集中、集中、集中……。
「集中……できるわけないだろ!!!」
頭を抱えて魔理沙は絶叫する。手を放した本が、どさっと音を立てて畳に落ちる。
「クソが……ッ!!どうしてこうなったんだ!?」
小さい頃の夢がお嫁さんだったと知られた?今の自分とのギャップに笑われた?その程度のことなら、どれだけ嬉しかっただろうか。
霊夢に問いかけられた時、魔理沙は、本に没頭するあまり、その前の話を全く聞いていなかった。つまり、それが何を意味するか。答えは一つだ。
「さっきのは、今の私の夢ってことだ……!!」
先ほどの事を思い出し、また顔が真っ赤に火照るのが分かる。本に夢中で適当に返事をしていたとは言え、まさか自分でも思ってもみないような言葉が出てしまうとは、想定外だった。
しかし、『自分の将来の夢は、お嫁さんである』と仮定したうえで考えてみると、どうやら、自分のその発言は、本当らしい。事実、自分が結婚式で、友人たちに祝福されている場を想像してみると、それに対する憧れが自分の中にあった。
「違う……それ自体はそこまで問題じゃない……」
自分を落ち着かせるため、魔理沙は頭の中を口に出す。
「夢だとか言う、たいそうな物かは別として、そんな事考えるのは、そうおかしい話じゃないはずだ」
『お嫁さん』という言い方をすると、可愛らしく思えるが、その実、ただの嫁いできた妻だ。幻想郷に生まれた女性は、たいていの場合、どこかの家に嫁ぐ。外の世界では、男女平等がどうとか、女性も働く社会だとかで、そんな意識は薄くなってきているなんて話も聞くが、ここは幻想郷だ。
「だから、問題はそこじゃないんだ……本当に問題なのは……」
そう言って、魔理沙は、もう一度、自分の結婚式を想像してみる。
式を挙げるとしたら、最も知り合いたちを集めやすいこの神社だろう。という事は、神前式になるわけで、自身は白無垢で、新郎は袴で……
そして、数秒も経ったか経っていないかのうちに、叫び声を上げながら、頭を掻きむしった。
「だから何で!!なんで私の隣に居る新郎が霊夢なんだよ!!」
そう。魔理沙の想像の中で、化粧をして、汚れ一つない真っ白な白無垢を着た魔理沙の隣に。堂々とした姿で、羽織袴を着る霊夢が立っているのだ。
「おかしいだろ、普通に考えて!なんであいつが男役なんだ!」
なんで私がこっちで、霊夢がそっちなんだ!これじゃあ、私があいつに嫁ぐってことじゃないか!それは……なんて言うかわからんが、とにかくおかしい!!
そう思考を一巡りさせてから、魔理沙は自分が文句をつけている点がおかしい事に気が付く。
自分が『霊夢と式を挙げる事』は問題としていない。その事を認識し、思わず魔理沙は畳に倒れこむ。
しかし、そんな魔理沙に構わず、頭の中の式は粛々と進んでいく。霊夢が新郎として式に出ているからだろう、紫が祝詞を読み上げていた。
そして、式の終わりが近づき、二人は誓いのキスを……しない。
「あ、そうか。神前式は誓いの口づけは無いんだっけか……」
魔理沙は、少し残念そうにそう呟いたかと思うと、何かに気が付いたようにハッとする。
「がああああああ!!なんでキスしたかったみたいになってるんだ!!」
そう叫びながらも、想像の中とは言え、キス出来ずにがっかりしている自分を否定することが出来ない。
「もう駄目だ……」
そう呟いたかと思うと、魔理沙は、自らの額を畳に擦りつける作業に取り掛かる。
「まだ救いがあるのは、霊夢も早苗も、私の小さい頃の夢だと思って、気が付いていないことだな……」
ははは、と魔理沙が乾いた笑いが漏らしたかと思うと、がばっと上半身を起こした。
「二人が買い物に行ってくれて助かったぜ……こんな話、誰かに聞かれでもした、たまったもんじゃ……な、い……」
そう言いながら、窓の外に向けた魔理沙の目は、こちらを見ている高麗野あうんを捉えていた。
「あ、あうん……?」
魔理沙がそう呼びかけると、あうんはその顔をニヤニヤとした笑みで歪めた。
「ちょっと待て、頼む。ちょっと待ってくれ」
頭痛に耐えるように、左手を頭にやりながら、魔理沙はかぶりを振る。
「お前……一体いつからそこにいた……?」
「ついさっきですよ。具体的には、『霊夢さんって、将来の夢とかあるんですか?』ってくらいからです」
おそらく、早苗が霊夢に問いかけたであろう言葉、その時、完全に意識を本だけに向けていた魔理沙の記憶に、その言葉は無い。しかし、その内容を考えるに……
不穏な空気を感じ取ったか、あうんはそろりそろりと後退していく。
「なあ、あうん。知ってるか?……死んだ奴は、喋ることが出来ないんだぜ?」
そう言って魔理沙は飛び出し、あうんも全力で逃げ始める。
「待てやこらあああ!!!」
「待てと言われて待つわけがないじゃないですかあああ!!!」
追い追われる二人の叫び声が響く。
幻想郷は、今日も平和であった。
悶える魔理沙にほっこりしました。
早苗は、まだ幻想郷に来てから日が浅く、幻想郷らしい考え方と外の世界らしい考え方が混在しており、『同世代の友人との会話の話題は?』→『幻想郷の人間の趣味とかまだよくわからない』→『それなら、自分と同世代共通の話題である進路かな』→『でも、幻想郷には高校も大学無いから、将来の夢かな?』という思考を経て出た質問と、私は考えています。
ですが、本文にもある通り、ふと出た質問ですので、その思考は無意識下で行われたものであり、明記しませんでした。
『外の世界でありきたりな夢』のあたりである程度示唆したつもりでしたが、表現力不足でした。
面白かったです