悲鳴を上げ、抱きかかえていた引き出しを誤って手放してしまい、ガコンと自らの足の上に落としてしまった。
「あ、ちょ、いっ……たぁ……!」
 引き出しの中身である服や下着が散乱し、その中心で倒れ伏し痛みに悶絶している彼女――宇佐見菫子の姿を見て、あまりの阿呆っぽさに持ち上げた拳を振り下ろすことも叶わず、霊夢は大きくため息をついた。
「あんたねぇ……」
「いやぁ、アハハ……」
 笑って誤魔化しながら、菫子は足に気を使いつつなんとか立ち上がる。引き出しはそれほど重いわけではなかったらしく、どうやら足は大丈夫そうだった。頭を掻きながら、霊夢は口を開く。
「散らかった服を片付けるから、貴方も手伝いなさい」
「はーい」
 菫子は気の抜けたような返事をすると、その場に座って手当たり次第に服を畳み始めた。けれどそれは、霊夢からしてみればただグチャッと丸めただけのように見えて。
「ちょっと待って、そのやり方は違うわよ」
「え、マジですか?」
「よく見てなさい」
 スラリと細い指で巧みに服を畳んでいく霊夢。それを興味深そうに菫子はじっと観察する。ものの十数秒で、服は小さなスペースに収納できるほどのサイズになっていた。
「分かった?」
「有り難うございます!」
「それにしても、よくまああんな適当な畳み方でずっとやっていけたわね」
「えへへ、全部家族がやってくれてましたから」
「あっそう……良い御身分だこと」
 暫くせっせと畳んでは引き出しに締まっていくと、菫子はその動きをピタリと止め、手に取っていた下着を霊夢に見せながら言った。
「これ、若干大きさが違いますけど、同じ場所でいいんですか?」
 霊夢はそれを一瞥してから作業に意識を戻しつつ答える。
「それは魔理沙のね。同じ引き出しの、左側に入れておいて」
「な、なんで魔理沙さんのものが……」
「よく泊まりに来るからよ」
「そうですか……」
 二人のよくわからん仲を垣間見ながら、片付けを進める。特に妨害もなく、作業は順調に進んだ。
 進捗具合が半分を過ぎたところで、霊夢はふと疑問を口にした。
「菫子、さっきっからずっと物を漁っていたようだけれど、盗みでもしようとしてた? あいつに似たのかしら」
 返答によってはただでは済ませないという意志がチラついているように聞こえた菫子は震え上がり、声を張り上げながら弁解する。
「いやいや、違いますよ! ただ、ちょっと知りたいことがあって、それが載っている書物なんかがあれば借りようかなって探していただけですから」
「似たようなものじゃない」
「違いますって」
 泥棒だと決めつけられたことに憤慨していると、菫子の頭に突如妙案がよぎった。
「あ、そうだ。なんなら霊夢さんが教えてくださいよ。私、幽霊について色々知りたいんです」
 ずいと霊夢に迫る彼女。その様子から、何か良からぬ雰囲気を読み取った霊夢は、ぷいと顔を背ける。
「やだ、面倒くさい」
「えー」
「私だってね、暇じゃないのよ」
「暇そうにしてたじゃないですか」
「なんだっていいわ」
 水掛け論と言うか、暖簾に腕押しと言うか。張り合いのないやり取りを繰り返していると、境内に誰かが飛び降りる音が聞こえた。
「よう、二人して何話してるんだ?」
 白くて大きなリボンがあしらわれた黒い三角帽の位置を直しながら、霊夢と菫子の傍へと歩み寄りつつ、そう声をかける。
 普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。
「あ、魔理沙さん!」
「なんてことない話よ」
「この際誰だっていいや。魔理沙さん、幽霊について教えてくれませんか?」
「あー?」
 思いがけない質問に、魔理沙は些か不信感を抱いた。チラリと霊夢の顔を見ると、厄介なことに巻き込まれたくないと言わんばかりにめんどくさそうな表情をしている。
 焦らしていないでさらっと教えてあげたら良いのに、と魔理沙は思いながら口を開く。
「幽霊っていうのはだな……」
 その時、彼女に電流が走る。彼女の為になりそうで、いい暇つぶしになりそうなことが思いついたのだ。
 魔理沙は一瞬だけニタリと口元を歪ませる。菫子は気が付かなかったようだが、霊夢はそれを見逃さなかった。あれは、魔理沙がいたずらめいた何かを思いついた時に見せる表情なのだ。
「そういうのに詳しいやつを知ってる。そこまで連れていってやるぜ」
「本当!?」
 瞳をキラキラと輝かせながら期待を寄せる菫子。霊夢は、これまた面倒なことになりそうだと呆れ顔を浮かべている。
「私の後ろに乗りな」
 魔理沙はそう言うと、縁側から距離を取り、箒にまたがって自身の後方を指差した。菫子は笑顔を浮かべながら縁側の傍まで走りより、玄関で脱いだ靴をアポートして地面に降り立つ。その様子を見て彼女を留まらせようと口を開きかけて、霊夢は口をつぐむ。五月蝿い菫子が居なくなれば、僅かな時間だが、お昼寝が再開出来ることに気がついたのだ。片付けは大方終わっている。一人だろうが二人だろうが、大差ないだろう。
 何処へ連れて行くのかは知らないけれど、魔理沙がそばにいれば安全だろうと考えたからというのもある。
 ともあれ、霊夢はゆるりと手を振りながら、菫子を見送ることにした。
「まあ、いいわ。あとは私がやるから」
「霊夢さん有り難う!」
 ニッコリと笑顔を送ると、菫子は素早く魔理沙の箒にまたがった。
「よし、しっかり私に掴まって、帽子はしっかりと押さえてろよ?」
「はーい」
「眼をつぶってな。私が良いと言うまで、開けちゃダメだぞ」
「なんで?」
「なんでも、だ」
 なんだか楽しそうなところに連れていってくれそうな雰囲気。それを無碍にすることは得策ではない。であれば、彼女からのお願いぐらいは聞き入れるべきだ。菫子はそう考えて、黙って従おうとする。ただ眼をつぶっているだけだと開けてしまいそうだから、メガネを外して、顔をぎうと魔理沙の背中に押さえつけた。どこか、いい匂いがする。 
「さあ、行こうか!」
 その声を合図に、ふわりと空を飛ぶ浮遊感が体を襲う。次の瞬間、聴覚が風を切る音で包まれた。

 ◆

「よっ……と、ついたぜ。ほら、降りて目を開けてみろよ」
 風切音が止み、砂利のようなものが敷き詰められた場所に降り立った音がしたかと思うと、前方から魔理沙の声が聞こえてきた。
 彼女の言葉に従って、菫子は箒からゆっくりと降りて、メガネを掛け、瞼を開く。
「わぁ……!」
 菫子の視界には、広い広い日本庭園が映っていた。確か、枯山水と呼ばれているものだったか。面積は、恐らくサッカーコートの半分ほどはあるかもしれない。
 そんな広々とした庭を囲うようにコの字の形で建っている建物と塀。塀の向こう側には、巨大な木が見えた。立派なお屋敷に、菫子は驚く。
 まさか、魔理沙さんのような人に、こんな上品で優雅な場所に住んでいる知り合いが居ただなんて。
 菫子は内心彼女に対する評価を改めつつ庭をよくよく見ていると、そこにふよふよと浮いているものが見えた。
「あれってもしかして」
「ああ、幽霊だぜ」
 んぐと生唾を飲み込みながら、菫子は幽霊をよく見る。触れられるのか、どんな感触がするのか、湧き上がる好奇心が抑えきれない。
 しかも、しっかりと観察してみると、この庭には幽霊が沢山居ることがわかった。まさか、幽霊しか住んでいない幽霊屋敷? それとも、幽霊をペットとして放し飼いしているのだろうか。
 離れてフラフラと幽霊達の傍に寄ろうとする菫子の肩を、魔理沙はガッとつかむ。
「ちょ、ちょっと」
「そっちじゃないぜ」
 そう言いながら、魔理沙はくいと指差す。
 菫子はそっちの方に目線を向けた。お屋敷の縁側に誰かが座っている。
「おーい、邪魔するぜ」
 魔理沙はそう言いながら、その誰かに近づく。菫子も彼女の後を追う。
 距離が縮まると、その誰かがこちらに気づいて、ゆっくりと手を振りながら声をかけてきた。
「あら、魔理沙じゃない。何か用? お花見の季節には、少し早いわよ?」
「用があるのは私じゃない。こっちだ」
 魔理沙はそう言うと、指で斜め後ろに立っていた菫子を指した。
 幽々子は目をしばたたかせ、首を少しかしげながら口を開く。
「見ない顔ね。初めまして、かしら」
 縁側に座った彼女が、菫子に話しかける。
「……あっ、どうも、初めまして。宇佐見菫子といいます。ええと、貴方は……?」
 菫子は帽子を脱ぎながら軽く会釈をし、自己紹介をした。
 それにしても、と彼女は思う。とても綺麗な人だな、と。
 現実世界の方ではあまり見かけなくなった和服を見事に着こなし、優雅に佇むその姿は、まるで美という概念をそのまま形にしたかのようで。
「ふふ、その様子だと、私の事も此処の事もよく知らないようね。私の名前は西行寺幽々子。ここ、白玉楼に住んでいて、冥界の幽霊管理なんかを任されているの」
 微笑みながら流暢に答える幽々子。その声の音はとても安らかで、聴いていて心地よい気分になってくる。そんな暖かな気持ちに包まれながら、菫子は彼女の言葉を反芻する。
「なるほどぉ……。ここは冥界なんですねー……。って、え、ええ!? ここ、冥界!? つまり、あの世!? 死後の世界!? 私死んじゃったの!?」
 頬を両手で押さえ込みながら絶叫する菫子。
 そんな反応をしてしまうのも仕方ないだろう。楽しいところに連れてってもらえると思っていたら、目的地は冥府。知らぬ間に短い十数年の人生が終わってしまったのだから。まだやりたいことや見たいことが沢山あったのに。一体全体どうして。私の手を引っ張っていた魔理沙さんは、実は魔理沙さんに擬態した死神だったのか。あぁ、数十分前の自分が恨めしい。なんて選択ミスをしてしまったのだろうか。
 菫子は頭のなかで嘆き悲しみながら、その場で倒れ掛かる。
 そんな彼女を見かねて、魔理沙が受け止めた。
「おいおい、落ち着けよ。冥界に来たからって、死んだわけでも死ぬわけでもない。第一、そんなことで逝ってたら、私なんか春雪異変の時点でお釈迦だぜ」
「……本当?」
 緊迫した表情を浮かべながら、菫子は魔理沙に小さく問う。心なしか、目尻には水が溜まっているようにみえる。
「自分の頬でもつねってみたらどうだ? なんなら、私が擽るなりしてもいいが」
 魔理沙に言われるがまま、菫子は取り敢えず自分の頬をつねる。痛い。
 どうやら、自分はまだ生きているらしい。彼女はほっと胸をなでおろした。
 そのやり取りをみて、幽々子はクスクスと笑う。菫子は幽々子の目の前での行いを振り返って、顔から火が出そうになるくらい恥ずかしい思いでいっぱいになった。
「で、用って何かしら?」
 コホンと咳払いをして、菫子は口を開く。
「幽霊について知りたいんです。色々と教えてもらえませんか?」
「……ははーん、なるほど、そういうことね」
 菫子の要望を聞きいてから、思案するふりをしつつ幽々子はチラリと魔理沙の表情を伺う。彼女と目線が合った魔理沙は、菫子に気付かれないようそっとポケットから八卦炉を見せ、すぐに戻した。ちょっとした意思表示だ。
 それが通じたのか、幽々子はどこからか取り出した扇子で口元を隠しながら言った。
「教えても良いけれど……タダで、とはいかないわ」
「うっ」
「当然でしょう? 世の中は親切心だけで動いているわけではないのよ」
「でも……私、お金はあんまり持ってないですし」
「いいのよお金なんて。興味ないわ。それより……」
 幽々子はすぅと息を吸い込むと、お屋敷の奥へ向けて声を張り上げた。
「妖夢ー! 今すぐこっちに来なさい!」
 すると、ワンテンポ遅れて「はい、ただいま!」という声が中から聞こえてきた。
 それからきっかり三十秒後、鞘に収められた日本刀をたくさん抱えた少女が現れた。その彼女の側には、先程まで見えていたモノと似た幽霊がふよふよと浮いていた。彼女に付き纏っているのだろうか。
「すいません、遅れました……。ご用件は何でしょうか」 
「別に急かしていたわけではないのだけど、一旦その刀を下ろしたら?」
「あ、申し訳ありません! すぐにということだったので、倉庫に戻そうとした刀を抱えてきてしまいました……」
「もう、しっかりしなさい」
 魔理沙と同じくらいか、少し小さいくらいの背丈な彼女はそう謝りながら刀の数々を幽々子の傍に下ろし、姿勢を整えて幽々子へと向いた。
「改めまして、ご用件は」
「そうね、先ずは初対面の彼女、菫子さんに挨拶をしてもらおうかしら」
「了解です」
 背中に背負うように身に着けている長そうな刀と腰の小刀の位置を直してから、彼女は自己紹介をしつつ頭を下げる。心なしか、傍の幽霊も丸い部分がぺこりと上下したかのように見えた。
「初めまして、菫子さん。私は魂魄妖夢。白玉楼の剣術指南役兼庭師をしています。まあ、簡単に言えば、従者ですね」
 これは丁寧にと、菫子も挨拶をする。妖夢はすぐに幽々子の方へと振り向き、次の指示を仰ぐよう目線を送った。
 すると幽々子は小さく微笑みながら次なる司令を彼女に渡す。
「妖夢、菫子さんと戦いなさい」
「えっ」
「なっ」
 全く予想外の展開に、菫子と妖夢は同時に困惑した声を上げる。幽々子は彼女達の反応に相手をすること無く、するすると話を続ける。
「幽霊について教える条件。菫子さん、貴方は妖夢と戦い、彼女を追い詰める。それが勝利条件よ。妖夢の勝利条件は、菫子さんを追い詰めることで。ただし、時間制限をかけてもらうわね。制限時間内に勝負がつかなかったら、引き分け。場所は……そうね、そこの中庭。多少荒れても、妖夢が片付けるだろうし、問題ないわ」
 少し戸惑っていた菫子であるが、幽々子が提示した条件を聞いている内に、なんだそれだけかと心持ちを直した。
「そんなことで良いんですか?」
 菫子は深秘異変で幾度となく戦いを繰り広げた。腕前は、並の人間よりも遥かに上だろう。最早自分自身に敵う存在はほんの少ししか居ないと考えるほどに、菫子は自信を持っていた。
「あら、そんなこと、なんて言ってられるかしら? 私が言うのも何だけれど、妖夢は強いわよ」
「他に条件は」
「無いわ」
「妖夢さんは良いんですか?」
「ええ。私は幽々子様の刀です。命令があれば、斬るだけ」
 妖夢は覚悟を決めているような真剣な表情を浮かべている。
 ……初めて顔を合わせる存在と戦うのは、深秘異変以来だ。そう思うと、なんだか気分が高揚してくる。そこで、心の何処かでこの状況を楽しんでいる自分がいることに、菫子はふと気付いた。魔理沙さんに連れてこられて正解だったわと思いながら、心中で彼女に礼を言いつつ、帽子のツバを弾いて、菫子は言った。
「わかりました。戦いましょう」

 ◆

 妖夢はじりと足を動かして重心を僅かに落とし、背負っていた楼観剣を腰のあたりに移動させ、鞘と柄をそれぞれの手で握りしめ、十間離れた距離で構える少女を睨みつける。
 対する菫子は、真剣な表情を浮かべ、とある武器にサイコキネシスを静かに送りつつ、相手を注意深く観察する。
 二人の異様な気を察してか、庭からは幽霊が逃げ出していた。一部は縁側で感染しているようだが。
 互いが定位置に留まり睨み合い始めたことを確認してから、幽々子は袖から砂時計を取り出した。
 中途半端に上部に残った砂を落としきってから、そのままの状態で傍にコトンと置く。
 彼女達が息を整え、心を落ち着かせ、互いの動きを注視し、合図があればすぐにでも動き出そうと構えている。
 そんな様子を見つつ、幽々子は軽く咳払いをして、砂時計を軽く握りしめ、スウと息を吸い込み、
「始め!」
 ひっくり返した、刹那。
「人符『現世斬』!」
 妖夢は宣言と同時に鞘から刀身を引き抜き、その勢いと同等のスピードで菫子の懐まで一気に攻め込んだ。その速さは、電光石火の如く。
 菫子にはその様子が、まるで目の前に瞬間移動してきたかのように視えた。
 だが、そう。視えている。彼女には、妖夢の動きが視えていた。
 戦いが始まる前から、妖夢は明らかに居合いの構えをしていた。剣道や剣術の専門的な知識など皆無である菫子だが、その意図を汲めない程、察しが悪いわけではない。
 事前にどう動くのか予想が付けば、対処法を考え、実行することは容易い。
「なっ」
「一撃で決めようったって、そうはいかないわ!」
 刀身が菫子の体に届くほんの一瞬前、彼女はバス停の標識をアポートし、サイコキネシスによる防壁を幾重にも施した上で、"絶対に斬り落とされないよう思いを込めて"その攻撃を真っ向から受け止めた。
 衝撃で菫子は若干後方へと押し下げられ、足元から白砂がガリガリと音を立て、砂埃が足元を覆う。けれど、彼女は倒れず立っていた。
 菫子の言ったとおり、妖夢は一撃で片を付けようとしていた。それが思い通りにいかなかったことに関して妖夢は驚いていたが、それ以上に、目の前の鉄製の物体を斬ることが出来なかったという事実に驚愕していた。
 彼女曰く、斬れぬものなど、あんまり無い。その信条が崩されてしまい、ほんの少しだけ怯んでしまったのだ。
 勿論、菫子はそれを見逃さない。ポケットからスプーンを取り出しながら、彼女はスペルカードを宣言する。
「念力『サイコプロージョン』!」 
 スプーンを触媒として、サイコパワーを自身の周りにばら撒き、即爆破。
「ガっ……」
 妖夢は防御できず、まともに衝撃を食らってしまい、元いた方向へと吹き飛んで地面に激突してしまった。
 その様子を見て、菫子は笑みを浮かべる。
 刀をちらつかせてきたものの、所詮はこの程度か。私だったら十二分に倒せる相手ね!
 彼女は心中でそう喜びながら、追撃を開始する。
「念力『イリーガルダンピング』!」
 大小様々な粗大ごみを空中に展開し、次々に妖夢の元へと投棄していく。対する妖夢はすぐに立ち上がり、力を込めて楼観剣を振り回してごみを切断、ないしはその脚力で前後左右に移動して避ける。
 その動きも想定済みだ。菫子はポケットからESPカードを取り出し、ゴミとゴミの間にできた隙間へと投げ込みつつ妖夢と距離を詰める。
 どんなにかわしても次々と弾がやってくる。大胆に動いて避けていた彼女だが、小さなカードという要素が加わって、神経を尖らせながら細かく動くことを強いられる。スペルカードを発動する隙が無い。
「まだまだぁ! 念力『トラフィックサイン』!」
 妖夢の移動場所を予測し、そこへ標識を地面に複数突き刺す。
 突然現れた壁に対し、妖夢は咄嗟に地面を蹴って回避しようとするも、飛距離を稼ぐことができず、足が標識にぶつかってしまう。
 そのままバランスを崩した彼女は多数の粗大ごみやカードに被弾してしまい、為す術もなく吹き飛ばされ、地面を転がる。
 起き上がりつつ体勢を整えようとした隙に、菫子はまたもスペルカードを発動した。
「念力『パイロキネシス』!」
 小さな爆発を伴った炎。それが妖夢の周りをぐるりと回転し、包囲する。
「さて……そろそろ観念したらどう?」
 炎が燃え移るほどではない。けれど熱は届く、絶妙な距離。
 超能力で火加減などを調整しながら、菫子は妖夢に語りかける。
「貴方は、私には、勝てない」
 そう、菫子はこの時点で既に勝利を確信していた。
 相手の技量なんて造作もなかった。こうして畳み掛けて追い込んでしまえば、後は白旗をあげるよう促すだけ。
 彼女はそう考えていた。
 菫子は基本的に用心深い。妖夢との戦いが始まった最初のときのように、相手をよく観察し、どう動いてくるかを予測し、対処する。
 それは、ただ相手の力量が把握しきれておらず、慎重に動こうという考えをとったからだ。その用心深さを最後まで貫ければよいのだが、そうでない程度に彼女は半人前であった。
 こうして戦って、相手の強さが自分より下だと分かってしまえば、別に注意を払って行動する必要もない。
 そんなあまりにも舐め腐った態度で飄々としている菫子を睨みつけながら、妖夢はなんとか立ち上がる。たとえ菫子が精神的に未熟であろうとも、超能力の腕前はピカイチなので、妖夢にはかなりのダメージが入っていたのだ。
 顔は俯き、剣先は斜め下に向けられ、構えてもいない。その様子を見ながら菫子はニタリと口元を歪ませながら言った。
「抵抗なんて無駄無駄。変な動きをしたら、大事な服が焼けてしまうわよ?」
 菫子は片手をゆるりと動かす。それに呼応するかのように、炎の渦の半径がゆっくりと狭まっていく。まるで、獲物をゆっくりと締め上げていく蛇のように。
 けれど、妖夢は動じない。刀をゆるりと持ち上げ、両手でしっかりと握りしめ、中段の構えをとる。
「空気を斬れるようにはなっていないけれど、それでも……!」
 最初であれば菫子は緊張感を持って対処できていただろう。が、その天狗鼻は最後まで伸び切っていた。
 奢りは油断を生み、油断は隙を生み、
 隙は、負けを生む。
「……――六道剣『一念無量劫』!」
 妖夢が高らかに宣言した、その時。
 刀身が、彼女自身の体が、神速で動いていた。
 菫子の瞳に、その動きはついぞ捉えられず。斬撃音が耳を劈き、漸く認識できた視界には、炎が断ち切られ、妖夢が振るった刀の軌道から大量の鱗弾が発生し、未だ勢いが衰えていない彼女とともに菫子へと襲いかかろうとしている光景が映っていた。
「小癪な……!」
 菫子は鱗弾を避けて後方へ退きつつ、"逃走の時間稼ぎのため"に標識を次々と出現させ、地面へと突き刺す。
 が、妖夢はそれを物ともせず、枝を折るかのようにスパスパと切り刻んでいく。
 妖夢はその感触を確かに抱きながら、先程はやはりただのマグレであると確信した。
 やはり、斬れぬものなど、殆ど無い! 
 精神的にも有利に立った彼女は、一気に反撃へと転じる。
 戦いの流れが、変わった。

 ◆

「結構派手にやってるな」
 魔理沙はそうひとりごちながら、幽々子の傍に座り、お台所で勝手に入れたお茶を啜る。
「飲むか?」
「あら、気が利くじゃない」
 口をつけていない、もう片方の手で握っていた湯呑みを差し出すと、幽々子は微笑みながらそれを受け取った。
 目の前で必死の攻防が繰り広げられているにも関わらず、こちらは呑気なもので。
「妖夢も楽しそうで良いわ」
「お気楽なものだ。さっきは追い詰められていたじゃないか」
「あれは妖夢が油断しすぎていたからね」
 まだ修行が足りない証拠だわ、と幽々子はそう言いながらクスクスと笑う。
「それにしても、あれだけでよく私の意図が伝わったな。感謝してるぜ」
 傍にコトリと湯呑みを置きながら、魔理沙はそう言った。しかし、その感謝の言葉に対して幽々子は少し首を傾げ、キョトンとした面持ちを返した。
「八卦炉のこと? アレだけじゃ、何を伝えたいのか分かるわけ無いじゃない」
「えっ」
 てっきり意思疎通が出来たからこそ、妖夢と菫子が戦うという展開になっているのだと魔理沙は思っていたので、彼女は驚いた。
「ただ、妖夢も最近なんだか退屈そうにしていたから、そんな時に菫子さんがやってきて、良い機会だから戦わせてみようと思ったのよ」
 なんだ、伝わっていたわけじゃないのか、魔理沙はそうぼやく。けれど、一応は自身の思惑通りの展開にはなっているので、結果オーライといったところか。
「私とツーカーの仲になりたかったら、もっと精進しなさい。例えば美味しいお菓子を持ってくるとか」
「別に、そこまで媚びを売る気はない」
「あらあら、残念だわ」
 幽々子はそう言ってカラカラと笑いながら、ちらりと砂時計を見た。
 上部に溜まっている砂の量は、凡そ半分といったところか。
 二人の戦いも、後半戦に突入していた。

 ◆

「なっ、にっ、のっ……!」
 菫子は口元から声を漏らしながら、飛び交う弾幕を必死に回避し、斬りかかってくる妖夢を避けていた。
 弾幕と斬撃というコンビネーション。後退しつつかすりながら、なんとか付け入る隙はないものかと思考を高速回転させる。
 しかし、彼女に不運が襲いかかる。
 妖夢の兜割りを回避し、ナイフのように尖った米粒弾を避けて後退しかけたその時。足が何かに引っかかったのだ。
 反射的に瞳を動かして、足元を見る。そこには、バスケットボールほどの大きさをした石が突き刺さっていた。
 白砂というあまり良くない足場の上、元々無茶な姿勢で避け続けていたためか、些細なきっかけで、一瞬だがバランスを崩し、よろけかけてしまう。
 その隙を妖夢は見逃さない。まずは半歩ほど後ろに下がって、半霊を向かわせる。
 半霊は斬撃と同じスピードで菫子に迫り、無防備な彼女の腹に激突。それ自身が弾幕であるかのような被弾の衝撃に、菫子の肺から息が吐き出され、吹き飛ばされ、塀にぶつかってしまった。
 まともに受け身も出来ず、そのまま地面へと落ち、彼女は倒れてしまう。
 意識が飛びかけるも、彼女はすんでの所で踏みとどまり、立ち上がる。
 それと同時に、半霊が菫子の後方で反復運動をしつつ彼女に向けて弾を発射してきた。僅かに遅れたタイミングで、妖夢はスペルカードを宣言する。
「人神剣『俗諦常住』!」
 刀が振るわれ、その軌跡から生成された自機狙い弾が、菫子めがけて飛んでくる。
 弾の大きさこそそこそこだが、避けられない程ではない。超能力によって補助しながら、脚力で塀と平行方向へ跳躍し、避ける。けれど、視界に突如入ってきた米粒弾に当たりかけてしまう。
 前方からの中弾自機狙い、後方からの米粒ランダム弾。正反対の方向から同時に飛んできては、避けにくいのは必然。それでも、何度か掠りつつ壁と平行に移動しながら避け続ける。
 しかし、庭の広さは有限だ。徐々に角へと迫り、追い込まれそうになる。このままでは、被弾してしまう。
 苦肉の策として、比較的弾幕が薄い上空へと逃げる。が、弾幕が薄いということは、彼女自身が敵によく見えてしまうということで。
「餓王剣『餓鬼十王の報い』!」
 鱗弾と共に、目にも留まらぬ速さで飛んでくる妖夢。進路妨害のために電柱を空中に四本ほどアポートさせ、自由落下。妖夢が自慢の剣さばきで切り刻んでいる最中に、菫子は意識を集中させ、庭の中心付近にテレポート。
 がら空きの背中に攻撃を仕掛けようとするも、巨大な物体をアポートしたりテレポートしたりと負荷の大きい事をしてしまった所為で、物体をアポートさせるほどの力が残っていなかった。
 もう少し冷静に考えていれば超能力の配分にも思考が回せたかもしれないが、彼女はそこが一歩及んでいなかった。
 そこで菫子は苦肉の策として、ある事を試してみることにした。
「んっ……はぁ!」
 超能力で生成した、紫色の小弾を全方位にランダムへ飛ばす。これは、少量のサイコキネシスである程度弾幕をばら撒くことが出来るという、彼女が最近練習している技だ。名前も何もない、通常弾幕だが。
 けれど彼女の努力は実を結ばず。弾幕を察知して、塀の屋根に着地した妖夢が振り向き際に片手で白楼剣を引き抜き、それを振るうことによって軽く弾き飛ばしてしまった。
「おかしなものばかり飛ばしてくるかと思えば、普通の弾も出せるのね」
「これでも、幻想郷流に馴染めるよう努力しているのよ。……今は通用しなかったけれど」
「そう、貴方も修行中の身というわけですか。ならば一つ教えてあげましょう。……慣れないことを本番でやったって、上手くいく可能性は低い」
 白楼剣を収め、楼観剣を構え直しながら、妖夢はニヤリと笑う。
「先輩として、お手本を見せてあげますよ」
 ほんの少し足を踏み込むと、妖夢の背後から半霊が飛び出て、上空から大弾が庭へ向けて発射される。数はそこそこ多いが、あれは見た目よりも当たり判定が小さい。菫子が避けきれないレベルではない。
 しかしそれは、今だけの話だ。
「獄神剣『業風神閃斬』!」
 妖夢が数回刀を振り、大弾を斬る。するとそれは、中弾や小弾、ウイルス弾に分裂した。赤と紫が入り乱れ、空間を埋め尽くす。
 ランダム弾。予測不可能な方向へ真っ直ぐ動き、弾と弾の隙間は絶え間なく変化する。
 諦めずなんとか避けようと動くものの、菫子は見切ることが出来ず、片腕や脇腹に被弾してしまい、動きが鈍ってしまう。
 妖夢は畳み掛けるように、スペルカードを発動する。
「断迷剣『迷津慈航斬』!」
 楼観剣を振りかぶり、それに妖力がつぎ込まれ、冥界上空に巨大な青く光る刀身が現れる。その大きさは、反対側の塀にまで届きそうなほど。
 それが、今まさに菫子相手に振り下ろされようとしていた。
 菫子は打開策を必至で考える。あの大きさでは、たとえ現在地から逃げたとしても、恐らく彼女が手元を少しずらしただけで射程圏内に入ってしまうだろう。
 ならば、黙って攻撃を受けて倒れるか? そんなことは論外だ。
 絶体絶命と言える状況であっても、彼女の眼から闘志は消えていない。そう、まだ彼女に手はある。妖夢と数回会話した僅かな時間と、スペルカードを避けていた時間で、十分とはいえないけれど、超能力は回復できた。ギリギリまで温存していようと考えていたが、今ここで使わなければいつ使うのか。彼女はすぐさま行動に移った。
 彼女は足の裏から地面へサイコキネシスを送り、その感触を確かめる。……これなら、いける。
「さあ、避けられるものなら避けてみなさい!」
 叫び声を皮切りに、妖夢は一気に楼観剣を動かす。高速で動いているはずなのに、物体そのものが大きいからか、不気味なほどゆっくりと動いているようにみえる。
「よいしょぉお!」
 だからこそ、タイミングを合わせるのは容易だった。両手で重いものを持ち上げるようなジェスチャーをしながら菫子が気合いを入れると、それに呼応し地面が割れて持ち上がる。それは菫子の頭上を通過して、妖夢が振り下ろした巨大楼観剣をまるで白刃取りするかのように受け止めた。勢いは相殺され、青く光る刀身は霧散してしまう。
 予想外の行動に、妖夢は思わず声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと貴方! 庭をぐちゃぐちゃにしないでよ!」
「後で私も手伝ってあげるから! それよりも、自分の心配をしたらどう?」
 菫子はすかさず鉄骨を妖夢の周りにアポートし、回転をつけて彼女へと飛ばす。妖夢はそれを楼観剣で弾き、水色と黄色の中弾交差弾を繰り出して、菫子へと迫る。
 僅かにできた隙間に走り込み何とか避けながら、菫子は考える。
 この戦いの勝利条件。それは、相手を追い詰めること。対戦相手がどう解釈しているのかは定かではないが、今までの妖夢の動きから考えると、弾幕で圧倒してから隙を突いて刀で仕留める流れが基本戦術であるようだ。
 彼女の戦術を逆手に取り、どうすれば勝利をもぎ取れるだろうか。
 相手の弾幕は密度も濃くランダム要素も強い。気合い避けのセンスが試される。サイコキネシスでバリアを貼って突き進むのも手なのだろうが、そこで能力を酷使しすぎてしまい、彼女を前にして力尽きてしまえば話にならない。
 ならば、トドメを刺すために近づいてくるタイミングが、こちらにとってもチャンスになるだろう。
 至近距離であればあるほど狙いを定めやすく、当てれば一撃必殺の武器をこちらは持っているし、その武器に込められたパワーはすでに満タンだ。
 先程の迷津慈航斬と似た攻撃を放ってくる可能性も彼女は少し考えた。しかし、あれは隙が大きいし、力を溜める時間も必要だしで、何より一度受け止められている。おそらく同じ手は使ってこないだろう。
 一通り現状整理と方針を立てたその時。妖夢の斬撃を菫子はマンホールで受け止め外側へとそらした後、がら空きになった下腹部に向けて掌からサイコキネシスを放つ。しかし同時に、妖夢は半霊を動かして菫子の肩に激突させた。両者は吹き飛び、地面へと転がる。
 菫子は立ち上がると同時に、チラリと幽々子や魔理沙がいる方を見、とあるものがまだそこにあることを確認してから、前を向いた。妖夢もまた必死に立ち上がり、刀を握り直す。
 再び距離が離れ、双方対峙する。
 二人共目に見えて疲労が溜まっているようだ。肩で息をして、呼吸を整えている。心を落ち着かせている。そして、静かに闘志を燃やしている。
 体力は限界に近い。恐らく、次の攻撃が、ラストになるだろう。
 睨み合い、相手の顔を覗き込み、視線を合わせる。
 相手に付け入る機会を窺う。
 ――緑のスカートを揺らし、彼女が先に動いた。
「人鬼『未来永劫斬』!」
 妖夢は踏み込みながら宣言しつつ刀を振り、息をもつかせぬ速さで菫子に迫る。
 冷静にマンホールの蓋をアポートして、サイコキネシスによる防壁を何重にも施し、最強の盾として攻撃を受け止める。
 斬撃は体に届かずマンホールを叩き割るにも及ばなかったが、勢いまでは殺せず、菫子の体は空中に投げ出された。
 攻撃は続く。けれど菫子は、まるで時間が引き延ばされているかのような感覚で、斬撃の一つ一つを受け止めてはいなしてゆく。
 けれどそれも、無限に続くわけではない。菫子の背が地面と水平になると、妖夢はおおきく振りかぶって、最後にして最大の一撃を、ぶつける。
 両者は一つの塊のように真っ逆さまに落ち、勢い良く地面へとぶつかってしまい、辺りには砂埃が立ち込めた。
 二人の姿はそれに隠れ、視えない。
「さ、もう動けないでしょう? 貴方に勝ち目はありません」
 砂埃が薄まり、最初に姿が見えたのは妖夢だった。剣先を下へと向けている。どうやら、菫子は地面に倒れており、妖夢は両足で挟み込むような形で彼女の上に立っているようだった。
 よくよく見てみると、その剣先は菫子の喉の寸前でピタリと止まっている。妖夢が少しでも力を入れてしまえば、菫子の肌に傷がつくだろう。
 けれど、そんな状況下でも、菫子は笑っていた。
「動けないのは……貴方の方ではなくて? 周りをよく見てみたら?」
 菫子はニヤつく口元を歪ませながら、彼女にそう言う。
 妖夢は怪訝な表情を浮かべつつ、瞳だけを動かして自身の周りを見る。
 そこには、
「……ッ!?」
 日本刀が、左右に三本ずつ、計六本が妖夢の周りを浮遊していたのだ。
 その剣先は、真っ直ぐに妖夢の首を狙っている。
「貴様! 一体どこからこれを」
「貴方がお嬢様に呼ばれた時、こちらに持ってきていたわよね、大量に。お陰様で、こうしてチャンスを作れたわけ。感謝してるわ」
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、妖夢は菫子を睨みつける。
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に……斬れぬものなど、少ししか無い! こんななまくら、何本だって叩き斬りますよ!」
「そう。ならやってみたら?」
 そう言いながら、菫子は左手を妖夢の方へと突き出す。次の瞬間、その手には刀が握られていた。しかし、その剣先はプルプルと震えている。妖夢はその様子を見て、せせら笑いながら口を開いた。
「どうみてもズブの素人じゃない。刀も触ったことがないような貴方が、剣術で私に勝てるとでも?」
「なら、こう返してあげるわ。……やったことがなくったって、人間は、ぶっつけ本番でやらなきゃいけないことだってあるのよ」
 妖夢の瞳に、みるみるうちに闘志が燃えたぎってゆく。今にも握りしめた楼観剣で斬りかからんという形相だ。
 ……そうだ、それでいい。菫子は超能力でメガネの位置を直しながら、空いている右手をゆっくりと自身の背中の下へと動かし、必殺の武器を握りしめる。
 3Dプリンターガン。彼女のサイコキネシスを圧縮させ、弾丸のようにして射出するウェポン。
 これさえあれば勝てる。
 妖夢が我慢できなくなり、動き出した瞬間、こいつをぶっ放せば。
 先程まで音が鳴り響いていた冥界が、静寂に包まれる。両者は息をすることさえ止め、相手の次を伺い……。
 ――両者ほぼ同時に動いた、刹那。
「そこまで!」
 幽々子の鈴のような声が、静寂な空気を破る。 
 彼女の側にある砂時計は、きっかり落ちきっていた。

 ◆

「いやー、中々見ごたえのある戦いだったわ。妖夢、お疲れ様」
「ありがとうございます、幽々子様。……けれど、最後まで決めきれませんでした」
「あと一歩及ばず、といった所かしら。妖夢もまだまだ半人前ね」
「うぅ……。精進します」
 縁側に腰掛けた幽々子に、妖夢は何度も頭を垂れている。そんな反省会を背に、魔理沙は菫子に話しかける。
「よく頑張ったじゃないか」
 庭にばら撒いた標識などを――斬られてしまったものは流石に直せないからそのままで――元の場所にアポートさせながら、彼女は返答する。
「いやー、刀を持った人と戦うことになるとは思わなかったわ」
「怖かったか?」
「怖い? 私が? まっさかぁ。ゾクゾクして楽しかったわよ! ……最後、勝てなかったのが残念だなぁ」
「お前もまだまだ半人前ってことさ。……それでも、あの時よりも強くはなってたな」
「ふふん。これでも成長してますから。いつか、魔理沙さんとも再戦したいなぁ」
「おう、機会があれば受けて立つぜ」
 それにしても、結局幽霊のことは聞けずじまいか、と菫子はぼやきながら、元弾を片付けていく。そんな悲しそうな様子を見た幽々子は、彼女に声をかけた。
「菫子さん。貴方の健闘ぶりを湛えて、特別に教えてあげてもいいわよ」
「え!? 本当!?」
 素敵な提案を聞いた菫子は、片付けを途中で放り投げてそそくさと縁側の方に駆け寄った。
「それじゃ、根掘り葉掘り聞いちゃおうかな?」
 菫子はどんと幽々子の隣に座りながら、そうつぶやいた。こいつは遠慮というものを知らないのかと言わんばかりに半目で睨みつける妖夢。幽々子は気に留めず、人差し指を顎に添えながら口を開く。どうやら、頭のなかでどう説明しようかと考えているようだ。
「幽霊は、ざっくり説明すると、物体に宿る気質が具現化したものよ。冥界にいる幽霊のほとんどは、生き物が死んでことで生まれた存在で、ここで成仏や転生を待っているの」
「なるほど……? 気質、ねぇ……。人が死んで抜け出した物の他にも、幽霊ってあるんですか?」
「そうなの。一口に幽霊と言っても、色々といるのよねぇ。それらを一つ一つ例をあげて説明するのは難しいし時間もかかるし……。ああんもう。やっぱり説明するのって難しいわ。そもそも、こういうことを教える適任者は他にいるでしょう?」
 幽々子はやや苦笑いしながら魔理沙を見て、そう言う。その視線の動きに追従するように菫子も魔理沙の方を見る。
「それは、その」
「人間の里に住んでいる稗田家当主とか、ね。確かに幽霊の管理をしてはいるけれど、一から十まで識っていて、他人に伝えられるわけじゃないわ。ごめんなさいね」
「えー……? じゃあ、さっきまで私は、一体何のために戦っていたの……?」
 うなだれる菫子。それをみて両手を上げながら魔理沙が口を開く。
「あー、悪かった悪かった。退屈そうにしてたから、ちょっとした刺激を、と考えてな」
「それって、幽々子さんがしっかり教えてくれないことを分かった上で仕掛けたんですか!?」
「いやいやいや、もう少し詳しく話してくれると思ってたんだがなぁ……。でも、いい気分転換になっただろう? 実際に本物の幽霊を見れたし、一石二鳥じゃないか」
「まあ、それはそうですけど……」
 なんだかやるせない気持ちになりながら頭を抱える菫子。その様子を見ながら幽々子は声をかける。
「幽霊なんて、どこでもいつでも見かけられるような存在だけれどね」
 その言葉を聞いて、菫子は今までの幻想郷での出来事を思い返し、困惑する。
「見たような覚えはないような……」
「きっとそれは、貴方が博麗神社を中心に行動しているからじゃないかしら。あそこなんて、幽霊よりも妖怪がうようよしているからねぇ。それに、下手に近づいたら退治されちゃうし」
「確かに……。では、外の世界では? 外の世界にも、幽霊は居ますか?」
 菫子の知りたかったことはそこだ。現実世界で最近流れている、幽霊を見たという噂。どんな幽霊だったのかも気になるが、そもそも外の世界に幽霊は存在できるのかというクエスチョン。それを解消するべく、彼女は動いていたのだ。
 目の色が変わった菫子の態度を見るやいなや、幽々子は扇子を取り出して口元を隠しながら静かに口を開く。
「幽霊は幻。幻想郷側のもの。深秘が駆逐された外の世界で見ることなんて……ましてや、人が密集した都会では、常識的に考えると、殆どありえないでしょうね」
「やっぱり、そうですか……」
 あの噂話自体が眉唾ものだったってことなのかな、なんて事を考えながら、片付けを再開した。調べるきっかけとなった事象がそもそも怪しいという結論になってしまったものの、そこに至るまでの過程で多くのものを得られたから、結果としては冥界に来てよかったなと、菫子は思った。
 そんな彼女の背中を微笑みながら、幽々子は見つめる。
 ……幽霊は外界にもいるのかという菫子の疑問に対して、幽々子は一つだけ伏せた事がある。
 言おうか迷い、伝えなかった事。まさか、という僅かの可能性。
 ――人為的だったら、或いは。

 ◆

 客も帰り、冥界には再び静かな空気に包まれていた。
 殺気立っていた雰囲気が霧散したからか、ふよふよと幽霊が浮かんでいる。
 そんな長閑でいつも通りな様子を眺めながら幽々子はお皿にちょこんと載っている三色団子に手を伸ばして、
「……あら」
 空を切った。
「なんか砂糖の量が減ってない?」
 目線をお皿の方へと向けると、そこには彼女の友人がスキマから上半身を出していた。
 神出鬼没で胡散臭いなんて言われているが、幽々子にとってはかけがえのない大切な友人。
 という評価なのだが、それを勢い良く崩さんとばかりに、彼女は無断で団子をぺろりと食べてしまった。
「妖夢が言ってたのよ。糖分のとり過ぎがどうのって。きっと外の世界の知識を聞きかじったのね。全く困ったものだわ」
 そう不貞腐れながら、幽々子は真っ白なお皿の縁を指でなぞる。
 すると、空中からぽとりと小さな箱が落ちてきて、お皿の上に着地した。
 幽々子は手にとって、それを見る。チョコレートと呼ばれているお菓子だ。
「こんなもので、私の機嫌が取れるとでも?」
「口元が緩んでるわよ、幽々子」
 幽々子は包装紙を黙って破ると、そのままパクリと一口。頬を抑えながらうっとりとした表情を浮かべている。
 そんな親友の嬉しそうな顔を見ながら、彼女は幽々子の隣に腰掛けた。
 静かで、わびさびを感じる――絶賛復旧中だが――中庭を眺めつつ、彼女は何もない空間から扇子を取り出し、口元を隠しながら幽々子に話しかける。
「あの人間を見て、どう思った?」
 親友の問いかけに、幽々子は食べかけのチョコレートを飲み込んで答える。
「相変わらず、春雪異変の時からあんまり変わってなかったわね」
「そっちじゃないわ」
「どっちも同じじゃない」
「違うわ」
「そう?」
 冗談よとクスクス笑ってから、幽々子は真面目に答える。
「そうねぇ……、良い筋は持っている。能力を使いこなすセンスも申し分ない。少々気を抜いたり相手を見下したりするようなフシがあるけれど、真面目なスイッチがしっかり入れば、相手の動きや身の回りの状況を見極めて、有利になるよう行動する。戦いの中で、グイグイと成長していたわ。妖夢も見習ってほしいくらい」
 彼女は目をしばたたかせた。まさか幽々子がこんなにもべた褒めするとは思わなかったからだ。
「けれど……どうしてわざわざ彼女のことを聞きに来たの? 彼女のことを狙っているの? どうやら外の世界の住人らしいしね。貴女にとっては、やっぱり目障りな存在なのかしら? それとも……?」
 ニコニコと口元を緩めながら、親友に問いただす幽々子。彼女は表面上ゆったりとしているが、その実、心のなかでは様々なことを見抜いている。その瞳は、親友である彼女にとっても、侮れない物で。
「大切なことだからよ」
「曖昧ね」
「いつものことでしょう?」
「……そうね、いつものことね」
 けれど、幽々子は彼女の親友だ。だから、ある程度踏み込んで欲しくない話題だと理解すれば、彼女は配慮してすぐさま身を引く。イタズラとしてちょっと突くぐらいはするけれど。
 もしも幽々子との間柄が親友ではなかったら。そんな恐ろしい考えが頭をよぎり、彼女はぞっとした。
「全ては……」
 扇子で口元を隠し、ここではないどこか遠くを見つめながら、金髪の彼女は静かに言葉を漏らしかけ、静かに口を閉じる。
 冥界は――世界は、今のところ平穏であった。
こんばんは。東風谷アオイです。
菫子会長と妖夢さんのバトル物でした。いかがでしたか?
久しぶりの弾幕ごっこ描写だったので、書いていて楽しかったです。もちろん、ゲームで避けるのも楽しいです。

本文とは関係ないのですが、早苗さんが主人公の短編集をメロンちゃんで委託頒布しています。
よろしかったら、こちらも是非。
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=283810


>1コメ様
ご指摘有難うございます。確かに違和感がありますね。同人誌に再録する際は加筆修正を施そうかと思いますので、よろしくお願いします。

>3コメ様
ありがとうございます。これからもやりたいことがやれるよう、精進していきます。
東風谷アオイ
http://gensokyo.cloud/@A_kotiya
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コメント



0.170簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
冒頭の文章に疑問が。

「冬は冷え込み、春は見事な桜が咲き誇り、夏は程々に暑く、秋は涼しい。」とありますが、何故に春だけ気候の話をしないのでしょう?
3.80名前が無い程度の能力削除
嫌いじゃないよ
やりたいことがやれていると思います
5.80kosian64削除
バトルの中で成長していく菫子って良いですよね