Coolier - 新生・東方創想話

アイ、哀、愛

2017/07/02 20:06:25
最終更新
サイズ
10.77KB
ページ数
1
閲覧数
1063
評価数
4/6
POINT
440
Rate
13.29

分類タグ

 お前なんかいらない。



 
 わたしはわたしが好きではない。
 破壊的で、嗜虐的で、感情的で、短絡的で、自己中心的なのがわたしだ。
 こんなやつ、誰だって嫌いになるだろう。わたしだってそうだ。
 まして好きになるなんて、気でも狂っているんじゃないか。どうかしている。
 狂っている。そう、狂っている。わたしは、狂っているのだ。
 自分でも自覚している。周りだって分かっているはずだろう。
 だからわたしは、普段から閉じこもっている。



 先日、絵を描いた。急に描きたくなって、思い付きのまま狂ったように勢いだけで描いた。
 真っ赤な森が、わたしの前に完成した。自室の壁は、赤で塗りつぶされた。
 その場の思い付きだったから、絵の具なんてものは最初から無い。けれど特に問題はなかった。
 自分の血で絵を描いた。真っ赤な森を描いた。壁は、赤く紅く赤黒く紅黑く、わたしの色で染まった。
 左腕を根元からちぎって、噴き出した自分の血で森をつくった。
 葉っぱと幹で色の濃淡をつけるように、幹の部分に何度もちぎった腕をこすりつけた。
 途中で左腕だけでは足りなくなって、左脚も膝当たりから手折った。再び、部屋中に赤と紅が飛び散った。
 骨が飛び出していて邪魔くさく、バランスも取りにくくなったが、気にはならなかった。
 どうせ身体なんてすぐに元通りになるのだし、なによりも、絵具の色が足りないことの方が気がかりだった。
 そうしてわたしは、絵を描いた。病的なまでに濁り切った、ドロドロのなにかで壁は埋め尽くされた。
 そこでふと我に返った。なんだか左半身が熱いし痛い。部屋は不思議と血生臭く、体中がべとべとする。
 確認してみると、左腕と左脚がなくて肉片と血が壁中に飛び散っている。
 なんだこれ、なんなんだこれ。だれがやったの。だれ、だれだれ、だれなの。
 そう思ったけれど、すぐに自分の仕業だと思い出して、頭の中が気持ち悪さでいっぱいになった。
 またおかしくなってしまった。また壊してしまった。また壊れてしまった。また狂ってしまった。
 これのどこが森に見えるのだろうか。そもそも色からして違う。
 腐った臭いがするような、ただただ不潔な、そんな印象の壁だった。断じて森ではない、ましてや絵ですらない。
 膨れ上がった自己嫌悪が一斉にこみ上げてきて、わたしの感情はぐちゃぐちゃに潰された。
 いつの間にか左半身は元通りになっていて、そんな都合のいい自分が嫌いで嫌いで仕方がなかった。



 
 そのあと、運悪くお姉様に見つかってしまった。
 ベタついた血だらけの体でいるのが嫌で、体を洗いに行こうとして、その途中で出くわした。
 お姉様は一瞬ビックリしたような表情をしたあと、わたしに鬼気迫る勢いで状況を聞いてきた。
『おい、おい、大丈夫か、何があった。なんで、どうして、こんな……』
 そんなことを尋ねながら、わたしの体の無事を確かめるように何度も何度も触れてきた。
 けれど、わたしは何も言えなかった。自分の身体を引きちぎって遊んでました、なんて言えるわけがない。わたしは黙りこむしかなかった。
 そうやって俯いたまま黙りこんでいるわたしをみて、お姉様はすっと抱きしめてきた。
『痛くはなかったか、苦しくはなかったか。ごめんなさいね、私がもっとしっかりしていれば。ごめんなさい』
 そう言ったお姉様の方が何倍も痛そうで、何十倍も苦しそうだった。
 お姉様は何も悪くはないのに、わたしに謝り続けた。繰り返すように何回でも謝り続けた。
 わたしは何を言っていいか分からずに、お姉様の腕の中で、いっそう深く俯くことしかできなかった。
 お姉様を傷つけてしまうくらいなら、わたしなんていらない。いなくなってくれ、そんな言葉を頭の中で吐き続けた。



 それから、お姉様は咲夜を呼んでくると言って、休憩中の美鈴をわたしに付けていなくなった。
 美鈴はわたしと視線を合わせるようにしゃがんで、お姉様と同じようにわたしの心配をした。
『大丈夫ですよ、妹様。吸血鬼に血はつきものですからね。お嬢様もよくこぼしてますし』
 そう言う美鈴もやっぱり、自分が傷ついたような、苦しむような表情で心配をするのだった。
 やめてほしかった。そんな顔をしてほしくなどないし、心配される価値なんてわたしにはない。
 こんな、こんなやつ。勝手に狂って、自分の都合で壊して、救いようのないほど壊れているやつなんて。
 わたしがおかしくなるたび、お姉様は、まるで自分が傷付けられたかのように、わたしを心配した。
 その度、わたしを安心させようとして、わたしよりも遥かに苦しんだ。
 そうさせる自分が嫌で嫌で、けれどわたしにはどうしようもなくて、遣り切れなさだけが増していった。
 わたしなんていらない。わたしさえいなければ、お姉様もみんなも苦しまなくていい。
『さあ、体を洗いましょうよ。全身血だらけじゃないですか』
 だから、そんな美鈴の気遣いも、わたしは素直に受け取ることができなかった。
 美鈴は手をわたしの方へ差し出してきた。
 その好意が、わたしにはひどく不釣り合いなもののようで、思わず手をはねのけた。



 ボキン、とひとつ鈍い音がした。
 美鈴の片腕は肘から、ぐにゃりと大きく歪んでいた。
 わたしはなにが起こったのか、最初は分からなかった。
 けれどすぐに、美鈴の声にならない痛みを聞いて、またわたしのせいだと思い知った。
 力をいれたわけでも能力を使ったわけでもない。わたしはただ、美鈴にすこし触れただけなのに。
 それなのに、こんな、こんなのは。どうして、わたしは、こんな。
 もう美鈴を見ることすらできなかった。
 取り返しのつかないことをしてしまった気がして、わたしはその場から逃げ出してしまった。 
 みんなといてはダメだ。ここにいてはダメだ。わたしがかかわってはダメだ。
 そんな考えで頭の中がいっぱいになって、視界はグラグラと不安定に揺れていた。
 それでも足は自然と地下室へ向かっていた。それだけが救いだった。
 美鈴の好意に、私は敵意で答えて、あげく傷付けた。
 怖くなって逃げ出して、気遣うことすらしなかった。
 考えれば考えるほど、自分が嫌で嫌で仕方がない。今すぐにでも消えてしまいたかった。
 


 そうしてわたしは地下に逃げた。
 冷たい鉄の扉が、ごぉんと音を立ててゆっくりと閉じていく。
 その頑丈そうな扉が、やけに壊れにくそうにみえて、皮肉だなと自嘲した。



***



 おまえなんかいらない、と喜びながら『フランドール』が言った。
 おまえなんかいらない、と怒りながら『フランドール』が言った。
 おまえなんかいらない、と楽しみながら『フランドール』が言った。



 わたしなんかいらない、と哀しそうに『わたし』は答えた。
 三人の『フランドール』が、『わたし』を指さして口々に話している。
 おまえなんかいなくなってくれ、とニコニコ喜びながら。
 おまえのせいじゃないか、とキッと睨んで怒りながら。 
 おまえさえいなければ、とクスクス楽しそうに。
 わたしはただただ哀しくて、そうだね、そうなんだよね、としか言えなかった。
 


 わたしさえいなければ、お姉様は苦しまなくてすむ。美鈴だって傷つくことはなかった。
 いつかパチュリーを壊してしまうかもしれない。咲夜を殺してしまうかもしれない。
 それが怖くて、そうさせるわたしが怖くて、でもわたしにはそれをどうすることもできない。
 誰かを頼ることは駄目だ。壊してしまうかもしれないから。
 心配をかけることも駄目だ。そうしてもらうほどの価値はわたしにはない。
 



 わたしは紅魔館のみんなが好きだ。
 お姉様が好きで、美鈴が好きで、咲夜が好きで、パチュリーが好きで、小悪魔が好きだ。
 このひとたちに笑っていてほしいと思っている。幸せでいてほしいと願っている。
 だから、わたしはみんなといるべきではないのだ。
 傷つけて、苦しませて、壊してしまうようなわたしなんかは。
 


 三人の『フランドール』は、いつまでもわたしを罵倒し続けている。
 わたしはもう哀しむことすらやめて、黙ってそれを聞いた。
 その言葉一つ一つがどうにも否定できなくて、逃げるように部屋の隅で膝を抱えて目を閉じた。
 しん、と静まり返った部屋の中で『フランドール』の声だけが、重たく響いた。



***


 
 どのくらい時間が経ったかは分からない。
 いつの間にか『フランドール』は消えていて、わたしはこの部屋にポツンと一人だった。
 けれどすぐに、誰かが部屋に入ってくる気配がして、わたしは思わず顔を上げた。
 


 美鈴だった。
 右腕を包帯で何重にも包んで、首から下げて固定している。
 一見なんでもなさそうな表情をしているけれど、明らかに顔色が悪い。
 額にはいくつも脂汗が浮かんでいて、痛みに苦しんでいることがわかった。
 それでも笑顔を向けてくるその姿が、あまりにも痛々しくて、直視などできなかった。



「なん、で。なんで、きたのよ」
「妹様とお話がしたくなりまして。謝りたいこともありましたし」
「なにを謝るっていうのよ!美鈴はなにもしてないじゃない!わたしが、わたしが……」
「いいえ、私の気遣いが足りませんでした。すいませんでした」



 そう言って美鈴は頭を下げた。
 わたしが悪いのに。わたしが傷付けたのに。
 それでも謝る美鈴を見て、訳も分からずに怒鳴り散らした。



「……っ、気遣いならしてくれたじゃない。心配だってしてくれた。なんなの、いったいなんだっていうの」
「んー、なんですかねぇ。ああ、ほら、好きな人には優しくするじゃないですか。それですよ」
「……なんで、なんでわたしに優しくするの。お姉様も、美鈴も。こんなわたしなんて、嫌われて当然じゃない!こんなにおかしくて、壊れているわたしのどこに優しくする価値があるっていうのよ!自分で自分を壊して、美鈴も壊そうとして。次はほんとうに殺してしまうかもしれないのよ!?それだけは、いや。いやなのよ……」



 わたしは怒鳴りながら泣いていた。
 遣り切れなさや淋しさや理不尽さが、一斉にわたしの中からあふれ出た。
 そんなわたしを見て、美鈴はわたしに視線を合わせるようにしゃがんだ。
 


「壊れていたって、おかしくたって、それが妹様を好きでなくなる理由にはなりません。私も、お嬢様も、皆もです。あなたは好かれています。あなたは愛されています。だから心配をしますし、だから優しくしたくなるんです。妹様が傷つけば私たちも傷つきますし、苦しんでいれば自分のことのように辛いです」
「でも、それでも!わたしは、大事にされる程大したやつじゃないのよ!わたしさえいなければ、そもそも苦しむことだってないじゃない。そっちの方がよっぽど幸せじゃない」
「そういう理屈や理由なんていらないんです。私は、私たちは、あなたが好きなんですよ。ただそれだけのことです。それに、妹様がいないほうが断然不幸ですよ。それだけは、いやです」
「なん、で、そんなにやさしいのよぉ……。嬉しいって思ってしまうじゃない。ありがとうって言いたくなるじゃない。ダメなのよ、そう思ってしまっては。わたしなんかじゃ、ダメなのよ……」



 それ以上はなにを言っていいか分からず、わたしは泣き崩れてしまった。
 哀しいのか嬉しいのか、泣いても泣いても分からなかった。



「妹様は優し過ぎるんです。もっと私たちに迷惑をかけていいんです。私たちを頼ってください。妹様自身のことを嫌いにならないであげて下さい。時には、全部投げ出したっていいんです。でも、妹様は愛されているということを忘れないでくださいね。どんな妹様だって、私たちは大好きですから」



 そう言いながら、美鈴は左手を差し出してきた。
「ほら、顔を洗いに行きましょう。私も具合が悪くなってきて、もう戻りますから」
 この手を掴んでもいいのだろうか。頼ってしまってもいいのだろうか。
 折れた右腕が視界に入って、手を伸ばすのをためらった。
 けれど、美鈴の言葉を思い出して、信じてみたいと思った。
 今度こそ好意で答えたいと、そう強く思い直して、わたしは手を掴んだ。
 ひどく安心できる、やさしい手だった。



***



 おまえなんかいらない、と『フランドール』が言った。
 喜びながら、怒りながら、楽しそうに。
 『わたし』は、そうだね、でも、そうじゃないんだよ、と答えた。
 わたしは、わたしを好きでいてくれるみんなを信じたい。その好意に、わたしなりの好意で答えたいの。
 そう答えた。もう、哀しくなどなかった。
 自分を、みんなを、愛してみたいと思った。



 おまえは狂ったままだよ、と指を差された。
 いつかダメになるんだよ、と指を差された。
 なにも解決はしてないよ、と指を差された。



 でも、それでも、わたしはわたしときちんと向き合うわ。
 みんながわたし以上に、わたしと向き合っているんですもの。 
 そう答えると、『フランドール』は何も言わずにすぅっと消えていった。
 なぜか、そんな『フランドール』ですら愛しいと思える自分がいた。
 哀しさは、初めからなかったかのように、すっかりと消えていた。

喜怒哀楽ネタがやってみたかった(こなみ)。多少強引になった気もしますが、大目に見てくれると助かります。

これを読んでくださった誰かが、めーフラを書いてくださると幸いです。というか書いて。
ノノノ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.100簡易評価
2.80沙門削除
俺は書くぞ、甘く蕩けそうなめーフラを!!。
と、言うのは置いといて。
前作、前々作から読んでると、美鈴とフランの距離が近づいているような気がします。
ただ、前半のグロ描写に嫌悪感を覚える人も居るかもしれません。
私は全然OKです。元々、妖怪は人食いですからね。
今後も、めーフラが読みたいですと思う今日この頃。
3.80奇声を発する程度の能力削除
めーフラ良いね
5.80名前が無い程度の能力削除
良い
6.100名前が無い程度の能力削除
 
7.無評価名前が無い程度の能力削除
タイトルで機動戦艦ナデシコ思い出した