こんなあついのに寝ていられるわけないじゃん、と思って毛布を力いっぱい蹴っ飛ばした。
あつすぎる。あまりにもあつすぎる。
思わず起きてしまうほどの熱された夜だった。
部屋の温度が夜中のそれではない。仮にもここは地下だというのに、その冷たさの一欠片さえも見当たらない。
なんでこんなにもあついのだろう。
そう考えては見るけれど、あつさに思考が負けてしまっている。頭のなかは、気怠さで一杯になっていた。
前髪がべっとりと額に張り付いて、ひどく居心地が悪い。
背中も汗でぐしゃぐしゃに濡れていて、気持ち悪さを増長させている。
とりあえず水分とタオルがほしくて身体を起こそうとし、お腹の上に腕が乗っていることに気付いた。
「……んんん? うで、腕よねこれ。なんで?」
自分の腕を確認してみる。
左腕、よし。右腕、お腹の上の腕とぶつかる。どうやらそれは、わたしの腕ではないらしい。
じゃあ誰のなんだろう。わたし以外に誰かいたっけ、そう思って身体を横に向けた。
わたしのすぐ隣には美鈴が寝ていた。口を開けたまま、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。
しかしあつさで頭がうまく働かないから、なんで美鈴がいるのか分からない。
何度かまばたきをしてみる。美鈴が隣りで寝ている。
ごしごし目をこすってみる。やっぱり美鈴が隣りで寝ている。
夢かもしれないと思って頬を抓ってみる。それでも美鈴が隣りで寝ている。
たしか夜に一緒に寝たんだったか。そんな気がする。
最近は一緒に寝ることが習慣になりつつあったから、きっと今日もそうだったのだろう。
美鈴の腕をお腹から退かしながら、寝る前の記憶を思い出そうとする。
お姉様が、『このクソ暑い夜に一緒に寝るとか正気か?』、と言っていたはずだ。
パチュリーは、『一緒に寝るの? あらそう、熱い夜になりそうね。もちろんダブル・ミーニングよ』、なんて言ってニタニタ笑っていた。
咲夜には、『爪は切りましたか? 頑張ってくださいね』、と言われてガッツポーズまでされてしまった。
―――思い出さない方がよかったかもしれない。
あつさとか寝苦しさとかがどうでもよくなって、恥ずかしさが急に立ち昇ってきた。
パチュリーのあのニタニタした笑顔に腹が立ってくる。
なにがダブルミーニングだ。ただのセクハラじゃない、紫モヤシのくせに。本でも読んでろちくしょう。
あのわたしを馬鹿にしたような顔に、一度思いっきりパンチをぶち込んでやりたいと思った。
咲夜に関しては、たぶん素で言っているのだと思う。だから余計にタチが悪い。
気持ちのいい笑顔でガッツポーズをして、応援していますなんて言ってくる。
その気遣いは嬉しいんだけど、嬉しいんだけど、それよりも恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
そもそも何を頑張れというのだ。ナニを頑張ればいいのか。……やっぱいまのなし。
ちなみに、爪はちゃんと切った。勘違いしないでほしいが、これは照れ隠しである。他意はないのだ。ほんとにないからね。
やっぱりわたしの味方はお姉様だけだったのだ。さすがわたしのお姉様、カリスマも申し分ない。
と思ったけれど、『夜更かしはほどほどにしなさい。筋肉痛になっても知らないわよ』、なんて言われたことまで思い出した。
わたしの姉もすっかり手遅れだった。カリスマ以前の問題だった。
まったくどいつもこいつも、セクハラばっかりじゃないの。ただ寝るだけなのに、筋肉痛になるわけないでしょ。
極めつけは、『娘を送りだす父親の気持ちがわかった気がするわ』、だった。
さすがにグーでパンチした。お姉様の顔に右ストレートである。顎を狙わなかったのは優しさだと思ってほしい。
地下に戻るまでに、妖精メイドと何度かすれ違った。
その誰もが、にやにや、くすくす、と生温かい目でわたしを見ていたような気がする。
気のせいだと思いたい。そんな目で見られるようなことは、何もしていないのだから。
本当にただ一緒に寝るだけなのに。今日に限って、どうしてこうなった。
部屋につく頃には、どっと疲れていた。
肩は鉛のように重たかったし、頭痛さえする気がした。はやく寝てしまおうと思った。
美鈴はもうわたしの部屋にいて、ベッドの上で枕を抱きながらごろごろとしていた。
普段なら美鈴を見てもなんとも思わないのだけれど、三人に言われたことを思い出して顔がだんだんと熱くなってくる。
こんなに美鈴って可愛かったかしら。いえ、もとから綺麗なひとだとは思っていたけれども。
枕を抱きしめている姿がめちゃくちゃかわいい。え、え、どうしよう、可愛いなんてもんじゃない。
ほんとにあなた美鈴なのかしら。こんなに愛らしいなんて知らなかったんだけど。
「遅かったですね、妹様。先に寝ちゃうところでしたよ」
「……あの3人が悪いんだよ。ひどい目にあったわ」
「疲れたのでしたら、早く寝ちゃいましょう。夜更かしするのは身体に悪いですから」
「よよよ、よふかしなんてしないわよ!」
「妹様……?」
「は、はいっ。なんでしょうか、美鈴さん」
「大丈夫ですか、その、いろいろと……」
「え、えっとですね、その、あの、だ、だいじょうぶ、でひゅ」
盛大に噛んだ。でひゅ、ってなんだ。空気でも抜けたのか。パンクしそうなのはわたしなんだよ。
それもこれも全部あの三人が悪い。目の前の美鈴がかわいいのも悪い。
「ほんとうに、大丈夫ですか……? なにやら顔も真っ赤になってますし」
「あ、暑いからよ、へやが。とにかく、もう寝ちゃいましょ。ひどく疲れた気分だわ」
「そうおっしゃるなら、そうしますけど。……夏風邪とかじゃないですよね?」
そう言って美鈴は、わたしに手を伸ばしてきた。
その手がわたしの額に触れて、自分の体温が一気に上がるのがわかった。
心臓はバクバクと鼓動が速くなって、本気で破裂してしまうかと思ったほどだ。
「かなり体温高くないですか? やっぱり熱があるんじゃ―――」
「な、ないよ、ないない。いいからはやく寝よう。とっとと寝ちゃおう」
無理やり灯りを消して、強引にベッドに潜り込んだ。
これ以上美鈴になにかをされると、わたしがどうなるか分からない。
とにかく、寝てしまえばなんとかなるだろうと思った。
なんとかなってくれないと、わたしが困るのだ。
そう思って目を瞑ったけれど、まったく眠気が来なかった。
心臓はバクバクと音が止まないし、目はギンギンに冴えていた。
加えて、美鈴が隣りで寝ている。わたしの目と鼻の先で、しかも、こっちを向いて。
半ばヤケクソになって素数を数えて落ち着こうとしたけれど、まったく集中できなかった。
2、3、5、7、9、、、、あれ、9って素数だっけ……?
えーっと、9を素因数分解して………。ううん、素因数分解ってどうやるんだっけ。というか、素因数ってなに。
やばい、ねれない、ねれるわけない。
今までどうやって美鈴の隣りで寝ていたっけ……?
昨日までのわたしはどうしてこの状況で寝れたのよ。感情でも死んでたのか。
隣りを直視することすらできないよ。
寝顔もかわいいとか、もうなんなんだ。
身体を丸めて眠るポーズすらあざとく見える。
そんな風に、かわいい、どうしよう、ねれない、やっぱりかわいい、とわたしはひどく混乱していた。
お姉様の言葉やパチュリーの顔が浮かんできて、余計にわたしを眠れなくさせた。
そこで仕方なく、毛布を頭から被って寝ることにした。
あついなんてものじゃなかったけれど、このままではわたしは一睡も出来ずに朝を迎えることになりそうだった。
熱さでなんとか気を紛らわして、余計なことは頭から出そうとした。
そのままわたしは、あつい、かわいい、あつい、かわいい、と唸りながら次第に意識を失っていった。
結局、爪は切ったけれど、役に立つことはなかった。いや、役に立っても困るんだけどさ。
***
どう考えても思い出さない方がよかった。
なによこれ、なんでわたしが生娘よろしく真っ赤になったり戸惑ったりしてるのよ。
500年近く生きてきてこの初心さは、もう呆れるしかない。
それにあの3人が、まるでわたしと美鈴の初夜であるかのように扱ってきたことも腹立たしい。
どう考えても楽しんでたでしょ、あの三人。
まさか身内からこんな形でセクハラされるとは思わなかったわ。
わたしと美鈴はただ一緒に寝ているだけである。プラトニックなのである。そこを勘違いしないでほしい。
何もしていないし、ナニもしていない。……まずいまずい、思考が毒されてきている。
もう考えるのをやめよう。これ以上の思考は沼に嵌まっていく気しかしない。
ぐるりと寝返りを打って、隣りで寝ている美鈴を見る。
口を小さく開けたまま、わたしの方を向いて気持ち良さそうに眠っている。
わたしがこんなに困惑しているのに、何も知らずにすうすうと寝ているのがちょっと癪だった。
むう、ほっぺたを抓ってやろう。えいえい。えいえい。
ぐにぐにと引っ張ったり、指で頬の輪郭をなぞったりもした。
柔らかくて優しくて、バタついていたわたしの気持ちもなんとか落ち着きつつあった。
「明日からどんな目で見ればいいんだろう……。全部かわいく見えて仕方がないわ」
このタイミングで美鈴に起きられるとまずいので、名残惜しいけれど頬から手を離した。
この数時間のうちに何度かわいいと思ったか、もう数え切れない。
可愛い、かわいい、カワイイ、kawaii。
かわいいってなんだっけ。ゲシュタルト崩壊してしまって、よくわからない。
ただ美鈴を見てると、かわいい以外の感情が出てこない。だからきっと、美鈴のことなんだろう。
それでいいやと、そう思った。
毛布を美鈴に預けて、ベッドから降りる。
そういえば汗を拭こうとしていたのを忘れていた。背中がべちゃべちゃだ。
タオルを取りに行こうと思い部屋を出ると、お姉様とパチュリーが目の前にいた。
「……なんでいるの。こんな真夜中に、わたしの部屋の前で、コソコソと何をしてるのよ」
「い、いやぁ、パチェが、面白そうだから覗きに行こうって言って聞かなくて……」
「なによ、レミィだってノリノリで付いてきたじゃない」
「私は反対したんだ。水晶を使って覗いた方が安全だってな」
「わかってないわね。実物を見るからこそ面白いんじゃないの」
「……さすがに泣きそうなんだけど。なんなのよ。普通に寝てるだけだって言ってるでしょ」
「え? 鳴かされたのはお前だろう?」
「何言ってるのよ、妹様が上に決まってるじゃない」
我慢の限界だったので二人まとめてグーでパンチした。
フォーオブアカインドで四人になって、顎や鳩尾を集中的に狙って、思いっきりパンチした。
途中から二人が本気で謝りだしたけれど、手を緩めることはなかった。
無表情で、黙々と作業をするように、二人にストレートとジャブを決め続けた。慈悲などない。
そういえば、爪を切っておいて良かったことがある。
拳に力を込めても、爪が食い込むことを防げた。ありがとう咲夜、気の済むまで殴らしてもらうね。
なんだかお姉様が泣いてるようにも見えるけれど、気のせいだろう。
泣きたいのはこっちの方なのだから。
***
「―――それでですね、聞いてくださいよ、咲夜さん。昨夜の妹様が可愛くてかわいくて、可愛すぎてもう」
「美鈴あなた、昼休憩の時も同じ話をしてたわよ」
「私の頬をつねって、ぐにぐにしてくるんですよ。それが可愛くて愛らしくて。いやあ、寝たふりをするのが大変でした」
「ねえその話聞かなくちゃダメ? 仕事に戻りたいんだけど」
「だいたい私が、どれだけ我慢して一緒に寝てると思ってるんですか。理性にも限界はあるんですからね」
「……爪切りなら貸すわよ」
「毎日整えてるので大丈夫です」
「うわあ」
「下着だってちゃんと気合をいれています」
「うわあ、うわあ」
「いっそ私が手を出せばいいんでしょうか。私は準備できてるんだけどなあ」
「主の妹に手を出すって、なかなかハードよね」
「加えて焦らしプレイ中ですからね。明日辺りにでも、理性が吹っ飛ぶかもしれません」
「もし妹様を泣かしたら、お嬢様が黙ってないと思うわよ。紅魔館に出禁になるのも時間の問題かしら」
「その時は再就職先でも探しますよ。それでこっそり会いにくるとか、そっちの方がときめきませんか?」
「拗らせてるわねえ」
「まったく、お嬢様が羨ましいです。妹様と血が繋がっているなんて、もう最高に滾るじゃないですか」
「遺伝子レベルで拗らせてるのね……」
「で、どこまで話しましたっけ。昨夜の妹様の話でしたか?いやあ、それが可愛くてもう」
「まってまって、ループしてる」
「妹様って可愛いですよねえ。どうしてあんなにかわいいんでしょうか」
「もう勘弁してちょうだい……」
美鈴の理性が吹っ飛んだのは、その二日後のことである。
ちなみに、鳴かされたのは美鈴で、鳴かしたのはフランドールであった。
あつすぎる。あまりにもあつすぎる。
思わず起きてしまうほどの熱された夜だった。
部屋の温度が夜中のそれではない。仮にもここは地下だというのに、その冷たさの一欠片さえも見当たらない。
なんでこんなにもあついのだろう。
そう考えては見るけれど、あつさに思考が負けてしまっている。頭のなかは、気怠さで一杯になっていた。
前髪がべっとりと額に張り付いて、ひどく居心地が悪い。
背中も汗でぐしゃぐしゃに濡れていて、気持ち悪さを増長させている。
とりあえず水分とタオルがほしくて身体を起こそうとし、お腹の上に腕が乗っていることに気付いた。
「……んんん? うで、腕よねこれ。なんで?」
自分の腕を確認してみる。
左腕、よし。右腕、お腹の上の腕とぶつかる。どうやらそれは、わたしの腕ではないらしい。
じゃあ誰のなんだろう。わたし以外に誰かいたっけ、そう思って身体を横に向けた。
わたしのすぐ隣には美鈴が寝ていた。口を開けたまま、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。
しかしあつさで頭がうまく働かないから、なんで美鈴がいるのか分からない。
何度かまばたきをしてみる。美鈴が隣りで寝ている。
ごしごし目をこすってみる。やっぱり美鈴が隣りで寝ている。
夢かもしれないと思って頬を抓ってみる。それでも美鈴が隣りで寝ている。
たしか夜に一緒に寝たんだったか。そんな気がする。
最近は一緒に寝ることが習慣になりつつあったから、きっと今日もそうだったのだろう。
美鈴の腕をお腹から退かしながら、寝る前の記憶を思い出そうとする。
お姉様が、『このクソ暑い夜に一緒に寝るとか正気か?』、と言っていたはずだ。
パチュリーは、『一緒に寝るの? あらそう、熱い夜になりそうね。もちろんダブル・ミーニングよ』、なんて言ってニタニタ笑っていた。
咲夜には、『爪は切りましたか? 頑張ってくださいね』、と言われてガッツポーズまでされてしまった。
―――思い出さない方がよかったかもしれない。
あつさとか寝苦しさとかがどうでもよくなって、恥ずかしさが急に立ち昇ってきた。
パチュリーのあのニタニタした笑顔に腹が立ってくる。
なにがダブルミーニングだ。ただのセクハラじゃない、紫モヤシのくせに。本でも読んでろちくしょう。
あのわたしを馬鹿にしたような顔に、一度思いっきりパンチをぶち込んでやりたいと思った。
咲夜に関しては、たぶん素で言っているのだと思う。だから余計にタチが悪い。
気持ちのいい笑顔でガッツポーズをして、応援していますなんて言ってくる。
その気遣いは嬉しいんだけど、嬉しいんだけど、それよりも恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
そもそも何を頑張れというのだ。ナニを頑張ればいいのか。……やっぱいまのなし。
ちなみに、爪はちゃんと切った。勘違いしないでほしいが、これは照れ隠しである。他意はないのだ。ほんとにないからね。
やっぱりわたしの味方はお姉様だけだったのだ。さすがわたしのお姉様、カリスマも申し分ない。
と思ったけれど、『夜更かしはほどほどにしなさい。筋肉痛になっても知らないわよ』、なんて言われたことまで思い出した。
わたしの姉もすっかり手遅れだった。カリスマ以前の問題だった。
まったくどいつもこいつも、セクハラばっかりじゃないの。ただ寝るだけなのに、筋肉痛になるわけないでしょ。
極めつけは、『娘を送りだす父親の気持ちがわかった気がするわ』、だった。
さすがにグーでパンチした。お姉様の顔に右ストレートである。顎を狙わなかったのは優しさだと思ってほしい。
地下に戻るまでに、妖精メイドと何度かすれ違った。
その誰もが、にやにや、くすくす、と生温かい目でわたしを見ていたような気がする。
気のせいだと思いたい。そんな目で見られるようなことは、何もしていないのだから。
本当にただ一緒に寝るだけなのに。今日に限って、どうしてこうなった。
部屋につく頃には、どっと疲れていた。
肩は鉛のように重たかったし、頭痛さえする気がした。はやく寝てしまおうと思った。
美鈴はもうわたしの部屋にいて、ベッドの上で枕を抱きながらごろごろとしていた。
普段なら美鈴を見てもなんとも思わないのだけれど、三人に言われたことを思い出して顔がだんだんと熱くなってくる。
こんなに美鈴って可愛かったかしら。いえ、もとから綺麗なひとだとは思っていたけれども。
枕を抱きしめている姿がめちゃくちゃかわいい。え、え、どうしよう、可愛いなんてもんじゃない。
ほんとにあなた美鈴なのかしら。こんなに愛らしいなんて知らなかったんだけど。
「遅かったですね、妹様。先に寝ちゃうところでしたよ」
「……あの3人が悪いんだよ。ひどい目にあったわ」
「疲れたのでしたら、早く寝ちゃいましょう。夜更かしするのは身体に悪いですから」
「よよよ、よふかしなんてしないわよ!」
「妹様……?」
「は、はいっ。なんでしょうか、美鈴さん」
「大丈夫ですか、その、いろいろと……」
「え、えっとですね、その、あの、だ、だいじょうぶ、でひゅ」
盛大に噛んだ。でひゅ、ってなんだ。空気でも抜けたのか。パンクしそうなのはわたしなんだよ。
それもこれも全部あの三人が悪い。目の前の美鈴がかわいいのも悪い。
「ほんとうに、大丈夫ですか……? なにやら顔も真っ赤になってますし」
「あ、暑いからよ、へやが。とにかく、もう寝ちゃいましょ。ひどく疲れた気分だわ」
「そうおっしゃるなら、そうしますけど。……夏風邪とかじゃないですよね?」
そう言って美鈴は、わたしに手を伸ばしてきた。
その手がわたしの額に触れて、自分の体温が一気に上がるのがわかった。
心臓はバクバクと鼓動が速くなって、本気で破裂してしまうかと思ったほどだ。
「かなり体温高くないですか? やっぱり熱があるんじゃ―――」
「な、ないよ、ないない。いいからはやく寝よう。とっとと寝ちゃおう」
無理やり灯りを消して、強引にベッドに潜り込んだ。
これ以上美鈴になにかをされると、わたしがどうなるか分からない。
とにかく、寝てしまえばなんとかなるだろうと思った。
なんとかなってくれないと、わたしが困るのだ。
そう思って目を瞑ったけれど、まったく眠気が来なかった。
心臓はバクバクと音が止まないし、目はギンギンに冴えていた。
加えて、美鈴が隣りで寝ている。わたしの目と鼻の先で、しかも、こっちを向いて。
半ばヤケクソになって素数を数えて落ち着こうとしたけれど、まったく集中できなかった。
2、3、5、7、9、、、、あれ、9って素数だっけ……?
えーっと、9を素因数分解して………。ううん、素因数分解ってどうやるんだっけ。というか、素因数ってなに。
やばい、ねれない、ねれるわけない。
今までどうやって美鈴の隣りで寝ていたっけ……?
昨日までのわたしはどうしてこの状況で寝れたのよ。感情でも死んでたのか。
隣りを直視することすらできないよ。
寝顔もかわいいとか、もうなんなんだ。
身体を丸めて眠るポーズすらあざとく見える。
そんな風に、かわいい、どうしよう、ねれない、やっぱりかわいい、とわたしはひどく混乱していた。
お姉様の言葉やパチュリーの顔が浮かんできて、余計にわたしを眠れなくさせた。
そこで仕方なく、毛布を頭から被って寝ることにした。
あついなんてものじゃなかったけれど、このままではわたしは一睡も出来ずに朝を迎えることになりそうだった。
熱さでなんとか気を紛らわして、余計なことは頭から出そうとした。
そのままわたしは、あつい、かわいい、あつい、かわいい、と唸りながら次第に意識を失っていった。
結局、爪は切ったけれど、役に立つことはなかった。いや、役に立っても困るんだけどさ。
***
どう考えても思い出さない方がよかった。
なによこれ、なんでわたしが生娘よろしく真っ赤になったり戸惑ったりしてるのよ。
500年近く生きてきてこの初心さは、もう呆れるしかない。
それにあの3人が、まるでわたしと美鈴の初夜であるかのように扱ってきたことも腹立たしい。
どう考えても楽しんでたでしょ、あの三人。
まさか身内からこんな形でセクハラされるとは思わなかったわ。
わたしと美鈴はただ一緒に寝ているだけである。プラトニックなのである。そこを勘違いしないでほしい。
何もしていないし、ナニもしていない。……まずいまずい、思考が毒されてきている。
もう考えるのをやめよう。これ以上の思考は沼に嵌まっていく気しかしない。
ぐるりと寝返りを打って、隣りで寝ている美鈴を見る。
口を小さく開けたまま、わたしの方を向いて気持ち良さそうに眠っている。
わたしがこんなに困惑しているのに、何も知らずにすうすうと寝ているのがちょっと癪だった。
むう、ほっぺたを抓ってやろう。えいえい。えいえい。
ぐにぐにと引っ張ったり、指で頬の輪郭をなぞったりもした。
柔らかくて優しくて、バタついていたわたしの気持ちもなんとか落ち着きつつあった。
「明日からどんな目で見ればいいんだろう……。全部かわいく見えて仕方がないわ」
このタイミングで美鈴に起きられるとまずいので、名残惜しいけれど頬から手を離した。
この数時間のうちに何度かわいいと思ったか、もう数え切れない。
可愛い、かわいい、カワイイ、kawaii。
かわいいってなんだっけ。ゲシュタルト崩壊してしまって、よくわからない。
ただ美鈴を見てると、かわいい以外の感情が出てこない。だからきっと、美鈴のことなんだろう。
それでいいやと、そう思った。
毛布を美鈴に預けて、ベッドから降りる。
そういえば汗を拭こうとしていたのを忘れていた。背中がべちゃべちゃだ。
タオルを取りに行こうと思い部屋を出ると、お姉様とパチュリーが目の前にいた。
「……なんでいるの。こんな真夜中に、わたしの部屋の前で、コソコソと何をしてるのよ」
「い、いやぁ、パチェが、面白そうだから覗きに行こうって言って聞かなくて……」
「なによ、レミィだってノリノリで付いてきたじゃない」
「私は反対したんだ。水晶を使って覗いた方が安全だってな」
「わかってないわね。実物を見るからこそ面白いんじゃないの」
「……さすがに泣きそうなんだけど。なんなのよ。普通に寝てるだけだって言ってるでしょ」
「え? 鳴かされたのはお前だろう?」
「何言ってるのよ、妹様が上に決まってるじゃない」
我慢の限界だったので二人まとめてグーでパンチした。
フォーオブアカインドで四人になって、顎や鳩尾を集中的に狙って、思いっきりパンチした。
途中から二人が本気で謝りだしたけれど、手を緩めることはなかった。
無表情で、黙々と作業をするように、二人にストレートとジャブを決め続けた。慈悲などない。
そういえば、爪を切っておいて良かったことがある。
拳に力を込めても、爪が食い込むことを防げた。ありがとう咲夜、気の済むまで殴らしてもらうね。
なんだかお姉様が泣いてるようにも見えるけれど、気のせいだろう。
泣きたいのはこっちの方なのだから。
***
「―――それでですね、聞いてくださいよ、咲夜さん。昨夜の妹様が可愛くてかわいくて、可愛すぎてもう」
「美鈴あなた、昼休憩の時も同じ話をしてたわよ」
「私の頬をつねって、ぐにぐにしてくるんですよ。それが可愛くて愛らしくて。いやあ、寝たふりをするのが大変でした」
「ねえその話聞かなくちゃダメ? 仕事に戻りたいんだけど」
「だいたい私が、どれだけ我慢して一緒に寝てると思ってるんですか。理性にも限界はあるんですからね」
「……爪切りなら貸すわよ」
「毎日整えてるので大丈夫です」
「うわあ」
「下着だってちゃんと気合をいれています」
「うわあ、うわあ」
「いっそ私が手を出せばいいんでしょうか。私は準備できてるんだけどなあ」
「主の妹に手を出すって、なかなかハードよね」
「加えて焦らしプレイ中ですからね。明日辺りにでも、理性が吹っ飛ぶかもしれません」
「もし妹様を泣かしたら、お嬢様が黙ってないと思うわよ。紅魔館に出禁になるのも時間の問題かしら」
「その時は再就職先でも探しますよ。それでこっそり会いにくるとか、そっちの方がときめきませんか?」
「拗らせてるわねえ」
「まったく、お嬢様が羨ましいです。妹様と血が繋がっているなんて、もう最高に滾るじゃないですか」
「遺伝子レベルで拗らせてるのね……」
「で、どこまで話しましたっけ。昨夜の妹様の話でしたか?いやあ、それが可愛くてもう」
「まってまって、ループしてる」
「妹様って可愛いですよねえ。どうしてあんなにかわいいんでしょうか」
「もう勘弁してちょうだい……」
美鈴の理性が吹っ飛んだのは、その二日後のことである。
ちなみに、鳴かされたのは美鈴で、鳴かしたのはフランドールであった。
これは正に、ノノノ氏ワールドというんではないかな?
「主の妹」って背徳的でいいですよね。っていうかこの美鈴ほんとこじらせてんな…。
自身の個性を大事にするのはいいけど、それを昇華させようとしないのは本当に残念です。
気温の表現なら「暑い」が正しいけど、このお話ならたしかに「熱い」がふさわしいですね。
先に理性が吹っ飛んだのに鳴かされる方の美鈴が可愛い。
咲夜さんがやたら爪を気にするのは自分が過去にそれで失敗しているからだと見ました
二人とも可愛いかったです
あんまり百合百合しいのは本来は苦手なのですがノノノ氏の作品は毎回楽しみに読ませていただいています