金貨20枚は戻ってきた。明日は父親が売り払ってしまった家財をこの金で取り戻そう。
「魔理沙が迷惑かけました」
少女は、ほら、謝って、と金髪の少女の頭を軽くたたいた。
「ごめんなんだぜ☆」
「謝れッ」
「ごめんなさい」
謝る必要はない。だが、どこぞの聖人君子の命の値段が銀貨20枚だったのに、そこらの貧困街に住んでいる私の命が金貨20枚は少し高値だったのだ。実際に金貨20枚戻ってきたわけではなく、ちょっぴり数は減っていたけれど、兎に角戻ってきたのだ。
では、ありがとう、と家に帰ろうとするが、少女に呼び止められた。
「あ、一寸待って」
優し気な聖職者の声だろう。こういう女性の声を聴くのは本当に久しぶりだった。
「今来て、今帰るというのも、少し疲れませんか?」
少女が、お盆に乗せた茶と菓子を私に差し出した。
「お話などしながら」
金貨を懐にしまい込む、目の前の少女たちを見ると、私より先に死んでしまった姉の事を思い出した。頭のいい人だった、もし彼女が今いてくれたら、私もこんなにおちぶれてなどいなかっただろう。しかし、金で家財を取り戻しても、如何すればいいのかなど見当もつかない。この金で家を取り戻しはするけれど、もう完全に生活を元通りにすることはできない。
金を手にしたことで現実に引き戻されていく、この金を使っても、あの生活が戻ってくるわけではなかったのだ。
「どうぞ」
少女から何かを差し出される、隣の金髪の少女は手際よく何かの作法に従ってそれを取る。おそらく何が規律があるのだろうが、私にはそれが何かよくわからない。
私は年をくったけれど、彼女たちとはまるで逆で、まだ大人にはなっていなっていないのだろうと思った。
「なぜ、あの集会に参加しようと思ったの?」
「家族はどうしたの?」
少女の話はとりとめもなく、時には思い出したくもないこともあったが、不思議なもので私は思い出せる限りのことを話した。というよりも、話すこと自体が初めてだったかもしれない、私に興味をもって質問した人間など今までいなかったのだから。
聖職者というのはこういうものか、ふと少女の顔が、昔死んだ姉や母と重なる。
外では、宴会が始まっている。こんな顔では外に出れないから、終わった時に里に戻ろう。なにか、ずっと胸につかえていたものが取れていた気がした。
私は、みっともなく久しい涙を流しながら、すべてを話した。
死んだ姉や母がここにいるかのようだった。
『地を這う生き物』
境内に集まった参加者たちを招き入れる。初日にいた何分の一になるのだろうか、全員で4名いた。霊夢が大げさな遺書に身を包んでふらりと入ってくると、参加者の目がすべて霊夢に注がれる。やや、個を描くように座る彼らの顔ぶれを見て、霊夢は少し落胆した
いない
霊夢は、あの浮浪者がココに並んでいることを期待していた。彼がどういう人間なのか探る最後の機会だろうと、箪笥の奥にしまい込んだ金貨20枚はまだ手付かずのままだ。
地獄の貴族や、天神、鬼の上役などが人間に化けている。皆が皆見目麗しい恰好に身を包んでおり、彼らが言うにはまばゆいほどの財宝を用意しているという。彼等ならば過去にかぐや姫が出題した無理難題の財宝もさらりとそろえるに違いなかった。
だが、霊夢は彼らを目の前にして突然、興味を失ってしまっていることに気が付いた。彼らが何か一言話すごとに、彼等への興味が一つ減っていくようだった。何よりも霊夢が気にくわなかったのは、素顔を偽っていることだ。
大体は紫が霊夢の代わりに話している。霊夢は顔を出してはいるが、喋ることはない。霊夢は、やはり今の生活が好きだ。生活の変貌が目の前まで迫り、ようやく、話したこともない人ならざる者に貰われていく、顔もわからない者にさらわれていくことに嫌気がさした。
霊夢はこっそり紫を手招きする。その仕草に参加者全員の視線が注がれる。参加者の対応に流石に手を焼いていた紫は、霊夢の口元に耳を寄せた。
「一人ずつ話をさせて」
霊夢はそれだけ言うと静かに姿勢を正した。
こんな、化け物どもと私のかわいい霊夢が一対一?
紫は不安いっぱい「それはちょっと待って」というが、霊夢はそれきり紫と視線も合わせなくなり、紫は泣きそうになったので。仕方なく参加者を即席スキマ部屋に通し、一人ずつ霊夢に合わせることにした。
「なぁ、霊夢は大丈夫なのか?」
「だって…」
霖之助と慧音、魔理沙が紫に激しく詰めよる。
「だってもにっちもあるか! 男女二人で結婚前に部屋に閉じ込めるとかお前はそれでも保護者か!おまけにあんな化け物どもに!」
「これだから紫はだめなんだぜ」
と言われたい放題であった。
「わたしだって、だめだっていったもん!」
年増、万年寝太郎、ドジ、酒瓶一つのために土下座女、などと言われたい放題の紫がなんとか反論しようとあれこれ思考をめぐらせるものの、霊夢を危険な場所に一人で放り出したという事実に変わりはないので、目に涙をためて言われるがままになっていた。
「霊夢も、どういうつもりなんだろう」
「霊夢って追いつめられるとワケわからんことするんだよ」
「キレるっていうか」と魔理沙がいう。
まさかあの部屋の中で何かしでかしてないかと3人でハラハラしていると、紫がピクリと反応した。
「出てくるわ」
「どうなったんだ!」
先ほど入った参加者は地獄からやってきた金持ち貴族だ。彼は私財に物を言わせて地獄でものすごくデカい顔をしているし、力のほうもかなりモノだと紫は言う。
その貴族が、半べそをかいて隙間から出てくる。
三人と他の参加者がその様子を口を開けて見送る、その視線を遮るかのように彼は神社の石段を駆け下りていった。
「どうぞ、いらしてください」
霊夢のいやに通る冷たい声が中から聞こえてくる。
その場にいた全員は震えあがった。魔理沙や紫、森近夫妻も含めて。地獄の大妖怪に子供のように半べそをかかせるなどという方法が一体この世のどこにあるというのだろう。
意を決して天神が霊夢の声に従い、スキマ空間に足を踏み入れる。
「なんだ?いまのは・・・」
「だから言ったろ、霊夢ってキレるとやばいんだよ」
「だが、少々胸がすくような気もするな…」
しばらく残った参加者が話し合っていたり、紫がうろうろ歩き回ったりしていると、天神が出てくる。彼の顔は、宇宙の深淵を除いてしまったあげく、正気を失った人間かと見間違えるほどに、うつろ気な顔をしている。視線が定まらず、足元もおぼつかない。
「前のやつはこれよりはましだったな」
「こわ・・・」
やはり、博麗の巫女を猫の子のようにもらい受けるなどというのがそもそもの間違いだったのだ、と天狗の幹部がつぶやいた。そして、その場にいた鬼のお偉いさんは、祟りだ、と手を合わせぶつぶつとなにか唱え始める。天狗の幹部とはいえ、鬼のお偉いさんとはいえ、先ほど正気を奪われた天神と比べると見劣りする。いまきっとあの隙間の中に足を踏み入れたら最後、天狗の婿候補は自慢の羽をかきむしりながら発狂し、鬼は後生地獄一番の臆病者として、これからの余生を送る羽目になるだろう。天狗の婿候補は静かに「体調が優れないもので、うつすといけない」などと言いながら静かに中座した。
「どうぞ、いらしてください」
深淵の底から、女の声がする。嫌に底冷えのする、何を考えているのか全く分からない声色だった。それでいて、どこまでも遠く響くようで、静かな声だった。
森近夫妻が生唾を飲み、魔理沙と紫が顔を見合わせた後、最後に残っていた鬼のお偉いさんに視線を向ける。
もはや人間に変身することも忘れた赤ら顔の鬼は、顔を真っ青にしながらも「もはや引けぬ」と、静かにスキマの中に飲み込まれるように足を運んで行った。
もうこれホラーじゃん、と魔理沙はつぶやく。霖之助は、あれ霊夢ってこんな神話生物みたいな子だったか?と慧音に質問をする。慧音はそんなのしるかと思考をすべて放り投げた。霊夢が一体あの中で何をしているのか紫に尋ねたが、紫は見たくないといってそっぽを向いた。
半刻ほどだろうか、豪奢な衣装の霊夢が隙間から出てきて、残りの者たちに告げた。
「片づけておいて」
霊夢は、服を脱ぎ、いつもの衣装に着替えて、お湯を沸かし始める。でがらしでも入れるつもりなのだろう。魔理沙や森近夫妻が哀れな鬼の姿を確認しに部屋に入ると、鬼は隅で縮こまり、この世のあらゆるものに対しての恐怖心を隠そうともせず、ひたすら震えていた。
「うん、霊夢は恋愛結婚が一番だな」
「そうだな」
「この人たちどうしましょう・・・」
紫は、半狂乱になっている参加者たちを見下ろし、うんうんと唸っていた。
少し肌寒い夕日を眺めながら、私はいつものようにお茶をすする。今日は奮発してようかんを食べている。栗のかけらがはいっている、おいしい奴だ。魔理沙も隣でせんべいをかじっている。
「あ~ぁ、結局失敗だったわねぇ」
「お前、何をどうしたらあんなことになるんだよ…」
「私の夫になる覚悟はあるのかって、ちょっとだけきいてみたの」
「それだけぇ?」
魔理沙はぶるぶると震えはじめた。
「肩にかけるもの持ってくる?」
「そういうのじゃねぇよ、なんて女だ・・・」
「魔理沙が男だったらよかったのにねぇ」
とちょっと百合のようなことを言ってみる。魔理沙は恥ずかしいな馬鹿とでも言ってくれると思ったのに。
「嫌です」
と真顔で言った。何それすごく失礼。
今日は霊夢や魔理沙、慧音も霖之助さんも遅くまでいるらしい。前によくしていたように、アリスや咲夜、早苗や・・・数え切れないほどの友人を呼んで私の前途を祈る宴会をするらしい。
「霊夢」
初恋の人の声がした。今はもう他の人のモノだけれど、今日はこの実らなかった恋のために酒を飲もう。
「残念だったね、今日は」
「そうでもないわ」
あんな腑抜けたち、今わかって正解よ。そういうと、霖之助さんは相変わらずの苦笑で「そうか」といった。
「だが、まだわからないよ」霖之助さんは鳥居の方を指さす。日が暮れそうな時間だったが、一人またやってきた。例の浮浪者だ、だが、今の身なりは少しマシで、汚い帽子は相変わらずだったが、和洋折衷のコート、木綿の絣の着物に角帯、木綿の小倉袴に、皮の靴。コートの下にはやはり何か隠し持っているような歩き方だった。
もうブギーマンとは呼べないかもしれない。
ブギーマンは、帽子を取って挨拶をすると、金貨の話をし始めた。命を助けてもらったはいいが、金貨20枚は高すぎると。本当にブギーマンはあの集会が何のためにあったのか知らなかったのだ。
「まぁあがれよ」
「私の家なんだけど」
お茶を入れなおしてこなければ、お菓子はまだ残っていただろうか。
「この後、宴会があるの」
慧音も魔理沙もブギーマンを誘うが、ブギーマンは、いや、私はいいと、顔を背けていった。幼い子供のような反応だ。金さえ戻ればイイといった。
「少し話などききたいから、ゆっくりしていって」
足止めする方法などいくらでもある。私はやはりこの人間が気になった。それはやはりこうして目の前にして言葉を交わして確信に近いものが芽生えたからだ。
おろしたての服に身を包み、風呂に丁寧に入ってきたのだろうが、やはりブギーマンは臭った。それは垢や汗の溜まった匂いではなく、生臭い、まるで自分の排泄物を嗅いでいるかのような、ものすごい違和感と共に香ってきた。
ブギーマンの体格は、霖之助さんに肉をつけたのかのような、幻想郷ではありえない大きさで、部屋の中に縮こまってブギーマンが足を踏み入れると床は頼りなく軋む。
今日は久しぶりに酒を飲もう。
霊夢が、やたら丁寧に大男を部屋まで案内する。霊夢は最初からあんな男が目当てだったのかなと、霊夢の男の趣味を僕は改めて妙だなと思って唸る。まぁ、顔は整っている方だし、体格もいいとは思うが、それにしても、他の連中をああまでして手痛く返すことはないんじゃないだろうか。親が結婚相手を見繕ってきたら、実は恋人がいました、などという話だったのかもしれない。
「なぁ、慧音」と妻にいう。僕たちはすぐに帰らなくてはならない。生まれたばかりの僕たちの子供が家で待っているからだ。いまは稗田の女手に預けてあるが、子供を置いて親が外で遊びほうけているなどというのは良いことではない。
「さて、そろそろ帰ろうか」
この頓智木騒ぎの結末も見届けたし、霊夢はもうちょっとだけのんびりと生活する時間が必要なのかもしれない。お茶とお菓子をお盆に乗せて運んでいる霊夢は、やはりいつもの霊夢のように見えた。
「あぁ、そうだな」
妻も僕に手を引かれて、「じゃあ」と霊夢たちの方に別れを言おうと振り返る、その時だった。
「あっ」
と口に手を当てた。
「どうした」
「見ろ」
妻が、大男と霊夢を指さす。僕もそちらを観察するが、別に変ったところはない。だが、妻は里では賢者と言われるほど頭のいい女だ、僕が気が付かないようなことが見えているのかもしれない。
「何かあるのか?」
「うっ」
つられて見ていた魔理沙も変な声をあげた。魔理沙が僕よりも観察力に長けているかと言われると、なかなか難しいと思うので、これはどうも女の観察力、女の勘というやつかもしれなかった。
「お前、本当にわからないのか?」
慧音や魔理沙に何度もよく見るように言われたが、僕では何のことかわからない。
「何の事だ?」
「いや、そうか」
妻と魔理沙は顔を見合わせて何度もうなずき、
「そっちのほうがいいのかもしれんな」
「そうかもな」
と神妙な顔で言った。
ともかく、僕は考え込む慧音を引っ張り神社を後にした。
「魔理沙が迷惑かけました」
少女は、ほら、謝って、と金髪の少女の頭を軽くたたいた。
「ごめんなんだぜ☆」
「謝れッ」
「ごめんなさい」
謝る必要はない。だが、どこぞの聖人君子の命の値段が銀貨20枚だったのに、そこらの貧困街に住んでいる私の命が金貨20枚は少し高値だったのだ。実際に金貨20枚戻ってきたわけではなく、ちょっぴり数は減っていたけれど、兎に角戻ってきたのだ。
では、ありがとう、と家に帰ろうとするが、少女に呼び止められた。
「あ、一寸待って」
優し気な聖職者の声だろう。こういう女性の声を聴くのは本当に久しぶりだった。
「今来て、今帰るというのも、少し疲れませんか?」
少女が、お盆に乗せた茶と菓子を私に差し出した。
「お話などしながら」
金貨を懐にしまい込む、目の前の少女たちを見ると、私より先に死んでしまった姉の事を思い出した。頭のいい人だった、もし彼女が今いてくれたら、私もこんなにおちぶれてなどいなかっただろう。しかし、金で家財を取り戻しても、如何すればいいのかなど見当もつかない。この金で家を取り戻しはするけれど、もう完全に生活を元通りにすることはできない。
金を手にしたことで現実に引き戻されていく、この金を使っても、あの生活が戻ってくるわけではなかったのだ。
「どうぞ」
少女から何かを差し出される、隣の金髪の少女は手際よく何かの作法に従ってそれを取る。おそらく何が規律があるのだろうが、私にはそれが何かよくわからない。
私は年をくったけれど、彼女たちとはまるで逆で、まだ大人にはなっていなっていないのだろうと思った。
「なぜ、あの集会に参加しようと思ったの?」
「家族はどうしたの?」
少女の話はとりとめもなく、時には思い出したくもないこともあったが、不思議なもので私は思い出せる限りのことを話した。というよりも、話すこと自体が初めてだったかもしれない、私に興味をもって質問した人間など今までいなかったのだから。
聖職者というのはこういうものか、ふと少女の顔が、昔死んだ姉や母と重なる。
外では、宴会が始まっている。こんな顔では外に出れないから、終わった時に里に戻ろう。なにか、ずっと胸につかえていたものが取れていた気がした。
私は、みっともなく久しい涙を流しながら、すべてを話した。
死んだ姉や母がここにいるかのようだった。
『地を這う生き物』
境内に集まった参加者たちを招き入れる。初日にいた何分の一になるのだろうか、全員で4名いた。霊夢が大げさな遺書に身を包んでふらりと入ってくると、参加者の目がすべて霊夢に注がれる。やや、個を描くように座る彼らの顔ぶれを見て、霊夢は少し落胆した
いない
霊夢は、あの浮浪者がココに並んでいることを期待していた。彼がどういう人間なのか探る最後の機会だろうと、箪笥の奥にしまい込んだ金貨20枚はまだ手付かずのままだ。
地獄の貴族や、天神、鬼の上役などが人間に化けている。皆が皆見目麗しい恰好に身を包んでおり、彼らが言うにはまばゆいほどの財宝を用意しているという。彼等ならば過去にかぐや姫が出題した無理難題の財宝もさらりとそろえるに違いなかった。
だが、霊夢は彼らを目の前にして突然、興味を失ってしまっていることに気が付いた。彼らが何か一言話すごとに、彼等への興味が一つ減っていくようだった。何よりも霊夢が気にくわなかったのは、素顔を偽っていることだ。
大体は紫が霊夢の代わりに話している。霊夢は顔を出してはいるが、喋ることはない。霊夢は、やはり今の生活が好きだ。生活の変貌が目の前まで迫り、ようやく、話したこともない人ならざる者に貰われていく、顔もわからない者にさらわれていくことに嫌気がさした。
霊夢はこっそり紫を手招きする。その仕草に参加者全員の視線が注がれる。参加者の対応に流石に手を焼いていた紫は、霊夢の口元に耳を寄せた。
「一人ずつ話をさせて」
霊夢はそれだけ言うと静かに姿勢を正した。
こんな、化け物どもと私のかわいい霊夢が一対一?
紫は不安いっぱい「それはちょっと待って」というが、霊夢はそれきり紫と視線も合わせなくなり、紫は泣きそうになったので。仕方なく参加者を即席スキマ部屋に通し、一人ずつ霊夢に合わせることにした。
「なぁ、霊夢は大丈夫なのか?」
「だって…」
霖之助と慧音、魔理沙が紫に激しく詰めよる。
「だってもにっちもあるか! 男女二人で結婚前に部屋に閉じ込めるとかお前はそれでも保護者か!おまけにあんな化け物どもに!」
「これだから紫はだめなんだぜ」
と言われたい放題であった。
「わたしだって、だめだっていったもん!」
年増、万年寝太郎、ドジ、酒瓶一つのために土下座女、などと言われたい放題の紫がなんとか反論しようとあれこれ思考をめぐらせるものの、霊夢を危険な場所に一人で放り出したという事実に変わりはないので、目に涙をためて言われるがままになっていた。
「霊夢も、どういうつもりなんだろう」
「霊夢って追いつめられるとワケわからんことするんだよ」
「キレるっていうか」と魔理沙がいう。
まさかあの部屋の中で何かしでかしてないかと3人でハラハラしていると、紫がピクリと反応した。
「出てくるわ」
「どうなったんだ!」
先ほど入った参加者は地獄からやってきた金持ち貴族だ。彼は私財に物を言わせて地獄でものすごくデカい顔をしているし、力のほうもかなりモノだと紫は言う。
その貴族が、半べそをかいて隙間から出てくる。
三人と他の参加者がその様子を口を開けて見送る、その視線を遮るかのように彼は神社の石段を駆け下りていった。
「どうぞ、いらしてください」
霊夢のいやに通る冷たい声が中から聞こえてくる。
その場にいた全員は震えあがった。魔理沙や紫、森近夫妻も含めて。地獄の大妖怪に子供のように半べそをかかせるなどという方法が一体この世のどこにあるというのだろう。
意を決して天神が霊夢の声に従い、スキマ空間に足を踏み入れる。
「なんだ?いまのは・・・」
「だから言ったろ、霊夢ってキレるとやばいんだよ」
「だが、少々胸がすくような気もするな…」
しばらく残った参加者が話し合っていたり、紫がうろうろ歩き回ったりしていると、天神が出てくる。彼の顔は、宇宙の深淵を除いてしまったあげく、正気を失った人間かと見間違えるほどに、うつろ気な顔をしている。視線が定まらず、足元もおぼつかない。
「前のやつはこれよりはましだったな」
「こわ・・・」
やはり、博麗の巫女を猫の子のようにもらい受けるなどというのがそもそもの間違いだったのだ、と天狗の幹部がつぶやいた。そして、その場にいた鬼のお偉いさんは、祟りだ、と手を合わせぶつぶつとなにか唱え始める。天狗の幹部とはいえ、鬼のお偉いさんとはいえ、先ほど正気を奪われた天神と比べると見劣りする。いまきっとあの隙間の中に足を踏み入れたら最後、天狗の婿候補は自慢の羽をかきむしりながら発狂し、鬼は後生地獄一番の臆病者として、これからの余生を送る羽目になるだろう。天狗の婿候補は静かに「体調が優れないもので、うつすといけない」などと言いながら静かに中座した。
「どうぞ、いらしてください」
深淵の底から、女の声がする。嫌に底冷えのする、何を考えているのか全く分からない声色だった。それでいて、どこまでも遠く響くようで、静かな声だった。
森近夫妻が生唾を飲み、魔理沙と紫が顔を見合わせた後、最後に残っていた鬼のお偉いさんに視線を向ける。
もはや人間に変身することも忘れた赤ら顔の鬼は、顔を真っ青にしながらも「もはや引けぬ」と、静かにスキマの中に飲み込まれるように足を運んで行った。
もうこれホラーじゃん、と魔理沙はつぶやく。霖之助は、あれ霊夢ってこんな神話生物みたいな子だったか?と慧音に質問をする。慧音はそんなのしるかと思考をすべて放り投げた。霊夢が一体あの中で何をしているのか紫に尋ねたが、紫は見たくないといってそっぽを向いた。
半刻ほどだろうか、豪奢な衣装の霊夢が隙間から出てきて、残りの者たちに告げた。
「片づけておいて」
霊夢は、服を脱ぎ、いつもの衣装に着替えて、お湯を沸かし始める。でがらしでも入れるつもりなのだろう。魔理沙や森近夫妻が哀れな鬼の姿を確認しに部屋に入ると、鬼は隅で縮こまり、この世のあらゆるものに対しての恐怖心を隠そうともせず、ひたすら震えていた。
「うん、霊夢は恋愛結婚が一番だな」
「そうだな」
「この人たちどうしましょう・・・」
紫は、半狂乱になっている参加者たちを見下ろし、うんうんと唸っていた。
少し肌寒い夕日を眺めながら、私はいつものようにお茶をすする。今日は奮発してようかんを食べている。栗のかけらがはいっている、おいしい奴だ。魔理沙も隣でせんべいをかじっている。
「あ~ぁ、結局失敗だったわねぇ」
「お前、何をどうしたらあんなことになるんだよ…」
「私の夫になる覚悟はあるのかって、ちょっとだけきいてみたの」
「それだけぇ?」
魔理沙はぶるぶると震えはじめた。
「肩にかけるもの持ってくる?」
「そういうのじゃねぇよ、なんて女だ・・・」
「魔理沙が男だったらよかったのにねぇ」
とちょっと百合のようなことを言ってみる。魔理沙は恥ずかしいな馬鹿とでも言ってくれると思ったのに。
「嫌です」
と真顔で言った。何それすごく失礼。
今日は霊夢や魔理沙、慧音も霖之助さんも遅くまでいるらしい。前によくしていたように、アリスや咲夜、早苗や・・・数え切れないほどの友人を呼んで私の前途を祈る宴会をするらしい。
「霊夢」
初恋の人の声がした。今はもう他の人のモノだけれど、今日はこの実らなかった恋のために酒を飲もう。
「残念だったね、今日は」
「そうでもないわ」
あんな腑抜けたち、今わかって正解よ。そういうと、霖之助さんは相変わらずの苦笑で「そうか」といった。
「だが、まだわからないよ」霖之助さんは鳥居の方を指さす。日が暮れそうな時間だったが、一人またやってきた。例の浮浪者だ、だが、今の身なりは少しマシで、汚い帽子は相変わらずだったが、和洋折衷のコート、木綿の絣の着物に角帯、木綿の小倉袴に、皮の靴。コートの下にはやはり何か隠し持っているような歩き方だった。
もうブギーマンとは呼べないかもしれない。
ブギーマンは、帽子を取って挨拶をすると、金貨の話をし始めた。命を助けてもらったはいいが、金貨20枚は高すぎると。本当にブギーマンはあの集会が何のためにあったのか知らなかったのだ。
「まぁあがれよ」
「私の家なんだけど」
お茶を入れなおしてこなければ、お菓子はまだ残っていただろうか。
「この後、宴会があるの」
慧音も魔理沙もブギーマンを誘うが、ブギーマンは、いや、私はいいと、顔を背けていった。幼い子供のような反応だ。金さえ戻ればイイといった。
「少し話などききたいから、ゆっくりしていって」
足止めする方法などいくらでもある。私はやはりこの人間が気になった。それはやはりこうして目の前にして言葉を交わして確信に近いものが芽生えたからだ。
おろしたての服に身を包み、風呂に丁寧に入ってきたのだろうが、やはりブギーマンは臭った。それは垢や汗の溜まった匂いではなく、生臭い、まるで自分の排泄物を嗅いでいるかのような、ものすごい違和感と共に香ってきた。
ブギーマンの体格は、霖之助さんに肉をつけたのかのような、幻想郷ではありえない大きさで、部屋の中に縮こまってブギーマンが足を踏み入れると床は頼りなく軋む。
今日は久しぶりに酒を飲もう。
霊夢が、やたら丁寧に大男を部屋まで案内する。霊夢は最初からあんな男が目当てだったのかなと、霊夢の男の趣味を僕は改めて妙だなと思って唸る。まぁ、顔は整っている方だし、体格もいいとは思うが、それにしても、他の連中をああまでして手痛く返すことはないんじゃないだろうか。親が結婚相手を見繕ってきたら、実は恋人がいました、などという話だったのかもしれない。
「なぁ、慧音」と妻にいう。僕たちはすぐに帰らなくてはならない。生まれたばかりの僕たちの子供が家で待っているからだ。いまは稗田の女手に預けてあるが、子供を置いて親が外で遊びほうけているなどというのは良いことではない。
「さて、そろそろ帰ろうか」
この頓智木騒ぎの結末も見届けたし、霊夢はもうちょっとだけのんびりと生活する時間が必要なのかもしれない。お茶とお菓子をお盆に乗せて運んでいる霊夢は、やはりいつもの霊夢のように見えた。
「あぁ、そうだな」
妻も僕に手を引かれて、「じゃあ」と霊夢たちの方に別れを言おうと振り返る、その時だった。
「あっ」
と口に手を当てた。
「どうした」
「見ろ」
妻が、大男と霊夢を指さす。僕もそちらを観察するが、別に変ったところはない。だが、妻は里では賢者と言われるほど頭のいい女だ、僕が気が付かないようなことが見えているのかもしれない。
「何かあるのか?」
「うっ」
つられて見ていた魔理沙も変な声をあげた。魔理沙が僕よりも観察力に長けているかと言われると、なかなか難しいと思うので、これはどうも女の観察力、女の勘というやつかもしれなかった。
「お前、本当にわからないのか?」
慧音や魔理沙に何度もよく見るように言われたが、僕では何のことかわからない。
「何の事だ?」
「いや、そうか」
妻と魔理沙は顔を見合わせて何度もうなずき、
「そっちのほうがいいのかもしれんな」
「そうかもな」
と神妙な顔で言った。
ともかく、僕は考え込む慧音を引っ張り神社を後にした。
遺書⇒衣装
「ドジ」とかもう端的すぎて笑いがこらえきれなかった
天狗さんがリタイアしたシーンと鬼さんが覚悟を決めたシーンもなんかワロタ
続きが気になります