「ねえ 魔理沙ぁ~」
「……なに?」
前日神社にお泊まりをした霧雨魔理沙に博麗霊夢がねっとりと問いかける。
ちなみに金髪魔法使いの同意が無かったので布団は別々、それに『もし寝ている間に何かしたら絶交だぜ! 本気だからな!』と厳命されてたのでナイトアタック(夜這い)はどうにか謹んだマリサスキー巫女。
「んふふ 今朝の私を見て何か気づかな~い?」
何やら機嫌の良い霊夢はかえって不気味だ。
「……え……と」
ここは慎重に答えたい。下手を打ってクレイモア(指向性対人地雷)を起爆させたくはない。
服を新調したようにも見えない。
『メイク変えた?』と聞こうにも、相変わらず化粧っけも無いから意味がない。
くんくん。香水をつけてるわけでもなさそうだ。
「んーっと」
本当に分からない。だが、こうして切り出すからには何かあるのだろう。正答しないと後が厄介だ。
「髪、切った?」
「切ってないわよ」
霊夢の表情があからさまに曇った。
(しまった、ハズレたか。 うーん……強いて言えば少し顔が赤いかな? 額にうっすら汗をかいているな……でも、具合が悪いようには見えないし)
魔理沙は考えに考えた末に次弾を撃った。
「……便秘……治ったの?」
「張っっっ倒すわよ!」
(マズいっ まーたハズレかよぉ、どーしたらいいんだ!)
霊夢の口癖を借りるなら『面倒臭い』状況この上ない。
魔理沙はこれ以上悪化する前に白旗を上げることにした。
「参った。分からないぜ」
両手を差し上げ、降参のポーズをとる。
どぷっっしゅしゅうううーー
巨大蒸気機関の圧力弁が解放されたようなため息が聞こえた。
霊夢が唇を噛みしめ、残念そうにしている。
「っっかしいわねえー」
「なあ、何があったんだ?」
これだけプレッシャーをかけられたのだから聞く権利はあるだろう。
「ふー まったくー」
いつもの腕組み&アグラのポジションに戻った霊夢がやれやれとこぼす。
「ねえ、私のオーラを感じないの?」
「オーラ? ……【絶望のオーラ Lv3】か?」
「違うわよ! 私、死の支配者なのっ?」
「そう言われてもホント、分かんないんだぜぇ」
心底、困り顔の魔理沙。
「ぬう、私の身体はこんなに火照ってんのにっ」
「火照る? どうしたんだよ?」
「だって、この薬が―――」
「―――おはよーございます!」
朝っぱらからやってきたのは東風谷早苗ともう一人だった。
―――†―――†―――†―――
「え? 今日じゃないんですか?」
「なに言ってのよ、明日よ」
「そんなー 朝ご飯抜いてきたんですよ?」
早苗がプチ抗議している。
「だから言ったじゃないの、ちゃんと確認しないから。アンタはばかねー」
一緒にやってきた比那名居天子はやれやれ顔。
「うー、だってー」
「なあ早苗、お前、今日だと思ってたんだよな?」
「はい」
「じゃあ、なんで手ぶらなんだ?」
「手ブラってこれですか?」
ムギュギュッ
「……バカ。準備は? 弁当はどーしたのよ」
「はあ? なぜ、お弁当が必要なんですか?」
「ん~ どうも話が噛み合わないぜ」
「そうね」
「なにかおかしいですよ」
三人がそれぞれに小首をかしげる。
天子だけが『ははーん、そーゆーことね』と頷いていた。
「早苗、確認するぜ」
「はい、是非」
「ハイキングは明日だからな」
「ハイキング? バイキングじゃないんですか?」
「やっぱなー、そうじゃないかと思ったぜ」
「っかしいと思ったのよ。そもそもバイキングって何よ?」
「好きな料理を好きなだけ食べられる、言ってみれば食べ放題のことですよ。あちらの世界ではポピュラーでした」
「海賊まがいの連中のことじゃないの?」
「単語は同じですが、ちょっと違います」
「キミの地球が狙われてるぞ、ってか?」
「それは大空魔竜●イキングですよっ」
「サナエー、アンタの勘違いねー」
不毛な会話にタメ息をつく比那名居天子。
「そんなあ」
「毎度おなじみ、早苗のおバカな早とちりよね」
そう言って霊夢が鼻を鳴らす。
「まあ、そこはいつも通りだから仕方ないんだろうぜ」
「サナエのこれは死ぬまで治らないんでしょうね」
「み、みなさんっ 失礼千万ですよっ」
顔を赤らめながら抗議する風祝さん。
「まあ、いーから聞けって。ここ(幻想郷)には食べ放題の店はないんだぜ」
「んー そう言えばそうですね」
なだめるような口調の魔理沙に早苗も脳内の食べ歩きマップを確認する。
「早苗がここ(幻想郷)に来るまではあったんだけどなー」
「ほ、ホントですか?」
「そーね、あんたが来た翌日にどの店もやめたわ」
ニヤツいているレイ&マリ。
「そ、そんなあ ……うぐぐぅ」
早苗は無念を噛みしめる。
心底、悔しそうにしている。
「ウソだぜ~」
「ウッソよ~、そんな店、ハナから無いわ」
おどけながらヘラヘラ笑う確定自機の二人。
「え? ウソ……なんですか?」
顔を上げ驚く早苗。そして先ほどとは異なる無念をまとって歯を食いしばる。
「どしたのよ?」
「バイキング…………無いんだ」
呟く早苗の目が潤み始めている。
「おまっ こんなことくらいで泣くなよ」
「ちょっと、泣くほどのこと? おかしいでしょ?」
「うっうう~」
ホントに泣き出した早苗を天子がすかざず抱き寄せた。
「アンタたち、今のウソはヒドいわよ」
レイマリに険しい視線を浴びせる天人。
「あん?」
「サナエにその手のウソは御法度でしょ」
「そんなルール、初めて聞いたぜ?」
「そーね」
「大体、なんでお前が文句言うんだよ」
「だって……サナエは……私の……その」
ここで『友達』と言い切りたいが、早苗はいまだに否定してくるので自信がない。その当人は天子の肩に顔を埋めてヒグヒグ呻きながら震えている。余程気を許してない限りこんな事するわけ無いのだが。
「はいはい、辛気臭い話はおしまいよ」
パンパンと手を叩きながら霊夢が強制終了を宣言した。
―――†―――†―――†―――
「だから明日は山にハイキングだからな」
「山菜採りだからね」
「ハイキングのお弁当ならおむすびですよねっ」
元気の良い返事は緑巫女。
「お前、さっきまで泣いてたくせに」
「コイツの回復力はハンパないわね」
「不死身の心か。なんだかカッコいいぜ」
「はん、ニブいだけでしょ」
幻想郷でもまれて頑丈になってきている早苗だが、傷つかないわけではない。現にさっきのはかなり結構こたえたが、今も自分の腰に手を回し、しっかり支えてくれている存在によって持ち直したのだ。
「明日は弁当持ってこいよ」
「はいっ おむすびですね!」
「私たちも作んなきゃだわね」
「霊夢、あのな」
「なに?」
「前々から言いたかったことがあるんだ」
魔理沙が神妙な面持ちで霊夢を見つめる。
「なによ?」
「こんな時になんだけど、今言わなきゃダメな気がするんだ」
「……ふぇ?」
「心を落ち着けて聞いて欲しいぜ。いいか?」
そう言って意を決するように口を引き結ぶ。
(ええー! ついに告白? こんなタイミングで?)
霊夢のハイマンガンスチール製の心臓がドゴッドゴォンっと鳴る。
「い、言って みみ、みなさいよ」
「お前の、固いんだよ」
「………………は?」
「霊夢さんの何が固いんですか?」
「ふん、ゲンコツとか頭蓋骨でしょ」
早天コンビの割り込みが非常に煩わしい。
「あんたら、静かにしてなさいよっ ……で、何が固いの?」
「おむすびだよ」
「へ? ……おむ……すび?」
「詰まり過ぎ、みっちりしてんだよ」
「おむ……」
完全に当てが外れて茫然自失の霊夢。
「力任せに握ってるからですよ」
「ふん、加減のできない馬鹿力だからよ」
言われたい放題なのに心に力が入らず反撃もできない。だが、事実に近いのも確か。見た目こそ少女の手だが、フリッツ・フォン・エリックばりの握力と指力を誇る霊夢はあまり考えずに、ぎゅっころ、ぎゅっころ握るので密度がかなり高めなのである。
「おむ……す……び?」
―――†―――†―――†―――
「米は少し固めに炊いた方がいいんだよな」
「そうですね。心持ち水を少なくして、あ、氷を少し入れて炊くといいんですよね」
「温度差で米がしゃっきっとなるんだっけ?」
ボロッボロ、スッカスカの抜け殻となった霊夢を無視して三人がお米談義を展開している。
「私が実践している米の炊き方を教えてやるぜ」
魔理沙が自信満々で腰に手をやる。
「まず、米を研ぐときは軽く優しくで良いんだ」
「ゴシゴシ、ザクザクしないんですか?」
「今は精米の技術が上がっているからそんな必要はないんだぜ」
「確かに米粒はもろいって言うわね」
「そうだぜ。洗うのも二回もやりゃ十分だ」
「白いとぎ汁が気になりますけど」
「気にすんなよ。洗い終わったらザルに上げてからさらに水に浸して十五分放置だ」
「ふやけない?」
「ここで米に水を含ませるんだ。時間になったら水を捨てて、もう十五分放置、これでイイ感じにふやけて炊きやすくなるんだぜ」
「確かにお米は穀物ですもんね。諏訪子様も洗い米しますもんね」
「豆を煮る前の湿潤と同じなわけね」
早天コンビも納得したようだ。
「キレイな水を分量通り入れて炊き始めるぜ」
※ご家庭の炊飯器ならここで【早炊きモード】を使ってください! ここポイント!
「これでツヤツヤピカピカの銀シャリの出来上がりだ。炊き上がったらお櫃に移してしゃもじでほぐし、水分を飛ばすんだぜ」
「ふーん、たいしたこだわりね」
天子が感心している。
「……魔理沙さん、それ、誰に教わったんですか?」
早苗が疑問を差し挟む。違和感を覚えたからだ。
料理に関しては自分と同じくらいの腕前と思っている魔法使いにしてはあまりにも手順と理屈が整いすぎている。まるでベテランの指導を受けているように思えたから。
「え? いや、こんなの常識だし……」
魔理沙がちょっとだけ視線を横にそらしたのを見逃さなかった。
その視線上にわざわざ移動し、顔を覗き込む。
「な、何だよ、顔、近いぜ」
「誰ですか?」
「別に、いいだろ」
「教えてください」
「………… 寅丸だぜ」
執拗な追求に口を割ってしまった容疑者魔理沙。
「やーっぱりー。納得ですっ」
勝利の笑顔を浮かべる取り調べ官早苗。
「これって必要なやりとりなの? どうでも良くない?」
天子がうんざりしたように言う。
「いえ、大事なことです。お料理スキルの抜け駆け取得は見過ごせません」
「抜け駆けって、人聞きが悪いぜ」
幻想郷の料理スキル保持者の中で最上位クラスにいる命蓮寺の料理番、寅丸星。お寺に頻繁に出入りしている魔理沙は寅丸にちょこちょことコツを伝授されている。
ここのところ霊夢と魔理沙と一緒に料理する機会の多い東風谷早苗。料理スキルの質量=女子力の底力、と信じているので負けたくないのだ。なんとなくだが。
―――†―――†―――†―――
「具は梅干しか佃煮よね」
ようやく復活した霊夢が会話に加わっている。
「最近は昆布やカツオ節もあるぜ。な?」
そう言って自分にニッコリ笑いかける魔法使いを複雑な表情で見やる巫女。
「こちらにはシャケ、タラコ、ツナが無いんですよねー」
海に面していない幻想郷、手に入る海産物はほとんどが乾物である。
「シャケのハラミ、明太子、ツナマヨを是非味わっていただきたいものですよ」
「無いモンはしょーがないでしょ」
早苗の『あちらにいた頃は』がたまに鼻につく。
「あちらでは唐揚げや天ぷらも具にするんですよ」
「なあ、早苗」
「はい」
「無理しなくていーからな?」
「そうよ、んなモン入れてどーすんのよ」
「ほ、ホントなんですよ!」
幻想郷生まれの二人は唐揚げ入りや天むすの存在を知らない。
「お前はなんでも揚げ物と絡めるよな」
「ホントにあるんですよぉー」
マイティ揚げ物ファイターである早苗が言うとウソっぽく聞こえるらしい。
「天子さん、何とか言ってくださいよ」
「私もおむすびに唐揚げ入れたことなんか無いわ」
「……え」
援護を頼んだら背中を撃たれた。
「ふつーに考えて、別々に食べりゃいーじゃないか」
「そうよ。蒸れてぐにょぐにょになるじゃない。衣のサクサクが台無しよ」
「それはそうなんですけど、これはこれでアリなんですよっ」
「はいはい」×2
「ウソだと思ってますね?」
「いや、別にー」
「どーでもいーわよ」
「くやっしー!」
「だったら作ってくりゃ良いじゃないか」
「私がですか?」
「そうよ」
「おむすびと唐揚げなら別々に食べた方が美味しいに決まってるじゃないですかっ」
「はあぁ?」×3
「お前……結局、何が言いたいんだ?」
「では、次は天むすについて説明しますっ」
「もういいって」
―――†―――†―――†―――
「結局、具は梅干よね」
大変良質な博麗の梅干はおむすびにベストマッチと言える。
「霊夢の梅干は確かにウマいんだけどな……」
魔理沙が顔を曇らす。
「何よ」
「お前さあ、タネを噛み潰すのやめろよな」
「えーっ梅干のタネ、バリバリ食べちゃうんですか?」
「悪い? 文句あんの?」
「ふふん、そこまでヒモジイ思いをしてたとはね」
「言ってくれたわねー」
掴みかかろうとした霊夢の手をすんでのところで躱した天子がそのままバックステップで距離をとった。とばっちりを恐れた早苗がパタパタと天子のところまで逃げていき、二人して渦巻き防御体勢を固める。
「ちっ」
「昔っから梅干のタネは出すように口を酸っぱくして言ってるのにな」
「ほう、モノが梅干だけに、ですねっ?」
「――― ウマいっ!」
「イエイッ!」
早苗と天子がハイタッチしながら勝手に盛り上がっている。
「……あんたたち」
「あのなー、全然ウマくないから」
「おむすびはとにかく色々ありますからね」
「ちょっとっ! サナエ! 危ないわよ!」
王蟲の攻撃色が消えたと判断した早苗がトコトコと近寄ってきた。ちなみに天子はまだ安全圏で身構えながら相方を呼び止めようとしている。
「――― んぷ~ ―――そうね」
霊夢が少しだけ力を抜いた。
「早苗、見切りが早すぎないか? 今のギリギリだぜ」
「そうですか? おむすび談義に戻りましょうよ」
この警戒心の薄さも早苗の特徴だからツッコむのも野暮なのだろう。
―――†―――†―――†―――
「普通はご飯の中に具を入れるわよね」
比那名居の娘さんが腰に手を当て人差し指を振りながら話し始める。霊夢の眉が一瞬上がったが、それ以上は何も無かった。今のところ。
「いわゆる【中央埋没型】ですね」
「そんな言い方、初めて聞いたぜ?」
「ゴマや青海苔、鰹節はまぶすこともあるわね。あと、葉野菜や肉なんかでで全体を包むのもあるわ」
「いわゆる【表面塗布型】と【表面皮膜型】ですね」
「なあ、ホントなのか?」
「具や調味料を混ぜ込むのや、一緒に炊き込むのも良いわね」
「つまり【炊飯後混合型】あるいは【初期同時炊飯型】なわけですね」
「ふーん……そーなのかー」
「形状も三角、丸、俵型、いろいろだわ」
「それは―――」
「ストーップ!」
大きな声は霊夢。
「何ですか?」
「あんたたち、いい加減にしなさいよ。あったりまえのことを偉そうにグダグダと」
「そうか? 私はもっと聞いても良いけどなー」
「こんなおとぼけコンビにいつまでも付き合ってらんないわよ」
※ちなみに、こんな分類の仕方、他所で言ったら笑われますから。でも、広義では握り寿司も酢飯(炊飯後混合型)を小型の俵型に成形し、具を上辺に配置したおむすびと言えるでしょう。―――異論は認める。
「ところでおむすびとおにぎり、どう違うんだ?」
「えーっと……西日本では『おむすび』東日本では『おにぎり』とか、それは逆だとか、三角のはおむすびで丸いのはおにぎりとか」
「ハッキリしないわね」
「実のところよく分からないんですよ」
「私は『おむすび』かな。〝握る〟より〝結ぶ〟方が優しくて楽しい感じがするぜ」
「あんたと私の縁を結ぶ?」
「……それはおいといて。焼きおにぎりも旨いよな」
「あんた今『おにぎり』って言ったわよ」
「あっ ホントだ」
魔理沙は自分の発言に驚いている。
「はい! はーい! はあーいっ!」
早苗が勢い込んで手を挙げている。
「なによ、うるさいわね」
「焼くなら『おにぎり』がしっくりきますねっ」
「まあ、そうかもな」
「そう言や、焼きおむすびってあんまり言わないわよね」
「ウチ(守矢神社)の焼きおにぎり、おいしーですよ!」
「あ、そう」
興味なさそうな霊夢。
「ホント、おいしーんですっ」
「あんたは何でも『おいしい』からね」
「言わせてもらえば、確かにサナエのお母さんの作る【ネギ味噌焼おにぎり】はなかなかのモノだわ。甘めの味噌に混ぜ込んだみじん切りのネギとショウガを塗りつけるのよねー、焼き加減も丁度良いのよ。あれは何度でも食べたいわ」
食通の天子が八坂神奈子の焼きおにをエスティメイトする。
「あの、何度も言いますけど神奈子様はお母さんじゃありませんからね」
「ネギ味噌で焼おにぎりか……確かに旨そうだな」
「軽く呑んだ後のシメには最高、こたえられないわ」
「お弁当には向かないですけどね」
「んー、そうだな 焼きおにぎりは焼きたてをアチアチ言いながら食べるのが良いもんな」
「そうなんですよねー」
「…… 一つ良いかしら」
「どした霊夢」
「焼きおにぎりはやっこい(柔らかい)と焼いてる途中でボロボロになるわ」
「確かに」 ×3
「だから焼きおにぎりは固めに握るべきなのよっ」
霊夢の両目が限界まで見開かれている。今にも破壊光線か何かが発射されそうだ。
「つまりっ 固いおにぎり、固いおむすびが必要な時もあんのよっ ―――魔理沙、分かった?」
「わ、分かったって、鼻息がくすぐったいぜ」
なんとか一矢報いた霊夢は鼻の穴から豪風を吹き出しながらドヤ顔を魔理沙にむっちょり近づける。まあまあ美人なのにこんな顔をするから【楽園の残念な巫女さん】とか言われるのだ。
―――†―――†―――†―――
「早苗はおむすび何個持ってくるんだ?」
すぐには答えず天子の顔を見る早苗。
「タイムアウト願います」
「なに?」
可否も聞かずに天子の手を取り、小走りで庭の隅に移動する。そしてひそひそ。
「そんなに重要なことなのかよ。深い意味なんてないのに。餃子の時に懲りたのかな?」
「別に十個って言われたって驚きゃしないのにね」
「いや、十個は多くないか?」
やがて大きく頷き合った早天コンビが力強い足取りで戻ってきた。
「ごっ 五個ですっ!」
「そんなに力まなくても良いんだぜ?」
「意外と少ないわね」
「念のため聞くけど、大きさに制限は無いのよね?」
腰に手を当てた天子が二人に確認する。
「当たり前だろ。なんだよ大きさ制限って」
「かと言って、ハンドボールみたいのじゃありませんからね!」
「知らないわよ。好きにすれば良いじゃないの」
「ちょっと大きいだけのおむすびなんですっ」
「はいはい」
「それをたった六個なんですよっ」
「一個増えてるじゃないの」
「だからー、何個でも持ってくりゃいーだろ」
どうして今更隠そうとするのか分からない。早苗の標榜する【乙女道】とやらに起因する見栄だろうか。
―――†―――†―――†―――
翌朝の博麗霊夢。炊き上がったご飯をお櫃に移した後、少し考え込む。
昨日、帰り際に魔理沙がおむすびの結び方をしつこいくらいレクチャーしていった。今日また圧縮握り飯を持って行ったらさすがに呆れられてしまう。
百シーシーの水にお塩を小さじ一杯、チャポチャポかき回す。
『手水には塩の代わりに酢を少々でも良いんですよ。殺菌もされますし』
(早苗はああ言ってたけど、今回は塩ね)
具は自慢の梅干。これだけではさすがにさびしいので出汁を取った後の昆布と鰹節を刻んで醤油と酒と砂糖で甘辛く炒りつけた佃煮。これは寅丸に教わったものだ。
きっと交換しっこするだろうから多めに作る。それぞれ三個の計六個。ブラックホールがいるから余ることはないだろう。
お椀を塩水で濡らし、手にもつける。
ご飯をお椀によそい手を軽くかぶせて押さえる、縁を揃えるくらいの軽さで。
真ん中に梅干を置き、ご飯を掴んでお椀の中で上下を返す。このひっくり返しを二回。
最後に両手に持って軽く形を整える。
海苔は後でまとめて巻くことにする。
「ふーーい」
今までの自分のおむすびに比べると強度の面で甚だ心許ない。しかし、ギュッとしたい気持ちを『コレデイイノヨっ』と抑えこむ。
一時間後、予定通り魔理沙と早天コンビが神社にやって来た。
「今回のおむすびは自信作ですよお!」
「いきなりね……あのね、山菜を摘むのが目的なのよ? 分かってんの?」
「まあ、そう言うなよ、ハイキングのお楽しみはお弁当だぜ? 早苗たちはどんなおむすびなんだ?」
「タヌキとキツネです!」
「……ん?」×2
「サナエ、それじゃ通じないでしょ。えっと、タヌキとキツネとはね―――」
ポカンとするレイマリに天子が説明する。
タヌキおむすびとは、揚げ玉(天かす)とみじん切りにした長ネギをめんつゆで和え、ご飯に混ぜたものだ。
キツネおむすびは、焼いた油揚げを細かい角切りにし、ショウガの千切りと炒りゴマを水でゆるく溶いた味噌で和え、これも混ぜご飯にしたもの。
「分かりやすく【タヌキ】と【キツネ】と名づけたのよ。これは美味しいわよ~」
いつも自信満々の天人だが、今日の地震はマンマンタンタンだった。
このおむすびのアイデアは早苗が因幡てゐから教わったもので、えっちらおっちら作った二人はあまりの旨さの驚いたものだが、その大元はナズーリン経由の寅丸星だとは知らない。
「へえー、イケそうだな。あとで味見させてもらうぜ」
「魔理沙さんはどんなのですか?」
「私か? ふふふ、炊き込みご飯だ!」
「お? 捻ってきたわね?」
「シイタケ、タケノコ、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、鶏肉の炊き込みご飯を海苔で巻いてきたぜ」
「むむっ シイタケは気になりますけど美味しそうですね」
「具だくさんで期待できそうね。あとで交換しましょう」
「いいぜ……で、霊夢は?」
「私は シンプルイズベストね」
「えー、梅干だけですか?」
「鰹節昆布の佃煮もあるわよ」
「ふん、手抜きじゃないの?」
「あんたたちにおむすびの原点を教えてあげるわよ」
三人のおむすびが予想以上に凝っていたので怯みそうになったが、いらんとこで強がりの霊夢はぐいっと胸を張った。
―――†―――†―――†―――
四人が山歩きをしていると、チャリン チャリンと小銭が降ってきた。
「なにこれ?」
天子が不思議そうに小銭を見やる。
そう言う間にもチャリン チャリン。
「あー、これはな ―――」
魔理沙によれば、スネに傷もつ妖怪たちが博麗の巫女様にお目こぼしを願って、いや、因縁をつけられるのを恐れて【お賽銭】と称し、小銭を撒くらしい。
「まるでヤ●ザさんですよね」
「まんまゴロツキじゃないの」
「ぬぁんですって?」
這いつくばって小銭をかき集めていた霊夢が早天コンビを睨みつける。
「だったら拾うなよ、みっともないぜ」
「そんなっ 勿体ないじゃない!」
「ふーー …… おおーーーい!」
盛大なため息のあと、魔理沙が両手を口に添えて怒鳴る。
「今日のー 博麗霊夢はー 地回りじゃないぜー!」
「ちょっとぉー! あんた、なに言ってんのよっ!」
「だからー 賽銭はー いらないぜー」
安堵のため息がそこかしこから聞こえてきた。
博麗の巫女がやって来た。
この情報は瞬く間にお山中を駆け巡った。
あるものは身を潜め、あるものは無視し、あるものは何かの仕度をする。
「ちっ これっぽっちか……シケてやがるわね」
小銭を数えていたチンピラ巫女が吐き捨てた。
もはや何も言えない三人。
「これは皆さんおいでー」
上空から四人に声をかけてきたのは姫海棠はたて。
射命丸文と同じ鴉天狗の新聞記者。文のアクティビティには及ばないが、丁寧な解説記事には定評がある。
鴉天狗二人の特性が結びついた合作新聞【文果新報】。三号だけ発刊された奇跡のペーパーはいまだに幻想郷では語り草になっており、続刊が待たれている。
「よう」
命蓮寺絡みで面識のある魔理沙が手を挙げて挨拶した。
「本日はお山にどんなご用なんですか?」
「そんな大層なこっちゃないぜ。ハイキングさ」
「山菜狩りよ」
「山菜採りですよ」
「キノコもなー」
「キノコはいらねーわよ」
「そう言うなよ。食べらるキノコと、頑張れば食べられるキノコを教えてやるぜ」
「そんなことで頑張りたくはねーわよ」
「とにかくキノコは無しですね」
「毒キノコにあたりたくわないわ」
「ぐぬぬぬっ」
「今は山菜の美味しい時期ですよねー。タラの芽、フキノトウ、コシアブラなんかが良いですね」
※季節は五月初旬です。
「そうですね。天ぷらが楽しみです」
「この時間帯でこの辺りということは、お弁当持ちですね?」
「まあな、それが目的の半分くらいだぜ」
「ただのおむすびだけどね」
「私もお弁当は大体おむすびですね、野外で食べるおむすびは格別じゃありませんか」
「自分で作るのか?」
「そうです、と言いたいところですが、おこぼれを分けていただいているのですよー」
えへへへとはにかむツインテール天狗。
「ナズーリンデスクのお弁当のついでに作っていただくんです」
「ナズーリンデスクってことは……」
魔理沙の推測、他の三人も同様に結論に至る。
「はいっ ご推察の通り、寅丸さんです。寅丸さんはお料理が上手なのはモチロンですが、お弁当もステキなのですよー」
「ちょっと見せてみなさいよ」
霊夢の要望は他の三人も同時に抱いたものだ。
「今日はデスクが遠出する日なので凝っていますね。巻きモノです」
「マキモノ? 忍法帖ですか?」
「こういうものです」
笹の葉の包みを開くと黄色と緑の塊が二つずつ。
「黄色はほんのり甘い薄焼き玉子で巻いたトマトとベーコンの炒めご飯、緑は肉そぼろ味噌の混ぜご飯を野沢菜で巻いてあるんです」
「むむっ さすがにレベル高いな」
「手が込んでるわねえ」
「お、美味しそうですっ」
「見た目も良いし、栄養のバランスも良さそうね」
「差し上げられませんよー」
はたてにとって寅丸の弁当はナズーリンデスクとの絆の象徴でもある。おいそれと差し出せるものではない。
過去に何があったのか霊夢たちは知らないが、この天狗、命蓮寺のネズミ妖怪を『ナズーリンデスク』と呼び、絶大な信頼を置いている。
以来、命蓮寺の番記者として寺の催しや人里との交流を面白おかしく記事にしているわけだ。
「いつかはこのレベルに到達したいですね」
「まあ、私たちは私たちのペースで行こうぜ」
「いつのことやらね」
「ふん、おむすびはシンプルなのがいいのよ」
まだ強がっている霊夢にはたてが声をかけた。
「デスクも寅丸さんも梅干は博麗神社のが一番美味しいと仰っていましたよ。私もそう思います」
「そ……そうなの?」
途端に機嫌が良くなる赤巫女。
「チョロいヤツよね」
ギリギリ聞こえないように天子が呟いた。
―――†―――†―――†―――
はたてと別れた四人は山菜を摘みながらぶらぶらと歩く。
「山菜採りにもルールがあるんだぜー」
「早苗、採りすぎちゃダメよ」
「分かってますよ」
タラの芽は今では代表的な山菜だが食用されるようになったのは割と最近。枝分かれした先端を摘むが、枝全部の芽を摘めば立ち枯れしてしまう場合もある。
フキノトウは花の部分に当たる。固い場合があるのでナイフや鎌があると便利。
コシアブラは若い芽の付け根から折るようにして採る。
三種類とも陽当たりの良い林道の道端などに生えている、かなりざっくりとだが。どれも天ぷらにすると格別美味しいのは間違いない。
そろそろ昼飯時が近い。ランチプレイスを求めてなんとなく川音のする方へ移動する四人組。
「川っぺりが何かと便利だぜ」
「涼しいですよね」
「あのさ、さっきすれ違った河童、変わった腕輪をつけてたわよね」
天子が珍しく霊夢に直接話しかけた。
「そうね。―――あ、あいつもつけてる。何かしら?」
少し離れたところを歩いている河童娘の左手首には黄緑色にぼんやり光るブレスレットがあった。
「なんだ? どうしたんだ?」
魔理沙が話に入ってきた。
「ふーん、腕輪かあ。まあ、私の腕輪は特注品だけどなー」
霊夢の指さす先に件の腕輪を見た魔法使いが自分の腕輪を軽くさする。
【八望手纏】(はちぼうたまき)。河城にとり謹製の霧雨魔理沙専用、自慢のマジックアイテムだ。
「あっ! アイツ、いやがったわ!」
霊夢が何かを見つけたようだ。
ズギィンッ ズギィンッ ズギィンッ
三つのシモベ、ポセイドンのような足音をたてながら憤激の巫女が突進してゆく。
「かっぱぁー! このあいだの薬っ! なんなのよぉ!」
「へ? 薬って【ラブオーラが溢れ出てくる秘薬】ですか? 何か問題でも?」
詰め寄ってくる霊夢を軽くいなしたのは河城にとり。
「全然効果が無いじゃないのっ」
「変ですねぇ、ちゃんと飲んだんですか?」
「飲んだわよ、昨日の朝一番に」
「ええー? 朝ですか? 月夜の晩にと言ったじゃないですかー」
「……月夜?」
「月の力を利用するんですから当然でしょ?」
「そ、そうだったかしら」
博麗霊夢は見るからに説明書を読まず、用法・用量を守らないタイプ。自覚があるのか攻撃モードが急速にしぼんでしまった。
「飲んだらそれっきりのモノですから、仕方ありませんねー」
「むぐぅ」
悔しそうだが、どうやら非を認めたらしく憤怒を抑え込んだ。
「でも、ご安心ください。本日ご紹介するのはそんな貴方にピッタリのアイテムです」
「なんですって?」
「使い切りではないアイテムもあるんですよっ」
ポケットから黄緑色に光る腕輪を取り出すにとり。
「あら? それは?」
「このブレスレット、付けているだけで意中のヒトからの好感度がズババっとあがる幸運のアイテムなんです! もちろん市販なんかされていませんっ」
「……もっと詳しく」
「科学と妖力、奇跡のハイブリッドの一品ですっ!
ラブパワーを徐々に増加させるこのブレスレット、最終的には以前の薬の三倍の効果が認められました!」
「ホントに?」
「過去最高の妖力を持っていた今は亡き河童の長老のお墨付きです!」
死んでるヤツにどうやって確認したんだよ、と魔理沙はツッコみたかったが口には出さなかった。
「大変に人気のある商品なんですよ! 奥さん!」
「誰が奥さんよ。でも確かに見かけたわね、それ」
「でしょ? なにせ大人気の商品ですからねー、残りわずかです」
「いくらなの?」
「本当はこれだけですが」
指を四本立てて見せるにとり。
「霊夢さんなら特別にこれで」
立てていた指を一本折る。
「二つもらうわ」
「毎度ありがとうございます!」
―――†―――†―――†―――
「ねえ」
「あん?」
天子が魔理沙に小声で話しかける。
「あの巫女、頭大丈夫なの?」
「うーん、がめついくせに抜けてんだよなー」
「どう見てもインチキ商品じゃない」
「まあ、多分そうだな」
「人前で堂々と購入する神経が分からないわ」
「なんだかかわいそうに思えてきましたよ」
「だから所々抜けてるんだって……念のため確認しとくか」
なにか思いついた魔理沙は何度かしゃべったことのあるおかっぱの河童を捕まえた。
「なあ、その腕輪、なんなんだ? 自分で買ったのか?」
「えー、ナイショ」
「どうして?」
「約束だから」
「そうか、それなら仕方ないな。でも―――困ったぜぇ」
「い、言えないんだよ」
悲しそうな表情を見せる魔理沙におかっぱの心は少なからず揺さぶられている。
「にとりの仕業だな?」
「……何で分かったの?」
「アイツ以外にいないだろ」
そう言いながら肩に手を回し、軽く抱き寄せる。
「わ、私が言ったってバラさないでよ?」
「ふふ……モチの、ロンだぜぇ」
吐息がかかるほど顔を近づけ囁く。
「にとりから今日、一日だけ付けといてって頼まれたの」
「何の効果があるんだ?」
「さあ? 分かんないよ。妖力とかは感じないけど……」
「まあいいぜ。だいたい思ったとおりだから。
……ありがとな。 んっ」
ごく自然に頬に軽い口付けをくれた。
「ひぁっ」
おかっぱ河童の顔面が一瞬で真っ赤に染まる。
「これは……スケこましの現行犯ね」
「どんな男性よりも【女の敵】ですよね」
天子と早苗が思い切り顔をしかめた。
「なんだよお前ら、単なる情報収集だろ?」
「最低(ね)(です)!」
「はあ? どーしてそんな言われようになるんだよ」
―――†―――†―――†―――
コシアブラとフキノトウとタラの芽、四人で食べるには十分な量が採れた。
「帰ったら天ぷらね」
「野菜天ぷらのコツは大体つかんだからな」
「パルスィさんみたいに上手くいけば良いですけどね」
「上手くいかせなさいよ」
「妙な命令形だな」
「その山菜はどうするの?」
いつの間にか河城にとりが輪に入ってきた。
「持って帰って天ぷらだぜ」
「だったらここでしない? 鍋や油、火元は用意するよ?」
「……にとり、ちょっとこっち来いよ」
魔理沙がエンジニアの腕を引っ張って距離を取った。
「お前、何を企んでるんだ?」
「別に何も~」
「霊夢がお前たちにしてることを思えば多少は同情してるから黙っておくけどな。でも、あんまりヒドイことをするとアイツも本気でキレるぜ?」
「そのへんはウマくやるよ、ひひひ」
にとりが小狡そうに笑う。
「まあいいや。じゃあ、この提案は受けて良いんだな?」
「モチのロンだよっ 私も山菜の天ぷら食べたいし」
一応納得した魔理沙がサークルに戻る。
「で、ここで天ぷらやるか? どうする?」
「いいわよ」
「採れたてを揚げるなんてステキです!」
「野外天ぷらと言うのもオツかもね」
「でさー、私たちもご相伴させていただいても?」
にとりがすかさず割り込む。
「はああ?」
「おい霊夢、ここで断ったら外道だぜ」
「外道オブ外道ですよ」
「外道の権化ね」
ゲドー霊夢の対応に非難が殺到する。
「ちっ まあいいわ。アンタたちにも食べさせてあげるからさっさと仕度しなさいよ」
「はーいっ 正式に許可を頂きましたー! おーい! みんなー」
わらわらと湧いてくる河童娘たち。
「ちょ、ちょっとおー! こんなに? 山菜が無くなっちゃうじゃないの!」
「私たちにも食べさせてくれると言いましたよね?」
『たち』に力を入れて言い返すにとり。
「ぬ、ぬぐぐぐぐっ」
「れーむ、あきらめろよ。今日は皆で天ぷら祭りと行こうぜ」
ぽんぽんと肩を叩く魔理沙。
「あんたたち! 揚げて美味しそうなもの集めてきなさいよ!」
「大勢でお食事、私、大好きですっ」
「あははは、一気に賑やかになったわね。さあさあ、おむすびも広げるわよ!」
天人が音頭をとる。―――天ぷら&おむすび祭が始まった。
閑な少女たちの話 了
「……なに?」
前日神社にお泊まりをした霧雨魔理沙に博麗霊夢がねっとりと問いかける。
ちなみに金髪魔法使いの同意が無かったので布団は別々、それに『もし寝ている間に何かしたら絶交だぜ! 本気だからな!』と厳命されてたのでナイトアタック(夜這い)はどうにか謹んだマリサスキー巫女。
「んふふ 今朝の私を見て何か気づかな~い?」
何やら機嫌の良い霊夢はかえって不気味だ。
「……え……と」
ここは慎重に答えたい。下手を打ってクレイモア(指向性対人地雷)を起爆させたくはない。
服を新調したようにも見えない。
『メイク変えた?』と聞こうにも、相変わらず化粧っけも無いから意味がない。
くんくん。香水をつけてるわけでもなさそうだ。
「んーっと」
本当に分からない。だが、こうして切り出すからには何かあるのだろう。正答しないと後が厄介だ。
「髪、切った?」
「切ってないわよ」
霊夢の表情があからさまに曇った。
(しまった、ハズレたか。 うーん……強いて言えば少し顔が赤いかな? 額にうっすら汗をかいているな……でも、具合が悪いようには見えないし)
魔理沙は考えに考えた末に次弾を撃った。
「……便秘……治ったの?」
「張っっっ倒すわよ!」
(マズいっ まーたハズレかよぉ、どーしたらいいんだ!)
霊夢の口癖を借りるなら『面倒臭い』状況この上ない。
魔理沙はこれ以上悪化する前に白旗を上げることにした。
「参った。分からないぜ」
両手を差し上げ、降参のポーズをとる。
どぷっっしゅしゅうううーー
巨大蒸気機関の圧力弁が解放されたようなため息が聞こえた。
霊夢が唇を噛みしめ、残念そうにしている。
「っっかしいわねえー」
「なあ、何があったんだ?」
これだけプレッシャーをかけられたのだから聞く権利はあるだろう。
「ふー まったくー」
いつもの腕組み&アグラのポジションに戻った霊夢がやれやれとこぼす。
「ねえ、私のオーラを感じないの?」
「オーラ? ……【絶望のオーラ Lv3】か?」
「違うわよ! 私、死の支配者なのっ?」
「そう言われてもホント、分かんないんだぜぇ」
心底、困り顔の魔理沙。
「ぬう、私の身体はこんなに火照ってんのにっ」
「火照る? どうしたんだよ?」
「だって、この薬が―――」
「―――おはよーございます!」
朝っぱらからやってきたのは東風谷早苗ともう一人だった。
―――†―――†―――†―――
「え? 今日じゃないんですか?」
「なに言ってのよ、明日よ」
「そんなー 朝ご飯抜いてきたんですよ?」
早苗がプチ抗議している。
「だから言ったじゃないの、ちゃんと確認しないから。アンタはばかねー」
一緒にやってきた比那名居天子はやれやれ顔。
「うー、だってー」
「なあ早苗、お前、今日だと思ってたんだよな?」
「はい」
「じゃあ、なんで手ぶらなんだ?」
「手ブラってこれですか?」
ムギュギュッ
「……バカ。準備は? 弁当はどーしたのよ」
「はあ? なぜ、お弁当が必要なんですか?」
「ん~ どうも話が噛み合わないぜ」
「そうね」
「なにかおかしいですよ」
三人がそれぞれに小首をかしげる。
天子だけが『ははーん、そーゆーことね』と頷いていた。
「早苗、確認するぜ」
「はい、是非」
「ハイキングは明日だからな」
「ハイキング? バイキングじゃないんですか?」
「やっぱなー、そうじゃないかと思ったぜ」
「っかしいと思ったのよ。そもそもバイキングって何よ?」
「好きな料理を好きなだけ食べられる、言ってみれば食べ放題のことですよ。あちらの世界ではポピュラーでした」
「海賊まがいの連中のことじゃないの?」
「単語は同じですが、ちょっと違います」
「キミの地球が狙われてるぞ、ってか?」
「それは大空魔竜●イキングですよっ」
「サナエー、アンタの勘違いねー」
不毛な会話にタメ息をつく比那名居天子。
「そんなあ」
「毎度おなじみ、早苗のおバカな早とちりよね」
そう言って霊夢が鼻を鳴らす。
「まあ、そこはいつも通りだから仕方ないんだろうぜ」
「サナエのこれは死ぬまで治らないんでしょうね」
「み、みなさんっ 失礼千万ですよっ」
顔を赤らめながら抗議する風祝さん。
「まあ、いーから聞けって。ここ(幻想郷)には食べ放題の店はないんだぜ」
「んー そう言えばそうですね」
なだめるような口調の魔理沙に早苗も脳内の食べ歩きマップを確認する。
「早苗がここ(幻想郷)に来るまではあったんだけどなー」
「ほ、ホントですか?」
「そーね、あんたが来た翌日にどの店もやめたわ」
ニヤツいているレイ&マリ。
「そ、そんなあ ……うぐぐぅ」
早苗は無念を噛みしめる。
心底、悔しそうにしている。
「ウソだぜ~」
「ウッソよ~、そんな店、ハナから無いわ」
おどけながらヘラヘラ笑う確定自機の二人。
「え? ウソ……なんですか?」
顔を上げ驚く早苗。そして先ほどとは異なる無念をまとって歯を食いしばる。
「どしたのよ?」
「バイキング…………無いんだ」
呟く早苗の目が潤み始めている。
「おまっ こんなことくらいで泣くなよ」
「ちょっと、泣くほどのこと? おかしいでしょ?」
「うっうう~」
ホントに泣き出した早苗を天子がすかざず抱き寄せた。
「アンタたち、今のウソはヒドいわよ」
レイマリに険しい視線を浴びせる天人。
「あん?」
「サナエにその手のウソは御法度でしょ」
「そんなルール、初めて聞いたぜ?」
「そーね」
「大体、なんでお前が文句言うんだよ」
「だって……サナエは……私の……その」
ここで『友達』と言い切りたいが、早苗はいまだに否定してくるので自信がない。その当人は天子の肩に顔を埋めてヒグヒグ呻きながら震えている。余程気を許してない限りこんな事するわけ無いのだが。
「はいはい、辛気臭い話はおしまいよ」
パンパンと手を叩きながら霊夢が強制終了を宣言した。
―――†―――†―――†―――
「だから明日は山にハイキングだからな」
「山菜採りだからね」
「ハイキングのお弁当ならおむすびですよねっ」
元気の良い返事は緑巫女。
「お前、さっきまで泣いてたくせに」
「コイツの回復力はハンパないわね」
「不死身の心か。なんだかカッコいいぜ」
「はん、ニブいだけでしょ」
幻想郷でもまれて頑丈になってきている早苗だが、傷つかないわけではない。現にさっきのはかなり結構こたえたが、今も自分の腰に手を回し、しっかり支えてくれている存在によって持ち直したのだ。
「明日は弁当持ってこいよ」
「はいっ おむすびですね!」
「私たちも作んなきゃだわね」
「霊夢、あのな」
「なに?」
「前々から言いたかったことがあるんだ」
魔理沙が神妙な面持ちで霊夢を見つめる。
「なによ?」
「こんな時になんだけど、今言わなきゃダメな気がするんだ」
「……ふぇ?」
「心を落ち着けて聞いて欲しいぜ。いいか?」
そう言って意を決するように口を引き結ぶ。
(ええー! ついに告白? こんなタイミングで?)
霊夢のハイマンガンスチール製の心臓がドゴッドゴォンっと鳴る。
「い、言って みみ、みなさいよ」
「お前の、固いんだよ」
「………………は?」
「霊夢さんの何が固いんですか?」
「ふん、ゲンコツとか頭蓋骨でしょ」
早天コンビの割り込みが非常に煩わしい。
「あんたら、静かにしてなさいよっ ……で、何が固いの?」
「おむすびだよ」
「へ? ……おむ……すび?」
「詰まり過ぎ、みっちりしてんだよ」
「おむ……」
完全に当てが外れて茫然自失の霊夢。
「力任せに握ってるからですよ」
「ふん、加減のできない馬鹿力だからよ」
言われたい放題なのに心に力が入らず反撃もできない。だが、事実に近いのも確か。見た目こそ少女の手だが、フリッツ・フォン・エリックばりの握力と指力を誇る霊夢はあまり考えずに、ぎゅっころ、ぎゅっころ握るので密度がかなり高めなのである。
「おむ……す……び?」
―――†―――†―――†―――
「米は少し固めに炊いた方がいいんだよな」
「そうですね。心持ち水を少なくして、あ、氷を少し入れて炊くといいんですよね」
「温度差で米がしゃっきっとなるんだっけ?」
ボロッボロ、スッカスカの抜け殻となった霊夢を無視して三人がお米談義を展開している。
「私が実践している米の炊き方を教えてやるぜ」
魔理沙が自信満々で腰に手をやる。
「まず、米を研ぐときは軽く優しくで良いんだ」
「ゴシゴシ、ザクザクしないんですか?」
「今は精米の技術が上がっているからそんな必要はないんだぜ」
「確かに米粒はもろいって言うわね」
「そうだぜ。洗うのも二回もやりゃ十分だ」
「白いとぎ汁が気になりますけど」
「気にすんなよ。洗い終わったらザルに上げてからさらに水に浸して十五分放置だ」
「ふやけない?」
「ここで米に水を含ませるんだ。時間になったら水を捨てて、もう十五分放置、これでイイ感じにふやけて炊きやすくなるんだぜ」
「確かにお米は穀物ですもんね。諏訪子様も洗い米しますもんね」
「豆を煮る前の湿潤と同じなわけね」
早天コンビも納得したようだ。
「キレイな水を分量通り入れて炊き始めるぜ」
※ご家庭の炊飯器ならここで【早炊きモード】を使ってください! ここポイント!
「これでツヤツヤピカピカの銀シャリの出来上がりだ。炊き上がったらお櫃に移してしゃもじでほぐし、水分を飛ばすんだぜ」
「ふーん、たいしたこだわりね」
天子が感心している。
「……魔理沙さん、それ、誰に教わったんですか?」
早苗が疑問を差し挟む。違和感を覚えたからだ。
料理に関しては自分と同じくらいの腕前と思っている魔法使いにしてはあまりにも手順と理屈が整いすぎている。まるでベテランの指導を受けているように思えたから。
「え? いや、こんなの常識だし……」
魔理沙がちょっとだけ視線を横にそらしたのを見逃さなかった。
その視線上にわざわざ移動し、顔を覗き込む。
「な、何だよ、顔、近いぜ」
「誰ですか?」
「別に、いいだろ」
「教えてください」
「………… 寅丸だぜ」
執拗な追求に口を割ってしまった容疑者魔理沙。
「やーっぱりー。納得ですっ」
勝利の笑顔を浮かべる取り調べ官早苗。
「これって必要なやりとりなの? どうでも良くない?」
天子がうんざりしたように言う。
「いえ、大事なことです。お料理スキルの抜け駆け取得は見過ごせません」
「抜け駆けって、人聞きが悪いぜ」
幻想郷の料理スキル保持者の中で最上位クラスにいる命蓮寺の料理番、寅丸星。お寺に頻繁に出入りしている魔理沙は寅丸にちょこちょことコツを伝授されている。
ここのところ霊夢と魔理沙と一緒に料理する機会の多い東風谷早苗。料理スキルの質量=女子力の底力、と信じているので負けたくないのだ。なんとなくだが。
―――†―――†―――†―――
「具は梅干しか佃煮よね」
ようやく復活した霊夢が会話に加わっている。
「最近は昆布やカツオ節もあるぜ。な?」
そう言って自分にニッコリ笑いかける魔法使いを複雑な表情で見やる巫女。
「こちらにはシャケ、タラコ、ツナが無いんですよねー」
海に面していない幻想郷、手に入る海産物はほとんどが乾物である。
「シャケのハラミ、明太子、ツナマヨを是非味わっていただきたいものですよ」
「無いモンはしょーがないでしょ」
早苗の『あちらにいた頃は』がたまに鼻につく。
「あちらでは唐揚げや天ぷらも具にするんですよ」
「なあ、早苗」
「はい」
「無理しなくていーからな?」
「そうよ、んなモン入れてどーすんのよ」
「ほ、ホントなんですよ!」
幻想郷生まれの二人は唐揚げ入りや天むすの存在を知らない。
「お前はなんでも揚げ物と絡めるよな」
「ホントにあるんですよぉー」
マイティ揚げ物ファイターである早苗が言うとウソっぽく聞こえるらしい。
「天子さん、何とか言ってくださいよ」
「私もおむすびに唐揚げ入れたことなんか無いわ」
「……え」
援護を頼んだら背中を撃たれた。
「ふつーに考えて、別々に食べりゃいーじゃないか」
「そうよ。蒸れてぐにょぐにょになるじゃない。衣のサクサクが台無しよ」
「それはそうなんですけど、これはこれでアリなんですよっ」
「はいはい」×2
「ウソだと思ってますね?」
「いや、別にー」
「どーでもいーわよ」
「くやっしー!」
「だったら作ってくりゃ良いじゃないか」
「私がですか?」
「そうよ」
「おむすびと唐揚げなら別々に食べた方が美味しいに決まってるじゃないですかっ」
「はあぁ?」×3
「お前……結局、何が言いたいんだ?」
「では、次は天むすについて説明しますっ」
「もういいって」
―――†―――†―――†―――
「結局、具は梅干よね」
大変良質な博麗の梅干はおむすびにベストマッチと言える。
「霊夢の梅干は確かにウマいんだけどな……」
魔理沙が顔を曇らす。
「何よ」
「お前さあ、タネを噛み潰すのやめろよな」
「えーっ梅干のタネ、バリバリ食べちゃうんですか?」
「悪い? 文句あんの?」
「ふふん、そこまでヒモジイ思いをしてたとはね」
「言ってくれたわねー」
掴みかかろうとした霊夢の手をすんでのところで躱した天子がそのままバックステップで距離をとった。とばっちりを恐れた早苗がパタパタと天子のところまで逃げていき、二人して渦巻き防御体勢を固める。
「ちっ」
「昔っから梅干のタネは出すように口を酸っぱくして言ってるのにな」
「ほう、モノが梅干だけに、ですねっ?」
「――― ウマいっ!」
「イエイッ!」
早苗と天子がハイタッチしながら勝手に盛り上がっている。
「……あんたたち」
「あのなー、全然ウマくないから」
「おむすびはとにかく色々ありますからね」
「ちょっとっ! サナエ! 危ないわよ!」
王蟲の攻撃色が消えたと判断した早苗がトコトコと近寄ってきた。ちなみに天子はまだ安全圏で身構えながら相方を呼び止めようとしている。
「――― んぷ~ ―――そうね」
霊夢が少しだけ力を抜いた。
「早苗、見切りが早すぎないか? 今のギリギリだぜ」
「そうですか? おむすび談義に戻りましょうよ」
この警戒心の薄さも早苗の特徴だからツッコむのも野暮なのだろう。
―――†―――†―――†―――
「普通はご飯の中に具を入れるわよね」
比那名居の娘さんが腰に手を当て人差し指を振りながら話し始める。霊夢の眉が一瞬上がったが、それ以上は何も無かった。今のところ。
「いわゆる【中央埋没型】ですね」
「そんな言い方、初めて聞いたぜ?」
「ゴマや青海苔、鰹節はまぶすこともあるわね。あと、葉野菜や肉なんかでで全体を包むのもあるわ」
「いわゆる【表面塗布型】と【表面皮膜型】ですね」
「なあ、ホントなのか?」
「具や調味料を混ぜ込むのや、一緒に炊き込むのも良いわね」
「つまり【炊飯後混合型】あるいは【初期同時炊飯型】なわけですね」
「ふーん……そーなのかー」
「形状も三角、丸、俵型、いろいろだわ」
「それは―――」
「ストーップ!」
大きな声は霊夢。
「何ですか?」
「あんたたち、いい加減にしなさいよ。あったりまえのことを偉そうにグダグダと」
「そうか? 私はもっと聞いても良いけどなー」
「こんなおとぼけコンビにいつまでも付き合ってらんないわよ」
※ちなみに、こんな分類の仕方、他所で言ったら笑われますから。でも、広義では握り寿司も酢飯(炊飯後混合型)を小型の俵型に成形し、具を上辺に配置したおむすびと言えるでしょう。―――異論は認める。
「ところでおむすびとおにぎり、どう違うんだ?」
「えーっと……西日本では『おむすび』東日本では『おにぎり』とか、それは逆だとか、三角のはおむすびで丸いのはおにぎりとか」
「ハッキリしないわね」
「実のところよく分からないんですよ」
「私は『おむすび』かな。〝握る〟より〝結ぶ〟方が優しくて楽しい感じがするぜ」
「あんたと私の縁を結ぶ?」
「……それはおいといて。焼きおにぎりも旨いよな」
「あんた今『おにぎり』って言ったわよ」
「あっ ホントだ」
魔理沙は自分の発言に驚いている。
「はい! はーい! はあーいっ!」
早苗が勢い込んで手を挙げている。
「なによ、うるさいわね」
「焼くなら『おにぎり』がしっくりきますねっ」
「まあ、そうかもな」
「そう言や、焼きおむすびってあんまり言わないわよね」
「ウチ(守矢神社)の焼きおにぎり、おいしーですよ!」
「あ、そう」
興味なさそうな霊夢。
「ホント、おいしーんですっ」
「あんたは何でも『おいしい』からね」
「言わせてもらえば、確かにサナエのお母さんの作る【ネギ味噌焼おにぎり】はなかなかのモノだわ。甘めの味噌に混ぜ込んだみじん切りのネギとショウガを塗りつけるのよねー、焼き加減も丁度良いのよ。あれは何度でも食べたいわ」
食通の天子が八坂神奈子の焼きおにをエスティメイトする。
「あの、何度も言いますけど神奈子様はお母さんじゃありませんからね」
「ネギ味噌で焼おにぎりか……確かに旨そうだな」
「軽く呑んだ後のシメには最高、こたえられないわ」
「お弁当には向かないですけどね」
「んー、そうだな 焼きおにぎりは焼きたてをアチアチ言いながら食べるのが良いもんな」
「そうなんですよねー」
「…… 一つ良いかしら」
「どした霊夢」
「焼きおにぎりはやっこい(柔らかい)と焼いてる途中でボロボロになるわ」
「確かに」 ×3
「だから焼きおにぎりは固めに握るべきなのよっ」
霊夢の両目が限界まで見開かれている。今にも破壊光線か何かが発射されそうだ。
「つまりっ 固いおにぎり、固いおむすびが必要な時もあんのよっ ―――魔理沙、分かった?」
「わ、分かったって、鼻息がくすぐったいぜ」
なんとか一矢報いた霊夢は鼻の穴から豪風を吹き出しながらドヤ顔を魔理沙にむっちょり近づける。まあまあ美人なのにこんな顔をするから【楽園の残念な巫女さん】とか言われるのだ。
―――†―――†―――†―――
「早苗はおむすび何個持ってくるんだ?」
すぐには答えず天子の顔を見る早苗。
「タイムアウト願います」
「なに?」
可否も聞かずに天子の手を取り、小走りで庭の隅に移動する。そしてひそひそ。
「そんなに重要なことなのかよ。深い意味なんてないのに。餃子の時に懲りたのかな?」
「別に十個って言われたって驚きゃしないのにね」
「いや、十個は多くないか?」
やがて大きく頷き合った早天コンビが力強い足取りで戻ってきた。
「ごっ 五個ですっ!」
「そんなに力まなくても良いんだぜ?」
「意外と少ないわね」
「念のため聞くけど、大きさに制限は無いのよね?」
腰に手を当てた天子が二人に確認する。
「当たり前だろ。なんだよ大きさ制限って」
「かと言って、ハンドボールみたいのじゃありませんからね!」
「知らないわよ。好きにすれば良いじゃないの」
「ちょっと大きいだけのおむすびなんですっ」
「はいはい」
「それをたった六個なんですよっ」
「一個増えてるじゃないの」
「だからー、何個でも持ってくりゃいーだろ」
どうして今更隠そうとするのか分からない。早苗の標榜する【乙女道】とやらに起因する見栄だろうか。
―――†―――†―――†―――
翌朝の博麗霊夢。炊き上がったご飯をお櫃に移した後、少し考え込む。
昨日、帰り際に魔理沙がおむすびの結び方をしつこいくらいレクチャーしていった。今日また圧縮握り飯を持って行ったらさすがに呆れられてしまう。
百シーシーの水にお塩を小さじ一杯、チャポチャポかき回す。
『手水には塩の代わりに酢を少々でも良いんですよ。殺菌もされますし』
(早苗はああ言ってたけど、今回は塩ね)
具は自慢の梅干。これだけではさすがにさびしいので出汁を取った後の昆布と鰹節を刻んで醤油と酒と砂糖で甘辛く炒りつけた佃煮。これは寅丸に教わったものだ。
きっと交換しっこするだろうから多めに作る。それぞれ三個の計六個。ブラックホールがいるから余ることはないだろう。
お椀を塩水で濡らし、手にもつける。
ご飯をお椀によそい手を軽くかぶせて押さえる、縁を揃えるくらいの軽さで。
真ん中に梅干を置き、ご飯を掴んでお椀の中で上下を返す。このひっくり返しを二回。
最後に両手に持って軽く形を整える。
海苔は後でまとめて巻くことにする。
「ふーーい」
今までの自分のおむすびに比べると強度の面で甚だ心許ない。しかし、ギュッとしたい気持ちを『コレデイイノヨっ』と抑えこむ。
一時間後、予定通り魔理沙と早天コンビが神社にやって来た。
「今回のおむすびは自信作ですよお!」
「いきなりね……あのね、山菜を摘むのが目的なのよ? 分かってんの?」
「まあ、そう言うなよ、ハイキングのお楽しみはお弁当だぜ? 早苗たちはどんなおむすびなんだ?」
「タヌキとキツネです!」
「……ん?」×2
「サナエ、それじゃ通じないでしょ。えっと、タヌキとキツネとはね―――」
ポカンとするレイマリに天子が説明する。
タヌキおむすびとは、揚げ玉(天かす)とみじん切りにした長ネギをめんつゆで和え、ご飯に混ぜたものだ。
キツネおむすびは、焼いた油揚げを細かい角切りにし、ショウガの千切りと炒りゴマを水でゆるく溶いた味噌で和え、これも混ぜご飯にしたもの。
「分かりやすく【タヌキ】と【キツネ】と名づけたのよ。これは美味しいわよ~」
いつも自信満々の天人だが、今日の地震はマンマンタンタンだった。
このおむすびのアイデアは早苗が因幡てゐから教わったもので、えっちらおっちら作った二人はあまりの旨さの驚いたものだが、その大元はナズーリン経由の寅丸星だとは知らない。
「へえー、イケそうだな。あとで味見させてもらうぜ」
「魔理沙さんはどんなのですか?」
「私か? ふふふ、炊き込みご飯だ!」
「お? 捻ってきたわね?」
「シイタケ、タケノコ、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、鶏肉の炊き込みご飯を海苔で巻いてきたぜ」
「むむっ シイタケは気になりますけど美味しそうですね」
「具だくさんで期待できそうね。あとで交換しましょう」
「いいぜ……で、霊夢は?」
「私は シンプルイズベストね」
「えー、梅干だけですか?」
「鰹節昆布の佃煮もあるわよ」
「ふん、手抜きじゃないの?」
「あんたたちにおむすびの原点を教えてあげるわよ」
三人のおむすびが予想以上に凝っていたので怯みそうになったが、いらんとこで強がりの霊夢はぐいっと胸を張った。
―――†―――†―――†―――
四人が山歩きをしていると、チャリン チャリンと小銭が降ってきた。
「なにこれ?」
天子が不思議そうに小銭を見やる。
そう言う間にもチャリン チャリン。
「あー、これはな ―――」
魔理沙によれば、スネに傷もつ妖怪たちが博麗の巫女様にお目こぼしを願って、いや、因縁をつけられるのを恐れて【お賽銭】と称し、小銭を撒くらしい。
「まるでヤ●ザさんですよね」
「まんまゴロツキじゃないの」
「ぬぁんですって?」
這いつくばって小銭をかき集めていた霊夢が早天コンビを睨みつける。
「だったら拾うなよ、みっともないぜ」
「そんなっ 勿体ないじゃない!」
「ふーー …… おおーーーい!」
盛大なため息のあと、魔理沙が両手を口に添えて怒鳴る。
「今日のー 博麗霊夢はー 地回りじゃないぜー!」
「ちょっとぉー! あんた、なに言ってんのよっ!」
「だからー 賽銭はー いらないぜー」
安堵のため息がそこかしこから聞こえてきた。
博麗の巫女がやって来た。
この情報は瞬く間にお山中を駆け巡った。
あるものは身を潜め、あるものは無視し、あるものは何かの仕度をする。
「ちっ これっぽっちか……シケてやがるわね」
小銭を数えていたチンピラ巫女が吐き捨てた。
もはや何も言えない三人。
「これは皆さんおいでー」
上空から四人に声をかけてきたのは姫海棠はたて。
射命丸文と同じ鴉天狗の新聞記者。文のアクティビティには及ばないが、丁寧な解説記事には定評がある。
鴉天狗二人の特性が結びついた合作新聞【文果新報】。三号だけ発刊された奇跡のペーパーはいまだに幻想郷では語り草になっており、続刊が待たれている。
「よう」
命蓮寺絡みで面識のある魔理沙が手を挙げて挨拶した。
「本日はお山にどんなご用なんですか?」
「そんな大層なこっちゃないぜ。ハイキングさ」
「山菜狩りよ」
「山菜採りですよ」
「キノコもなー」
「キノコはいらねーわよ」
「そう言うなよ。食べらるキノコと、頑張れば食べられるキノコを教えてやるぜ」
「そんなことで頑張りたくはねーわよ」
「とにかくキノコは無しですね」
「毒キノコにあたりたくわないわ」
「ぐぬぬぬっ」
「今は山菜の美味しい時期ですよねー。タラの芽、フキノトウ、コシアブラなんかが良いですね」
※季節は五月初旬です。
「そうですね。天ぷらが楽しみです」
「この時間帯でこの辺りということは、お弁当持ちですね?」
「まあな、それが目的の半分くらいだぜ」
「ただのおむすびだけどね」
「私もお弁当は大体おむすびですね、野外で食べるおむすびは格別じゃありませんか」
「自分で作るのか?」
「そうです、と言いたいところですが、おこぼれを分けていただいているのですよー」
えへへへとはにかむツインテール天狗。
「ナズーリンデスクのお弁当のついでに作っていただくんです」
「ナズーリンデスクってことは……」
魔理沙の推測、他の三人も同様に結論に至る。
「はいっ ご推察の通り、寅丸さんです。寅丸さんはお料理が上手なのはモチロンですが、お弁当もステキなのですよー」
「ちょっと見せてみなさいよ」
霊夢の要望は他の三人も同時に抱いたものだ。
「今日はデスクが遠出する日なので凝っていますね。巻きモノです」
「マキモノ? 忍法帖ですか?」
「こういうものです」
笹の葉の包みを開くと黄色と緑の塊が二つずつ。
「黄色はほんのり甘い薄焼き玉子で巻いたトマトとベーコンの炒めご飯、緑は肉そぼろ味噌の混ぜご飯を野沢菜で巻いてあるんです」
「むむっ さすがにレベル高いな」
「手が込んでるわねえ」
「お、美味しそうですっ」
「見た目も良いし、栄養のバランスも良さそうね」
「差し上げられませんよー」
はたてにとって寅丸の弁当はナズーリンデスクとの絆の象徴でもある。おいそれと差し出せるものではない。
過去に何があったのか霊夢たちは知らないが、この天狗、命蓮寺のネズミ妖怪を『ナズーリンデスク』と呼び、絶大な信頼を置いている。
以来、命蓮寺の番記者として寺の催しや人里との交流を面白おかしく記事にしているわけだ。
「いつかはこのレベルに到達したいですね」
「まあ、私たちは私たちのペースで行こうぜ」
「いつのことやらね」
「ふん、おむすびはシンプルなのがいいのよ」
まだ強がっている霊夢にはたてが声をかけた。
「デスクも寅丸さんも梅干は博麗神社のが一番美味しいと仰っていましたよ。私もそう思います」
「そ……そうなの?」
途端に機嫌が良くなる赤巫女。
「チョロいヤツよね」
ギリギリ聞こえないように天子が呟いた。
―――†―――†―――†―――
はたてと別れた四人は山菜を摘みながらぶらぶらと歩く。
「山菜採りにもルールがあるんだぜー」
「早苗、採りすぎちゃダメよ」
「分かってますよ」
タラの芽は今では代表的な山菜だが食用されるようになったのは割と最近。枝分かれした先端を摘むが、枝全部の芽を摘めば立ち枯れしてしまう場合もある。
フキノトウは花の部分に当たる。固い場合があるのでナイフや鎌があると便利。
コシアブラは若い芽の付け根から折るようにして採る。
三種類とも陽当たりの良い林道の道端などに生えている、かなりざっくりとだが。どれも天ぷらにすると格別美味しいのは間違いない。
そろそろ昼飯時が近い。ランチプレイスを求めてなんとなく川音のする方へ移動する四人組。
「川っぺりが何かと便利だぜ」
「涼しいですよね」
「あのさ、さっきすれ違った河童、変わった腕輪をつけてたわよね」
天子が珍しく霊夢に直接話しかけた。
「そうね。―――あ、あいつもつけてる。何かしら?」
少し離れたところを歩いている河童娘の左手首には黄緑色にぼんやり光るブレスレットがあった。
「なんだ? どうしたんだ?」
魔理沙が話に入ってきた。
「ふーん、腕輪かあ。まあ、私の腕輪は特注品だけどなー」
霊夢の指さす先に件の腕輪を見た魔法使いが自分の腕輪を軽くさする。
【八望手纏】(はちぼうたまき)。河城にとり謹製の霧雨魔理沙専用、自慢のマジックアイテムだ。
「あっ! アイツ、いやがったわ!」
霊夢が何かを見つけたようだ。
ズギィンッ ズギィンッ ズギィンッ
三つのシモベ、ポセイドンのような足音をたてながら憤激の巫女が突進してゆく。
「かっぱぁー! このあいだの薬っ! なんなのよぉ!」
「へ? 薬って【ラブオーラが溢れ出てくる秘薬】ですか? 何か問題でも?」
詰め寄ってくる霊夢を軽くいなしたのは河城にとり。
「全然効果が無いじゃないのっ」
「変ですねぇ、ちゃんと飲んだんですか?」
「飲んだわよ、昨日の朝一番に」
「ええー? 朝ですか? 月夜の晩にと言ったじゃないですかー」
「……月夜?」
「月の力を利用するんですから当然でしょ?」
「そ、そうだったかしら」
博麗霊夢は見るからに説明書を読まず、用法・用量を守らないタイプ。自覚があるのか攻撃モードが急速にしぼんでしまった。
「飲んだらそれっきりのモノですから、仕方ありませんねー」
「むぐぅ」
悔しそうだが、どうやら非を認めたらしく憤怒を抑え込んだ。
「でも、ご安心ください。本日ご紹介するのはそんな貴方にピッタリのアイテムです」
「なんですって?」
「使い切りではないアイテムもあるんですよっ」
ポケットから黄緑色に光る腕輪を取り出すにとり。
「あら? それは?」
「このブレスレット、付けているだけで意中のヒトからの好感度がズババっとあがる幸運のアイテムなんです! もちろん市販なんかされていませんっ」
「……もっと詳しく」
「科学と妖力、奇跡のハイブリッドの一品ですっ!
ラブパワーを徐々に増加させるこのブレスレット、最終的には以前の薬の三倍の効果が認められました!」
「ホントに?」
「過去最高の妖力を持っていた今は亡き河童の長老のお墨付きです!」
死んでるヤツにどうやって確認したんだよ、と魔理沙はツッコみたかったが口には出さなかった。
「大変に人気のある商品なんですよ! 奥さん!」
「誰が奥さんよ。でも確かに見かけたわね、それ」
「でしょ? なにせ大人気の商品ですからねー、残りわずかです」
「いくらなの?」
「本当はこれだけですが」
指を四本立てて見せるにとり。
「霊夢さんなら特別にこれで」
立てていた指を一本折る。
「二つもらうわ」
「毎度ありがとうございます!」
―――†―――†―――†―――
「ねえ」
「あん?」
天子が魔理沙に小声で話しかける。
「あの巫女、頭大丈夫なの?」
「うーん、がめついくせに抜けてんだよなー」
「どう見てもインチキ商品じゃない」
「まあ、多分そうだな」
「人前で堂々と購入する神経が分からないわ」
「なんだかかわいそうに思えてきましたよ」
「だから所々抜けてるんだって……念のため確認しとくか」
なにか思いついた魔理沙は何度かしゃべったことのあるおかっぱの河童を捕まえた。
「なあ、その腕輪、なんなんだ? 自分で買ったのか?」
「えー、ナイショ」
「どうして?」
「約束だから」
「そうか、それなら仕方ないな。でも―――困ったぜぇ」
「い、言えないんだよ」
悲しそうな表情を見せる魔理沙におかっぱの心は少なからず揺さぶられている。
「にとりの仕業だな?」
「……何で分かったの?」
「アイツ以外にいないだろ」
そう言いながら肩に手を回し、軽く抱き寄せる。
「わ、私が言ったってバラさないでよ?」
「ふふ……モチの、ロンだぜぇ」
吐息がかかるほど顔を近づけ囁く。
「にとりから今日、一日だけ付けといてって頼まれたの」
「何の効果があるんだ?」
「さあ? 分かんないよ。妖力とかは感じないけど……」
「まあいいぜ。だいたい思ったとおりだから。
……ありがとな。 んっ」
ごく自然に頬に軽い口付けをくれた。
「ひぁっ」
おかっぱ河童の顔面が一瞬で真っ赤に染まる。
「これは……スケこましの現行犯ね」
「どんな男性よりも【女の敵】ですよね」
天子と早苗が思い切り顔をしかめた。
「なんだよお前ら、単なる情報収集だろ?」
「最低(ね)(です)!」
「はあ? どーしてそんな言われようになるんだよ」
―――†―――†―――†―――
コシアブラとフキノトウとタラの芽、四人で食べるには十分な量が採れた。
「帰ったら天ぷらね」
「野菜天ぷらのコツは大体つかんだからな」
「パルスィさんみたいに上手くいけば良いですけどね」
「上手くいかせなさいよ」
「妙な命令形だな」
「その山菜はどうするの?」
いつの間にか河城にとりが輪に入ってきた。
「持って帰って天ぷらだぜ」
「だったらここでしない? 鍋や油、火元は用意するよ?」
「……にとり、ちょっとこっち来いよ」
魔理沙がエンジニアの腕を引っ張って距離を取った。
「お前、何を企んでるんだ?」
「別に何も~」
「霊夢がお前たちにしてることを思えば多少は同情してるから黙っておくけどな。でも、あんまりヒドイことをするとアイツも本気でキレるぜ?」
「そのへんはウマくやるよ、ひひひ」
にとりが小狡そうに笑う。
「まあいいや。じゃあ、この提案は受けて良いんだな?」
「モチのロンだよっ 私も山菜の天ぷら食べたいし」
一応納得した魔理沙がサークルに戻る。
「で、ここで天ぷらやるか? どうする?」
「いいわよ」
「採れたてを揚げるなんてステキです!」
「野外天ぷらと言うのもオツかもね」
「でさー、私たちもご相伴させていただいても?」
にとりがすかさず割り込む。
「はああ?」
「おい霊夢、ここで断ったら外道だぜ」
「外道オブ外道ですよ」
「外道の権化ね」
ゲドー霊夢の対応に非難が殺到する。
「ちっ まあいいわ。アンタたちにも食べさせてあげるからさっさと仕度しなさいよ」
「はーいっ 正式に許可を頂きましたー! おーい! みんなー」
わらわらと湧いてくる河童娘たち。
「ちょ、ちょっとおー! こんなに? 山菜が無くなっちゃうじゃないの!」
「私たちにも食べさせてくれると言いましたよね?」
『たち』に力を入れて言い返すにとり。
「ぬ、ぬぐぐぐぐっ」
「れーむ、あきらめろよ。今日は皆で天ぷら祭りと行こうぜ」
ぽんぽんと肩を叩く魔理沙。
「あんたたち! 揚げて美味しそうなもの集めてきなさいよ!」
「大勢でお食事、私、大好きですっ」
「あははは、一気に賑やかになったわね。さあさあ、おむすびも広げるわよ!」
天人が音頭をとる。―――天ぷら&おむすび祭が始まった。
閑な少女たちの話 了
霊夢は小銭を差し出せば見逃してくれるって話はマジだったんすね…
ここの早苗さん大好きです。
それに天ぷらが加わるとは乙ですな。
しかしタイトルが大空魔竜ガ○キ○グをパロっているとはw
いっそ次回はボ○テ○ならぬオムレツVにしなさいw。
もちろん5人でオムレツ作るんだよ!たとえ嵐が吹こうとも!
久しぶりに楽しませて頂きました。次回作も楽しみにしています。
ありがとうございます。お待ちいただき恐縮です。
3番様:
小銭のくだりは当初はシャレだったのに周りがその気になっていった感じで…
ありがとうございました。
4番様:
ありがとうございます。「河童が気の毒」と指摘されておりましたので、そろそろこのネタをと…
5番様:
ありがとうございます。ウチの早苗はどんどんスゴいことになっています。セーブせねばですね。
詠み人知らず様:
ご指摘ありがとうございました。ごもっとも、まことにごもっともです。留意いたします。
19様:
いつもありがとうございます。―――年内に「オムレツ(オムライス)」を予定しているのが何故バレた!?
咲夜さんのセクシーオムライスが炸裂する予定です。