Coolier - 新生・東方創想話

有閑少女隊その18 突撃! となりの晩ご飯!

2016/12/12 20:02:35
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「お金を取られた おっかねー」

「きゃはははー」

「ちゃんと野菜を 食べやさい」

「きゃははははーっ」

「ニジマス 食べマス いただきマス」

「きゃはっ くっ くるし~」

 ここは守矢神社の客間。
 主神である八坂神奈子が初参詣の少名針妙丸に向かって得意の駄洒落を連発している。

 しがらみから解放された針妙丸は博麗霊夢の庇護の元、第二の人生を謳歌している。
 それまでの生活の中でくだらない駄洒落を言うモノなど皆無だった。故に耐性が全く無く、どんなネタにも過剰に反応してしまうのが困った事だったが。 

「白鳥がくしゃみした ハクチョーン」

「きゃっ きゃはははははっ」

 眉間に盛大なシワを作っているのは保護者である博麗霊夢。霧雨魔理沙は苦笑いを浮かべている。

 いつも博麗神社でご馳走(?)になっている早苗は霊夢と魔理沙そして針妙丸を守矢神社に招いたのだ。
 主神の神奈子が『もてなしは任せておきなさい』と請け負ってくれたのは心強かったのだが、挨拶代わりの駄洒落『朝食をこぼしちゃって チョーショックだったわ』にただ一人腹を抱えて笑い出した針妙丸を部屋の隅に連れ去り、それから延々とネタを披露している。こんな偏った【おもてなし】もないもんだ。

「お待たせいたしました。こちらのお菓子召し上がって下さい」

 東風谷早苗が両手に抱えてきたのは旧地獄の某エロ鬼が持っている杯ほどの径(さしわたし)がある大きな陶器製の深皿だった。
 中には様々な形の煎餅、色とりどりの干菓子や揚げ菓子がぎっしり詰まっている。
 
『ごっとん』と置かれた重量感のある菓子皿に二人は肝を抜かれた。

「多(おお)っ!」×2

「少しお待ちください」

 そう言って座を外した早苗はもう一つ深皿を持ってきた。『ごととんっ』

「魔理沙さんの分はこちらです」

「これっ、一人分なのっ?」×2

「羊羹とお団子は後で持ってきますね」

「まだあんのっ?」×2

 爆食巫女のホームグランドのオヤツ。超弩級のインパクトだった。

「こんだけあったら私、一週間は食いつなげるわよ」

「ある程度は予想してたけど……ハンパないぜ」

「いやですねー。毎日こんなに食べてるわけないじゃないですか。お客様用に奮発したんですよ?」

「それはお気遣いいただき恐縮だぜ」

「食べきれない分は持って帰って良いのよね?」

「おい、みみっちいこと言うなよっ」

「今日は快勝だよーーん」

 守矢神社のもう一柱、曳矢諏訪子が客間にやってきた。なにやら機嫌が良い。

「おじゃましてるわよ」

「おじゃましてるぜ」

「はいはい良く来たね。ゆっくりしていっておくれな」

「どしたんだ。ニコニコして」

「うふへへー、三連勝したからねー」

 だらしなく口元を緩める土着神の頂点。

「ネズ―――ナズーリン、さんですね?」

「そうだよ」

 命蓮寺のネズミ妖怪はふらりとやって来ては諏訪子と碁を打っていく。
 神社の敷地にある離れの座敷でぺちりぺちりと。
 腕前はほぼ互角のようだがこの数年間の通算成績はナズーリンがやや優勢らしい。

「今月だけなら五勝四敗だよ。へははは」

 普段は何を考えているか全く読めず、超然としていてある意味とても神様っぽい神様が本当に嬉しそうにしている。

「ナズーリンが来てたのか」

「あんたたち、囲碁を打つの?」

「まーね、ヘボ碁だけどねー」

「ヘボ碁って……ナズーリンがその手のモノが下手とは思いにくいけどな」 

「そうね。囲碁とか将棋とかとっても強そうだわ」

 魔理沙と霊夢はナズーリンの知謀をそれなりに評価している。ルールが明確で不確定要素のない盤上のゲームであればあの頭脳を出し抜くことは神でも一苦労するはずだと。
 そのナズーリンと五分に渡り合っている洩矢諏訪子を見ながらこれまでの認識を少し改めるレイ&マリ。
 土着神の総元締め 大地と地脈、そこに住む生物を取り込んだ土着神の力は強大だ。単なる妖力の大きさだけでは比較できなくなるほどに。
 これまで数々の異変に絡んでいる守矢神社。
 実行するのは八坂神奈子だが、それに必要とされる膨大なエネルギーを供給しているのはもう一柱の方だと言われている。
『引退した身だからね』と嘯くが、その本音は分からない。
 幻想郷では新参だがじわじわと土地への影響力を増している守矢神社。妖怪の賢者たちは〝力〟の底が見えない永遠亭の面々とはまた違った脅威として警戒しているようだ。

「さなえー、お茶請けに羊羹一本もらったからねー」

「もしかして【どらや】の抹茶羊羹ですか?」

「そだよ」

「どうりで見当たらないわけですっ 楽しみにしてたのにぃ」

「ははは、悪かったねー」

「しかもあんなヤツに―――」

「こーら、さなえー その言い方はダメだろ?」

「す、すみましぇん」

 穏やかにたしなめた諏訪子だが、早苗はピッと正座し、首をすくめた。
 生来のネズミ嫌いに加え、いくつかのやり取りの果てに早苗はナズーリンが苦手になっていた。ハッキリ言えば『嫌い』なのだ。にも関わらず、崇め奉っている二柱は揃ってナズーリン贔屓なので正直面白くない。

「囲碁って難しいのよね」

「ああ、いまだにルールがよく分かんないぜ。チェスはするんだけどな」

「……誰とよ」

「誰って、まあいろいろと、な」

 パチーンッ 早苗が親指と中指を弾いた。

「なんだよ、いきなり」

「アーーリスさん、ですねっ?」

「しょ、しょーがないだろっ アイツから教わったんだし」

「ぬぐぐぐぐぐぐ」

「ナイトを犠牲にしてクイーンをグイグイ追い詰めたりするんですね」

「え? まあ、そーゆー展開もあるかな」

「最後の一手は『お前のハートにチェックメイト!』ですね?」

「なによそれー! ぎいいいいーっ」

「待て待て待てっ 私、なんも言ってないだろっ?」

「そして『今夜はこのまま〝キャスリング〟だぜぃ』ですね!」

「そんな、そおーんな結末ぅ、認められるもんかーっ」

「だから待てって! 早苗っ おまっ いい加減にしろよー!」

「はっはは、年頃の娘が集まると賑やかなモンだねー」

「そんな微笑ましいモンじゃないぜっ」

「霊夢さん興奮しすぎですよぉ」

「誰のせいよっ」

「問題解いて どんなもんだい」

「あひゃひゃひゃ」

「壊れた時計は ほっとけい」

「きゃははっ ひ~ おなか、いたーいっ」

 小さな体を丸めてひーひー言いながら痙攣している針妙丸。ドッカンドッカンウケている。

「ちょっと! もうやめてよっ 針妙丸がバカになっちゃうじゃないの!」

 そろそろ看過できなくなった霊夢お母さん。

「まくらに顔を埋めたら お先まっくら」

「ひっ ひっ ふぎゃはっ ふぐっぐっ」

 笑い声がなんだかヤバくなってきた。

「かなこー、そのへんでやめときなよー」

 専属ストッパーの制止に反応した神奈子が抗議の声を上げる。 

「ええー、ようやく理解者にめぐり合えたのに」

「だからー、その理解者とやらがマズいことになってるんだよ」

「ねえ諏訪子」

「なーに?」

 目を潤ませ、上気した顔の山坂の権化が歓喜打ち震えながら呟いた。

「私は、この日のために、この幻想郷に来たのかも……知れないわ」

「あん?」

「神奈子様ッ しっかりなさってくださいよ!」

 全てにおいて頼りになる主神なのだが、唯一この分野だけは完全にアウトレンジな早苗が怒鳴った。

 ―――†―――†―――†――― 

「ふー、笑いすぎて汗かいちゃったよー」

 はあはあぜいぜい、と息の上がった針妙丸は汗ビッショリだった。

「それじゃ、一緒にお風呂に入るかい?」

「かなこさまと? わーい、入りたーい」

 そう言いながら『いいよね?』と保護者の顔を伺った。

「くっ……ダジャレは禁止よ! 風呂場で笑い転げてたら危ないんだからっ」

「そりゃそうだな」

「かなこー、分かってるよね?」

「う、うむ。自重する、よ」

 針妙丸を掬い上げ、そそくさと退室した神奈子。その後ろ姿を不安そうに見送る霊夢。

「大丈夫かしら……」

 ―――†―――†―――†――― 

 お菓子をつまみ、お茶をすすり、益体もない話に興じている三人プラス一柱。

「つまり【ルーズソックス】とは元々長い靴下を弛ませるように履いていたんですよ」

「なんでそんなことする必要があるんだ?」

「こんな感じかい?」

 白いニーソックスを膝下までずり下げて見せる諏訪子。
 大方の予想通り、スッベスベでキレーな御御足(おみあし)だ。

「んー、もっと厚手の生地だったはずですが、イメージはそんなモノですね」

「ただダラシないだけじゃないの」

「ふーん、これも【ふぁっしょん】と言うヤツなのかねー」 

 諏訪子は当たり前のように会話に加わっている。意外とどんな話題にも対応してくる。

 ♪~~ ♪~ ♪~

 部屋の外からゆったりとした旋律に乗せて聞き覚えのない言葉が届く。

「あ……神奈子様が歌ってらっしゃる」

「はは、そーだねー。かなこはお風呂で歌うの好きだから」

 ♪~ ♪~~~ ♪~

 諏訪子によると太古の労働歌だそうだ。
 素直で力強い中音域はとても良く響く。そして低音は独特のビブラートがかかり、不思議な広がりを感じさせる。技巧に傾かず、朴訥に丁寧にそして朗々と歌い上げるその声は姦し娘たちの口を閉じさせた。

 ―――†―――†―――†――― 

「いい声だなぁ 聞き惚れちゃったぜ」

「言いたかないけど、なんだか……胸にシミるわね」

「神奈子様の歌は最高なんです!」

 幼い頃の早苗が夜にくずると神奈子の子守唄で寝かしつけていたそうな。

「かなこの歌はなかなかのモンだろ? まったく、ダジャレなんかを飛ばすより歌を唱っていたほうがよっぽど信仰も集まるだろうにさー」

「確かに効果はありそうだぜ。 あ……」

 霊夢が下唇を噛んでいるのに気づいた魔理沙。信仰集めのライバルの意外な特殊能力に嫉妬パルパルのようだ。

「でもさー、人前ではあんまり歌わないんだよ」

「なんでだよ? あんなに上手いのに」

「恥ずかしいんだとさ」

「はあ?」

「あんなダジャレを人前で言う方がよっぽど恥ずかしいじゃない」

「んー、そうかも知れないねー」

「恥ずかしさの境界線はヒトそれぞれですよっ そ、そうじゃありませんかっ?」

 神奈子の威厳を保ちたい早苗が力強く訴える。

 ―――†―――†―――†――― 

 湯上りの神奈子は胸元を少しはだけ、長い髪を後ろで一本結いにしていた。その肩に乗っている針妙丸は自分で拵えた薄紅色の浴衣を着ている。

「かなこさまってスンゴいおっぱいだよっ お湯にプカプカ浮くんだよっ 私が乗っかっても沈まないんだよっ」

 何やら興奮している針妙丸。

「あはは、そりゃスゴイぜ」

 いつも一緒に入浴している霊夢にしてみれば『あーそうですか』としか言い様がない。幻想郷が誇る【乳八仙】が相手では勝負にすらならないし。

 ―――†―――†―――†――― 

「かなこー、あんたヒトを招いておいて夕餉の仕度してないってどういうこと?」

「いや、お菓子は用意してたんだけどさ」

 相方のもっともなツッコミに頭をさする。神奈子としてみればあまりにも楽しすぎて完全にすっぽ抜けてしまったのだ。

「呑気に風呂まで入っちゃって。今から買い出しに行くのかい?」

 もてなしは任せておけといった手前、これはさすがに格好悪い。

「面目ない」

「別にご馳走じゃなくても構わないぜ。な? 霊夢」

 最近は空気を読める魔理沙が助け舟をだした。

「このお菓子持って帰って良いなら何でもいーわ」

「お前、まだ言ってるのかよ――― それはともかくここの【普段ご飯】に興味あるぜ」

「そーね、私も少し興味があるわね」

「霊夢さん、普段は何を食べてるんですか?」

「微妙に失礼な質問ね」

「自炊してるよな。一応」

「一応ってなによ」

「霊夢の普段ご飯は大雑把だからな」

「タカリに来るあんたが言うわけ?」

 魔理沙によれば霊夢は、まずご飯を炊いて味噌汁を作る。豆腐と玉子を中心として野菜があれば炒めモノ。魚や肉は取りあえず焼く。具材が豊富なら鍋モノが多いらしい。

「朝は漬物、梅干、最近では命蓮寺の佃煮かしらね」

「それって塩分過多じゃありませんか?」

「人間は塩を摂りすぎる生活だと寿命が縮むって聞いたわよ」

 早苗の指摘に神奈子もかぶせてくる。

「構やしないわよ。どーせ三十歳まで生きた博麗の巫女はいないんだから」

「え? ……マジかよ」

「そ、そうなんですか?」

 謎の多い幻想郷の裁定者の聞き逃せない一言に場の空気がズシリと重くなる。

「かなり無茶な力を行使してるんだから仕方ないわよね」

「そんな……」

「待って、ください、よ」

 魔理沙と早苗の顔がひきつる。

「なーんてね。じょーだんよ、じょーーだん」

 へらっと言い放つ霊夢に一瞬、呆気にとられた二人だが―――

「ぐっ! 言って良い冗談と悪い冗談があるぜっ」

「そうですよー!」

「あら? 心配してくれてんの?」

「バカっ このバカバカーっ!」

 怒鳴る魔理沙にさしもの霊夢も怯む。

「あ、あんたをおいて死んだりしないわよ」

「そんなこと聞きたいんじゃないぜ!」

「なんですかっ その変なフラグっぽいのっ」

 冗談で流せないような雰囲気になってきた。
 針妙丸は三人の顔を見上げながらオロオロしている。 

「確かに今の冗談は面白くはないわね。だから全部無かったことにしましょう」

 自称お笑いの大家が大きめの声で告げる。

「皆、それで良いわね」

 三人がこくこく頷くのを確認した神奈子がニッと笑い、針妙丸の頭を指で優しく撫でた。

 ぺしっ 霊夢の肩を軽く叩いた諏訪子。

「かなこに面白くないって言われたら終わりだよー」

 そう言ってこちらの神もニッと笑った。
 霊夢は口を尖らさせただけで何も言わなかった。

「そんじゃ仕度しようかねー」

 ―――†―――†―――†――― 

「お客さんはのんびり待ってておくれな。かなこー、ご飯と味噌汁は頼んだよ」

「合点承知の助!」

「あの、私は?」

「さなえはお客さんの相手をしなきゃだろ」

「ちょっと まったぁ」

「どしたの? まりー」

「魔理沙だぜ。私も手伝うぜ」

「だからー、お客さんはゆっくりしてなって」

「早苗はいつも一緒に作ってるぜ」

「そー言えばそうですね」

「私もお手伝いー」

 針妙丸がぴょこぴょこ飛び跳ねる。

「霊夢もやるよな?」

 問われた【面倒臭さがり世界大会】幻想郷代表者。目を閉じて腕組みのまま微動だにしない。

「な? 普段ご飯のレパートリーが増やせるぜ、な?」

「ぬうう……」

「な? ね? ん?」

 袖を引っ張ったり、肩をつついたり、オデコを軽くぶつけたりしてじゃれつく魔理沙。
 むっつり霊夢の顔が徐々に緩んでいく。

「ぐっふへほほ……」

「なんて不気味な笑い方かしら」

「気持ち悪いですね」

「ぬあんですって?」

 思い切り眉を寄せている神奈子と早苗に噛みつこうとする。

「―――そんじゃ、みんなでやろうかね」

 パンパンと手を打ち、諏訪子が再度仕切り直した。

 ―――†―――†―――†――― 

「少名は私を手伝っておくれ」

「はーい」

 神奈子の一位指名に針妙丸が元気よく返事する。

「ダジャレは厳禁よっ」

「わ……分かっているわよぅ」

「なあ、献立はなんなんだ?」

「そうだねえ―――豚肉のカタマリがあるから煮豚にするかね」

「へえー、煮豚か」

「肉は何でも好きよ」

「ウチの煮豚は一風変わってるんですよ」

「特別な味付けでもするのか?」

「秘伝のタレとかかしら?」

「醤油を使うんだよー」

「まあ、醤油は使うわな」

「味付けの基礎だもんね。あとは?」

「醤油だけだよ」

 前のめりの二人に諏訪子がさらっと答えた。

「は?」×2

 ―――†―――†―――†――― 

「大きな鍋でお湯を沸かすよー。さなえー温度計」

「はいっ」

「温度計なんか使うのか?」

「便利だから最近はね。勘だけだとたまに失敗しちゃうからねー」

 諏訪子が持ってきたのは豚の三枚肉(バラ肉)の大きな塊。五百グラムはあるだろうか。それが二個。

「これは豪勢ねえ」

「肉、好きなんだろ? 奮発するよー」

 ドボン ドポン

「ちょい? まだ全然湧いてないぜ?」

「低い温度からグツグツ煮るってヤツなの?」

 二人の問いかけを無視するように諏訪子は温度計に目をやった後にかまどの火をうんと絞った。

「おい、だからーまだ沸いてないぜ、そんなトロ火じゃダメだろ?」

「これでいーんだよ」

「え?」

「肉はさー、グラグラ茹でたらスカスカのパサパサになっちゃうよ」

「まあ、そうなんだけどさ」

 納得が行っていなさそうな魔理沙。

「そうよ、肉はガンガン火を入れないと」

「霊夢、お前はちょっと黙ってろ」

「いろいろ試したんだけど、ゆーっくり温度を上げて七十度くらいでゆらゆら煮るのが柔らかく仕上がるんだよー」

 肉が凝固し始めるのは五十度くらいから。その後アクや臭み成分が放出される。最初から強火に晒すと、これらの成分を中に閉じ込めてしまうことになる。八十度を超えた辺りから肉の水分がなくなり、百度で完全に凝固する。この状態に長くおいておくとパサパサになるわけ。

「さなえー アクを掬いながら七十度のままで三十分ねー」

「かしこまりですっ」

「れーむとまーりんは副菜を手伝ってね」

「魔理沙だぜ。何を作るんだ?」

「ホウレン草のおひたし」

「和食の基本ね」

「茹でて、刻んで、醤油かけてだろ? 簡単だぜ」

「頼もしーね。れーむはそっちの鍋でお湯を沸かして。グラグラ煮立ててかまわないからね」

「霊夢向きの作業だな」

「ふんっ」

「まろさはホウレン草」

「魔理沙な。水洗いすればいいんだな?」

「うん。私は出汁を作るからね」

「醤油じゃないの?」

「それだけじゃ物足りないよー」

「煮豚は醤油だけなのに? なんだかよく分かんないぜ」

「仕上げをご覧(ごろう)じろ、だよ」

 諏訪子は鼻歌まじりで材料を揃えていく。

「割合は鰹節の出汁が五、薄口醤油は一、酒は醤油の半分、ちょっと火にかけるよ。煮立てちゃダメだからね」

「それって薄くない?」

「私ゃ濃い味付けが好きじゃないからね。でも薄味をバカにしちゃあいけないよ~」

 そう言ってニマアと笑う祟り神の元締め。二人は思わず身構えてしまった。

 ―――†―――†―――†――― 

「お湯沸いたわよ」

「まりーさはザルを用意しておくれな」

「うーん惜しいぜ、魔理沙な。冷やすんだろ? こっちの鉢に水を張って置くぜ」

「ほお、分かっているじゃないか」

 言いながらざくりっとホウレン草に包丁を入れ、茎と葉に分ける。

「さて茹でるかね」

 茎をばさっと放り込む。

「いーち、にーい、さーあん―――」

 そしてカウント開始。

「じゅーく、にーじゅ。はい、ここで葉っぱもー」

 ばさばさっ そしてまた二十数える諏訪子。

「にーじゅっ。はい、そっちいっくよー」

「え? もうお終い? 早すぎない?」

「これでじゅーぶんなんだよ」

 ばざあー ホウレン草の鍋をザルにあける。

「ホントかよ?」

 疑問を口にしながらも、すかさずそのザルを水に浸す魔理沙。

 茎も葉も長さを揃えて切る。そしてきゅっと水を絞り、小鉢には立てて盛りつける。
 さきほどの出汁をぴょっぴょとかけ、鰹節を散らす。

「でーきあがりー」

「はやっ」

「これ、ちゃんと火がとーってんの?」

「うたぐりぶかいねー。んじゃ、ちょっとつまみ食いしてごらん」

 三秒ほど躊躇したが、箸をのばすことにしたレイ&マリ。

 ザクッサクッ もぎゅんもぎゅん ごっくん

「どうだい?」

「……ホウレン草の茎って……こんなに甘いのね」

「葉っぱの旨さと茎の旨さは全然違うんだなあ」

 二人の感想に神のドヤ顔を向ける諏訪子様。

「よく『素材の味を活かす』って言うけど、これがまさにそれだな」

「参ったわね。これまで私って【醤油】を食べてるだけだったのね」

「薄味も悪かないだろう?」

「恐れ入りましたっ」×2

 ―――†―――†―――†――― 

「次は煮豚にかかろうかね」

「諏訪子様、豚肉はおっけーです」

 早苗の合図に軽く頷いた諏訪子が大きな竹筒を取り出した。
 三十センチ弱の太い竹筒、上下は節で閉じられているが横の三分の一ほどが切り取られ、太すぎる青竹踏みのようだ。ひっくり返すと深皿に見えないこともない。

「なんだこりゃ?」

「この中にお肉を入れて醤油を注ぐんです。てゐ様からいただきました」 

 答えたのは早苗だ。提供は竹林の主、因幡てゐらしい。

「煮汁はとっておくよ。良い出汁が出てるからもったいないしね」

「確かにスープに使えそうだよな」

 茹であがった塊肉を菜箸とお玉を使って器用に竹筒に収める。そして醤油をドブドブ注ぐ。

「ずいぶん使うんだな」

「もったいないわね」

「これもとっておくよ。肉の味が移って乙なものさ」

「でも醤油だけってのはなー」

「そうね。せめてショウガを少し入れてみれば?」

「ダメ」

 霊夢の提案をばっさり切り捨てる。

「じゃあさ、ネギの青いところとかは? 香り付けに良いぜ」

「ダメ」

 その後も『お酒は?』『ニンニクは?』『砂糖、いやハチミツは?』と続いたが―――

「ダメ。一切だーーめっ」

 ―――†―――†―――†――― 

「そろそろ頃合いかね」

 やいのやいの騒いでいたら二十分ほど経っていた。

 とすんっ

 諏訪子が引き上げた塊のど真ん中に包丁を入れた。そして切り口を吟味する。

 とすんっ とっ とっ

 切り口から五ミリほどスライスしてさらに五六片に刻む。その一つをひょいと口に入れ、むぐむぐ。

「うん。茹で具合も、染み具合もいーねー。皆も食べてごらん」

 いつもの三人が、むぐもぐむぐもぐ。

「すっとらーーいく! いつもどおーり、美味しいですよおっ」

 両の拳を振り上げる早苗。

「……この煮豚、何か足したろ?」

「いーや、なにもー」

「これ、醤油だけの味じゃないわよね?」

「醤油だけだってー」

「ホントに?」

「ホント、ホントだよー」

「あ、実はものスゴイ醤油なんだな?」

「ざーんねん、ふつーの醤油だよ」

「この甘味、絶対お砂糖入れたでしょ?」

「それは脂の甘味だよー」

「おっかしいわよっ なんで醤油だけでこんなに美味しくなんのよ!」

「まさか……魔法か?」

「ぶっぶーー 違うよ」

 醤油だけで作る煮豚。これはやってもらわないと理解できないだろう。かの有名な漫画家さんのお墨付きでもあり、某有名ラーメン店はこの方法でチャーシューを作っている。美味しくできますからホント。

「醤油で煮てるわけじゃないからホントは【茹で豚】なのか?」

「細かいことは気にしない気にしなーい」

「これにちょびっとカラシをつけるとまた美味しーんですよっ」

「七味も合いそうね」

「おーい。もうじきご飯が炊けるよー」

「お味噌汁もできましたあー」

 別働隊の神奈子と針妙丸が声をかけてきた。

「はいはーい、みんなー茶碗やお皿を並べておくれな」

「はーい」×3

 食卓に並ぶのは煮豚、ホウレン草のおひたし、カボチャの煮付け、切り干し大根のハリハリ漬け、カブと油揚げの味噌汁、そしてほかほかの白ご飯。

「作りおきの惣菜で悪いねー」

「全然オッケーだぜ」

「別に良いじゃない。早く食べたいわ」

 煮付けと漬け物のことを言っているが、お客側は気にしていない。

「それではいただきましょうか」

 八坂神奈子が音頭をとる。

「いただきまーす」

 ―――†―――†―――†――― 

「柔らかいわー ご飯に合うわね」

 霊夢はカボチャの煮付けをぼっく、ぼっく、と頬張っている。

「これっ おいひーっ」

 針妙丸も小皿に少量ずつ盛られた惣菜の中でカボチャが気に入ったようだ。

「その煮付けはかなこだからね」

「へえー、ちょっと意外だわ」

 その当人はピースサインをスチャッと斜めにかざしポーズを取った。

「永いこと二人で交代交代でご飯を作ってたからね」

 プチドヤ顔の山坂の権化。

 ぼりっ ぼりっ ずくっ ずくっ

 切り干し大根のハリハリ漬けが良いアクセントになっている。

「これも旨いぜ。柚を入れた出汁醤油だな?」

「あっさりしてるのに……悪かないわね」

「この漬物は、さなえだよー」

「ほへー」×2

 両手のピースサインを額にかざしエメリウムポーズの早苗。

「このホウレン草、葉っぱは食べられるけど、茎は無理だよー」

 針妙丸が悲しそうにしている。体の大きさからして噛み切るのは難しいのだろう。

「茎は歯応えが肝(きも)だからねえ。どうしたもんかな~」

 さすがの諏訪子も良い手が思いつかない。

「仕方ないわよね。葉っぱ美味しいでしょ? そっちをいっぱい食べなさいよ」

 お母さん霊夢が自分のホウレン草の葉を針妙丸の小皿に移してやる。

「わーい、れーむ、ありがとー」

「ぬぐぅ」

 出遅れた守矢の主神が悔しそうにしていた。

「でもさあ、やっぱ今日はこの煮豚だろ? うんまいぜ~」

 そう言いながら魔理沙がにゅくにゅくと頬張る。

 とにかく柔らかいのだ。脂身がほんのり甘く、醤油の塩加減がちょうど良くてぺろぺろ食べられてしまう。

「確かにね。ウチでもやって見なきゃだわ。ねえ、七味ちょうだいよ」

「そうでしょ、美味しいでしょ? ご飯がすすみますよねっ」

 早苗はガッシガッシとお代わりをよそいながらニコニコしている。

「こりゃあ、美味しくて楽しい食事だぜー」

「あはは、そりゃあ良かったよー」

「まだあるからね、皆、たんと食べておくれ」

「はーいっ たっくさん食べまーす!」

 針妙丸の元気の良い返事に食卓はさらに盛り上がる。

 ―――†―――†―――†――― 

「ふーい、食べたぜ~~」

「んー、満足だわ」

「おなかいっぱーい」

 ゲストは皆満足したようだ。
 楽しい食事が終わり、お茶を飲みながらのまったりタイムはそろそろお開きの頃合いか。

「ねえ霊夢。提案があるのだけど―――」

「ダメに決まってんでしょ」

 真剣な表情で切り出した神奈子。ばっさり切り捨てる霊夢。

「まだ何も言ってないじゃない」

「あんたの言いたいことくらい分かってんのよ。絶対ダメ」

「う、うむう。でもさ本人の意思が一番大切じゃないのかい?」

「ダメったらダメ」

「私も賛成しかねるねー」

「どうしてよっ?」

 エターナル相方である諏訪子の発言に驚き、つい大声を出してしまう。

「かなこのためにならないからね」

「まあ、アマキン(笑い上戸のお客)は芸人をダメにするって聞いたことあるぜ?」

 神奈子が何を言いたいのかはバレバレなようだ。

「私はホメられて伸びるタイプなのよ」

「伸びるって……かなこー あんたは何を目指してるんだい?」

「ねえ、早苗もそう思うでしょ?」

「この件に関しまして私はナチュラル(中立)とさせていただきます!」

 自分には従順なはずの巫女さえも賛同してくれない。
 小さくて可愛いものが大好きな早苗は神奈子寄りなのだが、霊夢と針妙丸の不思議な〝繋がり〟も知っている。なのでここは静観と決めた。

「みんな、どしたの?」

 きょとんとして五人を見渡す針妙丸。自分が渦中のヒトとは思ってもいないようだ。

「ねえ、少名や」

「はい?」

「この神社に越して―――」

「くらぁ! それ以上言ったら二度と連れてこないわよっ」

 本怒モード一歩手前の霊夢。

「でも、聞くだけなら―――」

「かーなーこおー」

 低い声の諏訪子、目が据わっている。

「う……」

 さすがに口ごもり俯き気味になる神奈子。

「かなこさまー」

 針妙丸が明るく声をかけた。

「な、なあに?」

 神奈子はガバっと顔を上げ、目を輝かせる。

「おもしろいお話、たくさんありがとうございます! おいしいごはん、ありがとうございます!」

 そう言って諏訪子や早苗にもペコリと頭を下げた。

「あ、ああ、うん」

 ピョンと跳んで霊夢の肩に乗る。

「さ、れーむ、おうちに帰ろ。―――また遊びにきまーす」

「あ、ああ、……またおいでな」

 そう答えるしかないではないか。

「ふん、また来るわよ」

「そだね。またおいでー」

「お待ちしてまーす」

「よっしゃ、ごちそうさん。帰ろうぜっ」

 魔理沙の言で皆が立ち上がった。神奈子はやや遅れてだが。

 ―――†―――†―――†――― 

 神奈子の寝酒は明け方まで続いた。
 とりとめのない愚痴につきあわされたのはもちろん―――大昔からの相方だったが。



       閑な少女たちの話    了
最近【料理科学】を勉強し始めている紅川です。
クッキングはサイエンス!
このホウレン草と煮豚、試してみてくださいな。加熱の概念がちょっと変わるかもです。

もし幻想郷に行けるのなら、守矢神社で神奈子様の下働きをしたいです。
気が利かず、しくじりも多いけど、とりあえず一生懸命なのでクビにしにくい下男ポジションで。
年に一回、軽いねぎらいのお言葉を賜ると、平伏して失禁してしまうほど感激する……そんな感じで。
紅川寅丸
[email protected]
http://benikawa.official.jp/
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コメント



0.310簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
いつも楽しく読ませていただいております。
『普段の食事』の丁寧な描写,日常を描いていながらしっかりと神の在りようがほの見えるさりげない演出,楽しませていただきました。

東海林先生のチャーシュー,おいしいですよね。
出展元のペットボトルを竹筒にアレンジして,さらにてゐを重ねてくるあたりがまた憎うございます。竹の香が移っておいしそう…。
3.100名前が無い程度の能力削除
最初の6行で心がくじけそうになりました。
神奈子様のダジャレにはついていけませんが、面白おかしく読ませていただきました。この飯テロシリーズは大好きです。

針妙丸の将来が心配になります。
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったのですが、読後に腹が減るのは困りものです。
夕食はチャーシュー丼にしよう。
6.無評価紅川寅丸削除
2番様:
 ありがとうございます。演出と評価いただき光栄です。
 元ネタをズバリと当てられてしまいましたね、恐れ入りました。
 あのシリーズは私のバイブルでもあります。

3番様:
 この組み合わせ、いつ出そうかと迷っていました。
 まぁ、早いところ慣れたほうが針妙丸のためかな……と。ありがとうございます。

奇声様:
 いつもありがとうございます。お気に召していただけて何よりです。

5番様:
 自分は刻み海苔をご飯の間に仕込んでおくチャーシュー丼が好きです。
 ありがとうございました。
7.9019削除
前回よりも面白く美味しい内容でございました。
煮豚最高です!しかし、とろ火であまり熱を加えないというのは
意外でした。奥深いなあ。
あと、針妙丸可愛い!神奈子様だじゃれ上手すぎw
それと守谷の二柱の神様がフランクなのが良いですね。
次回も楽しみにしています。
8.100詠み人知らず削除
傑作。主題から話のオチまで紅川寅丸の面目躍如にございました。本年も通じて高品質な幻想郷の食事風景を楽しませて頂きました。しかしこんな時間に拝読してしまうと・・・今日はチャーシュー麺だな。
追記 低温調理はマジで奥深いんすよねぇ。肉の柔らかくなること柔らかくなること。
10.100名前が無い程度の能力削除
しんみょうまる天使か
11.無評価紅川寅丸削除
19様:
 毎度ありがとうございます。キャラアレンジは【ほんわか】を基本にしているつもりです。
 次回もお楽しみに!

詠み人知らず様:
 面目躍如とは嬉しいご評価です。
 低温調理は始めの頃は「やっぱ火が弱いかな」と思う自分との戦いですね。

10番様:
 そうです。天使です! ありがとうございます。
15.80名前が無い程度の能力削除
確かに素の豚肉って妙な甘みがあるんですよな
針ちゃんはしょーもないダジャレがツボだったんか
少(しょう)も名(無)針妙丸やな
18.100R巡音削除
おいちょっと針妙丸そこ変われや。私も神奈子様とお風呂入りたいですっ!