「ねぇねぇフラン、もし私達の間に赤ちゃんが生まれたとしてさ」
「荷物届くから家に帰るね」
「ここがあなたの帰る家よ」
勢いよく席を立ったフランの手を掴み、
レミリアは「咲夜ぁあ!! クランベリーソースをたっぷりかけたモカパンケーキを早急に!!!」と台所に向かって呼びかけた。
しばしの沈黙。
ゴミにまみれた姉を見るような目で姉を見ていたフランはため息をつきながら席に戻った。
「身の危険を感じる場所を家だと思いたくないんだけど」
「なによいいじゃない別にー。実の妹の間に赤ちゃんが生まれたらっていう話をしてどこが悪いっていうの」
「あえて言うならそれを実の妹の前で話すとこだよ」
時刻は正午。小腹も空くころ。
三時のおやつだからと食堂に集まった姉妹が向かい合わせで座っていた。
◇
本当に偶然だった。
普段は姉に会わないよう時間をずらして咲夜にオヤツをせびりにいくフランだったが、あまりの退屈と小腹の主張からいつもより早めに食堂へ入ってしまい、同じく退屈そうにしていたレミリアと運悪くも遭遇。そのため、今日は大嫌いな姉としぶしぶティータイムを共にするはめになってしまったのだ。
「まぁまぁここは軽いお茶請けに話し合いましょうよ。もしもだから、もーしーも」
「想像もしたくない吐き気がする」
「え、つわりから想定するの?フランは演技派ね」
「ちげぇよばかやろう」
食堂に来たフランの顔を見るなり、レミリアが嬉しそうに相席を促したのがさっきのこと。
それに嫌々ながら従った矢先に――この話題だ。
「あのさお姉様。女同士で赤ちゃんは生まれないし、そもそもお姉様とそういう話をする時点で気持ち悪くてたまらないんだけど」
「えー私は未来のことを想像するのって楽しいけどなー」
「ないよそんな未来」
「妄想するぐらいはいいじゃない!一緒に話してくれるだけで今は満足するから!」
「今はってなに!?」
「よし、じゃあまず私たちの子供の名前を決めましょう!」
「………もういいよ、勝手に喋ってなよ」
いつものことだし、と姉の暴走を寛大に諦めたフランは咲夜が淹れてくれたミルクティーを飲みつつ、持ってきた本を読んで聞き流すことにした。
「そうねー、レミリアとフランドールから文字をとって………フラリアなんてどう?」
「………お姉様にしてはまぁ普通だね」
「いいのよ。本当はもっと私のセンスを放出したいんだけど、やっぱ夫婦の名前から取りたいじゃない?」
「夫婦とか言うな」
「見た目はきっと金髪でー、宝石のような翼があって、普段は不機嫌そうな顔してるんだけど『たはは』って優しく笑う子でー」
「わたしじゃないかなそれ」
「あ、そう? いやーこの世の可愛い要素を集めたらフランになっちゃうのよ。私たちの子供はきっと最高に可愛い子になるだろうし」
「あっそ」
「くっ……反応薄いわね……」
もうちょっと興味持ってよー、と向かいからブーたれた文句が飛ぶ。
しかしフランからしてみればどうでもいい話題であり、ましてや姉との間にできた子供の妄想話など気分悪いことこの上ない。
わざわざ興味をもって付き合ってやる必要はないのだ。
姉の方は向かず、持ってきた本の文字に目を這わせて「へー、ネコさんの血液型って三種類なんだ」とつぶやくも、レミリアはめげずに語り掛けてくる。
「はじめてフラリアを抱っこする時はどんな感じかしらねー……私、泣いちゃう自信があるわ。この子がフランとの愛の結晶なんだーって」
「はいはい」
「そういえばフラリアが女の子か男の子か決めてなかったわね? フランのように可愛く育ってほしいから女の子でいっかー、まぁ男の子でも断然可愛いんだろうけど!」
「そうだね」
「でも女の子の反抗期は激しいみたいだしちょっと不安。まだまだ先の話だけどさー。怖いわよね」
「ふーん」
普段のやりとりと変わらずに適当に相槌を打つのみ。
その様子は実に慣れたもので、常日頃レミリアの求愛行動もとい行き過ぎた愛情表現を受けているフランにとって、今日の妄想話なんていつもの変態行動から比べれば可愛いものだとさえ思っているのが正直。余談だが今月に入ってからフランの使ったフォークやマグカップなどが四点ほど行方不明であり、明日にでもレミリアの部屋に強行突入及び家宅捜査を入れると従者会議で可決されていた。前衛部隊がピリピリしていたのを覚えている。
そんなわけで特段この話題を気にしているわけではなく、はやくパンケーキ食べたいな、とボーっとした頭で考えているフランだった。
――――しかし
「そういえば、母乳はいつまであげればいいのかしらねフラン」
レミリアのこの発言が、フランの油断しきっていた頭にクリーンヒットした。
読んでいた本がバタンと手元から落ちる。
「え、な、なに??」
「いやだから母乳よ母乳。赤ちゃんの時は必要でしょ?」
「ぼっ……!! ぼにゅ……う??」
聞きなれない言葉に戸惑った後に、意味を理解してカーッと顔が紅潮していく。
それでもなんとか平静を装ったふりをして、ソワソワと行き場のない指を遊ばせながら答えた。
「えと……どうだろね? けっこう長いイメージというか、さ」
「まぁ長いと大変そうよね。フランもちゃんと栄養取って体は万全にしないとね」
「そうだね、しっかり赤ちゃんにあげられるように…………って!!ち、ちょっと待ってお姉様!!」
聞き捨てならないセリフを聞き、ここにきて完全に取り乱すフラン。
何事かと眉をひそめるレミリアに上擦った声で確認した。
「わ、わたしが、その………あげる方なの!?」
「そりゃそうよ。フランのお腹から生まれてきたんだから」
「その設定は知らなかったよ!!」
「受け攻めからしてどう考えても受けはフランでしょ」
「ねぇ何言ってんの!?」
「とにかく大変だろうけど手伝えるとこは手伝うから」
「手伝うって……!! ていうか別にほら、母乳じゃなくたってミルクとか作って哺乳瓶で飲ませればいいんじゃないの??」
「ダメよ、既製品に頼り過ぎはよくないわ。母乳には免疫物質が多く含まれてるから赤ちゃんが病気にかかりにくくなる効果があってさらにビタミンバランスが良くて豊富に栄養もとれるし、母体の方にだってオキシトシンという神経伝達ホルモンが授乳の際に分泌されて赤ちゃんに対する幸福感を生み出してくれる働きもあってその上に」
「母乳への知識量がエグいよ!! なんでそこだけ仕上がってんの!?」
「いや、待てよ?母乳をあげるとはつまりフランの胸を常時独り占めされるわけで…………私、自分の子を愛せるかしら……」
「育児ノイローゼがしょーもない!!」
妹の滑らかすぎる胸を凝視して忌々しそうに爪を噛んでいるレミリア。
自分さえ触れたことのない聖なる平地に娘といえど踏み込ませることになるのか。
親になるとはこういうことか、と改めて子育ての難しさを実感していた。
しばらく葛藤していたものの、ようやく諦めたように息を吐く
「しょうがないから母乳の件はこの子の栄養のためにも我慢するわ。やっぱり大切だもの」
「ほんと大人げないよお姉様」
「でもフラン、これで母乳が大切だってのはわかったでしょ?」
「え? あー……まぁ、そうみたいだけど……」
「そうよ。だからあなたはフラリアにしっかり母乳をあげてちょうだいね? いい? 責任は重大よ? 成長にかかわるんだから」
「わ、わかったよ。頑張ってみる…………ん?」
納得しかけたフランの頭に、なにか丸めこまれているような違和感が掠める。
「どうしたのフラン、ちゃんと集中して話し合いましょ?私達の子供の大事な話なんだから」
「……ごめん、なんでもない。そうだよね」
「じゃあ今度はフラリアの学業についてだけど、どうする?」
「えーと、じゃあ、人里にある寺子屋さんに通わせるのはどうかな? その……友達とか作ってあげられるかもだし」
「寺子屋? あぁ、半人半獣の者がやってるやつね。でもあそこは人の子を専門に教えてるんじゃなかったかしら」
「そっか……じゃあわたしたちの子は難しいかな……」
寂しそうな表情をするフランに気付き、レミリアが安心させるようにそっと手を重ねた。
「………いいえ。そんなことない。私が交渉してみるわ」
「お姉様……」
「とりあえず通えることを前提に話しましょ。じゃあ……毎日のお弁当とか必要になるのかしら」
「そうだね。もうそのころには離乳食も卒業して、自分で外に出て、クラスの子と一緒にお昼ご飯とか食べるのかなぁ……」
「フフ、それだったらお弁当は上質な血液をふんだんに使った料理を入れましょう。この頃から吸血鬼として味のわかる子にしなくちゃ」
咲夜にも頑張ってもらわないとね、とレミリアは微笑ましそうに、娘が笑いながら友達と食事をする光景を思い浮かべた。
しかしここで、さっきまで一緒になって微笑んでいた妹が眉をしかめた
「お姉様、ちょっと待って」
「ん?なにかしらフラン」
「お弁当持参ってことは周りもお弁当を持ってきてるってことだよ?だったら他の子とほら、オカズを交換することがあるかもじゃんか。その時に血液とか困るでしょ」
「あー……まぁ……」
「血なんて、べつに毎回摂らなくたっていいわけだし、皆と食べるお昼のお弁当ぐらいは入れなくていいと思うんだけど」
「そう、ね!で、でもせめてお弁当は豪華な物じゃないとダメよ?キチッと周りとの差をつけなきゃ格式高い吸血鬼にはなれないわ 」
「………まだわかってなかったの?」
フランは目を細めてレミリアを睨み付ける。
急に雰囲気の変わった妹を前に自然と背筋が伸びる。
同時に背中からぶわっと汗の存在を感じた。
(な、なに、この圧力……!! まさか、これが)
今までも数え切れないほどにフランに睨まれ、蔑まれ、怒られてきたレミリアだったが
今回は何か違う。
決して抗ってはいけない次元の違う威圧。
妖力でも魔力でもない、生物がDNAで逆らえないようになっているほどの圧倒的な力をまとっている
そうこれは、子を想う母の力――
(――母性本能!)
「協調性とか友達作りとか、そういうのも学ばせるために寺子屋さんに行かせるんでしょ? さっき言ったよね?」
「は、はい!」
「だったら他の子と違うような装いとかはなるべく避けなきゃいけないんじゃないの?」
「そのとおりです!」
「わたしはね、社交性もそうだしなにより、友達の作り方っていうのを小さい頃からフラリアに身に着けてほしいんだよ」
「う……確かに大事なことね。で、でも少しは」
「とにかく!」
レミリアの声を遮り、バン、と締めるように軽く机を叩くと、
フランは恥ずかしそうに顔をそっぽへ向ける。
「フラリアの通学に関してはわたし達がしっかり管理するべきだよ。 だから、その、持っていくお弁当はわたしが作るから」
「あ……え!!? フランが!?」
「だ、だってわたし達の子供なんだから咲夜ばっかりに任せたら悪いし……なるべくなら母親が作った方がいいでしょ」
「マジ!? よっしゃぁああッ!!! フランの手作り弁当が毎日食べられるのね!!!」
「なにそのテンション!? ていうかお姉様には作らないよ? 寺子屋に通ったりしないじゃん!」
「えー。私だって霊夢のとこに遊びに行く時とか遠出することがあるでしょ?」
レミリアがそう言うと、途端にフランの顔がムスッと不満げになる
「…………ぜっったいに作んない。咲夜に頼めばいいじゃんバカ」
「な、なんで怒ってんの?」
「うっさい……とにかくもっと長い目でフラリアのことを考えて。このままのお姉様の教育じゃ不良になるかもだよ」
「なっ!そんな……私達の子が……不良……!!」
不良という言葉がのしかかり、途端にさっきまでの幸せな光景は消えてレミリアの体が恐怖で震え出す。
脳裏に浮かぶのは
ただでさえ少ない紅魔館の窓という窓を壊してまわり、
盗んだナイフを持って走り出し、ギザギザなハートを作っては触れるものみな傷つける娘の姿
――自分のせいであんなに可愛かった娘が、悪い子に……
絶望に頭を抱えるレミリアに「お姉様っ!!」と声が投げられた。
顔を上げると目の前には、凛とすました妹の姿。
いや、子を持つ親の使命感を背負った、母の姿だった。
「しっかりしてよお姉様。大丈夫、そんなことにはさせないから」
「フラン……」
「お姉様の言う、種族としての格式だとか礼節はあくまで家の問題でしょ?寺子屋ではそんなの持ち込まないでいいし、普通に友達作ってそこでしか学べないことを学んでもらったほうがフラリアには良いと思うよ?わたしが考えるに教育っていうのはさ――――」
◇
すっかり日も落ちた、夕刻の時間。
紅魔館の食堂へと続く廊下を 美鈴・パチュリー・小悪魔の三人が歩いていた。
「いや~、一日中外にいるとお腹空きますよねパチュリー様。ところで今日の夕飯は揚げ出し豆腐だったら嬉しくないですか? あーでも時期的に冷ややっこも涼し気で良いです。まぁ私としては湯豆腐の芯から温まる感じも好きなんですよねぇ。 ところでパチュリー様は豆腐は絹ごし派ですか? 木綿派ですか? それとも湯葉派ですか?」
「やだなに怖い。豆腐に命を救われたことでもあるの?」
「そうですね……あれは昔、まだパチュリー様が魔法というのを信じていた頃……」
「いや今も信じてるから。そこを疑ったら魔女やってらんないから」
「えーッ!! パチュリーさま魔法を信じてないんですかッ!? 大丈夫ですよ絶対にありますから!!」
「ほらウチの使い魔バカなんだから真に受けちゃったじゃない」
ガヤガヤと並んで歩く三人。図書館と外、常在している場所は違っていても夕飯の時間は一緒のため、こうやって廊下ではち合わすことが多い。
それぞれ昼食もおやつもバラバラの時間だが、夕食だけはみんな一緒に食べるのが紅魔館のルールである。
昼間は某魔法使いが外門を強行突破してきたり、某魔法使いが図書館を襲撃したりでなにかと疲れることの多い日々だが夕食の時間だけは喧騒も何もない。
穏やかに紅魔館住民だけで過ごせるこの時間を三人はとても楽しみにしていた。
だから今日とて変わらない。
いつものように咲夜の作る夕食のメニューを三人で予想しつつ、美味しい料理と和やかな歓談を心待ちに。
先頭の美鈴が食堂の扉を開けた。
「そんな結婚が認められるか!! フラリアを嫁に出すつもりはない!!」
「だからお姉様のワガママで束縛するのはやめて!! あの子が自分で選んだ相手なんだからわたし達が認めないでどうすんのよ!!」
「だが誰でも良いというわけではないだろう!? フラリアは純血の吸血鬼だぞ!? 相手の家柄や種族にも目をつけて、きちんと釣り合うような相手でなくてはきっと幸せになれない!! 友達を作るのとは違うんだ!!」
「……ッ…バっっカみたい!そんなの建前でしかないくせに!! ホントはただあの子を手放したくないだけでしょ!!」
食堂の真ん中、レミリアとフランドールが机に乗り出す勢いで口論をしていた。
「お姉様は手元に置くことでしか大事に思えないの!? 自分から離れたら愛することができないってこと!!?」
「そうは言ってないっ!!」
「そういうことだよ!! 子供の選ぶ道を作ってあげるのはわたしら親の仕事だけど、進み方を決めるのはあの子自身なんだよ!!」
「………」
あまりの勢いに三人はポカン、とその場で立ちつくしてしまった。
それでもこちらを置き去りに、姉妹はヒートアップしていく。
「う……! でもフランは、悲しくないの? 昔はあんなに無邪気な笑顔で、レミリアお母さんが、フランお母さんが大好きだって。私達とずっと一緒にいるって言ってたのよ?」
「………」
「あの子が、嫌いなセロリを初めてお弁当で残さなくなったこと覚えてる?毎日のようにあなたは試行錯誤して、なんとか食べてもらえるように工夫してたでしょ。あの時のフラン、台所で飛び上がって喜んでたじゃない」
「…………」
「寺子屋の卒業式も懐かしいわね。ちょっと反抗期も始まってて、私やフランに『見に来ないでっ』とか言ったりして。あの時は私達も少し落ち込んだけどそれでもこっそり見に行ったりしてさ。でも最後に将来の夢を発表した時にあの子、『大人になったらお母さんたちみたいな立派な吸血鬼になる』って。そう言ってくれたでしょ。それを聞いたフランがわんわん泣いちゃって、しばらく涙止まらなくって大変だったわよね」
「……………」
「咲夜に料理を教わって初めて手料理をご馳走してくれたり、成人したフラリアがお酒を飲んですぐ酔っ払っちゃったり、ほかにもいっぱい……」
「…………なんで」
もはや二人だけの空間でフランの震えた声が響く。
「なんで、そんなこと言うの?そんなの………わたしだって寂しいに決まってるじゃんかッ!!! それでも!!………それでも、あの子の、母親として……」
「フラン……?」
俯いたまま言葉に詰まったフランは ガタン、と席を立った。
顔を上げてなにかをこらえるように唇を結ぶフラン。そして正面に座るレミリアを睨みつける瞳には、零れるほどの涙が浮かんでいた。
「もういいッ!!! お姉様なんか知らないっ!!」
引き留めるレミリアの声を振り切るようにフランは扉に向かって走り出した。
真珠のような涙だけを軌跡にして、違える想いを抱えたまま。
〝我が子の幸せを思う気持ちは一緒なのにどうしてわかりあえないのか〟
フランの脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた
理性と感情は別物だ。
親ならば子供のために感情は抑えるべきで、その子の進む道を決して否定してはいけない。結婚ならばなおさらだ。
お姉様は感情ばかりで、だけどもその気持ちは痛いほどわかってて、でもわかった上で祝福してあげるべきなんだ。
そのはずなのに、自分はこうやってまた、結局は理性を保てずに感情のまま行動してしまった。
わたしもお姉様のことを言える立場じゃない。
それでも
共に進んだすべてを、姉や子供、自分の全部を否定したくなくて。
フランは駆け出すことを止められなかった――
――――はずだったが、駆け出した先に呆然と突っ立っている三人を見つけてフランはしっかり止まった。
「………」
「………」
みんなと見つめ合うこと5秒。
理性を取り戻して3秒
とりあえず、全部を否定した
「ち、ちが……違うからッッ!!!!」
◇
「うん、まぁ私もフランも演技派というか周りが見えなくなるタイプというかね」
「あぁー……もうほんとヤダなにやってんダロワタシ……今日という日を壊したイ……」
「だ、大丈夫ですよフラン様!!」
ひと悶着はあったが今はなんとか落ち着いたようで、長机にレミリア・美鈴・パチュリー、向かいにはフランと小悪魔が座っている。
食堂の奥からは咲夜が夕飯を作っている音が聞こえた。
眼の光を失い、不自然に手を開いたり閉じたりしているフランを小悪魔が必死になだめるのを横目に、パチュリーがため息をつきながらまとめる。
「つまり自分たちの子供のことを妄想してたら止まらなくなったと」
「いやー楽しくてさ。ねー? フラン」
「うるさい!! もとはといえばお姉様がこんな話題を出さなきゃ」
「はいはいあんたらの姉妹げん……夫婦喧嘩はもういいから」
「姉妹で合ってる!!」
茶化してくるパチュリーに、今にも噛みつきそうなフラン。
この姉妹の争い事 (9:1でレミリアが悪い、てか一方的なセクハラ) は見慣れているため、さきほどの剣幕自体には誰も驚きはしない。
特にパチュリーは姉妹どちら側にも味方できる立場で (9:1でフランの味方、てか完全な被害者) いわゆる仲裁としての役割を常に担っているために2人の扱いに慣れてしまったのだろう。すでにイジる方向へシフトチェンジしている。
頬杖をつきながら美鈴がつぶやいた。
「でもいいですよねー子供って。無邪気で可愛くて、自分の子供だったらなおさらですよきっと」
「そうなのよ!妄想だけど可愛くてしょうがなかったわ」
「庭に遊びに来てくれる妖精も子供みたいなものですし、見てて癒されますよね」
「ふーん、美鈴って子供が好きだよね」
フランの言葉に美鈴は恥ずかしそうに頭をかいた
「やっぱ長いこと同じ場所にいると風景に飽きちゃうっていうか。だから表情や行動が豊かな、小さい子がそばにいると楽しくて」
「そうかしら? 図書館に子供がいたら煩わしいったらないけど。そうよねレミィ? ね?ね?」
「なんだそのバカにしてる目は!子供じゃねぇしお前より年上だぞ!結婚予定もあるし!そうよねフラン? ね?ね?」
「こっち見んな!!」
「まぁ子供が欲しいなら結婚するしかないですからね」
「それは確定してるわ美鈴! ケーキ入刀だってさっき済ませたんだから」
「お、ウェディングケーキですか?」
「ただのパンケーキだから!! 切り分けただけだし!」
「はいはい、皆さん夕飯ですよ」
ちょうどタイミング良く、ガラガラと配膳台を押してきた咲夜が号令をする
いつもは涼し気な顔して食事を持ってくるのだが、今日はずっと姉妹の子育て妄想話を厨房で聞いていたためどこか生暖かい笑顔をしている。
「ふふ、まだその話してたんですか?」
「さ、咲夜まで……。もうしない!! しないし」
「そうね。どうせその日がきたらまた夫婦で悩んだり話し合ったりしなくちゃいけないしね」
「そんな日は絶対来ないッ!! だいたい…」
「おお! 咲夜さん!この匂いはもしかして」
フランの言葉を遮るように、美鈴が唐突に声を上げる。
その反応に気分を良くした咲夜は得意げにほくそ笑んだ。
「さすが美鈴。気づいてくれたのね。そう、今夜の夕食は」
皆の注目を集める中、パチン、と指を鳴らす。
「揚げだし豆腐と冷ややっこ、そして湯豆腐です」
そう言うと瞬く間に、机の上にそれそれ一皿づつの冷ややっこと揚げ出し豆腐が現れた。
そして中央にドン、と置かれた土鍋。ぐつぐつと泡が昇り弾ける音が食卓を包み込む。
「やったッ!! パチュリー様、当たりましたよ!!!」
「いやいやいやおかしいでしょ。これらの一品だけ夕飯に出てくるならともかく豆腐のトリプルエースはありえないでしょ」
「精進料理って感じですね」
「修行僧でももうちょっとレパートリーあるわよ……というかよく匂いで分かったわね。香りの主張はほぼ皆無のメニューなのに」
「すいませんパチュリー様。今日は豆腐が投げ売りされてて安かったんです」
「いいじゃないパチェ。あんた座って文字読んでるだけなんだから精進料理でちょうどいいでしょ。ね? フラン」
「……!……そ、そうかもね。とりあえず食べようよ! ほら、パチュリー、ほら!」
なぜか無理やりに促されたパチュリーも最初は怪訝そうにしてたものの、出された豆腐料理を一口ずつ食べていく。
それぞれをムグムグと無表情で咀嚼をし、やがて小さく飲み込む音が聞こえた。
「……まぁ美味しいけど」
「ほらね。咲夜が作るんだから当たり前よ」
「作るって……これ、ほぼ素材のままだしてるだけじゃない」
「厳選された上質な素材だけの豆腐はそれだけで美味しいってことでしょ」
「さっき投げ売りしてたとか言ってなかった?」
「それに豆腐には豊富な栄養があるわ。咲夜は私達の健康を考えて出してくれてるのよ。愛よ、愛」
「そうですよ。この十六夜咲夜、料理に手は抜いても愛情は抜きませんわ」
「誰かこの子を強めに叩いてくれない?」
言い合いながらも和気あいあいと食事が進み、やっといつも通りになった紅魔館の食卓風景。
そんな中で一際に安堵の表情を浮かべている人物がいた。
(よしよし……)
ほっと胸を撫で下ろしたフラン。
一時は地下室への本格的引きこもりを考えもしたが、今のところその必要はなさそうだ。
(咲夜の料理に注目がいったみたいだし、このまま今日のことを忘れてくれるといいけど)
最初の反応からわかる通り、ここの連中は悪ノリに関しては他の勢力を寄せ付けないほどのしつこさを備えている。
今日の事件なんて奴らにとって絶好のからかいネタなのだが、姉のレミリアはこの件に関してはイジられてちょっと喜んでる節があるから余計にタチが悪い。しかし、こいつらは興味の湧く事柄が他に起こればすぐにそっちへ移行するのである意味扱いやすいところもある。さすがあのダメ姉の元に集まった連中だ。根底が似ている。
(あぁー…でも今日は油断したなぁ)
そもそも自分があんな子育て妄想に熱中していた事実がいまだに信じられない。まず姉と結婚とかありえないし、ましてや子供なんてファンタジーもいいところ。
「今日は本当にどうかしてたんだ」とフランは苦笑いを浮かべ、同時に自分が今やるべきことを整理していく。
(とにかく今夜は話題を逸らしつつやり過ごして……明日には誰も気にしないよね)
皆が忘れかかってる今、間違っても今日の痴態を蒸し返すようなことをしてはならない。
よって自分もなるべく記憶から消していこうと。
二度とあんな恥ずかしい話をしないと、固く誓ったのだった。
そんなことを考えている中、
目の前にいたレミリアがちょいちょいと手招きをしていた。
「ごめんフラン。そこの醤油取ってくれる?」
「……は? もう、自分で取ってよ………まったく」
悪態をつきながらもフランは醤油差しをとると、レミリアに渡すために手を伸ばす。
そして面倒くさそうに声をかけた。
「はい、あなた」
箸を動かしていた皆の手が ピタリ、と止まった。
賑やかに飛び交っていた声も止んで、レミリアも「ありがとう」と言うつもりだった「あ」の形で口が固まっていた。
「なに……?」
その光景をみて不思議そうな顔をするフランだったが、すぐに失言に気付いた。
「あ……」
小さく声を零してから コトン、と握っていた醤油差しがテーブルに落ちる。
皆の唖然とした視線が自分に向けられていた。
「いや…………ち……ッ…」
徐々に顔が熱くなり、こみあげてくる羞恥に目が潤みだす。
そして一瞬のうちに耳まで真っ赤になると
「ちがぁぁあぁああああああう!!!」
―――本日2度目の全否定が、紅魔館内に響き渡った。
◇
その後に食堂を飛び出したフランは地下室へ直行。
皆が追いついたころには扉の前に「実家に帰らせて頂きます」との札が掛けてあった。
「ふらぁぁあん出てきてぇぇえ!!だからあなたの帰る実家はここだってばぁぁあ!! ねぇ別居?? これが別居なの!??」
「レミィ、この場合は家庭内別居というんじゃないかしら」
「ちょっと違うんじゃないですかね。あーあ、夫婦の心離れは子供に悪影響を与えますよ」
「美鈴の言うとおりです。このままじゃ離婚も待ったなしですね」
「えっ!? じゃ、じゃあフラリアちゃんの親権はどっちに」
「ああぁぁもうッ!! いいからほっといてよぉぉお!!!」
それから次の日の夕飯まで、プチ引きこもりを決め込むフランだった。
「荷物届くから家に帰るね」
「ここがあなたの帰る家よ」
勢いよく席を立ったフランの手を掴み、
レミリアは「咲夜ぁあ!! クランベリーソースをたっぷりかけたモカパンケーキを早急に!!!」と台所に向かって呼びかけた。
しばしの沈黙。
ゴミにまみれた姉を見るような目で姉を見ていたフランはため息をつきながら席に戻った。
「身の危険を感じる場所を家だと思いたくないんだけど」
「なによいいじゃない別にー。実の妹の間に赤ちゃんが生まれたらっていう話をしてどこが悪いっていうの」
「あえて言うならそれを実の妹の前で話すとこだよ」
時刻は正午。小腹も空くころ。
三時のおやつだからと食堂に集まった姉妹が向かい合わせで座っていた。
◇
本当に偶然だった。
普段は姉に会わないよう時間をずらして咲夜にオヤツをせびりにいくフランだったが、あまりの退屈と小腹の主張からいつもより早めに食堂へ入ってしまい、同じく退屈そうにしていたレミリアと運悪くも遭遇。そのため、今日は大嫌いな姉としぶしぶティータイムを共にするはめになってしまったのだ。
「まぁまぁここは軽いお茶請けに話し合いましょうよ。もしもだから、もーしーも」
「想像もしたくない吐き気がする」
「え、つわりから想定するの?フランは演技派ね」
「ちげぇよばかやろう」
食堂に来たフランの顔を見るなり、レミリアが嬉しそうに相席を促したのがさっきのこと。
それに嫌々ながら従った矢先に――この話題だ。
「あのさお姉様。女同士で赤ちゃんは生まれないし、そもそもお姉様とそういう話をする時点で気持ち悪くてたまらないんだけど」
「えー私は未来のことを想像するのって楽しいけどなー」
「ないよそんな未来」
「妄想するぐらいはいいじゃない!一緒に話してくれるだけで今は満足するから!」
「今はってなに!?」
「よし、じゃあまず私たちの子供の名前を決めましょう!」
「………もういいよ、勝手に喋ってなよ」
いつものことだし、と姉の暴走を寛大に諦めたフランは咲夜が淹れてくれたミルクティーを飲みつつ、持ってきた本を読んで聞き流すことにした。
「そうねー、レミリアとフランドールから文字をとって………フラリアなんてどう?」
「………お姉様にしてはまぁ普通だね」
「いいのよ。本当はもっと私のセンスを放出したいんだけど、やっぱ夫婦の名前から取りたいじゃない?」
「夫婦とか言うな」
「見た目はきっと金髪でー、宝石のような翼があって、普段は不機嫌そうな顔してるんだけど『たはは』って優しく笑う子でー」
「わたしじゃないかなそれ」
「あ、そう? いやーこの世の可愛い要素を集めたらフランになっちゃうのよ。私たちの子供はきっと最高に可愛い子になるだろうし」
「あっそ」
「くっ……反応薄いわね……」
もうちょっと興味持ってよー、と向かいからブーたれた文句が飛ぶ。
しかしフランからしてみればどうでもいい話題であり、ましてや姉との間にできた子供の妄想話など気分悪いことこの上ない。
わざわざ興味をもって付き合ってやる必要はないのだ。
姉の方は向かず、持ってきた本の文字に目を這わせて「へー、ネコさんの血液型って三種類なんだ」とつぶやくも、レミリアはめげずに語り掛けてくる。
「はじめてフラリアを抱っこする時はどんな感じかしらねー……私、泣いちゃう自信があるわ。この子がフランとの愛の結晶なんだーって」
「はいはい」
「そういえばフラリアが女の子か男の子か決めてなかったわね? フランのように可愛く育ってほしいから女の子でいっかー、まぁ男の子でも断然可愛いんだろうけど!」
「そうだね」
「でも女の子の反抗期は激しいみたいだしちょっと不安。まだまだ先の話だけどさー。怖いわよね」
「ふーん」
普段のやりとりと変わらずに適当に相槌を打つのみ。
その様子は実に慣れたもので、常日頃レミリアの求愛行動もとい行き過ぎた愛情表現を受けているフランにとって、今日の妄想話なんていつもの変態行動から比べれば可愛いものだとさえ思っているのが正直。余談だが今月に入ってからフランの使ったフォークやマグカップなどが四点ほど行方不明であり、明日にでもレミリアの部屋に強行突入及び家宅捜査を入れると従者会議で可決されていた。前衛部隊がピリピリしていたのを覚えている。
そんなわけで特段この話題を気にしているわけではなく、はやくパンケーキ食べたいな、とボーっとした頭で考えているフランだった。
――――しかし
「そういえば、母乳はいつまであげればいいのかしらねフラン」
レミリアのこの発言が、フランの油断しきっていた頭にクリーンヒットした。
読んでいた本がバタンと手元から落ちる。
「え、な、なに??」
「いやだから母乳よ母乳。赤ちゃんの時は必要でしょ?」
「ぼっ……!! ぼにゅ……う??」
聞きなれない言葉に戸惑った後に、意味を理解してカーッと顔が紅潮していく。
それでもなんとか平静を装ったふりをして、ソワソワと行き場のない指を遊ばせながら答えた。
「えと……どうだろね? けっこう長いイメージというか、さ」
「まぁ長いと大変そうよね。フランもちゃんと栄養取って体は万全にしないとね」
「そうだね、しっかり赤ちゃんにあげられるように…………って!!ち、ちょっと待ってお姉様!!」
聞き捨てならないセリフを聞き、ここにきて完全に取り乱すフラン。
何事かと眉をひそめるレミリアに上擦った声で確認した。
「わ、わたしが、その………あげる方なの!?」
「そりゃそうよ。フランのお腹から生まれてきたんだから」
「その設定は知らなかったよ!!」
「受け攻めからしてどう考えても受けはフランでしょ」
「ねぇ何言ってんの!?」
「とにかく大変だろうけど手伝えるとこは手伝うから」
「手伝うって……!! ていうか別にほら、母乳じゃなくたってミルクとか作って哺乳瓶で飲ませればいいんじゃないの??」
「ダメよ、既製品に頼り過ぎはよくないわ。母乳には免疫物質が多く含まれてるから赤ちゃんが病気にかかりにくくなる効果があってさらにビタミンバランスが良くて豊富に栄養もとれるし、母体の方にだってオキシトシンという神経伝達ホルモンが授乳の際に分泌されて赤ちゃんに対する幸福感を生み出してくれる働きもあってその上に」
「母乳への知識量がエグいよ!! なんでそこだけ仕上がってんの!?」
「いや、待てよ?母乳をあげるとはつまりフランの胸を常時独り占めされるわけで…………私、自分の子を愛せるかしら……」
「育児ノイローゼがしょーもない!!」
妹の滑らかすぎる胸を凝視して忌々しそうに爪を噛んでいるレミリア。
自分さえ触れたことのない聖なる平地に娘といえど踏み込ませることになるのか。
親になるとはこういうことか、と改めて子育ての難しさを実感していた。
しばらく葛藤していたものの、ようやく諦めたように息を吐く
「しょうがないから母乳の件はこの子の栄養のためにも我慢するわ。やっぱり大切だもの」
「ほんと大人げないよお姉様」
「でもフラン、これで母乳が大切だってのはわかったでしょ?」
「え? あー……まぁ、そうみたいだけど……」
「そうよ。だからあなたはフラリアにしっかり母乳をあげてちょうだいね? いい? 責任は重大よ? 成長にかかわるんだから」
「わ、わかったよ。頑張ってみる…………ん?」
納得しかけたフランの頭に、なにか丸めこまれているような違和感が掠める。
「どうしたのフラン、ちゃんと集中して話し合いましょ?私達の子供の大事な話なんだから」
「……ごめん、なんでもない。そうだよね」
「じゃあ今度はフラリアの学業についてだけど、どうする?」
「えーと、じゃあ、人里にある寺子屋さんに通わせるのはどうかな? その……友達とか作ってあげられるかもだし」
「寺子屋? あぁ、半人半獣の者がやってるやつね。でもあそこは人の子を専門に教えてるんじゃなかったかしら」
「そっか……じゃあわたしたちの子は難しいかな……」
寂しそうな表情をするフランに気付き、レミリアが安心させるようにそっと手を重ねた。
「………いいえ。そんなことない。私が交渉してみるわ」
「お姉様……」
「とりあえず通えることを前提に話しましょ。じゃあ……毎日のお弁当とか必要になるのかしら」
「そうだね。もうそのころには離乳食も卒業して、自分で外に出て、クラスの子と一緒にお昼ご飯とか食べるのかなぁ……」
「フフ、それだったらお弁当は上質な血液をふんだんに使った料理を入れましょう。この頃から吸血鬼として味のわかる子にしなくちゃ」
咲夜にも頑張ってもらわないとね、とレミリアは微笑ましそうに、娘が笑いながら友達と食事をする光景を思い浮かべた。
しかしここで、さっきまで一緒になって微笑んでいた妹が眉をしかめた
「お姉様、ちょっと待って」
「ん?なにかしらフラン」
「お弁当持参ってことは周りもお弁当を持ってきてるってことだよ?だったら他の子とほら、オカズを交換することがあるかもじゃんか。その時に血液とか困るでしょ」
「あー……まぁ……」
「血なんて、べつに毎回摂らなくたっていいわけだし、皆と食べるお昼のお弁当ぐらいは入れなくていいと思うんだけど」
「そう、ね!で、でもせめてお弁当は豪華な物じゃないとダメよ?キチッと周りとの差をつけなきゃ格式高い吸血鬼にはなれないわ 」
「………まだわかってなかったの?」
フランは目を細めてレミリアを睨み付ける。
急に雰囲気の変わった妹を前に自然と背筋が伸びる。
同時に背中からぶわっと汗の存在を感じた。
(な、なに、この圧力……!! まさか、これが)
今までも数え切れないほどにフランに睨まれ、蔑まれ、怒られてきたレミリアだったが
今回は何か違う。
決して抗ってはいけない次元の違う威圧。
妖力でも魔力でもない、生物がDNAで逆らえないようになっているほどの圧倒的な力をまとっている
そうこれは、子を想う母の力――
(――母性本能!)
「協調性とか友達作りとか、そういうのも学ばせるために寺子屋さんに行かせるんでしょ? さっき言ったよね?」
「は、はい!」
「だったら他の子と違うような装いとかはなるべく避けなきゃいけないんじゃないの?」
「そのとおりです!」
「わたしはね、社交性もそうだしなにより、友達の作り方っていうのを小さい頃からフラリアに身に着けてほしいんだよ」
「う……確かに大事なことね。で、でも少しは」
「とにかく!」
レミリアの声を遮り、バン、と締めるように軽く机を叩くと、
フランは恥ずかしそうに顔をそっぽへ向ける。
「フラリアの通学に関してはわたし達がしっかり管理するべきだよ。 だから、その、持っていくお弁当はわたしが作るから」
「あ……え!!? フランが!?」
「だ、だってわたし達の子供なんだから咲夜ばっかりに任せたら悪いし……なるべくなら母親が作った方がいいでしょ」
「マジ!? よっしゃぁああッ!!! フランの手作り弁当が毎日食べられるのね!!!」
「なにそのテンション!? ていうかお姉様には作らないよ? 寺子屋に通ったりしないじゃん!」
「えー。私だって霊夢のとこに遊びに行く時とか遠出することがあるでしょ?」
レミリアがそう言うと、途端にフランの顔がムスッと不満げになる
「…………ぜっったいに作んない。咲夜に頼めばいいじゃんバカ」
「な、なんで怒ってんの?」
「うっさい……とにかくもっと長い目でフラリアのことを考えて。このままのお姉様の教育じゃ不良になるかもだよ」
「なっ!そんな……私達の子が……不良……!!」
不良という言葉がのしかかり、途端にさっきまでの幸せな光景は消えてレミリアの体が恐怖で震え出す。
脳裏に浮かぶのは
ただでさえ少ない紅魔館の窓という窓を壊してまわり、
盗んだナイフを持って走り出し、ギザギザなハートを作っては触れるものみな傷つける娘の姿
――自分のせいであんなに可愛かった娘が、悪い子に……
絶望に頭を抱えるレミリアに「お姉様っ!!」と声が投げられた。
顔を上げると目の前には、凛とすました妹の姿。
いや、子を持つ親の使命感を背負った、母の姿だった。
「しっかりしてよお姉様。大丈夫、そんなことにはさせないから」
「フラン……」
「お姉様の言う、種族としての格式だとか礼節はあくまで家の問題でしょ?寺子屋ではそんなの持ち込まないでいいし、普通に友達作ってそこでしか学べないことを学んでもらったほうがフラリアには良いと思うよ?わたしが考えるに教育っていうのはさ――――」
◇
すっかり日も落ちた、夕刻の時間。
紅魔館の食堂へと続く廊下を 美鈴・パチュリー・小悪魔の三人が歩いていた。
「いや~、一日中外にいるとお腹空きますよねパチュリー様。ところで今日の夕飯は揚げ出し豆腐だったら嬉しくないですか? あーでも時期的に冷ややっこも涼し気で良いです。まぁ私としては湯豆腐の芯から温まる感じも好きなんですよねぇ。 ところでパチュリー様は豆腐は絹ごし派ですか? 木綿派ですか? それとも湯葉派ですか?」
「やだなに怖い。豆腐に命を救われたことでもあるの?」
「そうですね……あれは昔、まだパチュリー様が魔法というのを信じていた頃……」
「いや今も信じてるから。そこを疑ったら魔女やってらんないから」
「えーッ!! パチュリーさま魔法を信じてないんですかッ!? 大丈夫ですよ絶対にありますから!!」
「ほらウチの使い魔バカなんだから真に受けちゃったじゃない」
ガヤガヤと並んで歩く三人。図書館と外、常在している場所は違っていても夕飯の時間は一緒のため、こうやって廊下ではち合わすことが多い。
それぞれ昼食もおやつもバラバラの時間だが、夕食だけはみんな一緒に食べるのが紅魔館のルールである。
昼間は某魔法使いが外門を強行突破してきたり、某魔法使いが図書館を襲撃したりでなにかと疲れることの多い日々だが夕食の時間だけは喧騒も何もない。
穏やかに紅魔館住民だけで過ごせるこの時間を三人はとても楽しみにしていた。
だから今日とて変わらない。
いつものように咲夜の作る夕食のメニューを三人で予想しつつ、美味しい料理と和やかな歓談を心待ちに。
先頭の美鈴が食堂の扉を開けた。
「そんな結婚が認められるか!! フラリアを嫁に出すつもりはない!!」
「だからお姉様のワガママで束縛するのはやめて!! あの子が自分で選んだ相手なんだからわたし達が認めないでどうすんのよ!!」
「だが誰でも良いというわけではないだろう!? フラリアは純血の吸血鬼だぞ!? 相手の家柄や種族にも目をつけて、きちんと釣り合うような相手でなくてはきっと幸せになれない!! 友達を作るのとは違うんだ!!」
「……ッ…バっっカみたい!そんなの建前でしかないくせに!! ホントはただあの子を手放したくないだけでしょ!!」
食堂の真ん中、レミリアとフランドールが机に乗り出す勢いで口論をしていた。
「お姉様は手元に置くことでしか大事に思えないの!? 自分から離れたら愛することができないってこと!!?」
「そうは言ってないっ!!」
「そういうことだよ!! 子供の選ぶ道を作ってあげるのはわたしら親の仕事だけど、進み方を決めるのはあの子自身なんだよ!!」
「………」
あまりの勢いに三人はポカン、とその場で立ちつくしてしまった。
それでもこちらを置き去りに、姉妹はヒートアップしていく。
「う……! でもフランは、悲しくないの? 昔はあんなに無邪気な笑顔で、レミリアお母さんが、フランお母さんが大好きだって。私達とずっと一緒にいるって言ってたのよ?」
「………」
「あの子が、嫌いなセロリを初めてお弁当で残さなくなったこと覚えてる?毎日のようにあなたは試行錯誤して、なんとか食べてもらえるように工夫してたでしょ。あの時のフラン、台所で飛び上がって喜んでたじゃない」
「…………」
「寺子屋の卒業式も懐かしいわね。ちょっと反抗期も始まってて、私やフランに『見に来ないでっ』とか言ったりして。あの時は私達も少し落ち込んだけどそれでもこっそり見に行ったりしてさ。でも最後に将来の夢を発表した時にあの子、『大人になったらお母さんたちみたいな立派な吸血鬼になる』って。そう言ってくれたでしょ。それを聞いたフランがわんわん泣いちゃって、しばらく涙止まらなくって大変だったわよね」
「……………」
「咲夜に料理を教わって初めて手料理をご馳走してくれたり、成人したフラリアがお酒を飲んですぐ酔っ払っちゃったり、ほかにもいっぱい……」
「…………なんで」
もはや二人だけの空間でフランの震えた声が響く。
「なんで、そんなこと言うの?そんなの………わたしだって寂しいに決まってるじゃんかッ!!! それでも!!………それでも、あの子の、母親として……」
「フラン……?」
俯いたまま言葉に詰まったフランは ガタン、と席を立った。
顔を上げてなにかをこらえるように唇を結ぶフラン。そして正面に座るレミリアを睨みつける瞳には、零れるほどの涙が浮かんでいた。
「もういいッ!!! お姉様なんか知らないっ!!」
引き留めるレミリアの声を振り切るようにフランは扉に向かって走り出した。
真珠のような涙だけを軌跡にして、違える想いを抱えたまま。
〝我が子の幸せを思う気持ちは一緒なのにどうしてわかりあえないのか〟
フランの脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた
理性と感情は別物だ。
親ならば子供のために感情は抑えるべきで、その子の進む道を決して否定してはいけない。結婚ならばなおさらだ。
お姉様は感情ばかりで、だけどもその気持ちは痛いほどわかってて、でもわかった上で祝福してあげるべきなんだ。
そのはずなのに、自分はこうやってまた、結局は理性を保てずに感情のまま行動してしまった。
わたしもお姉様のことを言える立場じゃない。
それでも
共に進んだすべてを、姉や子供、自分の全部を否定したくなくて。
フランは駆け出すことを止められなかった――
――――はずだったが、駆け出した先に呆然と突っ立っている三人を見つけてフランはしっかり止まった。
「………」
「………」
みんなと見つめ合うこと5秒。
理性を取り戻して3秒
とりあえず、全部を否定した
「ち、ちが……違うからッッ!!!!」
◇
「うん、まぁ私もフランも演技派というか周りが見えなくなるタイプというかね」
「あぁー……もうほんとヤダなにやってんダロワタシ……今日という日を壊したイ……」
「だ、大丈夫ですよフラン様!!」
ひと悶着はあったが今はなんとか落ち着いたようで、長机にレミリア・美鈴・パチュリー、向かいにはフランと小悪魔が座っている。
食堂の奥からは咲夜が夕飯を作っている音が聞こえた。
眼の光を失い、不自然に手を開いたり閉じたりしているフランを小悪魔が必死になだめるのを横目に、パチュリーがため息をつきながらまとめる。
「つまり自分たちの子供のことを妄想してたら止まらなくなったと」
「いやー楽しくてさ。ねー? フラン」
「うるさい!! もとはといえばお姉様がこんな話題を出さなきゃ」
「はいはいあんたらの姉妹げん……夫婦喧嘩はもういいから」
「姉妹で合ってる!!」
茶化してくるパチュリーに、今にも噛みつきそうなフラン。
この姉妹の争い事 (9:1でレミリアが悪い、てか一方的なセクハラ) は見慣れているため、さきほどの剣幕自体には誰も驚きはしない。
特にパチュリーは姉妹どちら側にも味方できる立場で (9:1でフランの味方、てか完全な被害者) いわゆる仲裁としての役割を常に担っているために2人の扱いに慣れてしまったのだろう。すでにイジる方向へシフトチェンジしている。
頬杖をつきながら美鈴がつぶやいた。
「でもいいですよねー子供って。無邪気で可愛くて、自分の子供だったらなおさらですよきっと」
「そうなのよ!妄想だけど可愛くてしょうがなかったわ」
「庭に遊びに来てくれる妖精も子供みたいなものですし、見てて癒されますよね」
「ふーん、美鈴って子供が好きだよね」
フランの言葉に美鈴は恥ずかしそうに頭をかいた
「やっぱ長いこと同じ場所にいると風景に飽きちゃうっていうか。だから表情や行動が豊かな、小さい子がそばにいると楽しくて」
「そうかしら? 図書館に子供がいたら煩わしいったらないけど。そうよねレミィ? ね?ね?」
「なんだそのバカにしてる目は!子供じゃねぇしお前より年上だぞ!結婚予定もあるし!そうよねフラン? ね?ね?」
「こっち見んな!!」
「まぁ子供が欲しいなら結婚するしかないですからね」
「それは確定してるわ美鈴! ケーキ入刀だってさっき済ませたんだから」
「お、ウェディングケーキですか?」
「ただのパンケーキだから!! 切り分けただけだし!」
「はいはい、皆さん夕飯ですよ」
ちょうどタイミング良く、ガラガラと配膳台を押してきた咲夜が号令をする
いつもは涼し気な顔して食事を持ってくるのだが、今日はずっと姉妹の子育て妄想話を厨房で聞いていたためどこか生暖かい笑顔をしている。
「ふふ、まだその話してたんですか?」
「さ、咲夜まで……。もうしない!! しないし」
「そうね。どうせその日がきたらまた夫婦で悩んだり話し合ったりしなくちゃいけないしね」
「そんな日は絶対来ないッ!! だいたい…」
「おお! 咲夜さん!この匂いはもしかして」
フランの言葉を遮るように、美鈴が唐突に声を上げる。
その反応に気分を良くした咲夜は得意げにほくそ笑んだ。
「さすが美鈴。気づいてくれたのね。そう、今夜の夕食は」
皆の注目を集める中、パチン、と指を鳴らす。
「揚げだし豆腐と冷ややっこ、そして湯豆腐です」
そう言うと瞬く間に、机の上にそれそれ一皿づつの冷ややっこと揚げ出し豆腐が現れた。
そして中央にドン、と置かれた土鍋。ぐつぐつと泡が昇り弾ける音が食卓を包み込む。
「やったッ!! パチュリー様、当たりましたよ!!!」
「いやいやいやおかしいでしょ。これらの一品だけ夕飯に出てくるならともかく豆腐のトリプルエースはありえないでしょ」
「精進料理って感じですね」
「修行僧でももうちょっとレパートリーあるわよ……というかよく匂いで分かったわね。香りの主張はほぼ皆無のメニューなのに」
「すいませんパチュリー様。今日は豆腐が投げ売りされてて安かったんです」
「いいじゃないパチェ。あんた座って文字読んでるだけなんだから精進料理でちょうどいいでしょ。ね? フラン」
「……!……そ、そうかもね。とりあえず食べようよ! ほら、パチュリー、ほら!」
なぜか無理やりに促されたパチュリーも最初は怪訝そうにしてたものの、出された豆腐料理を一口ずつ食べていく。
それぞれをムグムグと無表情で咀嚼をし、やがて小さく飲み込む音が聞こえた。
「……まぁ美味しいけど」
「ほらね。咲夜が作るんだから当たり前よ」
「作るって……これ、ほぼ素材のままだしてるだけじゃない」
「厳選された上質な素材だけの豆腐はそれだけで美味しいってことでしょ」
「さっき投げ売りしてたとか言ってなかった?」
「それに豆腐には豊富な栄養があるわ。咲夜は私達の健康を考えて出してくれてるのよ。愛よ、愛」
「そうですよ。この十六夜咲夜、料理に手は抜いても愛情は抜きませんわ」
「誰かこの子を強めに叩いてくれない?」
言い合いながらも和気あいあいと食事が進み、やっといつも通りになった紅魔館の食卓風景。
そんな中で一際に安堵の表情を浮かべている人物がいた。
(よしよし……)
ほっと胸を撫で下ろしたフラン。
一時は地下室への本格的引きこもりを考えもしたが、今のところその必要はなさそうだ。
(咲夜の料理に注目がいったみたいだし、このまま今日のことを忘れてくれるといいけど)
最初の反応からわかる通り、ここの連中は悪ノリに関しては他の勢力を寄せ付けないほどのしつこさを備えている。
今日の事件なんて奴らにとって絶好のからかいネタなのだが、姉のレミリアはこの件に関してはイジられてちょっと喜んでる節があるから余計にタチが悪い。しかし、こいつらは興味の湧く事柄が他に起こればすぐにそっちへ移行するのである意味扱いやすいところもある。さすがあのダメ姉の元に集まった連中だ。根底が似ている。
(あぁー…でも今日は油断したなぁ)
そもそも自分があんな子育て妄想に熱中していた事実がいまだに信じられない。まず姉と結婚とかありえないし、ましてや子供なんてファンタジーもいいところ。
「今日は本当にどうかしてたんだ」とフランは苦笑いを浮かべ、同時に自分が今やるべきことを整理していく。
(とにかく今夜は話題を逸らしつつやり過ごして……明日には誰も気にしないよね)
皆が忘れかかってる今、間違っても今日の痴態を蒸し返すようなことをしてはならない。
よって自分もなるべく記憶から消していこうと。
二度とあんな恥ずかしい話をしないと、固く誓ったのだった。
そんなことを考えている中、
目の前にいたレミリアがちょいちょいと手招きをしていた。
「ごめんフラン。そこの醤油取ってくれる?」
「……は? もう、自分で取ってよ………まったく」
悪態をつきながらもフランは醤油差しをとると、レミリアに渡すために手を伸ばす。
そして面倒くさそうに声をかけた。
「はい、あなた」
箸を動かしていた皆の手が ピタリ、と止まった。
賑やかに飛び交っていた声も止んで、レミリアも「ありがとう」と言うつもりだった「あ」の形で口が固まっていた。
「なに……?」
その光景をみて不思議そうな顔をするフランだったが、すぐに失言に気付いた。
「あ……」
小さく声を零してから コトン、と握っていた醤油差しがテーブルに落ちる。
皆の唖然とした視線が自分に向けられていた。
「いや…………ち……ッ…」
徐々に顔が熱くなり、こみあげてくる羞恥に目が潤みだす。
そして一瞬のうちに耳まで真っ赤になると
「ちがぁぁあぁああああああう!!!」
―――本日2度目の全否定が、紅魔館内に響き渡った。
◇
その後に食堂を飛び出したフランは地下室へ直行。
皆が追いついたころには扉の前に「実家に帰らせて頂きます」との札が掛けてあった。
「ふらぁぁあん出てきてぇぇえ!!だからあなたの帰る実家はここだってばぁぁあ!! ねぇ別居?? これが別居なの!??」
「レミィ、この場合は家庭内別居というんじゃないかしら」
「ちょっと違うんじゃないですかね。あーあ、夫婦の心離れは子供に悪影響を与えますよ」
「美鈴の言うとおりです。このままじゃ離婚も待ったなしですね」
「えっ!? じゃ、じゃあフラリアちゃんの親権はどっちに」
「ああぁぁもうッ!! いいからほっといてよぉぉお!!!」
それから次の日の夕飯まで、プチ引きこもりを決め込むフランだった。
最高でした!
読んでて楽しかった!
私もフランに醤油取ってほしい。
フランからの評価がボロクソでワロタ
理想の紅魔館ですね