Coolier - 新生・東方創想話

ただいま修行中!

2017/07/24 18:40:13
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 命蓮寺が里の外れに降りる前の話だ。

 その日、魂魄妖夢は主の用付けで里に出ていた。後から思い出しても何の用だったのか欠片も思い出せぬのだから、きっと下らぬ用事だったのだろう。身分は庭師兼剣術指南役ということになってはいるが、この手の用を果たすのも妖夢の役目だった。

 里まで行くのは久しぶりの事だった。白玉楼を出るときには主の自侭にも困ったものだと、口をへの字に曲げていたのだが、いざ梅雨前の人界に出てみると、そのやわらかい日差しとそれに照らされた明るい色彩が一度に飛び込んできて、自然と浮き立つような気分になった。この先ににぎにぎしい里が待っていると思うとなおさらである。無論、主への苦言も忘れてはいない。忘れてはいないのだが、心の半分は浮ついている。妙な気分だった。

 里の手前で地面に降りて歩き始めるとすぐに魔理沙につかまった。「やっと追いついたぜ」と彼女が笑ったところからすると、どうも少し前から空飛ぶ妖夢を見つけて追いかけてきたらしい。「ちょうどいい所で行き会った」というから「何か用か」と問うても素直に答えない。笑ってはぐらかして「里は久しぶりだろう?」と先導し始めた。
 実際久しぶりでもあるが、そもそも妖夢はたいして里を知らない。大通りを外れると迷うかもと心配していたくらいだった。自由に飛べればそんなこともないが、里中でみだりに飛ぶなと前に白澤に怒られた覚えがある。人家の塀は泥棒除けのためではなく、まずもって個人空間を他人の視線から守るためにあるのだ。

 そんなわけで実のところ魔理沙の先導は大変頼もしかった。早々に主の用をすました後も新しくできた雑貨屋を案内してくれたり、ごみごみした通りの怪しい屋台に連れて行ってくれたりした。
 しかし二人で入った甘味屋から出るとき「おごってやるよ」と言われれば、いかに妖夢とて怪しまざるを得ない。通りに出た魔理沙に疑いの視線を向けると、それでやっと魔理沙は本題を話し始めた。


 ◇◇◇


「最近、ここらに『出る』んだ」
という話だ。無論、犬猫の話ではない。薄暗くなる頃、里を亡霊がうろつくのだという。
「はぁ」と返事をしてまだ妖夢は訳が分からない。それが自分と何の関係がある。

「いやさ、人魂が一つ二つふわついてるってんなら、まぁいいんだけどさ」と魔理沙は軽い調子だ。
「ちゃんと人の形したのがうろつくってのはあんまりない話でさ。人の姿してるのは恨みが強いなんて言うだろ? 里もびびってるんだ」
「それで……?」
「それでさ、ここは天才剣士の腰のものに頼るしかないと。こういうわけさ。その白楼剣、聞けば迷いを断つという――」

亡霊退治の駄賃だったのだ、さっきの蜜豆は。

「嫌よ、というか駄目。この剣はあまりみだりに使ってはいけないの」
なにせ地獄の閻魔に怒られる。あの人はコワイ。迷いを断ち切られた霊は一発成仏、死後の賞罰も何もあったものではない。
「ちょっとならいんだろ?」
「ダメだってば」
「里の皆、怖がってるんだぞ。人助けだぜ」

 だからと言って斬ればいいというものでもない、と思う。
「わかった。私から断るから依頼人に案内して」
てっきり妖夢は魔理沙もまた里の者から頼まれたのだと、そう思った。
「依頼人て、そんなもん居ないぜ。私は里に恩も借りもないからな」
「じゃぁなんで?」
「いや、ただ見たいだけなんだが……」
「見たい……?」
「うむ。霊が斬られるところってどんななんだ?」
もはや呆れるしかない。自分の剣は見世物ではないし、斬られる亡霊とてそうではないだろう。実害があってやむを得なくというならまだしも、好奇心の肴していいものでもない。

 それで、なんやかんやと屁理屈まで言う魔理沙に駄目だ駄目だと言い続けて、しばらく里を歩いた。
 里についたのは昼過ぎだったのに、いつの間にかに陽は暮れて、里は残照の中にあった。
 そこが里のどの辺りだったのか、妖夢はよくわからない。魔理沙は天秤棒のように箒を担いで妖夢の前を行く。首を縦に振らない妖夢に向かって、後ろ歩きしながら「ケチ!」とか「人でなし!」とか、そんな言葉を投げていた。

 妖夢は魔理沙と言い合いをしながら、無意識に近づく霊気を感じていたのかもしれない。
 ふいに脇の建物の影から人影が沸いて、それが魔理沙に覆いかぶさるように見えた時、妖夢の腰の白楼剣はすでに鞘走っていた。

 空を斬る白楼剣の鋭い音があたりに響いた時にはもう人影は消え失せていた。
「お前……今斬った、よな?」
妖夢は剣を鞘に戻し、ふっと息をついた。
「ああああ! クソ! 見逃した。お前、斬る時はちゃんと前もって言えよなぁ」
「こっち向いてたじゃない」
「バカ、もっとちゃんと見たかったんだよ。クソ! なぁ妖夢、もう一回!」
「もう亡霊はいないでしょ」
「だよなぁ……」

ああしくじったとかもったいないとか呻く魔理沙を妖夢はただぼんやり眺めていた。


 ◇◇◇


 それから数日たった。あの日から、妖夢はどうも妙な気分でいる。あの時、自分は普通ではなかった。珍しく里に出て浮ついていたし、しつこく頼んでくる魔理沙が鬱陶しかったし、しかし里を友人と二人で歩き回るのは悪い気分でもなかった。そんなごちゃごちゃした気分で自分はあの時剣を抜いた筈だった。
 それが――見事な抜き打ちだった。とっさの事だったというのに長刀の楼観剣ではなく白楼剣を選んだこと、ほとんどかぶさる様にしていたはずなのに亡霊だけを斬り、魔理沙の髪の毛一本にさえ触れなかった事。今までの生涯で一番と断言できるような抜き打ちだった。
 何一つ心を乱すもののない白玉楼の庭、いつも型の修練をするその場所で、妖夢はあれほどの剣を振るえた覚えがない。あの時自分はいったいどんな気持ちで、どんなふうにあの抜き打ちを放ったのか。あんな風にできるなら、普段の修練で、長い時間をかけて心を静め、気を張り詰めるのなど無駄ではないかとさえ思う。もちろんそんなことはない。あの後、幾度もあの時の場面を思い出して、同じように剣を振ってみたが、出来は無残なものだった。

 それで、妖夢は妙な気分でいる。あの時、自分がつかんだものは何だったのか、いまだにわからない。


 主に断って、白玉楼を出た。里まで行って、あの場所にもう一度立ってみようと思った。

 里について、大通りを少し行ったところで、自らの不明を恥じた。妖夢は里に疎い。「あの場所」がどこかわからないのだ。それで、どうしたものかとうろうろしていると「よッ! 天才剣士!」と声が飛んできた。びっくりして振り返ると向こうで男が手を振っている。隣の男が「ありがとな!」と叫んだ。妖夢はもう真っ赤になって、何と応えたものかわからなくて、ぎこちなく頭を下げて足早にそこを去るしかなかった。
 先ほどの男達がきっかけになったのか、道行く人が「ありゃあ、すごい技だった」と言い、誰かが「全くだと」頷いていた。つい聞き耳を立てた。さもその場を見ていたように話すその男によれば、亡霊は妖夢の一刀に両断され、上半身がどうと地に落ちても下半身はそれに気づかず歩いて角を曲がって行った、という事になっているようだった。
 行く先行く先で声をかけられる。八百屋の前を通った時は「これ、もってけ」と大根と白菜を持たされ、茶屋の前を過ぎたとき、追いかけてきた女将にまんじゅうを持たされた。
 
 面映ゆいやら恥ずかしいやらで、もう当初の目的など忘れ、大通りを回れ右して赤面した天才剣士は里を後にしたのだった。


 ◇◇◇


 神社へ飛んだのは大した理由でもない。亡霊を斬った礼にもらった品々を白玉楼に持ち帰って、主の口に入れるのはどうも違うと、ただそう思ったかからだった。裏の貧相だが生命力にあふれる庭に降り立つと「お、天才剣士!」と声が飛んできた。
 ため息をついて見ると座敷に寝転んだ魔理沙がいた。
「霊夢なら留守だぜ」
「そう。遅くなるって?」
「いんや、知らん。私が来た時にはもう留守だった」
「で、勝手に上がり込んでるんだ」
「んむ」
魔理沙と違ってそれなりに常識人たろうとする妖夢は、家主もいないのに上がり込むのもどうかと少し思ったが、しかしこれはこれで都合がよいと考え直して、両手の荷物を魔理沙に突き出した。
「あんだ? それ」
「お土産」
「土産? はぁ大根に白菜? なんだ精が付くもんばっかでありがたいぜ」
「文句があるなら神社に置いてけばいいでしょ」
「いや、冗談だ。サンキュ。こっちはなんだ、まんじゅうか」
 妖夢が縁側に座ると「茶でも入れて進ぜよう」と勝手知ったる台所に立った。あの品々は魔理沙にやるのがよかろうと、妖夢はそう思った。そもそものきっかけが魔理沙だし、あの剣とて魔理沙がいたから放てたものだろう。
 縁側で二人でまんじゅうを食べた。魔理沙の入れた茶は意外にも大層うまかった。

 一息ついて、それで訊いてみた。
「ねぇ、あの時。私どんなだった?」
「あー?」
「亡霊を斬った時、あの時。どうだった?」
まんじゅうを飲み込んだ魔理沙が少し神妙な顔をしたように見えたものだから、妖夢はすこし期待した。
「あー……。なんだ、そうだな」
「ねぇってば!」
「んん。格好良かった」
魔理沙がまじめな顔のままそんな事を言ったから、また妖夢は赤面するはめになった。知人の前ではなお恥ずかしい。

「そうじゃなくて! ホラ、腰をどれくらい落としてたとか、柄に手をかけたのは何時だったとか!」
「アホか。私は素人だぞ。んなもんわかるか」
「手首の返しは?」
「知らんて!」

 どうも妖夢の疑問の答えを知る者はどこにもいないようだった。長い溜息がでた。顔を前に戻すと、紅く焼けた空があった。残照を前の雑木林が遮ってもう庭は暗い。そういえば、あの時もこれくらいの時分だった。
「ねぇ、それならさ、まんじゅうの分ちょっと付き合って」
「ああ?」
「この前、もう一度やってくれって言ったでしょ」

 靴を履いて庭に立つように魔理沙に言った。妖夢も庭に降りる。あの時もこれくらいの暗さだった。
 庭の真ん中に突っ立った魔理沙は怪訝な顔だ。
 一歩、二歩。間合いはこれくらい。
 腰を落とし、右手を垂れる。
 左手が自然に鞘に行った。
 息を抜き、気を詰める。何を感じ取ったか魔理沙も固まって微動もしない。
 暗い神社の庭に剣士の呼吸だけが聞こえる。
 妖夢の目にはすでに神社の貧相な庭は見えていない。
 立ち並んだ家屋、その陰から湧いたような亡霊。

 今! と、そう思った。

 しかし妖夢の右手は垂れたまま。抜けなかった。
 気を抜いて、姿勢を戻した。向こうで魔理沙が大げさに息を吐いていた。

 抜けなかった。魔理沙が邪魔で、とてもじゃないが亡霊だけを斬るような芸当はできそうになかった。抜けば魔理沙ごと斬ってしまう。
「お……お前、いま私をぶった斬ろうとしたろ!」
「はぁ。そんなわけないでしょ」
「いいや、目がマジだったぞ」
 本気ではあった。しかし柄に手をかけることさえできなかった。

「それともあれか。体は斬らずに服だけスパッとやって辱めるつもりだったか」
「だから違うって」
 またため息をついて縁側にすわった。「ったく、けしからん奴だぜ」とぶつくさ言いいながら、魔理沙は茶のおかわりを注いでくれた。
 自分は何かを掴んだ。得たのか見出したのか、それとも頓悟したか、それさえ分からぬが、確かにそれは自分の内にあったのだ。いまだに我が内にあると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 あの時は「魔理沙を傷つけるかも」などと毛ほども考えなかった。頭によぎりさえしなかった。ただ体が反応し――最高の剣を放った。

 妖夢はソレを失ったが、しかしソレが何だったのか、今ではわかる。やっと分かった。
 無心の境地。きっと妖夢はそれを垣間見たに違いなかった。

「霊夢のヤツ遅ぇなー」
最後の饅頭を頬張りつつ魔理沙が言った。もう陽は暮れ切っている。残照もない。
妖夢は立ち上がって、両刀を腰に差した。
「あんだ? 帰るのか?」
「うん。もう遅いし」
なぜだか主人の顔が見たかった。白玉楼の夕食は遅いからまだ間に合おう。

「そっか。んで、私は役に立ったかよ?」
あれこれ説明しようと考えてみたが、どうにもうまく言葉にならない。それで、妖夢はただ頷いて「うん」と言うしかなかった。魔理沙はきっといろいろ訊いてくるだろうなと思ったら
「そら良かった」
と、笑うだけだった。

 雑草だらけの地面をけって空に上がると、雑木林をかすめて星が見えた。下の方から「またなー」と聞こえた。
「うん、また」
 ほんの小さく声に出して、妖夢は神社を後にした。


〈了〉

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コメント



0.370簡易評価
1.40名前が無い程度の能力削除
雰囲気が良いと言えば聞こえがいいですが、全体的にふわふわとした印象を受けました。
2.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気が良かったです
3.80ノノノ削除
ふわふわしている部分もあるとは思いましたが、それでも主題が面白かったです。
もっと長くてもよかったかなー、と感じました。
4.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.80沙門削除
タイトルから、妖夢が丸太を担いだり、滝を切り裂けと師匠に言われたり、妖夢は一人では火、しかし半霊と合わされば火が重なり炎となる。
と、いう事は無かったんですが。面白かったです。
8.100仲村アペンド削除
とても上品な文章で、雰囲気が良くかつ読みやすいです。お話も穏やかなのにどこか緊張感があり、実に素晴らしい。
9.80名無しさん削除
この表現力……妬ましいです! 全体的にお話も読みやすかったです。
11.90名前が無い程度の能力削除
個人的な意見だけど、妖夢も魔理沙もちゃんとキャラがたってるというか
良い雰囲気で読みやすく丁寧な感じを受けました。
15.90ばかのひ削除
流石でした
キレイで面白かったです
この妖夢は妖夢ですねえ
17.100名前が無い程度の能力削除
美しい剣豪小説と言う印象
大抵そういうのは武骨さを伴うけど、この作品にあるのは風に舞う桜の花びらのような流麗さのような気がします
自分でも何言ってんだかよく分かりませんが