新鮮で活きが良く、煮ても焼いてももちろん生で食べても美味しいあの魚がこの時期良く取れるということを
光の三妖精の中で一番うるさいサニーミルクちゃんに聞いたので霧の湖にやって来ました。
釣りの基本は夜なので、ねむけ眼のチルノちゃんとも一緒です。
ミルクと蜂蜜をたっぷり入れた、ぬるめのたんぽぽコーヒーをチルノちゃんに飲ませたら
さあ楽しい夜釣りの始まりです!
「むにゃむにゃ餌は何を使うの大ちゃん」
「ミミズとかでも良いんだけど触るのが嫌だから。かわりにこれ」
「なにこれ」
「アポロチョコ」
「いいな、ちょっとあたいにも頂戴」
上手く釣れるか心配ですが、きっと大丈夫でしょう。
私たちが今から捕まえようとしている魚は甘いものが好きだと
光の三妖精の中で一番狡賢いスターちゃんが言ってたのできっと問題はありません。
おもりを付けたアポロチョコを沈めて、しばらく手先で竿の様子を伺います。
「くわあ。大ちゃん、あたいやっぱり眠いよ」
「頑張ってー チルノちゃん、このお魚大好きでしょ? 私の次くらいに」
「うん、あの魚は大ちゃんより好き。でも、せっかく釣ってもあげちゃうんでしょ?」
「そう、明日は宴会だからね。持って行ったら霊夢さん達も喜ぶよ」
「なんであたい達が釣った魚を持っていかなきゃいけないのよ。
あたいお刺身でいっぱい食べたい。残った骨はかりかりに揚げて食べようよ大ちゃん」
「でもチルノちゃん。
たまにはこういう事しとかないと宴会に誘われなくなるし、長い目で見れば得になるんだよ。
「そなの?」
「うん、考えてみてよ、魚を持って宴会に行くでしょ?
そこに居るのは阿呆みたいな酔っ払い連中ばかりなんだから
いっぱい歓迎されて、魚以外の美味しい料理にありつける。
そして翌週の宴会では白黒あたりが『そういえばこの前こいつらが持ってきた魚はうまかったな』
なんていったらしめたもの。その日は何もしてないのに歓迎されるんだよ。
小さな奉仕で大きな見返りはヒモの基本でしょ」
「出た、悪い方向に頭の良い大ちゃんだ」
チルノちゃんに頭がいいと褒めてもらったので釣り竿を持つ手にも力が入ります。
ここはがばっと釣り上げてチルノちゃんにもっと褒めてもらいましょう。
いつもチルノちゃんの後ろをついてまわる私ですが、やる時はやるという所を見せる絶好のチャンスです。
「大ちゃん、暇だよ」
「待つのも釣りの醍醐味だよ」
「そんな大きなごみは捨てちゃいなよ」
「大ごみじゃなくて醍醐味」
「暇だからゲームしよう。しりとり」
「りんご」
「ぶどう」
「もも」
「バナナ」
「柿……あれ、いつから古今東西になったの?」
「あ、糸が動いてる!」
垂らしていた釣り糸が小刻みに揺れ動きました。
ですが慌ててはいけません。ここで急いで引いてしまうのは素人釣り師のやることです。
今、獲物は針先の餌をつっついて様子を見計らっている状態です。
その場合、こちらは一切動かさずあちらが食いついてくるのをただひたすら待つのです。
そう、これはまさしく魚と私の真剣な焦らしプレイなのです。
「大ちゃん、引かないの?」
「引いてるからって焦って動くのは素人の考えだよ。一息ついてまずは様子を見るの」
「ふうん。恋愛と一緒だね」
「そうだね、私の夜のお誘いをいつも無視するチルノちゃんが毎回使っているテクだね」
「違うし今その話してないから」
チルノちゃんの目が残酷に光を失い、私に向ける視線が非常に冷たく冷酷になりました。
流石は氷の妖精チルノちゃん。
たまらなくぞくぞくしてしまい、つい竿を持つ手が緩んでしまいました。
「あっ」
獲物がついに餌に食らいついたのでしょう。
大きな力で引っ張られたので思わず竿を離してしまいました。
ですが、竿は湖に飲み込まれませんでした。
私の恋人チルノちゃんが飛んで行く前の竿を超反応で捕まえてくれたのです!
「おっと。飲み込まれるところだったね」
「きゃあ! チルノちゃん格好いい素敵! 抱いて!」
「抱かない。……ん、結構重いよこいつ。大ちゃん手伝って」
「はい!」
「なんで敬語なの」
「わかりません!」
「どうでもいいけど。あたいもがぜんやる気になってきたぞ!」
チルノちゃんに命令されたので私は喜んで従います。
二人でしばらくうんとこしょどっこいしょとやっていましたが
一向に獲物が釣れる気配がありません。
「ねえ大ちゃん、これ岩に引っかかってるだけなんじゃない?」
「うーんそうかな、でも最初の方ちょっとつついてる気配があったし……」
「このままじゃいくらたっても釣れないよ。あたいが潜って様子を見てこようか?」
「でもこの竿を一緒に引くという行為でチルノちゃんとくっつけるんなら
私はもうちょっと頑張っても良いよ」
「じゃああたい様子見てくるから竿はそのまま持ちっぱなしにしててね」
「ああん」
いけずなチルノちゃんですが、いつものワンピースを脱ぎ去り下着姿になる所を見ることが出来たので良しとします。
ところが湖に潜ってすぐ、チルノちゃんは上がってきました。
「おかしいな」
「どうしたのチルノちゃん」
「釣り糸が無い」
「え? で、でも今実際に引っ張られてるよ。ほらまた」
「なんでだろう、うーん」
チルノちゃんはそのまま真上に空を飛び、上から湖を眺めることにしたようです。
月明かりに照らされるチルノちゃんの下着姿。
濡れているためところどころ肌に張り付いているその衣服はもはやあってないようなもの。
もしやチルノちゃんは私を興奮させるために湖に潜ったのではと勘違いしてしまうほどです。
この光景を眼と海馬に焼き付ける為にあの淫猥で卑猥で淫靡な半裸体を穴が空くほど見つめました。
すると、チルノちゃんが急に声を荒らげました
「穴が空いてる!」
「え?!」
まさか私がチルノちゃんを見つめ続ける余り穴が空いてしまったのでしょうか!
「チルノちゃん! どこに穴が開いたの! どこ? 私の? 私の為の穴?! 入れていいの?!」
「大ちゃんが何を言っているかよくわからないけど穴が空いてるのはあたいじゃないよ」
「え?」
「湖だよ。ほら見て」
釣り竿を持ったまま、飛んでいるチルノちゃんの元へ翔け寄りました。
「な、なにこれ」
「わかんない。でもやっぱり釣り糸はこの中につながってるみたいだね」
「どうするの?」
「空を飛んじゃえばこっちのもんさ。大ちゃん、竿を二人で持って一緒に引っ張ろう。
絶対手に入れるよ!」
「うん!」
夜の湖。満月の映る水面。その大きな月に重なるように穴は空いていました。
今度は地上ではなく空で竿を引っ張ります。
「うーん、重いー!」
「もうちょっとだよチルノちゃん!」
チルノちゃんの事をここぞとばかりに竿を引っ張りました。
二人で全力で上にひっぱっていくと、少しずつ、少しずつ竿は動いていきました。
「……ち、チルノちゃん」
「……どしたん大ちゃん」
「チルノちゃんのおっぱいが当たってるからこのまま永遠に竿をひっぱっていたいな」
「……大ちゃんがキモいから本気を出すのわさ」
「え?」
「どっせい!」
「きゃあ!」
「きゃあ!」
チルノちゃんは思い切り竿を振りぬくと、獲物が穴から飛び出てきました。
しかしその獲物は想像していたものよりも大きく、魚のようにてかてかしていなく
それはそれは妖精みたいな形をしていました。
「あてて…… ん、大ちゃん、光の三妖精の中で一番ふうきみそなルナチャイルドみたいに
口を栗みてえにしてどうしたの?」
「アメリカが釣れた」
アポロでアメリカが釣れました。
~
「アポロチョコみたいな穢れた食べ物が目の前にふわりと出てきたら
そこは取るに決まってるじゃない! あたいは甘い物に目がないの!」
「ねえ大ちゃん、やばいこいつ『あたい』とか言ってる、キャラがかぶる」
「ここは一人称を『某』にしてもらうことで手を打ってもらおうか」
クラウンピースと名乗ったアメリカは、私達の目の前で
びしょびしょのアポロチョコを食べています。
絶対にお腹を壊すと思いますがつられてチルノちゃんも食べ始めたので
私もご一緒させていただきます。
私にとってチルノちゃんは絶対なんです。
「それでお前は何しにきたのわさ」
「アポロチョコを食べに来たわけじゃないのは確かかな。
ううんと忘れちゃった。月に行って遊んでたのは覚えてるんだけど」
「そう。あたい達は釣りをしているのよ」
「なにそれ?! 某も混ぜてよ!」
「なにお前、魚釣りしたことないの?」
「うん!」
「じゃあいいよ。教えたげる」
「やった!」
「ち、チルノちゃん!」
チルノちゃんのコミュニケーション能力の高さは妖精界隈でも随一なのは知っていましたが
ここまでとは思いませんでした。
流石に妖精界隈でも随一の警戒心を誇る名無しの大妖精は、この謎の妖精に警戒せざるを得ません。
それはそうと、アメリカは喜んでチルノちゃんに腕などを絡めていますが
馴れ馴れしすぎるのであとでその腕を切り落として月にぶっさしておくことを決意しました。
覚えとけ。お前が星条旗になるんだよ。
「なにさ大ちゃん」
「こんな湖から飛び出てびしょびしょのアポロチョコ食べてる妖精誘っちゃ駄目だよ。
いかれポンチだよ」
「いかにも某は狂気でルナティックさ!」
「ほらなんか発言がおかしいよ。きっと頭もおかしいよ」
「大ちゃんも結構頭いかれポンチだけどね。別にいいじゃん。数多いほうが楽しいし」
チルノちゃんが言うことを聞いてくれません!
どれもこれもこのアメリカのせいです。
私はアメリカを駆逐することに決めました。
ひとまず頭の中でアメリカ侵略計画を練ることにします。
「ほら大ちゃん、ぼーっとしていないで沖釣りの準備するよ。
あたいがこの前つくった氷のボートの上に乗って湖の真ん中あたりまで行って釣ろう。
こうなったら意地でも釣ってやるのわさ」
「そうよ、あんたもぼーっとしてないでボートの準備手伝いなよ。
……くくく、ぼーっとボートだって。くく」
「アメリカ、お前面白いやつだな」
「そ、そう? えへへ」
殺そう。
「準備万端! よし、行くわよ! イッツ、ルナティックターイム!」
「魚が逃げるから静かにするのわさ」
「あ、ご、ごめん」
ざまあみろ。
調子に乗るからだ。
それに比べて私はというと、静かにチルノちゃんの後ろにちょこんと座っている。
奥ゆかしい伝統的なまさに日本の妻のようだ。
厳密に妻ではないけどその内に肉体の関係も築かれるし妻で良いだろう。
「大ちゃん、なんであたいの後ろにいるの」
「私は奥ゆかしい妻」
「自分で奥ゆかしいとか言うんだ」
「チルノちゃん、行きましょう。私と永遠の大海原へ。二人で」
「ここ湖だよ」
「ねー某も話に混ぜてよ」
「ちっ」
こうして私たちは湖の中心地へと向かっていったのでありました。
余計なゴミが居るのはこの際無視することにしておきます。
しばらくボートを進めて湖の中心地へたどり着きました。
ボートを使わず空を飛んでの釣りでも良かったのですが
餌の用意や捕獲した魚を確保しておくバケツを持って飛ぶのは容易では無いので、ボートが一番都合がいいのです。
チルノちゃんとアメリカは移動の間何やら楽しげな感じでお話をしていましたが
私は先ほど無視をすると決めたのでそっぽを向いておきます。
「ってこれじゃあチルノちゃんとも会話できないじゃない!」
「大ちゃんうるさい」
「ねえねえそれでどうしたのよ」
「ああ、もちろん仕返ししてやった! あたいに毒団子を食べさせるなんていい度胸だからね」
「地上の妖精もエンジョイしてるのねえ。ふっふっふ~某もなにかいたずらしたくなってきた」
「じゃあ今度、あいつらに一緒に仕返しに行くわよ」
「何もされてないのに仕返しにいくとかサイコーにいかついじゃない! オッケー!」
「あ、ち、チルノちゃん、東方三月精第三部の毒団子の時のお話中、申し訳ないんだけど
そろそろ絶好の釣りポイントなんじゃない?」
「そういえばそうね。クラピン餌の付け方わかる?」
「教えてチルチル!」
いつの間にかアダ名で呼び合う仲です。これも全部アメリカの陰謀。
今すぐにでもアメリカを滅亡させたいですがここで不自然なことをやると
チルノちゃんの機嫌も損ねてしまうので慎重に進めなければいけません。
「チルノちゃん、私も餌の付け方わからないから手取り足取り胸取り尻取り教えてほしいなー。なーんて……」
「はいはいりんご」
「そのしりとりじゃなくて!」
「ここをこうやって……」
「ふんふん」
「あとはこの竿を持ってひたすら待つ」
「え、そんだけー? なんか地味だなー」
「待つのも釣りの資源ごみなのよ」
「ちょ、ちょっと、アメリカ! せっかくチルノちゃんが教えてあげてるのに地味とはなんなの!」
「おいそこの地味なやつうるさいぞ。魚が逃げるだろ」
「あ、駄目だ今直ぐ殺そう」
もう私は覚悟を決めました。
こいつはここで殺しておかないと後々もっと調子にノリます。
私はチルノちゃんの後ろからそっと立ち上がりアメリカへ向き直りました。
「アメリカ」
「んー?」
「私と勝負しなさい!」
「え、なんだよ急に。でも勝負は嫌いじゃないから乗ってやるよ」
「チルノちゃん、私頑張ってくるね」
「二人共、弾幕ごっこやるのはいいけど魚が逃げるからあっちの方でやってよ」
チルノちゃんの応援の一言を胸に、私は決意しました。
こいつを追い払って夜の釣りデートを続けるんです。
そのためにはアメリカを駆逐する必要があるのです。
私とチルノちゃんの幸せにアメリカはいらないんです!
「じゃあ始めようか。一回休みどころか、三回休みにしてあげる」
「ふっふっふ~地獄を見せてやるよ。イッツ、サンサーラターイム!」
「だからあっちの方でやってって」
チルノちゃんはボートを漕いで私達から離れていってしまいました。
仕方がありません。ここは今から戦場になります。
私は、弾幕ごっこは苦手だけど、出来無いわけではありません。
東方紅魔郷二面で猛威を振るったティッシュ弾幕だって健在です。
実は、あれは私の分身なんです。
「いくわよ、獄符「ヘルエクリプス」!」
「こっちだって! 紙符「セレブリティノウズ」!」
第二次妖精大戦争は、始まりました。
そしてあっけなく終わりを告げます。
「うん、なんだこれ。え、ああ!」
「へ?」
突然、水しぶきがあがりました。
気づくと、アメリカの姿はなく、とてつもなく大きい何かが私の前に立ちはだかっていました。
「なにこれ……」
「ひい! なんだこれ、助けて!」
「あ、アメリカ!」
「大ちゃん、なにこいつ!」
「わかんない、急に湖から出てきて……」
その大きな大きな物体は、湖からにょきっと生えてアメリカを咥えていました。
月明かりしか無いのでよく見えませんが、どうやら湖から太く長い首が生えているみたいです。
そこで私はなんとなく見覚えがあるのに気付きました。
「ぎゃあーたすけてー某はおいしくないぞー!」
「チルノちゃん、これって……」
「なんか見たことあると思ったら、こいつはネッシーじゃないの!」
そうです。これは東方深秘録で出てきたネッシーだったのです!
私たちはこっそり戦う主人公たちを覗いていたので知っています。
ネッシーは未だにアメリカを咥えて離しません。
「おいネッシー、クラピンを離せ!」
「チルノちゃん! ちょっと待って!」
「なに大ちゃん!」
「霧の湖に居るんだからキッシーじゃないの?」
「今助けるぞクラピン!」
何やら無視されたような気がしますがチルノちゃんがそんなことをするわけがありません。
チルノちゃんは懸命にアメリカを助けようとしますが
ネッシーもといキッシーはアメリカを咥えたまま首をぶんぶん回すので
チルノちゃんもタジタジです。
私はというとアメリカなんてどうでもいいので
キッシーの首と共に暴れまわるチルノちゃんを見ながら今日の分の日記を書いていました。
今日もチルノちゃんはキュートでエロティックです まる
「うがーもう埒が明かない!」
「早くたすけてー…… ずっとぶん回されてるからそろそろさっき食べたアポロチョコが
穢れとなって出ちゃうからー」
「ぐぬぬ……大ちゃん、手伝って!」
「え、私?」
「大ちゃんが囮になって! そしたらあたいがネッシーのうなじに手刀をぶちかますから」
「えーでも……」
「なに?!」
「それって、私に得あるのかな。
ぶっちゃけちゃうと、私あのアメリカのことなんてどうでもいいと思ってるし
そもそもあいつ失礼じゃない? 急に現れてアポロチョコ食べちゃうしチルノちゃんに
すぐくっつくし私には地味とか言ってくるし声大きいしタイツむちむちだし
なんか私と合わないっていうか、同じ妖精として尊敬できないっていうか
あいつ妖精のくせに自然っぽくないから一緒にいると自然の力が弱くなっちゃうかもしれな」
「うるせぇ! 手伝え!」(ドン!)
「はい!」
本能で返事をしました。
やっぱり私はチルノちゃんには逆らえないようです。
「や、やーいキッシーこっちだぞー」
私は精一杯囮になりました。
変な動きをしたり変な弾幕で誘導したり変な顔をしてキッシーをからかいました。
そのうちに、チルノちゃんはキッシーの後ろにそろりそろりと回りこんでいます。
「いまだ! チルノブレード!」
「やったっ! チルノちゃん」
チルノちゃんの水平チョップ(チルノブレード)がキッシーうなじにぶち当たり
いい加減にぶん回されたアメリカは氷のボートに落ちてきました。
キッシーのよだれでべちょべちょになっていて、とても穢らわしいです。
「クラピン、大丈夫か!」
「大丈夫だけど気持ち悪くてアポロロロロロロ」
「ぎゃあクラピンが穢れ吐いた!」
「チルノちゃん、えんがちょ切ってえんがちょ!」
「アポロロロロロロ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ私達ですが、安心するのはまだ早かったようです。
「はいえんがちょきーっ…… あれ大ちゃんどこ行くん?」
「チルノちゃんが移動してるんだよ!」
「ぎゃあああああああ!」
今度はチルノちゃんがキッシーに咥えられました。
チルノちゃんは必死にもがきますが、お腹のあたりをがっぷり咥えられてるのでなかなかうまくいっていません。
「チルノちゃん、早くアイシクルフォールして!」
「駄目だよ正面安置!」
「なんでEasy撃とうとしてるの!」
「そ、それはそうと、大ちゃん―!」
「どうしたの!」
「こいつの口の中、あったかくてなんかあたい溶けちゃいそう……」
「チルノちゃんー!」
妖精の本分というものでしょう。
先ほどアメリカが囚われてからも、チルノちゃんが囚われてからも私達は少しだけ
おふざけの気持ちがありました。
キッシーは大きくて脅威でも例の大蝦蟇ほど攻撃的ではありませんし
博麗の巫女ほど容赦がないわけでもありません。
でも、状況は変わりました。
チルノちゃんが溶けてしまいます。
それは一回休みを意味しますが、私はそれが嫌なのです。
だってチルノちゃんが休みになったら……
「明日の宴会は私一人で行かなくちゃいけないじゃない!」
「大ちゃんー?!」
「一人で宴会なんて嫌だよ! 私どれだけ友だちがいないと思ってるの!
他の妖精がいるならまだしも明日はチルノちゃんしかいないんだから
あの宴会特有の雰囲気の中、一人ですみっこでお酒飲みながら盛り上がっている連中を見ているだけなんて嫌!」
「大ちゃんー! いいから助けろー!」
チルノちゃんの言葉にはっとします。
そうだ、早く助けなきゃ。
キッシーは先ほどとは比べ物にならないくらい首をぶんぶん動かしています。
一切近づきようがありません。
「う、うう。でもどうしたら……」
「うわーんべとべとだし穢れ吐いちゃうし。もうやだ帰るー」
「あ、アメリカ居たんだ。ねえアメリカ、手伝ってよ!」
「やだよー某もう帰るー」
「使えない……! いいの、やられっぱなしで!」
「だってご主人様にもらったタイツもべとべとだし……」
「いいから手伝って! お魚分けてあげるから!」
「要らないよそんなの」
「ぐぬぬ……もういい!」
どうやら、私一人でチルノちゃんを助けなきゃいけないようです。
でもいいんです。アメリカの手伝いなんて最初から期待していません。
「どうにかして、さっきみたいにもう一回一撃食らわせれば……」
ですが、目にも止まらぬ速さで首をぶち回しているキッシーを改めて見て
私は動けませんでした。
圧倒的な大きさ、圧倒的な速さ、圧倒的な力量差が目の前に広がっています。
私はどうすればいいのかわからなくなってしまいます。
このままつっこんでも、あの太くて大きな首に吹き飛ばされて痛い目にあうだけです。
「大ちゃんー! 助けてー! 世界が回るー」
「チルノちゃん……! 待ってて! ……やあああああ!」
キッシーに体当たりを繰り出しました。
でも予想通り、私は簡単に吹き飛ばされてしまいます。
「だ、駄目だ……全然近寄れない……」
首に吹き飛ばされ、口の中を切ってしまったのでしょうか。
嫌な味が口内を巡りました。
どうしたら、と思ううちに一瞬、いやな想像が頭をよぎりました。
このまま、何もしないのはどうでしょう。
チルノちゃんは溶けてしまいます。そして私も宴会に行きません。
そうすれば、目の前の敵と戦って痛い目にあわなくて済むし
宴会で嫌な目にもあいません。
復活したチルノちゃんはきっと記憶がないはずですから、適当に言いくるめればいいのです。
「……あはは。駄目だよね、そんなの」
ですが、そんな思いは頭を振って吹き飛ばします。
何を考えてしまったのでしょう。
ああ、嫌です。私の嫌な部分が、 『悪い方向に頭の良い大ちゃん』が出てしまいました。
自分の頭を殴りました。そんな、私がチルノちゃんを見捨てるなんてこと出来ません。
その思いを振り払うように、何度も何度も自分の頭を殴りました。
「お、おい何してんの」
「放っておいて! アメリカは家に帰ってなさい」
「やめなって、頭から血が出てるし、その手だって……」
私は自分の拳を見てはっとします。
拳からは、自分の頭を殴ったせいで出た血が流れています。
「そっか…… 殴った方も、殴られた方も痛いんだ」
ありました。
見つけました。
キッシーを倒す手段。
「……やああああああ!」
先ほどと同じく、私はキッシーに体当たりを繰り出しました。
もちろん弾き飛ばされてしまいます。
でも!
「まだまだ!」
「ね、ねえ! 何してんの!」
アメリカが何かを言った気がします。
ですが、それはどうでもいいことです。
私は体当たりを繰り返します。
「もう一回……」
身体を丸めて、何度も体当たりを繰り返します。
腕も、足も、顔も、お腹も、身体のいたるところに痛みが走っています。
「…………もう一回……」
「ね、ねえもういいんじゃない? 何度やっても無駄だよ……」
「……やああああああ!」
「お、おい」
何回体当たりを繰り返したでしょうか。
身体に力が入らなくなってきました。
でも、兆しは見えてきました。
「……はあ、はあ。……痛い」
「お前、どうしたんだよ。やけになっちゃったの?」
「……見て」
「え? あ、あいつの動きがにぶくなってる……?」
きっと、キッシーも痛いのでしょう。
当たり前です。殴る方も、殴られる方も衝撃は同じです。
首で私を攻撃して私が痛いってことは、キッシーも首が痛いってことになるはずです。
「もう少し、続ければ、キッシーも、あきらめて、チルノちゃんを、離すかも……」
「……そんな馬鹿な方法」
「でも、そうしないと、私、勝てないから……」
「ああもう! わかったよ!」
「え?」
「某も手伝う! 妖精同士、これ以上やられてるのを見るのは御免だから!」
おい地味妖精、この松明で一時的に狂気になって……」
「なにその棒?」
「ってよだれでべとべとで松明がつかないじゃない!」
「え?」
「……」
「……」
「……うおおおおおお!」
「……やああああああ!」
今度はアメリカと二人で突っ込みました。
あいも変わらず簡単に吹き飛ばされてしまいます。
ですが何度も何度も、キッシーに体当たりを続けました。
確実にダメージは蓄積されていくはずです。
キッシーにも、もちろん私にも。
「あ、あれ……?」
「おい、どうしたの!」
「身体が……」
とうとう、身体が動かなくなりました。
もうどこを動かしても激痛がはしります。
私はボートの上で倒れて、動けなくなってしまいました。
目線だけでキッシーの様子を伺ってみました。
さっきよりは、確かに動きが鈍くなっています。
ですが、まだチルノちゃんを咥えたまま離そうとはしてません。
「も、もうちょっと……もうちょっとだから動いて……」
「ど、どうしよう…… ねえ! 他に助けてくれる奴はいないの?!」
光の三妖精、白黒の魔法使い、博麗の巫女、他の妖精のお友達を思い浮かべました。
助けてくれるかもしれませんが、助けを求めているうちにチルノちゃんはきっと溶けてしまうでしょう。
「……わかんない」
「ほんとう?! 誰か、近くにいるやつとか居ないの?!」
「……ちょっと、思い当たらないかな」
「く、くそう。どうすれば……どうすればあいつを……」
アメリカはキッシーを見上げました。
キッシーの表情は見えません。どんな顔をしているのでしょうか。
無駄だとわかってもなお突っ込んでくる私達を哀れんでいるのでしょうか。
どちらにしろ、月の逆光で表情は伺えません。
「月……」
「え?」
「月……! そうだ、きっとまだ月にいるはずだ」
「アメリカ、ど、どうしたの?」
「友人様! 友人様! あたいです! 見ていませんか!」
アメリカが月に向かって叫び始めました。
「もし見ているのなら、あたいに力を分けて下さい!」
アメリカは月に手を仰ぎますが、何も起こりません。
「く、くそう。気づいてくれない……あ、そうだ! 友人様、嫦娥です!」
あそこに嫦娥が居ます!」
アメリカが「じょうが」という単語を言った途端湖面が揺れました。
湖面に映った月が激しく揺れ動きます。
「と思ったら嫦娥に似た岩だったー」
誰かが焦って転んだみたいに、ばしゃあと大きく水しぶきが上がりました。
……誰か居るのでしょうか。姿は見えません。
「友人様、来たついでにあたいに力を分けて下さい。
ちょっとでいいんです。純化の力を……」
『しようがないわねえ』
どこからか、そう聞こえました。
月より、というよりも、月が映った湖面から、その声は聞こえた気がします。
気づくと湖面の波はおさまっていました。
「ふっふっふ~」
「え?」
「サイッコーに地獄だぜぇ。地味妖精、そこで休んでな。
あとはあたいがやるから」
「……アメリカ?」
「きゃはははは! 狂気の世界を見せてやる!」
アメリカがそう叫ぶと同時に、周りに大きな球体が浮かびあがりました。
激しく弾ける、とても大きなエネルギーです。
アメリカが何かを叫び、それをキッシーにぶつけました。
あたりは一瞬、お昼かと思うくらい光ったと思うと大きな爆発音が聞こえて
私はその音と同時に、意識を失いました。
なので私の記憶はここまでです。
~
目を開けると、まもなく青になるであろう空が見えました。
視界の端に見慣れないちょうちょがゆらゆらと揺れています。
変な飛び方をするちょうちょだなあ、と回らない頭で考えていましたが
頭が覚醒してくると、どうにもそれは私がゆらゆらしているからだということに気付きました。
「あれ?」
「大ちゃん、起きた? まだ横になってな」
私はあぐらをかいているチルノちゃんの太ももを枕に、氷のボートの上で横になっていました。
顔を上に上げるとチルノちゃんの横顔。
垂らされた釣り竿。
空のバケツが見えました。
「キッシーは?」
「クラピンが倒した。あいつ、なかなかやるじゃない。あたいとどっこいくらいね」
「うん。……それでアメリカは?」
「『某っていうのにも疲れたし、服べとべとだしもう帰る』って湖の月の穴から
帰っちゃったのわさ」
「そっか。……また、会えるよね」
「面白かったって言ってたし、また来るよ、きっと。
新しい三月精あたりに出てくるんじゃない?」
「そんな気がするね」
アメリカには、ありがとうとごめんねを言わなくてはいけません。
あんなひどい態度とったのに、私とチルノちゃんを助けてくれました。
最初はおかしいやつだと思ってたけど、それはきっと気のせいです。
「大ちゃんの事、すごいって言ってたよ」
「え?」
「あたいの為にあんなに頑張ってたの、すごいって。妖精は基本自分の事しか考えてないじゃない」
「……そうだね」
「ありがとね、大ちゃん」
「ううん」
そして、今度また会った時は、友達になれるでしょう。
「大ちゃんのためにも、魚釣らなきゃ」
「ありがとう」
「へへん、ここらで恩返ししなきゃああたいの名がすたるってもんよ!」
「それはチルノちゃん、私に心を許してくれたってこと?」
「うん? わかんないけど、そうなのかな」
「え、じゃあ今夜は裸で熱い体のぶつかり合いが出来るってこと?!!」
「は? 何言ってるのキモい」
流石は氷の妖精チルノちゃん。
あんなに温かかった先程の空気も凍りつき態度も冷ややかです。
チルノちゃんは私から顔を背けると、竿の埋まっている湖面を眺め始めました。
「チルノちゃん、ちゅーくらい」
「しない」
「ハグくらいなら……」
「しない」
「一緒に遊ぶのは?」
「しない」
「関係が当初よりもひどくなってる!」
なぜでしょう。理由がわかりません。
「ううう、本当にチルノちゃんはつれないなあ……」
横になったまま、ちらりとチルノちゃんの様子を伺ってみました。
相変わらずこちらを向いていません。
朝焼けに照らされた横顔がやけに凛々しく映ります。
しばらく見とれていると私の視線に気付いたのか、こちらを見て、苦く笑いをこぼしました。
「大ちゃんの言うとおりね」
「え?」
「全然つれない」
チルノちゃんは餌を取られた竿を引っ張りあげて、そう言いました。
……うーん。そういう意味で言ったんじゃないのに。
ですが、私は思います。
今、私が枕にしている、この太ももが無事ならそれでもいいんじゃないかって。
私とチルノちゃん、二人とも収穫なしでも。 このままずっと、つれないままでも。
『つーかーの妖精ボウズ』
おわり
>「アメリカ、お前面白いやつだな」
>「そ、そう? えへへ」
ここ最高にめんこい。
無邪気で適当なのは妖精らしいですね
終始一貫してテンポが良く、面白かったです。
ゲスイ大ちゃんもグッド!
とても面白かった!
思いの外気持ち悪い方向に変態な大妖精に翻弄され
嫦娥って言うだけで友人様を召喚できちゃうアメリカに癒され
最終的に何も進展していない事に脳を溶かされたような気分を味わいました
なんだったんだこれは
メタいネタを織り交ぜつつも、それだけに頼らずちょっと心熱くなる展開をしっかり添える心遣いに感謝です。