Coolier - 新生・東方創想話

雨雲なんか吹っ飛ばせ!

2016/07/08 00:09:37
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年を開けてから七つ過ぎた頃、梅雨と称されるこの月はその名に恥じることなく長い長い雨を降らし続けていた。
そんな雨を七月に入ってから、まるで興味のない出し物を友人同士の付き合いで無理やり見させられているような眼でずっと窓から眺めている少女。

「はぁー……」

少しくせっ毛のある金髪を揺らした彼女は、いつもの陽気な性格とは真逆であり能力とは一致したような声でため息をついた。
しかし空はそんな声など聞こえていないかのように雨はまだまだ降り続けていた。
その光景を一見してまた彼女は長いため息を吐いた。

「どうしたんだルーミアそんな空模様と同じような声なんか出して」

後ろから唐突に声をかけられるもやはりルーミアは窓際に立っていた。
しかしその瞳はもはや空を見ておらず、どこか遠い何かを眺めているようだった。

「うん。このところ雨ばっかりだなあって思って」

心ここにあらずといった調子で後ろの人物、同居人の魔理沙に答えを返す。

「そりゃ梅雨なんだからしかたないだろ。そんなことよりいいのかそのままでいて。早く来ないと無くなっちまうぞ?」

直後に部屋に響く、ずずーっとすする音。
その音が耳に入った時、ルーミアは稲妻のごとく俊敏さで振り返りテーブルへと駆け込んだ。

「こら、食事中は落ち着けって言ってるだろ。こぼれたらどうするんだ」

もはや耳に入っていないことは重々承知の上で魔理沙は微笑みながらここ最近何度も言った言葉をまた繰り返した。
このところルーミアは毎日こんな感じでどこか上の空だ。普段なら食事が出来上がった時点で外を見ていようが寝てようが即座に反応して椅子についていたってのに。
数日の間魔理沙は何度かこの問題に取り組んではみたがもっともらしい答えにはたどり着けていなかった。
このまま放っておくのもどうなのかと思い始めたあたりでつい先ほどまで忙しく腕と口を動かし続けていたルーミアがごちそうさまと一言口にして魔理沙に話しかけてきた。

「ねえまりさ。このままだとやっぱり今年は天の川見えないのかな」

「え? あ、ああそうだな。確かに最近雨ばっかりだからもしかしたら今年は無理かもな」

口まで出かかっていた質問をとっさに飲み込んで、ついでに「もう食べ終わったのかよ」なんて言葉も飲み込んで、彼女の半分ぐらいを占めている正直な感想を口走った。

「そっか……」

声色の闇がさらに深くなる。どうにも地雷だったらしい。
ついでに私の質問に対する答えも何となく読めてきた。

「最近ずっと暗い顔してるのってもしかしてそれが原因か?」

こくん、とうなずくルーミア。
相変わらず、いやさっきよりももっと深くなる闇色を隠しもせずに。
これはこれで新鮮でかわいいなんて馬鹿げた思いが一瞬頭によぎった魔理沙だったがさすがに隅に追いやっておいた。そんな場合じゃないのは火を見るより明らかなのだから。

「こればっかりは私にも何とも言えないなあ。でも未来のことを案じたって仕方ないんだし今は今のことを考えとけよ。今日はチルノたちと遊ぶ約束なんだろ?」

「……うん。そうだね」

誰の眼にも励ましになってない、ありきたりな定型文もどきぐらいしか言えぬ我が身を呪う魔理沙であったが対してルーミアには少し効果があったようで、いつものようにとは言えぬにしても先ほどまでに比べるとある程度元気をはらんだ言葉で返事を返した。

「それじゃあいってきます!」

「気を付けてな」

食器を二人で分担し洗い、身支度を整えていつものあいさつをかわしたルーミアは少し元気な足取りで外へと出て行った。
雨も呼応するように少しだけ収まったように感じた。

「さて、と。じゃ私も」

一人残された魔理沙は今日行う予定だった実験器具を丁寧に片づけ、いつもの古典的魔法使いの白黒とした服に着替えお気に入りの帽子を目深にかぶり箒をもって外に飛び出した。
急遽目的地として設定された紅い館に、いつものようで少し違う意味合いを持った訪問を行わなければならないな、と魔理沙はひそかに思い苦笑した。
雨は今日も降り続けている。






「ほら魔理沙ぼーっとしないの。術式に乱れができてるわよ」

「おっと、すまんすまん」

ルーミアの悩みを聞いてから三日後、七月を迎えて五日を数えた今日、魔理沙は同じ魔法の森に居を構えるアリスの元へと赴いていた。
相変わらず何が面白いのか一向に降りやまぬ雨の音に気を取られ、目の前で組んでいた術式への意識の乱れを共に同じ分野を学んでくれている友人に咎められ反射的に謝罪をする。

「まったく。珍しくあんたがパチュリーのところから本を『借りて』くるなんて天変地異並みの異変を起こしたっていうのに今のままじゃ到底目的達成にはたどり着けないわよ」

もしかしたら最近の雨続きはあんたのせいなのかもね、などと冗談めいた口調を実験の手を休めることなく言い放つ。
対する魔理沙は悪かったよ、と少し居心地悪そうにすると、しかし言われっぱなしもなんだと口を利いた。

「珍しくとは心外だな。私はいつも正面から入って本人から借りてきてるだろ?」

「あんたのあれは強盗のそれと寸分の狂いもないっての」

「期限が来たら返すんだからいいじゃないかちょっとぐらい」

はぁー、とわざとらしくため息を吐くアリス。もはやこいつには何言っても無駄だ、などと出会ってから数えた日にちと同じぐらい考えた結論をまた下す。
魔理沙は魔理沙でいつもの憎たらしい笑みを浮かべて、また作業に戻った。
それから二人の間には会話らしい会話は行われず淡々と時間が流れていった。
研究熱心で好奇心旺盛な魔理沙にとってみればまったく自分の知らぬ分野という魔法は、それだけで魅力的であり最も充実した時間の一つでもあった。
だが、いくら好きとはいえまだまだ魔法使いとして若輩者の彼女にしてみればいくら猫のような好奇心に駆られようが自らの願いをかなえる為であろうがまったく知らぬ魔法というのは長時間集中して研究できるものでもなく。
それゆえの先ほどの無駄話でもあった。
効果があったかなかったか、それはまだ当人たちですら知りえぬ事柄だったが、魔理沙には雨の音が嫌に大きく聞こえていた。





七月七日。ついにその日はやってきた。
ただし、川を氾濫させるためだけに生まれたと誤解されるような雨雲はいまだ幻想郷上空に居座っていた。
数日前と同じ瞳、いやそれよりもっと深い闇色を湛えた少女ルーミアはこれもまた数日前と同じよう窓際からそんな空を眺めていた。
時刻はそろそろ八時。当然妖怪たちにとっての朝の時間の方である。
朝からわずかばかりの希望を胸に抱いて空を眺めていたルーミアはもはやこれまでか、とため息を一つ吐き窓を閉めようとした、その時。

「ただいまルーミア。そしてちょっと付き合え!」

「うわあっ!?」

ルーミアの小さな手が窓を動かそうとしたまさにその時、朝からずっと不在であった魔理沙の帰還がなされた……窓から。朝から外の景色を、雨の音を室内に通していた、ルーミアの眺めていたその窓から。
ぎりぎりルーミアに当たることもなく部屋に点在する魔法道具に接触を果たすこともなくふわり、と採点者がいたならばこぞって十点の札をあげるであろうみごとな着地を決め、そのままルーミアの手を握り外へと飛び出す。
雨が当たらないように木の下まで移動した二人、そこでやっと現状に頭が追い付いたルーミアが不平そうな声を上げた。

「待たせたなルーミア。ところでどうしたんだそんな不満そうな顔して」

「いきなり帰ってきて説明もなく連れ出されて、それにさっきのぶつかりそうだったことぐらいわかるでしょ。なんであんなあぶないことしたの!」

じとーっと魔理沙をにらみつけるルーミア。目には少し光が混じっていた。
とても自分より何倍も生きてるとは思えないな、などと考えてしまうほどその外見に似合うかわいらしいしぐさに魔理沙は思わず笑みがこぼれてしまった。

「むー。笑いごとじゃないんだよ。もしぶつかってたらまりさだってきけんだったんだから!」

「いやー悪い悪い。そのお詫びにすごくいいもの見せてやるから機嫌なおしてくれよ」

良いもの? と首をかしげるルーミアに魔理沙はいまだ降りやまぬ空を指差す。
反射的に追いかけたルーミアに、そのまま見てろよ、と声がかけられる。
半信半疑ながらもとりあえずは従う様子のルーミアを見て魔理沙は、一呼吸おいて意識を集中させる。
雨雲を呼び出すことや稲妻、雪なんかを降らす魔法は魔理沙にはまだまだ早かった。
しかし唯一魔理沙が起こせる天候変化の術。それは彼女の目的と一致していた。
ようは雨雲を何とかすればいいのだから。
いつもやってることを規模を大きくすればいい。そんな彼女らしいやり方で完成させた魔法。魔砲。

「っしゃあいくぜ!」

気合の入った掛け声一つに合わせ背中を木に預け魔理沙は愛道具に持てる全魔力を注ぎ空へと撃ち放った。
普段は反動の起こらぬ様魔力の量を加減して撃つところを今回はそれすら行わず撃ち上げる。
勢いよく上がった魔砲はその勢いをなくすことなく空を覆う雲へとたどり着き、それを一気に吹き飛ばした。
それほど広い範囲ではなく、むしろ元としたパチュリーに比べれば蚊の通る道程度でしかないわずかなその隙間から星々が煌めいてこちらを眺めていた。

「わ、あー」

一拍遅れてあがるルーミアの情けない声。
しかし魔理沙はそれで満足し、うなずいた。

「は、はは。どうだすごいだろ。ほら見てみろ、あそこ」

魔理沙の指差すほうにかたくなに隠されてきた、一年に一度の光景、天の川が覗いていた。

「ほんとだ、天の川! もう見れないと思ってたのに」

嬉しさのあまり文字通り飛び回るルーミアを魔理沙は地上で眺めていた。
それに気づいた彼女は飛び上がる気持ちを抑え魔理沙のもとへ、感謝すべき恩人、共に眺めたい愛しい人のもとへと降りて行った。

「どーしたのまりさ? せっかくだからいっしょにお空で見ようよ」

ルーミアの問いに魔理沙はあー、とけだるそうにうなると近くまで来たルーミアの頭に右手を置いて撫でてやった。

「悪いけど魔力使いすぎちまった。ちょっと動けそうにないからルーミア一人で見てきてくれ」

えっ、と驚いたルーミアにあいまいな表情で――強引に笑みを浮かべたような表情で――撫で続ける魔理沙。
その心地よさに身をゆだねつつもルーミアはすこし考えて、そして。

「じゃあわたしがだっこしてあげる」

「え?」

言うが早いかルーミアは魔理沙を俗に言うお姫様抱っこで抱きかかえ、そのまま空へと舞い上がった。

「ちょ、ちょっと待てルーミア! これはその……なんていうか」

「だーめ。さっきひやっとさしてくれたお礼だもん。すなおに受け取ってね」

抜け出そうともがく魔理沙だが、魔力の戻らぬ体で、そもそもあったとしても妖怪のルーミアには敵わず結局あきらめた。
おとなしくなった魔理沙に満足したルーミアは少しずつ上昇していった。
普段は何もない空。しかし今日の今だけ、まるで川のように流れるような星の集まりを、一年で一番きれいな星空を二人はしばらく無言で見つめていた。
そうしてどれくらいの時が経過したか。魔理沙が今までずっと聞きたかった疑問を訪ねた。

「なあ、ルーミア。なんでそんなに天の川を見たかったんだ?」

その質問を咀嚼し反芻するように考え込んで、ルーミアは口を開いた。

「んーっとね。なんでって言われるとちょっとわかんないんだけど、ただ、まりさといっぱいいっぱい思い出を作っておきたいなあって思ったの」

「……そっか」

えへへ、と少し照れたように笑うルーミアに、魔理沙は嬉しそうに――どこか悲しそうに――笑みを浮かべた。










魔法の森霧雨亭の裏手。魔女二人が若干疲れたような表情を浮かべていた。

「まったくどうやった私の魔法をあんな無茶苦茶なやり方で再現しようとするのよ」

もう一人に比べ明らかに息を切らしているパチュリーは憎らし気に苦言を呈した。

「あいつのそれは今に始まったことじゃないし言っても仕方ないわよね」

対するアリスはあきらめとも達観ともとれる感情を浮かべていた。

「まあ確かに私の魔法をあんな短期間で習得とか無理だから仕方ないとはいってもね」

「私たちが魔力を分けてあげなかったら失敗してたでしょうね」

「見返りとして、明日文屋にでもこの写真持って行かせようかしら」

パチュリーの手には恥ずかしがる魔理沙に満面の笑みを浮かべるルーミアが天の川をバックに映った写真が握られていた。

「やめときなさいよ。馬に蹴られたくはないでしょ」

アリスが愉快そうに隣の魔女へと笑った。

「あら? あの二人に限ってそれはないでしょ」

だって、とパチュリーは二人の方へと向き直って。

「すでに恋路は達成しているのだもの」



寝ていなければ今はまだ七日なんです(白目
星ネズミ
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コメント



0.160簡易評価
3.60名前が無い程度の能力削除
ほんわかしてええね。
冒頭、梅雨は月の名称と違うのではないか?