暑くなったのか、襦袢の裾から霊夢の足が覗いていた。布団は蹴り出されて、どっかへ吹っ飛んでしまっている。細っこい、すらりとした足で、腿の付け根まで丸出しにしていた。霊夢は私に気付きもしない。寝息を立てて眠りこけていた。
それで、どうだという話でもないのだけど、私は妙な感じになった。
なかなか起きなかったので、帰ろうかなとも思ったけど、足を放り出して眠っていたことについて何かしら言ってやらないと、良くない。黙って帰ると負けたような気分になる。霊夢が起きてくるまでは、長いことかかった。柔らかい暖かい風が吹いていた。近頃は雪もようやく止んで、日に当たっていると熱を感じるようになってきた。季節の変わり目が早い。暖かいと感じると、もうすぐに春が来るような感じだ。私は何度か振り返って、霊夢が起きていないか確かめたけど、無造作に放り出された霊夢の生足を見るだけだった。
日が高くなってくる頃、霊夢はむっくり起き上がってきた。私はちょうどその時、庭先に下りてきた鳥に干した米を放り投げて、つついて食べるのを眺めて遊んでいたから、気付かなかった。霊夢が私の後ろに立っていて、その気配で初めて気付いた。
ぐでっと襦袢の裾がよれていて、霊夢は腰のあたりをぼりぼり掻いた。私が何も言わないでいると、霊夢はのそのそ廊下を歩いて向こうへ行ってしまった。私はまた、鳥に餌をやって遊ぶのを続けた。そのうち、霊夢がお茶を持って戻ってきた。一人分だ。ちゃぶ台に座って、一人ですすった。
私はなんとなく、どう切り出そうか、迷った。『お前、足、丸見えだったぜ』そんな風に言ってやりたかったけど、気恥ずかしくて戸惑った。戸惑ったまま、とりあえず立ち上がり、霊夢の前へ立った。座ったままの霊夢が、私を見上げている。
「……。何。邪魔なんだけど」
「あー……。霊夢、お前さ」
「何よ」
「……いや、いい。なんでもない」
私はやめておくことにした。それで、背中を向けて、霊夢の前から立ち去った。「何よ」と、霊夢は私の背に声をかけた。でも、私は振り返らなかった。
正面の方から、庭先の様子を探ると、霊夢は庭に立っていた。庭に立って、何か上の方を眺めていた。何をしてるんだろう。じっと見ていると、霊夢は箒を逆さまにして、屋根の上を突っついては、爪先立ちになり、より高く伸ばそうとしていたりする。転びそうになって、箒を取り落とし、腰を屈めて拾うところで……視線がかち合った。
「あんたね」と、霊夢はなぜか怒ったように言った。「黙って眺めてないで、こっち来なさいよ」
「いや、面白かったから。霊夢って一人の時は、そんな動きするんだな。何見てたんだ」
あれ、と霊夢は屋根の上を指差した。蛇が屋根の上に乗っていて、それをどうにかしたいらしい。
「中に入って、天井に潜んだりしても嫌でしょう。いきなり落ちてきたら嫌だし」
「飛んで取ればいいんじゃないか?」
「嫌よ。怖いもん。噛まれたらどうするの」
「あれ、毒ないやつだぜ。平気だよ。取ってきてやるぜ」
「いや、いい。あんた、振り回すでしょ。私、怒るからね」
「面倒なやつだ。勝手にしろよ」
私が部屋に上がり込んでお茶を取りに行くと、霊夢はまだ庭先にいて、意地悪、というように私を睨んでいた。知らん顔でお茶を飲んでいたら、霊夢も部屋に上がってきた。
「今度、煙焚くやつ持ってきてやるよ。蛇がいても逃げ出すようなやつ。虫も落ちてくるようなやつ」
「いやよ。部屋に落ちてたら嫌じゃないの。なんかもっといいのを用意して」
「ワガママなやつだ」
「それより、あんた、珍しい格好してるわね」
ああ? と、私は言った。ようやく気付いたのか。とは言わないけど、なかなか言われないのでどうしたもんだか困っていたのだ。今日の装いは、いつもの長スカートとは違っていた。短くて、薄手の、足がよく見えるミニスカートだ。それに合わせて、はだしにサンダルで来ていた。畳に上がった私はもちろん、はだしだ。子供っぽい健康的さの方が勝っているだろうが、それでも、僅かながらのセクシーさが感じられると信じたい。
もちろん、当てつけだ。霊夢のやつ、私によくも足を見せびらかしやがって。……というのも、霊夢にはもちろん見せびらかす気持ちはないんだから、事実無根なことだ。それはともかくとして、私は八つ当たりがしたい気分になって、短いスカートでやってきたのだ。私は立ち上がって、裾を柔らかく持った。座っている霊夢の前に足を放り出して、ちょうど視線の先へ来る位置だ。私も、自分で言うのもなんだが、すべすべで、白くて、柔らかく細い足をしている。それなりに捨てたもんじゃないと思うんだぜ?
「へへ。たまには、いいかなと思ってさ。こんな短いのじゃ、飛んでたら見えるかと思った」
「もう……」
霊夢は恥ずかしがって、座り直した。霊夢も、今日ははだしでいる。外に出かけない時は、楽だからはだしでいることが多い。私は霊夢の足を見た。霊夢も、自分の足を見ていた。視線が気になったのか、私を見て、それで、私が霊夢の足を見ていることが分かってしまった。霊夢は私を見上げていた。私は何だか妙に、勝った気分になった。
霊夢は足をあからさまに隠すようになった。あまりにあからさまだから、こちらが面白くなったくらいだ。ロングスカートを穿き、ずぼんを穿き、ももひきを穿き、と思えば、長靴下を穿いたり、タイツを穿いてみたり、とにかく露出を避けていて、見ていて面白かった。そのことについて、私は話題に出さないようにした。言ってやるよりも、普段と変わらない態度でいる霊夢を見ている方が面白かったのだ。私はというと、相も変わらず足を見せて歩いていた。でも、里へ行ったり、霊夢の他の人や妖怪と会う時には、いつもの格好に着替えてから会っていた。霊夢以外のやつに、足を見せびらかしても、面白くない。
「あのさ」と霊夢は言った。それきりだった。私は『あのさって何だよ』と思ったので、わざと何も言ってやらないようにした。霊夢が私の足から、視線をそらしているのは分かっていた。
こないだのスカートよりももっと短い、股の中ほどしかない長さのスカートだった。床に座るとき、座り方を間違えていれば、見えてしまうだろう。正直に言って、飛んでいる時には見えてしまうのではないかと恥ずかしくて、腰巻きをしないととても飛べなかった。
「あのさ」
「何だよ。さっさと言えよ」
「やりすぎじゃない?」
「何が」
「こないだから、何なの。それ。さっきからさ、時々見えてるんだけど……その、そういう格好するんなら、ちゃんと隠してよ」
かっと顔が熱くなるのが分かった。悟られたかな?でも、悟られてないと思い込むことにした。私はにっと笑ってみせた。霊夢は向こうに顔をそらしていた。
「見えたって、何が」
「だからさ……あんた、何なの。おかしいわ」
「おかしくない。いいじゃないか。私がどんな格好してたって」
ふふん、とあさっての方向を向いて見せた。余裕を見せたつもりだったけど、正直なところそれどころじゃない。霊夢に見られてたなんて、そんなつもりじゃなかったのに。
それはそれだけど、霊夢は恥ずかしがっていて、まるで自爆攻撃を仕掛けたみたいだ。でも、私はやっぱり、勝った気分になった。こんな風に、余裕ぶって、空を見ていると、余計にそんな風に思えてくる。霊夢はたぶんどっかに視線をそらしている。霊夢め。思い知ったか。私を妙な気分にさせやがって。霊夢も妙な気分になればいいんだ……。
それでますます、私はエスカレートした。『いやだ、やめてよ』と言うまでやってやりたかった。それで、『変な気分になるから』と言わせたかった。私の足を見て、妙な気分になるのだと認めさせてやりたかった。自分でも思うけど、何の意地なんだろう?
ともあれ、霊夢が私の身体を見ないようにしているのが、気に障ったのだ。霊夢は私を見ようとはしていない。例えば魔法使いであるとか、私の考え方であるとか、軽口の相手としての魔理沙ではなく、少女の身体をした、少女の肉体を持っているということを思い知らせたかったのだ。
それで、私はエスカレートした自分自身のことを正当化した。
ミニスカートの次はチャイナをやった。それから足の付け根ほどの長さしかないズボンを穿いた。霊夢のやつ、恥ずかしがりながらも飽きてきてるようだったから、考えを改めなくてはならない。私はワンピース水着のような、食い込みのあるハイレグの服を着てきた。こんなもん着て出歩けるかというような服装だ。コートを上に着ないと、とてもじゃないが外には出られない。恥ずかしくて顔から火を噴きそうだ。でも、私がこれほど恥ずかしいのだから、霊夢はもっと恥ずかしがるに違いない。
「霊夢、いるかー?」
コートを脱いで、居間に上がっていった。中には、咲夜とレミリアがいて、紅茶を飲んでいた。三人分の視線が、私に突き刺さった。数秒が経った。一瞬のことのように思えたけど。霊夢は視線をそらし、レミリアは飲みかけた紅茶を吹き出して、咲夜は自然な仕草で給仕を続けた。
火が燃え上がるように恥ずかしさが襲ってきて、腰の少し下が爆発したように熱くなり、反対に頭はさっと冷えた。私は後も見ずに逃亡した。やらかしてしまった恥ずかしさばかりが頭の中に残って、何も考えられなかった。
家まで飛んで帰ってベッドに顔を突っ込むまで、何も考えることができなかった。もう二度とやるもんかと私は思った。
一週間ほどは何も出来なかった。私は今更になって、何をしてたんだろうなと思った。反省した。もうやらないと思った。いつもの格好になっても、足の辺りからめくれたりしないか、不安で仕方なかった。私は蛇避けの煙の吹き出すやつを持って、霊夢のところへ行った。なんて言ったら自然になるか、頭の中で何度も考えた。風が冷たくって、まるで私を責めてるみたいだった。
神社の庭には、霊夢はいなかった。ちょっと、ほっとして、庭に下りた。中にいるかなと中を覗いたら、霊夢は眠っていた。布団を蹴っ飛ばしていて、股が開きっぱなしで、下着が見えていた。
どうしてやろうか。私は着物の裾を掴んで、思いっきり引っ張り上げた。腰紐で引っかかって、それでも思いっきり力を込めて引っ張り上げると、霊夢の手が服から抜けて、腰紐もほどけて、着物と霊夢は分離した。霊夢は下着姿になって、布団の上に転がった。
「な、何よ。何してるのよ、あんた」
寝起きで奇襲を受けた霊夢は慌てて、手でそこらを探り、掛け布団を拾って身体を隠した。
「あんた、何、魔理沙? あんた、こないだから変よ!なんてことするの」
「あっははは! お前、寝てる時バカみたいな格好だったぞ。下着、丸見えにしてさ」
「嘘! 隠してよ。というか、それって脱がしたのとは関係ないでしょ」
はは、と、私は、笑ってごまかした。上がり込んで、お茶を取りに行くと、霊夢も服を着替えて帰ってきた。
「霊夢、こないだ言ってた、蛇避けの煙。持ってきたぞ」
「あら。ありがと。こないだから蛇は出てないけどね」
それで? それからは、特にない。いつもの通りだった。私の妙な服装のことは話題にも上らなかったし、それっきり、妙な格好をすることもなかった。でもまあ、またすることもあるかもな。人生は分からないものだし。
こっちまで変な気分に・・・
少女の綺麗なところがよく伝わるお話でした。素敵です。文句なしに満点。
ばかだこの魔理沙www
それでも変わらない日常を語られる雰囲気とその読み終わりが素敵でした
大人と子供の間で揺れる女の子たちが可愛らしかったです