Coolier - 新生・東方創想話

ホットラック.1

2016/12/11 20:36:43
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初めて出会ったときの印象は、目付きのイカれたヤツだった。
実際のところ、本当にイカれたヤツだったので私の眼力と言うか、人生経験というのもなかなかどうして、侮れないと思う。おまけに彼女には、耳がなかった。根本が禿げた、円形脱毛のようになっている。彼女はそれを隠そうともしなかった。
月の住人が地上、この竹藪の中の寂れた医療施設にやって来るのは別に珍しいことでもない。この庭園の持ち主である人物は、月の幹部たちだった。そのイカれた目付きのウサギも、頭のおかしいヤツではあったが、悪いことをするわけでもなく、彼女なりの愛想を振り撒いていた、気のいいヤツは彼女のことを気にかけてやっていたのかもしれない、それに言われたことは最後まで必ずやった。月の出身にありがちな、選民思想というか、変に見下した態度をとることもなく、不格好ながらも地上の衣類を身に付け、あーだこーだと頭の悪い文句を垂れる地上のウサギたちの悪評にもめげずに、なんとか地上に根付こうと、変な笑顔を作りながら会話をしようと必死であるようにも見えた。
 これだけを聞くならば、ごく普通の、いやむしろ善良なウサギのようだが、彼女はどうしてもある一点でどうしようもなくイカれたヤツだということがわかっていたのだ。
「ねぇねぇ」
 イカれた目付きの新入りウサギは、ここの大将である私にとりつくろうとまたしても、甘いお菓子を携えてやってくる。
「なに」
私は、先輩らしく、意地悪く返す。
「これ、いかがですか?」
 イカれた目付きのウサギは、甘いふわふわした、所謂カステラというものを持っていた、何等分か切り分けられたかすてらはすでに残り少なくなっていて、色々なウサギたちに配られたあとなのだろうと私は思った。
「ふーん、私はあまりもんかい」
「えっと」
 彼女があたふたしている間に私は、それをとって彼女に告げた。礼も言わなかった。
「包帯と、毛布、注射針洗っといて」
 彼女は、何とも言えない笑みを作ってから、ひどく狂った瞳をこちらに向けていうのだ。
「わかりました、先輩」
 彼女の髪と肌はひどく荒れている。今朝も丁寧に髪をとかしていた、容姿に気を使っているのは伝わってくるが、他のウサギたちが評する通り、彼女は年相応の艶やかさはなく、一瞬老婆のような疲れきった雰囲気を纏っている。
「それが終わったら、風呂の掃除も」
 思い付く限りの雑用を彼女に言いつけて、私は散歩に出掛ける。ついでに里でちょっとお菓子を買ってくるのもいいだろう。いつか音をあげるだろうと私は心待にして竹藪の中に入っていった。



『ホット・ラック』





「本日、配属されました うどんげ です」
私は、習ったばかりの姿勢をとり、おっかなそうな先輩たちの前で出来る限りの声を張った。この隊は新人にひどいしごきをするというので有名だったためだ。
「話しは聞いてる新入り」
 私よりも幾分か体格のよい、凄みがある恐らくはここのリーダーと思わしきウサギが私の前にズドンと仁王立ちした。私は口元を振るわせて叫んだ「よろしくお願いします」
「私は、ここの隊長の~~だ」
「はい」
 彼女の名前は、一体なんだったのだろう? もうどうしても思い出せない。隊長は二段ベッドで寝転んでいた部屋の住民たちを一人ずつ紹介していった。彼女たちも名前を呼ばれると顔を出して私を値踏みするように首をかしげながら見つめた。
「あそこで将棋をしているのは、~~」
「あの黒い髪は~~ここでは一番~~」
といった具合だ。私は彼らの名前と顔を一致させるために必死に頭のなかで彼女たちの名前を反復した。
「今日は、ざっと案内をするだけだ。本当の仕事は、明日の砲台回りの巡視、訓練中に伝える」
「おい、◎●」
「はい」
 一番手目のベッドで寝ていた蒼い髪のうさぎがこちらを見た。
「後輩だ、お前が面倒を見ろ」
「了解」
そういって隊長が部屋から出ていくと、私は急に恐ろしくなった。何故だか急に世界中でひとりぼっちになってしまったような、そんな気分だった。もちろんそんなことはないのだが。
「おい、新入り」
 私の新しい、先輩、よく見ると耳が少しかけている。内心では、映画かドラマでしか見ないような、優しい軍曹さんのような先輩の登場に私は縮み上がった。実際のところ彼女はそんな生易しい先輩ではなかったのだが、彼女の言葉は今でも絶対に死ぬまで忘れることはできないだろう。
「はやくこっちにこい、ドアの前でじゃまだ」
「すいません」
 素早く移動する私に、回りのさらに先輩たちはニヤリと笑ったような気がした。
「最初にお前にいっとかなきゃならんことがある」
「はい」
 何だろう、恐ろしいイビりが始まるのではないかと、冷や汗を書いていた私に彼女はいった。


「ここじゃ、後輩が上のベッドで寝るんだ」




永遠邸のウサギたちに個別の部屋というものはない、彼らには大部屋が与えられて、皆がそこで思い思いのことをする。一応食堂というものはあるから食事は全員そこで食うのだが、なぜだが自由時間を与えられたウサギたちはそこに集まってなにか流行りの遊びをやってみたりする。
もしかすると、ウサギたちに小部屋というものを与えたとしても利用もしないでこの大部屋に集まってくるのではないのだろうか。
 私が帰ってきた頃にはもう日は沈みかけていて、一部の仕事をするもの以外は、明かりに使う油がもったいないと言うことで、すぐに寝てしまうのだ。ウサギたちの寝る場所はというと、やはり先の大部屋で誰はともなく大風呂敷のような布を敷き詰めてそこに全員がごろごろと雑魚寝を始める。
全くひどい話だが、春先になるとおっぱじめる者もいる。もしかすると、ウサギたちにはプライバシーと言う概念がないのかもしれない。幸いなことに今はその季節からは外れていたので、今日は赤裸々な活動を始めているヤツはいなかった。全員が静かにごろごろとくるまっており、部屋のなかは暖房もないのに外と打って変わって生暖かい空気が漂っていた。
 お高く止まった、例の目付きのイカれたウサギはこういうプライバシー皆無の空間になれていないだろうと思っていたのだが、案外彼女はすんなりとこの雑魚寝に加わって横になっている。小さなウサギなどは彼女のわりかし発達した胸に頭をのせて眠ったりしている。(ムカつく)
私が仰向けに寝ている彼女の顔を除きこむと、
「先輩」
 やはり起きていた。いくぶん小声で話す彼女はおかえりなさいと私にいった。
あぁ、と私が適当に返してそこら辺の適当な空間に寝転がると、寝息だけが聞こえる穏やかな空間に戻る。
小生意気なヤツと憎たらしい気持ちが沸き上がるが、どうすればいのかわからなかった。私の幸運というものもこの程度でしかないのだろうか?





 入隊前に、想像しえる限りのきつい訓練を想像して覚悟を決めていた。
 実際のところの訓練の厳しさと言うのは、そんな私の貧相な想像の100倍はキツかったわけだが。
 まず、初日に安心して寝ていた私に遅いかかったのは、入隊儀式と言う名のイジメであった。まず上のか隊ベッドから引きずり出された私は他の布団でギュウギュウに詰められて、窒息して気を失うまで簾巻きにされた。
 とりあえず返事はイエス、了解。それ以外の返答をすると容赦なくぶん殴られる。腕立て伏せ、ランニングは少しでも遅れたら(恐らく先輩の気分次第)で10キロ以上は追加される(重さも含めて)。先輩の命令と言うのは絶対であった。まず、一人の人格として扱われるのに最低半年はかかる。服装、ロッカーのなかは常にあり得ない綺麗さを保っていることが条件だった。取り分け一番ひどかったのが、二等兵卒の私に士官の前で腹躍りをしたり、耳の飾りをバカにしてこい、等の命令が下った時だ。
 さすがに
「できません」と最初は断ったのだが、隊長に「できなければお前は一生二等兵だ」等々告げられて、死ぬ気で任務を遂行することになった。実際士官に死ぬほど殴られて本当に死にそうだったので隊長が止めに入り、それが終わってからようやく一人の人格として扱われるようになった。
 こんな感じで何のために軍隊に入ったのかと思える毎日を過ごしていたが、幸いなことに、どういうわけか睡眠の時間はしっかりあった。隊長が言うには
「3日寝なければ、マトモな判断ができなくなる」
という教訓なのか実体験なのかはよくわからないが、だったらマトモな命令をしてほしいと思ってもいたが、眠れるときはしっかり眠ることだけはできた。とりあえずそのお陰というのも全く妙な話だが、地獄にいった方が恐らくマシと思われる1年間をどうにか乗りきることができた。 
 私のベッドは、何時まで経っても、先輩の上だった。この隊の部屋割りは、隊員の役割に関係している。例えば、ここのベッドに寝ている奴は、機銃の砲身を持ち運ぶ役。ここは衛生兵、ここは狙撃手、ここは観測手、ここは工作班、そしてここは隊長、ここは副隊長といった具合だ。先輩は狙撃手、観測手、工作を兼任といった具合だ。士官である隊長以外は、それぞれに得意分野を持っていて、専用の訓練を受けてきている。私の訓練は先輩と同じで狙撃に関するもの、一応肩書としては先輩と同じ狙撃のスペシャリストだったのだが、私の配置されるベッドの役割はずばり、雑用だった。
「うどんげ」
 私がものすごくよい気分で寝ている最中に下の段の髪の蒼い先輩に起こされる。
「何ですか先輩」
 返事をすると、先輩はニタァと笑い、本を一冊投げて寄越した。
「これ見てみろ」
 何だろうと見て開いてみると、月では明らかに御禁制、先輩の性癖全開の本だった。裸の少年ウサギたちのあられもない、いやしかし、なぜこんなにでかい? といった具合の写真集と、怪しげな連絡先が羅列してある恐ろしい本であった。
 月では法律違反まっしぐらの本だ。
「お前、どれがいい?」
 写真に呆然としていた私ははっと我に帰る。
「どれって・・・」
 正直なところ、このプライベート0%の男気も絶無施設の中で、これは余りに目に毒過ぎた。余りに熱心な視線を写真に送っていたためだろうか、若干蒼い先輩も
「おい、どうした?」
と頭を叩く程度には鼻息が荒かったようだ。どれがいいんだ?としきりに先輩が聞くので、私はとびきり熱い視線を送っていたすごい衣装の小さいのに大きい少年を指差した。
「そいつか」
「はい」
「私はこいつ」と先輩もページをめくり指差した。
「本当にこんなの着けるんですか?」
とその少年のあれを指差したところ先輩は、しばらく黙ってから
「実際見てみたいか?」
 先輩は驚くべき事を話始める。
「次の外縁の地雷撤去の命令があるだろ?」
 地上の妖怪たちを防ぐため、結構な数の地雷が埋まっている場所があちこちにある。そういう場所はたまに場所を変えることがある、私たちの次の週の任務だ。
「他には言うなよ、私たちはいつもそこにいって、まぁ発散してくるんだよ」
 これはそこに感する情報が乗っている本らしい。いやこれは不味くないか? 不味いが、これを逃していいのか?もしばれたら軍法裁判どころの騒ぎではない。 いやけど見たい。
「じゃあ、お前はこいつか、よし」
「なにか準備することってあります?」
 結局誘惑には勝てなかったので、私は次の地雷撤去の任務を心待にすることになった。
「いいか、まず、絶対に他の隊の連中には話すなよ。それでパクられたヤツがいる」
「はい」
「あと、隊長がな、軍医に仲のいいヤツがいて、あれ、あれをもらってきてくれる」
「あれ?」
「とにかくお前は、体調管理表に朝昼夕の体温を書いとけばいいんだ」
「わかりました」
 その日の夜は、随分興奮したためか、あちこちからだの至るところをあれしてからぐっすり寝た。
 翌日、先輩に「うるさい」と言われ、隊の連中から随分からかわれてしまった。
その日から私のあだ名が決まった。






幸運うさぎの異名を持つ、竹林のうさぎボスであるわたし、てゐちゃんは自分の計画が失敗に終わったことを知った。翌日、イカれた目つきをした耳のないうさぎは、ごく普通にありえない精度で仕事をしている。こいつは普通に疲れさせても寝ない。
 正攻法ではダメだとようやく気がついた私は、逆に全く仕事をさせない。完全な自由時間を与えてみることにした。その旨も月の医者に伝えて、早速イカれた目付きのウサギに伝えた。
「来週から、大きな仕事がある」
「はい」「そのために、しっかり休んでおくように」
 彼女は、わかりましたと言い、どこかに去っていく。実際は大きな仕事など無いのだが、彼女の性格からそういったほうが効果的だと医者から言われたのだ。
 こっそりとあとをつけると、彼女は自分の荷物がある棚を、あり得ないほどきれいにし始めた。3刻ほどもそうしていた。明らかに彼女は心になにかよくないものを持っているように思えた。
 昼になると、他のウサギたちと一緒に飯を食う、その様子は彼女の奇怪な目付きと日常とは打って変わり、穏やかだ。子ウサギたちに慕われているのだろう、なにか、面白い話でもしているのだろうか、笑っている。そのあと子ウサギたちと遊ぶ。
 ちらちらとこちらに視線を向けているので、おそらく私の存在に気がついているのだろう。この竹林で私の尾行に気がつくとは、もしかすると彼女はただ者ではないのかもしれない。彼女はじっと子ウサギたちを眺めてからふと顔をバシバシと叩いて頬をつねっている、なにか自分を戒めているようにも見える。彼女の前の生活について医者に質問してみたもの医者は頑として口を割らなかった。ぼんやりと1日を過ごした彼女は夕方になり大部屋で雑魚寝の時間が始まると、一応は雑魚寝の姿勢になる。しかし何度かそばを通りかかると彼女ははやり目玉をぎょろりと開けて、しっかりと瞳を光らせてこちらを見ているのだった。
そう、彼女は眠らないのだ。
試しに1人の部屋を与えようかと持ちかけるが、結果は同じだ。個室を与えていた頃は、夢遊病のように彼女自身の意図しない形で外を歩き回ったりして、朝にひどく疲れているということもある。それならばまだ大部屋で横になっている方がいくらかマシだった。
彼女はこの病院で最もよく働くうさぎのひとりで、加えて深刻な病を抱えている患者のひとりだった。





思っていたより大したことは無かったな
私が初めて夜の街に繰り出した時に発した、初めての感想だった。もちろんその時は酒をかっくらい、各々が相手になった男達の美醜について下世話な感想を激しく言い合っていた。私はようやく、ここでずっとやっていけそうだと感じ始めた。相変わらず訓練はキツいし、よく殴られるし、酷い言葉で罵られるくらいならばむしろ幸運だ。しかしもうそれにも悪い意味でなれていた。
「おい、うどん」
「うどんげです、先輩」
「次ここに来るのは、随分先になる」
このあとの私たちの任務は、どうやら長い間地上の妖怪達を標的にした作戦に加わることになるらしかった。最初の方は、月の外れにやってくる妖怪の見回りから始まり、次第に地上に降りて妖怪達を減らす作戦に変わる。私たちはその先行偵察になる。地上の妖怪とはち合わせたら、戦わなくてはならない。
「新しい後輩が来たら、お前がここに連れてこい」
お前の、その妙な趣味もそれまでなんとかしろ、と言われた。メチルだかエチルだかわからない酒でべろべろになっていた私は、「死ぬまでなおしません」などといって一気飲みの芸に興じることになった。
「先輩、地上ってどんなところなんですか?」
私はまだ見ぬ戦地に、憧れのような恐れのようなものを抱いて、自分の言葉にブルりと震えた。私以外の隊員は地上に降りたことがあるらしいのだが、私だけが地上に降りたことがない。
「極めて危険な場所だ」

「そこでは、常に妖怪やほかの動物達が殺しあっている、想像し得る限りの能力を使ってお互いを食い潰そうとしている」
私はその言葉を聞いて、生唾を飲み込んだ。当時の私にとって、それは想像を絶する世界だった。月では出産制限があり、誰がいつ死ぬか、その汚れをどういう手順で払うか、死後の名前をどうするか。そういったものが生まれた時から、いや、それよりもずっと前から決まっている。それがわからなくなるのは、地上の生き物たちが月に干渉してくる時だ。
「そこでは、私たちの命と、あの有象無象の命が天秤にかけられる」
平等なんだと先輩は重たい口調で言った。おそらくは気を引き締めるために、注意を促すために私に言ったのだろう。しかし私はその恐ろしい事実に、胸が熱くなった。
酒を飲んでいると、隊長がやってきて、先輩の弱音を叱った。私たちがやるのは戦いではなく、狩りだと。こちらが行うのは一方的な殺戮だ、そんな気持ちでは足元を掬われるぞと。事実、私たちの装備は地上の原住民と比較すれば素手と戦車で戦うような違いがあった。だから、訓練通りにやれば誰も負けない、私たちは最強だと隊長が私たちに酒を酌んで回った。
「そうだな、余計なことを言ったな」
「いえ」
その晩、私たちはちょうど運悪く居合わせた他の隊の連中と喧嘩になり、相手を病院送りにしたため、逃げるように兵舎に帰ることになってしまった。
それからしばらく経ってのことだ、予想される地上の妖怪達に備えて、戦力が補充されることになった。当然人員が増える。増えればつまり新人が来るということで、私の立場は隊の下っ端からひとつ繰り上がった。今まで雑多にあった隊の仕事が大幅に軽減され、わたしも新人のしごきに参加するという流れになった。
新しくやってきた薄い赤色をした髪の新人は、どうもあまり気合の足りない兵隊には似つかわしくないやつのように思えた。布団で簀巻きにしたら、本当に死ぬのではないかと不安になったが、彼女は私以上に根性があるやつだった。恒例の首絞め窒息儀式では、最長記録となった。残念ながら彼女の訓練期間は長くない。彼女が隊の仲間として認めてもらうのは、戦場の中ということになるのだろうか。私は今まで歪、不可思議、理不尽としか思えなかった新人いびりの数々がなぜ行われるのか、唐突に理解した。仲間が特別なのだとみんな信じたかったのだ。





結果からいえば、彼女の夢遊病が幸いした。ということなのだろうか。
 はっきり言ってしまうと、ウサギ妖怪の力は弱い。弱いという言葉は正確ではなかったかもしれない。
ウサギ妖怪は、無力なのだ。もともとウサギは、敵に出会ったら逃げることしかできない。しかも頭がいいとも言い難い。特にその子ウサギともなると、逃げることも容易ではない。
ウサギたちの中で唯一ほかの力のある妖怪と退治できるのが私、てゐだったのだ。しかし、どうやらこのイカレタ目つきのうさぎは、私以上に戦うことが得意らしかった。
 それというのも、雑魚寝の時間になっても帰ってこない子ウサギが何匹かいたのだ。とはいっても、この大部屋で寝転んでいるウサギたちの数といったら、形容しがたいものがある。部屋で寝ずに今日は外で眠りたい気分だからと言って外で眠る奴も少なくはない。そういう危機感のないウサギたちはしばしば他所の妖怪などに喰われてしまう。しかしこの夢遊病患者の耳のないウサギは、子ウサギがいないことに激しい危機感を覚えて、竹林を歩き回ったそうだ。そこで出会った、子ウサギを加えた狼妖怪たちと大立ち回りを演じて、子ウサギを連れて帰ってきた。
子ウサギの噛み切られた耳を、深夜に懸命に治療している。その様子を震えてみていた他のうさぎたちは、どうやらこのイカレタ目つきのうさぎをようやく、仲間だと信じ始めたようだった。
耳のない月のうさぎは、ぐりぐりと容赦なく消毒と縫合を行い、子ウサギはぎゃあぎゃあと喚き続けた。
その叫び声が耳に触ったのだろう。就寝時間であった、月の医者が寝間着姿でのっそりと現れる。
「何事なの?」
「あ、師匠、いやね、ちょっとひと悶着あってさ」
私がイカレタ目つきのうさぎを指さす。彼女は子ウサギの背中の裂傷を無慈悲に縫合していた。その様子を医者は眺めている、その視線は思いのほか熱心だ。私にはよくわからなかったが、どうやらイカレタ目つきのうさぎは全ての治療を終えたらしかった。床の血だまりを清掃し始める。
「ねぇ」
「はい」
 医者が耳のないウサギに話しかけると、ウサギは血まみれの顔を医者に向けた。
「あなた、手当の心得があるの?」
「はい」
 明日、私の部屋に来て。医者はそういって寝室に引っ込んでいった。
 ウサギはくるりと背を向けてせっせと掃除の続きを始める。よく見たら、彼女の腕には大きなひっかき傷と、噛傷があって、そこから流れる血液がずっと床に滴っていた。彼女はそれを熱心に懸命に掃除していた。私は彼女の腕を取って、洗い、包帯を巻いた。
 彼女はその様子を、不思議そうに眺めていた。
短め、まだ続くよ
neo
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コメント



0.220簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
原作の設定と食い違っている部分はあるものの
面白かったので続きを期待
てゐの語り口調が良いね
4.60名前が無い程度の能力削除
悪くないと思うんですが私の好みでは無かったです。
文章も丁寧に書かれて、作者さんの個性も良く出ていて良かったのですが好みでは無かったです。
文章の好みが自分好み出ないだけです。
5.100南条削除
面白かったです
月のウサギと地上のウサギの関係が今後どうなっていくのか気になりました
9.80名前が無い程度の能力削除
月のエピソードは「うどんげ」でなく「れいせん」でないと正しくないよーな…
話が割かし面白いだけに惜しい