その夜、美鈴と咲夜がキスをしているのを見た。
透明な空気と静寂に包まれた、そんな音のない静かな夜だった。
本当は美鈴にちょっとした用があったのだけど、それを見て邪魔はするまいと声を掛けるのをやめた。
とりあえずその場にいても仕方がないので、見つからないよう音を立てずに隠れた。
「……ずるいわ」
そう言葉に出た。無意識のうちにそんなことを言っていた。けれど自分でも何がずるいのかわからなかった。
何がずるいのだろう。美鈴と咲夜が付き合っていることだろうか。声を掛け損ねてしまったことだろうか。
まあ確かに、普段の美鈴は咲夜と一緒にいることがほとんどだから、わたしのこともかまって欲しかったのかもしれない。
そう思ったけれど、でもやっぱり何かが違うなと感じた。
寂しい、なんて単純な気持ちではなくて、もっと多くの種類の気持ちがわたしの中で混ざってぐるぐるしている。
考えれば考えるほど胸が押さえつけられるような、息が苦しくなるような、そんな不安が募っていった。
結局なにがずるいのかはわからなかったから、その場から気づかれないようにそっといなくなった。
二人がわたしに気づいた様子は無かった。
***
美鈴のことを考えるとき、くるしいような、せつないような、よくわからない気持ちになる。
胸は苦しくなる、頭の中は美鈴でいっぱいになる、急に会いたくなる、そんな感情がわたしを支配する。
だからなにか大声で叫びたくなるような、一切合切吐き出してしまいたいような、そういう感情のなかでわたしはずっともがいている。
わたしにとって美鈴はいとおしい存在なんだと思う。この気持ちが『恋』かと言われたら、多分間違いではないだろう。
『愛』だと言ってもいい。この気持ちは、お姉様に向ける『好き』とは確実に違う。
パチュリーや小悪魔、咲夜に対してだって、こんな気持ちを向けたことはなかった。
きっかけなんてものは知らない。
ただ、気付いたときには『美鈴』はわたしのなかでひどく特別なものになっていた。
わたしのなかで、ゆっくりゆっくり、『美鈴』が大きくなっていった。
やさしいひと、あかるいひと、たのしいひと。
好きだなぁ、と思うところを挙げればいくらでも出てくる。でも嫌いなところは、うまく思いつかない。
例えば、お姉様の自由奔放すぎるところはちょっと苦手だ。わたしたちがどれだけ心配してるか分かっているんだろうか。
パチュリーにはもっと図書館から出てきてほしい。身体に悪いじゃない。わたしが言えたことではないけれど。
咲夜はもっと仕事の量を減らしていい。自分でなんでもやろうとするのは悪い癖だと思う。
小悪魔はもっとわたしに話しかけてきてほしい。そんなにわたしが怖いのだろうか。……怖くないよね?
美鈴は大雑把なところがある。お節介をやいてくることも少なくない。
けれどそれも含めて好きなんだろうな、と思う。美鈴が美鈴だから、好きなのだと思う。
話しかけることも、話しかけられることも、美鈴が視界にはいることだって、それだけで嬉しくなる自分がいた。
わたしのなかで美鈴はそういう風に特別だった。
けれど、美鈴には咲夜がいた。咲夜には美鈴がいた。
まるで初めからそうであったかのように、二人の関係は完成していた。どこまでも二人だけだった。
わたしが美鈴を意識したときには、すでに美鈴と咲夜はそういう関係だった。
誰かが入り込めるような、そんな余地はどこにもなかった。ましてわたしなんかでは、とてもじゃないが無理だろう。
美鈴の視線の先には咲夜がいて、咲夜の視線の先には美鈴がいる。
わたしだって美鈴をみているけれど、きっとわたしをみてくれる美鈴はいないのだと思う。
わたしの視線の行き場だけが、どこにもない。
だからこの気持ちを美鈴に伝えたことはない。他の誰にも言ったことはない。
わたしが美鈴を求めたところで、彼女は困ってしまうだろう。
咲夜にだって迷惑をかけてしまう。わたしのせいで二人を困らせる様なことはしたくない。
拗らせているな、と自分でも思う。我儘を言っているのは分かっている。
この気持ちを誰かに言ってしまえば楽になれるのだろう。きっとそうだ。
けれど怖くて言い出すことができない。
迷惑が云々なんてのは建前で、ほんとはただただ怖がっているだけだ。
美鈴にこの気持ちが届かないと理解したくなかった。わたしをみることの無い美鈴を知りたくなかった。
美鈴のことを考えるとき、わたしはとても苦しい気持ちになる。
まるで溺れているかの様な、そんな息苦しさを感じて、わたしはもがき続けている。
それでも美鈴のことを考えずにはいられないのは、わたしの我儘なんだと思う。
そんな自分も、わたしをそんな風にさせる美鈴も、ずるいと思った。
***
その日は昼間から美鈴のところに居た。
美鈴のことで悩んでいるのだから、いっそのこと本人のところに行こうと思った。
それに咲夜はいま仕事中だ。
わたしが少しくらい美鈴といても大丈夫だよね、なんて意地悪なことも考えた。
美鈴と会話をすることが楽しかった。
なんだかとても久しぶりに話した気がして、楽しいのにちょっとだけ悲しかった。
こうしていつまでも話していたい、そう思った。
「……美鈴の髪って綺麗よね」
「また急な話ですね。言うほど綺麗ですか、これ?」
「色が美鈴に似合っていて好きだわ。わたしには似合いそうもないもの」
「妹様の髪も素敵ですよ。私はそっちのほうが羨ましいです」
「……なんなら、触る?」
「え、いいんですか?やったやった」
別に触ってほしかったとかそんな意図は全くない。ないのだ。いや、ほんとはあるんだけど。
咲夜が見てないから多分大丈夫なはずだ。これくらいは許してほしい。
わたしだって美鈴が好きなんだから。
「うわ、すごいさらさらしてますね。なんですかこれ。人形みたいです」
「そんながっついて触らなくても。すこしくすぐったいわ」
「ああ、すいません。滅多に触れないですから、つい」
「……美鈴のだって、綺麗じゃない」
「私のは咲夜さんが毎日手入れしてくれていますから。そりゃあ綺麗になります」
「………そう、ね。それは、そうだわ」
―――ずるい。ずるいわ。
危うく声に出すところだった。
まさかこんな風に不意打ちを喰らうとは思っていなかった。まあ、喰らう前からわたしは瀕死なのだが。
「妹様?ぼーっとしてますけど、どうしたんですか」
「……いえ、何でもないわ。大丈夫」
「ほんとですか?最近元気がないみたいですし、心配です」
あなたが原因なんだけどなぁ、とは流石に言えなかった。
「今更だけど美鈴って、咲夜のこと大好きよね」
「当たり前じゃないですか。じゃなきゃ恋人になんてなりませんよ」
「……なんで好きなのか聞いてもいい?」
聞いたところでわたしが苦しむだけなのは承知している。
けれど、うだうだ一人で考えるよりはましだろう。
何よりも美鈴の気持ちが知りたかった。
「なんで、ですか。何故なんですかねぇ。ぶっちゃけると私にも分かりません」
「…………」
「なんて言うか、理屈じゃないんですよ。理由なんて後付けなんです。咲夜さんが好きだから、仕草や性格が好きになるみたいなものです。咲夜さんを好きでいる自分が、まるで初めからそうであったみたいに、すんなりと受け入れることが出来たんです。私が私である以上、私は咲夜さんをずっと追いかけるのだと思います。たとえ私が、咲夜さんに好かれていなかったとしてもです。」
「………そう」
「これは咲夜さんに言ったら引かれたんですけど、私は咲夜さんと一緒に死にたいと思っています。それ程好きで、そのくらい私にとっての咲夜さんは当たり前の存在なんだと思います。私は私だから、あの人に惹かれたんですよ、きっと」
「………そうね、わかっていたけど、やっぱり、ずるいわ。こんなの、ずるいじゃない」
そう言って、わたしはその場に蹲ってしまった。わたしは泣いていた。
涙が止まらなかった。どうしても、止めることが出来なかった。
―――ごめんなさい、妹様。きっと私が悪いのですね。ごめんなさい。
美鈴はそう言いながら、わたしの頭を撫で続けた。優しくて暖かい、大きな手だった。
ずるいと思った。何もかもずるい。
咲夜を好きでいる美鈴も、美鈴に好かれる咲夜も、諦めの悪い自分も、何もかも。
目の前にいるくせに、わたしには手の届かない美鈴が、ずるかった。
美鈴と一緒にいることのできる咲夜が、ずるかった。
苦しいのに諦めきれない自分が、ずるかった。
うらやましくて、ねたましくて、せつなくて、くるしかった。
色んな感情がわたしのなかにあって、それが涙になってあふれ出た。
そのままわたしは美鈴の手の中で、声も出さずにひっそりと泣き続けた。
泣きながら、美鈴の手の暖かさをずっと感じていた。
悲しくなるくらい、優しい手だった。
透明な空気と静寂に包まれた、そんな音のない静かな夜だった。
本当は美鈴にちょっとした用があったのだけど、それを見て邪魔はするまいと声を掛けるのをやめた。
とりあえずその場にいても仕方がないので、見つからないよう音を立てずに隠れた。
「……ずるいわ」
そう言葉に出た。無意識のうちにそんなことを言っていた。けれど自分でも何がずるいのかわからなかった。
何がずるいのだろう。美鈴と咲夜が付き合っていることだろうか。声を掛け損ねてしまったことだろうか。
まあ確かに、普段の美鈴は咲夜と一緒にいることがほとんどだから、わたしのこともかまって欲しかったのかもしれない。
そう思ったけれど、でもやっぱり何かが違うなと感じた。
寂しい、なんて単純な気持ちではなくて、もっと多くの種類の気持ちがわたしの中で混ざってぐるぐるしている。
考えれば考えるほど胸が押さえつけられるような、息が苦しくなるような、そんな不安が募っていった。
結局なにがずるいのかはわからなかったから、その場から気づかれないようにそっといなくなった。
二人がわたしに気づいた様子は無かった。
***
美鈴のことを考えるとき、くるしいような、せつないような、よくわからない気持ちになる。
胸は苦しくなる、頭の中は美鈴でいっぱいになる、急に会いたくなる、そんな感情がわたしを支配する。
だからなにか大声で叫びたくなるような、一切合切吐き出してしまいたいような、そういう感情のなかでわたしはずっともがいている。
わたしにとって美鈴はいとおしい存在なんだと思う。この気持ちが『恋』かと言われたら、多分間違いではないだろう。
『愛』だと言ってもいい。この気持ちは、お姉様に向ける『好き』とは確実に違う。
パチュリーや小悪魔、咲夜に対してだって、こんな気持ちを向けたことはなかった。
きっかけなんてものは知らない。
ただ、気付いたときには『美鈴』はわたしのなかでひどく特別なものになっていた。
わたしのなかで、ゆっくりゆっくり、『美鈴』が大きくなっていった。
やさしいひと、あかるいひと、たのしいひと。
好きだなぁ、と思うところを挙げればいくらでも出てくる。でも嫌いなところは、うまく思いつかない。
例えば、お姉様の自由奔放すぎるところはちょっと苦手だ。わたしたちがどれだけ心配してるか分かっているんだろうか。
パチュリーにはもっと図書館から出てきてほしい。身体に悪いじゃない。わたしが言えたことではないけれど。
咲夜はもっと仕事の量を減らしていい。自分でなんでもやろうとするのは悪い癖だと思う。
小悪魔はもっとわたしに話しかけてきてほしい。そんなにわたしが怖いのだろうか。……怖くないよね?
美鈴は大雑把なところがある。お節介をやいてくることも少なくない。
けれどそれも含めて好きなんだろうな、と思う。美鈴が美鈴だから、好きなのだと思う。
話しかけることも、話しかけられることも、美鈴が視界にはいることだって、それだけで嬉しくなる自分がいた。
わたしのなかで美鈴はそういう風に特別だった。
けれど、美鈴には咲夜がいた。咲夜には美鈴がいた。
まるで初めからそうであったかのように、二人の関係は完成していた。どこまでも二人だけだった。
わたしが美鈴を意識したときには、すでに美鈴と咲夜はそういう関係だった。
誰かが入り込めるような、そんな余地はどこにもなかった。ましてわたしなんかでは、とてもじゃないが無理だろう。
美鈴の視線の先には咲夜がいて、咲夜の視線の先には美鈴がいる。
わたしだって美鈴をみているけれど、きっとわたしをみてくれる美鈴はいないのだと思う。
わたしの視線の行き場だけが、どこにもない。
だからこの気持ちを美鈴に伝えたことはない。他の誰にも言ったことはない。
わたしが美鈴を求めたところで、彼女は困ってしまうだろう。
咲夜にだって迷惑をかけてしまう。わたしのせいで二人を困らせる様なことはしたくない。
拗らせているな、と自分でも思う。我儘を言っているのは分かっている。
この気持ちを誰かに言ってしまえば楽になれるのだろう。きっとそうだ。
けれど怖くて言い出すことができない。
迷惑が云々なんてのは建前で、ほんとはただただ怖がっているだけだ。
美鈴にこの気持ちが届かないと理解したくなかった。わたしをみることの無い美鈴を知りたくなかった。
美鈴のことを考えるとき、わたしはとても苦しい気持ちになる。
まるで溺れているかの様な、そんな息苦しさを感じて、わたしはもがき続けている。
それでも美鈴のことを考えずにはいられないのは、わたしの我儘なんだと思う。
そんな自分も、わたしをそんな風にさせる美鈴も、ずるいと思った。
***
その日は昼間から美鈴のところに居た。
美鈴のことで悩んでいるのだから、いっそのこと本人のところに行こうと思った。
それに咲夜はいま仕事中だ。
わたしが少しくらい美鈴といても大丈夫だよね、なんて意地悪なことも考えた。
美鈴と会話をすることが楽しかった。
なんだかとても久しぶりに話した気がして、楽しいのにちょっとだけ悲しかった。
こうしていつまでも話していたい、そう思った。
「……美鈴の髪って綺麗よね」
「また急な話ですね。言うほど綺麗ですか、これ?」
「色が美鈴に似合っていて好きだわ。わたしには似合いそうもないもの」
「妹様の髪も素敵ですよ。私はそっちのほうが羨ましいです」
「……なんなら、触る?」
「え、いいんですか?やったやった」
別に触ってほしかったとかそんな意図は全くない。ないのだ。いや、ほんとはあるんだけど。
咲夜が見てないから多分大丈夫なはずだ。これくらいは許してほしい。
わたしだって美鈴が好きなんだから。
「うわ、すごいさらさらしてますね。なんですかこれ。人形みたいです」
「そんながっついて触らなくても。すこしくすぐったいわ」
「ああ、すいません。滅多に触れないですから、つい」
「……美鈴のだって、綺麗じゃない」
「私のは咲夜さんが毎日手入れしてくれていますから。そりゃあ綺麗になります」
「………そう、ね。それは、そうだわ」
―――ずるい。ずるいわ。
危うく声に出すところだった。
まさかこんな風に不意打ちを喰らうとは思っていなかった。まあ、喰らう前からわたしは瀕死なのだが。
「妹様?ぼーっとしてますけど、どうしたんですか」
「……いえ、何でもないわ。大丈夫」
「ほんとですか?最近元気がないみたいですし、心配です」
あなたが原因なんだけどなぁ、とは流石に言えなかった。
「今更だけど美鈴って、咲夜のこと大好きよね」
「当たり前じゃないですか。じゃなきゃ恋人になんてなりませんよ」
「……なんで好きなのか聞いてもいい?」
聞いたところでわたしが苦しむだけなのは承知している。
けれど、うだうだ一人で考えるよりはましだろう。
何よりも美鈴の気持ちが知りたかった。
「なんで、ですか。何故なんですかねぇ。ぶっちゃけると私にも分かりません」
「…………」
「なんて言うか、理屈じゃないんですよ。理由なんて後付けなんです。咲夜さんが好きだから、仕草や性格が好きになるみたいなものです。咲夜さんを好きでいる自分が、まるで初めからそうであったみたいに、すんなりと受け入れることが出来たんです。私が私である以上、私は咲夜さんをずっと追いかけるのだと思います。たとえ私が、咲夜さんに好かれていなかったとしてもです。」
「………そう」
「これは咲夜さんに言ったら引かれたんですけど、私は咲夜さんと一緒に死にたいと思っています。それ程好きで、そのくらい私にとっての咲夜さんは当たり前の存在なんだと思います。私は私だから、あの人に惹かれたんですよ、きっと」
「………そうね、わかっていたけど、やっぱり、ずるいわ。こんなの、ずるいじゃない」
そう言って、わたしはその場に蹲ってしまった。わたしは泣いていた。
涙が止まらなかった。どうしても、止めることが出来なかった。
―――ごめんなさい、妹様。きっと私が悪いのですね。ごめんなさい。
美鈴はそう言いながら、わたしの頭を撫で続けた。優しくて暖かい、大きな手だった。
ずるいと思った。何もかもずるい。
咲夜を好きでいる美鈴も、美鈴に好かれる咲夜も、諦めの悪い自分も、何もかも。
目の前にいるくせに、わたしには手の届かない美鈴が、ずるかった。
美鈴と一緒にいることのできる咲夜が、ずるかった。
苦しいのに諦めきれない自分が、ずるかった。
うらやましくて、ねたましくて、せつなくて、くるしかった。
色んな感情がわたしのなかにあって、それが涙になってあふれ出た。
そのままわたしは美鈴の手の中で、声も出さずにひっそりと泣き続けた。
泣きながら、美鈴の手の暖かさをずっと感じていた。
悲しくなるくらい、優しい手だった。
めーフラは希望の虹ですね♪
1行目のテンションで最後まで行くのかと思ったら思いの外ビターでした
だがそれがいい
最初の一文のまま推移して行くかと思ったら後半に驚かされました。
美鈴って描写が少ないけど「いい人」っぷりがすごくあるキャラで、果たしてその「いい人」っぷりが他のキャラからどう見えているのかな、というのがフランの視点だったのかなと思います。
そして初恋の相手に、すでにお相手が居るという切ない展開。
フランはこれを糧にどういうふうに成長していくのかな、とか考えてしまいました。
めーさくが流行りすぎているだけでめーふらも十分流行っている(私見)
前作の、「あなたは」から続けて読んだので切なさもひとしおです。
めーさく好きだけど、めーフラも流行れ。