「こんばんわ、美鈴」
「おや。こんばんわ、妹様」
「うん、ひさしぶり」
「珍しいですね、外に出てくるなんて」
「あんまりにも蒸し暑くてさぁ。眠れないから出てきちゃった」
「地下も暑いんですか?」
「クソ暑いね。ファッキンホットだね。一生分の汗をかいた気分だわ」
「曇りですからねぇ。ジメジメするのも仕方ないです」
「……ところで」
「はい」
「わたしはいま、団扇を持っています」
「はあ」
「扇いでほしいなー、なんて」
「私の勤務時間はもう過ぎてますよ」
「むう。あたまの固いやつめ」
「交互に扇ぐならいいですけど」
「……美鈴が先に扇いでよね」
「ああぁぁぁぁあぁぁ、すぅずぅしぃいぃぃ」
「私は汗だくで手を動かしてますけどね」
「いいじゃない。あとで飽きるまで扇いであげるよ」
「ほんとかなぁ」
「あぁ、めちゃめちゃすずしい。文明の利器は素晴らしいわ」
「技術レベルの低い文明ですね……」
「もっと強く扇いでもいいのよ」
「片腕が駄目になりそうなんですけど」
「腕は二本あるじゃない」
「鬼だ……」
「腕が駄目なら、足で扇げばいいのよ」
「そうなる前に交代してくれませんかね」
「こんなにも月が紅いから、本気で扇ぐわよ。はい、復唱」
「そんなかっこ悪いお嬢様なんて見たくないですよ……」
「あいつはもとからかっこ悪いのよ」
「ひっでぇ」
「ほらほら、月が紅いわよ。もっと扇ぎなさいな」
「今日は曇りですよ」
「大切なものは見えないものなのよ」
「妹様にはなにが見えたんですか…」
「サン=テグジュペリも扇げと言っているわ」
「でまかせにもほどがある」
「つまり美鈴はわたしの王子様というわけね。星の王子様だけに」
「うまくない」
「ちっ、だめか」
「あー、すずしいですねぇ。きもちいぃ」
「ね、ねぇ。もうそろそろ交代してほしいなー、なんて」
「なにいってんですか。まだ5分もたってませんよ」
「腕がしびれてきたわ」
「私は片腕がダメになりましたよ」
「そんなおおげさな。筋肉痛なだけじゃない」
「一時間続けて扇いでから言ってください」
「……10分じゃだめ?」
「だめです」
「ケチ。優しさというものがないのかしら」
「月も紅いですからね、本気で扇いでください」
「曇りじゃねえか」
「見えないものなんですよ」
「どっかでみたぞこの流れ」
「王子様よろしく扇いでくださいね」
「星の王子様は団扇すらもってねえよ」
「ほら、あれですよ。従者と親睦を深めるんですよ。団扇をきっかけに」
「いやよ」
「つれないですねぇ」
「――――もう、おわりっ。つかれたっ。しゅーりょー」
「もうですかぁ?飽きるの早いんだからまったく」
「思ってたより疲れるのよ、これ」
「だから言ったじゃないですか」
「このままだと疲労でわたしが星になるところだったわ」
「曇っているから見つけれませんね」
「……ずいぶんな皮肉じゃない」
「腕がパンパンになりましたから。筋肉痛はやだなぁ」
「わたしも筋肉痛よ。ちぎって再生した方がはやいかしら」
「エグイこと言わんでください。狂人の発想ですよそれ」
「吸血鬼の利点よ。ねぇ、明日の夜も来てもいい?」
「……もう扇ぎませんからね」
「善は急げだよ。はやく明日にならないかしら」
「ずいぶん独善的ですね……。まぁ、お待ちしてますよ。おしゃべりは楽しいですし」
「でしょう。そうでしょう。親睦を深めに来てあげるね」
「嫌って言ったじゃないですか」
「涼めるならそれもやぶさかではないわ」
「団扇にまけた……」
「つぎは力尽きるまで扇いでね」
「冗談でなく星になりそうですよ、ほんと」
「見つけてあげるから安心して」
「曇りだっていってるじゃないですか」
「ふふっ。それじゃあ、おやすみなさい」
「ええ、また明日。おやすみなさい」