もうすぐ梅雨明けになろうかというある日、十六夜咲夜はいつもの買い出し中に奇妙な光景を見た。
彼女は人ごみにまぎれながら、その事象が起きている貸本屋を観察するのだった。
「どういうつもりかしら、異変の前触れとか、だったりしてね」
あろうことか、蒐集癖のある魔法使い、霧雨魔理沙が何冊もの魔導書をその貸本屋に寄贈すると言い出したのだ。
「こんな貴重な本、本当に頂いていいのですか」
「いいんだ、私にはもう必要ないし、じゃあな」
(あれだけ景気良く手放すんなら、パチュリー様から取った本も返せばいいのに)
その魔導書を遠目に見るが、魔導書の事は咲夜には分からず、
それがパチュリーから盗んだ物なのかは分からない。
半ば強引に魔導書を寄贈したのち、魔理沙は右手を軽く振って立ち去った。
咲夜は少し不審に思わないでも無かったものの、今見た物事を、
心の中の『調べてみる必要がありそうね』ではなく、
『まあ様子見でいいでしょ』のフォルダに格納し、残りの買い出しを続けることに決めた。
夕食時、紅魔館図書館の長、パチュリー=ノーレッジはご機嫌斜めで両腕を振り回して愚痴を垂れていた。
みんなに配慮してテーブルをどんどん叩くのは遠慮しているが、
いつもそばにいる小悪魔も今日は近寄りがたいようだ。
「むっきゅー聞いてよレミィ、魔理沙に取られた本、
今日こそ取り返そうと思って魔理沙の家に押しかけたんだけど、
それでも見つからなかったのよ、あの本に私の魔力を封入したから、
近くにあれば反応するはずなんだけど、それがなかったのよ。
魔理沙の奴なんて言ったと思う? 人を疑うのは良くないぜって、もう!」
パチュリーは鶏肉のソテーを一口放りこみ、咀嚼しながら続けている。
「むきゅ、だからね、レミィも言ってやってよ」
トマトジュースを飲みほしてレミリアがなだめる。
「ぷはぁ、咲夜、これ塩加減が絶妙、美味しいよ」
「ありがとうございます。あと、あまり、おっさんっぽい飲み方は慎んだ方が」
「それはそうとパチェ、いつになく本気ね」
「いい加減改めて貰わないと、魔理沙自身の人生にも悪いわ」
「いつになく本気ね」
「当然でしょ。いい加減にしてほしいわ」
パチュリーの魔導書について、咲夜が思い当たる節があるというので聞くと、
彼女はすぐに取り返すよう命じた。
「あの、パチュリー様、今日買い物に行った時に見たのですが……」
「すぐ取り返してきてちょうだい」
「あのう、夜分申し訳ありません、紅魔館の者です」
夕食後、後片付けとレミフラ姉妹へのデザートは(不安だったけど)妖精メイドに任せ、
咲夜は人里へ向かい、貸本屋の戸を叩いた。
貸本屋の少女は咲夜の姿を見てすべてを悟り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの本ですか、あれは、魔理沙さんが持って行ってしまいました。
本の背表紙に、パチュリー=ノーレッジと書かれていたのを見たので、
もしかしたらと思ったらまたあの人が戻ってきて、やっぱ必要だ、返してくれって」
「なんてこと」
(私に見られたのを感づかれたか)
つい舌打ちをして、相手に聞かれてしまう。
「あの、すみません」
「あっ今のは貴方に向けたんじゃありません」
相手を不快にさせてしまった事を詫びつつ、咲夜はとりあえず紅魔館に戻り、
パチュリーの支持を仰ぐことにした。
紅魔館に近づくと、館の一角から煙が上がっている。
「また何かやらかしたのね」 空を飛びながら肩をすくめ、首を横に振る。
聞くと、妖精メイドたちが姉妹のデザートに焼き芋を作ろうとして、廊下でたき火をしたという。
壁が魔法で強化されているから大丈夫だと思ったらダメでした、てへへ、
と燃え盛る廊下を背にしてその妖精メイドの一人は説明して、ぺこりと頭を下げる。
「てへへじゃなくて、さっさと火を消しなさい!」
最近ロクな事がないわ、と頭を抱えつつ、妖精メイド達を叱咤し消火を急いだ。
メイド達は一週間おやつ抜きの刑に処されたが、焼き芋自体は美味だった。
翌日、咲夜から事情を聞いたパチュリーは、自分で魔理沙を探そうと思い、
彼女がよく遊びに来る博麗神社に出向いたところ、あっさり霊夢と談笑している魔理沙を発見した。
「ようパチュリー、お前がここに来るなんて珍しいな」
「お茶でも飲む?」
魔理沙はパチュリーを見つけても余裕の表情で盗んだ本を読んでいたので、
少々腹が立ち、魔導書を手にしながら石畳をつかつかと歩いて魔理沙の前に立った。
「その本を返しなさい、さもないと新作スペルの実験台になってもらうわよ」
それでも魔理沙は動じない。
「いいや、これは博麗神社所蔵の品を見せてもらっているだけだぜ」
「嘘おっしゃい」
「本当だぜ、なあ霊夢」
「ええ、これは最近奉納された古書よ」
「なんですって!」
魔理沙はタッチの差で『借りた本』を博麗神社に『奉納』し、
それを見せてもらうという手口で、パチュリーの要求を回避してしまったのだ。
「てなわけで、交渉は霊夢にしてくれ」
「霊夢、これはもともとうちの物よ、返して」
すると、霊夢は腕を組んで考え込んで、
「どうかしら、この本はもう神様のものだし、
第一寄進されたものをもう一度持ち主に返すなんて聞いた事ないし」
「じゃあ私もその本を『借りて』いくわ」
魔理沙が本を盗んでいく時と同じ論法で、強引に本をひったくろうとするが、
霊夢に手を掴まれた。
「離して」
「だめよ、神社のルールを破る事は許さない」
「どうしてよ、この本は私に正当な所有物よ。魔理沙がそれを不当に持ってったのよ」
「絶対にダメ、それでも抵抗するって言うんなら、これよ」
霊夢が懐から針を取り出す。思わずパチュリーは後ずさった。
怖いと言うより、不自然に思えたからだ。
以前宴会で、霊夢が魔理沙の盗難癖を批判しているのを聞いた事がある。
その彼女がなぜ、と思い、何気なく霊夢の顔を見ると、ある違和感を覚えた。
「霊夢、あんた、少し太った?」
「な、何よ」
「やっぱりそう、食糧事情が急速に改善しているわ。もしかしたら……」
パチュリーが霊夢を無視して賽銭箱の前に立って中をのぞくと、
金銀財宝とはいかないまでも、多くの小銭や紙幣、貴金属が貯まっていた。
「さては魔理沙、買収したのね」
「どうしてそういう事を言うんだぜ」
「霊夢が単独であれだけの信仰を集められるはずがない」
「お前、露骨にひどい事言うなあ」
「失敬な、あれこそ正当なお賽銭よ。魔理沙がくれたのよ」
霊夢がこうでは分が悪い、ひとまず帰る事にする。
「今日はこれで帰るわ、でも諦めないからね」
パチュリーが飛び去ったのを見て、魔理沙はガッツポーズをしながら、
「正義は勝つ」と宣言した。
見ていた霊夢が少しばつの悪そうな顔をして訪ねる。
「それにしてもあんた、あの金銀財宝をどうやって手に入れたの、
不正な手段じゃないでしょうね。でも、寄進された以上、これは神社、つまり幻想郷の財産になるけど」
「錬金術を使ったんだぜ」
霊夢が目を丸くする。
「本当に!? もうそんなレベルの魔法が使えたんだ!」
「まず、魔法の森のある種類のキノコを刈りつくすだろ、
そしてほかの魔法使い連中に、そのキノコがすごい魔法の原料になると噂を流す、
でそのキノコの値段が高騰する、そこで売れば大もうけって寸法さ」
「そういう意味か。なんという悪人」
「その悪人の金を受け取る巫女様も相当なワルですぜ」
「クックック、中立の巫女は清濁併せ飲むものよ」
こいつ、本当に主人公なのか?
図書館に戻ったパチュリーは、一計を案じた。
「見ていなさい魔理沙。こあ、小悪魔ーズを招集して」
「わかりました」
それからしばらく日がたって、魔理沙はいつものごとく『博麗神社所蔵の本』を読みに神社に向かうが、
霊夢は魔理沙に本は貸せない言う。魔理沙がどうしてかと聞くと、
「スポンサーには逆らえない」の一言。
「なんだよ、神社の所蔵物を見せてくれって言っているだけだぜ」
いきなりパチュリーが社務所から出てきて宣言した。
「今日からここは紅魔館所有になったの」
「そう、神社はパチュリーに買収されちゃったの、ごめんね」と霊夢が苦笑いする。
あれからパチュリーは目には目をという方針で、不要な魔導書を魔界でオークションにかけ、
図書館に勤めている小悪魔ーズから有志をつのり、小悪魔さんに添い寝してもらう、
小悪魔さんとお茶会、小悪魔さんが一日恋人になってくれる、
といったギリギリのサービスを展開して資金を稼ぎ、
人里と魔界双方の治安組織に摘発されかけながら博麗神社を買収したのだった。
「お前中立の巫女だろ!」自分の事を棚に上げて魔理沙が喰ってかかる。
「私は(お金に対して)中立の巫女よ」
「ううう、おいパチュリー、こんな事をして八雲紫が黙ってないぞ!」
「いかにも三下のセリフね、異変解決の主役が聞いてあきれるわ。
ちなみに、八雲紫は消滅したから」
「いきなりの超展開!?」
「これで、この神社は紅魔館が経営する事になった、けど安心して、
これからスペルカードルール廃止、人間食べ放題なんて事は無いわ」
紫消滅、というあまりの爆弾発言をすぐに飲み込めなかった2人は、
しばらくぽかんとしていたが、何秒か経ってようやく情報の整理が追い付く。
「ちょっとちょっと聞いてないわよ。3日前紫とお酒を飲んだばかりだし、
その時も変な兆候なんてなかったわ」
「おい、結界管理者が消えたらどうなるんだよ、幻想郷が消滅したらどうする?」
「さあ、それはおいおい考えていけば良い事よ。誰かが何とかするでしょ、藍さんとかが。そんな事より……」
「そんな事ってないでしょう?」
パチュリーは持っていた魔導書を開いて呪文を唱えると、社殿の中から、どんどんと戸を叩く音が聞こえてくる。
「扉を開けなさい」
パチュリーが指を鳴らすと、戸が開き『奉納』されていた魔導書が彼女の元に飛んできて、彼女を包み込むように浮かんで静止した。
「最初の業務として、神社所有の本を当館で保管します。あそこなら湿度や温度の管理も完璧で、劣化の心配はありません」
「おい、それ私が読む奴だろ」
「だめ~」
浮かんでいた魔導書のページが一斉に開かれ、光を放ち魔理沙をけん制した。
パチュリーはここぞとばかり、魔理沙の声真似をして去っていく。
「それじゃあ『借りてくぜー』」
「してやられたわね」
「金に物を言わせる力技でもあいつが上だったか」
その後、パチュリーは魔導書を取り戻すと、神社を買い上げた資金を半分だけ戻して経営権を霊夢に返し、魔導書は紅魔館に作った博麗神社分社の奉納物という形で元通りの場所に収まった。
魔理沙は悔しがったが、そのうち興味が別のものに移っていった。
博麗神社を金で買えるらしいぞ、という噂はあちこちに広がり、霊夢も味をしめて……。
ある日、神社は永遠亭所有になり、薬を売る屋台や素兎の怪しげな投資話の看板が掛けられ、霊夢にも地代が入ってウハウハ(死語)だったものの、
それを聞いた妹紅が『永遠亭所有と言う事は輝夜の家だな』と神社を燃やし、
瞬時にホームレス巫女と化した霊夢は草の根妖怪連合の出資を受け入れ、
夜雀の屋台が立ち並び、ただでさえ寄り付かなかった人間の足がさらに遠のいた。
次の日、妖怪から博麗神社を取り戻しましょうと守谷神社の管理に移ったが、
河童に社殿の維持を依頼した所為で、神社はいろいろ改装されてしまう。
風力発電機に得体の知れない通信機、ロマンと称して設置された自爆装置。
お約束通り、神社に住みついていた月の妖精が転んだ拍子にそれを押してしまい、
再びホームレス巫女にジョブチェンジした霊夢は地底のつてに助けを求め、
土蜘蛛の建築で旧地獄大使館のような存在になった。
その後、やはり博麗神社は現実と幻想の境界なのだから、という古明寺さとりの良識により、博麗神社は再び中立の神社に戻されるが、霊夢は普通の巫女に戻りたくなさそうだ。
あるタイミングで、何をどうしたのか、10分間ほど三妖精の所有になったこともあった。これが最短記録。
華扇ちゃんこと仙人の茨城華扇は、噂を聞いて心配になり、神社に駆けつけた。
境内に置かれた看板の『テナント募集中』という字面の破壊力に頭をくらくらさせつつ、
力を振り絞って霊夢に問いかける。
「ちょっと霊夢、これはどういう事なの?」
「これからは巫女はやめて、神社の土地のロイヤリティで食っていこうと思うんだ」
華扇ちゃんの怒りで膨れ上がった妖力が、彼女のシニョンキャップを強制パージする。
久しぶりの『ばかものー』という大音声とともに闘気が放散され。周りの全てをなぎ払う。
霊夢はまたまたホームレス巫女に。
ちなみに、その妖力の輝きは遠く月の都でも観測されたという。
実は消滅などしてなく、単に外界に遊びに行っていただけだった八雲紫は、そんな霊夢を見て、呆れるどころか『やるわね』と感心し、藍にツッコミを入れられるのだった。
魔理沙が遊びに行くと、仮設の社務所で霊夢と華扇、紫の三人がお茶を飲みながら、
少しシリアスな空気で霊夢を諭している場に出会う。
「よっ元気か、式年遷宮ってのは1、2週間のうちに何度もやるもんなのか」
「魔理沙はちょっと待ってなさい、だからね霊夢、食べていけないなら私に相談すればいいのに、こんな早まったことしちゃ駄目よ」
「だってえ、そん時紫いなかったじゃん」
「私も外界で、人を傷付けない範囲で怪異を見せて、幻想を維持する仕事があるのよ」
「それがこれですか」 華扇は外界の雑誌を三冊ほど畳に放り投げた。
「外の世界から流れてきたものです」
その雑誌には様々な服を着た女性の写真が載っており、外界での流行のファッションを教えているらしい。
そのモデルさんの中に紫がいた。
「紫、これって……」
「いったい何しているんですか貴方は」
「けっこう綺麗じゃん」 以外にも魔理沙が見入っている。
「いやねえ、外界でスカウトされちゃって、これも幻想への畏怖を忘れさせないためなのよ」
照れながら語る紫に、華扇は頭を抱える。
「全く、この巫女にしてこの保護者あり、か」
「別にいいじゃない、騙して女性を裸にするような悪徳業者はお仕置きしてるから」
「そうですか、それは良かったです……いや良いんですけどほかに問題が……」
「正直、頼まれるのは30代ぐらいの女性向けの服のモデルばかりなの、
もっと若い子向けの服も着てみたいのよ。そうだ、華扇さまもモデルに挑戦してみない?」
「いや私は遠慮しておきます」
「なあ紫、それって私もできないかな」
「いいけど、手癖の悪い子はだめよ」
「じゃあ直すよ」
「そういえば、私も巫女の服以外あまり着てないなあ」
周りのペースに飲まれそうになった華扇は、咳払いをして話を戻す。
「あのですね、息抜きも良いですけど、貴方達は幻想郷の秩序を守る者でしょう……」
「そういえば華扇、あんたが私に怒ったとき、頭の角的なアレはなんだったの?」
「えっ、それはその……ああ、きっと闘気が具現化したのよ」
「なるほど闘気、ねえ」
華扇はそうそうにその場を立ち去ると、入れ替わりに吸血鬼とその従者が遊びに来る。
神社がこういうドタバタな雰囲気はどうしたものか、と多くの人々は不思議に思うが、
これこそが博麗神社の日常、楽園が楽園である証なのだ。
彼女は人ごみにまぎれながら、その事象が起きている貸本屋を観察するのだった。
「どういうつもりかしら、異変の前触れとか、だったりしてね」
あろうことか、蒐集癖のある魔法使い、霧雨魔理沙が何冊もの魔導書をその貸本屋に寄贈すると言い出したのだ。
「こんな貴重な本、本当に頂いていいのですか」
「いいんだ、私にはもう必要ないし、じゃあな」
(あれだけ景気良く手放すんなら、パチュリー様から取った本も返せばいいのに)
その魔導書を遠目に見るが、魔導書の事は咲夜には分からず、
それがパチュリーから盗んだ物なのかは分からない。
半ば強引に魔導書を寄贈したのち、魔理沙は右手を軽く振って立ち去った。
咲夜は少し不審に思わないでも無かったものの、今見た物事を、
心の中の『調べてみる必要がありそうね』ではなく、
『まあ様子見でいいでしょ』のフォルダに格納し、残りの買い出しを続けることに決めた。
夕食時、紅魔館図書館の長、パチュリー=ノーレッジはご機嫌斜めで両腕を振り回して愚痴を垂れていた。
みんなに配慮してテーブルをどんどん叩くのは遠慮しているが、
いつもそばにいる小悪魔も今日は近寄りがたいようだ。
「むっきゅー聞いてよレミィ、魔理沙に取られた本、
今日こそ取り返そうと思って魔理沙の家に押しかけたんだけど、
それでも見つからなかったのよ、あの本に私の魔力を封入したから、
近くにあれば反応するはずなんだけど、それがなかったのよ。
魔理沙の奴なんて言ったと思う? 人を疑うのは良くないぜって、もう!」
パチュリーは鶏肉のソテーを一口放りこみ、咀嚼しながら続けている。
「むきゅ、だからね、レミィも言ってやってよ」
トマトジュースを飲みほしてレミリアがなだめる。
「ぷはぁ、咲夜、これ塩加減が絶妙、美味しいよ」
「ありがとうございます。あと、あまり、おっさんっぽい飲み方は慎んだ方が」
「それはそうとパチェ、いつになく本気ね」
「いい加減改めて貰わないと、魔理沙自身の人生にも悪いわ」
「いつになく本気ね」
「当然でしょ。いい加減にしてほしいわ」
パチュリーの魔導書について、咲夜が思い当たる節があるというので聞くと、
彼女はすぐに取り返すよう命じた。
「あの、パチュリー様、今日買い物に行った時に見たのですが……」
「すぐ取り返してきてちょうだい」
「あのう、夜分申し訳ありません、紅魔館の者です」
夕食後、後片付けとレミフラ姉妹へのデザートは(不安だったけど)妖精メイドに任せ、
咲夜は人里へ向かい、貸本屋の戸を叩いた。
貸本屋の少女は咲夜の姿を見てすべてを悟り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの本ですか、あれは、魔理沙さんが持って行ってしまいました。
本の背表紙に、パチュリー=ノーレッジと書かれていたのを見たので、
もしかしたらと思ったらまたあの人が戻ってきて、やっぱ必要だ、返してくれって」
「なんてこと」
(私に見られたのを感づかれたか)
つい舌打ちをして、相手に聞かれてしまう。
「あの、すみません」
「あっ今のは貴方に向けたんじゃありません」
相手を不快にさせてしまった事を詫びつつ、咲夜はとりあえず紅魔館に戻り、
パチュリーの支持を仰ぐことにした。
紅魔館に近づくと、館の一角から煙が上がっている。
「また何かやらかしたのね」 空を飛びながら肩をすくめ、首を横に振る。
聞くと、妖精メイドたちが姉妹のデザートに焼き芋を作ろうとして、廊下でたき火をしたという。
壁が魔法で強化されているから大丈夫だと思ったらダメでした、てへへ、
と燃え盛る廊下を背にしてその妖精メイドの一人は説明して、ぺこりと頭を下げる。
「てへへじゃなくて、さっさと火を消しなさい!」
最近ロクな事がないわ、と頭を抱えつつ、妖精メイド達を叱咤し消火を急いだ。
メイド達は一週間おやつ抜きの刑に処されたが、焼き芋自体は美味だった。
翌日、咲夜から事情を聞いたパチュリーは、自分で魔理沙を探そうと思い、
彼女がよく遊びに来る博麗神社に出向いたところ、あっさり霊夢と談笑している魔理沙を発見した。
「ようパチュリー、お前がここに来るなんて珍しいな」
「お茶でも飲む?」
魔理沙はパチュリーを見つけても余裕の表情で盗んだ本を読んでいたので、
少々腹が立ち、魔導書を手にしながら石畳をつかつかと歩いて魔理沙の前に立った。
「その本を返しなさい、さもないと新作スペルの実験台になってもらうわよ」
それでも魔理沙は動じない。
「いいや、これは博麗神社所蔵の品を見せてもらっているだけだぜ」
「嘘おっしゃい」
「本当だぜ、なあ霊夢」
「ええ、これは最近奉納された古書よ」
「なんですって!」
魔理沙はタッチの差で『借りた本』を博麗神社に『奉納』し、
それを見せてもらうという手口で、パチュリーの要求を回避してしまったのだ。
「てなわけで、交渉は霊夢にしてくれ」
「霊夢、これはもともとうちの物よ、返して」
すると、霊夢は腕を組んで考え込んで、
「どうかしら、この本はもう神様のものだし、
第一寄進されたものをもう一度持ち主に返すなんて聞いた事ないし」
「じゃあ私もその本を『借りて』いくわ」
魔理沙が本を盗んでいく時と同じ論法で、強引に本をひったくろうとするが、
霊夢に手を掴まれた。
「離して」
「だめよ、神社のルールを破る事は許さない」
「どうしてよ、この本は私に正当な所有物よ。魔理沙がそれを不当に持ってったのよ」
「絶対にダメ、それでも抵抗するって言うんなら、これよ」
霊夢が懐から針を取り出す。思わずパチュリーは後ずさった。
怖いと言うより、不自然に思えたからだ。
以前宴会で、霊夢が魔理沙の盗難癖を批判しているのを聞いた事がある。
その彼女がなぜ、と思い、何気なく霊夢の顔を見ると、ある違和感を覚えた。
「霊夢、あんた、少し太った?」
「な、何よ」
「やっぱりそう、食糧事情が急速に改善しているわ。もしかしたら……」
パチュリーが霊夢を無視して賽銭箱の前に立って中をのぞくと、
金銀財宝とはいかないまでも、多くの小銭や紙幣、貴金属が貯まっていた。
「さては魔理沙、買収したのね」
「どうしてそういう事を言うんだぜ」
「霊夢が単独であれだけの信仰を集められるはずがない」
「お前、露骨にひどい事言うなあ」
「失敬な、あれこそ正当なお賽銭よ。魔理沙がくれたのよ」
霊夢がこうでは分が悪い、ひとまず帰る事にする。
「今日はこれで帰るわ、でも諦めないからね」
パチュリーが飛び去ったのを見て、魔理沙はガッツポーズをしながら、
「正義は勝つ」と宣言した。
見ていた霊夢が少しばつの悪そうな顔をして訪ねる。
「それにしてもあんた、あの金銀財宝をどうやって手に入れたの、
不正な手段じゃないでしょうね。でも、寄進された以上、これは神社、つまり幻想郷の財産になるけど」
「錬金術を使ったんだぜ」
霊夢が目を丸くする。
「本当に!? もうそんなレベルの魔法が使えたんだ!」
「まず、魔法の森のある種類のキノコを刈りつくすだろ、
そしてほかの魔法使い連中に、そのキノコがすごい魔法の原料になると噂を流す、
でそのキノコの値段が高騰する、そこで売れば大もうけって寸法さ」
「そういう意味か。なんという悪人」
「その悪人の金を受け取る巫女様も相当なワルですぜ」
「クックック、中立の巫女は清濁併せ飲むものよ」
こいつ、本当に主人公なのか?
図書館に戻ったパチュリーは、一計を案じた。
「見ていなさい魔理沙。こあ、小悪魔ーズを招集して」
「わかりました」
それからしばらく日がたって、魔理沙はいつものごとく『博麗神社所蔵の本』を読みに神社に向かうが、
霊夢は魔理沙に本は貸せない言う。魔理沙がどうしてかと聞くと、
「スポンサーには逆らえない」の一言。
「なんだよ、神社の所蔵物を見せてくれって言っているだけだぜ」
いきなりパチュリーが社務所から出てきて宣言した。
「今日からここは紅魔館所有になったの」
「そう、神社はパチュリーに買収されちゃったの、ごめんね」と霊夢が苦笑いする。
あれからパチュリーは目には目をという方針で、不要な魔導書を魔界でオークションにかけ、
図書館に勤めている小悪魔ーズから有志をつのり、小悪魔さんに添い寝してもらう、
小悪魔さんとお茶会、小悪魔さんが一日恋人になってくれる、
といったギリギリのサービスを展開して資金を稼ぎ、
人里と魔界双方の治安組織に摘発されかけながら博麗神社を買収したのだった。
「お前中立の巫女だろ!」自分の事を棚に上げて魔理沙が喰ってかかる。
「私は(お金に対して)中立の巫女よ」
「ううう、おいパチュリー、こんな事をして八雲紫が黙ってないぞ!」
「いかにも三下のセリフね、異変解決の主役が聞いてあきれるわ。
ちなみに、八雲紫は消滅したから」
「いきなりの超展開!?」
「これで、この神社は紅魔館が経営する事になった、けど安心して、
これからスペルカードルール廃止、人間食べ放題なんて事は無いわ」
紫消滅、というあまりの爆弾発言をすぐに飲み込めなかった2人は、
しばらくぽかんとしていたが、何秒か経ってようやく情報の整理が追い付く。
「ちょっとちょっと聞いてないわよ。3日前紫とお酒を飲んだばかりだし、
その時も変な兆候なんてなかったわ」
「おい、結界管理者が消えたらどうなるんだよ、幻想郷が消滅したらどうする?」
「さあ、それはおいおい考えていけば良い事よ。誰かが何とかするでしょ、藍さんとかが。そんな事より……」
「そんな事ってないでしょう?」
パチュリーは持っていた魔導書を開いて呪文を唱えると、社殿の中から、どんどんと戸を叩く音が聞こえてくる。
「扉を開けなさい」
パチュリーが指を鳴らすと、戸が開き『奉納』されていた魔導書が彼女の元に飛んできて、彼女を包み込むように浮かんで静止した。
「最初の業務として、神社所有の本を当館で保管します。あそこなら湿度や温度の管理も完璧で、劣化の心配はありません」
「おい、それ私が読む奴だろ」
「だめ~」
浮かんでいた魔導書のページが一斉に開かれ、光を放ち魔理沙をけん制した。
パチュリーはここぞとばかり、魔理沙の声真似をして去っていく。
「それじゃあ『借りてくぜー』」
「してやられたわね」
「金に物を言わせる力技でもあいつが上だったか」
その後、パチュリーは魔導書を取り戻すと、神社を買い上げた資金を半分だけ戻して経営権を霊夢に返し、魔導書は紅魔館に作った博麗神社分社の奉納物という形で元通りの場所に収まった。
魔理沙は悔しがったが、そのうち興味が別のものに移っていった。
博麗神社を金で買えるらしいぞ、という噂はあちこちに広がり、霊夢も味をしめて……。
ある日、神社は永遠亭所有になり、薬を売る屋台や素兎の怪しげな投資話の看板が掛けられ、霊夢にも地代が入ってウハウハ(死語)だったものの、
それを聞いた妹紅が『永遠亭所有と言う事は輝夜の家だな』と神社を燃やし、
瞬時にホームレス巫女と化した霊夢は草の根妖怪連合の出資を受け入れ、
夜雀の屋台が立ち並び、ただでさえ寄り付かなかった人間の足がさらに遠のいた。
次の日、妖怪から博麗神社を取り戻しましょうと守谷神社の管理に移ったが、
河童に社殿の維持を依頼した所為で、神社はいろいろ改装されてしまう。
風力発電機に得体の知れない通信機、ロマンと称して設置された自爆装置。
お約束通り、神社に住みついていた月の妖精が転んだ拍子にそれを押してしまい、
再びホームレス巫女にジョブチェンジした霊夢は地底のつてに助けを求め、
土蜘蛛の建築で旧地獄大使館のような存在になった。
その後、やはり博麗神社は現実と幻想の境界なのだから、という古明寺さとりの良識により、博麗神社は再び中立の神社に戻されるが、霊夢は普通の巫女に戻りたくなさそうだ。
あるタイミングで、何をどうしたのか、10分間ほど三妖精の所有になったこともあった。これが最短記録。
華扇ちゃんこと仙人の茨城華扇は、噂を聞いて心配になり、神社に駆けつけた。
境内に置かれた看板の『テナント募集中』という字面の破壊力に頭をくらくらさせつつ、
力を振り絞って霊夢に問いかける。
「ちょっと霊夢、これはどういう事なの?」
「これからは巫女はやめて、神社の土地のロイヤリティで食っていこうと思うんだ」
華扇ちゃんの怒りで膨れ上がった妖力が、彼女のシニョンキャップを強制パージする。
久しぶりの『ばかものー』という大音声とともに闘気が放散され。周りの全てをなぎ払う。
霊夢はまたまたホームレス巫女に。
ちなみに、その妖力の輝きは遠く月の都でも観測されたという。
実は消滅などしてなく、単に外界に遊びに行っていただけだった八雲紫は、そんな霊夢を見て、呆れるどころか『やるわね』と感心し、藍にツッコミを入れられるのだった。
魔理沙が遊びに行くと、仮設の社務所で霊夢と華扇、紫の三人がお茶を飲みながら、
少しシリアスな空気で霊夢を諭している場に出会う。
「よっ元気か、式年遷宮ってのは1、2週間のうちに何度もやるもんなのか」
「魔理沙はちょっと待ってなさい、だからね霊夢、食べていけないなら私に相談すればいいのに、こんな早まったことしちゃ駄目よ」
「だってえ、そん時紫いなかったじゃん」
「私も外界で、人を傷付けない範囲で怪異を見せて、幻想を維持する仕事があるのよ」
「それがこれですか」 華扇は外界の雑誌を三冊ほど畳に放り投げた。
「外の世界から流れてきたものです」
その雑誌には様々な服を着た女性の写真が載っており、外界での流行のファッションを教えているらしい。
そのモデルさんの中に紫がいた。
「紫、これって……」
「いったい何しているんですか貴方は」
「けっこう綺麗じゃん」 以外にも魔理沙が見入っている。
「いやねえ、外界でスカウトされちゃって、これも幻想への畏怖を忘れさせないためなのよ」
照れながら語る紫に、華扇は頭を抱える。
「全く、この巫女にしてこの保護者あり、か」
「別にいいじゃない、騙して女性を裸にするような悪徳業者はお仕置きしてるから」
「そうですか、それは良かったです……いや良いんですけどほかに問題が……」
「正直、頼まれるのは30代ぐらいの女性向けの服のモデルばかりなの、
もっと若い子向けの服も着てみたいのよ。そうだ、華扇さまもモデルに挑戦してみない?」
「いや私は遠慮しておきます」
「なあ紫、それって私もできないかな」
「いいけど、手癖の悪い子はだめよ」
「じゃあ直すよ」
「そういえば、私も巫女の服以外あまり着てないなあ」
周りのペースに飲まれそうになった華扇は、咳払いをして話を戻す。
「あのですね、息抜きも良いですけど、貴方達は幻想郷の秩序を守る者でしょう……」
「そういえば華扇、あんたが私に怒ったとき、頭の角的なアレはなんだったの?」
「えっ、それはその……ああ、きっと闘気が具現化したのよ」
「なるほど闘気、ねえ」
華扇はそうそうにその場を立ち去ると、入れ替わりに吸血鬼とその従者が遊びに来る。
神社がこういうドタバタな雰囲気はどうしたものか、と多くの人々は不思議に思うが、
これこそが博麗神社の日常、楽園が楽園である証なのだ。
ただ、少しばかり改口がおおすぎるところがありますね~
よかったです!
この勢いはぜひ今後にも活かして欲しい。
後半怒濤のテナント戦争が面白く、
「手癖の悪い子はダメ」「じゃあ直すよ」って会話に洋ドラマのような洒落た雰囲気を感じたりして、
色々と面白かったです
ギャグ路線としてはまずまずといった展開で、ハチャメチャ感が漂っていたのは良かったです
永遠亭所有だからという理由で燃やしにかかってくる妹紅が面白かったです