賽の河原の手前で途方に暮れていた、金がなかったからだ。
賽の河原に持っていける銭については色々なうわさがある。生前の徳によって決まる、、生前の財産の何分の一課を持っていける、棺桶の中にある金額をそのまま持っていけるなど、幻想郷では突如の死に見舞われるということは十分考えられるので、幻想郷の住民は各々五文銭を常に携えていたり、身内の付き合いを密にしたり、宗教に熱心になる者など様々だ。
そして残念ながら、私は日ごろから人殺しなども行う意地の汚い男で、そんな男が行い良いわけがなく、特定の宗派に熱心だったわけでもない、そしてもちろん金の貯えもない。
私が死んだときには金貨二十枚を携えていたように思うが、どうやら、襲われた鬼に喰われたか、バラバラにされた時にその大金を奪われたらしい。
賽の河原で素寒貧の私は、向こう岸に行くことができず、もうかれこれ1週間もここに座っているのである。その間は屈強な鬼の前でひたすら石を積んでみたり罵られてみたり、殴られてみたりととても辛い思いをしているのである。
しかし考えようによっては、私が閻魔様の前に立つと間違いなく地獄行きだと思われるので、この温い環境でのらりくらりとしていたほうがいいのかもしれない。地獄に行けば千本の山に突き落とされたり、火であぶられたり、生きながらに身を削がれたりすると聞くので、そんな責め苦を受けるくらいならば、鬼に罵られていたほうが良いようにも思えた。
「おい、ここに大柄の野郎が来なかったか?」
またしても、済んだ女の声がする。声の方向に目を向けると、びっくりするくらいの赤毛の美人が鬼を集めて相談をしているようだった。あの手の美しい女に出会ってよい思いをしたためしがないので、身をできるだけ狭めて、頭を低くしていたが、鬼の一匹が、あれではないかと私の方を指さしている。赤毛の女はどうやら橋渡しの死神の様だ。
この幻想郷の賽の河原はずいぶん贅沢をしているようで、どの橋渡しも女である。ときたま、人のよさそうな幽霊が橋渡しに大金を渡して、のんびりと歌などを歌ってもらいながら船に揺られていく姿を見てきたが、とても羨ましい。生きていても惨めだったが、死んでも惨めである。
その美人の赤毛の女が、何か人相書きのようなものをもって、こちらに走ってくる。とても嫌な予感がする。
「お前の名前を言って見ろ」
私は、あれこれ自分に都合のよさそうな言葉を考えたが、閻魔というのは嘘や悪い行いを映し出す鏡というものを持っていると聞いたことがあるので、賽の河原で嘘をつくと罪が重くなるのではと思い、仕方なく自分の姓名を名乗った。もちろん、ブギーマンというお化けのような通称ではなく、裕福だったころに両親につけてもらった名前の方だ。
名前を名乗ると、その赤毛の死神は、顔色を一層変えて「こい」と私の腕を引いて船に連れて行こうとする。周りの幽霊や鬼たちもこのやり取りを見て唖然としていた。
私は、閻魔様に裁かれるのかと死神に尋ねると
「あぁ、そうだ、急げ」
「映姫さまがお呼びだ、急げ」
と大変な声色でせっつかれる。自分でもわかるほど気分が悪くなっていく。きっと顔も真っ青だっただろう。渡し賃もない私が、幻想郷の閻魔に名指しで呼ばれて、橋渡しがわざわざ人相書きをもって探しにくるなど、閻魔は私を相当の悪人だと考えているに違いなかった。私はどんな責め苦をどんなに長い間地獄で受けることになるのか。
船が岸を離れて、水平線まで何も見えなくなる。渡し賃がないととんでもない時間がかかるらしい。私はぶるぶると震えながら俯いた。みっともないことだが、ぽろぽろ涙がこぼれてきて、恐ろしくて仕方がない。
「よせ、泣くな」
私はどんな責め苦を受ける、罪が軽くなる方法はないのかと、縋るように聞くが、死神は私からは何も言えないという。生きているときは、生きているのがつらかったが、死んだ後でもこんな思いをしなければならないとは思っていなかった。
わぁわぁ泣くと、死神は、落ち着けという。
「この柿をやるから、元気を出せ」
「私の名前は小野塚小町」
死神は、かなり焦った様子で、私に変なことを言う。
「頼むよ、その腫れた目をむこう岸につくまでになんとかしてくれ、辛い思いをしていたと思われたらやばいんだ」
私は辛い思いしかしていない、楽しいことなんて一つもなかったというと、小町、洒落た名前だが、小町は顔中にびっしょり汗をかいていう。
「そうだ、話をしよう、お前さんの話をきかせておくれ。辛いことも、人に愚痴にして言えば楽になるというだろう」
小町は、さぁさぁと子供をあやすように言う。いつの間にか船の中に果物が現れていて、死神はそれを私に勧めて言う。
私は少しずつ
今までの
地を這う人生を話すことにした。
『地を這う生き物』
「霊夢、霊夢」
私は霊夢の肩を抱いて、「どうしたの」と耳元で囁く。
「匂いがするの」
霊夢は、どうやら、霊夢になる前の事をまだ覚えている様だ。もしも、霊夢が霊夢になる前の事を思い出せば、霊夢はもう飛ぶことはできなくなるだろう。ゆくゆくは、仙人になることも神になることも思いのままというほどの才能だ。そんなつまらないことで霊夢の将来を閉ざしてしまうのは、馬鹿馬鹿しいことだ。なにより、今の霊夢はとても可哀想で、見ていられない。
「霊夢、つらいの?」
「ええ」
体に触れるとよくわかる。霊夢はかなり弱っている。つらい、霊夢になる前の記憶が霊夢を蝕んでいた。霊夢の方を強く抱いて、頭を撫でた。
「霊夢、辛すぎる事実は、受け入れなくていいの」
霊夢は賢く、強く美しいが、内面は年相応に弱い女の子だ。事実を知れば霊夢はきっと自分を許せなくなり、自滅してしまうだろう。霊夢は他の妖怪や人間、魔法使いたちが思っているほど強靭ではない。すこし、残酷な気もするが、霊夢の思い出をもっと奥深くにしまい込ませた方がいいのだろう。
「霊夢、わたしがいるわ」
「うん」と霊夢は頷き、頭を私の肩に寄せる。今の霊夢はこの環境から物理的に距離を取ることが必要だ。
「少し、稽古をしましょう、それからよく休んで」
「そうね、そうしましょう」
今よりももっと幼いころに稽古をつけたように、マヨヒガで休ませよう。私はスキマを開き霊夢の手を引いた。私は、霊夢の親だ、親は子供を守る義務がある。霊夢は口には出さないが、助けを求めていた。
「霊夢!」
魔法使いが、魔法の光弾を私に向けて放った。霊夢がさっと身を伏せてばらつきのある魔法の弾を躱す。
「霊夢! それに入ったら戻ってこられないぞ!」
勘の鋭い子供だ、霊夢が友達だというだけの事はある。魔理沙の思考を私なりの方法で察知してみると、ほとんど正解というところまで来ていた。
だが、この子供は霊夢にその事実を伝えると霊夢が自滅するということをまるでわかっていない。霊夢も攻撃を受けてようやく意識がはっきりして来たようで、魔理沙に怒鳴り散らしていた。
「何するのよ!」
やはり、紫は霊夢をどうにかしちまってると確信した。何か理由があって、紫は霊夢の昔の思い出を隠してしまっている。
「霊夢! ブギーマンはやっぱりお前の家族だ!」
「やめろ!」
紫が腕を振るうと突風が起こり、見えない風の刃が次々と飛んでくる。
「けど、あの人、妹はいないって…」
「神隠しだ! マヨヒガとこっちの時間の進みは違うんだ!」
もっというと、紫の思うが儘に時間の進みを変えることができるのかもしれない。紫がどんな理由で霊夢の思い出を忘れさせているのかは正直なところ分からない。もしかすると霊夢が子供の頃の思い出を取り戻すことで、不都合なことが起こるのかもしれない。ただ、はっきりしていることがある。
いま、霊夢を紫に任せてしまったら、私はもう霊夢に会うことができないということだ。
「思い出せ霊夢、お前のいう糞みたいな匂い、虫の死臭なんじゃないか」
霊夢は目を見開いで、じっと動きを止める。人間の昔の記憶は、匂いととても密接な関係がある。きっと霊夢が小さかった頃の環境には、そういうとても変わった匂いの場所があったはずだ。
「霊夢、耳を貸したら駄目よ! 魔理沙、おまえは何もわかってない! わかってないのよ!」
紫は今までに見たことがないほど、甲高い声をあげて、髪を振り回して喚き散らす。
「蚕の虫を煮る匂いの横で、男の子がいたはずだ」
「そう、そう」と霊夢は、突然息を切らせて髪をかきむしる。
「それ以上言ったら殺すわ!」
境内まで駆け上ってきた慧音と霖之助は突然の修羅場に腰を抜かしていた。私の目の前で突如何かがさく裂し、私は地面にたたきつけられた。
魔理沙が、何か言いかけて、地面に墜落していく。私は、魔理沙のいった事を反芻する。確かに、私は昔、男の子といつも遊んでいた。とてもその男の子をかわいがっていた。年のころはそんなに違わないが、とても、身近で、弱い男の子だったのだ。だから私はその男の子を守る必要があった。
いや、守る義務があったのだ。
なぜ守る義務があったのだろう?
「霊夢、さぁ」
紫が、手を差し出している。無理やり私を引きずり込むこともできるはず。紫はそういうことをしない。
「これ以上はいけないわ、霊夢」
おそらく、紫の言うとおりにした方がいいのだろう。あれほどの知性をもっている妖怪だ、それに何も持っていなかった私に知識や住まいを与えてくれた。
「あなたが壊れてしまう、霊夢」
今、紫の手を取れば、私はいまこの体の底から湧き上がる疼きや震えから逃れることができる。前のように、なにも気にしない、誰に何の気も使わない、そういう身分に戻ることができる。それはとても幸せなことだ。私はいまの母の手を取ろうと手を伸ばす。
「霊夢」
だが、どうしても、その手に触れることができない。いま紫の指に触れたら、あれほどかわいがっていた男の子のことを思い出さないまま、私は生きることになるだろう。
妖精の頭でも、もう少しましなつくりをしている。私の知る限り最も雑な頭の氷の妖精ですら子分や友達の事を忘れることはない。
私は、あれほどかわいがっていた男の子を忘れるのか。血を分けたのに、自分が辛いというだけで忘れるならそれは畜生だ。
私が今まで身にまとっていた、無重力の力が完全に消え失せた。自分の生の体重が足の裏にかかり、首の付け根に頭の重さが直に加わる。
「なんてこと」
目の前の紫は、手のひらを落として、肩を落とした。私はいま、博麗の巫女ではないからだ。だが、紫は私を胸に抱いて泣いてくれる。
私の名前はいま、霊夢ではない。
慧音は、霊夢の能力が急激に全く別のものになったのが分かった。霊夢は今博麗の巫女ではない。歴史の守護者、幻想郷の歴史を綴る妖怪慧音の能力であっても、改ざんすることのできない記憶がある。それは、古い日本の歴史、日本の正史を記録する稗田家の記憶と、幻想郷の未来を神託される博麗の巫女の記憶だ。だが、霊夢は博麗ではなくなり、慧音は霊夢になる前の霊夢に何が起こったのか、全てを知った。
里の気難しい蚕工場で二人の子供が生まれた、父親はひどく気難しい男で、他人にひどくあたる性質であったが、妻や子供だけには気を許した。二人の子供のうち、年上の姉はひどく頭が良く、健康で容姿端麗であったが、弟は頭が悪く、体は弱く、見た目もそれ相応に貧相であった。弟は、遊ぶ相手もいなかったが、姉はよく弟の面倒を見た。蚕を煮る臭い工場のなかで遊んだ。商売もほどよい稼ぎで、恨みを買わず、かといって貧乏ではなく、その一家は人間として最もよいと思われる生活を送っていた。
ある日、一家は頭の悪い妖怪に襲われた。妻を殺された夫は狂い、家財をなげうって敵討ちを誓ったが結局は妖怪に殺されて死んだ。 だが、狂った人間は他にもいた、幼い子供の姉の方だ。 姉は、恐ろしい妖怪を目の前にして、弟を置き去りにして逃げたのだ。いや、姉は、あれほどかわいがった弟を妖怪の食いでの囮にして逃げたのだ。必ず助けを呼ぶからとどまるよう弟にしっかり言いつけて。 妖怪から逃げ切り、正気に戻った姉は、自分の行いを顧みて狂った。普段、高い倫理感や知性を持っていただけに、愛した弟を囮にして逃げるという、人間として最低の行いをしてしまった自分に耐えることができなくなった。 辛うじて保っていた正気も母親の残骸を見て消え去った。少女は精神的に完全に孤独となり、ある意味で自由な存在となった。一部始終を見ていた幻想郷の支配者はその少女をさらった、いなくなった博麗の巫女の代替わりを探していたからだ。少女を鍛え、新しい名前と身分を与えて生き返らせた。少女は幻想郷の支配者が考えていたよりもずっと高い知性と才能を見せ、幻想郷の支配者に愛されるようになった、そして、身の回りには、常にひとだかりがあり、幻想郷のみんなから愛される少女になった。
どうにか生き延びた弟は、最後の姉の言葉を覚えていて、姉が自分の身代わりになってくれたのだと、すっかり大人になっても信じていた。姉の愛情を信じて、地を這うような惨めな生活にずっと耐えた。そして、ついさっき、その弟は、その少女を愛する鬼に、喰われて死んだ。
なんと滑稽な、慧音は思った。そして魔理沙は間違ったことをした。霊夢はきっと今にも壊れるだろう。気を失っていた魔理沙が霖之助の腕の中で目を覚ます。
「霊夢!」
魔理沙は紫の腕の中にいる霊夢の名前を呼ぶ。
「霊夢、まだ、間に合うわ」
紫は、霊夢を抱いて隙間の中に入ろうとした。慧音は紫の霊夢への愛情が本当のものだと感じた。そして霊夢を見る最後の機会だろうと思った。
だが、霊夢はすっと身を引いて、紫から離れる。霊夢は慧音の予想とは違うことをやり始めた。
「あの子はどこ?」
「死んだわ」
「嘘ね」
霊夢はすかさずいう。紫は悲しそうに眉をひそませる。
「つらいけれど、これは本当の事よ」
「殺したんでしょ」
気が付かないとでも思った? と霊夢は静かに言った。紫は驚愕した様子でぶるっと体を震わせてこぶしを握り締めた。
慧音は霊夢が壊れるものだとばかり思っていたが、違った。確かに霊夢は、空を飛べなくなっていたが、霊力は再び元に戻り始めていた。瞳に焔に似たものが宿っている。
「宴会の後、あの酒好きがぱっぱと帰ったでしょ」
「あのくらいの妖怪退治だと、下手に手を出すとやばいもんね」
霊夢が懐から札を取り出して宙に放り投げる。宙に浮いた無数の札は、ある場所でぴたりと固定されて動かなくなった。
「胡散臭いとは思ってたけど、そこまでやる? 萃香も許さないわ」
霊夢が視線をそこらに向けると、甘い香りのする霧が集まり、塊になる。
「やれやれ、だから嫌だったんだよねぇ」
甘い香りが密集すると、それは萃香になる。
「人の身内を内緒で殺しておいて、よくもまぁそんな態度でいられるわね」
大丈夫では済まさないわ、と霊夢が一歩を踏み出す。霊夢の体は空中に作られた札の足場に固定されて、少しずつ高い位置に上がっていく。
「しかも萃香、あんた鬼のくせに、宴会帰りの、酔いの人間に夜道で不意打ち、おまけに証拠隠滅に全部喰うわ、死人の有り金も盗るわで」
「恥ずかしくないの?」と霊夢が嘲笑すると、萃香の顔が強張り酒の気が消える。霊夢が札を踏みつけると花火の弾のように体が跳ね上がり上空でまたぴたりと止まる。夕日も沈み、月が出始めるころだった。
やはり、霊夢は霊夢だ、魔理沙は強い霊夢の霊力と表情をを感じて、口元が吊り上がる。
「私が弾幕ごっこで負けたら、全部忘れて博麗の巫女を続けてやるわ」
「おいおい」
どんな自信だよと魔理沙がつぶやくと、霊夢もにやりと笑った。
「二人同時に来なさい、けど私がかったらアンタら」
霊夢が、お祓い棒を構えると、霊力を満載した支手がばちりと閃光を発した。
「あの子を地獄から連れて戻りなさい、アンタたちのメンツをどれだけ潰してもね」
「私もやるか?」
魔理沙が霊夢に言うと、霊夢はぎゅっと口元を引き締めていった。
「わたしがやるのよ」
閻魔さま、見た目はまたしても可憐な少女だった。周りには明らかに人間ではかないそうもない鬼たちが、鎧を着込みと大きな剣や槍を携えて並んでいる。あんな鬼を服従させる力の持ち主に反抗するのは無理だ。幻想郷では少女の方が強い。
浄瑠璃の鏡を熱心に見ていた閻魔は「あ~」「うー」などと言い、左右に控える書記官に耳打ちなどをしている。私を送ってくれた死神は丁寧に果物を何個か渡してくれた。長い船旅でもよく話を聞いてくれたので、気分は多少は落ち着いた。しかし、これからどんな責め苦を負うかと思うと、目の前の少女が本来の恐ろしい容貌といわれる閻魔のように見えてきてしかたがない。思わず閻魔様に尋ねた。
「私は地獄行きでしょうか」
「あー、あー、ええ、地獄行きです」
罪あるものならば、殺してよいということにはなりません、と閻魔は言った。罪ある人を罰するのは貴方の責務ではない、あなたは非常に多くの人間や妖怪を殺しました。さらに人を騙し、たくさんのウソをつきました。 そんな罪状をひとつひとつ私に見せながら説明する。
「天国に行くものが、全く罪を犯したことがないということはありません、ですが、貴方は白黒つけるまでもなくはっきりと黒です」
どのくらい地獄で罰を受けるのかと聞くと、閻魔は数千年だという、大きな石が川の流れで砕け、砂になるまでの間責め苦を負うのだという。それを聞き、体が震える。やはり私はどうしようもないやつなのだ。
「あーですが、あー」
閻魔様はものすごくおかしなことを言い始めた
「あー、えー、保釈金が払われました、えーなので刑期が短くなります」
地獄にも保釈金があるとは、だれが払ってくれたのだろう? それともあの金貨が実は計算されているとかだろうか?
「えーあと、ご存知かもしれませんが、鬼の台帳というものがありまして」
聞いたことがある、鬼がその年に死ぬ人間の名簿を持っているというやつだろう。鬼はその名簿に寄って人を攫ったり食ったりするらしい。
「えー、貴方は鬼に襲われて死にましたがー、貴方を襲った鬼が酒を飲んで、責任が取れる状態ではなかったと、申告してきました」
閻魔様の左右から書記官が耳打ちをしてくる。閻魔様が「あーくっそ、こんなの私の主義じゃない」とぼそぼそ言いながら、さらに続けた。半分やけくそ気味な雰囲気のように見えた。
「えー、あと、えーご家族? え、これ本当ですか。 ・・・身元引受人になってくれますので、貴方は一時釈放の扱いとなります。 経過を観察したうえで、反省が見られるようならば、生前の罪は輪廻の行先に問いません」
そんな宗教の話など聞いたことがない。この閻魔様は本物なんだろうか。
建物の外から、何かが激しく崩れる音がする。
「あーもう! はやくこいつを生き返らせろ! 建物が壊れる!」
何が何だかよくわからなかったが、どうやら死ななくて済むらしかった。閻魔様が咳払い声を整えていった。
「貴方を待っている人の元に帰りなさい、そして地に足をつけてその人といきなさい」
「それが今あなたがつめる善行です」
閻魔様が微笑むと、私の足元の床が突然部隊の奈落のように沈み、霧のように消え去った。空を飛べない私は、そのまま暗い地底の底に落ちていく、私は落下の速度が増していくのを感じて気を失った。
霊夢の血縁など初めて見たが、どうやら目の前で昏倒している男がそうだということらしかった。いまは、賽の河原よりもう少し現世に寄った場所、あやふやな立場の幽霊たちが行き交う白玉楼の屋敷の中だ。妻の慧音は歴史を操る存在なので、霊夢とこの男の関係をすっかり知っているに違いなかったが、どうも中々に複雑な状態らしく、口を濁している。まぁ、いつか僕もわかる日が来るだろう。この男、なかなか優秀な妖怪退治らしく、それに慌てたのか紫と萃香が共謀して男を殺したら、身内の霊夢が怒って二人をだんまくごっこでのして、勝利のツケとして地獄から連れて帰ってきたらしい。 霊夢は相変わらず霊夢だ。それにしても霊夢がなぜ身内の事を話してくれなかったのかはかなりの謎として残ってしまった、しかしそれは霊夢が話したくなるでは僕も聞かないでおこう。
残念なことに、霊夢もこの騒動でヘトヘトになったと言って、博麗の巫女を廃業するらしい。まぁ、一応は弟子を取って鍛えるまでは続けてくれると言っているので、幻想郷の治安は一応は無事ということなんだろうか。
「れいむ、悪かった」
「・・・」
萃香と紫が霊夢に平謝りしている。紫はなにか若干拗ねたような、複雑な表情で、如何も霊夢との関係に溝ができてしまったような感じが見受けられるが、時間が解決するだろう。霊夢はというと、眠っている男の手をさすってじっと顔を眺めている。霊夢に、男が目覚めたらどうするのかと聞くと、霊夢はどうやら、男の面倒をちょっとみてあげるそうだ。それは、結婚とかそういう男女のつながりではなく、親が子供にするように、兄が弟にするように、生活の指導、お金の面倒を見てやるという意味でだ。
「霊夢」
紫はスキマを開いて身を隠しながら言った。
「いつか、貴方も私と同じようになる」
「あっそ」
「じゃあまたね」霊夢は、ひらひらと手のひらを紫に振りながら言った。紫は苦い顔をして、そのまま正体不明の隙間の中に消えていった。
紫が消えると、霊夢は僕たちに言った。魔理沙や早苗、西行寺の面々、慧音、そのほかに霊夢たちを見にやってきた人々に向かって言う。
「二人だけにしてもらえる?」
霊夢がこんなことを言うなんて、やはり特別な事情があるのだろう。「さて」と慧音が腰をあげると、他の面々も顔を見合わせてそれぞれ思い思いの場所に飛んでいく。僕も子供を家に残してやってきた、地道に稼ぎをあげるためにも家に帰らなくては。
「じゃあ、霊夢、また」
「えぇ、またね霖之助さん」
ほんの少し寂しい。
霊夢はじっと男の方を見つめながら、そういった。
僕も家族のいる我が家に帰ろう。妻と二人で歩きながら白玉楼の庭を後にした。
こうして、妻と連れ添って家に帰っていると、良い気分だ。
何かにとらわれて、地面を歩くというのも、いいものだ。
目を開いた。
そこには一つ牡丹のような衣装の少女がいる。私が、身を起こして挨拶をしようとすると、体を手で制されて、休みなさい、と寝かしつけられる。
先ほどまでいた地獄はいったい何だったのだろう。
私の悪い夢だったのだろうか。
辺りを見渡すと、立派な部屋の中で障子の隙間から覗く風景は見事な庭園だった。
私は身につけたこともない真っ白な服を着ていて、空の上の少女が私の事をを見ていた。少女は地を這う醜い男の手をさすっている。以前にも、こんな風にやさしく手をさすってもらったことがある。
自分の体がまるで、子供のころのように軽くなっていく。
ふと目の前の小さな少女の面差しが
幼い日の思い出と重なった。
賽の河原に持っていける銭については色々なうわさがある。生前の徳によって決まる、、生前の財産の何分の一課を持っていける、棺桶の中にある金額をそのまま持っていけるなど、幻想郷では突如の死に見舞われるということは十分考えられるので、幻想郷の住民は各々五文銭を常に携えていたり、身内の付き合いを密にしたり、宗教に熱心になる者など様々だ。
そして残念ながら、私は日ごろから人殺しなども行う意地の汚い男で、そんな男が行い良いわけがなく、特定の宗派に熱心だったわけでもない、そしてもちろん金の貯えもない。
私が死んだときには金貨二十枚を携えていたように思うが、どうやら、襲われた鬼に喰われたか、バラバラにされた時にその大金を奪われたらしい。
賽の河原で素寒貧の私は、向こう岸に行くことができず、もうかれこれ1週間もここに座っているのである。その間は屈強な鬼の前でひたすら石を積んでみたり罵られてみたり、殴られてみたりととても辛い思いをしているのである。
しかし考えようによっては、私が閻魔様の前に立つと間違いなく地獄行きだと思われるので、この温い環境でのらりくらりとしていたほうがいいのかもしれない。地獄に行けば千本の山に突き落とされたり、火であぶられたり、生きながらに身を削がれたりすると聞くので、そんな責め苦を受けるくらいならば、鬼に罵られていたほうが良いようにも思えた。
「おい、ここに大柄の野郎が来なかったか?」
またしても、済んだ女の声がする。声の方向に目を向けると、びっくりするくらいの赤毛の美人が鬼を集めて相談をしているようだった。あの手の美しい女に出会ってよい思いをしたためしがないので、身をできるだけ狭めて、頭を低くしていたが、鬼の一匹が、あれではないかと私の方を指さしている。赤毛の女はどうやら橋渡しの死神の様だ。
この幻想郷の賽の河原はずいぶん贅沢をしているようで、どの橋渡しも女である。ときたま、人のよさそうな幽霊が橋渡しに大金を渡して、のんびりと歌などを歌ってもらいながら船に揺られていく姿を見てきたが、とても羨ましい。生きていても惨めだったが、死んでも惨めである。
その美人の赤毛の女が、何か人相書きのようなものをもって、こちらに走ってくる。とても嫌な予感がする。
「お前の名前を言って見ろ」
私は、あれこれ自分に都合のよさそうな言葉を考えたが、閻魔というのは嘘や悪い行いを映し出す鏡というものを持っていると聞いたことがあるので、賽の河原で嘘をつくと罪が重くなるのではと思い、仕方なく自分の姓名を名乗った。もちろん、ブギーマンというお化けのような通称ではなく、裕福だったころに両親につけてもらった名前の方だ。
名前を名乗ると、その赤毛の死神は、顔色を一層変えて「こい」と私の腕を引いて船に連れて行こうとする。周りの幽霊や鬼たちもこのやり取りを見て唖然としていた。
私は、閻魔様に裁かれるのかと死神に尋ねると
「あぁ、そうだ、急げ」
「映姫さまがお呼びだ、急げ」
と大変な声色でせっつかれる。自分でもわかるほど気分が悪くなっていく。きっと顔も真っ青だっただろう。渡し賃もない私が、幻想郷の閻魔に名指しで呼ばれて、橋渡しがわざわざ人相書きをもって探しにくるなど、閻魔は私を相当の悪人だと考えているに違いなかった。私はどんな責め苦をどんなに長い間地獄で受けることになるのか。
船が岸を離れて、水平線まで何も見えなくなる。渡し賃がないととんでもない時間がかかるらしい。私はぶるぶると震えながら俯いた。みっともないことだが、ぽろぽろ涙がこぼれてきて、恐ろしくて仕方がない。
「よせ、泣くな」
私はどんな責め苦を受ける、罪が軽くなる方法はないのかと、縋るように聞くが、死神は私からは何も言えないという。生きているときは、生きているのがつらかったが、死んだ後でもこんな思いをしなければならないとは思っていなかった。
わぁわぁ泣くと、死神は、落ち着けという。
「この柿をやるから、元気を出せ」
「私の名前は小野塚小町」
死神は、かなり焦った様子で、私に変なことを言う。
「頼むよ、その腫れた目をむこう岸につくまでになんとかしてくれ、辛い思いをしていたと思われたらやばいんだ」
私は辛い思いしかしていない、楽しいことなんて一つもなかったというと、小町、洒落た名前だが、小町は顔中にびっしょり汗をかいていう。
「そうだ、話をしよう、お前さんの話をきかせておくれ。辛いことも、人に愚痴にして言えば楽になるというだろう」
小町は、さぁさぁと子供をあやすように言う。いつの間にか船の中に果物が現れていて、死神はそれを私に勧めて言う。
私は少しずつ
今までの
地を這う人生を話すことにした。
『地を這う生き物』
「霊夢、霊夢」
私は霊夢の肩を抱いて、「どうしたの」と耳元で囁く。
「匂いがするの」
霊夢は、どうやら、霊夢になる前の事をまだ覚えている様だ。もしも、霊夢が霊夢になる前の事を思い出せば、霊夢はもう飛ぶことはできなくなるだろう。ゆくゆくは、仙人になることも神になることも思いのままというほどの才能だ。そんなつまらないことで霊夢の将来を閉ざしてしまうのは、馬鹿馬鹿しいことだ。なにより、今の霊夢はとても可哀想で、見ていられない。
「霊夢、つらいの?」
「ええ」
体に触れるとよくわかる。霊夢はかなり弱っている。つらい、霊夢になる前の記憶が霊夢を蝕んでいた。霊夢の方を強く抱いて、頭を撫でた。
「霊夢、辛すぎる事実は、受け入れなくていいの」
霊夢は賢く、強く美しいが、内面は年相応に弱い女の子だ。事実を知れば霊夢はきっと自分を許せなくなり、自滅してしまうだろう。霊夢は他の妖怪や人間、魔法使いたちが思っているほど強靭ではない。すこし、残酷な気もするが、霊夢の思い出をもっと奥深くにしまい込ませた方がいいのだろう。
「霊夢、わたしがいるわ」
「うん」と霊夢は頷き、頭を私の肩に寄せる。今の霊夢はこの環境から物理的に距離を取ることが必要だ。
「少し、稽古をしましょう、それからよく休んで」
「そうね、そうしましょう」
今よりももっと幼いころに稽古をつけたように、マヨヒガで休ませよう。私はスキマを開き霊夢の手を引いた。私は、霊夢の親だ、親は子供を守る義務がある。霊夢は口には出さないが、助けを求めていた。
「霊夢!」
魔法使いが、魔法の光弾を私に向けて放った。霊夢がさっと身を伏せてばらつきのある魔法の弾を躱す。
「霊夢! それに入ったら戻ってこられないぞ!」
勘の鋭い子供だ、霊夢が友達だというだけの事はある。魔理沙の思考を私なりの方法で察知してみると、ほとんど正解というところまで来ていた。
だが、この子供は霊夢にその事実を伝えると霊夢が自滅するということをまるでわかっていない。霊夢も攻撃を受けてようやく意識がはっきりして来たようで、魔理沙に怒鳴り散らしていた。
「何するのよ!」
やはり、紫は霊夢をどうにかしちまってると確信した。何か理由があって、紫は霊夢の昔の思い出を隠してしまっている。
「霊夢! ブギーマンはやっぱりお前の家族だ!」
「やめろ!」
紫が腕を振るうと突風が起こり、見えない風の刃が次々と飛んでくる。
「けど、あの人、妹はいないって…」
「神隠しだ! マヨヒガとこっちの時間の進みは違うんだ!」
もっというと、紫の思うが儘に時間の進みを変えることができるのかもしれない。紫がどんな理由で霊夢の思い出を忘れさせているのかは正直なところ分からない。もしかすると霊夢が子供の頃の思い出を取り戻すことで、不都合なことが起こるのかもしれない。ただ、はっきりしていることがある。
いま、霊夢を紫に任せてしまったら、私はもう霊夢に会うことができないということだ。
「思い出せ霊夢、お前のいう糞みたいな匂い、虫の死臭なんじゃないか」
霊夢は目を見開いで、じっと動きを止める。人間の昔の記憶は、匂いととても密接な関係がある。きっと霊夢が小さかった頃の環境には、そういうとても変わった匂いの場所があったはずだ。
「霊夢、耳を貸したら駄目よ! 魔理沙、おまえは何もわかってない! わかってないのよ!」
紫は今までに見たことがないほど、甲高い声をあげて、髪を振り回して喚き散らす。
「蚕の虫を煮る匂いの横で、男の子がいたはずだ」
「そう、そう」と霊夢は、突然息を切らせて髪をかきむしる。
「それ以上言ったら殺すわ!」
境内まで駆け上ってきた慧音と霖之助は突然の修羅場に腰を抜かしていた。私の目の前で突如何かがさく裂し、私は地面にたたきつけられた。
魔理沙が、何か言いかけて、地面に墜落していく。私は、魔理沙のいった事を反芻する。確かに、私は昔、男の子といつも遊んでいた。とてもその男の子をかわいがっていた。年のころはそんなに違わないが、とても、身近で、弱い男の子だったのだ。だから私はその男の子を守る必要があった。
いや、守る義務があったのだ。
なぜ守る義務があったのだろう?
「霊夢、さぁ」
紫が、手を差し出している。無理やり私を引きずり込むこともできるはず。紫はそういうことをしない。
「これ以上はいけないわ、霊夢」
おそらく、紫の言うとおりにした方がいいのだろう。あれほどの知性をもっている妖怪だ、それに何も持っていなかった私に知識や住まいを与えてくれた。
「あなたが壊れてしまう、霊夢」
今、紫の手を取れば、私はいまこの体の底から湧き上がる疼きや震えから逃れることができる。前のように、なにも気にしない、誰に何の気も使わない、そういう身分に戻ることができる。それはとても幸せなことだ。私はいまの母の手を取ろうと手を伸ばす。
「霊夢」
だが、どうしても、その手に触れることができない。いま紫の指に触れたら、あれほどかわいがっていた男の子のことを思い出さないまま、私は生きることになるだろう。
妖精の頭でも、もう少しましなつくりをしている。私の知る限り最も雑な頭の氷の妖精ですら子分や友達の事を忘れることはない。
私は、あれほどかわいがっていた男の子を忘れるのか。血を分けたのに、自分が辛いというだけで忘れるならそれは畜生だ。
私が今まで身にまとっていた、無重力の力が完全に消え失せた。自分の生の体重が足の裏にかかり、首の付け根に頭の重さが直に加わる。
「なんてこと」
目の前の紫は、手のひらを落として、肩を落とした。私はいま、博麗の巫女ではないからだ。だが、紫は私を胸に抱いて泣いてくれる。
私の名前はいま、霊夢ではない。
慧音は、霊夢の能力が急激に全く別のものになったのが分かった。霊夢は今博麗の巫女ではない。歴史の守護者、幻想郷の歴史を綴る妖怪慧音の能力であっても、改ざんすることのできない記憶がある。それは、古い日本の歴史、日本の正史を記録する稗田家の記憶と、幻想郷の未来を神託される博麗の巫女の記憶だ。だが、霊夢は博麗ではなくなり、慧音は霊夢になる前の霊夢に何が起こったのか、全てを知った。
里の気難しい蚕工場で二人の子供が生まれた、父親はひどく気難しい男で、他人にひどくあたる性質であったが、妻や子供だけには気を許した。二人の子供のうち、年上の姉はひどく頭が良く、健康で容姿端麗であったが、弟は頭が悪く、体は弱く、見た目もそれ相応に貧相であった。弟は、遊ぶ相手もいなかったが、姉はよく弟の面倒を見た。蚕を煮る臭い工場のなかで遊んだ。商売もほどよい稼ぎで、恨みを買わず、かといって貧乏ではなく、その一家は人間として最もよいと思われる生活を送っていた。
ある日、一家は頭の悪い妖怪に襲われた。妻を殺された夫は狂い、家財をなげうって敵討ちを誓ったが結局は妖怪に殺されて死んだ。 だが、狂った人間は他にもいた、幼い子供の姉の方だ。 姉は、恐ろしい妖怪を目の前にして、弟を置き去りにして逃げたのだ。いや、姉は、あれほどかわいがった弟を妖怪の食いでの囮にして逃げたのだ。必ず助けを呼ぶからとどまるよう弟にしっかり言いつけて。 妖怪から逃げ切り、正気に戻った姉は、自分の行いを顧みて狂った。普段、高い倫理感や知性を持っていただけに、愛した弟を囮にして逃げるという、人間として最低の行いをしてしまった自分に耐えることができなくなった。 辛うじて保っていた正気も母親の残骸を見て消え去った。少女は精神的に完全に孤独となり、ある意味で自由な存在となった。一部始終を見ていた幻想郷の支配者はその少女をさらった、いなくなった博麗の巫女の代替わりを探していたからだ。少女を鍛え、新しい名前と身分を与えて生き返らせた。少女は幻想郷の支配者が考えていたよりもずっと高い知性と才能を見せ、幻想郷の支配者に愛されるようになった、そして、身の回りには、常にひとだかりがあり、幻想郷のみんなから愛される少女になった。
どうにか生き延びた弟は、最後の姉の言葉を覚えていて、姉が自分の身代わりになってくれたのだと、すっかり大人になっても信じていた。姉の愛情を信じて、地を這うような惨めな生活にずっと耐えた。そして、ついさっき、その弟は、その少女を愛する鬼に、喰われて死んだ。
なんと滑稽な、慧音は思った。そして魔理沙は間違ったことをした。霊夢はきっと今にも壊れるだろう。気を失っていた魔理沙が霖之助の腕の中で目を覚ます。
「霊夢!」
魔理沙は紫の腕の中にいる霊夢の名前を呼ぶ。
「霊夢、まだ、間に合うわ」
紫は、霊夢を抱いて隙間の中に入ろうとした。慧音は紫の霊夢への愛情が本当のものだと感じた。そして霊夢を見る最後の機会だろうと思った。
だが、霊夢はすっと身を引いて、紫から離れる。霊夢は慧音の予想とは違うことをやり始めた。
「あの子はどこ?」
「死んだわ」
「嘘ね」
霊夢はすかさずいう。紫は悲しそうに眉をひそませる。
「つらいけれど、これは本当の事よ」
「殺したんでしょ」
気が付かないとでも思った? と霊夢は静かに言った。紫は驚愕した様子でぶるっと体を震わせてこぶしを握り締めた。
慧音は霊夢が壊れるものだとばかり思っていたが、違った。確かに霊夢は、空を飛べなくなっていたが、霊力は再び元に戻り始めていた。瞳に焔に似たものが宿っている。
「宴会の後、あの酒好きがぱっぱと帰ったでしょ」
「あのくらいの妖怪退治だと、下手に手を出すとやばいもんね」
霊夢が懐から札を取り出して宙に放り投げる。宙に浮いた無数の札は、ある場所でぴたりと固定されて動かなくなった。
「胡散臭いとは思ってたけど、そこまでやる? 萃香も許さないわ」
霊夢が視線をそこらに向けると、甘い香りのする霧が集まり、塊になる。
「やれやれ、だから嫌だったんだよねぇ」
甘い香りが密集すると、それは萃香になる。
「人の身内を内緒で殺しておいて、よくもまぁそんな態度でいられるわね」
大丈夫では済まさないわ、と霊夢が一歩を踏み出す。霊夢の体は空中に作られた札の足場に固定されて、少しずつ高い位置に上がっていく。
「しかも萃香、あんた鬼のくせに、宴会帰りの、酔いの人間に夜道で不意打ち、おまけに証拠隠滅に全部喰うわ、死人の有り金も盗るわで」
「恥ずかしくないの?」と霊夢が嘲笑すると、萃香の顔が強張り酒の気が消える。霊夢が札を踏みつけると花火の弾のように体が跳ね上がり上空でまたぴたりと止まる。夕日も沈み、月が出始めるころだった。
やはり、霊夢は霊夢だ、魔理沙は強い霊夢の霊力と表情をを感じて、口元が吊り上がる。
「私が弾幕ごっこで負けたら、全部忘れて博麗の巫女を続けてやるわ」
「おいおい」
どんな自信だよと魔理沙がつぶやくと、霊夢もにやりと笑った。
「二人同時に来なさい、けど私がかったらアンタら」
霊夢が、お祓い棒を構えると、霊力を満載した支手がばちりと閃光を発した。
「あの子を地獄から連れて戻りなさい、アンタたちのメンツをどれだけ潰してもね」
「私もやるか?」
魔理沙が霊夢に言うと、霊夢はぎゅっと口元を引き締めていった。
「わたしがやるのよ」
閻魔さま、見た目はまたしても可憐な少女だった。周りには明らかに人間ではかないそうもない鬼たちが、鎧を着込みと大きな剣や槍を携えて並んでいる。あんな鬼を服従させる力の持ち主に反抗するのは無理だ。幻想郷では少女の方が強い。
浄瑠璃の鏡を熱心に見ていた閻魔は「あ~」「うー」などと言い、左右に控える書記官に耳打ちなどをしている。私を送ってくれた死神は丁寧に果物を何個か渡してくれた。長い船旅でもよく話を聞いてくれたので、気分は多少は落ち着いた。しかし、これからどんな責め苦を負うかと思うと、目の前の少女が本来の恐ろしい容貌といわれる閻魔のように見えてきてしかたがない。思わず閻魔様に尋ねた。
「私は地獄行きでしょうか」
「あー、あー、ええ、地獄行きです」
罪あるものならば、殺してよいということにはなりません、と閻魔は言った。罪ある人を罰するのは貴方の責務ではない、あなたは非常に多くの人間や妖怪を殺しました。さらに人を騙し、たくさんのウソをつきました。 そんな罪状をひとつひとつ私に見せながら説明する。
「天国に行くものが、全く罪を犯したことがないということはありません、ですが、貴方は白黒つけるまでもなくはっきりと黒です」
どのくらい地獄で罰を受けるのかと聞くと、閻魔は数千年だという、大きな石が川の流れで砕け、砂になるまでの間責め苦を負うのだという。それを聞き、体が震える。やはり私はどうしようもないやつなのだ。
「あーですが、あー」
閻魔様はものすごくおかしなことを言い始めた
「あー、えー、保釈金が払われました、えーなので刑期が短くなります」
地獄にも保釈金があるとは、だれが払ってくれたのだろう? それともあの金貨が実は計算されているとかだろうか?
「えーあと、ご存知かもしれませんが、鬼の台帳というものがありまして」
聞いたことがある、鬼がその年に死ぬ人間の名簿を持っているというやつだろう。鬼はその名簿に寄って人を攫ったり食ったりするらしい。
「えー、貴方は鬼に襲われて死にましたがー、貴方を襲った鬼が酒を飲んで、責任が取れる状態ではなかったと、申告してきました」
閻魔様の左右から書記官が耳打ちをしてくる。閻魔様が「あーくっそ、こんなの私の主義じゃない」とぼそぼそ言いながら、さらに続けた。半分やけくそ気味な雰囲気のように見えた。
「えー、あと、えーご家族? え、これ本当ですか。 ・・・身元引受人になってくれますので、貴方は一時釈放の扱いとなります。 経過を観察したうえで、反省が見られるようならば、生前の罪は輪廻の行先に問いません」
そんな宗教の話など聞いたことがない。この閻魔様は本物なんだろうか。
建物の外から、何かが激しく崩れる音がする。
「あーもう! はやくこいつを生き返らせろ! 建物が壊れる!」
何が何だかよくわからなかったが、どうやら死ななくて済むらしかった。閻魔様が咳払い声を整えていった。
「貴方を待っている人の元に帰りなさい、そして地に足をつけてその人といきなさい」
「それが今あなたがつめる善行です」
閻魔様が微笑むと、私の足元の床が突然部隊の奈落のように沈み、霧のように消え去った。空を飛べない私は、そのまま暗い地底の底に落ちていく、私は落下の速度が増していくのを感じて気を失った。
霊夢の血縁など初めて見たが、どうやら目の前で昏倒している男がそうだということらしかった。いまは、賽の河原よりもう少し現世に寄った場所、あやふやな立場の幽霊たちが行き交う白玉楼の屋敷の中だ。妻の慧音は歴史を操る存在なので、霊夢とこの男の関係をすっかり知っているに違いなかったが、どうも中々に複雑な状態らしく、口を濁している。まぁ、いつか僕もわかる日が来るだろう。この男、なかなか優秀な妖怪退治らしく、それに慌てたのか紫と萃香が共謀して男を殺したら、身内の霊夢が怒って二人をだんまくごっこでのして、勝利のツケとして地獄から連れて帰ってきたらしい。 霊夢は相変わらず霊夢だ。それにしても霊夢がなぜ身内の事を話してくれなかったのかはかなりの謎として残ってしまった、しかしそれは霊夢が話したくなるでは僕も聞かないでおこう。
残念なことに、霊夢もこの騒動でヘトヘトになったと言って、博麗の巫女を廃業するらしい。まぁ、一応は弟子を取って鍛えるまでは続けてくれると言っているので、幻想郷の治安は一応は無事ということなんだろうか。
「れいむ、悪かった」
「・・・」
萃香と紫が霊夢に平謝りしている。紫はなにか若干拗ねたような、複雑な表情で、如何も霊夢との関係に溝ができてしまったような感じが見受けられるが、時間が解決するだろう。霊夢はというと、眠っている男の手をさすってじっと顔を眺めている。霊夢に、男が目覚めたらどうするのかと聞くと、霊夢はどうやら、男の面倒をちょっとみてあげるそうだ。それは、結婚とかそういう男女のつながりではなく、親が子供にするように、兄が弟にするように、生活の指導、お金の面倒を見てやるという意味でだ。
「霊夢」
紫はスキマを開いて身を隠しながら言った。
「いつか、貴方も私と同じようになる」
「あっそ」
「じゃあまたね」霊夢は、ひらひらと手のひらを紫に振りながら言った。紫は苦い顔をして、そのまま正体不明の隙間の中に消えていった。
紫が消えると、霊夢は僕たちに言った。魔理沙や早苗、西行寺の面々、慧音、そのほかに霊夢たちを見にやってきた人々に向かって言う。
「二人だけにしてもらえる?」
霊夢がこんなことを言うなんて、やはり特別な事情があるのだろう。「さて」と慧音が腰をあげると、他の面々も顔を見合わせてそれぞれ思い思いの場所に飛んでいく。僕も子供を家に残してやってきた、地道に稼ぎをあげるためにも家に帰らなくては。
「じゃあ、霊夢、また」
「えぇ、またね霖之助さん」
ほんの少し寂しい。
霊夢はじっと男の方を見つめながら、そういった。
僕も家族のいる我が家に帰ろう。妻と二人で歩きながら白玉楼の庭を後にした。
こうして、妻と連れ添って家に帰っていると、良い気分だ。
何かにとらわれて、地面を歩くというのも、いいものだ。
目を開いた。
そこには一つ牡丹のような衣装の少女がいる。私が、身を起こして挨拶をしようとすると、体を手で制されて、休みなさい、と寝かしつけられる。
先ほどまでいた地獄はいったい何だったのだろう。
私の悪い夢だったのだろうか。
辺りを見渡すと、立派な部屋の中で障子の隙間から覗く風景は見事な庭園だった。
私は身につけたこともない真っ白な服を着ていて、空の上の少女が私の事をを見ていた。少女は地を這う醜い男の手をさすっている。以前にも、こんな風にやさしく手をさすってもらったことがある。
自分の体がまるで、子供のころのように軽くなっていく。
ふと目の前の小さな少女の面差しが
幼い日の思い出と重なった。
良かったです
ストーリーも割と良かったが、何より良かったのはキャラ達が生きている感じがした事ですかねえ
名有りもモブキャラも皆印象深いと言うか何というか上手く言えないけど
最終話で言えば小町がブギーマンを連れ出す時にめっちゃ困ってる場面とか、えーき様がどういう理屈をつけようか考えをまとめようとしながら喋ってる場面とか、なんとなく人格が生きてる感じ
面白かったです
面白かったです
面白かったです。
初めから終いまでとても面白かった!