「いやぁ、いい月ね」
「ん。そうだな」
時は流れて、日が沈み。霊夢と魔理沙は、そろって縁側に腰かけていた。握り拳数個分ほど空いた二人の隙間には、団子と徳利、それぞれのお猪口が置かれていた。
昼間から天気は変わらず、雲はほとんどなく。およそ月見には最高と言えるであろう空が広がっていた。
「たまには、こうやって二人でゆっくり飲むのも、悪くないでしょ?」
徳利からお猪口に酒を注ぎつつ、霊夢はそう言った。
「うん、悪くない。ほんとに昔を思い出すぜ」
魔理沙は、自分のお猪口に注ぎ終えた霊夢に、ん、とお猪口を差し出す。そのくらい自分でやりなさいよ、そっちこそこれくらいいいじゃないか、と言うやり取りの末、霊夢は魔理沙のお猪口にも酒を注ぐ。
「団子も酒もうまいし、月も完璧に見えてる。言うことなしだな!」
くいっと酒をあおりつつ、魔理沙はしみじみと言う。
「いつだったかの月の兎の店、ほんとに美味しいわね。また買ってやってもいいかも」
「まさか、あいつらが地球に住み着くとはなぁ」
「ほんとに」
そう霊夢が呟いたのを最後に、しばらく静寂が訪れる。
二人は、黙って月を見上げていた。
「ほんと、昔を思い出すぜ」
心地の良い静寂を破ったのは、そんな魔理沙の呟きだった。
「そうね。あの頃は、私とあんたしかいなかったもの」
「そうそう。しかも、私が来るまでは、霊夢一人だったしな!友達もいなくて独りぼっちで寂しそうな霊夢を助けてやったのが、この魔理沙さんってわけだ」
「あんただって友達いなかったんでしょ?さも私が助けられただけみたいに言わないでちょうだい」
「うっ……いや、それはそうだけど!ぐっ……言い返せない……」
魔理沙は、頭を抱えて唸る。
プッと。昼とは違い、今度は霊夢が吹き出した。
腹を抱え、盛大に笑う霊夢に、うんうん言っていた魔理沙も、つられて笑いだす。
二人でひとしきり笑い、そろそろ収まってきた頃。もう一度月を見上げ、笑いすぎた涙を払いながら、霊夢は言う。
「でも、やっぱりあんたには感謝してるわ。もしあんたがあの時、神社に来てくれなかったら、私、今みたいに、楽しく月を見ることなんてできなかったかもしれないし」
「それは私だって同じだ。もし私があの時、神社でお前を見つけてなかったら、こんなに美味い酒を飲む事なんて、出来てなかったかもしれない」
「あら、お酒の味は変わらないじゃない」
「お前みたいに、気の知れた奴と飲むから美味いんだよ。わかってて茶化すな」
顔を見合わせ、また笑う。
二人とも月に視線を戻し、ゆったりとした時間を楽しむ。
「ねえ、魔理沙」
「なんだ?」
「本当に、月が綺麗ね」
「えっ」
霊夢が何気なく呟いた一言に、魔理沙は小さく声を上げて固まったかと思うと、見る見るうちに顔を紅く染めた。
「魔理沙?何赤くなってるのよ」
そんな魔理沙を不思議に思い、霊夢は魔理沙の方を見る。しかし、魔理沙は目線を合わせようとしない。
「霊夢、お前、それ、分かって言ってんのか……?」
「何がよ」
「いや、その、なんだ。知らないならいいんだ」
魔理沙は落ち着いたように、しかし、少し残念そうに、ふぅと息を吐いた。
「なんなのよ。気持ち悪いから教えなさいよ」
「嫌だぜ。お前も多分、聞かない方がいいぞ」
「いいから教えなさいって。あんただけ分かった風にしてるの、気に食わないのよ」
魔理沙は、はぁとおおきく息を吐くと、恥ずかしさを、紛らわせるためか、月を見上げながら観念した様に口を開く。
「わかったわかった。聞いてからなんで教えたんだ、なんて言うなよ?
「当たり前じゃない」
馬鹿なこと言うわね、と言わんばかりの表情をする霊夢に、一つ苦笑い。魔理沙は、話しなじめる。
「昔の、有名な小説家がな?寺子屋みたいなところで英語を教えてた時に、『あいらぶゆー』を、『我君ヲ愛ス』って訳したらしいんだ。でも、その時にその小説家は、『日本人がそんなこと言うわけがない。訳すなら、月が綺麗ですねとでも訳しておけ。それで伝わるものだから』って言ったらしいんだ。まあ、その話自体、後から作られた逸話だって話なんだけど……って、霊夢……?」
途中から反応が無くなったのを不審に思い、魔理沙が霊夢の方を見ると、霊夢は先ほどの魔理沙と同様に、顔を真っ赤に染めていた。
「なんで……」
「なんで?」
「なんでそんなこと、今教えたのよ!!」
「ほら見たことか!!だから、私はやめた方がいいって言ったんだ!!」
霊夢は、恥ずかしさのあまり、例として辞書に乗せたいほどの逆切れを始める。
「だったら何よ!!私は、昔の話をして、お互いに感謝しあってる事を確認して、なんかいい雰囲気の中、二人で月を見上げてる時に、いきなり愛の告白をしたって事!?馬鹿じゃないの!って言うか、何言わせるのよ!!」
「うるせぇ!お前が全部勝手にしゃべってるんだろ!」
「あ~~!こっち見ないで!恥ずかしすぎてあんたの顔なんて見れたもんじゃないわ!!」
「お前もう黙れ!!こっちまで恥ずかしくなって来るだろ!!」
ぎゃあぎゃあという叫び合いが終わったかと思うと、霊夢は顔を抑えながら上半身を前に倒し、魔理沙は頭を抱えてうつ伏せで寝転がっていた。
しばらくそんな奇妙な光景が続き、沈黙が場を支配する。
「ねえ」
「んだよ」
沈黙が、霊夢の声かけによって終わりを告げる。
霊夢は上半身を起こし、魔理沙は起き上がる。団子と徳利、お猪口が、二人の間に無い事を覗けば、最初の状態に戻った形だ。
――最も。二人の頬の紅潮は、隠しようも無かったが。
「あんたはどうなのよ」
「どうって?」
「あんたが見てる月は、綺麗なのかって聞いてるのよ。みなまで言わせないでよバカ」
ふむ、と。魔理沙は顎に手を添えて、少し考える。
「そうだな……」
魔理沙は、ぽっかりと空に浮かぶ、美しい月を見上げて言う。
「月が……すごく、すごく綺麗だな、霊夢」
それを聞いた霊夢の顔は、今まで魔理沙が見た事も無いほどに、赤く、赤く、染まっていた。言った魔理沙の顔も、紅で染めたかと思うほどに、赤くなっている。
「……ふうん。そう」
みたび、およそ人が立てるであろう音の存在しない時が訪れる。
「……」
月を見上げたまま、霊夢が、黙って拳数個分だけ魔理沙の方に寄る。
「……」
それに気がついた魔理沙も、同様に拳数個分だけ霊夢の方に寄る。
団子と酒が置かれていたはずの隙間は、いまや毛ほども存在していない。
霊夢が目を閉じて、魔理沙の肩に頭を預ける。
魔理沙は、それを振り払う事も無く、空を見上げながら静かに受け入れる。
四度目の沈黙、静寂が訪れる。
その静けさを破るような無粋な物は、そこには存在していなかった。
どんだけ流行ってんのマジで……
私は流行りとか無視して思いついたものを書くのですが、十五夜で思いついたため、時期的に多くと被ってしまったようです。
>大抵読んでない
私が浅学なのは事実です。
「使いたがる人って大抵読んでない」とは、何を読んでいないという事でしょうか?もし、夏目漱石の『月が綺麗ですね』についての物だとすれば、今後のためにも読んでおきたいので、教えて頂ければ幸いです。
作者の好きなように東方の二次創作を楽しめば良いと思う。
魔理沙が『月が綺麗ですね』の意味を教えた後、
恥ずかしさで一度、ひと悶着起こすところが、
昔馴染み同士のレイマリっぽい展開で良いと思ったよ。
ご馳走様でした。
少ないんだから大事にしなきゃ。あんまり行き過ぎてるのはアレだが。
面白かったです。読後も爽やかだし、また書いて下さいねー