Coolier - 新生・東方創想話

子供の頃、どんな栄養とってました?

2017/01/22 21:35:45
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『子供の頃、どんな栄養とってました?』

 私はふむと頷いてから紅茶に口をつけた。
 小説の原稿に筆が乗らず、仕方なしに地上の新聞を広げてみるとそんな見出しが目に入ってきた。

「『質問妖怪あらわる』……ですか」

 新聞によると、人里で最近『質問妖怪』が出没するのだという。
 その妖怪は不意に後ろに現れて、上記の様な質問をして答えると満足そうに消えていく。
 答えに詰まっていると、『また今度聞きに来るね』と言って消えてしまう。
 実害は無く、見た目も可愛い少女のため何も危険性は無いようだが、里ではちょっとした異変として噂が飛び交っている。

 新聞の記事の大きさからして、大した事件では無いようだが、中でも珍妙なこの記事は私の興味を大変惹いた。
 しばらくじっと新聞とにらめっこをしていると、部屋の外から聞き慣れた心の声が聞こえてきた。

「さとり様、戻りました。入っていいですか」
「ああお燐、お疲れ様。どうぞ」
「さとり様も休憩中ですか? 外は寒かったです。紅茶でも淹れましょうか」
「いえ、そろそろ貴方の仕事が終わると思ってお茶は淹れておきました。
 ちょうどぬるくなっていると思いますよ。チョコチップクッキーもあるのでよかったら」
「ありがとうございます!」

 お燐は机を挟んで対面に座ると、にこにこ笑顔で紅茶を舐め始めた。

「そういえば」
「なんです?」

 お燐の分の紅茶を入れたところでふと。
 先程の新聞の見出しの話ではないけれど、私はお燐やおくうのような長く生きているペットの子供の頃の事を知らない。
 別に興味が無いわけではないけれど、ここ(地底)に居るくらいだから
 聞かれたくないこともあるだろうし、あえてトラウマをほじくらなくても良いだろうと
 過去に決めていたのが原因かもしれない。

「私はお燐やおくうの子供の頃の事を知らないなと思いまして。こういう新聞の記事があったのですよ」
「『子供の頃どんな栄養とってましたか?』、ですか。プチダノンのCMみたいですね。変なの」

 お燐はクッキーをぱりりとやりながらもにゃもにゃと答えた。確かに妙な妖怪もいたものだ。
 元来の妖怪であれば、質問したならその回答によって血を抜いたり殺したりと、人間を脅かすための質問をするものだ。
 しかしこの妖怪は何もしない。人間が答えに困っても襲ったりはしない。

「地上の妖怪も暇ですねえ」

 クッキーを二枚重ねでばりばりやっているお燐の心は
 「暇ならあたいの手伝いでもしてほしいよ。猫の手も借りたい」などと考えていたので、思わずくすりと笑いが漏れてしまった。
 お燐もその様子に気づいたのか、恥ずかしそうに紅茶を流し込んでいた。
 この子は心の中もだいぶん賑やかで、面白い。
 ……そうだ、賑やかと言えば。

「ところでお燐、最近ペットが増えたりとか聞いていませんか?
 妙に最近、屋敷の心の声の聞こえが普段より多い気がしまして」
「えーと? あたいは何も聞いていませんよ」
「そうですか、気の所為でしたか」
「そうださとり様、私からも聞きたいのですが……最近つまみ食いなんてしてませんよね? 
 冷蔵庫の食物の減りが少し早い気がしまして」
「いえ、私ではありません。私が少食なのはお燐も知っているでしょう」
「少食なのも偏食なのも偏屈なのも存じております」
「こら」
「にゃはは、すみません、うたぐってるわけじゃないんですよ。
 だとしたらおくうのやつかな。ちょっと聞いてきますね」

 お燐は紅茶をぐびりとやって、部屋を後にした。
 怨霊管理におだいどこ番、ペットの管理も任せてしまっているので、お燐は忙しい。
 申し訳ないなという気持ちもあるけれど、彼女は「忙しい忙しい」と言いながら
 ぱたぱた足としっぽを目まぐるしく動かして楽しそうに働くので、性に合っているのだと思う。
 心が読める私ならではのペットとの接し方だ。
 さて、可愛いペットと接したらだいぶん気が楽になった。
 私は気合を入れて、原稿に取り掛かることにした。
 


◆◇◆◇◆◇◆◇



『子供の頃、どんな絵本を読んでました?』

 私はふむと頷いてから紅茶に口をつけた。
 例のごとく小説の原稿に筆が乗らず、仕方なしに地上の新聞を広げてみるとそんな見出しが目に入ってきた。
 これ知ってる。前回と同じやつだ。
 今度は絵本、相変わらずの変な妖怪っぷりだ。
 
 絵本、絵本か。
 私は新聞を閉じ、目をつむって思いを馳せた。
 絵本は好きだ。やわからさと和やかさを併せたタッチで描かれる優しい絵。
 悪意が一切感じられない優しい文章。
 いつもいつでも幸せでさわやかなハッピーエンド。
 私はそんな絵本が大好きだ。
 だが思えば、絵本なんて最近久しく読んでない。
 子供の頃は大好きで、よく妹と一緒に毎日のように読んだのだけれど。
 成長するにつれて妹は絵本離れし、私はいつまでも可愛らしい絵の絵本が好きであった。
 そうだな、気分転換にちょうどいいだろう。
 私は書庫からお気に入りの絵本を数冊持ってきて机に広げてみた。

「懐かしいですね、『はじめてのだんまく』『こがさんのかさ』『もちもちのえいき』。どれも何回も読みましたね」
「さとり様ーいまちょっといいですかああ忘れてたこんこんわあ絵本ですね見ていいですか見ますね!」
 
 流れるように主人の部屋に入ってきたおくうは私が机に広げた本を勝手に読み始めた。
 あまりに流れるような流れだったので私は一瞬あわあわとしたが、主人の威厳を保つためこほんと咳払いをして
 怖い顔を作った。

「こらおくう、ノックは入る前にしなさい。あと私の返事を待つように」
「はーい。……どうしたのですかさとり様。
 部屋にこもりきりすぎておしりに張ってしまった根が変な所に入ってしまったような顔をして」
「どんな顔ですかそれは」

 おくうは全く、返事だけはいいものだから困る。
 ふと気づくと私の膝の上に座りナチュラル読み聞かせスタイルに入っている。
 ちゃっかりしているけど許せるのはおくうの魅力か。

「読み聞かせしてほしいのですか、おくう」
「です」
「貴方は絵本が好きですねえ。おくうがここに来た頃は、毎日読み聞かせしてましたもんね。
 それで今日は何を読みますか?」
「あれ、あれはないですか? さとり様の一番のお気に入りのやつです」
 
 ……そういえば、私が一番好きな『もけらもけら』の絵本がない。
 あれはどこにやったか。たまに読みたくなるものだから、どこかで読んで違う場所にでも置いてしまったのか。
 そういえばさっき書庫を漁ったときにも見当たらなかった。もしそのタイトルを見つければ、真っ先に手に取ると思うのだが……

「おくう、あれは何処かに置き忘れてしまったので、絵本はこの中から選んで下さい」
「仕方ないですねえ」

 生意気なおくうはいつも通り。
 私は気分転換に読み聞かせを始めた。
 読んでいる途中でうつらうつらしたおくうを部屋に運んであげて一息つくのもいつも通り。
 体は大きくなっても、いつまでも手のかかる子供のようだ。
 しかし、鳥頭のおくうが私の一番好きな絵本を覚えているなんて。
 なんだかとても嬉しい気分になってしまった。
 人型になりたての頃は、まだ精神が子供だったおくう。
 彼女を育てたのは間違いなく、私と、他のペットと、これらの絵本だろう。
 私は絵本をまとめ、慎重に書庫に戻しておいた。
 またいつかの時までゆっくりと休んでくださいと、慎重に本を並べた。
 さて、可愛いペットと接したらだいぶん気が楽になった。
 私は気合を入れて、原稿に取り掛かることにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『子供の頃、どんな遊びをしてました?』
 
 私はふむと頷いてから紅茶に口をつけた。
 相も変わらず小説の原稿に筆が乗らず、仕方なしに地上の新聞を広げてみるとそんな見出しが目に入ってきた。
 また例のあいつの記事だ。
 記事を読んでみたが、相も変わらずこの質問妖怪は里に現れては質問をし、姿を消しては質問しているのだという。
 手口は変わらないが、質問は変わっている。
 むむむと首を捻っていると、二人分の心の声が聞こえてきた。
 片方はお燐の声、もう片方は……ああ、分かった。
 この真っ直ぐで角ばっていてやかましいほどに感じる心の声は総じて性格と種族に由来しているのが専らだ。
 こほんと咳払いをして背筋を伸ばした。

「さとり様、お客様です」
「どうぞ」
「忙しい所すまない」
「いらっしゃい。お燐、お客様に熱い紅茶を」
「気遣い痛み入る。だけどこの暑い中熱い紅茶ってお前な」
「冷たい麦茶を持ってきますので」

 全く、ペットの方が気遣いの心を持っている。相変わらず性格が悪い。
 と、心のセリフを吐きながら一字一句同じセリフを口でも吐くのは鬼の頭領、星熊勇儀。
 鬼にとってこの地霊殿は暑いであろう。
 なぜなら彼女は力の勇儀。エネルギーの塊だ。
 私のように華奢で可愛い覚ならまだしも、鬼の元気さはこの地霊殿には手に余る。

「さて、何の用ですか? 今月の定期報告は終わったはずです」
「心を読めるくせにわざとらしい。そういうところは本当に嫌いだ。
 ほら、提出忘れの守矢神社からの報告書。間欠泉地下センターの。それじゃあ私はこれで」
「まあまあ、貴方も気分転換に来たのでしょう。でしたら好都合。
 こちらも気分転換をしたかったのです。お燐、お茶と一緒にカステラも出して下さい」
「いいのです?」
「いいのです。大切なお客様ですから」

 お燐の「いいのです?」の続きには「とっときのものなのに」という言葉が隠されていた。
 そして、「大切な」のところで一瞬だけ頭領の体がぴくりと揺れた。隠せない所は鬼らしい。私は好きだ。
 強く太く憧れの対象である鬼の大将がその時見せる恥ずかしそうないじらしい顔
 これを見るために私の「とっとき」は存在するのだ。

「お茶とカステラです。大将、牛乳の方が良かったですか」
「ありがとう。お茶が良い。おかまいなく」
「ありがとうお燐。下がっていいですよ。後は私が」

 お燐を退散させて頭領と対面に座る。
 カステラを一気に咀嚼、嚥下し麦茶をぐびぐびとやっている。

「お酒の方が良かったですか?」
「饗してもらっているのにそんな事は言わない。美味い菓子だ」

 カステラを一息に飲み込み、頭領は鼻から息を吹き出した。
 おかわりは? 尋ねると手だけでいらないと返事をした。

「ところで頭領、世間話でもいかがです?」

 世間話の導入でそんなセリフを吐くやつが居るか、と心の声で返された。

「最近、こんな妖怪が地上で居るのですよ。質問妖怪。ああ、この妖怪の詳細はべつにいいのです。
 ただ、頭領は子供の頃、どんな遊びをしたのかなと気になっただけなので」
 
 頭領は私の暇つぶしの質問に、しばらく頭を働かせ過去の記憶を掘り返しているようだった。
 真面目で彼女らしい。
 彼女はわざとらしい私が嫌いだと言った。
 だが私は鬼らしい彼女を大変魅力的だと感じる。
 
「相撲をしてたな」
「貴方らしいですね」

 馬鹿にしてるのか? と言いたげな顔で(心中では言っていたが)頭領は顎で私を指した。
 私にも言えという事だろう。

「私はそうですね。妹と二人で、おえかきや折り紙、あとは本を読んだりしてましたね」
「なるほど納得。華奢はさとりの種族柄だと思っていたが、昔から引き篭もっていたんだな」
「そもそも生まれた時から嫌われていましたから。石を投げられると堪らないのであまり外に出なかったんですよ」

 皮肉を皮肉で返してやる。
 しかし、頭領は私の方の皮肉には気付かず、しまったという顔をしていた。
 私は気を使って「謝る必要は無いですよ」と言ってやった。
 その顔は一気に眉間にシワが寄る。

「可愛くないやつ」
「ええ、貴方よりは」

 ふん、と息を吐いて頭領は椅子を引いた。
 いい気分転換になった。やはり可愛い少女(鬼)をからかうのはさとりの特権と言える。

「ああそうだ」
「はい?」
「これ、渡しといてくれ」

 思考のはざまから出てきたセリフと共に出されたものは
 数輪の花で出来たコサージであった。

「……これは?」
「一応、祝いの品だ。もし気に入らなかったら捨ててくれ。代わりのものを持ってくるから」
「祝われることが何か、ありましたっけ?」
「家族が増えたのだろう。聞いてるぞ。それじゃあ」
「ちょっと」

 自身に似合わない代物をあげた、という照れくささからだろうか。
 頭領は私の制止をふりきるように、足早に去ってしまった。
 残されたコサージを見やる。
 少なくとも、地底で咲く茶色や黄土色の花ではない。
 雅やかな紫と淡いピンク、鬼の彼女が恥ずかしがるのも無理はない。
 素直に可愛く魅力的な一品だ。
 それにしても、お祝い、か。

 今日は可愛いペットではなく、可愛い鬼と接したせいで
 原稿に力が入らず、別の事でむむむと悩むことになってしまった。
 


◆◇◆◇◆◇◆◇



『子供の頃、どんな愛を受けてました?』

 私はふむと頷いてから紅茶に口をつけた。
 やっぱり小説の原稿に筆が乗らず、仕方なしに地上の新聞を広げてみるとそんな見出しが目に入ってきた。
 今度も質問妖怪の記事もかなり小さく書かれている。
 記者自体もそんなに興味が無いのか、記事後のコラムも数行で終わっている。

「これは確かに、むつかしいですね」

 原稿の進み具合についてもそうだが、新聞のこの記事についてもだ。
 愛を言葉で説明するなど、しかも神出鬼没の『質問妖怪』に聞かれたとなると
 直ぐに答えられるものは少ないだろう。
 それはもちろん、私を除いての話だが。
 
 紅茶と茶請けの準備をしていると
 滅多なことがならない限り鳴らないはずの私のアイフォンセブンが鳴った。
 私は無視して準備を続ける。
 この電話は出るまでもない。
 出てきそうな涙を抑え、私は大きく息を吸った。

「さて。準備はできました」
「電話が鳴ってるよー」
「そんなことしなくても、紅茶は二人分用意していますよ」
「あれ、本当に?」
「私を誰だと思ってるのですか?」
「地底の変態偏屈レズビアン少女趣味妖怪だっけ?」
「いいえ、地底一可愛い妹を持つ地底一セクシーでエロティックでエキゾチックなお姉さんですよ」
「ぶぶー、それは間違いです。なぜなら私は世界一可愛いから」
「いいからこちらに来なさいこいし。……今は質問妖怪さんと呼んだほうが?」
「今は『おかあさん』がいいかも」
「なるほど」

 こいしはふわりと浮いて私の対面に座ると
 両手に持っていたメモ帳と鉛筆を机に置いて紅茶に手を伸ばした。

「じっくり聞かせてもらうよ」
「ええもちろん」

 私は愛についての説明をすべく、紅茶で唇を湿らせた。
 なぜならこいし、もとい質問妖怪、もとい『おかあさん』は困っているようだから。

 私は先日鬼が来たときから質問妖怪について考える必要があった。
 質問妖怪の活動と最近の地霊殿の様子に関係性があるのではないかと思ったからだ。

「ではまずその前に。その子はどこに居るの?」
「私のベッドで寝てる」
「こいしのベッドで寝るなんて。私でも数回しか無いのに」
「一回も許した覚えはないのだけど。さっきの妖怪評は間違いだったかな。
 正確には変態偏屈レズビアン少女趣味シスコン妖怪」
「ご飯はちゃんと食べていますか?」
「もちろん。お燐は優秀だね。栄養とか考えてちゃんと冷蔵庫に入れといてくれるんだもん。
 準備しやすかった」

 こいしは最近ペットを飼い始めた。
 まだ見たことはないけれど、きっと生まれて間もない妖獣か何かだろう。
 その事から、最近の地霊殿の心の声のやかましさは気のせいではなかった事がわかる。
 生まれたばかりの多感なペット、心が成長していく度にうるさくなっていくのは仕方がないことだ。
 冷蔵庫の食料の減りも、普段家にいないこいしとそのペットの分だけ余計に減っていったのだろう。

「もう文字や言葉は覚えましたか?」
「ちょっとずつ。絵本だけじゃ足りないかなあ」
「そうですね、色んな本を読んであげたり、あとは色んな妖怪と会話するのも大事です。
 幸い、ここは心の優しいペットが多いのでとてもいい環境かと」
「そかそか。めもめも」

 『もけらもけら』だけでは変な子に育ってしまう。
 折角生を受けたのだから、色んな種類の本を読み色んな妖怪と関わって
 立派に成長してもらいたいものだ。
 それこそ、お燐やおくうのように。

「最近はどんな遊びをしているのですか?」
「部屋の中ではお絵かきとかかなー 外に出たら一緒にかけっこ」
「かけっこですか。良いですね。私も今度久しぶりに」
「筋肉痛で一週間くらい動けなくなるんじゃない?」
「……否定できませんね」

 精神を豊かに、身体はたくましく。
 どんな妖怪であろうとそれは基本的なこと。
 先ほどと同じく、ここには遊んでほしい妖怪がたくさんいる。
 遊び先に困ることはきっとないだろう。

「そういえば、なぜ頭領に相談したのですか? 私や、お燐やおくうよりも先に」
「鬼って経験豊富そうだし。あと、昔から人間とも関わりあるから詳しいかなって」
「なるほど。……そんな鬼からプレゼントですよ。可愛いコサージです」
「いいセンス。お姉ちゃんとは大違い。今度お礼に行かなくちゃ」
「……まあ良いです。
 私は、貴方の事を褒めてあげたいのです」
「ふうん?」

 覚妖怪に決定的に足りないもの、それは愛だ。
 それはもちろん、愛を受けた経験が無いから。経験不足なのだ。
 だってそうだろう、嫌われ者が集う地底の中でも嫌われるほどの覚はどこから愛を受ける?
 
「貴方はそのペットを、色んな人間、色んな妖怪に聞いて立派なペットにしようとしています」
「お姉ちゃんのペットばっかり優秀で悔しいんだもん」
「でも、それだけでは無いでしょう」

 私は新聞をこいしの前に広げた。

「貴方は愛を求めた。お姉ちゃんは涙が出そうになるくらい嬉しいですよ」
「大げさだよ」
「優秀なペットがほしいだけなら、ただ自分の都合の良いように育てればいい。
 でも、それをせずに愛を与えようとしたことが、お姉ちゃんは本当に嬉しいの」
「……気まぐれだし」
「それでも、です。ですから私は愛について、貴方にお話します」

 本来、覚妖怪が受け取れるはずのない愛。
 しかしその中で、例外中の例外の覚妖怪が住むのがここ地霊殿だ。
 ここには覚を求めてくれるペットがいる。
 嫌われ者を頼ってくるペットがいる。
 私はペットに愛を貰っている。
 覚妖怪が受けるはずのない愛を受けている。
 だから私はこいしに愛を語れる。
 愛とはどういうものなのか。
 きっと、覚妖怪の中でも私だけが理解している、無償の愛。

「こいし、これからも質問を続けてね。
 里の人間、経験豊富な鬼、そしてお姉ちゃんに。聞けば聞くほど、貴方のペットのためになる。
 そして貴方のためになる」
「……うん、わかった。これからも質問する」
「でも、愛だけは私のものです。人間にも鬼にも説明できない、覚妖怪の愛。
 こいし、ちゃんと私に聞いてくれてありがとう」
「……いいから、もう。話してよ」

 恥ずかしがって膨れるこいしがたまらなく愛おしい。
 私はこいしを膝に乗せて、一晩中語った。
 ペットから愛を求められたこと。
 ペットへ愛を与えたこと。
 そして、世界一可愛い妹からいつも愛を貰っていることも。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 説明するまでもなく小説の原稿に筆が乗らず、机に突っ伏した。
 紅茶を入れる気力もない。

 あの後、こいしに一晩中愛について話をした。
 あまりに熱弁しすぎてこいしが若干引いていたのは置いといて、なんとなく理解してくれたようだった。
 お燐もこいしのペットにご飯を作ってあげていると話に聞いた。
 おくうはよく一緒に遊ぶようだ。
 こいしは色んな人、妖怪を頼り立派にペットを育てている。

 私は一度だけ、こいしのベッドの上で遊んでいるペットを見かけたことがあった。
 まだ人型ではなかったが、こいしの世話のおかげか心身ともに問題なさそうに育っていた。
 こいしのペット子育てはとても順調のようだ。

「それでもこっちは順調じゃない……」

 原稿はちっとも進んでいない。
 もうすぐコンペの〆切だ。
 それでいい結果が出せれば本になり地上の貸本屋などに並べられる上にお金までもらえるのに。
 頭をかきむしっていた所、お燐がコーラと鈴カステラを持ってきてくれた。

「さとり様、煮詰めすぎは良くないですよ。一度気分転換をしてみては」
「最近気分転換しすぎな気もしますが…… お燐の言うとおりですね。今日の新聞はありますか?」
「引き出しに入れておきましたよ」
 
 鈴カステラをもさもさとやりながら新聞を眺めてみる。
 一面は『紅魔館大爆発』の文字が。
 心底どうでも良い。少し前の二次創作じゃないんだから、こんなこと記事にしなくていいのに。
 紅茶を飲んで、心の中の文句と共に一気に吐き出した。
 はあ、文句を垂れている暇はない。
 原稿を進めなくては。
 辛くても諦めない。
 こいしもペット子育てを頑張っているのだから、こっちも頑張ろう。
 私は決して逃げ出さない。
 こいしが逃げずにペットを育てているように、私も逃げない。
 それが妹の手本になる姉というものだろう。
 さて、と気合を入れると、私のほとんど鳴らないはずのアイフォンセブンが鳴りはじめた。
 私は電話を出ずに、後ろも振り向かずに言葉を投げた。

「こいし、私の後ろにいるのですか?」
「もう、電話出てよう」
「出ても出なくても後ろに居るじゃない。それで用はなんですか?」
「お姉ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「良いですよ。あ、手は動かしたままでいいですか。少し切羽詰まっていまして」
「うん……それでもいい」

 こいしは珍しくもじもじと、少し顔を赤らめながら私の前に座った。
 また例のペットの育て方についての質問だろうか。
 私は新聞を閉じ、万年筆を持った。

 ……のだが、少し見えてしまった。
 新聞の片隅。
 また例の質問妖怪の記事。
 その見出し。

「あのね。ちょっとあのペットの育て方で聞きたいんだけど」
「え、ええ」
「最近結構大きくなってきてね、心も身体も立派になってきているの。
 少し私に反抗するようにもなってきたし」
「はあ……」
「それで、そろそろかなーと思って」
「ふ、ふうん」
「里の人間とか、鬼とか、橋姫とかあとは巫女とか魔法使いとか色んな人に聞いたんだけど
 ちょっとまだわからない事があって」
「そうなんですねえ……」
「やっぱ頼りになるのはお姉ちゃんかなあって思って」
「……」
「あの、聞きたいんだけど!」
「あ、あ、用事が有るんだった。そうだ、用事。用事を思い出しました。
 こいし、私は急用がたった今出来たのでちょっと失礼。晩ごはんは要りません」
「え?! ちょっと待ってよ!」
「追いかけてこないで下さい!」

 私は逃げる。
 こいしからも、原稿からも。
 だ、だって、仕方ないじゃない、恥ずかしい!
 私だって手に余る、その質問。
 何年ぶりかの妹とのかけっこが始まった。
 私は逃げる。こいしは追う。
 愛する妹のためならば、力になってあげるのは当たり前だけど
 こういうのは苦手なんです。勘弁して下さい。
 許してくれませんか、質問妖怪さん。

 新聞の見出しはこう記されていた。











『子供の頃、どんな性教育を受けてました?』
















ばかみたいなお話を書きたいなあと思ってパソコンをかたかたしてたら
こんな形になりました
少し違うかなあと思いましたが、結果的にはペットばかの姉妹です。
結果オーライ?

ここまでお読みいただきありがとうございます。
それではまた、次の作品で。今年もよろしくねん。

2017/02/06 5:13 誤字をなおしました! ありがとうございましたねん。 (悟り→覚)
ばかのひ
http://atainchi.com/
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コメント



0.700簡易評価
1.90名前が図書程度の能力削除
とってもばかみたいで、しかし質問妖怪の正体が分かったところで凄く愉快でした。
要所要所に筆が走っている感じが滲んでいて、テンポを感じます。
果たしてペットはいったいなんなのでしょな。
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白く雰囲気も良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったー。
ちょくちょく入るぼけがツボに来る。
8.100ペンギン削除
イイハナシダッタノニナー
落ちも秀逸で面白かったです
9.100柊屋削除
テンポが良く、サクッと読めました。
面白かったです!
10.100名前が無い程度の能力削除
どんな栄養とってました?、ってのがなんか聞きたいことはわかるんだけど上手い聞き方がわかんなくてとりあえず聞きましたって感じでぶきっちょ可愛い
12.90四覚を失う程度の能力削除
テンポも良く、予想のできそうなオチではあったもののしっかりまとめられていて見ていて微笑ましくなりました

その分、悟り→覚の誤字が残念でした
14.100Qneng削除
ほのぼほとした地霊殿メンバーの日常のような非日常を語られた面白い作品でした。
どのキャラクターも可愛く、そして魅力的に描かれていて愛を感じます
15.100南条削除
面白かったです
お姉ちゃんぶってても肝心なことに疎いお姉ちゃんが可愛らしかったです
新聞の記事はこいしのことだろうということはすぐに予想できましたが、それがペットのためだったという所が予想外で特に面白かったです
愛は語れるけど性は語れないのがおねえちゃん
16.100大根屋削除
ぱたぱたとさとりたちの足音が聞こえてきそうな素敵なお話でした
こういう風に物語が出来ていくのですね……
17.100久々削除
日常とちょっと非日常が混ざり合った和みのある会話劇が素敵ですねえ。
一向に進まない原稿がいい味出してます。
19.90詠み人知らず削除
いや~気持ちのいい作品でした!文体のリズム感といい語感といい。しかし他の質問された人はどんなリアクションしたんだろう?博麗の霊夢さんあたりは面白い回答しそうですね。続編お待ちしています。
21.90名前が無い程度の能力削除
はじめてペットを飼う女の子って感じで、かわいらしかったです。
27.80怠惰流波削除
質問妖怪の正体とは一体…と考えていたら、なんのことはない、おかあさんになりたてが、いろんな人に相談をしているだけだったんですねぇ。二人で追いかけっこしながらのモノローグが、自然とアニメーションで浮かんで来ました
29.100おちんこちんちん太郎削除
お姉ちゃんはアイフォンセブンを持っているのですね。
生意気です。
31.100ルカ削除
流石は11点おねえちゃんですね、自画自賛が…
32.90アックマン削除
下らないけど笑えました