Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「アイ・ディド・ウェール、ライト?」

2016/08/18 21:34:37
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 諸君らはプリズムリバー楽団をご存知だろうか。
 ……愚問だったな、幻想郷に造詣の深い諸君らの事、もちろん知っているだろう。
 しかし幻想郷にやって来てからまだまだ日の浅い私、実は彼女達の事を深くは知らない。命蓮寺では聖の監視の目を潜り抜けなければ宴会やコンサートなどの娯楽行事に参加する事は難しいし、そもそも私は死体探偵で忙しいからだ。よって私の彼女達に対する印象は、よく宴会で喧しい演奏をしているチンドン屋、くらいでしかなかった。
 プリズムリバー楽団は三姉妹で構成されている。長女でリーダーのヴァイオリ二スト・ルナサ、次女で人気者のトランペッター・メルラン、三女でお調子者のキーボーディスト・リリカである。音の霊を操って、ルナサは鬱の、メルランは躁の、リリカは幻想の音をそれぞれ奏で、人妖の心を惑わす事が出来るという。彼女達は騒霊と呼ばれる特殊な存在で、強大な妖力を持つらしく、故にそんな芸当が可能であるらしい。それぞれの力が作用しあい、楽団としての活動では無害な音色を奏でるといわれているが、本当かどうかは眉唾である。……なんて、諸君らには釈迦に説法だったかな。
 兎に角。
 印象は薄いとはいえ、プリズムリバー三姉妹が強大な力を持つことは周知の事実であるし、その強大な力が人々を惑わす事は私も知っていた。彼女たちの音楽が、それ単体では極めて危険であることも。
 だから、ヴァイオリンの妖しげな音色が里の境界付近に響くのを聞いた時。星鼠亭の中で帳簿付けをしていた私は、すぐさま部下達を避難させ、小傘の仕込みロッドを掴んで朝空の下へ飛び出したのだった。ヴァイオリンなどというハイカラな楽器を引くのは、この幻想郷ではプリズムリバー三姉妹しか居ないだろうから。
 ヴァイオリンの音色は里の外のすぐ近くで奏でられているようだった。私は仕込みロッドを前面に構えながら、物陰を通って音の発信源へと近づいた。
 そのうち、ヴァイオリンの幽玄なる音色はトランペットの勇壮なる音色に変わった。姉妹が来ているのだろうか。私は精神を掻き乱す妖しい音色に負けぬよう耳を塞いでいたのだが、やがて気付いた少々の違和感によって、その試みは無意味であると悟った。
 奏でられている音色が、幾度か聞いたプリズムリバー楽団の音色とは異なっていたのである。思い返してみれば、先程のヴァイオリンの音も違っていた気がする。別の誰かだろうか、いやしかし、それにしてはこの音色は美しすぎる……。
 そんな自問に囚われていた私は、いつの間にか警戒心を幻想の中へと置いて来てしまったのか、音の主の前へと無防備にも飛び出てしまった。
「あれ。貴女は確か……」
 切り株に腰かけてトランペットを吹いていた少女が、小鳥のように小首をかしげて私を見つめている。白いブラウスに赤いベストとキュロット、頭には流星のマークの付いた赤い帽子を被っている。プリズムリバー楽団で赤をシンボルカラーにしているのは、末妹のリリカ・プリズムリバーだ。
 私は辺りを見回したが、リリカの他の姉妹は来ていないようだ。いつも三人一緒にいると聞いていたのだが。よく見ると、リリカの小さな体の後ろにはヴァイオリンとキーボードが重ねて置いてある。演奏していたのはリリカだったようだ。
「器用だな。種類の違う楽器を三つも扱えるとは。しかも腕前も一流だ」
 純粋な敬意を抱いて言った。言ってから、挨拶もしていなかった事に気付く。今日の私はなんだか抜けている。
 不躾な賞賛にリリカは目をしばたかせたが、やがて満面の笑みを作った。
「そうよ、偉いでしょ〜? 私に弾けない楽器なんて無いのよ。ギターやお琴、ドラムにサックスは勿論、ブブゼラにテルミンだって。なんでもござれなのよ〜」
 帽子を揺らし、リリカは得意げにトランペットを鳴らした。
「それはすごい。まるで一人音楽団だな」
 テルミンなんてマイナーかつナイーブな楽器まで使えるとは、プリズムリバー恐るべし。
「貴女、命蓮寺で見かけた事があるわ。確か、ナズーリン、だっけ?」
 リリカから害意を感じとれなかったので、私は仕込みロッドを降ろした。
「ああ。私は毘沙門天の使者、ナズーリン」
「いつもと違う格好ね。妖怪ってのはイメージが大事だから、いつも同じ格好をしてるって聞いてたけど」
「所用でね。君はプリズムリバー楽団のリリカだな。こんなところで何を……」
 私が言いかけた時、背後から声が上がった。
「あれー、なんだよ、ゲリラライブかと思って急いで来てみたのに! やってないじゃん」
 銀色の小さなトランペットを手にした年端の行かない少年が、口を尖らせていた。
「メルランちゃんはいないの?」
「別にライブやってたわけじゃないけど。でもお客さんが来たなら弾いちゃうよー」
 嬉しそうにキーボードを取り出すリリカ。
 だが少年は、
「別にいいよ、メルランちゃんがいないなら」
 つっけんどんにそう言い放った。
 どうやら少年はプリズムリバー楽団の次女、メルランのファンらしい。メルランは楽団の花形であり、ファンも一番多いと言う。握った銀色のトランペットは、おそらくファングッズだろう。
 流石にムッとしたのか、リリカは眉をひそめた。
「姉さん達は来てないわ。今日は私だけ。でも私のソロ曲だってあるのよ? 聞いてく?」
「いいって」
 少年はけだるそうに手を振った。なんとも棘のある態度だ。
「何? 私の演奏は聞けないってワケ?」
「ちんちくりんのリリカの曲なんて聞いてもなぁ」
「何よ、ちんちくりんって。あんただってそんな変わらないじゃない!」
「まあ、まあ」
 リリカが激昂し始めたので、私は割って入った。プリズムリバー楽団は人間に友好的と言えど、歴とした妖である。しかも察するところ、リリカの精神年齢は見た目相応に低いようだ。感情に呑まれて何を仕出かすか、分かったものではない。
「今日は楽団の演奏は無いようだ。里の外れは危険だぞ。今は神隠しも起こっているんだ、君は早く家に帰れ」
 私は手を振って少年を追い払った。
 リリカは大きく溜息を吐いて、トランペットを不満げに鳴らした。
「リリカ、こんな里の近くで演奏されては困るな、しかも単独では。君達の音楽が人間には強すぎる事、知っているだろう」
「私の音じゃあ、姉さん達の音みたいに躁鬱になったりしないわ。別に大丈夫よ」
「そういう問題じゃあない」
 仮に人の精神に及ぼす影響が皆無であったとしても、その音色は霊気を帯びているのである。一般人にとって危険な事に変わりは無いのだ。たまのコンサートでならまだしも、年がら年中耳にしていては精神に変調をきたしかねない。
「うるさい小鼠ねー」
 ぷくっと膨れるリリカ。それでも一応、トランペットを置いた。聞き分けは悪くないようだ。
「何故、こんな所で演奏を?」
 私が問うと、リリカはだるそうに伸びをしながら答えた。
「何故って、そりゃ、用があったからよ。人に会いにね。貴女も聞いた事あるでしょ? 今、人里で有名な探偵がいるらしいじゃない。ほら、なんて言ったっけ。マサイ探偵……いや、ジェダイ探偵だっけ?」
 ……なんか強そうだな、それ。
「死体探偵か?」
「あー、それそれ」
 小鳥のように頷くリリカ。なるほど、私に用があった訳か。
「何を頼むつもりなんだ?」
「それがねー」リリカはちょっと自嘲気味に笑った。「里に着くまでは覚えてたんだけど、コロっとド忘れしちゃって。思い出すまで楽器でも弾いてようかなって思ってさ」
「なんだいそりゃ。耄碌するにはまだ早いぞ」
 幽霊……いや騒霊か、その癖にド忘れするなんて、まるで人間みたいだな。
「ここで演奏していると博麗の巫女に退治されてしまうぞ。依頼を思い出したらまた来てくれ。私はこの先の小屋にいる」
「は? なんで貴女に……あ」ポンと手を打って、今更気づいたようだ。「貴女が例のジェダイ探偵?」
「死体探偵な」
「へー……」リリカは不躾に私をジロジロと眺め、そして頷いた。「じゃあ依頼するわ」
「もう思い出したのか」
「まあ、そんなとこよ」
 よくあるブタを象った貯金箱を抱えて、リリカはニヤリといたずらっぽく笑った。


「姉さん姉さん。リリカ、何処に行ったか知らない?」
 窓辺で愛用のヴァイオリンを磨きながらルナサが知らないと答えると、妹のメルランは物憂げに溜息を吐いた。
「何かあったの? メルラン」
「いやね。リリカが貯金箱を持ち出したみたいなのよ、あのブタさん貯金箱を」
「まあ……」
「きっとあのお金を使って、里で遊ぶつもりね」
 末妹のリリカは調子のいい所がある。面倒な事は他人任せで、自分はおいしいところだけ持って行こうとする困った性格なのだ。そのリリカならばやりかねない。
「まったく、人のものを勝手に取るなんて……帰ってきたらたっぷりお説教してやってよね、姉さん」
「そうね」
「本当、許せないわ。追加でお尻百叩きの刑にしてやって、姉さん」
「まあ……そんな感じで」
「おゆはんだって抜きにしてやるんだから。姉さん、今日はリリカの分は作らなくていいからね」
 メルランはプリプリと怒っている。
 と言うか。
「なんでメルランが怒ってるの」
 ブタさん貯金箱はルナサの持ち物なのだが。お金だって全部ルナサのお小遣いである。リリカはもちろん、メルランだってビタ一文払ってない。
「そりゃあ怒るわよ」当然、と言った顔で、メルラン。「私もいただこうと思ってたんだもん、あの貯金箱の中身」
 ルナサはギィとヴァイオリンを弾いた。ルナサの音色には気分を鎮静化させる効果がある。まったく、なんて便利な音色なのだろうか。これで愛する妹に手を上げなくて済む。
 そう。ルナサの家庭内円満の秘訣とは。
「……鬱よね」
「本当、私まで鬱になっちゃいそう」どの口が言うのか、溜息混じりに。「まったく、リリカには参っちゃうわよねー、姉さん」
 麗らかな窓辺でヴァイオリンの音色に心を鎮めつつ、ルナサは妹達の行く末について思い巡らしていた。
 とりあえず二人とも、今日はおゆはん抜きだ。


 まいったな。
 いつものことだが、安請け合いしてしまったかなぁ。
「ちょっと、ナズーリン。笑顔が引きつってるわよ? もっと笑って笑って!」
「……まったく」
 私は引きつった笑顔を晒しながら、ビラをばら撒いた。里の目抜き通りである。お祭り好きの暇人達がなんだなんだと押し寄せて、すぐに黒山の人だかりが出来た。
「ナズナズ、そうかっかせずに。この様な仕事も、我々の大事な役目でしょう」
 毘沙門天スタイルの星は動じた風も無く、いつものニコニコ顔で寄って来る人々にビラを手渡している。
「すまんな、忙しいのに付き合わせてしまって」
「いえいえ。割と好きなんですよ、こういうの」
 そう言ってニコニコ笑う。まったく、星はお人好しだ。
 星がいるので、私もいつもの格好に戻っていた。命蓮寺のご本尊である星と悪名名高き死体探偵、その間に繋がりを作りたくはない。
「はーい、プリズムリバー楽団の秋ライブのお知らせだよ〜! みんな来てね〜!」
 その小さな身体の何処からそんな声が出るのか、リリカは声を張り上げている。
 そうこうしているうちに、人混みの中であのメルランファンの少年を見つけた私は、彼にもビラを手渡した。
「メルランちゃんも来る?」
「そりゃね。でも、リリカも頑張ってるぞ」
「ふーん……」
 少年はビラに描かれたメルランばかり見つめて、リリカの方はまるで見ていなかったが。
 ビラ配りに星を呼べと言い出したのは、リリカである。星の財宝を集める力を利用しようと言うらしい。リリカ達にとっての財宝とは、まさに聴衆であろう。勿論そんな事に力は使わないだろう星だが、立っているだけで人を惹きつける魅力が星にはある。効果は抜群で、里を回る途中でビラはすぐに捌けてしまった。
「あーん、もっと刷ってくれば良かった」
 リリカはニコニコ笑顔で言う。嬉しい悲鳴と言った所か。
「しかし宣伝は十分だろう。後は天狗の新聞にでも広告を出しておけば」
「そうね」リリカは星にペコリとお辞儀をする。「星さんありがとうございました。またお願いしますね〜」
「こんな事で良ければ、いつでもどうぞ」
 お人好しの星は笑顔で去っていった。毘沙門天代理の政務やらで忙しいだろうに、無理を言ってしまったかな。
「さて、次は」
「えっ、まだやるのかい」
 腕まくりして意気込むリリカに、私の方が引けてしまう。
「そりゃ当然よ。あのね。ライブの準備ってのは、やらなきゃならない事がいっぱいあるんだから。まだまだやる事山積みよ?」
「はいはい」
 依頼を受けた以上は私も文句ばかり言っている訳にはいかないのだが、そうは言っても……である。
 リリカの依頼は、
「あの男の子の言い草、聞いたでしょ? あんなの日常茶飯事。でもね、私ってば、実はめちゃくちゃ偉いのよ? 姉さん達のピーキーな音を聴きやすくまろやかにしてるのは私だし。ライブの演出だって最近は私メインでやってるし、ステージで一番派手な動きしてるのも私。私の作曲した曲だって姉さん達に負けないくらいあるの。最近なら、ファツィオーリの冥奏とか、二度目の風葬って曲とか……あれなんて大変だったんだから、幻想郷中の音を集めて作ったのよ? それなのに、ファンときたらメルラン姉さんかルナサ姉さんばっかり! 私がちょっと体小さいからって……。私、見返してやりたいの。姉さん達を、ファンのみんなを! 今度の新しいライブを大成功させて、私の偉さをみんなに知らしめるのよーッ!」
 ……らしい。
 正直、それ探偵に頼む事か? とか、私はショービジネスには疎いぞ? とか、色々言いたい事はあるのだが。それ以上に、死体探し以外で頼られたのなら乗らない訳にはいかないのだ、私は。
 しかし専門外の私に出来る事。それは、私の人脈を紹介するくらいしか無い。
「貴女が多々良小傘さんね。超一流の鍛冶屋だっていう」
「超一流だなんてそんな、ちょっと完璧なだけで……エヘヘ」
 リリカのお世辞に、小傘はもじもじと照れ笑いした。デロンデロンだな、まったく、小傘は調子に乗りやすい。
「今度のライブにでっかい金管楽器を象徴的に使いたくて。その制作をお願いしたいんだけど」
「エ、楽器。わちき、楽器なんて作った事無いけど……」
「大丈夫よ、元になる楽器なら渡すし。それに超一流なんだから出来るでしょ?」
 小傘が冷や汗を流している。完璧と言った手前、断るに断れないのだろう。だが私は助け舟を出さなかった。確信しているからだ。どうせ小傘ならなんとかしてしまうに決まっている。
 リリカについて回る内に気付いたのだが、どうやらリリカには人を使う才能があるようだ。
「ナズーリンに言われて気づいたわ。妖夢、貴女に隠れた才能があるって事をね! 貴女の隠れた庭師としての才能、私が買うわ!」
「あの、リリカさん。私、別に隠してませんけど。むしろ堂々と庭師って名乗ってるんですけど」
「こんなにも素晴らしい才能がある事、何故黙っていたのよ、妖夢。埋もれさせるには勿体無いわ。私達とコラボして、その隠された才能を存分に発揮しましょう! ってことでライブ会場のデザイン、よろしくゥ!」
「別に隠してないのに…‥…」
 時に礼儀正しく、時に人を調子に乗せて、時に有無を言わさずゴリ押しで。人に合わせて臨機応変に交渉の仕方を変えている。お調子者の三女とはよく言ったものだ。調子者は調子者でも、調子に乗せる側みたいだな。私も見習いたいものだと思う。交渉力然り、演奏力然り、リリカ・プリズムリバーは物事のバランス感覚に非常に優れていた。
「しかし、君」
「何よ、ナズーリン」
「こんなに人を使って、予算の方は大丈夫なのか?」
「そりゃあ大丈夫よ、なんてったってこの貯金箱があるんだから」
 ブタを象った貯金箱をポンと誇らしげに叩くリリカだが。
 ……こんな貯金箱で本当に足りるのか? なんとも不安だ。
「ちょっと見せておくれよ。どれくらい入ってるか知っておかないと」
「だ、ダメよ。これは大切な軍資金なんだから」
「ん? あれ、そのマーク……」
「あ、やば」
 リリカは慌てて身を捩り隠したが、私は見逃さなかった。
 貯金箱をよく見ると、ブタの額に三日月のマークが入っていたのだ。リリカのマークは流星であり、月はリリカのシンボルではない。
 プリズムリバーで月と言えば、長女のルナサである。
「おい……それまさか、ルナサに無断で持ち出したんじゃないだろうな」
「いやいや、そんなことないですよ?」
 そっぽを向いて口笛吹くなんて、古典的な奴。
 まったく。人を使うのが上手いのはいいにしても、そんなところまで上手くなくていいのに。
 私はリリカの手を掴んだ。
「ルナサ達に謝りに行こう」
「な、なんでよ、ナズーリンにはちゃんとお金払うんだから、別にいいじゃん!」
 リリカは身をよじって抵抗したが、そんな力では私を振りほどくことは出来ない。
「馬鹿言え。そんな出処の怪しい金、受け取れるかい。真っ当な仕事ってのは真っ当なお金を使ってやるもんだ。行くぞ」
「い、嫌よっ、私は姉さん達を見返したいの!」
 見返す、ねぇ。本当にそんな必要があるのか、疑問だがな。
「とにかく、駄目だ」
 駄々をこねるリリカを引きずって、私はプリズムリバー邸へとやってきた。
 プリズムリバー邸は霧の湖近くの林の中に建っている。あの悪魔の館・紅魔館も近く、木々の間に赤い時計塔が頭を覗かせているのがここからでも見えた。
 元々、さる貴族の屋敷だったというだけあり、窓の多い大きな四階建ての白い洋館は伝統と威厳に溢れていた。かなり古びているようだが、リリカ達が補修しているのだろうか、窓や壁の所々に素人工事の跡が見て取れる。泣く子も黙る幽霊屋敷、いや騒霊屋敷だと言うのに、なんとも生活感に溢れているな。
 金属製のノッカーを叩くと、コツコツと小気味よい音が響いて、陰気な顔をした金髪の女が顔を出した。同時に溢れ出すトランペットの音。どうやらこの屋敷、防音対策は完璧なようだ。
「あら。貴女はたしか」
「毘沙門天の使者、ナズーリンだ」
「使者さんが何の御用? ……って、一つしか無いわね」
「理解が早くて助かるよ」
 陰気な顔をした女はルナサ・プリズムリバーだな。トレードマークの黒いドレスではなく、白いTシャツにホットパンツというラフな格好だが、この陰気さは間違いない。
 ルナサは妹のリリカが抱えているブタの貯金箱に目をやると、深く溜息を吐いた。
「とりあえず、中へどうぞ。メルラーン、お客様よー! 練習は中止!」
 ルナサは屋敷内へ向かって叫ぶと、私達を中へ案内してくれた。
 屋敷内も相応に古びていて、床など私が足を出すたびにギィギィ鳴ったが、掃除は行き届いていて清潔感があった。家具や調度品もそれぞれ年季が入っている。例えばテーブル上にある銀製の燭台など、重ねてきた歴史を感じさせる色艶である。毎日磨いて大事に使わなければ、あんな光沢は出せまい。付喪神の小傘などが見たら小躍りして喜ぶだろうな。
 通りがかった階段の踊り場では、金色のトランペットを手にした女がくるくると踊っている。次女のメルランだろう。階下の私に気付くと、にこやかに手を振った。流石、一番人気なだけある。まるで外界の芸能人みたいな応対だ。私はと言えば、ちょっと会釈を返すくらいしか出来ない。
 ルナサは私に応接室のソファを勧めると、自分はその向かいに座った。
「その貯金箱を返しに来てくれたのかしら。すみません、わざわざ」ルナサは私に頭を下げて来た。「この子、調子のいい所があって。ご迷惑おかけしたんじゃないかしら」
「いえ。それほどでも」
 まあ、私にとっては仕事だしな。
「リリカ、よかったわね。おゆはん抜きはギリギリ回避よ」
 ボソリと言う。ルナサは陰気だが、きっちりリーダーしているらしい。
「さ、それを返して頂戴、リリカ」
 リリカはイヤイヤと首を振ったが、笑っても暗いルナサである。差し伸べられた手と浮かべられた笑顔に何とも言えぬ迫力があり、結局、リリカは貯金箱を差し出した。
「せっかく新しいライブやろうと思ったのにー……」
 口を尖らせて多分に不満気ではあるが。
 差し出した貯金箱をルナサが掴んだ時、私もその端に手をやった。
「何のつもり?」
 ルナサが小鳥のように小首を傾げている。流石姉妹、リリカと同じ仕草だ。
「その金を貰う立場の私が言うと少し胡散臭いかもしれないが。もしその金に使い道が無いのなら、リリカに使わせてやってくれないか」
「リリカに?」
「彼女の仕事振りを見ていたが、大したものだよ。君もとっくに気付いていると思うが、姉の欲目でない事は私が保証しよう。次の演奏会はきっと成功すると思う」
 リリカを見やると、ポッと顔を赤らめている。あれだけ自分の偉さを強調していたと言うのに、いざ褒められると照れるらしい。
 ルナサはしばらくリリカと貯金箱を見比べていた。迷う、と言うよりは、何かを確かめるように。
「リリカ。このお金で貴女、何をするつもりなの?」
 ルナサの問に、リリカは胸を張って答えた。
「そりゃ、新しい事よ。最近は鳥獣戯楽とか九十九姉妹だとかのライバルも増えてきたし、私達もこのままじゃダメだわ。騒霊らしく、もっと賑やかで楽しく。そうある為には、いつでも新しい事に挑戦しなきゃダメじゃない?」
「そう。リリカ最近、作詞もしてるもんね」
「げげっ、な、何故それを!」
「リリカの事なんかお見通しよ」
 慌てるリリカを見て、ルナサは朗らかに笑った。こういう笑いも出来る人なのだなと、私は妙に感心してしまった。どんな人にも様々な面があるものだ。陰気で根暗だなんて、他人のレッテルに過ぎない。
 ルナサは立ち上がり、貯金箱をリリカに手渡した。
「ま、やってみなさい」
「あ、ありがと……ルナサ姉さん」
「だけど次からは、自分のお金でやるのよ」
「そ、そうね」
 最後の言葉で目が宙に泳いでいたが……まあ、今はそれでもいいのだろう。ルナサも何も言わなかった。
 ルナサとメルランに礼を言って屋敷を出ると、リリカは大きく伸びをしながら言った。
「貴女に借りを作っちゃったわね、まったく」
「姉さんに、だろう」
「……うん。だけど、貴女が言ってくれなきゃ、ああはならなかったわ。私なんて、半人前だから」
 リリカは自慢のキーボードを強く抱きしめている。己の拠り所を求めるように。
 どうも、リリカは己を低く見る傾向があるようだ。普段から自分の功績を誇らしげに喧伝しているのは、自信の無さの裏返しという訳か。なんとも、少女である。
 しかしルナサもメルランも、きっとリリカを認めているに違いない。だからこそ、ルナサはリリカに貯金を託したのだろう。部外者の私の言葉など、ただの切っ掛けに過ぎない。
 リリカならばもっと大きな仕事が出来るのではないか。彼女の仕事振りを見て、単純な私などはそう考えてしまうのだが。
「なあ、君。そういえば作詞もしてるんだろう。なら、曲に歌を乗せてみたらどうだ?」
 私の提案に、リリカは渋い顔をした。
「いい案だけど。でも、歌手がねぇ。私達は演奏したいし」
「鳥獣戯楽なら紹介してやれるぞ」
 鳥獣戯楽のメンバー、幽谷響子は我が命蓮寺の門徒だからな。
 だがリリカは素っ頓狂な声を上げた。
「何言ってんの、商売敵じゃない! ありえないわー」
「でも、響子はいつも言ってるぞ。プリズムリバーの曲が好きだ、あの曲に乗せてお歌を歌いたい、って」
「え、そ、そうなんだ……なら別に、それでもいいけど……む?」
 リリカは一瞬、難しい顔をしたかと思うと、パッと顔を明るくし、手を打った。
「そうよ、それよー! ありえない組み合わせ、合同ライブよ! ライバル同士のセッション、この展開に燃えないファンはいないわ!」
「お、おう」
「上手く行けば向こうのファンもこっちに引き込めるし……うん、これは行けるわ!」
「落ち着けリリカ、音漏れしてるぞ」
 リリカの興奮を反映するように、リリカのキーボードやらトランペットやらヴァイオリンなどから音が鳴り響いている。流石騒霊、喧しい。
 リリカはくるりと回ってウインクすると、
「そうと決まったら、プランの練り直ししなきゃ。私、妖夢とか小傘さんとかと相談して来るわ。貴女は鳥獣戯楽との出演交渉、お願いね」
 言うなり、駆け出して行ってしまった。
 やれやれ。しかしああいう情熱が、人を動かす原動力なのかもしれない。現に私も今、あの情熱に呑まれているから。
 私は命蓮寺へ戻る前に、ふと思い立って里へと向かった。
 変装をして寺子屋に向かったが、子供達は既に帰宅していたようだ。頻発する神隠しのせいで、最近は寺子屋の授業も圧縮されているという。
 当てが外れた私がぶらぶらと歩きまわっていると、川縁でトランペットの音を耳にした。それはたどたどしく、プリズムリバー姉妹の演奏ではない事はすぐに分かった。
 音を頼りに探すと、あのメルランファンの少年を見つけた。少年は川縁に座り、トランペットの練習をしていた。
「やあ」
 私が声をかけると、少年はトランペットを置き、座ったまま鬱陶しそうな顔を振り向けた。
「邪魔してすまんな」
「あんたは今朝の。俺に何か用?」
「今度、プリズムリバー楽団の演奏会をやるみたいだぞ」
「知ってる。さっきビラ配りしてたし」
「構成はリリカがやるそうだ」
「へぇ。そう」
 少年は興味無さげに銀色のトランペットを磨いている。
「さっきの曲は、メルランの?」
「うん、そう。メルランちゃんの曲で、二度目の風葬っていうんだ。この前のライブで初めて聞いて、俺、いっぺんで好きになっちゃった。とってもかっこいいんだよ」
 好きなメルランの話題になると途端に饒舌である。現金な奴だな、まったく。
「それ、作曲したのはリリカだぞ」
「えっ」
 動揺したのか、少年は私を見上げた。
「リリカが幻想郷中から音を集めて作った曲だそうだ」
「そ、そうなんだ」
 揺れる瞳の奥に、少々の罪悪感が見える。少年もリリカに言い過ぎたと思っていたのだろう。
「私は音楽には通じていないが、これだけは言えるな。ルナサの音、メルランの音、リリカの音。どれが欠けても、プリズムリバーじゃなくなるんだ、きっと」
 少年はポリポリと頭を掻くと、トランペットを構えた。
 相変わらず下手くそな演奏だったが、その音には情熱がこもっていた。曲を愛する情熱が。
 音楽は人種や国境を越えると言う。人妖の境など、越えられないはずがないだろう。


「姉さん姉さん、あの貯金箱知らない? ホラ、あのウサギさんの」
 愛用のヴァイオリンを磨きながら、ルナサは大きく溜息を吐いた。
「メルラン、まだ反省し足りないみたいね。今日もおゆはん抜きにする?」
「だ、だってぇ、次のライブ用に新しいドレスが欲しいんだもの〜」
「自分で貯めて買いなさいな。馬鹿な事言ってないでさっさと準備して。今日は忙しいんだから」
 今日は公開リハーサルの日だ。これから観客を入れて、鳥獣戯楽との音合わせがある。鳥獣戯楽のメンバーは個性が強いので、ルナサ達も負けてはいられないのだ。
 リリカは仮設のステージ上を飛び回って、方々に指示を出している。ライブを成功させようと張り切っているのだ。昔の自分もあんな感じだったのだろうかなどと考えて、ルナサは少し懐古の念に駆られていた。
「姉さん、何ニヤニヤしてんの」
 メルランが顔を覗き込んで来たので、ルナサは少し慌てた。
「別にニヤニヤなんかしてないわよ」
「へー。ほー……」ニヤニヤしてるのはお前のほうだろ、なんて突っ込みたくなるようなムカつく顏である。「姉さんはリリカに甘いのねぇ。折角貯めたブタさん貯金箱を取られちゃったってのに、そんなに嬉しそうにしてさ」
「メルランだって嬉しそうじゃないの」
 テヘヘ、とメルランは頭を掻いた。
 妹の活躍を喜ばぬ姉などいる訳がない。
「それにブタさんがやられた所で大した事はないわ。所詮、奴は四天王の中でも最弱……」
「あ! あの子、私のファンの子だよ。公開リハまで見に来てくれるなんて〜」
 メルランの指差した方には、リリカとナズーリンと、銀色のトランペットを手にした見覚えのある少年がいる。いつも無料ライブの時にだけやって来て、最前列に陣取る名物少年だ。
 少年が何事か言っている。
 リリカが少し赤くなった。
 ああ、そうかとルナサは思う。リリカの情熱がまた一つ、人の心を動かしたのだと。
 メルランがスキップしながら近づいて行って、何事か話している。不意にくるりと振り向くと、ルナサに向かって手招きした。
「どうしたの?」
 ルナサが近づくと、メルランは手を差し出してきた。
「姉さん、あれ持ってるでしょ? 私達のマスコットが付いたストラップ。貸して」
「いいけど……」
 ルナサは自分のヴァイオリンから三姉妹のマスコットが付いたストラップを外して、メルランに渡した。
 メルランはそのままそれを少年の手の中に押し込んだ。
「はい。いつも来てくれてるから、お・れ・い。貴方だけに特別よ? これからもよろしくね」
 メルランの笑顔に悩殺された少年が、耳まで真っ赤にしてぶるぶる震えた。皆、声を上げて笑った。
 それ私のなんだけど……なんて、とても言える雰囲気ではなかった。長女はいつも貧乏くじを引かされる。やってられないとぼやきたくなったが、リリカとメルランが楽しそうに笑う姿を見て、すぐにどうでもよくなり、ルナサも一緒になって笑ってしまった。
「あ! 今思い付いたんだけど」
 リリカが手を叩いた。
「どうせ鳥獣戯楽とセッションするなら、最近出てきた九十九姉妹とも一緒にセッションしてみない?」
 音楽家としては魅力的な提案だったが、
「おいおい、今からプランを変えるのかよ。それはちょっと厳しいんじゃないか? 小傘と妖夢が泣くぞ」
 ナズーリンが額に眉して苦言するように、現実的には厳しいだろう。
 が。
「大丈夫よ、みんな超一流なんだし。何とかしてくれるわよ」
 リリカも譲る気は無いようだ。
「大体、二人と面識あるのか、君達は。私は彼女達にコネなんて無いぞ」
「それを作って来るのが貴女の仕事でしょ、探偵さん。さあ、急がないと、公開リハに間に合わないわよ? 頑張って!」
「しかも今からかよ!」
 ぶつくさ文句を言いながらも、ナズーリンはダウジングロッドを構えた。文句は多いが、人は良いらしい。ルナサと同じく、貧乏くじ体質なのだろう。なんとなく親近感が湧いてしまう。
 星巡りの悪い小鼠と自分自身へのエールに代えて。ルナサはヴァイオリンの音色を静かにそよ風へと乗せた。
 ウサギ「ブタさんがやられたようだな……」
 ヒツジ「ククク……奴は四天王の中でも最弱……」
 ウシ「リリカごときに負けるとは、貯金箱の面汚しよ…‥」


 気付けば二十話目です。結構書いたなあと思ってたんですが、総文字数は前の連載とあんまり変わらないという事実に気づいて、驚きを隠せません。
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6.100南条削除
いつも読んでます
死体が出て来ない話は久しぶりな気もしますが、楽しく読ませていただきました
安定して前向きなリリカの行動力が頼もしく、きっとライブもうまくいったのだろうと予想させてくれます
ナズーリンを始めとした他の面々がリリカに巻き込まれながらもどこか楽しげにしている姿に、読んでいるこっちまで楽しくなってしまいました
すごく面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
今更ながら、このシリーズを通して読んできたのだが
もっと早くから読んでおけば良かったと
そう思うぐらいに面白かった!

またひとつ、創想話にくる楽しみが増えた!
次回作も楽しみにしてる
9.80名前が無い程度の能力削除
二度目の風葬!!
マスコットがフラグにしか見えない件(邪推)
10.80名前が無い程度の能力削除
面白かったのですがこのシリーズ通して感じるダークさが薄れてきて日常系の話が多くなったなあと
もしかしたら作者の物語の複線なのかもしれませんが
11.100名前が無い程度の能力削除
随分とショボそうな四天王だwww
12.100名前が無い程度の能力削除
リリカの行動 = リスペクト = いいね!