わたしは落ち着かなかった。
かさかさと、何かがわたしの胸に引っ掛かる。
わたしにまつわりついて、いつまでも離れようとしない。
どんよりとした曇りの午後だった。
紅魔館の玄関に座って空を見上げながら、なんにもない空だ、と思う。
低い空には青も白も見当たらなくて、湿ったような鈍い灰色がしみ込んでいるだけだった。
陽射しは中途半端に弱く、昼の突き抜けた明るさはどこにもない。
目線を空から下げると、庭の中央に花壇が見える。
黄や紫や紅が風でゆっくり揺れていて、そこは静けさに包まれていた。
風景の中で動いているものは花の色だけだった。
わたしはその揺らめきをぼんやりと見続けながら、不安の原因について考えを巡らしている。
『妹様は、私なんかみてないんですよ。私はレミリアお嬢様じゃありません』
昨日の夜、美鈴にそう言われた。
寝る支度を終えて、美鈴の部屋で一緒に他愛のない話題について話して、何気なく喋っている時だった。
いつも通りの口調であまりにもさり気なかったので、わたしは思わず言葉に詰まった。
それから少し遅れて、えっ、とだけ聞き返した。
『妹様が好きなのは、大切に想っているのは、私じゃないでしょう』
やっぱり同じ口調で美鈴は繰り返した。
その言葉はわたしの中にじんわりと入り込んで、冷たさだけを残していった。
美鈴の仕草も表情も言葉も、わたしを咎めるものじゃなかった。
だからこそ、自分の気持ちがどんどん凍り付いてゆくのが分かった。
『知ってたの』
わたしは声を殺すようにして、小さく尋ねた。
冷たくかすれた、小さな声だった。
『ええ、もちろん』
『どうして、なんで』
『だって、私はずっと妹様をみてたんですから』
美鈴はわたしから目を逸らすことなく、そう言った。
くらくらとめまいがするような気がして、その視線を振り払ってしまいたかった。
わたしはもう何も答えなかった。
冷たい時間だけがいつまでも、わたしたちの間を漂っていた。
その後は、奇妙なくらい普段通りだった。
いつものように美鈴の部屋で、美鈴の隣りでわたしは寝た。
ただ、わたしたちの間に会話は一度もなかったし、胸苦しさで眠ることなどできなかった。
わたしと美鈴の関係は、何かが致命的に歪んでいた。
美鈴がではなく、わたしが歪んでいた。
わたしはお姉様が好きで、お姉様を求めていて、ずっと長い間お姉様だけをみてきた。
そして美鈴に包まれる時、キスしてもらう時、抱いてもらう時、わたしは必ずお姉様を思い浮かべた。
まるでお姉様がわたしに触れているようで、その感触を何度も何度も確かめた。
わたしにとって特別だったのは紅色で、それはお姉様の色だった。
すっかり吸い込まれてしまって、抜け出せないような深い色だった。
だからわたしは美鈴の燃えるような髪色が大好きだ。
温かくて安らかな紅は、わたしをいつも気持ちよくしてくれた。
わたしの一番奥の大切なところを、優しく撫でてくれるようだった。
そんな風にしてわたしは美鈴を求めた。
わたしはいつでも、美鈴の中にお姉様をみていた。
ひどくよじれた関係だけれど、不思議と違和感はなかった。
違和感を覆い隠すように、一生懸命にわたしは美鈴とのつながりを欲しがった。
ずっと、美鈴の言葉をずっと考えている。
わたしは何をみているのだろうか。
わたしは何をみていないのだろうか。
美鈴を思い浮かべようとして、あの紅色がみえた気がした。
冷たい地面の手触りで、わたしの意識は風景に戻される。
無意識のうちに地面をざりざりと爪で引っ掻いていた。
わたしの落ち着かなさがいくつもの線になって、地面に残っていた。
ざりり、ざりり、と音を大きくするように深く地面に爪を食い込ませる。
がり、と音がして、突き立てた爪の先から紅色がじんわりと流れた。
わたしは思わず目を凝らした。
血が流れ出して、指の先が温かさに飲み込まれていった。
その感触だけは、わたしにもきちんとみえているようだった。
***
次にわたしの意識が玄関に戻ってきたのは、お姉様が人里から帰ってきた時だった。
「おかえりなさい」
「ええ、ただいまフラン。あんまり外にいると風邪ひくわよ」
外はすっかり陽が落ちかけていた。
天気は変わることなく、空一面が鈍色の幕に覆われている。
昼はもう終わろうとしていた。
「ねえ、わたしって、目が悪いらしいのよ」
「なんだそれ。吸血鬼なんだから、むしろ異常に良い方じゃない」
「だって、そう言われたんだもの」
「誰によ。咲夜……は違うか。美鈴かパチェでしょ」
「紅いやつよ。紫の方じゃないわ」
「なんだその言い方。喧嘩でもしたの?」
「ううん、ちがうのよ。別に怒られたわけじゃないし」
「そう。どうせフランに非があるんだから、さっさと認めちゃいなさい」
「だからぁ、そうじゃないんだって」
お姉様と話す時、わたしはいつもお姉様の唇をじっと見つめている。
その小さな輪郭が、柔らかそうな舌が、言葉の一つ一つが、わたしはいとおしかった。
姉妹だからわたしも同じ形の唇を持っているのだろうと思うと、もっと嬉しい気持ちになった。
自分の唇をなぞりながらお姉様を思い描くと、身体中が紅紅紅紅……と満たされていくようだった。
「大体、美鈴がフランを悪く言うなんて滅多にないでしょ」
「そうね」
「じゃあ、フランが悪いのよ。間違いなくね」
「むう、少しはわたしをかばってくれてもいいのに」
「かばってほしいの?」
「いや、違うんだけどね……」
「ならいいじゃない」
お姉様はわたしの隣りに座りながらそう言って、ほんのり笑った。
このひとはわたしも美鈴も同じように好きなんだろうな、と思わせる表情だった。
「美鈴はフランの事、なんにも言わなかったけどなあ」
「わたしたち二人の関係なんだから、普通は言わないよ」
「お前は言ってるじゃない」
「姉妹だもの」
「はいはい。厄介な妹君を持って、私は幸せ者ですよまったく」
「あらそう。ひねくれた妹でごめんなさい」
確かにそうだ、わたしはひどく捻じれている。
わたしがどんな風にお姉様を、美鈴をみているかこのひとは知らない。
知っていたら、こんな話は持ち掛けない。
わたしとお姉様は何百年も同じ屋根の下にいて、同じものを見て、同じように互いを大事にした。
お姉様の近くにいるだけで、わたしは説明のできない気持ちよさを感じた。
言葉の届かない感情が、わたしの中でお姉様をいつもみていた。
わたしが生まれた瞬間からお姉様はわたしの「姉」で、その当たり前のことがひどく特別だった。
ふとした時にその事実を確認して、お姉様はわたしの中で「姉以上」になるのだった。
姉妹とも家族とも違うもっと深い想いが、わたしの胸をしっとりと湿らせていった。
「フラン。指、どうしたの」
不意にお姉様はわたしの手を掴んで、指から目を離さずにそう尋ねた。
「うん、さっきぶつけちゃったの」
わたしは適当に答えた。
掴んでくるお姉様の掌が温かくて、わたしの意識はそこへ向かっていた。
快感で声が上擦りそうになるのを必死に抑えた。
「咲夜はいるか」
「はい、ここにおります。お嬢様」
「フランの指、頼めるかしら」
「ええ、もう終えていますよ」
「……さすが。ありがとうね、助かったわ」
「いえいえ。では、失礼します」
咲夜はすっと現れわたしの指にガーゼを巻いて、一瞬のうちにいなくなった。
後にはもう、清潔な消毒のにおいが残るだけだった。
「ねえ、フラン。自分を傷つけるのはやめてちょうだい」
「違うわよ。これは、ついうっかり……」
「それでも、よ。みんなが心配するわ」
「これはたまたまだってば。もう、気にしすぎよ。そんな痛そうな顔をしないで」
「当然じゃない。家族なんだから」
それだけ言って、お姉様は黙った。
わたしの手は掴まれたままだ。
家族なんだから、その言葉がわたしの中にしみてきた。
それはわたしの胸をかさかさと引っ掻いて、息苦しくさせる。
何かが歪んでいる感じがする。
お姉様はわたしを、「家族」としかみていない。
何百年もの間お姉様をみてきたわたしだから分かる。
わたしがお姉様を見る目は、お姉様がわたしを見る目とは完全に違う。
その完全さは、わたしたち姉妹の間でどうしようもないひずみになっている。
いくらわたしがお姉様を想っても、お姉様はわたしを「妹」としか思ってくれない。
いくらわたしがお姉様をみても、お姉様はわたしをみてくれない。
わたしはずっとみているのに。
わたしはずっとみてきたのに。
495年の間、わたしはお姉様がいたから孤独ではなかった。
地下に閉じこもっていた時だって、ずっとお姉様を想っていたから孤独じゃなかった。
そのいとおしさはわたしを独りにしなかった。
なのに、お姉様に優しくされる時、「家族」として思われる時、わたしはどうしても淋しさを感じる。
わたしとお姉様にはどうしようもなく隔たりがあって、それはわたしにも壊すことはできない。
そう感じる度にわたしは、自分が独りなんだと気づいて哀しくなる。
ひずみや隔たりはわたしの中で不安や孤独や哀しさとなって、胸の奥でいつも渦巻いている。
その渦に飲み込まれないよう手探りをしながら、最後にはいつもお姉様にたどり着く。
そこで初めて、わたしにとってどうすることもできないことが、お姉様であることを知るのだ。
お姉様は何か言いたげに、けれど何も言わずにわたしの手を離した。
掴んでいた掌の温かさが、まだ残っていた。
「フラン、私はもう中に入るわ。あなたは?」
「ん、わたしはもう少しここにいるよ」
「そう。……指、もうしないでね」
「わかってるって。気にしすぎよ」
「はいはい。それじゃあ、夕食までには戻ってきなさい」
わたしの頭をぽんと撫でて、お姉様は館の中に戻っていった。
去っていくその背中は、うんざりしてしまう程わたしの「姉」だった。
「―――わたしは、誰をみているんだろう」
美鈴に言われたことを思い出して、わたしはぽつりとつぶやいた。
わたしはお姉様をみている。
美鈴に重ね合せてお姉様をみている。
美鈴はわたしをみていると言った。
けれど誰の視線も交わらず、互いをみようとはしていない。
無限に遠くをみているようだった。
わたしは門の方に目をやった。
おそらく、あの壁の向こうに美鈴がいるのだろう。
簡単に壊せそうな壁だと思って、なんだか物悲しくなった。
またあの紅い色が思い浮かんだ。
その色はわたしよりずっと遠くにあって、どこまでも続いていた。
どちらの紅だったかは、うまく分からなかった。
***
夜、わたしは普段通りに美鈴の部屋へ向かった。
長い長い、ひっそりと静かな夜だった。
時間の感覚をなくして、閉じ込められているような気分だった。
美鈴は部屋にいた。
ベッドの上に小さく正座して、部屋に入ってきたこちらをじっと見つめている。
わたしはドアをバタンと閉めると、美鈴を一瞥した。
「妹様」
美鈴がわたしをゆっくりと呼んだ。
ささやくような声だった。
「なに?」
「サイダー、いりますか」
そう言いながら、美鈴はわたしの後ろを指さした。
振り返ると、机の上にサイダーの瓶と栓抜きとコップが二つ置いてあるのが分かった。
わたしは栓を抜き、二つのコップへ注いで片方を美鈴へと渡し、ベッドに腰掛けた。
「おいしいね」
「でしょう、そうでしょう。厨房からこっそりくすねてきたんです」
「あら、お姉様に言ってしまおうかしら」
「妹様も飲んだくせに」
わたしはクスクスと笑って、一気に飲み干した。
横にいる美鈴も同じように笑っていた。
部屋はしんとしていて、何の物音も聞こえはしなかった。
わたしたちは静けさに包まれてた。
こんな慎ましい夜は、随分と久しい気がした。
普段わたしと美鈴がどんな会話をしていたか、思い出そうとした。
わたしたち二人は何であるのか、それをどうしても確かめたかった。
けれどうまく思い出せずに、美鈴の言葉だけがわたしの中を引っ掻いてゆく。
わたしは空っぽになったコップの底をみた。
小さな泡の粒がいくつもいくつも弾けていた。
「ねえ、どうしてわかったの」
わたしは尋ねた。
なにを、とは聞かなかった。
わたしはまだ、昨日のままだった。
「ずっとみてたんですから、妹様を」
「わたしと一緒ね」
「みてる先が違いますよ」
「―――ごめん、なさい」
思わず、わたしは美鈴に謝った。
瞬間、わたしの身体は美鈴の方へ、ぐりんと凄まじい力で引っ張られた。
わたしは美鈴に胸ぐらを掴まれていた。
コップが2つ、ごとりと落ちて、首まわりはぎりぎりと締まっていくのがわかった。
「卑怯者、卑怯者。あなたが謝るのは、あなたに謝られるのだけは、許すことができません」
美鈴の瞳がわたしを真っ直ぐにみている。
感情が爆発しているようだと、そう思った。
美鈴はわたしを、わたしの遠く一点を、確かにみていた。
「あなたに謝られてしまったら、私は、私は―――」
怒りや悔しさや愛しさが美鈴の言葉や表情となって、わたしと向き合っていた。
それは間違いなく、わたしへの気持ちがこもっていた。
わたしを。
わたしをみていた。
わたしがみているのは美鈴の向こう側で、それはお姉様だった。
美鈴の内側はわたしの目には映らなかった。
映らないように、みないようにしてきた。
そういう風にしかお姉様を、自分自身を、美鈴を肯定できなかった。
ぎりぎりと音をたてて、首まわりがきつくきつく締まってゆく。
息が小さくなり、胸苦しさは大きくなる。
意識はだんだん遠のいて、視界がぼんやりとしてくる。
その視界の片隅に、わたしの好きな紅い色がみえた気がした。
わたしは美鈴の腕をつかんで、ぺしぺし叩いて抵抗した。
その感触は、お姉様の温かさとはまるで違っていた。
熱いとさえ感じた。
美鈴はゆっくりとわたしから手を離した。
わたしは背中を丸めて、かすれた咳を何度も吐いた。
それから、見上げるように美鈴をみた。
今わたしの目の前にいるのは、美鈴だった。
お姉様じゃあ、なかった。
はじめから、わたしと美鈴しかいなかった。
ぼんやりとしか分からなかった美鈴の印象が、はっきりと輪郭を描くのが感じられた。
「……取り乱して、すいませんでした」
「いいえ。あなたが正しいのよ」
わたしは優しく首を横に振った。
食い込んだ服の跡が、まだじんわりと熱を持っていた。
「どうして、わたしだったの?」
「どうして、私だったんですか?」
「そっちが先よ」
「妹様こそ」
「……」
「……」
わたしたちは睨み合っていた。
しばらくした後、美鈴が小さな溜め息をついてぽつぽつ語りだした。
「ええと、お嬢様をみている妹様が、綺麗だったんです。とても綺麗だなって思って、それで」
「……それだけ? そんな簡単な理由なの?」
「動機なんてそんなもんです。だいたい、どれ程長い時間一緒にいたと思ってるんですか」
「わからないわ。ずっとずっと前のことだもの」
いつからこんな関係になったのか、もう思い出せなかった。
初めからそうであったように、わたしは美鈴に馴染んでいた。
気がついた時にはもうわたしは、美鈴を通してお姉様をみていた。
「もううんざりだって、何回も思いましたよ。妹様は私をまったくみてくれないんですから」
「なら、わかってて、どうして」
「妹様が隣りにいないと、何かが不完全な気がしたんです。長く一緒に居すぎたのかもしれません」
「それでよかったの?」
「いいわけないでしょう。でも、私にどうしろっていうんですか。こんな手に負えないもの」
「それは、でも」
「だったら、誤魔化しながらでも一緒にいるくらいはいいじゃないですか」
「……そんなの、歪よ。あなた歪んでるわ」
「妹様こそ。妹様こそ、私を利用して卑怯じゃないですか」
美鈴は笑っていた。
攻撃的なものではなく、わたしを憐れむものでもなかった。
ただ、控えめに笑っていた。
「お嬢様の代わりが欲しかったのでしょう? お嬢様は妹様を、妹様の望む通りには愛してくれないから」
「……違う、って言ったらどうするの」
「違わないでしょう。結局、妹様は誰もみていない」
「そんなことは―――」
「ありますよ。言い訳をするように私を求めていただけです」
その通りだった。
わたしはただ、言い訳が欲しかっただけだった。
都合の悪いことはみたくなくて、わたしは美鈴で目を塞いだ。
「『愛して』ます」と言えば、美鈴はわたしを望む通りに愛してくれる。
不都合なく愛して、愛されて、わたしはそれだけで心地よくなれる。
違和感を覚えてもすぐに、あの紅い色が覆い隠してくれた。
だから紅い色が、わたしの居場所はここであると証明していた。
わたしは、お姉様にみてほしかった。
けれどみてくれなかった。
美鈴は、わたしをみてくれた。
それでわたしも美鈴をみた。
きっと、それだけだった。
何だか、随分と遠くへ来てしまったと思った。
お姉様からも、美鈴からも。
「妹様が大切に想っているのは、私じゃないでしょう」
美鈴が、昨日と同じように言った。
「そうね、お姉様だわ。あなたじゃ、ない」
わたしはきちんと答えた。
言い終わって、ひどく胸苦しくなった。
「傷つくなあ。さすがにきついです、そう言われると。ええ、きっついです」
「……かなしいね」
「妹様のせいですよ」
「そうね、そうだわ。うん、ほんとうに―――」
わたしたちの間に、言葉がぽつぽつと落ちていった。
わたしも美鈴もそれを掬いあげようとはしなかった。
もう何も言ってほしくなかった。
「ねえ。ねえ、美鈴」
わたしは美鈴の名前を呼んだ。
返事はなかった。
「美鈴。『愛して』るわ」
「……卑怯者」
美鈴はわたしに枕を投げつけて、シーツに顔を埋めた。
わたしも灯りを消して、美鈴の隣りで毛布にくるまった。
暗闇のなかでも、美鈴の髪の色はすぐにわかった。
わたしは何度も瞬きをして、その色をじっくり味わった。
少しずつ紅色で満たされていくようだった。
わたしの中は、いつまでも紅色だった。
***
真夜中はとうに過ぎたけれど、夜明けまではまだ時間があった。
美鈴が起きているか確認したくて、わたしは声を掛けた。
「なんで、あんな事聞いたの?」
返事はなかった。
美鈴は寝返りをうって、こちらを向いた。
目は閉じたままだった。
「わたしが誰をみているかなんて、知ってたんでしょう。誤魔化したままでよかったんじゃないの?」
わたしはそのまま続けた。
寝ているなら寝ているで、別に困りはしなかった。
「―――みてほしかったから、って言ったら私をみてくれますか」
「あいにく、あなたはぼんやりとしかみえないのよ」
「ひっどい皮肉ですね」
「でもあなたはお姉様じゃない。それは、分かるわ」
「私はもう、必要ありませんか」
「いいえ、そんなことはないわ」
「……どうすれば正しくなれたんでしょうか。私も、妹様も」
何が正しいのか間違っているのか、よく分からなかった。
もうずっと前からわたしの思考は痺れてしまっていた。
ただ、紅色が好きなことだけは、最初からしっかりと理解していた。
「それを考えたくないから、あなたと一緒にいるのよ」
「じゃあ、私をみてくださいよ」
「ちゃんとみえているわ」
「みては、くれないんですね」
「ええ」
わたしは指のガーゼを剥がして、美鈴の唇に指を這わせた。
お姉様の唇とは似ても似つかない、別の形をしていた。
美鈴の輪郭も形も声も姿も、お姉様とは全然違う。
色が、紅い色だけが、同じだった。
這わせていた指を口に含んだ。
それはサイダーの甘さと、血の味がした。
舌先がじんわりと熱く感じられた。
少しだけ眠ろうと思って目を閉じた。
何かがかさかさと心に引っ掛かって、わたしはすっかり疲れてしまっていた。
けれどそれももう、構わないと思った。
どうせすべて、紅色に覆われてしまうのだから。
いやぁ、サスペンスだったら、フランが腹を刺されているでしょう。
どぅなんですかね、重ねる赤と紅。
出来れば美鈴にはいつもニコニコしてほしい。
でもこんなのもありかと思う今日この頃。皆さんどうお過ごしですか?
パラレルなフランがまた一人。
フランⅮ「私は今、美鈴と倦怠期なの」
フランA「私は美鈴とプラトニックなのよ。なのよ」
フランB「私は美鈴と仲良しなの。だからやめて」
フランC「境界を破ったのね。それはそれでよし」
フランD「私は……。私はどうしたらいの?」
フランABC「鳴かせちゃえばいいじゃなーい!!」
ただ、誰がどんな意図で何をしようとしているのかがよくわかりませんでした
ふっきれた後の美鈴とのやり取りは素敵でした
紅というメインのキーワードが常に希薄で、漂うようにしか描写されていなかったのが惜しかったと思います。鮮烈に熾る紅を見せて欲しかった。