……って咲夜の日記に書いてあるのを見つけちゃったら、そらやべーと思うじゃん? だってパンツよ? そんでもってウニよ? もう例えがアレだしわさび醤油ってのもアレだしその前にパンツの味ってなんだよオイって感じじゃん? いくら泰山の如く揺るがず騒がず動じずが座右の銘のお嬢様でも、動揺して産まれたての子鹿みたいに振るえっちまうのもそらぁ無理はないじゃん? 失禁しかけるのも致し方ないじゃん? じゃん?
しかしそこは流石さすがのお嬢様なワケよ。失禁寸前にも関わらず冷静な判断。即座に咲夜を連行して精神科医の門を叩いたってワケ。もちろんその前に、クローゼットの中の下着をパチュリーのものとこっそり入れ替えておくのを忘れない。再発防止のための適切な対応、まさに策士の鑑だね私は。
「というワケで。なんとかしなさい」
竹林の中に佇む診療所、我が紅魔館に比べれば、余りにもみすぼらしくうらぶれてしなびて干からびたボロッボロのウサギ小屋みたいなウサギ小屋の中。
向かいに座る信号機みたいな服着た年増の女医は、頭を抱えてどうしたものかと思案している。
きっと年増だから肩凝り腰痛が酷いのだろう、年増だから。歳を取るってやーねぇ。
「何が『というワケで』なのかさっぱりなんだけれど。貴女が精神科医って言ってるのは、もしかして私の事なのかしら」
「オフコース」
耳まで老化してやがるらしい。歳を取るってやーねぇ。
「私は一応薬剤師であって、精神科医ではないのだけれど……」
「幻想郷で医者っつったらオメーしかいねーだろーが。この年増が」
最後のセリフはもちろん口の中だけで言いました。お嬢様、これでも世渡りは上手い方ですから。
年増の女医はゆっくりと物憂げに溜め息を吐いた。動作が緩慢なのは仕方ない、年増なんだし。そこんとこ、お嬢様はちゃあんと弁えてるんよ。罪を憎んで人を憎まず、さ。
でも、年増がゆっくりと吐いた次の言葉はいただけない。
「専門外だし、正直困るんだけれど」
「お? お? なになに? 自ら出番を潰していくスタイル? 昔々にゃ長らく自機役取られて血涙流してたメイドだっているってーのに?」咲夜の荒れっぷりを知っていた私は、若干の怒りを込めて言う。「お嬢様は寛大だからもう一回言ってあげるよ? 幻想郷で医者っつったらオメーしかいねーだろーが。薬剤師でも専門外でもなんでもいいんだよ。この幻想郷じゃあ病気イコール八意永琳の出番だろ」
そういう風潮。
「いいから、早いとこ咲夜の変態を治しておくれよ。こんなんじゃオチオチ夜も寝てらんないよ、主に貞操的な意味で。だって想像してみてごらんよ、もしも自分のパンツが従者に夜な夜なしゃぶりつくされていたとしたら……」
「ちょっと興奮するわね」
「えっ」
年増の女医はゴホンと咳払いして、その鋭い視線を私からずらした。
「さておき。この小さな吸血鬼さんはそう言ってるけど、そこんとこどうなの?」
「ええもう、困ったものです」
変態の中の変態と名高い我がメイド、十六夜咲夜がその可憐な唇を悍ましく歪めて濃密な吐息を漏らす。
「熱に浮かされて幻覚を見ておられるのか、ご覧の通り、訳の分からない戯言を口走ってやがりまして……」
涼しい顔してさらりと言いやがるのである。
こいつ、自分の変態行為を私の幻覚にしやがったぞ、なんて女だ! しかも「口走ってやがる」ってそれ、仮にも主人に対して使う言葉なのかよ。
大体、そのけしからん服はなんだ。ミニスカメイド服なんて扇情的な格好しやがって、目に毒だよ。ミニスカートからムッチムチの太ももが溢れて零れてもう、大安売り状態じゃないですか、買ったァ!
まったく、咲夜は変態である。そんなだから紅魔館がちょっちゅう性風俗店と間違えられっちまうんだよ。皆さん、紅魔館では性的サービス業は一切請け負っておりませんので、あしからず。
一方、気の毒な方の年増はカルテを取り出して、何やら書き込んでいる。
「なるほど。発熱がある、と」
「ええ。お嬢様、だから言ったではないですか。素っ裸で寝ては風邪を引きますよ、と」
カルテを覗いてみると、一言「馬鹿」。それ病状じゃねーだろ。
……って言うか。
「いや私、毎日ちゃんとネグリジェ着て寝てるよ?」
「でもそこの従者さんが言うには貴女、裸族らしいじゃない」
「確かに。何故かいつも朝起きたらマッパなんだよなぁ。なんでだろ?」
「……あっ」
年増は慌ただしくカルテをしまい、顔にシワを寄せてぎこちなく笑顔を作った。……そのカルテ、馬鹿としか書かれてなくない?
「それにしても、吸血鬼が風邪ねぇ。貴女、前にもインフルエンザで搬送されてきたことあるでしょ。まったく、懲りないわね」
「え、何。マッパの件についてはもう終了なの?」
「他所様の家庭の闇には深く突っ込まない。それが賢者の賢者たる所以なのよ。君子危うきに近寄らず」
見上げた心意気だ。流石月の賢者。
賢者(年増)は深く溜め息を吐くと、
「仕方ないわね。ちゃっちゃと診察しましょうか」
急に腕を伸ばし、私の手を取った。
そのひやりとした感触に、私の脳裏を嫌な予感が過ぎった。
「……え、なに?」
「まず熱を計りましょう。さ、そこのベッドに四つん這いになって、お尻をこっちに向けて」
「え、四つん這い? なんで?」
「何って、直腸検温するからよ」
「……え、何がなんだって?」
「直腸検温。知らない? 肛門に体温計を挿入して体温を計るのよ。さ、早く」
何言ってんのこいつ?
「馬鹿かお前、そんな事するか!」
クッ……まさか、こいつも変態か!
私は年増の腕を強引に振りほどき、突き飛ばした。しかし私の動きを読んでいたのだろう、年増はひらりとかわしやがった。流石、月の賢者と言われるだけはある。
「そんな変態的な行為をうら若い娘っ子に勧めるなんて、お前ホントに医者かよ!」
私は怒って言うが、年増はやれやれと首を振った。
「あのねぇ。直腸検温は立派な医療行為です」
「風邪でそんなんやるなんて聞いた事ねぇよ!」
「それは医療知識の無い貴女の常識でしょ。私は医者として判断したの」
「そうですよ、お嬢様」
いつの間にか私の背後に立っていた咲夜が、私の両腕をがっしと掴んで後ろ手に組み固めてきた。
「な、何をする、咲夜!」
「先生のお言葉に間違いなどありません。お医者様の言う事にはきちんと従うのが良き患者と言うものですよ。ささ、センセ。どうぞ」
「あらあら、よく出来た従者さんね。ウチの助手にも見習ってもらいたいものだわ、まったく」
年増は水銀式の体温計を取り出すと、おもむろにワセリンを塗りたくり始めた。それを見た咲夜がはぁはぁと興奮した吐息を漏らしている。マジホントキモい、生理的に無理。
「や、やめろ! 嫌だー!」
私は暴れて振りほどこうとしたが、体勢が悪すぎた。しかもこういう時の咲夜は妙に力が強いのだ。ホントキモい。
「さ、計りましょうね。大丈夫、痛くありませんよ」
ベットベトの体温計を右手で構え、年増が私の足に手を掛けた。
「ま、待て、体温なら家で計ってきたから! もう計る必要無いから!」
「お嬢様、往生際が悪いですわよ。そんなんじゃケツの穴の小さい女だと思われちゃいますわよ? まあこれから拡げるんですけど。……ぷふっ」
自分で言って自分でウケてやがる。ひでぇ。
「さあセンセ、さっさと済ましてしまいましょ。な、なんなら私がお嬢様に……!」
「いや、計って来たならいいわ」
「エッ」
年増はあっさり引き下がり、ワセリンまみれの体温計をティッシュで拭いて机に置いた。
私は動揺した咲夜の隙を突き、拘束を振り払って逃れた。
た、助かった……。
「え、あれ。な、なんでですか、先生」
咲夜はその醜い欲望を諦めきれないのか、年増に食い下がった。
「だって二回も計る必要ないでしょ」
「え、でもだって、正確な検診の為には必要じゃないですか」
「風邪くらいでそんなんやる奴いないわよ、重症患者でもあるまいし」
こいつさっきと言ってること違くね?
「……チッ! あーはいはい、そうですかぁ、それは大変失礼いたしましたぁー」
咲夜は聞えよがしに舌打ちして、あからさまに不機嫌になってしまった。……なんで私、こんな奴を雇ってるんだろ?
ともあれ、無事貞操の危機を脱した私は、ほっと胸を撫で下ろした。
その私の腕を、再び年増の手が捉えた。
「……え、なに?」
「んじゃ、次はお注射しましょっか。さ、そこのベッドに四つん這いになって、お尻をこっちに向けて」
「え、四つん這い? なんで?」
「何って、お薬を直腸経由で投与するのよ」
「……え、何がなんだって?」
「いわゆる座薬ね。知らない? 肛門に薬剤を挿入して投与するのよ。さ、早く」
またもや何言ってんのこいつ?
「マジお前、お前マジホント馬鹿だな。そんな事するか馬鹿!」
「いや、これも歴とした医療行為であって」
「知るか!」
「いやホント、効くのよ? ウチの助手も病みつきになっちゃってるくらい」
「お前の変態趣味に付き合っていられるか! もう帰らせてもらう!」
私は再び年増の手を振りほどこうとしたが、その腕には万力のような力が込められていて、びくともしなかった。
「な、何!」
私は戦慄する。
吸血鬼の私をすらねじ伏せるその腕力……!
月の賢者はニヤリと笑う。
「覚えておくことね。月の賢者に同じ手は二度と通用しない」
「それこんなシチュエーションで言う台詞じゃねーだろ!」
少なくとも、女の子に座薬を挿入しようとしながら言う事じゃないよね?
「さあ、咲夜さん。そちらのお薬をお嬢さんに投与して差し上げて」
「せ、せんせぇ! 信じてましたぁ!」
さっきの不機嫌は何処へやら、年増の机の上から弾丸型の座薬を掴むと、咲夜は満面の笑みでそれを構えた。
「や、やめろ咲夜……!」
「うふふ。さあ、お嬢様。お薬の時間ですよぉ……?」
目をトロンととろけさせ、恍惚の表情を浮かべる。時折、ブルンブルンと体を震わせながら。
こいつ……私に座薬を投与する行為に、エクスタシィを感じていやがる! 正真正銘の変態だよ!
咲夜が私のスカートをゆっくりと捲くり始めた。
私は必死に叫んだ。
「いやでも私、今朝おうちでお薬飲んで来ましたしー!」
「お嬢様、往生際が悪いですわよ。センセのお薬はいくら投与しても大丈夫なんです。ねえセンセ?」
しかし年増は首を振った。
「いえ、重複投与は駄目よ」
変なトコ常識的だな!
年増はあっさり引き下がり、私の腕の拘束を解いて机に戻った。
私は呆然とする咲夜を蹴っ飛ばして、スカートの裾を戻した。
危なかった。もう少しで私、オトナの階段登っちゃう所だった……。
「先生、どういうことですか! お嬢様を治療しないおつもりですか!」
咲夜がプリプリと怒っている。怒りたいのはこっちだよ!
「治療はするわよ」
「でも……! なら……!」
年増の女医は咲夜の言葉を聞いているのかいないのか、机の中から新しいカルテを取り出し、安っちいボールペンで何やら書き込んでいる。
「大体さあ。私の風邪なんてどうでもいいんだよ、ほっときゃ治る程度だし」私は口を挟んだ。「診察して欲しいのは咲夜の変態のほうなの。最初に言ったでしょ」
私が苦言を呈すると、年増はチッチッチッと舌打ちしながら指を振った。すごい煽り顔で。めっちゃ腹立つ。
「レミリアさん。貴女、分かっていないようね。私は八意永琳、仮初めにも月の賢者と呼ばれし乙女ですよ」
お、乙女……。
「もちろん、今までのは全て咲夜さんに対する診察の一部です。心理テストだったのですよ、咲夜さん」
「な、なんだって!」
私と咲夜は同時に叫んだ。
女医は急に厳かな口調になって言う。
「レミリアさんの話を聞いただけで、貴女の病状が重いことは分かりました。貴女の抱える疾患を正確に把握するのも医師の務め」
なんてこった、なら今までのは全部芝居だったというわけか。すっかり騙されてしまった。
「私のおかしな行動に対する貴女の反応を観察していたのです。お陰で、咲夜さん。貴女の抱える病が分かりました」
やはり月の賢者は賢者だったのだ。純真なお嬢様なんて素直に感心しちゃうよ。
ボールペンをカチャリと机の上に置く。一つ一つの仕草が優雅で無駄がない。私も咲夜も、彼女の一挙手一投足に目が釘付けになった。
振り返るその顔は、医師としての誇りにあふれている。
「貴女の病名は……」
八意永琳は厳粛な声色でカルテを読み上げた。
「突発型海洋性物質欠乏症です」
……。
え、ええ~……。
なにその病気……。
「長期に渡って海洋性物質が不足すると起こる、海の無い地域特有の病気ね。主な症状は海産物が猛烈に摂取したくなるというもの」
「そんな病気聞いたことねぇけど?」
「海の無い幻想郷特有の病気ですから」
「海が無い国なんて腐るほどあるじゃん、明らかに嘘だろそれ」
「咲夜さん。レミリアさんの股間に対する貴女の情熱は、ここから来ているのです。レミリアさんの股間のアレやソレを海産物に見立てたのね」
すんげー重々しい声色でなんつーこと口走ってんだこいつ。
「貴女が夜な夜なレミリアさんのパンツを摂取していたのもそのため。海産物を求めた貴女の身体が、無意識に貴女をその行為へと駆り立てたのよ」
いや違うだろ、どう考えても咲夜が変態なだけだろ。
異議あり! と叫びたいところだが、無駄に雰囲気が重くて何も言い返す事が出来ない。私も咲夜も圧倒されてしまっていた。こ、これが月の賢者の持つ力……! どんな下卑た戯言も荘厳なる神託に変えてしまう、真の天才だけに許された力だ。くやしい……でも納得しちゃう!
年増は咲夜の肩に手を置き、諭すように優しく言った。
「……ウニ、食べたかったのね?」
咲夜は小さく身体を震わせると、
「はい……」
ポロポロと涙を溢した。
……何この茶番。
年増は咲夜への治療薬と称して、ウニ一年分を私に押し付けてきた。絶対自分が余らしただけだろこれ。一年分もいらねーよと私は叫んだが、年増はなんやかんやと理屈をこねて、結局私は受け取ってしまった。どうすんだよ、ウニをこんなに……。ちなみに咲夜は「私、実はウニよりも、お嬢様のアワビのほうが……」とか言っていた。殴った。
その晩、ウニづくしの濃厚な夕餉を強引に胃袋に収め、私はめまいを覚えながら年増の女医に処方されたパブロンゴールドを開けた。せめてエースのほうにして欲しかったなぁとも思ったが、私は黙って今日一日の不満とともに薬を飲みくだした。二度と永遠亭になんかかからねえ。そう心に誓いながら。
翌日。
微熱の残る頭を支えながら、生まれたままの姿でベッドから起き上がった私は、クローゼットの前に咲夜が倒れているのを見つけた。
口から泡を吹いて、白目を剥いている。傍らにはわさび醤油のかかったパンツが落ちていた。
……パチュリーと咲夜、実は仲悪いのかなぁ。
なんてぼんやりと考えていた私の思考は、ドアの向こうから突然響いたパチュリーの悲鳴によってかき消された。
「た、大変よレミィ! 小悪魔が私のクローゼットの前で泡を吹いて倒れて……! 医者を呼んでェ!」
小悪魔……お前もか。
休み無く襲い来る下品の連打に汚染されてしまって海産物だか海綿体だか分からなくなってお嬢様の赤貝に海苔を乗せる仕事はありませんか
なんかこう、懐かしいノリの紅魔館ものって感じで面白かったです
また続編に期待してます
この紅魔館はもうダメみたいですね…。
ウニ一年分とか絶対余るだろうから紅魔館の面々に混ざって食べてあげたい