「散歩?」
薄紅色の服を纏う館の主、レミリア・スカーレットは怪訝な表情で顔を上げた。
視線の先にはメイド服を着て、完璧に身なりを整えたメイド長、十六夜咲夜がいる。
「珍しいわね、そんなこと言い出すなんて」
「そうですね」
そう答えてにっこりと微笑み返す咲夜。
吸血鬼は牙を尖らせ、右手の平を相手に見せながら質問を繰り出す。
「何かするの?」
目をつむり、自身の想像と妄想に委ねるようにして口から言葉を漏らすように咲夜は喋る。
「面白いことを」
そう聞いて吸血鬼はにんまりと笑う、楽しいことは大好きだ、メイド長の咲夜が見せるマジックには毎回楽しんできた。
今回もまた何かそう言う仕掛けがあるのだろう。
「いいわ、暇を出しましょう。散歩して来なさい」
自身の一度決めた言葉に後悔は無い、そう態度で示すようにもはや吸血鬼は咲夜に興味を失ったかのように目の前の紅茶とケーキに手をつける。
「それでは」
咲夜が一礼し、主の部屋から出ると同時にその存在は紅魔館の門前へと一瞬に移動した。
「めーりん」
つんつんっと右手の人差指でメイド長は美鈴の頬を優しく押す。
「咲夜さん?」
美鈴は目を閉じたまま、返事をする。
「ちょっと散歩に行ってくるから、よろしくね」
「珍しいですね、散歩に出かけるなんて」
目をゆっくりと開け、美鈴は視界に声の主、十六夜咲夜を捉える。
そこにはいつも通り、メイド服を着て、真っ直ぐ見据えてくる優しい瞳の十六夜咲夜が居た。
「お嬢様にもそう言われたわ」
「散歩は長くなりそうですか?」
「目的が達成すれば、直ぐに帰って来るわ」
「そうですか、その目的」
左手の指を広げ、右手で拳を作り、その両手をガシッと組み合わせ美鈴は咲夜に敬礼を示す。
「ぜひ達成しますよう、祈願してます」
「ありがとう」
そう言って、門を開け、ゆっくりと紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は出かけた。
10分と経たず、もう十六夜咲夜は門前へと帰ってきた。
「あれ?どうしたんです?まさかもう終わったんですか?」
紅美鈴は驚いたと言う風に、しかして時を止めるほど高速に動ける十六夜咲夜にはそれも可能だろうと自身に納得させ、
せっかくの暇なのに、勿体無い、とも思いながら、大きく笑顔を作って十六夜咲夜を迎えた。
それを見て、十六夜咲夜もまた大きく笑顔をつくり、にっこり微笑みながら喋った。
「鞄を忘れたわ」
再び十六夜咲夜は紅魔館を出かける。本日二度目のお出かけだ。
湖を抜け、森を抜け、地形をこねるように、ゆっくりと歩く。
誰かが見たら「空を飛べば早いのに」と言うだろう。
ただ、今日は彼女は空を飛ぶつもりも無ければ、刻を止めるつもりも無かった。
何時だったか人里に買い出しに出た帰り道、ちらっと見かけた妖精が居た。
その妖精は怯えているように見え、寂しそうに見え、丘の上でただひたすらうろうろとしていた。
その姿をどうしても咲夜は忘れられなかった。
ただ単に妖精が気まぐれでそうしているだけかもしれない。
でも、もしまだ丘の上に居たら、声をかけてみよう、そう思った。
落ち着いた足取りで向かった先は、小高い丘、そこには見も知らぬ妖精が居た。
「んっ!」
妖精はどこからか手に入れた小さなクッキー1枚を大事そうに咥えていた。
人間の咲夜に驚いた妖精は慌てて立ち上がり、飛び去ろうとする。
「待ちなさい」
咲夜はそう言って鞄の中に手を入れ、甘いお菓子を取り出した。
「!!」
妖精はそれを見て、口を開けポカーンとしている。
そして物欲しそうに視線をお菓子に集中する。
「食べたい?」
「うん」
「どうぞ」
お菓子を差し出すと、飛びつくように妖精は咲夜の手元からお菓子を奪い取る。
遠慮や失礼と言う考え方は普通の妖精には無い、ただ自分に正直で素直なだけだ。
咲夜は名無しの妖精の横にスカートがめくれないよう丁寧に抑えながら座り、なるべくゆっくりと喋った。
「貴方は一人?」
「うん」
「お腹空いてるの?」
「お腹はいつも空くよ」
「そうね、貴方はここに住んでるの?」
「ううん、住んでは居ない」
「じゃあ、どうしているの?」
「・・・・・?」
妖精は質問の意味が分からないのか、目を上下左右に動かしている。
「貴方さえ良ければ、紅魔館って言うところに来ない?」
妖精は本当に興味が無さそうに、ただ黙々とお菓子を食べながら答える。
「興味無いー」
「お菓子が毎日食べられるわよ」
そう聞いた瞬間、妖精の羽根はピクッと動き、パタパタと軽くはばたいた。
「本当に?」
「本当よ、貴方みたいにお菓子が好きな子もいるわよ」
「でも・・・・」
そう言って名無しの妖精は地面に視線を落とす。
「私だけじゃダメ」
「他にも誰かいるの?」
「お姉ちゃんと一緒じゃなきゃダメ」
名無しの妖精は左手で指差す。
その方向には雷で打たれたのか、縦に裂けている木があった。
もちろん、その木からは何の反応も無いし、周囲には妖精らしき姿は無い。
「あの木が貴方のお姉さん?」
「うん」
「お姉さんのこと好き?」
「大好き」
「そう」
どこかの姉妹を思い出すわね、そう考えると思わず咲夜は微笑んでしまう。
「お姉さんと一緒なら紅魔館に来る?」
「行きたい」
「そう、分かったわ」
鞄の中からありったけのお菓子を取り出し、その全てを名無しの妖精に差し出した。
「わぁ」
「全部あげるわ。また来るから、それまでここから遠いところには行っちゃダメよ?」
「うん。行かない」
「人里にもなるべく行かないようにね」
「人里?」
「分からないならそのままでいいわ」
咲夜は音をほとんど立てずに、すっと静かに立ち上がる。
「また会いましょうね」
「うん、またね」
3日置きほどに咲夜はその名無しの妖精がいる丘に訪れた。
レミリアは何も言わないが、咲夜が何かしてくれるんだろうと心待ちにしている。
美鈴は最初は咲夜のお出かけを嬉しがっていたが、頻繁な外出に、段々と何をしているんだろう、誰かに何か騙されていないか不安になってきた。
方や一方的な期待、方や心配と不安をかけていることに咲夜は気付かず、今日もまた出かけた。
「お姉さんとは最近会った?」
「毎日会ってるよ」
そう言って名無しの妖精は縦に裂けた木に手を振った。
「お姉さんとはどんな話をしているの?」
「色んな話!雨の話とか、風の話とか、葉っぱの話とか」
咲夜は妖精に語りかけ続ける。
それが何かを産むかは分からない。
妖精は気まぐれだ。
ある日を境に突然消えたり、知らない子が増えたり。
でも楽しいことや美味しいことがあれば、相当なことが無い限り消えはしない。
だから、妖精の出会いは貴重とも言える。
いつどこへ行くか分からない我儘な存在だから
この名無しの妖精の一途な想いは、どこか自分と他人を思い出す。
善意の施しをしているつもりは無い。
咲夜はこの妖精と会話することで、どこか気分が落ち着いている自分に気付いた。
いつしか名無しの妖精は眠りこけ、咲夜の膝の上で寝ている。
それを見ながら咲夜はゆっくりと優しく妖精の頭を撫で、優しい風を楽しみ、土の香りを嗅ぎ、葉っぱの擦れる音を聞いた。
「咲夜さん?」
こっそりと後をついてきた美鈴が声をかける。
「美鈴?どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ、何をやっているんです?」
「見ての通りよ」
「どこの妖精さんです?」
「どこでも無いわ」
「そうなんですか」
「紅魔館にね、誘おうと思ったの」
咲夜が語りかけるように喋りだす。
それを見て美鈴は驚いた。
咲夜は聞かれたら答えるが、紅魔館の住人に対して自主的に自分の想いを喋るなんてことはほとんど無い。
彼女はメイド長としての立場を知り、弁えている。
瀟洒なメイド。
「でも、ダメね。私には」
「何がダメなんです?」
「あそこのね」
咲夜がゆっくりと手の平を前に突き出す。
そこには縦に裂けた木が立っていた。
「あの木が?落雷があって裂けたようですね。炭化している部分がありますね」
「そうなの、その木はこの子のお姉さん」
そう言って咲夜は悲しそうに声のトーンを落とす。
それでも膝上で静かに眠る妖精の頭をゆっくりと撫でる手は止めない。
「お姉さんを置いて、どこかへは行きたくないって」
美鈴は木に近寄り、太い幹に触り、根を優しく撫でた。
「この木、まだ根は生きていますね」
「まだ生きてる?そうなの?」
「ええ、上は焼けてますけど根はまだ」
「本当?」
「私は紅魔館の庭師ですよ?」
「そうだったわね、どう?木は持ちそう?」
「うーん、このままだと上部の腐敗部分が良くないことになりそうです。いっそのこと根毛ごと移植しましょう。紅魔館に」
「出来るの?」
「ええ、ちょっと上を切る必要はありますが」
「お姉さんの木を移してもいい?」
咲夜はなるべく優しく声をかけた。
「んっ・・・・」
名無しの妖精は泣きそうな顔、不安気な顔をしている。
ともすれば自分の大事な姉の身体の一部を切り取り、しかも場所さえ変えようと言うのだ。
「それしか無いの?」
「このままだと腐っている部分がお姉さんに良くないのよ」
妖精は不安気に立ったり座ったりを繰り返し、木にそっと触れた後、勇気を出して咲夜に向き合った。
「信じる」
妖精はぎゅっと咲夜のスカートを握る。
「お姉ちゃんを助けて」
スカートを握る小さな手を、上から優しく咲夜は両手で包んだ。
「大丈夫」
「ここに埋めましょう」
三人は紅魔館庭園の一角に居た。
ベストな場所をこしらえたもんだと、美鈴は胸を張る。
「ここならテラスからでも見えるわね」
目を細めて咲夜は美鈴を見た。
名無しの妖精と一緒に、丁寧に造園された場所に根を埋める。
「お姉ちゃん、良かったね」
妖精が微笑み、そう話し掛ける。
美鈴は少し申し訳無さそうに妖精に言う。
「今ちょっと根が弱い状態なので、元気が出るまで少し時間がかかるかもですが・・・」
「ううん、もう大丈夫だよ」
ポンッ
突然、弾けるような音がしたかと想うと、埋めた根っこの近くからは煙と共に見たことがない妖精が湧き出た。
「!?」
美鈴は驚いてその妖精に近付く。
「んー、よく寝たような気がしたー」
その姿を見て、姉の為に一緒に紅魔館へ来た名無しの妖精は大声を上げる。
「お姉ちゃん!」
「あっ!」
姉と呼ばれた方の妖精は一瞬悲しむような怪訝な顔をしたかと思えば、何かに気付いたようで、
一転して満面の笑顔に変わっていた。
二人の妖精は飛び跳ね大声を上げ、回転し、転げ回り、泥だらけになっても気にせず踊っている。
飛び跳ねる妖精を見て、咲夜と美鈴はぼーっと、呆けたようにそれを見ている。
しばらく見続けた後、咲夜から口を開いた。
「美鈴」
「何ですか?咲夜さん」
「頬が緩んでいるわよ、みっともない」
「咲夜さんもですよ」
「こっち見てないでしょう?」
「見て無くても分かりますよ」
「たまには私をしっかり見てから言いなさいよ」
「見なくても、咲夜さんのことは分かりますよ」
痛くならない程度に、咲夜は美鈴の頬を軽く指でぐりぐりと押す。
美鈴もまた、後ろに手を回して咲夜の腋をくすぐろうとした。
「後ろが見えなくてもやるわね、美鈴」
「何だか楽しくなってきましたね、昔こう言うことしませんでしたか?」
その一部始終をテラスからはレミリアが暇そうに見下ろしていた。
「楽しそうねえ」
「咲夜と美鈴?」
咲夜に代わって小悪魔が出す紅茶を飲みながらパチュリーは手元の本から視線を外さない。
「そう、あの二人ね」
「楽しそうならいいじゃない」
パチュリーは特に直接確認するでもなく、咲夜と美鈴の幸福は当たり前であるかのように、その現象を認めている。
「ええ、何にも増して、楽しいこと、日常のなんでもない事は大事で良いことよ」
小悪魔はレミリアの後ろからレミリアが見る先に視線を合わせるように覗き込む。
「何を見ていらっしゃるんです?」
「んー?何を見ているか?そうねえ、咲夜の過去、かしらねえ」
「咲夜さんの・・・?」
小悪魔がテラスから見下ろすと、そこには軽快に楽しく踊る二つの妖精と、
まるで子供のようにお互いがくすぐり合いをしている咲夜と美鈴が居た。
くすぐり合いが一段落し、大いに笑い終えた咲夜は、何気無く、
それは本当に何気無く顔を上げると、テラスにいるレミリアと目が合った。
視線が交わされたことに気付いたレミリアは、良からぬことを企むような顔でにっこりと咲夜に微笑む。
いつからレミリアお嬢様はそこに居たのか、美鈴とのくすぐり合いっこをずっと見られていたのか、全部見られたのか、全部を知られたのか、
一瞬、何が起きているのか分からない咲夜は呆然と立ち尽くし、冷静になれと訴えかける理性と正反対に全身は紅潮し、顔面はスカーレット色に染まる。
その姿を見てクスクスといたずらっ子のようにレミリアは笑うと、誰に聞かせるわけでもなく、囁くようにぼそっと喋った。
「確かに面白いことを見せて貰ったわよ、咲夜」
薄紅色の服を纏う館の主、レミリア・スカーレットは怪訝な表情で顔を上げた。
視線の先にはメイド服を着て、完璧に身なりを整えたメイド長、十六夜咲夜がいる。
「珍しいわね、そんなこと言い出すなんて」
「そうですね」
そう答えてにっこりと微笑み返す咲夜。
吸血鬼は牙を尖らせ、右手の平を相手に見せながら質問を繰り出す。
「何かするの?」
目をつむり、自身の想像と妄想に委ねるようにして口から言葉を漏らすように咲夜は喋る。
「面白いことを」
そう聞いて吸血鬼はにんまりと笑う、楽しいことは大好きだ、メイド長の咲夜が見せるマジックには毎回楽しんできた。
今回もまた何かそう言う仕掛けがあるのだろう。
「いいわ、暇を出しましょう。散歩して来なさい」
自身の一度決めた言葉に後悔は無い、そう態度で示すようにもはや吸血鬼は咲夜に興味を失ったかのように目の前の紅茶とケーキに手をつける。
「それでは」
咲夜が一礼し、主の部屋から出ると同時にその存在は紅魔館の門前へと一瞬に移動した。
「めーりん」
つんつんっと右手の人差指でメイド長は美鈴の頬を優しく押す。
「咲夜さん?」
美鈴は目を閉じたまま、返事をする。
「ちょっと散歩に行ってくるから、よろしくね」
「珍しいですね、散歩に出かけるなんて」
目をゆっくりと開け、美鈴は視界に声の主、十六夜咲夜を捉える。
そこにはいつも通り、メイド服を着て、真っ直ぐ見据えてくる優しい瞳の十六夜咲夜が居た。
「お嬢様にもそう言われたわ」
「散歩は長くなりそうですか?」
「目的が達成すれば、直ぐに帰って来るわ」
「そうですか、その目的」
左手の指を広げ、右手で拳を作り、その両手をガシッと組み合わせ美鈴は咲夜に敬礼を示す。
「ぜひ達成しますよう、祈願してます」
「ありがとう」
そう言って、門を開け、ゆっくりと紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は出かけた。
10分と経たず、もう十六夜咲夜は門前へと帰ってきた。
「あれ?どうしたんです?まさかもう終わったんですか?」
紅美鈴は驚いたと言う風に、しかして時を止めるほど高速に動ける十六夜咲夜にはそれも可能だろうと自身に納得させ、
せっかくの暇なのに、勿体無い、とも思いながら、大きく笑顔を作って十六夜咲夜を迎えた。
それを見て、十六夜咲夜もまた大きく笑顔をつくり、にっこり微笑みながら喋った。
「鞄を忘れたわ」
再び十六夜咲夜は紅魔館を出かける。本日二度目のお出かけだ。
湖を抜け、森を抜け、地形をこねるように、ゆっくりと歩く。
誰かが見たら「空を飛べば早いのに」と言うだろう。
ただ、今日は彼女は空を飛ぶつもりも無ければ、刻を止めるつもりも無かった。
何時だったか人里に買い出しに出た帰り道、ちらっと見かけた妖精が居た。
その妖精は怯えているように見え、寂しそうに見え、丘の上でただひたすらうろうろとしていた。
その姿をどうしても咲夜は忘れられなかった。
ただ単に妖精が気まぐれでそうしているだけかもしれない。
でも、もしまだ丘の上に居たら、声をかけてみよう、そう思った。
落ち着いた足取りで向かった先は、小高い丘、そこには見も知らぬ妖精が居た。
「んっ!」
妖精はどこからか手に入れた小さなクッキー1枚を大事そうに咥えていた。
人間の咲夜に驚いた妖精は慌てて立ち上がり、飛び去ろうとする。
「待ちなさい」
咲夜はそう言って鞄の中に手を入れ、甘いお菓子を取り出した。
「!!」
妖精はそれを見て、口を開けポカーンとしている。
そして物欲しそうに視線をお菓子に集中する。
「食べたい?」
「うん」
「どうぞ」
お菓子を差し出すと、飛びつくように妖精は咲夜の手元からお菓子を奪い取る。
遠慮や失礼と言う考え方は普通の妖精には無い、ただ自分に正直で素直なだけだ。
咲夜は名無しの妖精の横にスカートがめくれないよう丁寧に抑えながら座り、なるべくゆっくりと喋った。
「貴方は一人?」
「うん」
「お腹空いてるの?」
「お腹はいつも空くよ」
「そうね、貴方はここに住んでるの?」
「ううん、住んでは居ない」
「じゃあ、どうしているの?」
「・・・・・?」
妖精は質問の意味が分からないのか、目を上下左右に動かしている。
「貴方さえ良ければ、紅魔館って言うところに来ない?」
妖精は本当に興味が無さそうに、ただ黙々とお菓子を食べながら答える。
「興味無いー」
「お菓子が毎日食べられるわよ」
そう聞いた瞬間、妖精の羽根はピクッと動き、パタパタと軽くはばたいた。
「本当に?」
「本当よ、貴方みたいにお菓子が好きな子もいるわよ」
「でも・・・・」
そう言って名無しの妖精は地面に視線を落とす。
「私だけじゃダメ」
「他にも誰かいるの?」
「お姉ちゃんと一緒じゃなきゃダメ」
名無しの妖精は左手で指差す。
その方向には雷で打たれたのか、縦に裂けている木があった。
もちろん、その木からは何の反応も無いし、周囲には妖精らしき姿は無い。
「あの木が貴方のお姉さん?」
「うん」
「お姉さんのこと好き?」
「大好き」
「そう」
どこかの姉妹を思い出すわね、そう考えると思わず咲夜は微笑んでしまう。
「お姉さんと一緒なら紅魔館に来る?」
「行きたい」
「そう、分かったわ」
鞄の中からありったけのお菓子を取り出し、その全てを名無しの妖精に差し出した。
「わぁ」
「全部あげるわ。また来るから、それまでここから遠いところには行っちゃダメよ?」
「うん。行かない」
「人里にもなるべく行かないようにね」
「人里?」
「分からないならそのままでいいわ」
咲夜は音をほとんど立てずに、すっと静かに立ち上がる。
「また会いましょうね」
「うん、またね」
3日置きほどに咲夜はその名無しの妖精がいる丘に訪れた。
レミリアは何も言わないが、咲夜が何かしてくれるんだろうと心待ちにしている。
美鈴は最初は咲夜のお出かけを嬉しがっていたが、頻繁な外出に、段々と何をしているんだろう、誰かに何か騙されていないか不安になってきた。
方や一方的な期待、方や心配と不安をかけていることに咲夜は気付かず、今日もまた出かけた。
「お姉さんとは最近会った?」
「毎日会ってるよ」
そう言って名無しの妖精は縦に裂けた木に手を振った。
「お姉さんとはどんな話をしているの?」
「色んな話!雨の話とか、風の話とか、葉っぱの話とか」
咲夜は妖精に語りかけ続ける。
それが何かを産むかは分からない。
妖精は気まぐれだ。
ある日を境に突然消えたり、知らない子が増えたり。
でも楽しいことや美味しいことがあれば、相当なことが無い限り消えはしない。
だから、妖精の出会いは貴重とも言える。
いつどこへ行くか分からない我儘な存在だから
この名無しの妖精の一途な想いは、どこか自分と他人を思い出す。
善意の施しをしているつもりは無い。
咲夜はこの妖精と会話することで、どこか気分が落ち着いている自分に気付いた。
いつしか名無しの妖精は眠りこけ、咲夜の膝の上で寝ている。
それを見ながら咲夜はゆっくりと優しく妖精の頭を撫で、優しい風を楽しみ、土の香りを嗅ぎ、葉っぱの擦れる音を聞いた。
「咲夜さん?」
こっそりと後をついてきた美鈴が声をかける。
「美鈴?どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ、何をやっているんです?」
「見ての通りよ」
「どこの妖精さんです?」
「どこでも無いわ」
「そうなんですか」
「紅魔館にね、誘おうと思ったの」
咲夜が語りかけるように喋りだす。
それを見て美鈴は驚いた。
咲夜は聞かれたら答えるが、紅魔館の住人に対して自主的に自分の想いを喋るなんてことはほとんど無い。
彼女はメイド長としての立場を知り、弁えている。
瀟洒なメイド。
「でも、ダメね。私には」
「何がダメなんです?」
「あそこのね」
咲夜がゆっくりと手の平を前に突き出す。
そこには縦に裂けた木が立っていた。
「あの木が?落雷があって裂けたようですね。炭化している部分がありますね」
「そうなの、その木はこの子のお姉さん」
そう言って咲夜は悲しそうに声のトーンを落とす。
それでも膝上で静かに眠る妖精の頭をゆっくりと撫でる手は止めない。
「お姉さんを置いて、どこかへは行きたくないって」
美鈴は木に近寄り、太い幹に触り、根を優しく撫でた。
「この木、まだ根は生きていますね」
「まだ生きてる?そうなの?」
「ええ、上は焼けてますけど根はまだ」
「本当?」
「私は紅魔館の庭師ですよ?」
「そうだったわね、どう?木は持ちそう?」
「うーん、このままだと上部の腐敗部分が良くないことになりそうです。いっそのこと根毛ごと移植しましょう。紅魔館に」
「出来るの?」
「ええ、ちょっと上を切る必要はありますが」
「お姉さんの木を移してもいい?」
咲夜はなるべく優しく声をかけた。
「んっ・・・・」
名無しの妖精は泣きそうな顔、不安気な顔をしている。
ともすれば自分の大事な姉の身体の一部を切り取り、しかも場所さえ変えようと言うのだ。
「それしか無いの?」
「このままだと腐っている部分がお姉さんに良くないのよ」
妖精は不安気に立ったり座ったりを繰り返し、木にそっと触れた後、勇気を出して咲夜に向き合った。
「信じる」
妖精はぎゅっと咲夜のスカートを握る。
「お姉ちゃんを助けて」
スカートを握る小さな手を、上から優しく咲夜は両手で包んだ。
「大丈夫」
「ここに埋めましょう」
三人は紅魔館庭園の一角に居た。
ベストな場所をこしらえたもんだと、美鈴は胸を張る。
「ここならテラスからでも見えるわね」
目を細めて咲夜は美鈴を見た。
名無しの妖精と一緒に、丁寧に造園された場所に根を埋める。
「お姉ちゃん、良かったね」
妖精が微笑み、そう話し掛ける。
美鈴は少し申し訳無さそうに妖精に言う。
「今ちょっと根が弱い状態なので、元気が出るまで少し時間がかかるかもですが・・・」
「ううん、もう大丈夫だよ」
ポンッ
突然、弾けるような音がしたかと想うと、埋めた根っこの近くからは煙と共に見たことがない妖精が湧き出た。
「!?」
美鈴は驚いてその妖精に近付く。
「んー、よく寝たような気がしたー」
その姿を見て、姉の為に一緒に紅魔館へ来た名無しの妖精は大声を上げる。
「お姉ちゃん!」
「あっ!」
姉と呼ばれた方の妖精は一瞬悲しむような怪訝な顔をしたかと思えば、何かに気付いたようで、
一転して満面の笑顔に変わっていた。
二人の妖精は飛び跳ね大声を上げ、回転し、転げ回り、泥だらけになっても気にせず踊っている。
飛び跳ねる妖精を見て、咲夜と美鈴はぼーっと、呆けたようにそれを見ている。
しばらく見続けた後、咲夜から口を開いた。
「美鈴」
「何ですか?咲夜さん」
「頬が緩んでいるわよ、みっともない」
「咲夜さんもですよ」
「こっち見てないでしょう?」
「見て無くても分かりますよ」
「たまには私をしっかり見てから言いなさいよ」
「見なくても、咲夜さんのことは分かりますよ」
痛くならない程度に、咲夜は美鈴の頬を軽く指でぐりぐりと押す。
美鈴もまた、後ろに手を回して咲夜の腋をくすぐろうとした。
「後ろが見えなくてもやるわね、美鈴」
「何だか楽しくなってきましたね、昔こう言うことしませんでしたか?」
その一部始終をテラスからはレミリアが暇そうに見下ろしていた。
「楽しそうねえ」
「咲夜と美鈴?」
咲夜に代わって小悪魔が出す紅茶を飲みながらパチュリーは手元の本から視線を外さない。
「そう、あの二人ね」
「楽しそうならいいじゃない」
パチュリーは特に直接確認するでもなく、咲夜と美鈴の幸福は当たり前であるかのように、その現象を認めている。
「ええ、何にも増して、楽しいこと、日常のなんでもない事は大事で良いことよ」
小悪魔はレミリアの後ろからレミリアが見る先に視線を合わせるように覗き込む。
「何を見ていらっしゃるんです?」
「んー?何を見ているか?そうねえ、咲夜の過去、かしらねえ」
「咲夜さんの・・・?」
小悪魔がテラスから見下ろすと、そこには軽快に楽しく踊る二つの妖精と、
まるで子供のようにお互いがくすぐり合いをしている咲夜と美鈴が居た。
くすぐり合いが一段落し、大いに笑い終えた咲夜は、何気無く、
それは本当に何気無く顔を上げると、テラスにいるレミリアと目が合った。
視線が交わされたことに気付いたレミリアは、良からぬことを企むような顔でにっこりと咲夜に微笑む。
いつからレミリアお嬢様はそこに居たのか、美鈴とのくすぐり合いっこをずっと見られていたのか、全部見られたのか、全部を知られたのか、
一瞬、何が起きているのか分からない咲夜は呆然と立ち尽くし、冷静になれと訴えかける理性と正反対に全身は紅潮し、顔面はスカーレット色に染まる。
その姿を見てクスクスといたずらっ子のようにレミリアは笑うと、誰に聞かせるわけでもなく、囁くようにぼそっと喋った。
「確かに面白いことを見せて貰ったわよ、咲夜」
こ妖精姉妹のよこで、いちゃつく姉妹のようなめーさくも可愛らしかったです。
木の根を移す様子とか、咲夜さんと妖精が打ち解けていく過程をもう少し見たかったかもしれないです。
毒のない、いい紅魔館でした。
はしゃぎまわる少女たちは良いものです
咲夜が妖精に興味を持った理由がもうちょい欲しかったかも
妖精と戯れる咲夜さんの情景が目に浮かぶようでした
妖精の姉への想い。
美鈴の咲夜さんへの想い。
お嬢様の咲夜さんへの眼差し。
全て美味しゅうございました。