Coolier - 新生・東方創想話

サマー・オブ・ラブ

2017/07/07 20:06:22
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 もう、さよならしなくちゃいけないんだね。
 


 独り言のようにそう言って、妹様は寂しそうに微笑んだ。
 夏の初め、じんわりと生暖かい風が吹き付けるような、そんな夜だった。
 遠くの方では、花火が上がっている。
 人里で大きな祭りをやると言っていたし、多分それだろう。
 浮かんでは消える光を眺めながら、私と妹様は一緒にいた。



「……どうあっても、考え直してはくれないのですね」
「わたしが自分で決めたことだもの。後悔なんてないわよ」



 妹様は一年のなかで、この日しか地下から出てこない。出てこられないように、妹様が自分で魔法をかけた。
 わたしは外に出てはいけないのよ、そう妹様は言った。
 生まれてから、壊れることと壊すことだけを繰り返してきた。
 その度にわたしの身体はズタズタになって、それを見たお姉様が傷ついて、そんなことを数え切れないほど繰り返してきた。
 何度お姉様を泣かせたか分からない。何度お姉様を悲しませたか考えたくもない。
 だから、わたしは閉じこもることにしたの、そう妹様は言った。
 そうして妹様が閉じこもったのは、もう百年以上も前のことになる。
 


「さびしく、ないんですか。独りで、あんな所にずっとだなんて」
「あなた、去年もそれ言ってたわよ。いい加減、慣れてくれないかしら」
「慣れることなんて出来ませんよ。明日からまた一年、妹様はいないのですから。」



 淋しかった。
 明日にはもう妹様はいなくて、それを私にはどうすることもできなくて、それが悲しかった。
 無理矢理にでも地下から出そう、と考えたこともある。
 でもそれは、私の一人よがりな淋しさを押し付けて、妹様の優しさを無視することになってしまう。
 そう思うと私の体は、鉛のように重たくなってしまって、どこへも動き出せない。
 だから、一年間待つことしかできなかった。一年待てば、会いに来てくれるのだから。だから、無理にでも我慢した。
 それでも淋しさは、私の体中にべったりと張り付いている。消えることはなさそうだった。 



「もう百年以上前になるのね。わたしが閉じこもることに決めたのって」
「……もうやめませんか。百年ですよ、百年。誰もあなたを責めたりなんかしないですよ」
「わたしがわたしを許していないわ。あと数百年ほどはこのままよ」
「みんなだって、妹様の不在を悲しんでいます。それでも、だめですか」
「それでも、よ。わたしはこう見えて、頑固なんだから」
「……ケチです」
「もう、あなたってそんなに我儘だったかしら」



 そう言って、妹様は私の顔に両手をのばして、そのまま抱きしめてきた。



「……肩くらいなら使っていいわよ。小さいけれど」
「あったかいです。あったかい。いいにおいがします」
「でしょうでしょう。……ほんとは、ね。ほんとは、わたしだってさびしいのよ。だから毎年、出てくるのよ」
「知ってますよ。分かってますよ。悲しい思いをさせて、ごめんなさい」
「わたしもよ。毎年待たせて、ごめんなさい。」
「……明日になったら、もういないんですね。考えたくないです」



 空が明るく光った。火の花が夜空に咲いて、どぉんと大きな音がなった。
 ひゅうん、と擦り切れるような音がして、大きな花が咲く。
 咲いては消え、咲いては消え、大きな音だけを残してゆく。
 花びらが一枚一枚落ちるように、光の粒が消えていく様が、無性に切なかった。


「ね、美鈴。花火、綺麗ね」
「そう、ですね。綺麗です。泣きたくなるくらい、きれいです」
「悲しんでばかりね、あなた。……ちょっと待ってなさい」



 そう言って妹様は急に飛び上がった。
 花火の上がる夜空を背にして、柔らかそうな目で私を見ている。
 花火の光と背中の羽が反射して、いっぱいの光の粒が私の目の前を流れている。
 金色の髪と七色の結晶が火の花で咲いて、眩しいくらいだった。



「めいりん。ねえ、めいりん。笑ってちょうだい。どうか、悲しまないで」
「わら、ってるじゃないですか。ほら、こんなに、笑顔です」
「あなたの笑顔が好きよ。だから、ずっと笑っていてね」
「……おいていかないで下さい。私も連れて行って下さいよ」
「きっと、一年なんてすぐなのよ。あなたが待ってくれているんですもの」



 ひと際大きな光が、空を包んだ。
 終わりを告げるようにいくつもの花火が、空に咲いては消えていく。
 淡い光のなかで、妹様は私に笑いかけた。



「また、来年逢いましょう。一年は、きっとすぐよ」



 私の視界は光で満たされた。
 どこまでもキラキラしていて、それが花火の光か自分の涙かは、分からなかった。
 


 花火の音だけが空にいつまでも残っていて、その音だけで私は泣いてしまいそうだった。



***



 妹様がいない日常は、一日一日がとても長く感じられた。
 どこを見ても妹様はいなくて、しっかりしなさい、と思い直すたびに悲しくなった。
 


 記憶のなかに妹様はいつでもいる。
 でもそれは決して暖かくなんかなくて、どこか冷たい無機物のような、トゲトゲしたものだった。
 声にはノイズがかかって、輪郭はぼやけていて、なにかが不完全だった。
 しまいには、輪郭の境界は溶け出して、声はノイズだけになってしまう。
 記憶のなかには、妹様だったなにかだけが残されている。
 


 死に別れたわけじゃない。一生会えなくなったわけでもない。
 だからこそ、余計に悲しかった。
 同じ場所に暮らしていて、すぐにでも顔を見に行けるのに、それができない。
 そんなもどかしさだけが、私の中に溜まっていった。



 食事の準備中に間違って、妹様の分まで用意してしまったことがある。
 お嬢様も咲夜さんもなにも言わなかったけれど、その食事中は会話が全然続かなかった。
 残しても仕方ないので、妹様の分は自分で食べた。
 何故自分がこれを食べているのだろう、そう思いながら食べ続けた。
 皿が空っぽになっていくにつれ、妹様の不在を目の当たりにしている気がして、辛くなった。
 これが美味しくなかったら、どれほどよかったか。
 どうしようもなく美味しくて、それが私を余計に悲しくさせた。



 普段から悲しく毎日を過ごしている、そんなことはない。
 毎日のように門番をしっかり務めたし、お嬢様やパチュリー様とお茶を楽しむことだって少なくない。
 咲夜さんとは人里に買い物に行ったりもした。小悪魔にはよく本を貸してもらった。
 この紅魔館はどこか家族のように暖かくて、それは私にとって嬉しいことだった。
 それでも、妹様を探してしまうことは、やめられなかった。
 


 今さら妹様を忘れることなんて、出来るわけないのだ。
 私の中で妹様は常に中心で、あのひとのいる日常が私の日常だった。
 お嬢様に仕えていることを私は、一生誇るだろう。そう思わせてくれるのが、お嬢様だった。
 妹様と一緒にいれることを私は、一生喜ぶだろう。そう思わせてくれるのが、妹様だった。
 けれど私の日常から妹様は、ぽっかり穴が開いたように、いなくなった。
 どこを探しても、妹様だけがいなかった。
 それでも黙っていれば一年は経つのだから、それだけが救いだった。







 紅白と白黒が来るまでの長い月日を、私はこんな風に過ごした。
 散々暴れまわったあの二人だけど、感謝していることだってある。
 少なくとも、妹様を外に連れ出す切っ掛けになったことは、ありがたいと思う。
 ただ、私では外に出してやることができなかったのが、とても悔しい。
 私は妹様になにもしてやれなかったことは、とても辛いことだ。
 


 あの二人ならよくて、私ではダメだったのか。
 今でも時々そんなことを考えて、ひっそりと私は苦しんだ。



***



「美鈴、美鈴。おーい、おきろ。………だめだこりゃ、すっかりねてる」
「んん、なんですかぁ。まだねかせてくださいよ、もう」
「いいから起きなさい。ここはわたしの部屋よ」
「なにいってるんですかぁ。……って、あれ、妹様!?」
「そうよ、妹様よ」
「お、おはようございます。今日もいい天気ですね」
「ここは地下よ、天気なんてしらないわ。ごまかさないで」
「あのー、なんで、妹様がいるんですか……?」
「あなたが一緒に寝たいって言ったんじゃないの。忘れたのかしら」
「ああー、そうでしたか。覚えてないなぁ」
「しかも、わたしはあなたに蹴られて起きたのだけど」
「それはその、寝相が悪くてすいません」



「あなたって、いつも泣いて眠るの? うなされて泣いてたから、起こしたんだけど」
「へ? あら、ほんとだ。どうしてですかね……」
「悪い夢でもみた?」
「あー、ほら、昔のことでちょっとですね」
「どの昔かしら。500年は意外と長いのよ」
「妹様が閉じこもっていた昔ですよ」
「ほんとうに随分と昔じゃない。美鈴はすっかり忘れたんだと思っていたんだけど」
「今でも泣くほど辛かったんですからね。簡単に忘れませんよ、こんなこと」
「あなたって、わりと泣き虫よね。すこし可愛いわ」
「誰のせいで泣いてると思っているんですか。責任をとれちくしょー」



「もしかして、一緒に寝たいってのも、そのせいかしら」
「実を言うと、はい。急に淋しくなっちゃいまして」
「やっぱり子供っぽいわよね、あなた。そんなに大きな体をしているのに」
「いじり倒さないでくださいよ。私だって困っているんですから」
「でも、そうね。悲しませてごめんなさい。もういなくなったりなんて、しないから」
「……いえ、私は。私が悪いのですから」
「ほら、悲しい顔をしないで。笑ってちょうだい。そっちの方が素敵よ」
「そんなこと言われたら、また泣いてしまうじゃないですか」
「じゃあ、思いっきり泣きなさい。肩は、かしてあげるから」



 まるで昔のようだった。
 何百年経っても、私も妹様も変わらなくて、それが懐かしくてすこし可笑しかった。
 また泣いてしまえば、もっと妹様と一緒にいれるのだろうか。
 それはすこし良いかもしれない。
 そんなことを考える自分に笑ってしまいながら、やっぱり私は泣いた。
 
 

タイトルは某エウレカセブンから拝借しました。元ネタは60年代の社会現象ですが。

そんなわけで、七夕(織姫と彦星)で花火でめーフラでした。
ノノノ
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コメント



0.50簡易評価
1.80沙門削除
このお話を読んでて、バンプオブチキンの「ハルジオン」を思い出した。
苦悩する美鈴。
私は大丈夫と宣言するフラン。
「枯れても枯れない花が咲く。僕の中に深く根を張る」
美鈴スキーな私にはご馳走様でした。
めーフラ流行れ。
3.80奇声を発する程度の能力削除
良いめーフラでした
4.80怠惰流波削除
私もフランの肩で泣きたいです。
めそめそと情けないめーりんが、なんだか懐かしく思いました。
5.100南条削除
織姫ならぬ檻姫とはこれいかに
甘えん坊な美鈴がよかったです
6.70名前が無い程度の能力削除
いいですね
7.80名前が無い程度の能力削除
7/7に読むかどうかで印象大きく変わりますね。
1年に一度しか会えない七夕のエピソードを活かした作品でした。

冒頭で「あれ?」と思ったら、昔のお話だったのですね。
アジアな七夕と洋風な紅魔館ってなかなかイメージ合わないですが、
この話は不思議と素敵に噛み合っていました。
8.100名前が無い程度の能力削除
めーフラが好きすぎて生きるのが辛い