「それでさあ、霊夢ったら餅の食い過ぎでお腹ぱんぱんになっちゃってさあ!」
鬱蒼とした森のとある一軒家。紅茶とお茶菓子に舌鼓を打ちながら大笑いしている少女がいる。聞き手の少女は口元で上品に笑っている。
「私が勝てる程度に手加減しろって言ってるのにさあ。負けそうになると必死になるんだよ」
天窓からのやわらかな光のなかで、頬を膨らませている少女がいる。本をめくりながら聞いているのか、いないのか。紫色の少女に話しかける少女がいる。傍らには代わりに相槌を打ちつつ給仕をする少女がいる。
「きょうも平和だなあ。なんか騒ぎでも起こらないかな」
神社の社務所、その縁側で脚を揺らして空を見上げる少女がいる。隣には呆れた顔をした、お目出度い色あいの少女がいた。
猛スピードの全速力で赤い鳥居をくぐり、足を一杯に広げて減速する。スリル満点だけど、毎日やってると慣れる。
「今度からは慣性を使って、横向きながらくぐってみるか」
毎日これをやって玉砂利を撒き散らすものだから、霊夢はもうこの辺りを掃除しなくなった。石畳は砂利だらけだ。まあ、元から歩いてきて参拝するものなどいないから、誰も困らない。八雲紫はいい顔をしないが。
「れいむー! 来てやったぜー!」
社務所の土間に入り、声を張る。返事はない。履物があるから出かけたというわけではなさそうなのに。
「あれ? 見かけない靴だ」
霊夢のストラップ以外にもう一足。霊夢のより一回り大きい紐靴だ。もしかしてお客がいるのか。だとしたら恥ずかしい。
箒を立てかけ、靴を脱ぎ捨て上がり込む。居間に差し掛かる手前で、ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。霊夢の声だ。
「霊夢、客がいるからってさあ。返事ぐらいしろって……、の?」
やっぱりいるんじゃないか、と居間の前まで来て、魔理沙は固まる。
「あんな大声出さないでよ。恥ずかしいじゃない」
霊夢がいる。それはいい。向かいに座る者を魔理沙は知らない。見たことがない。その少年は、魔理沙の顔を見るなり霊夢に誰ですか、と丁寧語で訊ねていた。
「霧雨魔理沙よ。わたしの友達」
魔理沙さんって言うんですか、と言われて胃が縮みこむような不快感が魔理沙を襲う。
「俺は水無です。なんか、神社のそばに倒れていたみたいで。霊夢さんに助けてもらったんです」
見たところ、年は自分たちに近いように見えた。白いシャツにワイン色のネクタイ、灰色チェック柄のスラックス。格好からして村の者じゃない。言ってることは本当だろう。
「ふうん、そうか……」
少年が座っている場所は魔理沙がいつも座っている場所だ。頬が引きつりそうになりながらも笑顔を作り、近い席に魔理沙は腰を下ろす。
「なんでさっきから敬語使ってんのよ。堅苦しいからよしなさいよ」
湯気の立つ湯呑みを置いて、霊夢が笑っている。
「そうですか……っと、そうだよな、か。じゃあ、霊夢、でいいかな」
言われた方はなどと、湯呑みで指を温めながら応える。そんなやり取りに魔理沙の表情が険しくなる。
「帰れる目処がつくまで、すまないがよろしく」
次に続く言葉を聞いた途端、目の剥きすぎで魔理沙は目玉が飛び出るかと思った。
「魔理沙も……しばらくよろしくな」
まだ呼び捨てていいなどと一言も言ってない。その図々しさに遂に魔理沙は立ち上がり、居間を後にした。背中にどうしたの、という霊夢の声が届いても、帰るの一点張りを通した。
その水無とかいう少年を魔理沙はちょくちょく目にするようになった。まるで先回りでもしているかのように、行く先々で見るのだ。
「へ~。アリスは人形作るのが趣味なんだ。これとか綺麗で、よくできてるなあ」
どうして魔法の森の中のアリスの家にいるのか。人里でばったり出くわして、話が合うから招待しただ?
「ふふふ、当然でしょ」
魔理沙ですら一度しか食べたことのないアリスお手製のチーズケーキ。半分食べかけのそれを置いたまま、少年は人形の一体を持ち上げしきりに褒めている。
「うわあっ」
アリスが指を遊ばせ、糸を操る。すると抱きかかえられていた人形が命を吹き込まれたように品を作ってみせた。
人形と戯れる少年を見ながら、アリスが穏やかに微笑んでいる。普段人形に勝手に触るとすぐ機嫌を悪くする癖に。
「パチュリーさんってこんなに本を読むんですか! すごいなあ。俺なんて、小説一冊読むのも一苦労っすよ」
「これなんか、あなたにも読みやすいはず」
いつも目でしか挨拶しないパチュリーが人に本を勧めている。やっぱ絵がたくさんないとだめっす、などと頭をかく少年にため息まで吐く。
「なら、これは。……恋愛小説」
返された本の代わり、今度は魔理沙も見たことがある本だ。確か、病気がちの大人しい女の子がちょっと強引に連れ出す少年に恋をする内容だった。
「パチュリーさん、こういうのも読むんっすね」
もちろん渡された側はそんなことは知らない。俺、英語読めないっすよと受け取りを渋る少年に、パチュリーはぐいぐいと本を押し渡した。
「咲夜さんはメイド長なんですね、こんな広い館を一人で切り盛りするなんて……大変じゃないですか?」
次の日。どうやら紅魔館に泊まったらしく、今度は咲夜と一緒にいた。何かと「忙しいから」と相手にしてくれない咲夜の隣で、笑顔を浮かべる彼女と雑談している。
「美人だし、料理も洗濯も完璧なんて……いやー嫁にほしい、なんちって」
厚かましいおべっかだ。でも、言われた咲夜は――白いからよく判る――赤面して、何を莫迦なと目をそらして誤魔化す。
「咲夜、今日も忙しいのか?」
苛立ちを抑えつつ魔理沙が聞くも、気のない返事しか貰えなかった。
外からやって来た水無とかいう少年は急速に幻想郷に溶け込んでいった。魔理沙の知り合いたちとも打ち解け、交際を広げていった。客観的に見て、とても上手く行っていた。
すぐ帰るし、それまでの間さ、と魔理沙は自分に言い聞かせる。いつもうろちょろしてるから、言い換えれば神社には大体いないということだ。居候させてもらってるくせに、掃除でも手伝ったらどうだ。そうは思うが、いつもいられても不愉快だ。
鳥居を飛び越え、そろそろと境内に降り立つ。石畳に散ったままの玉砂利を蹴飛ばしながら社務所へ歩いて行く。
「げっ」
例の靴が土間に置いてある。綺麗に揃えられていた。昨日はここに泊まって、それで朝から特に出かけてもないのか。
どうしようか、踵を返してもいい。しかし今日は朝から日差しが強い。
「やっぱ、やめよう」
あの馴れ馴れしい話し声を聞くぐらいなら、じりじりと肌を焼かれたほうがよっぽど結構なことだ。魔理沙は箒を持ち直し、外に出た。地面を蹴って、手早く飛び立つ。なるべく速いスピードで紅魔館へと向かった。
「なぁーんだ。今日はあいつ、来てないんだな」
図書館に着いて早々パチュリーに言ってやった。奴は今日はずっと神社にいるのだろう、ここには来ないことは知っている。
「そうね、残念だわ。……持たせた本の感想を聞きたいの」
反応が返ってきたことに驚いて、そしてその内容にも驚いた。
「おい、どうかしたのか? お前、そんな風だったか?」
嘘だと思いたくて、肩を揺さぶって訊ねた。パチュリーは「何が?」とよく分かってない様子で、無機な真顔で魔理沙を見つめ返した。
魔理沙は気圧される。パチュリーのそれは普段の無表情とは違う。滲み出る気だるさがない。
「彼のこと、あんたも早く馴染んだら」
その助言の最中も、そんな顔だった。
どうしてそんなにあれに与するのか。魔理沙は図書館を後にして、咲夜を探すことにした。レミリアの部屋に忍び込んでベルを失敬する。紅魔館当主専用のそれをチリンと鳴らせば、瞬きが終わるよりも早く駆けつけてくる。
「何よ、あなたじゃないの。お嬢様の部屋に勝手に入って。いたずらしちゃ駄目じゃない」
どんな作業をしていても即刻中断して駆け付けねばならないのだ。咲夜は不機嫌そうに魔理沙からベルを引ったくり、元あった場所に戻した。
「いやぁ、こんだけ広いと探すの面倒でさ」
取り繕うように笑っても、咲夜の腹の虫は収まらない。
「まったく。あの人ならこんなことしないわよ。進んで手伝いを申し出てくれるしね」
魔理沙の笑顔が固まる。
「誰かさんとは一八〇度、違うわね?」
またあいつだ。しかし自分もイタズラをしたという負い目があるから歯噛みする。
「何だよ。みんなであいつの肩持って。あいつこそなんなんだよ」
だから自分のことは置いといて、不平めいたことを言うしかない。どうせ美人の咲夜に鼻の下伸ばして、下心からやってるに決まってると。
「彼のこと、あなたも早く馴染んだら」
悪態をついていると、ざらついた、さっきも聞いた文句が耳に届いた。
「ひっ」
顔を上げて視界に入ったもの。無機の真顔。それは魔理沙を見ていない。
「……邪魔したぜっ」
寒いものを覚え、魔理沙は咲夜の脇を通り抜け、駆け出した。手近な窓を叩き開け、箒にまたがり全力で加速する。
湖の対岸まで飛び、そこで止まった。胸に手を当て、息を落ち着ける。
「なんなんだ、あいつら……」
普通じゃない。示し合わせたように同じ言葉、同じ声色、同じ顔。
湖の向こう、小さく見える紅魔館が霧の白に呑まれるのを眺めた後、魔理沙はまだ日が高いことも気にせず家路についた。
その翌日、魔理沙は神社にも紅魔館にも行く気がせず、アリスのもとへと向かってみた。
「どうしたんだよ、こんな小綺麗にしちゃってさ」
上がり込んでみると、部屋の雰囲気がいつもと違っていることにすぐ気付いた。天井や壁に飾りがつけられ、テーブルクロスも真新しく真っ白。艶のある水色の花瓶に赤い花まで挿されている。
「今夜、あの彼と食事の約束をしているの。この前ケーキを食べてもらったとき、凄い褒めてくれたのよ。だから嬉しくて、誘っちゃったの」
熱っぽくそういうアリスの顔を魔理沙は見られなかった。
「そりゃ、結構けっこう」
奴はどこにでも赴いて手当たり次第に粉をかけているのか。魔理沙は清潔なテーブルクロスとあの少年との取り合わせにこみ上げるものを感じるのだった。
「そういえば言っていたわよ。魔理沙にどうも避けられてるって。あなた、そんなに人見知りだったかしら?」
背筋が凍る。次の言葉を聞く前に、あの表情を見る前に、魔理沙はアリスの家を飛び出していた。
全速力を出し、風で汗を飛ばしながら神社に急いだ。パチュリー、咲夜、アリス。もしかしたら、霊夢まで。言葉を交わして確かめたかった。
いつも降り立つ石畳の上ではなく、社務所の前に直接降り立つ。土間にはやはり靴がある。霊夢と、奴の。
息を呑み、息を潜め、板張りのきしみに気をつけながら、そろそろと奥へと進む。角を曲がれば縁側だ。そっと先を伺う。すると、ふたつの人影。いや、くっついているから、ひとつの影になっている。
「なんだかこう、普通の女の子扱いは照れるわね」
「妖怪とかピンと来ないし、霊夢は俺にとって普通の女の子だよ」
思わず身を引っ込めていた。幸い大きな音は立てずに済み、ふたりが何かに気づいた様子もないようだ。
あの距離、言葉。まだやって来て一ヶ月ぐらいだろう。魔理沙は息が荒くなっていくのを抑えられない。
広縁の角から顔を半分だけ出し、そして魔理沙は目が離せなくなる。
「子どもじゃないんだから……」
「霊夢は、かわいいなあ。俺、妹とかいないけど……いたらこんな感じなのかなあ」
「何を言ってるのよっ」
ガラガラと何かが崩れていくようだった。黒い髪を繰り返し撫でる大きな手。霊夢に拒絶の素振りはない。従順に、目を閉じて受け止めている。突き飛ばして罵倒やびんたの一発をくれてやるわけでもない。
これは言葉をかわす必要もない。最も重症、手遅れだ。魔理沙は口元を抑え、足音が響くのも気にせず駆け戻った。箒も忘れて飛び立つほど、魔理沙はそこから逃げ出したくてたまらなかった。
「彼、読み終わったかしら」
「知るか」
パチュリーが。
「彼、見なかった?」
「見たくもない」
咲夜が。
「彼ったら……」
「あいつがどうしたってんだ」
アリスが。
「あの人がね……」
「あいつの話、やめろよっ!」
霊夢が。みんなみんな、口を開けば同じようなことばかり。あの男を賛美するか、好意を抱いていることを照れながら伝えてくるか、あるいは顔を赤くしてわかりやすくごまかすか。
魔法だとか、妖怪だとか、弾幕だとか。もっと何気ないことだとか。魔理沙が楽しんでいた会話はそこにはない。
また同時に、知っている表情も失われていった。
みんな、同じような顔になってしまった。あの男を語る時の顔はみんな人形焼きのように同じで、見続けていたらこちらまで同じになりそうだった。
「あいつが……消えるまで。それまでの辛抱だ……」
そう自らに言い聞かせ、魔理沙は外出を控えるようになった。この間は早苗やにとりのところに行ったが、同じようなものだった。
目的もなく家にこもっていると、元々塞ぎこんでいた気持ちがますます暗くなっていくのがよく分かった。みんなあいつに夢中だ。だから来客もない。
ノックの音が聞こえるまで、魔理沙はそう思っていた。
「いったい、誰だぜ」
食事もろくに摂ってないから足取りも覚束ない。居留守と思われるほどの時間をかけ、魔理沙は玄関に向かう。
「やあ、こんにちは魔理沙……」
開けた途端、しまったと思った。それと同時に、いまこの男と二人しかいないという状況、そして奥に続く自分の部屋を考え、総毛立つ。
「霊夢やアリスが最近見ないって言ってて、心配になったんだ。だから、お見舞いに……」
「帰れ……」
胃の中にはなにもないのだが、縮み上がってくる。
「顔が真っ青だ。しっかり食べたほうがいいぞ?」
余計なお世話だし、そも誰の所為でこうなっているのか。
「アリスからお見舞いのプティングを持たされてるんだ」
「勝手に入ろうとするなっ!」
バスケットを掲げ、脇を素通りしようとした所で魔理沙は耐えられなくなった。
八卦炉はないが、米粒ぐらいならなくても十分だ。突き出した人差し指から小さな光弾を胸めがけ射出する。
怪我はしないが、痛みで動けなくなる程度の魔力は込めた。狙いも外していない。それなのに、男は平然としている。
「魔法を無効化する程度の能力」
「はぁ!?」
目の前の人間がつぶやく。身も蓋もない能力名は魔理沙の理解を超えている。
「しっかり様子を見るよう約束してきた。だからおめおめとは帰れない。悪いけど、失敬させてもらうよ」
呆気にとられる魔理沙を押しのけ、男は奥へと進んでいってしまう。玄関に立ち尽くし、魔理沙はそれを見ているしかなかった。
「風邪とかじゃなかったんだな」
「ああ、そうだよ。馬鹿だから風邪引かないんだよ」
厚かましくも勝手に椅子を掛けている。床に座れ、という言葉を視線に乗せ、魔理沙はベッドに腰を下ろす。本当は同じ空気も吸いたくなかった。しかし部屋にこいつを残すおぞましさにも耐えられない。仕方なく、魔理沙は二人っきりになることを選んだ。
「魔理沙は話を聞く限り馬鹿じゃないと思うけどな。みんな努力家だって言ってる」
自分の知らない所で自分の話題が出ている胸糞の悪さ。今の状況だと陰口のほうが余程ましだ。
「最近、いろんな奴と会ってるみたいじゃないか」
「ん? ああ、霊夢やアリス、咲夜さん、パチュリーさん……みんないい人だよ。しかも可愛いし」
そのさり気ない言葉に性的興味が匂い立っていて、魔理沙は気持ちが悪くなるのだった。
「あんた、女の子にずいぶん優しいんだな」
顔を背けながらそう言ってやる。誰にも彼にもこうしてるのだろう。どう口説いたのかは知らないが、よくみんな嫌悪を抱かないものだ。
「いや、そんなことは……。俺のポリシーというか」
もはや言葉の隅々までときた。魔理沙は心のなかでえづいて舌を出す。
「やっぱり、顔色悪いな?」
魔理沙を見て何を思ったか、男は立ち上がり近付こうとする。反射的に魔理沙は身構える。いくら人畜無害を装っていても、なぜこういう反応をされるかこいつにはわかるまい。
「触るなっ!」
伸ばしてきた手を思い切りはたいた。さっき玄関で怒鳴ったばかりなのに。この距離の取り方に虫酸が走る。
「すまん、魔理沙……。でも、俺は心配で」
テーブルを挟んで対峙する。両手を上げて何もしないことを示してはいるが、魔理沙は油断せず睨みをきかせる。
「帰ってくれ」
「しかし……」
「帰れ」
手近に転がっていた酒瓶を掴み、渋る男を威嚇する。ただならぬ魔理沙の視線にようやく気付いたのか、男はすごすごと部屋を後にする。
「身体には気をつけろ、しっかり食べるんだぞ!」
しかし最後まで余計なことを喋って、ただでは帰らないのであった。
男がやって来たその夜から二日間、魔理沙は高熱で寝込んだ。汗が滲んだパジャマやシーツを軋む体に鞭打って取り換え、食事も自分で作るなど、魔理沙は独りの辛さを痛感する。
いくら苦しくてもプティングは決して手を付けずテーブルの上に放置して、異臭を放ってきた辺りで無造作に家の外に放り捨てた。
こういうとき頼れそうな友人の、名前は思い浮かぶが顔が出てこない。しかし、無理に思い出そうとしない。何故なら、最後に見たあの男の顔が浮かぶからだった。ただでさえ熱で朦朧とするのに、声まで再生されて追い打ちをかけられるのはごめんだった。
熱が引いた朝、しかし胸の不快感は残っていた。
復調して外の空気が吸いたくなり、着替えもそこそこ玄関から外に出ようとする。扉を開けると、何かが転がる軽い音がする。音の主は、どうやら扉に立てかけてあったらしい箒だった。霊夢のところに忘れたまんまだったから、誰かが届けたのだろう。
それを手に取り、すぐに何かがくっついていることに気付く。
「手紙……?」
白い封筒には何も書かれてない。中を開けると便箋があって、そこに書かれた名を見て破り捨てそうになった。
一応、読んでみると霊夢やアリスが心配していたこと、元気になったら神社に来て欲しいといった旨のほか、走り書きでいきなり訪ねて申し訳ない、といったことが書かれていた。
内容を改め終えると魔理沙は躊躇なく便箋を丸め、封筒と一緒に脇に放った。
その翌日、魔理沙は男を神社で見た。霊夢と並んで座って、仲良さそうに話し合っていた。
さらにその翌日、アリスの部屋にいるのが窓から見えた。操り人形の扱い方を手ほどきされているようだった。
またその翌日、紅魔館の階段踊り場で見かけた。咲夜に窓拭きを頼まれたようで、雑巾を手に要領を聞いているようだった。
翌日も、今度は図書館で。パチュリーの本を探しているようだった。
次の日も、次の日も。魔理沙は少年を観察し続けた。
「あいつが……消える、まで」
――そして今日、魔理沙は水無を自分の部屋で見る。
鬱蒼とした森のとある一軒家。紅茶とお茶菓子に舌鼓を打ちながら大笑いしている少女がいる。聞き手の少女は口元で上品に笑っている。
「私が勝てる程度に手加減しろって言ってるのにさあ。負けそうになると必死になるんだよ」
天窓からのやわらかな光のなかで、頬を膨らませている少女がいる。本をめくりながら聞いているのか、いないのか。紫色の少女に話しかける少女がいる。傍らには代わりに相槌を打ちつつ給仕をする少女がいる。
「きょうも平和だなあ。なんか騒ぎでも起こらないかな」
神社の社務所、その縁側で脚を揺らして空を見上げる少女がいる。隣には呆れた顔をした、お目出度い色あいの少女がいた。
猛スピードの全速力で赤い鳥居をくぐり、足を一杯に広げて減速する。スリル満点だけど、毎日やってると慣れる。
「今度からは慣性を使って、横向きながらくぐってみるか」
毎日これをやって玉砂利を撒き散らすものだから、霊夢はもうこの辺りを掃除しなくなった。石畳は砂利だらけだ。まあ、元から歩いてきて参拝するものなどいないから、誰も困らない。八雲紫はいい顔をしないが。
「れいむー! 来てやったぜー!」
社務所の土間に入り、声を張る。返事はない。履物があるから出かけたというわけではなさそうなのに。
「あれ? 見かけない靴だ」
霊夢のストラップ以外にもう一足。霊夢のより一回り大きい紐靴だ。もしかしてお客がいるのか。だとしたら恥ずかしい。
箒を立てかけ、靴を脱ぎ捨て上がり込む。居間に差し掛かる手前で、ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。霊夢の声だ。
「霊夢、客がいるからってさあ。返事ぐらいしろって……、の?」
やっぱりいるんじゃないか、と居間の前まで来て、魔理沙は固まる。
「あんな大声出さないでよ。恥ずかしいじゃない」
霊夢がいる。それはいい。向かいに座る者を魔理沙は知らない。見たことがない。その少年は、魔理沙の顔を見るなり霊夢に誰ですか、と丁寧語で訊ねていた。
「霧雨魔理沙よ。わたしの友達」
魔理沙さんって言うんですか、と言われて胃が縮みこむような不快感が魔理沙を襲う。
「俺は水無です。なんか、神社のそばに倒れていたみたいで。霊夢さんに助けてもらったんです」
見たところ、年は自分たちに近いように見えた。白いシャツにワイン色のネクタイ、灰色チェック柄のスラックス。格好からして村の者じゃない。言ってることは本当だろう。
「ふうん、そうか……」
少年が座っている場所は魔理沙がいつも座っている場所だ。頬が引きつりそうになりながらも笑顔を作り、近い席に魔理沙は腰を下ろす。
「なんでさっきから敬語使ってんのよ。堅苦しいからよしなさいよ」
湯気の立つ湯呑みを置いて、霊夢が笑っている。
「そうですか……っと、そうだよな、か。じゃあ、霊夢、でいいかな」
言われた方はなどと、湯呑みで指を温めながら応える。そんなやり取りに魔理沙の表情が険しくなる。
「帰れる目処がつくまで、すまないがよろしく」
次に続く言葉を聞いた途端、目の剥きすぎで魔理沙は目玉が飛び出るかと思った。
「魔理沙も……しばらくよろしくな」
まだ呼び捨てていいなどと一言も言ってない。その図々しさに遂に魔理沙は立ち上がり、居間を後にした。背中にどうしたの、という霊夢の声が届いても、帰るの一点張りを通した。
その水無とかいう少年を魔理沙はちょくちょく目にするようになった。まるで先回りでもしているかのように、行く先々で見るのだ。
「へ~。アリスは人形作るのが趣味なんだ。これとか綺麗で、よくできてるなあ」
どうして魔法の森の中のアリスの家にいるのか。人里でばったり出くわして、話が合うから招待しただ?
「ふふふ、当然でしょ」
魔理沙ですら一度しか食べたことのないアリスお手製のチーズケーキ。半分食べかけのそれを置いたまま、少年は人形の一体を持ち上げしきりに褒めている。
「うわあっ」
アリスが指を遊ばせ、糸を操る。すると抱きかかえられていた人形が命を吹き込まれたように品を作ってみせた。
人形と戯れる少年を見ながら、アリスが穏やかに微笑んでいる。普段人形に勝手に触るとすぐ機嫌を悪くする癖に。
「パチュリーさんってこんなに本を読むんですか! すごいなあ。俺なんて、小説一冊読むのも一苦労っすよ」
「これなんか、あなたにも読みやすいはず」
いつも目でしか挨拶しないパチュリーが人に本を勧めている。やっぱ絵がたくさんないとだめっす、などと頭をかく少年にため息まで吐く。
「なら、これは。……恋愛小説」
返された本の代わり、今度は魔理沙も見たことがある本だ。確か、病気がちの大人しい女の子がちょっと強引に連れ出す少年に恋をする内容だった。
「パチュリーさん、こういうのも読むんっすね」
もちろん渡された側はそんなことは知らない。俺、英語読めないっすよと受け取りを渋る少年に、パチュリーはぐいぐいと本を押し渡した。
「咲夜さんはメイド長なんですね、こんな広い館を一人で切り盛りするなんて……大変じゃないですか?」
次の日。どうやら紅魔館に泊まったらしく、今度は咲夜と一緒にいた。何かと「忙しいから」と相手にしてくれない咲夜の隣で、笑顔を浮かべる彼女と雑談している。
「美人だし、料理も洗濯も完璧なんて……いやー嫁にほしい、なんちって」
厚かましいおべっかだ。でも、言われた咲夜は――白いからよく判る――赤面して、何を莫迦なと目をそらして誤魔化す。
「咲夜、今日も忙しいのか?」
苛立ちを抑えつつ魔理沙が聞くも、気のない返事しか貰えなかった。
外からやって来た水無とかいう少年は急速に幻想郷に溶け込んでいった。魔理沙の知り合いたちとも打ち解け、交際を広げていった。客観的に見て、とても上手く行っていた。
すぐ帰るし、それまでの間さ、と魔理沙は自分に言い聞かせる。いつもうろちょろしてるから、言い換えれば神社には大体いないということだ。居候させてもらってるくせに、掃除でも手伝ったらどうだ。そうは思うが、いつもいられても不愉快だ。
鳥居を飛び越え、そろそろと境内に降り立つ。石畳に散ったままの玉砂利を蹴飛ばしながら社務所へ歩いて行く。
「げっ」
例の靴が土間に置いてある。綺麗に揃えられていた。昨日はここに泊まって、それで朝から特に出かけてもないのか。
どうしようか、踵を返してもいい。しかし今日は朝から日差しが強い。
「やっぱ、やめよう」
あの馴れ馴れしい話し声を聞くぐらいなら、じりじりと肌を焼かれたほうがよっぽど結構なことだ。魔理沙は箒を持ち直し、外に出た。地面を蹴って、手早く飛び立つ。なるべく速いスピードで紅魔館へと向かった。
「なぁーんだ。今日はあいつ、来てないんだな」
図書館に着いて早々パチュリーに言ってやった。奴は今日はずっと神社にいるのだろう、ここには来ないことは知っている。
「そうね、残念だわ。……持たせた本の感想を聞きたいの」
反応が返ってきたことに驚いて、そしてその内容にも驚いた。
「おい、どうかしたのか? お前、そんな風だったか?」
嘘だと思いたくて、肩を揺さぶって訊ねた。パチュリーは「何が?」とよく分かってない様子で、無機な真顔で魔理沙を見つめ返した。
魔理沙は気圧される。パチュリーのそれは普段の無表情とは違う。滲み出る気だるさがない。
「彼のこと、あんたも早く馴染んだら」
その助言の最中も、そんな顔だった。
どうしてそんなにあれに与するのか。魔理沙は図書館を後にして、咲夜を探すことにした。レミリアの部屋に忍び込んでベルを失敬する。紅魔館当主専用のそれをチリンと鳴らせば、瞬きが終わるよりも早く駆けつけてくる。
「何よ、あなたじゃないの。お嬢様の部屋に勝手に入って。いたずらしちゃ駄目じゃない」
どんな作業をしていても即刻中断して駆け付けねばならないのだ。咲夜は不機嫌そうに魔理沙からベルを引ったくり、元あった場所に戻した。
「いやぁ、こんだけ広いと探すの面倒でさ」
取り繕うように笑っても、咲夜の腹の虫は収まらない。
「まったく。あの人ならこんなことしないわよ。進んで手伝いを申し出てくれるしね」
魔理沙の笑顔が固まる。
「誰かさんとは一八〇度、違うわね?」
またあいつだ。しかし自分もイタズラをしたという負い目があるから歯噛みする。
「何だよ。みんなであいつの肩持って。あいつこそなんなんだよ」
だから自分のことは置いといて、不平めいたことを言うしかない。どうせ美人の咲夜に鼻の下伸ばして、下心からやってるに決まってると。
「彼のこと、あなたも早く馴染んだら」
悪態をついていると、ざらついた、さっきも聞いた文句が耳に届いた。
「ひっ」
顔を上げて視界に入ったもの。無機の真顔。それは魔理沙を見ていない。
「……邪魔したぜっ」
寒いものを覚え、魔理沙は咲夜の脇を通り抜け、駆け出した。手近な窓を叩き開け、箒にまたがり全力で加速する。
湖の対岸まで飛び、そこで止まった。胸に手を当て、息を落ち着ける。
「なんなんだ、あいつら……」
普通じゃない。示し合わせたように同じ言葉、同じ声色、同じ顔。
湖の向こう、小さく見える紅魔館が霧の白に呑まれるのを眺めた後、魔理沙はまだ日が高いことも気にせず家路についた。
その翌日、魔理沙は神社にも紅魔館にも行く気がせず、アリスのもとへと向かってみた。
「どうしたんだよ、こんな小綺麗にしちゃってさ」
上がり込んでみると、部屋の雰囲気がいつもと違っていることにすぐ気付いた。天井や壁に飾りがつけられ、テーブルクロスも真新しく真っ白。艶のある水色の花瓶に赤い花まで挿されている。
「今夜、あの彼と食事の約束をしているの。この前ケーキを食べてもらったとき、凄い褒めてくれたのよ。だから嬉しくて、誘っちゃったの」
熱っぽくそういうアリスの顔を魔理沙は見られなかった。
「そりゃ、結構けっこう」
奴はどこにでも赴いて手当たり次第に粉をかけているのか。魔理沙は清潔なテーブルクロスとあの少年との取り合わせにこみ上げるものを感じるのだった。
「そういえば言っていたわよ。魔理沙にどうも避けられてるって。あなた、そんなに人見知りだったかしら?」
背筋が凍る。次の言葉を聞く前に、あの表情を見る前に、魔理沙はアリスの家を飛び出していた。
全速力を出し、風で汗を飛ばしながら神社に急いだ。パチュリー、咲夜、アリス。もしかしたら、霊夢まで。言葉を交わして確かめたかった。
いつも降り立つ石畳の上ではなく、社務所の前に直接降り立つ。土間にはやはり靴がある。霊夢と、奴の。
息を呑み、息を潜め、板張りのきしみに気をつけながら、そろそろと奥へと進む。角を曲がれば縁側だ。そっと先を伺う。すると、ふたつの人影。いや、くっついているから、ひとつの影になっている。
「なんだかこう、普通の女の子扱いは照れるわね」
「妖怪とかピンと来ないし、霊夢は俺にとって普通の女の子だよ」
思わず身を引っ込めていた。幸い大きな音は立てずに済み、ふたりが何かに気づいた様子もないようだ。
あの距離、言葉。まだやって来て一ヶ月ぐらいだろう。魔理沙は息が荒くなっていくのを抑えられない。
広縁の角から顔を半分だけ出し、そして魔理沙は目が離せなくなる。
「子どもじゃないんだから……」
「霊夢は、かわいいなあ。俺、妹とかいないけど……いたらこんな感じなのかなあ」
「何を言ってるのよっ」
ガラガラと何かが崩れていくようだった。黒い髪を繰り返し撫でる大きな手。霊夢に拒絶の素振りはない。従順に、目を閉じて受け止めている。突き飛ばして罵倒やびんたの一発をくれてやるわけでもない。
これは言葉をかわす必要もない。最も重症、手遅れだ。魔理沙は口元を抑え、足音が響くのも気にせず駆け戻った。箒も忘れて飛び立つほど、魔理沙はそこから逃げ出したくてたまらなかった。
「彼、読み終わったかしら」
「知るか」
パチュリーが。
「彼、見なかった?」
「見たくもない」
咲夜が。
「彼ったら……」
「あいつがどうしたってんだ」
アリスが。
「あの人がね……」
「あいつの話、やめろよっ!」
霊夢が。みんなみんな、口を開けば同じようなことばかり。あの男を賛美するか、好意を抱いていることを照れながら伝えてくるか、あるいは顔を赤くしてわかりやすくごまかすか。
魔法だとか、妖怪だとか、弾幕だとか。もっと何気ないことだとか。魔理沙が楽しんでいた会話はそこにはない。
また同時に、知っている表情も失われていった。
みんな、同じような顔になってしまった。あの男を語る時の顔はみんな人形焼きのように同じで、見続けていたらこちらまで同じになりそうだった。
「あいつが……消えるまで。それまでの辛抱だ……」
そう自らに言い聞かせ、魔理沙は外出を控えるようになった。この間は早苗やにとりのところに行ったが、同じようなものだった。
目的もなく家にこもっていると、元々塞ぎこんでいた気持ちがますます暗くなっていくのがよく分かった。みんなあいつに夢中だ。だから来客もない。
ノックの音が聞こえるまで、魔理沙はそう思っていた。
「いったい、誰だぜ」
食事もろくに摂ってないから足取りも覚束ない。居留守と思われるほどの時間をかけ、魔理沙は玄関に向かう。
「やあ、こんにちは魔理沙……」
開けた途端、しまったと思った。それと同時に、いまこの男と二人しかいないという状況、そして奥に続く自分の部屋を考え、総毛立つ。
「霊夢やアリスが最近見ないって言ってて、心配になったんだ。だから、お見舞いに……」
「帰れ……」
胃の中にはなにもないのだが、縮み上がってくる。
「顔が真っ青だ。しっかり食べたほうがいいぞ?」
余計なお世話だし、そも誰の所為でこうなっているのか。
「アリスからお見舞いのプティングを持たされてるんだ」
「勝手に入ろうとするなっ!」
バスケットを掲げ、脇を素通りしようとした所で魔理沙は耐えられなくなった。
八卦炉はないが、米粒ぐらいならなくても十分だ。突き出した人差し指から小さな光弾を胸めがけ射出する。
怪我はしないが、痛みで動けなくなる程度の魔力は込めた。狙いも外していない。それなのに、男は平然としている。
「魔法を無効化する程度の能力」
「はぁ!?」
目の前の人間がつぶやく。身も蓋もない能力名は魔理沙の理解を超えている。
「しっかり様子を見るよう約束してきた。だからおめおめとは帰れない。悪いけど、失敬させてもらうよ」
呆気にとられる魔理沙を押しのけ、男は奥へと進んでいってしまう。玄関に立ち尽くし、魔理沙はそれを見ているしかなかった。
「風邪とかじゃなかったんだな」
「ああ、そうだよ。馬鹿だから風邪引かないんだよ」
厚かましくも勝手に椅子を掛けている。床に座れ、という言葉を視線に乗せ、魔理沙はベッドに腰を下ろす。本当は同じ空気も吸いたくなかった。しかし部屋にこいつを残すおぞましさにも耐えられない。仕方なく、魔理沙は二人っきりになることを選んだ。
「魔理沙は話を聞く限り馬鹿じゃないと思うけどな。みんな努力家だって言ってる」
自分の知らない所で自分の話題が出ている胸糞の悪さ。今の状況だと陰口のほうが余程ましだ。
「最近、いろんな奴と会ってるみたいじゃないか」
「ん? ああ、霊夢やアリス、咲夜さん、パチュリーさん……みんないい人だよ。しかも可愛いし」
そのさり気ない言葉に性的興味が匂い立っていて、魔理沙は気持ちが悪くなるのだった。
「あんた、女の子にずいぶん優しいんだな」
顔を背けながらそう言ってやる。誰にも彼にもこうしてるのだろう。どう口説いたのかは知らないが、よくみんな嫌悪を抱かないものだ。
「いや、そんなことは……。俺のポリシーというか」
もはや言葉の隅々までときた。魔理沙は心のなかでえづいて舌を出す。
「やっぱり、顔色悪いな?」
魔理沙を見て何を思ったか、男は立ち上がり近付こうとする。反射的に魔理沙は身構える。いくら人畜無害を装っていても、なぜこういう反応をされるかこいつにはわかるまい。
「触るなっ!」
伸ばしてきた手を思い切りはたいた。さっき玄関で怒鳴ったばかりなのに。この距離の取り方に虫酸が走る。
「すまん、魔理沙……。でも、俺は心配で」
テーブルを挟んで対峙する。両手を上げて何もしないことを示してはいるが、魔理沙は油断せず睨みをきかせる。
「帰ってくれ」
「しかし……」
「帰れ」
手近に転がっていた酒瓶を掴み、渋る男を威嚇する。ただならぬ魔理沙の視線にようやく気付いたのか、男はすごすごと部屋を後にする。
「身体には気をつけろ、しっかり食べるんだぞ!」
しかし最後まで余計なことを喋って、ただでは帰らないのであった。
男がやって来たその夜から二日間、魔理沙は高熱で寝込んだ。汗が滲んだパジャマやシーツを軋む体に鞭打って取り換え、食事も自分で作るなど、魔理沙は独りの辛さを痛感する。
いくら苦しくてもプティングは決して手を付けずテーブルの上に放置して、異臭を放ってきた辺りで無造作に家の外に放り捨てた。
こういうとき頼れそうな友人の、名前は思い浮かぶが顔が出てこない。しかし、無理に思い出そうとしない。何故なら、最後に見たあの男の顔が浮かぶからだった。ただでさえ熱で朦朧とするのに、声まで再生されて追い打ちをかけられるのはごめんだった。
熱が引いた朝、しかし胸の不快感は残っていた。
復調して外の空気が吸いたくなり、着替えもそこそこ玄関から外に出ようとする。扉を開けると、何かが転がる軽い音がする。音の主は、どうやら扉に立てかけてあったらしい箒だった。霊夢のところに忘れたまんまだったから、誰かが届けたのだろう。
それを手に取り、すぐに何かがくっついていることに気付く。
「手紙……?」
白い封筒には何も書かれてない。中を開けると便箋があって、そこに書かれた名を見て破り捨てそうになった。
一応、読んでみると霊夢やアリスが心配していたこと、元気になったら神社に来て欲しいといった旨のほか、走り書きでいきなり訪ねて申し訳ない、といったことが書かれていた。
内容を改め終えると魔理沙は躊躇なく便箋を丸め、封筒と一緒に脇に放った。
その翌日、魔理沙は男を神社で見た。霊夢と並んで座って、仲良さそうに話し合っていた。
さらにその翌日、アリスの部屋にいるのが窓から見えた。操り人形の扱い方を手ほどきされているようだった。
またその翌日、紅魔館の階段踊り場で見かけた。咲夜に窓拭きを頼まれたようで、雑巾を手に要領を聞いているようだった。
翌日も、今度は図書館で。パチュリーの本を探しているようだった。
次の日も、次の日も。魔理沙は少年を観察し続けた。
「あいつが……消える、まで」
――そして今日、魔理沙は水無を自分の部屋で見る。
あっちだったら高評価もらえたかもね
つづきがみたい
少しホラーな予感もします。今後に期待。
求めているコメが貰えなくても言い訳じみたことは口にしないのが良いと思うよ
これによって罹患した少女は作中の霊夢達のようになると。
また、魔理沙の視点で見るとホラー作品になるが、メタ的な視点で見るとなかなか面白いギャグ作品になってると思う。
結局発想止まりでストーリーに昇華しきれてないところが残念。
そもそも東方界隈でハーレム系なんて殆どないのにハーレム系はよくあるものという前提で必ず非難される